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■2009/04/08 (Wed)
シリーズアニメ■
誰もいない公会堂のステージに、タタラ・フォロンは一人きりで立った。
今日は日曜日だから、《トルバス神曲学院》に人影は少ない。公会堂は静けさに満ちていて、一人きりで練習するには、ちょうど良かった。
フォロンは、《ワンマン・オーケストラ》と呼ばれるランドセル型装置を背負った。
スイッチを入れると、《ワンマン・オーケストラ》が変形し、鍵盤とスピーカーが現れる。
フォロンは鍵盤を軽く撫でて、ふう、と息を吐いた。
「自信持てよ。追試は絶対受かるって」
昨日、友人のレンバルトが励ましに言った言葉が浮かんだ。でも、それが胸に重くのしかかってくる。
《トルバス神曲学校》は、《メニス帝国》に置かれる《ダンティスト養成学校》の一つだ。一、二年生は基礎過程。三、四年生が専門過程になる。
フォロンは、《トルバス神曲学校》の二年生。来月には、三年生に上がる予定だった。なにの、未だに精霊を呼び出せなかった。
もし、今度の追試で合格できなければ……。
フォロンは、鍵盤を叩いて、メロディを紡ぎだした。だが、指が引き攣りそうになる。メロディは鮮やかに流れず、あちこちで詰まって、指は楽譜の迷路を彷徨い始めた。
「……駄目だ」
間もなくフォロンは、演奏をやめてしまった。
絶望的な気分だった。自信が持てない以前に、技術が追いついていない。追試を乗り切れる自信は、まったくなかった。
タタラ・フォロン、コーティカルテ・アパ・ラグランジェス、ユギリ、ペルセルテ、プリネシカ…声優の滑舌を試しているかのような、呼びづらい名前が多い。憶えにくいので、初見は解説書が必要だ。
そんな時、フォロンは十二年前のあの夜を思い出す。
孤児院で過ごしていた、あの夜。大きな満月が出ていて、孤児院の周囲の森も、くっきりと描いていた。
幼いフォロンは、一人きりで孤児院の屋根に上り、月を見上げていた。それから、呟くように歌を唄っていた。
孤独な心が慰められ、充実した気持ちに想いを委ねられる瞬間だった。
しかしフォロンは、気配に気付いて歌を中断した。目の前の空間に、何かがふわりと浮かんでいた。
女だった。長い赤毛の、大人の女だった。
「……精霊さん?」
フォロンは恐いと思わなかった。月がくっきりと女の姿を描いていたし、女の姿があまりにも美しく、優しそうな微笑を湛えていたから。
「いい歌だ」
女が、フォロンに言葉を返した。月の光が、赤毛の女の微笑を浮かび上がらせていた。
……いい歌だ。
十二年前、あの人にそう言われたから、《ダンディスト》になろう、って決めたんだ。
フォロンは、呟くように、歌を唄った。
あの時と同じように、心に浮かんだままのメロディで。
歌を始めると、追試への焦燥感も、孤独も、満たされた気持ちで癒されていく。あの時と同じ充実がフォロンを包んでいた。
その時だ。
フォロンの歌声に呼応するように、地下で何者かが目覚めた。
何者かはゆっくりと体を起こすと、真っ黒な髪を炎のように立ち上がらせた。
十二年前に停止した運命が今ようやく動き出す。
音楽と美少女は、親和性の高い題材として、昔から多くのアニメーションで取り上げられてきたテーマだ。
『神曲奏曲ポリフォニカ』は、異界の学園を舞台にしたファンタジー作品だ。
キャラクターは独特な様式で描かれているが、映像の力は弱く、物語の運びも鮮やかとは言いがたい。
どのカットも、正確なパースによるレイアウトがなく、キャラクターの演技空間が曖昧で、それが物語領域を狭めてしまっている。
