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■2015/08/07 (Fri)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
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1
関空国際空港。朝9時。休日でしかもまだ早い時間だけど、到着広場から人の姿が絶えない。数十分おきにアナウンスが飛行機の到着を告げ、その度にゲート前は人で溢れかえる。仕事帰りの者、旅行帰りの者、それを出迎える人達とで、悲喜交々が繰り返された。
ツグミとコルリは、到着ゲートが目の前に見えるスターバックスでコーヒーを啜っていた。待ち合わせ客にコーヒーを売るのを目的とした廉価コーヒーの店は、昼時でもないのに人で一杯だった。ツグミとコルリは、ガラス張りを前にしたカウンター席に座って、ゲートを眺めていた。
「ヒナお姉ちゃん、遅いね……」
ツグミはカウンターに突っ伏して、ぼんやりとゲートを見ていた。傍らの紙パックはもう空だった。
ツグミの格好はグレーのタートルネックセーターに短いプリーツスカート、いつものトレンチコートを羽織っていた。オシャレとは程遠い格好だった。
「そうやね……」
コルリは何となく上の空の声だった。ツグミが振り向くと、コルリがEOSのレンズをじっとツグミに向けていた。ツグミが振り向いたところで、パチッと撮影する。
「もう、ルリお姉ちゃん……」
ツグミは眉をひそめて、嗜めるように言った。コルリはディスプレイの画像を見て満足そうに微笑むと、EOSをウエストポーチにしまった。
コルリはグレーのパーカーに下はジーンズを穿いていた。傍らのコーヒーはまだ残っていたけど、もう冷たくなっているようだ。あまりにも年頃の女の子らしからぬ格好だが、不思議とツグミよりきちんとオシャレしているように見えた。
カメラをしまうと、コルリはぼんやりするみたいに、到着ゲート全体の外観に目を向けた。ツグミはコルリから壁に掛けられている時計に目を移した。空港に到着してから30分が過ぎている。カウンター席の周囲は常に人で一杯だったけど、すでに3度も人が入れ替わっている。何となく、取り残されている気分だった。
そんな時、アナウンスが響いた。
「……只今、パリ発、エールフランス便が国際線南ゲートに到着。ご搭乗になる方は……」
到着広場の頭上に設置される、巨大モニター《ウェルカム・ゲート》に「ようこそ」の文字が浮かび、フランス語の案内がそれに続いた。
ツグミがあっと顔を上げて、ゲートに目を向けた。杖を手にして、席を立つ準備をする。
「待った。もうちょいや。検疫とか税関とか、色々あるやろ。もうちょっと座っとき」
コルリがツグミを留めるようにして、じっとゲートに目を凝らしていた。
間もなくゲートから人が溢れ出た。仕事帰りのビジネスマンや、フランス人旅行者といった人達だった。
ヒナはどこだろう。ツグミとコルリは、流れ行く1人1人を目で追った。
すると、長身のフランス人に混じって、すらりと背の高い女が現れた。
背に流れる長い黒髪。鼻が低く、幼い印象だが、完璧に整った目鼻立ち。飾りすぎない薄めのメイク。フランス人と並んでも違和感のない長身に、脚の長さを強調するようなブラックのストレート・パンツ。
格好は白のブラウスにトレンチコートを羽織、大きめの旅行鞄を襷に掛けていた。わかりやすいキャリアウーマン・スタイルだが、美しさは群集の中にあって、むしろ際立っていた。広場に出てきただけで、少なくとも10人の男女が振り向き、溜め息を漏らすのが見えた。
ヒナだ。ヒナは広場の中央辺りで足を止めて、所在なげに辺りをきょろきょろと見回した。
「来た来た! ヒナ姉!」
コルリがカウンター席から立ち上がり、正面のガラス窓を叩いた。
ヒナが気付いて、こちらを振り返った。コルリが大きく手を振った。ツグミは周りの目が気になって、おろおろと店内を見回してしまった。
ヒナがコルリに手を振って返した。美しい顔に、何ともいえない母性を湛えた笑顔が宿る。ツグミも溜め息を漏らしたくなるくらい魅力的な微笑みだった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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