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■2011/01/14 (Fri)
シリーズアニメ■
第1話 夢の中で会った、ような・・・
白と黒のチェック模様の廊下がどこまでも続いていた。辺りは幾何学模様のような柱がいくつも林立している。頭上は天井のないどこまでも続く闇で、その中を色彩のない螺旋版がいくつも回っていた。
まるで目眩を引き起こしそうな心地だった。でも私は足を止められなくて、必死に廊下を走っていた。
呼吸が苦しくて、今にも途切れてしまいそうだった。私はどこに行くつもりなのだろう。何もわからないのに、でも確かなものを胸に抱きながら、私は走っていた。
不意に、小さな広場が目の前に現れた。広場の3方向に短い階段があって、それぞれ別の廊下へと繋がっている。
どうしよう。どこにいけばいいんだろう。どの廊下も行く先の見えない果てへ続いている。
私は困惑を覚えて足を止めた。きょろきょろと、3方向の階段を見比べた。
ふと左の階段の先に、扉があるのに気付いた。扉の上に、「EXIT」と書かれたプレートがつるされて、ぼんやりとした緑色の光を投げかけていた。
私は緑色の光に誘われるように、あるいは扉の向こうの世界に期待を抱きながら、ゆっくりと階段を上った。
少し長い階段だった。34、5……40。一段一段が高くて、目眩を引き起こしそうだった。
ようやく階段を上り詰めて、扉の前に立った。取っ手をつかみ、力をこめる。重い扉だった。ちょっとの力ではぴくりともしなかった。
やがて扉の向こう側で、ガシャと何かが動く感触があった。扉は急に軽くなって、私は一気に扉を全開にした。
扉の向うは別世界だった。真っ黒な雲が目の前で幾層に重なり、重い風にびゅうびゅう押し流されていくのが見えた。埃で真っ黒に汚れた通路が左右にのびて、錆で赤くむけた欄干が通路を取り囲んでいた。空気は薄く汚れていて、不快な灰の臭いが空間一杯にただよっていた。
私はくらくらするのを感じながら、欄干の前に進んだ。見下ろすと地上は遥か下で、暗闇に埋没しかけた歩道の街灯が、赤く明滅しているのがぽつぽつと見えた。高層ビルが目と同じ高さで、ビルのいくつかは先端が砕け、ガラス片とコンクリートの断片と一緒に、吸い上げられるように浮かんでいた。
何が起きたのだろう。ここはどこなのだろう。私は茫然とする思いで、真っ黒に沈む空を見上げた。そこに、太陽の輝きも月のぬくもりもなかった。
でもその空に、何かが鋭く尾を引くのが見えた。何かがいる。私は空を漂う何かに、目を凝らした。
女の子だった。灰色の制服を着て、闇に溶け込みそうな長く黒い髪をなびかせながら、女の子が飛んでいた。
その女の子の前に、巨大なコンクリート片が飛びついた。女の子はためらいもなくコンクリート片に突っ込んだ。コンクリート片が高層ビルにぶつかり、派手に黒煙を吹き上げた。周囲にびりびり振動が広がる。私は転びそうになって、欄干にすがりついた。
女の子は?
振動が去ると、私はすぐにあの女の子を探した。女の子は黒煙から逃れて、再び空を飛んでいた。でも赤い光が女の子を次々と襲い掛かる。女の子は赤い光を避けながら、まっすぐどこかを目指すように飛んでいた。
「ひどい……」
私はぽつりと呟くように口にした。
「勝てないよ。彼女一人では荷が重すぎた。でも、彼女も覚悟の上だろう」
言葉を返すように、側で声がした。
はっと振り向くと、側の瓦礫の上に白い仔猫のような生き物が座っていた。
「そんな、あんまりだよ。こんなのってないよ!」
私は言葉を話す仔猫に疑問を持たず、必死に訴えかけるように身を乗り出していた。
「諦めらそれまでだ。でも、君なら運命を変えられる」
生き物の言葉にためらいはなく、不思議な力強さをもって私に語りかけてきた。
不意に炸裂音が轟いた。激しい振動が周囲を揺らす。私は耳を閉じて、その場でしゃがみこんだ。
あの子は?
