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■2016/06/21 (Tue)
第7章 Art Loss Register

前回を読む

 ツグミは電車に乗ると、そのままヒナの掌を握った。
「ヒナお姉ちゃん、今、誰かが……」
 ツグミはヒナを見上げて見たものを伝えようとしたが、恐怖で言葉が詰まってしまった。
「わかってる。あいつら来たんやな」
 ヒナは優しい口調で、ツグミに囁いた。そうして、窓の外を警戒するように覗いた。
 ツグミも窓の外を振り返った。電車が加速を始めて、プラットホームの風景が後ろに流れていく。プラットホームにはぽつぽつと人がいるだけで、さっきみたいな感じの人はいなかった。
 電車はすぐにプラットホームを離れ、雨の中を進み始めた。白く曇る窓は斜めの雨粒を映すばかりで、何も見えなくなった。
「大丈夫や。ツグミは座っとき」
 ヒナはツグミの頭を撫でて、宥める調子になった。ツグミはヒナに頷いて返した。
 ツグミはどこに座ろうかと辺りを見回した。そこで、ようやく車両の中に人がいるのに気付いた。サラリーマンや親子連れだ。広い車両内を数えても、10人にもならない人数だった。
 ツグミは急に恥ずかしくなって左掌で顔を隠した。こんなに人がいるところで、動転して声を上げてしまったなんて……と今さら思った。といっても、ツグミの様子を気にかけている人はいない。しかしツグミは、1人で座っているとさらにいたたまれない気持ちになりそうなので、立っていることにした。
 ヒナは座席に座らず、扉の上を見ていた。ツグミは気分を変えたくて、顔を上げた。
 扉の上に電車の路線図があった。ヒナは路線図をじっと見ていた。
 電車の路線図は、四国の海岸沿いをなぞっているだけだった。路線図は愛媛県に入りかけたところで途切れていた。ちょっと見ただけでも、現在地がどこで、どこに向かっているのか一目でわかる路線図だった。
 ツグミはもっとしっかり路線図を見ようと、一歩前に出て背伸びをした。
 すると路線図の中に、気になる駅名を発見した。
「国分……。ヒナお姉ちゃん、国分や。国分で降りよう」
 ツグミは興奮しかけていたが、それでも声を潜めながらヒナに訴えた。さっきのような失敗はするまい。
「どういうこと?」
 ヒナは不思議そうにツグミを振り返った。
「川村さんな、岡山で『国分』って名乗ってたんや。『国分徹』。多分、そのまんまの意味や。国分駅を通れって」
 ツグミは岡山でのできごとを短く伝えた。
 ヒナは納得したように頷き、もう一度路線図を見上げた。
 電車は間もなく国分駅に到着した。扉が開く。扉の前に待機していたツグミとヒナは、すぐに車両から降りた。
 国分駅の様子は、寂れているというしかなかった。周囲は古い木造住宅ばかりで、ちょっと向こうに行けば、山が立ちふさがっていた。典型的な田舎の風景だ。
 プラットホームには小さな休憩所が1つあるだけだった。ボロボロに錆びたトタン屋根をとりあえず備えているだけのような場所だった。その下に、木造のベンチが1つ置かれていた。
 雨はさっきよりだいぶ緩くなっていた。細くなった雨が、強い風にかき乱されていた。空は相変わらず雲が厚く被さっていて、まだ昼過ぎだというのに夕暮れのように暗かった。
 プラットホームに人影はなかった。駅員の姿もない。広告看板すら立っていなかった。
 ツグミは途方に暮れる気分だった。自分の考えは的外れだったのだろうか。
 するとヒナが、いきなりツグミの肩を掴んだ。
「ツグミ、あれを見て!」
 ツグミはびっくりする感じで、ヒナが指している方向を振り返った。
 休憩所だった。その休憩所のベンチに、板画が1枚、立てて置かれていた。まるで置き去りにされているような感じだった。
 板画に描かれているのは、アルブレヒト・デューラー(※)の『自画像』だった。
 ツグミは休憩所の中に杖を突いて入った。デューラーの自画像に近付き手に取った。
 間違いない。川村さんの作品だ、とツグミは直感した。川村さんが残していった作品……いや手掛かりだ。
 とそこで、またヒナがツグミの肩を掴んだ。ツグミは、まずヒナを振り返った。
 ヒナは顔に緊張を浮かべて、線路を挟んだ向こう側の駅舎を見ていた。そこに男が1人歩いていた。
 男は異様に背が高かった。体格がよく、顔面まで筋肉みたいな顔をしていた。一目見て、一般人ではない気配を放っていた。こちらを凝視するように見ながら、駅舎の出口を目指していた。
 宮川の追っ手だ。いつの間にか追いつかれたのだ。
「ツグミ、駅を出るで」
 ヒナはデューラーの板画を引き受けると、ツグミの手を掴んで走り始めた。駅舎まで走り、駅員に投げるように切符を渡した。

