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■2009/04/16 (Thu)
シリーズアニメ■
階段を登りつめると、そこは狭い庭園になっていた。といっても、手入れが行き届いてなくて、草花は汚く荒れかけている。
だけど、そこから見下ろす風景は最高だった。庭園のすぐ向こう側は絶壁が落ちていて、その向うの風景が一望できた。なだらかに続く草原に、小川が横切り、ずっと向うの山岳が見渡せた。
「なんですか、ここ」
使用人のギルバートが感激した声を上げた。
「凄いだろ。ここ、今朝見つけたんだ」
オズは自分が作ったわけでもないのに、自慢げに答えた。
「本当、綺麗」
オズの妹のエイダも、ギルバートと並んで草原の風景を眺める。
オズは、二人が風景に見入っている隙に、箱の中のものを取り出した。
「ギル!」
オズは使用人の名前を呼んで、箱の中の物を投げ渡した。真っ白な式典用の衣装だった。
「これは、オズ坊ちゃんが着るには、小さくないですか?」
ギルバートは衣裳を広げてみて、怪訝に首を捻った。
「バカ。いいんだよ。着るのは、お前なんだから」
「はい?」
ギルバートの声のトーンが一気に上がった。
「実はな、今日の成人式の儀に、お前も参加することになっているんだ。俺の服をかしてやりたいけど、大きくて合わないだろう? 伯父さんに頼んで、仕立ててもらったんだ」
「いけません。僕はただの使用人ですよ。そのような席に参加する資格などありません」
ギルバートは慌てて反論した。だけどオズは、静かに首を振った。
「違うよ、ギル。使用人としてじゃない。俺の友人として参加してほしんだ」
それはオズがずっと抱いていて本心だった。
ギルバートは感激したふうに瞳を潤ませた。それから、オズの頭を下げる。エイダがギルバートの頭を「よしよし」と撫でていた。
そんなとき、気持ちのいい風が吹いてきた。庭園の草花が、一斉にざわざわと葉をこすり合わせる。
その風が過ぎ去りかけた時、オズはふとオルゴールの音が混じるのを聞いた。
何だ、この音?
オズは何となく不思議な気持ちになって、オルゴールの音色を探そうと庭園の中を進んだ。
目の前の、壁のような藪の方向へ。その向うから、オルゴールの音が聞こえてくる気がした。
と突然に、地面が崩れた。芝生の下の煉瓦が崩れたのだ。
「坊ちゃん!」
ギルバートがオズの後を追った。オズはギルバートに手を伸ばした。結局二人でもつれ合いながら、奈落の底へと転がり落ちていった。
「おい、生きているか、ギルバート」
オズは全身がひりひりするのを感じながら、ギルバートを確認しようとした。
ギルバートはオズを抱きつくようにしてかばっていた。きっと、ギルバートのほうがダメージは大きかったはずだ。
「何とか」
ギルバートの頼りない声が返ってきた。どうやら無事のようだ。
オズは倒れたまま周囲を見回した。さっき崩れた場所から、階段になっていたのだ。そこを、二人で転げ落ちてきたのだ。崩れた場所から光が差し込んで、エイダが心配そうに見ろしていた。
オズはゆっくり体を起こしながら、階段の反対方向に目を向けた。
そこは小さな空間だった。下草が刈り込まれ、奥に墓標のような十字架が一つたたずんでいた。十字架の背後には大きな樹木が立ちはだかっている。見上げると、樹木の枝先がさっき壁のように見えた藪と重なり合っていた。枝の隙間から光が差し込んでいたが、藪と枝が重なってこの空間が見えなかったのだ、と理解した。
オズとギルバートは、十字架に興味を持って近付いた。
「もしかして、ここは墓地ですか?」
「うん。でも、これ一つないな」
ギルバートが疑問を口にした。確かにこの小さな空間には、墓標はそれ一つだけだ。
ギルバートは墓標の碑文を読もうと、膝をついた。オズは十字架の右翼に、黄金色の何かが絡みついているのに気付いた。懐中時計だ。
オズは、何となく懐中時計を手に取った。
途端に、イメージが流れ込んでくるのを感じた。
何だ、今の。
オズは懐中時計の蓋を開けて、慣れた手つきでねじを巻き上げる。なぜかオズは、自分の手の動きに、自分の意思を感じなかった。まるで別の誰かが自分の腕を掴み、操作しているみたいだった。
懐中時計に仕込まれたオルゴールがメロディを紡ぎ始めた。
……聞いた覚えのないメロディ。誰のものかわからない懐中時計。でも、なんだろう。なんとなく、どこかで……。
