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■2017/10/24 (Tue)
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9971d3d6.jpg雨が冷たく降り注いでいた。のんちゃんは通りの端でボロボロになって倒れ、雨を全身に浴びていた。
「どんな教育受けてんだ、まったく。親の顔が見たいぜ」
乱暴な言葉が無情に投げかけられる。雨の音に混じって、ピチャピチャと遠ざかっていく足音が聞こえた。
のんちゃんは薄く目を開けて、固くざらついたアスファルトのでこぼこを見詰めた。細かな石の溝の間を、雨が流れて行くのが見えた。
雨の冷たさが全身に広がっていく。落雷の音が、雨雲の中でごろごろと轟いていた。

7c7ab155.jpgあれから数日が過ぎて――。
のんちゃんは全身包帯まみれ、右腕を吊った格好で砂浜を歩いていた。体の状態はまだ思わしくなく、左脚をずるずると引き摺り、引き摺った跡が砂浜に長く尾を引いていた。右手の買い物籠の中には長ネギが一本入れられている。頭の上にはPちゃんが大人しく止まっていた
海風がごうごうと唸りを上げている。砂浜に鉛色の波がゆらりと押し寄せてくる。空気はどこか暗く淀んで、かすかな灰の匂いを混じらせていた。
7f8b1e98.jpgeadab531.jpgふと、波際に黒い一団が固まっているのが見えた。黒々とした影が小さく群がり、踊っているように見えた。町のごろつきらしい。一人が屈みこんで、石の鏃の付いた棒状のものを手にしていた。
のんちゃんは気にしないで、ごろつきの側を通り過ぎようとした。
すると、ごろつきの一人が顔を上げ、のんちゃんを振り返った。
1b1cd318.jpg「ミイラ男だ!」
はっと声を強張らせた。顔と体が恐怖で固まったと思うと、棒を放り出して走り去ってしまった。それに釣られるように、ごろつきの仲間たちも去ってしまった。
ごろつきたちが去ると、砂浜に小さな影が残された。目を合わせる2075f839.jpgと、小さなカメだった。
「わー、ミイラ!」
カメは怯えた声を上げて、頭を抱えてぶるぶると震えていた。
しかし、何も応答がないのにふっと我に返り、ちらっとのんちゃんを見上げた。
15336a93.jpg「ミイラじゃないよ。のんちゃんだよ」
のんちゃんの頭の上で、Pちゃんが代わりに答えた。
カメは驚きを浮かべ、それからほっとした感じに溜め息を吐いた。
「……なんだ。ヒドイ国ですね、ここは。いじめっ子ばかりだ。でも、あなたは良い人。命の恩人です。どうです? 私の国に来ません62293b75.jpgか? こんな国、さっさと捨てちゃいましょう」
カメは安心したのか、饒舌になって語り始めた。
のんちゃんは、何も返事しないで、踵を返し左脚を引き摺って歩き始めた。
「あちらは地上の楽園。絵にもかけない美しさです。明日もこの海岸e1e6f647.jpgにいます」
カメは調子を強めて、のんちゃんの背中に向って語り続けた。
のんちゃんはいくらか気にするように歩調を緩めて、何も答えずカメの言葉を聞いた。
「ずっと待っていますから」
カメの声が、海風に消え入りそうになりがら細く聞こえてきた。