※ アルブレヒト・デューラー 1471~1528年。ルネサンス期に活躍した、ドイツの画家。銅版画の技術は、現在でも並ぶ者なしと言われるほどの神技。『自画像』は1500年の作品。

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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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■2016/06/20 (Mon)
第14章 最後の戦い

前回を読む

 クロース軍の包囲網を抜けて、オークとソフィーは大パンテオンへと入っていった。そこは信じがたい光景だった。
 地面を埋め尽くさんばかりに死体が積み上げられていた。異界のレギオンのごとき屍体の塊になっていた。蹄で土を踏み付けると、吸いきれなかった血が溢れ出した。屍体は兵士だけではなく、町人や子供も交じっていた。
 木々には火が点けられ、今まさに崩れ落ちようとめりめりと音を立てている。真っ黒な煙が視界を遮っていて、どこか別世界に迷い込んだような幻惑が包んでいた。
 突然、何かが風を切った。馬が矢で射られたのだ。
 馬が大きく跳ね上がり、倒れた。オークとソフィーが地面に投げ出される。
 黒煙の向こうから、クロース兵士が飛び出してきた。その姿が、なぜか冥界の餓鬼に見えた。
 すぐに2人は身を起こした。右の兵士をオークが斬り、左の兵士をソフィーが魔法で跳ね飛ばした。
 クロースの兵士は次々と現れた。オークとソフィーは敵を振り切ってその向こうを目指した。黒煙の向こうに、石段が見えた。そこも、無数の兵士が待ち構えていた。戦闘の音があちこちから聞こえた。

ソフィー
「オーク様、こっちです!」

 ソフィーはオークを道案内した。
 後をクロースの兵士が追いすがった。オークは敵を斬り伏せながら、森の奥へと入っていった。
 敵の追跡はいつまでも続いた。刃が迫り、矢が飛んだ。それも、窪地を越えていくうちに遠ざかっていった。ソフィーは土地の者しか知らない秘密の道を潜り、山脈の三合目まで出てきた。
 そこにはまだ戦闘の手は及んでいなかった。ドルイド達が緊張した様子で、戦いの準備を進めていた。
 ソフィーはそこまで這い上がってきたところで、汚物を吐いた。目に涙を浮かべていた。

僧兵
「ソフィー様ではありませんか」
ソフィー
「みんなまだ無事ですか」
僧兵
「ええ、なんとか……」
ソフィー
「老師様は?」

 ソフィーは口元の汚物と目元を拭いながら訊ねた。
 僧兵達は、オークとソフィーを石段のさらに上へと案内した。その途上で、オークは先行した30人の騎士達と再会した。オークは仲間達としばし別れて、老師の許へ急いだ。
 石段を登っていくと、大きな広場になっていて、そこに参謀本部が置かれていた。偉大なるドルイドの老師達が討論を続けていた。老師達はソフィーに気付くと、議論を中断して迎えた。

ソフィー
「老師様!」

 ソフィーは涙を抑えず、老師に抱きついた。少女の気持ちが落ち着くには、少し時間が必要だった。

ソフィー
「お久しぶりです、老師様。よくご無事でした」

 改めてソフィーは老師達に挨拶した。

老師
「そちらこそよくぞ参られた。もはやこの大神殿も見捨てられたと思っていましたぞ。援軍感謝する。2人が加われば心強い。こちらでの状況は見ての通りだ。人々が不眠不休で異教徒と戦っている」

 広場から、眼下の戦場の様子全体が見渡せた。クロース軍はすでに1合目を制圧し、戦いの中心は2合目へと移ろうとしている。敵の数は圧倒的に多く、山脈全体を覆うように兵を散開させ、じわりじわりと浸食しているようだった。

