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■2015/08/21 (Fri)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
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8
ツグミとコルリは電車に乗って、契約書の住所に近い駅で降りた。降りた場所は海岸に近い街で、風に潮の香りが混じった。道はきちんと整備されて、背の高い集合住宅が視界の広がりを遮っていた。今日は天気が悪いせいか、住宅街に人影は少なかった。風の唸りは、次第に力を強めていく。雨が降りそうな雰囲気だった。コルリはそんな風景も面白いらしく、何か見つけるたびにアジェしながら(※)歩いていた。
ツグミは地図と住所を写したメモを片手に、川村の住いを探した。電柱に貼られている住所プレートを見る限り、近くまで来たという感じはあるけど、なかなか住所の場所を見つけられなかった。
そろそろ画廊を出てから1時間が過ぎようとしている。始めは期待で胸をドキドキさせていたけど、今はすっかり気持ちが落ち着き、冷静になって目的の場所を探そうとしていた。
「ツグミ。そこを歩きながら、見上げてくれる?」
コルリがちょっと後ろのほうで指示を出した。何か意欲が湧いたらしい。ツグミは溜め息をつきながら、適当な窓を見上げた。
次第に、気持が沈み始めてきた。川村さんにはもう会えない……心の中で、そう決め付けかけていた。
コルリが走り寄ってきた。ツグミは歩きながら、コルリがやってくるのを待った。コルリは長袖のシャツに、黒のベストを着ている。ポケットがたくさんあって便利だから、と男性用を好んで着ていた。ジーンズはもともと青だったが、穿き古して黒くなりかけている。
コルリはオシャレにまったくの無頓着だった。しかし、コルリに野暮ったい感じはなく、むしろ快活な印象があった。ふとすると、それが個性的なファッションとさえ思えてしまう不思議さがあった。
コルリ自身のセンスの良さか、それともズボラの下に隠れた美貌ゆえか……。
美貌、といえば、ちょっと思い当たる事件があった。
1年ほど前、親戚の結婚式で妻鳥家3姉妹が招待を受けた。その時、ヒナの指示でツグミとコルリは、初めて見るようなドレスで身を包み、プロにメイクしてもらった。
その時のコルリの変身ぶりは、驚くべきものがあった。変身ヒロインのドレスアップすら手ぬるい、そう思えるくらいの変わりようだった。式場に入った途端、誰もがコルリを振り向き、溜め息を漏らした。
花嫁にスポットライトが当たらねば、出席者全員がコルリを結婚式の主役だと勘違いしてしまっただろう。それほどにコルリは美しかった。
その後、妻鳥画廊にはかなりの量のラブレターが届いた。しかしコルリ本人は、まるで気にする様子もなく、カメラに夢中な日々を続けている。
とそんなふうに考え、ツグミは自分自身に考えを向けた。そういう自分も、オシャレとは程遠い格好をしていた。これから男の人の家を訪ねるのに、セーラー服なんて……。
「ねえ、ルリお姉ちゃん。私、こんな格好でよかったかのかな?」
コルリが側に来たところで、ツグミは声に不安を滲ませながら尋ねた。
「うん? うんうん、それでええんよ。むしろ、それでいい。いいか、ツグミ。17歳の女の子にとって、セーラー服は最強の武器なんやで」
コルリは元気付けるように明るく言うと、前方を進み始めた。
「え? どういうこと?」
ツグミは釈然としないなと思いつつ、コルリに従いて歩いた。
※ アジェする 「アジェ」とはウジェーヌ・アジェのこと。フランスの写真家で、優れた風景写真を多く残し、「近代写真の父」と賞賛されている。ただし、アジェ自身は画家のための資料写真を撮っているつもりだった。現代でも、アジェふうの風景写真を撮ることを「アジェする」と呼ぶ場合があるらしい。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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