その一方で、独自的な設定は過剰なほどに作りこまれ、映像の情報を圧倒している。
過剰な設定に対して、演技空間にあまり注意が向けられていないのが残念だ。ちなみに、この種のキャラクターは現場の動画も嫌われる。トレスに1時間以上かかるし、立体がわかりにくいから、中コマをいれにくいからだ。
日本のアニメにおいて、学園ファンタジーは巨大な規模を誇る一大ジャンルである。
しかし、日本の大衆文化という範疇において、さほど認知されておらず、周辺的なマニアックなジャンルとして過剰に作られる傾向にある。
『神曲奏曲ポリフォニカ』もそうした周辺ジャンルの一つとして、形式的なスタイルを踏襲して制作されている。
日本のアニメの閉鎖性と美意識が極端な方向に肥大化したジャンルでもあり、キャラクターも設定も、どれも無個性的なまでに既視感を否定しようとしない。
この種のジャンルに、オリジナルは存在しない。
作家の主張や独創は、形式(フォーマット)の部分にはなく、作家の創作力はジャンルに服従しつつ、いかに奇抜なディティールが描き出されるかで競われる。
『神曲奏曲ポリフォニカ』はそれらの異端ジャンルの中でどんな飛躍を提示できるのか。作り手の挑戦は、始まったばかりだ。
用語が多いのでウィキペディアでの『神曲奏曲ポリフォニカ』の記事を参考
『神曲奏曲ポリフォニカ クリムゾンS』公式サイトへ
作品データ
監督:鈴木利正 原作:榊一郎
キャラクター原案:神奈月昇 キャラクターデザイン:小原充
総作画監督:小原充 作画監督・メカデザイン:小菅和久
プロップデザイン:卯野路子 シナリオ:金巻兼一
美術監督:佐藤勝 美術設定:塩澤良憲 色彩設計:高谷知恵
音楽:七瀬光 撮影監督:飯島亮
アニメーション制作:ディオメディア
出演:神谷浩史 戸松遥 水樹奈々 佐藤利奈 川澄綾子
小西克幸 檜山修之 小野大輔
今日は日曜日だから、《トルバス神曲学院》に人影は少ない。公会堂は静けさに満ちていて、一人きりで練習するには、ちょうど良かった。
フォロンは、《ワンマン・オーケストラ》と呼ばれるランドセル型装置を背負った。
スイッチを入れると、《ワンマン・オーケストラ》が変形し、鍵盤とスピーカーが現れる。
フォロンは鍵盤を軽く撫でて、ふう、と息を吐いた。
「自信持てよ。追試は絶対受かるって」
昨日、友人のレンバルトが励ましに言った言葉が浮かんだ。でも、それが胸に重くのしかかってくる。
《トルバス神曲学校》は、《メニス帝国》に置かれる《ダンティスト養成学校》の一つだ。一、二年生は基礎過程。三、四年生が専門過程になる。
フォロンは、《トルバス神曲学校》の二年生。来月には、三年生に上がる予定だった。なにの、未だに精霊を呼び出せなかった。
もし、今度の追試で合格できなければ……。
フォロンは、鍵盤を叩いて、メロディを紡ぎだした。だが、指が引き攣りそうになる。メロディは鮮やかに流れず、あちこちで詰まって、指は楽譜の迷路を彷徨い始めた。
「……駄目だ」
間もなくフォロンは、演奏をやめてしまった。
絶望的な気分だった。自信が持てない以前に、技術が追いついていない。追試を乗り切れる自信は、まったくなかった。
タタラ・フォロン、コーティカルテ・アパ・ラグランジェス、ユギリ、ペルセルテ、プリネシカ…声優の滑舌を試しているかのような、呼びづらい名前が多い。憶えにくいので、初見は解説書が必要だ。
そんな時、フォロンは十二年前のあの夜を思い出す。
孤児院で過ごしていた、あの夜。大きな満月が出ていて、孤児院の周囲の森も、くっきりと描いていた。
