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■2015/11/12 (Thu)
第6章 キール・ブリシュトの悪魔

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 城の地下牢。
 小さな窓から、ささやかな月明かりが落ちていた。暗がりは陰気な囁き声に満たされている。囚人達が小さな檻の中で、死の宣告を待っていた。松明を持った見張りが、厳重に囚人達を見張っている。
 そんな檻の1つに、赤毛のクワンが閉じ込められていた。かつてステラが治める秘密の里を襲った山賊の1人だ。赤毛のクワンはそこである秘密を得て脱出しようとしたが、セシル王子に捕らえられ、それきり囚人の日々を過ごしていた。不衛生な檻の中で粗末な食事ばかり与えられ、何度も拷問まがいの尋問を受け、クワンもそろそろ間近に来ようとしている死を覚悟していた。
 夜は静寂と不安が同時に与えられる。クワンは、浅い眠りの中に、かすかな安らぎを求めていた。
 そんな時、遠くで悲鳴が漏れた。赤毛のクワンは、はっと目を覚ます。ひっそりと押し殺した声だが、赤毛のクワンを目覚めさせるには充分だった。
 カツカツカツ……。
 潜めているが、閉じられた静寂の中では靴音はくっきりと浮かび上がった。
 誰かが来た。赤毛のクワンは察した。事情は知らないが、この地下牢に忍び込んだ者がいるのだ。
 赤毛のクワンは身体を起こし、いつでも飛び出せる態勢に入って、何者かを待ち受けた。靴音は、迷いなくこちらに向かってくる。
 やがて、月明かりが靴音の主を浮かび上がらせた。ウァシオとその使いの者だった。
 使いの者は靴音と気配を完全に消していて、月明かりに姿をさらすまで存在に気付かなかった。使いの男が赤毛のクワンを閉じ込めている檻の前に進み、鍵を開ける。
 檻の扉が開く。赤毛のクワンははじめは警戒して、解放された檻の扉と、ウァシオを見ていたが、やがておそるおそると檻の中に出た。
 突然、ウァシオが赤毛のクワンを掴んだ。首を掴み、壁に押しつける。赤毛のクワンはやや小柄な体型であるが、それなりに体重はある。だがウァシオの豪腕は、赤毛のクワンを片手で軽々と持ち上げていた。

ウァシオ
「誰にも云わなかっただろうな」
赤毛のクワン
「誰にも。ウァシオ様のことは決して」
ウァシオ
「それもだが、秘密の里で見付けた宝のこともだ」
赤毛のクワン
「もちろん。何も言っていません」

 ウァシオが赤毛のクワンを解放した。赤毛のクワンが地面に崩れ落ちて、しばらく痛みに呻いていた。

ウァシオ
「早く行け。誰にも見付かるな。秘密はあの人に直接知らせるんだ。いいな!」
赤毛のクワン
「はい。我らの民のために」

 赤毛のクワンが地下牢を脱出した。
 ウァシオは赤毛のクワンの脱出を見届けた。それから、自身も地下牢を出た。赤毛のクワンの姿はない。見張りの兵士は自身が始末したからもういなかった。一緒に地下牢に入った使いの者は、いつの間にか姿を消している。
 ウァシオは城の廊下を歩いた。夜の城は静寂に満たされている。月明かりがひっそりと廊下を浮かび上がらせる。見張りの兵士が歩く音が、静寂に密かに混じるだけだった。
 ウァシオは城の中を早歩きで進み、ある部屋に入った。貴族の1人であるラスリンの部屋だ。
 ウァシオの入室に、ラスリンが狼狽した様子を見せた。ウァシオは構わずラスリンに迫る。

ウァシオ
「なぜ王の決起に応じた」
ラスリン
「……うっ……うっ」

 しかしラスリンは怯えて声が出せない感じだった。

ウァシオ
「お前達が手を出さねば、あの数でも城を潰せたはずだ!」
ラスリン
「仕方なかった。王に逆らうと命がない。恐い……」
ウァシオ
「何が命だ! この戦いで死ぬべき男だぞ。貴様のお陰で何もかも台無しだ! そんなに死の恐怖に耐えられないのなら、俺が恐怖を与えてやる」

 ウァシオはラスリンの口に布を突っ込むと、机の上に掌を広げさせる。ラスリンは恐怖で抗った。頬に涙が落ちる。ウァシオは力任せにラスリンを押さえつけると、掌にナイフを突き立てた。
 ラスリンが悲鳴を漏らすが、その声が口に押し込まれた布に吸い込まれる。

ウァシオ
「金が欲しいならいくらでもくれてやる。だがこれからは恐怖もくれてやる。今後2度と王族の命令に従うな。政治を引っかき回せ。いいな!」
ラスリン
「…………」

 ウァシオがナイフをぐりぐりと抉る。ナイフの刃はそのまま、掌を中指と薬指のところで真っ二つに避けてしまった。

ラスリン
「……私だって、宰相になるべくして生まれた人間だぞ……」
ウァシオ
「無能のくせに生意気云うな! いいか、俺には絶対に逆らうな。この国にしがみついているのは業病の亡者だけだ。国に必要なのは力のある王だ。俺のような王だ。いいな」
ラスリン
「…………」

 ウァシオがラスリンの部屋を去って行った。

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