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■2015/08/03 (Mon)
創作小説■
第1章 隻脚の美術鑑定士
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10
確かに妻鳥画廊では売れない。川村の絵は、光太の絵のついでにするような値段にはできない。そんな売り方をすると絵に失礼とすら思えてしまう。妻鳥画廊もそこそこに歴史が長いから、神戸市内の美術商や骨董商といった人たちと繋がりはあった。それに、店を持たない『ふろしき画商』といった人たちもいる。そういう人たちに預けるほうが賢い選択かもしれない。
「そうやねぇ……」
ツグミは溜息でも吐くように、ぼんやり言った。
正直なところ、あの絵は他人任せにしたくなかった。売れてほしいけど、自分の目が届かないところで、知らない誰かの手に渡るのが嫌という気がしていた。
もっといえば……自分で所有したいという欲望が心のどこかで芽生えつつあった。いっそ売れたと嘘をついて、川村に次々と絵を描かせて、それを全部自分がコレクションしてしまえば……。
ツグミは自分の考えを否定した。それは良心に反するし、そもそもそんな財力はない。
じゃあ、どうすれば……。美術鑑定を依頼してくれるお金持ちのおじさん達の顔が浮かんだ。でも、あの人たちは買ってくれないだろう。金持ちが欲しいのは「いい絵」ではなく「有名で高額な絵」だからだ。
ツグミは答えのない考えから逃れようと、テレビに目を向けた。契約書類と食器棚に挟まれた部屋の角に、年代物のブラウン管が光を放っていた。書類整理の邪魔になるから音量を絞っていた。
テレビは面白くとも何ともないニュースが流れていた。そろそろ6時半のアニメが始まる時間だ。チャンネルを変えようかな。
と手を伸ばしかけところで、ふと目がつくものがあった。
どこかの豪邸に、特捜部が家宅捜索に入った場面が映し出されていた。黒い服を来た人たちが次々と箱を持って出てくる。まるで突然の引越しでも始めるみたいな様子だった。
ツグミが気になったのは、積み出し品の中にある、黒いファスナー・ケースに包まれた板状のものだった。
「ねえ、ルリお姉ちゃん。あれ、絵ちゃう?」
ツグミはブラウン管の映像を指さした。ちょうどコルリは、フライパンにハンバーグを入れて、椅子に座って一息つこうとしたところだった。
「ん? そおやね。うん、絵やな。大きさは、100号。イルカのラッセンかな?(※1)」
コルリは疲れたように椅子に深く座りつつ、ちらと映ったファスナー・ケースを目測した。
コルリは大阪の学校へ通い、授業が終わればバイトか、撮影で遠出したりしていた。体力はかなりあるほうだけど、この時間はさすがに疲れた顔をする。
家宅捜索の場面は数秒で終わり、別のニュースに変わってしまった。
「6時半や。アニメ見よ」
コルリがもう興味をなくしたみたいに言った。
「うん」
ツグミが手を伸ばし、画面下のボタンをパチッと押した。リモコンは狭い部屋で使う機会がなく、テレビの上で薄く埃を被りつつあった。
ちょうど6時半。竹内順子(※2)の凛々しい声が聞こえてきた。
※1 クリスチャン・ラッセン 1956年生まれ。アメリカ出身。海を題材にすることが多く、日本では手に入りやすいシルクスクリーンで有名。
※2 竹内順子 1972年生まれ。少女役、少年役と演技幅は広い。ちなみにこのシーンに登場したアニメは、《スタジオひえろ》というアニメーション会社が制作した作品で、忍者の長を目指す少年が、悪の忍者軍団と戦うというストーリーだ。ただし『NARUTO』ではない空想の作品。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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