振動が去ると、すぐにあの女の子の姿を探した。女の子はダメージを受けて、太い根っこのようなところに倒れ、ぐったりとしていた。
女の子は顔を苦しみに歪めながら、ゆっくりと身を起こした。綺麗な顔だった。遠くだったけど、肌が白く、整った顔をしているのがわかった。体の線が細くて、あまりにも弱々しく思えた。
女の子が私に気付いたように、顔にはっとしたものを浮かべた。それから何か訴えかけるように、口を大きく開けて、呼びかけるようにした。しかしその声は、周囲の轟きにさらわれて、何も届いてこなかった。
「避けようのない滅びも、嘆きも、すべて君が覆せばいい。そのための力が、君にも備わっているんだから」
白い仔猫はさっきの続きを話した。
「本当なの? 私なんかでも、本当に何かできるの? こんな結末を変えられるの?」
私は仔猫を振り向き、ふらりと一歩その前に進んだ。
「もちろんさ。だから僕と契約して。魔法少女になってよ」
ふっと光が目に射し込んできた。体の感触がゆっくりと戻ってくる。私の体を包んでいる布団のぬくもり。しっかり抱きしめたピンクのうさちゃんのふわふわの感触。ほの暗い光が私の顔を横切っていて、遠くで鳥の鳴く声が聞こえてきた。
まるで今が夢の世界のようなぼんやりした心地だったけど、次第に体の感触がはっきり目覚めてきた。私はうさちゃんを抱いたままゆっくりと身を起こし、ため息を漏らした。
「……夢オチ?」
『魔法少女まどか☆マギカ』は一見すると標準的な可愛らしい魔法少女アニメのスタイルを踏襲している。平和で落ち着いた雰囲気のある家庭。平凡だけど、閉塞感に満たされた日常。主人公である少女は内気で、自分に自信が持てないでいる(ちなみに、魔法少女の主人公の髪の色がピンクでリボンというのも伝統的なスタイルだ)。そんな少女がある日ふしぎな力を持った使者と邂逅し、特別な力を得る。
物語のあらすじだけを追うと、それまでに作られてきた夥しい数の魔法少女アニメに埋没してしまいそうな作品だが、映像の感性は隅々にまで新房昭之監督のパーソナリティに満たされている。
主人公まどかの住まいは、目の錯覚を起こしそうな幾何学的な直線を組み合わせて構成されている。インテリアはもっと前衛的で、家具の一つ一つが慎重な感性で選択され、描かれている。傑出しているのは夥しい数の窓ガラスと鏡で構成された洗面所だ。カットが変わるたびに窓の構成や空間の広さが変わり、演出家がその時に求めている構図を自在に作り出せる場所になっている。
学校のシーンもそこは我々が知っている無骨なコンクリートの構造物ではなく、全面ガラス張りの教室というユニークな構成で描かれている。教壇に貼り付けられているのは黒板やホワイトボートではなく、タッチディスプレイだ。
『魔法少女まどか☆マギカ』は前衛的で未来的な建築を描くことで、風景に異質さを与え、さらに建築の様式を構図の中に組み込むことで、作家が求めているビジョンをより明快なものにさせている。
教室は全面ガラス張りというユニークなデザインが採用されている。左のカット、右の教室と左の教室とで生徒が左右反転させて張り込んだだけである。演出家の必須命題は何も“傑作を作る”というだけではなく、与えられた時間と予算内に能率よく作品を作ることも必須命題なのである。というか、むしろ後者のほうが大事である。
物語の冒頭はかなりの時間をかけて、主人公の家族や家庭の状況を描くことに集中している。
キャリアウーマンとして一家の稼ぎ手となっている母親。主夫として家庭を守っている父親。まだ言葉が自由に話せない弟。そんな中にいて、家族と良好な関係を持っている主人公のまどか。
そんな様子の一つ一つを、およそ3分という時間をかけてじっくり描いている。ごくありふれた家庭生活だが、そこに“自分”ただ一人で、主人公を取り巻く社会の中から“家族”だけが不自然に抜け落ちてしまったアニメばかりになってしまった最近の状況から見ると(とりあえず、窓が接した隣の家には幼馴染の異性が必ず住んでいる)、『魔法少女まどか☆マギカ』が描く家族はむしろ不思議な新鮮ささえ感じる。