オズはぼんやりと自分の思考に沈んでいった。
次の瞬間、オズははっと目が覚める気がした。いつの間にか別の場所にいた。
円形の小さな部屋で、床が赤と黒の市松紋様になっていた。壁には一杯の人形が納められている。
ここ、どこだ。
ひどい動揺に、心をかき乱されるのを感じた。
ふと人形が動いたような気がした。いや、気のせいじゃなかった。人形たちが一斉にオズを振り返った。それからかたかたと首を揺らし、笑い声を上げ始めた。笑い声に混じって、「やっと彼が帰ってきた」という言葉を聞いたような気がした。
オズは呼吸が苦しくなって、足元がふらついた。恐怖に思考が奪われ、部屋のなかのものがぐるぐる回りながら自分に迫ってくるような錯覚を感じた。
「静かにして頂戴。彼が驚いているわ」
声がした。幼い少女の声。人形たちは、さっともとの人形に戻った。
オズが振り向く。そこに立っていたのは、白いドレスに紫のリボンを首に巻いた少女だった。肌がひどく白く、長い黒髪をフリンジにしていた。
「君は?」
オズは、自分でも声が引き攣っているのを感じた。
「やっぱりあなたは来てくれた。嬉しい!」
少女は答えず、両手を広げてオズに飛びついてきた。
だが、少女の体はオズをすり抜けてしまった。
オズは後ろを振り向いた。当り前のように、少女の背中が見えた。オズは喉の奥が痺れてしまって悲鳴すら上げられなかった。
「みんな、私のことが嫌いなの。だから、誰も会いに来てくれないの」
少女は急に沈んだ声で、肩をすぼませた。
「ちょっと待って。訳がわからない。君は? ここは一体?」
オズは喉がからからになるのを感じならが、疑問を搾り出した。
しかし、やはり少女は答えず、側にあった人形を掴んだ。
「何を言っているの? あなたはいつもここに来てくれたじゃない。そう、私が寂しい時、あなたはいつも側にいてくれた。あなたさえいれば、私はここから出られなくてもかまわない」
少女の手から、人形が落ちた。すると突然に人形は火を吹き始めた。火はただちに勢いをつけて渦を巻き、火柱となって立ち上がった。
凄まじい熱線が目の前に迫り、オズは逃げ出そうと背後を振り返った。だが、炎は意思を持っているように、オズを回り込んで、逃げ場を奪った。
動揺と混乱がオズの意識を奪った。炎の光がオズの視界を奪うと、今度は急激に辺りが真っ暗闇に閉ざされるのを感じた。熱線も光も消えうせて、あたりは冷え冷えとする真っ暗闇に包まれた。
その時、オズの両肩に誰かが手を置いた。そして耳元に、誰かがそっと顔を寄せてきた。
「殺してやる」
少女の声だった。暗い呪いの意思が混じった声だった。
日本建築も暗いが、西洋建築もやはり暗い。特に前衛的な様式美を持った建築は、有象無象が不気味な影を湛え、ある瞬間、魂を持っているように思えてしまう。
『Pandora Hearts』の舞台は、ヨーロッパ風のブルジョア社会である。
時代は不明で、おそらくは厳密なヨーロッパを象ったものではなく、どこかしらホラー・ファンタジーの雰囲気がある。
ゴシック建築を残した古典建築風の屋敷の中を、少年が駆け回っている。どうやら、成人の式典があるらしいが、少年は儀式ばったものが煩わしくて、広い屋敷の中を逃げ回っていた。
少年を包み込むのはゴシック建築特有の美の世界であり、陰鬱な影を湛える不気味な空間である。
物語は快活な少年を中心に描いているが、その色彩はどこか暗い。
不気味な影は作品全体を包み込み、少年をゆっくりと飲み込もうとしている。
あえて言うなら、少年はそこにいるだけで罪だ。少女も罪を運んでくるが、少年は自身が罪を犯すし、周囲が罪を与えようとしてしまう。
『Pandora Hearts』に描かれるキャラクターはくっきりした線と色彩で塗り分けられている。
だが、やはりどこかしら暗い影がまとわりついている。二段影はブラックで塗りつぶされているし、瞳にも暗い影が描きこまれている。
『Pandora Hearts』は、何もかもが暗く、不吉な影を湛えながら描かれている。
これは冒険物語への予兆だろうか。それとも、もっと暗く、不吉な悲劇への予告だろうか。
作品データ
監督:加戸誉夫 原作:望月淳
キャラクターデザイン:小林千鶴 山岡信一 プロップデザイン:影原半蔵
総作画監督:小林千鶴 美術監督:わたなべけいと
脚本:関島眞頼 音楽:梶浦由記
色彩設計:関本美津子 撮影監督:工藤友紀
アニメーション制作:XEBEC