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■2016/06/19 (Sun)
第7章 Art Loss Register

前回を読む

 ヒナがツグミの手首を掴んだ。ヒナは振り返りもせず、早足で進み始めた。
 ツグミはヒナのペースに従いていけず。転びそうになった。うまく杖を突いて、バランスを保った。
 雨は斜めの線を描いて、礫になってツグミの顔にぶつかって来るみたいだった。傘もなしに歩くと、雨の勢いは痛いくらいに強かった。空気の冷たさが、肌に直接びりびりと触れてくるようだった。風も鋭さを持って、雨と共に迫ってきた。
 高松駅の正面玄関は背の高いかまぼこ型になっていて、その壁面が全面ガラス張りになっていた。建物の左手に、駅から続くように大きな施設が見えた。
 今は回りの景色を見ている余裕はなかった。ツグミとヒナは早足で広場を横切り、高松駅の構内に駆け込んだ。
 やっと雨から逃れて、ほっとするような気持ちになった。ヒナが手を離してくれた。広場を横切った程度なのに、コートが雨を吸って冷たくなっていた。
 高松駅の入口頭上が、高い吹き抜けになっていた。ガラス張りになった窓に、無数の雨粒を描いている。
 ヒナはツグミの手を離すと、何かを見付けたらしく急に駆け出した。見ると、駅構内のコンビニのようだった。
 ツグミはヒナに掴まれていた手首を見ながら、ゆっくり後を追って歩き始める。掴まれていたところだけ真っ白になっていた。
 ツグミがコンビニに辿り着く前に、ヒナは用事を済ませて出てきた。ヒナの手にコンビニの袋があった。
 ヒナはツグミの前までやってくると、袋からタオルを引っ張り出した。ツグミはタオルを受け取ろうとしたけど、ヒナはいきなりツグミの髪にタオルを当てて、くしゃくしゃと拭った。
 ツグミは目を閉じて、ヒナにされるがままになった。ヒナはさらにツグミの顔と首についた雨をタオルで吸い取る。最後にくしゃくしゃにした髪を、手櫛で整え直した。
 次にヒナは、自分の髪をくしゃくしゃと拭った。それで、ヒナは髪をくしゃくしゃにしたまま、タオルを首に掛けて歩き始めた。お風呂上がりみたいな格好だった。
 ヒナは別の目的を見付けて、またツグミの腕を掴んで歩き始めた。
「ツグミ、おいで」
 向かった先は乗車券売り場だった。自動券売機がずらりと並ぶ。人の数は少なかった。
 券売機の前まで来るとヒナは財布を開けて、千円札を2枚券売機の中に入れた。運賃表など確認せず、迷わず千円分の切符を2枚購入した。ヒナは券売機から出てきた切符を取り、1枚をツグミに渡した。
 今度は改札口に向かった。ヒナを先頭にツグミは改札口に急いだ。
 改札口は自動ではなく、駅員が立っていた(※)。ツグミとヒナは順番に切符を渡して、切ってもらった。新鮮な経験だった。
 改札口を潜ると広いプラットホームに出た。高松駅のプラットホームは6車線もあった。今は電車が4台停車している。
 ヒナは目の前のプラットホームに進んだ。そのまま車両には乗らず、車両の様子を見ながら奥へと進んだ。人の少ない車両を選んでいるらしかった。
 ツグミはヒナの後に従いて進んだ。ヒナは早足だから、追いかけるだけで必死だった。息が上がりそうだった。
 そうしているうちに、発車を告げるベルが鳴った。ヒナは諦めて目の前の扉から入った。
 ツグミも、ヒナの後に従いて行こうとした。しかしツグミは、背中に気配を感じた。あの冷たく触られる感触だった。
 ツグミは後ろを振り返った。改札口の頭上に、ガラス張りの広間があった。多分、休憩室になっている場所だ。あそこに立てば、きっとプラットホームが一望できるだろう。
 そのガラス張りの窓の前に、男が1人立っていた。長髪の男だった。長くよれよれになった髪を後ろに撫でつけている。青いジャケットに、グレーのシャツ。目元が深く窪んで影が落ちていたけど、瞳だけが異様なほどに輝いていた。
 ツグミは、男の目線に射抜かれるようなものを感じた。体が冷たくなって足がすくんでしまった。
「ツグミ早く!」
 ヒナが警告の声を上げた。
 ツグミは急に金縛りが解けたみたいになった。電車の中に飛び込んだ。間一髪、電車の扉が閉じられた。