幼いフォロンは、一人きりで孤児院の屋根に上り、月を見上げていた。それから、呟くように歌を唄っていた。
孤独な心が慰められ、充実した気持ちに想いを委ねられる瞬間だった。
しかしフォロンは、気配に気付いて歌を中断した。目の前の空間に、何かがふわりと浮かんでいた。
女だった。長い赤毛の、大人の女だった。
「……精霊さん?」
フォロンは恐いと思わなかった。月がくっきりと女の姿を描いていたし、女の姿があまりにも美しく、優しそうな微笑を湛えていたから。
「いい歌だ」
女が、フォロンに言葉を返した。月の光が、赤毛の女の微笑を浮かび上がらせていた。
……いい歌だ。
十二年前、あの人にそう言われたから、《ダンディスト》になろう、って決めたんだ。
フォロンは、呟くように、歌を唄った。
あの時と同じように、心に浮かんだままのメロディで。
歌を始めると、追試への焦燥感も、孤独も、満たされた気持ちで癒されていく。あの時と同じ充実がフォロンを包んでいた。
その時だ。
フォロンの歌声に呼応するように、地下で何者かが目覚めた。
何者かはゆっくりと体を起こすと、真っ黒な髪を炎のように立ち上がらせた。
十二年前に停止した運命が今ようやく動き出す。
音楽と美少女は、親和性の高い題材として、昔から多くのアニメーションで取り上げられてきたテーマだ。
『神曲奏曲ポリフォニカ』は、異界の学園を舞台にしたファンタジー作品だ。
キャラクターは独特な様式で描かれているが、映像の力は弱く、物語の運びも鮮やかとは言いがたい。
どのカットも、正確なパースによるレイアウトがなく、キャラクターの演技空間が曖昧で、それが物語領域を狭めてしまっている。
その一方で、独自的な設定は過剰なほどに作りこまれ、映像の情報を圧倒している。
過剰な設定に対して、演技空間にあまり注意が向けられていないのが残念だ。ちなみに、この種のキャラクターは現場の動画も嫌われる。トレスに1時間以上かかるし、立体がわかりにくいから、中コマをいれにくいからだ。
日本のアニメにおいて、学園ファンタジーは巨大な規模を誇る一大ジャンルである。
しかし、日本の大衆文化という範疇において、さほど認知されておらず、周辺的なマニアックなジャンルとして過剰に作られる傾向にある。
『神曲奏曲ポリフォニカ』もそうした周辺ジャンルの一つとして、形式的なスタイルを踏襲して制作されている。
日本のアニメの閉鎖性と美意識が極端な方向に肥大化したジャンルでもあり、キャラクターも設定も、どれも無個性的なまでに既視感を否定しようとしない。
この種のジャンルに、オリジナルは存在しない。
作家の主張や独創は、形式(フォーマット)の部分にはなく、作家の創作力はジャンルに服従しつつ、いかに奇抜なディティールが描き出されるかで競われる。
『神曲奏曲ポリフォニカ』はそれらの異端ジャンルの中でどんな飛躍を提示できるのか。作り手の挑戦は、始まったばかりだ。
用語が多いのでウィキペディアでの『神曲奏曲ポリフォニカ』の記事を参考
『神曲奏曲ポリフォニカ クリムゾンS』公式サイトへ
作品データ
監督:鈴木利正 原作:榊一郎
キャラクター原案:神奈月昇 キャラクターデザイン:小原充
総作画監督:小原充 作画監督・メカデザイン:小菅和久
プロップデザイン:卯野路子 シナリオ:金巻兼一
美術監督:佐藤勝 美術設定:塩澤良憲 色彩設計:高谷知恵
音楽:七瀬光 撮影監督:飯島亮
アニメーション制作:ディオメディア
出演:神谷浩史 戸松遥 水樹奈々 佐藤利奈 川澄綾子
小西克幸 檜山修之 小野大輔
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