出演:皆川純子 川澄綾子 坂本梓馬 梅津秀行
福原香織 久川綾 大川透 広橋涼 後藤沙緒里 寺谷美香
だけど、そこから見下ろす風景は最高だった。庭園のすぐ向こう側は絶壁が落ちていて、その向うの風景が一望できた。なだらかに続く草原に、小川が横切り、ずっと向うの山岳が見渡せた。
「なんですか、ここ」
使用人のギルバートが感激した声を上げた。
「凄いだろ。ここ、今朝見つけたんだ」
オズは自分が作ったわけでもないのに、自慢げに答えた。
「本当、綺麗」
オズの妹のエイダも、ギルバートと並んで草原の風景を眺める。
オズは、二人が風景に見入っている隙に、箱の中のものを取り出した。
「ギル!」
オズは使用人の名前を呼んで、箱の中の物を投げ渡した。真っ白な式典用の衣装だった。
「これは、オズ坊ちゃんが着るには、小さくないですか?」
ギルバートは衣裳を広げてみて、怪訝に首を捻った。
「バカ。いいんだよ。着るのは、お前なんだから」
「はい?」
ギルバートの声のトーンが一気に上がった。
「実はな、今日の成人式の儀に、お前も参加することになっているんだ。俺の服をかしてやりたいけど、大きくて合わないだろう? 伯父さんに頼んで、仕立ててもらったんだ」
「いけません。僕はただの使用人ですよ。そのような席に参加する資格などありません」
ギルバートは慌てて反論した。だけどオズは、静かに首を振った。
「違うよ、ギル。使用人としてじゃない。俺の友人として参加してほしんだ」
それはオズがずっと抱いていて本心だった。
ギルバートは感激したふうに瞳を潤ませた。それから、オズの頭を下げる。エイダがギルバートの頭を「よしよし」と撫でていた。
そんなとき、気持ちのいい風が吹いてきた。庭園の草花が、一斉にざわざわと葉をこすり合わせる。
その風が過ぎ去りかけた時、オズはふとオルゴールの音が混じるのを聞いた。
何だ、この音?
オズは何となく不思議な気持ちになって、オルゴールの音色を探そうと庭園の中を進んだ。
目の前の、壁のような藪の方向へ。その向うから、オルゴールの音が聞こえてくる気がした。
と突然に、地面が崩れた。芝生の下の煉瓦が崩れたのだ。
「坊ちゃん!」
ギルバートがオズの後を追った。オズはギルバートに手を伸ばした。結局二人でもつれ合いながら、奈落の底へと転がり落ちていった。
「おい、生きているか、ギルバート」
オズは全身がひりひりするのを感じながら、ギルバートを確認しようとした。
ギルバートはオズを抱きつくようにしてかばっていた。きっと、ギルバートのほうがダメージは大きかったはずだ。
「何とか」
ギルバートの頼りない声が返ってきた。どうやら無事のようだ。
オズは倒れたまま周囲を見回した。さっき崩れた場所から、階段になっていたのだ。そこを、二人で転げ落ちてきたのだ。崩れた場所から光が差し込んで、エイダが心配そうに見ろしていた。
オズはゆっくり体を起こしながら、階段の反対方向に目を向けた。
そこは小さな空間だった。下草が刈り込まれ、奥に墓標のような十字架が一つたたずんでいた。十字架の背後には大きな樹木が立ちはだかっている。見上げると、樹木の枝先がさっき壁のように見えた藪と重なり合っていた。枝の隙間から光が差し込んでいたが、藪と枝が重なってこの空間が見えなかったのだ、と理解した。
オズとギルバートは、十字架に興味を持って近付いた。
「もしかして、ここは墓地ですか?」
「うん。でも、これ一つないな」
ギルバートが疑問を口にした。確かにこの小さな空間には、墓標はそれ一つだけだ。
ギルバートは墓標の碑文を読もうと、膝をついた。オズは十字架の右翼に、黄金色の何かが絡みついているのに気付いた。懐中時計だ。
オズは、何となく懐中時計を手に取った。
途端に、イメージが流れ込んでくるのを感じた。
何だ、今の。
オズは懐中時計の蓋を開けて、慣れた手つきでねじを巻き上げる。なぜかオズは、自分の手の動きに、自分の意思を感じなかった。まるで別の誰かが自分の腕を掴み、操作しているみたいだった。
懐中時計に仕込まれたオルゴールがメロディを紡ぎ始めた。
……聞いた覚えのないメロディ。誰のものかわからない懐中時計。でも、なんだろう。なんとなく、どこかで……。
オズはぼんやりと自分の思考に沈んでいった。
次の瞬間、オズははっと目が覚める気がした。いつの間にか別の場所にいた。
円形の小さな部屋で、床が赤と黒の市松紋様になっていた。壁には一杯の人形が納められている。