※ この物語の舞台は2008年。実際には、同年6月に自動改札機が導入されている。

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■2016/06/18 (Sat)
第14章 最後の戦い

前回を読む

 聖堂は業火に包まれていた。その手前の繁華街はすでに壊滅している。参道に至るまでに置かれたあらゆる宗教的建築とモニュメントは破壊され、クロースの軍勢は今や総本山へ攻撃しようとしている。
 そんな戦場の後方の丘に、オーク達の一行がやってきた。その数はわずかに30騎。あまりに小さな勢力だったために、クロース軍は誰も気付かず、振り向きもしなかった。

ソフィー
「ひどい……」

 戦場にやってくると、異臭が立ち上ってきた。森だけではなく、鉄や油が焼ける臭いが混じっている。あちこちに放置された死体が、得も知れぬ悪臭を放っていた。

オーク
「行きましょう。まだ戦いは終わっていません。ソフィー、お願いします」
ソフィー
「はい!」

 オークが突撃した。騎士達が1歩遅れてオークに続いた。ソフィーがしんがりを務め、走りながら呪文を唱えた。騎士達の前に、光の盾が現れた。
 思いがけない後方からの突撃に、クロース軍が慌てふためいた。強烈な突撃に加え、光の盾がクロース軍を次々に跳ね飛ばした。クロース兵士が槍でオークを止めようとする。光の盾は槍の攻撃を弾き返した。去り際に、オーク達は剣の一撃で逆襲した。
 オーク達の勢いは凄まじく、クロースの軍勢を真っ二つに引き裂いて突撃した。誰もオーク達を止められなかった。

リーフ
「奴らを止めろ! 攻撃しろ!」

 リーフが命じた。流浪騎士団のアレスが応じた。
 オークは構わず突撃した。アレス達流浪騎士団が正面から立ち向かった。
 両者がぶつかり合う。瞬間、剣が交叉した。
 兵達が歓声ともどよめきともつかない声を上げた。馬から転げ落ちたのは、先頭に立った2人の英雄だけであった。オークとアレスである。
 オークとアレスはすぐに飛び起きて、剣を手に取り、2人同時に剣を振り上げ、同じ力で刃を重ねた。

アレス
「剣を収めよ!」

 アレスは密かにオークに言った。
 クロース軍がオークを取り囲んだ。騎士団はすでに去っていて、気付けばオーク一人きりだった。兵士達は獣じみた声を上げて、一気にオークを追い詰めようとした。

アレス
「よせ! やめろ! 手を出すな!」

 アレスが押し留めた。
 だがクロース軍は異様な熱気を持ってオークに迫った。
 その時、一迅の風が走った。粉塵が巻き上がり、兵士達を吹き飛ばした。そのつむじ風の中を、麗しき騎士が疾風の如く駆け抜けた。

ソフィー
「オーク様、早く!」

 ソフィーが手を伸ばした。オークはソフィーの馬に乗り込んだ。
 クロース兵が追撃しようとした。だがアレスが、そのクロース兵を斬った。
 ソフィーは一瞬も止まらず、現れた時と同じように風の魔術をまとってそこから去っていた。
 クロース兵が矢でソフィーを射止めようとしたが、風の魔術が盾となって弾いた。

アレス
「オーク殿……無事であったか……」

 オークが無事に去ったのを見届けて、アレスが安堵の息を漏らした。

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■2016/06/17 (Fri)
第7章 Art Loss Register