主人公の母親の部屋に無造作に置かれた夥しい椅子。カットによって椅子の配置、種類が変わっている。厳密な配置よりも、そのカットごとにどのデザインの椅子が欲しいか、で画が作られている。洗面所のシーンはその傾向がより顕著で、ロングサイズになれば空間が広くなり、接近すると合わせ鏡がそこにあるように描かれる。作り手の感性を優先させた絵作りが試みられている。
物語の後半に入ると、打倒すべき“敵”である魔女が出現し、戦いの場面へと変わる。劇団イヌカレーが描く病的なイメージが画面全体を覆い、キャラクターの色彩から制御されたアニメカラーが失われ、劇団イヌカレーのイメージの中に埋没しかけてしまう。それまで作品を満たしていた暖かで落ち着いた佇まいは瞬時に消え去り、物語と見る者を別世界へと強引な力で引き込んでしまう。また、これまで新房昭之作品の断片的なイメージとして採用されていたに過ぎない劇団イヌカレーが、物語的な位置づけを持った瞬間である。
しかしそんな中だからこそ、少女たちはその空間が持っているパースティクティブから解放され、軽やかに舞い、蠱惑的な魅力とともに無限の力を放つ。
戦いの場面をクローズアップすると、そこは暴力的なイメージが容赦なく描かれる場所であり、さらに作家の感性が極限までに試される場所となっている。
『魔法少女まどか☆マギカ』は一見すると幼児向けアニメの外観を装った作品であるが、その実体はまったく別で、美しい少女たちもパースティクティブを無視した舞踊のようなアクションのイメージも、より先鋭化していく作家のスタイルを強調するのに必要な素材の一つでしかない。
原画の質は高いが、中割の絵がやや崩れがちなのが気になるところだ。時間的な制約の厳しいテレビアニメーションだが、堅実に動画マンを育てていけば作品の質は必ず上がるはずである。「実践以上に良質な教育はない」。プロジェクトは教育という側面をセットにして推し進めていくべきである。
『魔法少女まどか☆マギカ』は最近のアニメ作品としては珍しい完全オリジナルストーリーである。それだけに、新房昭之の感性が自由に放たれ、画面全体を満たしている。空間的な奥行きを切り落とした平面的な構図。立体的な演技空間を無視して、その構図における絵画の作りを優先したカット。幾何学的な直線を多用した建築の様式は、そういった構図を作り上げるのに有効に働いている。オリジナルストーリだけに、新房昭之の個性はより濃厚だ。もしかすると新房昭之という個性を総決算する作品になるかもしれない。
しかし、原作がないという状況は制約がないということである一方、物語の手本となる骨組みがないということでもある。オリジナルストーリーはエピソード一つ一つが描くイメージは素晴らしくとも、作品全体がもつ大きなビジョンにはなかなか至らない場合が多い。『魔法少女まどか☆マギカ』はどのように物語を押し進め、最初に描かれたイメージがどのように変質し、どんなビジョンに到達させようとしているのか。その計画がなければあっけなく破綻するのが、オリジナルストーリーの難しいところだ。とにかく、心して見守って行きたい作品である。
作品データ
監督:新房昭之 原作:Magica Quartet
キャラクターデザイン:岸田隆宏 総作画監督:谷口淳一郎 高橋美香
シリーズディレクター:宮本幸裕 アシストディレクター:阿部望 神谷智大
レイアウト設計:牧孝雄 異空間設計:劇団イヌカレー
美術監督:稲葉邦彦 金子雄治 美術設定:大原盛仁 色彩設計:日比野仁 滝沢いづみ
編集:松原理恵 ビジュアルエフェクト:酒井基 撮影監督:江藤慎一郎
音響監督:鶴岡陽太 音楽:梶浦由紀 音楽制作:アニプレックス
アニメーション制作:シャフト
出演:悠木碧 斎藤千和 喜多村英梨 水橋かおり 加藤英美里
○ 新谷良子 後藤邑子 岩永哲哉 岩男潤子 松岡禎丞
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