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■2015/08/23 (Sun)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
前回を読む
9
その後もしばらく歩くが、住所に書いている場所はどうしても見つけられなかった。気付けば、同じ場所をぐるぐる回り始めていた。ツグミは途方に暮れる気持で足を止めて、メモに書いた住所を確かめた。コルリは何か探すように辺りの建物を見回していた。地図と住所を確認すると、近くまで来たという実感はあるのだけど、探している番地はどうしても見付からなかったし、《川村》の表札も見付からなかった。
「あかん。見つからへんわ」
ツグミは疲労を滲ませながら辺りを見回した。
四つ辻だった。どの方向も一度は通ったはずだった。いずれの方向もハズレだった。
ふと、手前の家からおばさんが出てきた。50に近いくらいの年齢で、薄くなりかけた髪にパーマを当てて紫に染めていた。厚手のコートを羽織、トートバックを肩に提げていた。
コルリはすぐにおばさんのところに駆け寄った。
「おばさん、ちょっとすみません。住所を聞きたいんですけど」
コルリがおばさんを引き止めて、ツグミを手招きした。ツグミは急いでコルリの側に進み、住所を書いたメモを見せた。
「知らないわねえ。こんな番地、あるんやろうか?」
おばさんは、難しく考えるふうにして首をかしげた。
ツグミはコルリと顔を見合わせた。コルリの顔に、「まさか」という思いが浮かんでいた。
「じゃあ、この、こういう人は知りませんか?」
コルリはベストのポケットから写真をすっと1枚引っ張り出し、おばさんの前に差し出した。
おばさんは目が悪いらしく、体を折り曲げて写真をじっと覗き込むようにした。
ツグミもえっと写真に喰い付き、写真とコルリを交互に見た。
川村の写真だった。画廊を訪ねた時のやつだ、と即座に気付いた。カメラに気付き、振り向く瞬間。しかしその顔に動揺はなく、カメラを真直ぐに見詰め返していた。あたかも、ちゃんとしつらえたスタジオで撮影されたみたいだった。写真はナダール(※)の肖像写真風に色が抜かれ、デジタル上で拡大と切抜きを行ったせいか、ちょっと粒子が荒い感じになっていた。
「知らないわねえ。見たことないわ」
やはりおばさんは首を振った。ツグミとコルリは、おばさんにお礼を告げて別れた。
「あかんわ。帰ろうっか、ツグミ」
コルリは川村の写真をポケットに戻そうとした。ツグミはその手を、がっと掴んだ。
「それ、いつ作ったん?」
じっとコルリを見詰めて、できもしないけど声にドスを利かせてみた。
「昨日。……欲しいでしょ?」
コルリがにやっといやらしく微笑んだ。
何だか見透かされているようで恥ずかしかったけど、こくっと頷いた。
※ ガスパール=フェリックス・トゥールナション 1820~1920年。フランスの写真家。「ナダール」は通り名。肖像写真家として非常に有名で、この時代のよく取り上げられる有名人写真はほとんどがこの人の作品。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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