前回を読む

 次のT字路を左に曲がる。比較的賑やかな界隈へと入っていく。右手の歩道に背の高いビル群が現れる。しかしやはり人通りは少ない。通りを歩く人達は、勢いを増す雨と風に、傘を差したり、雨宿りをする場所を探して走ったりしていた。
 雨はどんどん強くなっていった。フロント・ガラスに打つ雨が激しく、ワイパーで掻き分けても一瞬のうちに無数の波紋で視界を覆った。周囲の風景は雨に溶け始めていた。すでに下水の水が溢れ返っている。
 町の騒音は、小波のような雨の音に飲まれていった。雨が強くなる一方で街は静まり返っていた。
 やがて次の信号がやって来た。ダイハツ・ムーブが信号の前で停車する。といっても、横断歩道を渡る人はない。ヒナは慎重に左右を見て、川村らしき人影を捜していた。
 歩道側の信号が点滅する。正面の信号が青に変わった。ダイハツ・ムーブが発進する。
 バシュッ!
 その音は、水量の増えた濁流が、小さな堤を破壊する音のようだった。ふとすると雨の音に紛れてしまいそうな音だったが、異質感を持って体に感じるような気がした。
 ヒナが慌てるようにアクセル・ペダルを踏んだ。ダイハツ・ムーブがブォォォと低い音を鳴らす。しかし音は空回りするばかりだった。ダイハツ・ムーブは速度を上げず、ゆるやかにスピードを落としていった。
 ツグミは何が起きたかを察して、運転席のコクピットを覗き込んだ。計器類の中央で、ガソリン・スタンドを示すマークが点滅していた。
「アカンわ。この辺りで停めるで」
 目の前の角をヒナは右に曲がり、細い路地に入っていった。歩道に沿ってパーキング・メーターが立っているのが見えた。
 ダイハツ・ムーブはゆっくり速度を落としていった。あと少し、ぎりぎりというところで、駐車スペースに車を駐める。
 ヒナはすぐにダイハツ・ムーブの外に出た。まずパーキング・メーターにコインを入れて、車の正面に回り、ボンネットを跳ね上げた。
 ツグミは車の中に取り残されて、不安な気持ちになった。外の雨は、かなり強い。ヒナは1人で大丈夫だろうか、と心配になった。
 ツグミは、目の前に立ち上がったボンネットを見詰めていた。ヒナは何か点検しているらしいが、ツグミからはメタル・ベージュのボンネットしか見えなかった。
 ふとツグミは、嫌な気配を感じた。まるで銃口でも突きつけられているような、冷たい感触だった。
 ツグミは左の窓を振り返った。まさにその時、ダイハツ・ムーブの横を、トヨタ・ブレイドが横切った。
 トヨタ・ブレイドの運転席に、長髪の男が座っていた。長い髪を無造作に後ろに垂らしていた。その男が、間違いなくツグミを見ていた。
 ツグミは長髪の男と目が合った瞬間、体の中を探られたような、気持ち悪さを感じた。
 いきなり正面からバンッと音がした。ヒナがボンネットを閉じたのだ。
 ツグミは引き戻されるようなものを感じて、正面を振り返った。しかし恐怖感だけが残った。ツグミは恐怖感を抑えられず、運転席を這って進み、ドアを開けた。
 ヒナは今度はダイハツ・ムーブの後部車輪の前まで進み、屈み込んで裏側を覗き込んでいた。服がもうすっかり雨に濡れていた。
 ツグミは杖を突いて、車から降りた。すると急にバランスが崩れて、車にもたれかかってしまった。足下が、波の上にいるようにぐらついた。
「ヒナお姉ちゃん、今……」
 ツグミは車に手をつきながら、ゆっくりヒナの側に向かおうとした。
 その時に、ツグミは車の後ろに点々と液体が漏れているのに気付いた。雨で地面の色が濃くなっているけど、明らかにそれとは違う、油っぽい照かりを浮かべていた。
 ヒナがすっと立ち上がった。ヒナはツグミを見て、首を左右に振った。
「あかん。やられた。ガソリン、全部漏れとう」
 ヒナの全身はすっかり雨で濡れて、口から漏れる息が白く固まった。
 ツグミはヒナの報告に、心臓を掴まれるような気分になった。とっさにあのトヨタ・ブレイドが頭に浮かんだ。あの男だ、と。
 ヒナはツグミを押しのけるようにして、運転席のドアを開けた。ヒナは、ダッシュボードの上に置かれた地図帳だけを手に取った。それからキーを抜いて、ドアを閉めた。
「ツグミ。ここから歩いて行くで」
「でも、どこに行くん?」
 ツグミは気持ちの整理ができず、ヒナに問いかけた。
 ヒナも答えに詰まって、辺りを見回した。すぐにヒナの目線がある一点に定まった。
 ツグミもヒナを同じ方向を振り返った。通りを真っ直ぐ行ったところに、開けた場所があった。そこに全面ガラス張りの、大きな建物があった。JR高松駅だ。

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