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■2015/11/20 (Fri)
第6章 キール・ブリシュトの悪魔

前回を読む
 王国の大門を出て、しばらく南へ向かって馬を走らせた。街道が長く続き、ネフィリムとの遭遇もなく、旅は順調に進んだ。しかし悪魔の目覚めに歩を会わせるように、雲が厚く覆って光を射さず、風景は灰色に濁って不穏な気配を常に湛えさせていた。
 やがてその日の旅程を終える頃、旅の一行はある村に辿り着いた。大きな村で、畑が階段状になって延々と連なっている。村の中心部分には、賑やかな繁華街も作られていて、村と呼ぶにはかなり活気に満ちたところだった。
 その日は、そこで宿泊することになった。

オーク
「豊かな村ですね。ここは?」
セシル
「この村は、国が戦になった時に食糧を供給することを目的に作られた村だ。我々軍人の貴重な胃袋だ。だから見よ、山賊やネフィリムが侵入しないよう、兵士が派遣されておる」

 村はあちこちに見張り塔と兵隊詰め所が設置されていた。兵士達が王子達一行に頭を下げる。だが、村人達の姿は、なぜかほとんど見なかった。

村長
「これは王子様! 知らせは届いております。さあ、こちらへ。旅の方々もさあどうぞ」

 しばらくして村長が飛び出してきて、王子達を歓迎して、村で一番の宿へと案内した。上等な食事とよく整えられた部屋が与えられ、王子達旅の一行は、その日1日の旅の疲れを癒やした。
 セシルは食後もすぐには休まず、テーブルに地図を広げて、バン・シーと旅程の打ち合わせをしていた。
 それが終わってもまだ休まず、セシルはオークの許にやってきた。

セシル
「オーク。ちょっと付き合え」
オーク
「はい」

 セシルとオークは王族の紋章の入った衣を脱ぐと、どこにでもいる旅人の装束を身にまとい、宿の外に出た。セシルが向かったのは、村の中でも賑わいのある界隈だった。夜も遅い時間だが、人々が繰り出して、仕事後の時間を楽しんでいた。繁華街は、今の時間が本番、というように、煌々とした光を通りに投げかけていた。
 オークは不思議な心地になりながら、眠りの時間が訪れそうにない村の様子を見ていた。

セシル
「きょろきょろするな。田舎者だと思われるぞ」

 セシルがやんわりと注意する。
 セシルとオークは、酒場へと入っていった。酒場の隅の席に着くと、2人は対話もせずにビールを少しずつ啜った。
 酒場の様子はすでにできあがった様子の酔っ払いが何人もいて、調子よく喚いたり歌ったりを始めていた。

酔っ払い
「聞いたか。あの馬鹿王子がまた旅行を始めたらしいぞ」
酔っ払い
「あの野郎、好き勝手やりやがって。俺達がどんだけ苦労していると思っているんだ。俺達の金だぞ!」
酔っ払い
「王族なんてみんな外道だ! 俺達の収めた税金で、金銀財宝に美食の暮らし! 王族なんぞ滅んでしまえ!」
酔っ払い
「無能のくせに戦争好きの王子め。あんな奴がいるから、戦争がいつまでも終わらないんだ!」
酔っ払い
「王族なんて糞喰らえ! 国なんて糞喰らえ!」
オーク
「…………」

 オークは我慢できず、席を立ちそうになる。

セシル
「じっとしてろ。私達は今、ただの流れ者だぞ」
オーク
「…………」
酔っ払い
「お、何だお前。よそ者か? どっから来た」
セシル
「古里はねえ。根無し草だからな。馬鹿王子の話か? 俺にも言わせろ!」
酔っ払い
「おう! どんどん言え! あの馬鹿王子をやっつけてしまえ!」

 酔っぱらい達の調子は、どんどん盛り上がっていく……。


 しばらくして、セシルとオークは酒場を後にした。
 街の賑やかな界隈を後にして、静かな畑の側を歩く。不夜城の空気が急速に遠ざかって、身体の熱が冷めるようだった。

セシル
「不満があるようだな。黙ってないで言ったらどうだ。あの酔っ払いどものように」
オーク
「納得がいきません。王子はこの国のために命がけで戦っているのに、あの者達は……」
セシル
「そういうものだ。王がどんな苦労を背負い込んでいるか、民にはなかなか伝わらないものだ。見えない世界だから、噂話が膨らんで、事実とすり替わることも多い。だが、そんなものだ。国とは難しい。王といえど国土の全てを把握することはできないし、これが国だという証がはっきりとあるわけではない。民などは井戸の底から世界を見ているようなものだろう。民は王などなんとも思っておらんし、貴族連中ですら国がなんなのか頻繁に見失う。だがな、オークよ。あんな馬鹿共でも、命を賭して守るのが王の務めだ」

 セシルの話はそれで終わりだった。セシルとオークは酔いを醒ますと、宿に戻り、眠った。

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