ここ、どこだ。
ひどい動揺に、心をかき乱されるのを感じた。
ふと人形が動いたような気がした。いや、気のせいじゃなかった。人形たちが一斉にオズを振り返った。それからかたかたと首を揺らし、笑い声を上げ始めた。笑い声に混じって、「やっと彼が帰ってきた」という言葉を聞いたような気がした。
オズは呼吸が苦しくなって、足元がふらついた。恐怖に思考が奪われ、部屋のなかのものがぐるぐる回りながら自分に迫ってくるような錯覚を感じた。
「静かにして頂戴。彼が驚いているわ」
声がした。幼い少女の声。人形たちは、さっともとの人形に戻った。
オズが振り向く。そこに立っていたのは、白いドレスに紫のリボンを首に巻いた少女だった。肌がひどく白く、長い黒髪をフリンジにしていた。
「君は?」
オズは、自分でも声が引き攣っているのを感じた。
「やっぱりあなたは来てくれた。嬉しい!」
少女は答えず、両手を広げてオズに飛びついてきた。
だが、少女の体はオズをすり抜けてしまった。
オズは後ろを振り向いた。当り前のように、少女の背中が見えた。オズは喉の奥が痺れてしまって悲鳴すら上げられなかった。
「みんな、私のことが嫌いなの。だから、誰も会いに来てくれないの」
少女は急に沈んだ声で、肩をすぼませた。
「ちょっと待って。訳がわからない。君は? ここは一体?」
オズは喉がからからになるのを感じならが、疑問を搾り出した。
しかし、やはり少女は答えず、側にあった人形を掴んだ。
「何を言っているの? あなたはいつもここに来てくれたじゃない。そう、私が寂しい時、あなたはいつも側にいてくれた。あなたさえいれば、私はここから出られなくてもかまわない」
少女の手から、人形が落ちた。すると突然に人形は火を吹き始めた。火はただちに勢いをつけて渦を巻き、火柱となって立ち上がった。
凄まじい熱線が目の前に迫り、オズは逃げ出そうと背後を振り返った。だが、炎は意思を持っているように、オズを回り込んで、逃げ場を奪った。
動揺と混乱がオズの意識を奪った。炎の光がオズの視界を奪うと、今度は急激に辺りが真っ暗闇に閉ざされるのを感じた。熱線も光も消えうせて、あたりは冷え冷えとする真っ暗闇に包まれた。
その時、オズの両肩に誰かが手を置いた。そして耳元に、誰かがそっと顔を寄せてきた。
「殺してやる」
少女の声だった。暗い呪いの意思が混じった声だった。
日本建築も暗いが、西洋建築もやはり暗い。特に前衛的な様式美を持った建築は、有象無象が不気味な影を湛え、ある瞬間、魂を持っているように思えてしまう。
『Pandora Hearts』の舞台は、ヨーロッパ風のブルジョア社会である。
時代は不明で、おそらくは厳密なヨーロッパを象ったものではなく、どこかしらホラー・ファンタジーの雰囲気がある。
ゴシック建築を残した古典建築風の屋敷の中を、少年が駆け回っている。どうやら、成人の式典があるらしいが、少年は儀式ばったものが煩わしくて、広い屋敷の中を逃げ回っていた。
少年を包み込むのはゴシック建築特有の美の世界であり、陰鬱な影を湛える不気味な空間である。
物語は快活な少年を中心に描いているが、その色彩はどこか暗い。
不気味な影は作品全体を包み込み、少年をゆっくりと飲み込もうとしている。
あえて言うなら、少年はそこにいるだけで罪だ。少女も罪を運んでくるが、少年は自身が罪を犯すし、周囲が罪を与えようとしてしまう。
『Pandora Hearts』に描かれるキャラクターはくっきりした線と色彩で塗り分けられている。
だが、やはりどこかしら暗い影がまとわりついている。二段影はブラックで塗りつぶされているし、瞳にも暗い影が描きこまれている。
『Pandora Hearts』は、何もかもが暗く、不吉な影を湛えながら描かれている。
これは冒険物語への予兆だろうか。それとも、もっと暗く、不吉な悲劇への予告だろうか。
作品データ
監督:加戸誉夫 原作:望月淳
キャラクターデザイン:小林千鶴 山岡信一 プロップデザイン:影原半蔵
総作画監督:小林千鶴 美術監督:わたなべけいと
脚本:関島眞頼 音楽:梶浦由記
色彩設計:関本美津子 撮影監督:工藤友紀
アニメーション制作:XEBEC
出演:皆川純子 川澄綾子 坂本梓馬 梅津秀行
福原香織 久川綾 大川透 広橋涼 後藤沙緒里 寺谷美香
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