211756e1.jpg翌日の昼頃。のんちゃんはカレーを食べていた。
何気なしにテレビを点ける。流れてくる情報は暴力、殺人、詐欺、虐待――。
事件が陰惨であるほどに、ニュースキャスターが生き生きと言葉を弾ませる。
不意にのんちゃんは、幼い日の出来事を思い出した。突然の暴力。いきなり迫った包丁の刃。自分の身代わりで犠牲になった母親――。何の意味のない暴力、そして犠牲。
のんちゃんは耐え切れず外に飛び出した。この国を捨ててしまおう。そう思って。
99de7c62.jpgしかし海岸に辿り着くと、風景は一変していた。地面が強烈な力で捲れ上がり、ひびが走っている。周囲の建物が瓦礫の山と化して、電線と絡み付いていた。
異変の中央へ進むと、海岸線が深く抉られ、昨日のごろつきがボロボロになって倒れているのが見えた。不快な灰の臭いが昨日よりもd0429a84.jpg強く漂ってきた。
茫然としているそこに、ドシンと地面が揺れた。はっと振り向くと、巨大な鉄の杭が、ゆっくり移動するのが見えた。いや、それは脚だった。4本の鉄の杭のような巨大な脚を持った怪物が、町の中心地を目指して歩いていた。
ebe590af.jpg低く唸る獣の声が、地面をじりじりと震わせている。脚が動くたびに、地面がズシンと振動の尾を残した。
町が怪物に襲われている。助けなきゃ。
のんちゃんは持っているスプーンを振り上げた。スプーンの先端で光が砕けた。周辺の瓦礫が衝撃に吹っ飛んだ。
のんちゃんの戦いが始まった――。


『海からの使者』は作家《のすふぇらとぅ》がたった一人で6年の歳月を費やして制作された、わずか8分の個人製作アニメーションである。
作品についての解説を始める前に、まず《のすふぇらとぅ》の人となりを見ていきたいと思う。
《のすふぇらとぅ》が運営するサイト、《活動漫画館》には次のように紹介文が掲載されている。
西暦19××年とある小島に誕生。高校時代、文化祭用共同製作アニメに3年連続で参加。3作目で監督を担当(各3~5分のペーパーアニメ)。専門学校時代は広告・イラストを学び、映画研究会でちょっとだけ活動する。後に広告制作会社に就職、グラフィックデザイナーになったが、特にパッとした活躍もせぬまま、志し半ばで田舎に戻ってきてしまう。現在は小さな八百屋をやってます。
上に書いてある通り、《のすふぇらとぅ》はプロのアニメーション作家ではなく、アニメーション作家を志した経歴もなく、それに相当する職業経験もない。多少の絵心はあり、デザインを学び広告制作会社に就職するが、これといった実績もなく、間もなく淡路島の実家に戻ってしまっている。アニメーションを描く土台となる経験は、高校時代に描いたほんの数分のペーパーアニメが全てである。
現在はありふれた町の青果店を営んでおり、作家としてではなく、ごく普通の人として日常を過ごしている。アニメーションの制作は青果店の経営とは無関係の、息抜きか趣味のようなところから始まり、《のすふぇらとぅ》本人によれば、現在においてもそれをプロの職業にするつもりはないと明言している。
c5e72d1c.jpg物語は作者が日常を過ごしている淡路島が舞台となっている。観覧車のプレート、巨大仏像、デパート、バスの表示、マンホールの紋様。淡路島ならではのものがたくさん登場する。コマ送りにして一つ一つをじっくり確かめたい。


d54f8576.jpg76635f3c.jpgアニメーションを作る切っ掛けとなったのは、《のすふぇらとぅ》が当時遊んでいたチャットの仲間たちを、軽く笑わせてやろう(あるいは驚かせてやろう)という悪戯心のようなものであったようだ。《活動漫画館》にはその最初期の作品が今も掲b963e63f.jpga63b8bd2.jpg載されている。チープだが何ともいえない味わいと面白みのある、かわいらしい作品である。GIFアニメの形式で描かれた作品で、このGIF形式は最近のハイクオリティ作品においても同様に採用されている。
初期の作品はペンタブレットではなく、マ4f222f67.jpg4bad1851.jpgウスでふらふら形を歪ませながらどうにか作った作品であるために、落書きのような画像である。《のすふぇらとぅ》はパソコン操作を知悉していたわけではなく、そんな作品でも相当の時間と労力を重ねて、何7286f6d3.jpgc1e7056b.jpgとかようやく構築したようである。
それ以後も《のすふぇらとぅ》は、例えばレタススタジオのような本格的なアニメーションツールを手に入れることもなく、あくまでもGIFにこだわり続け、GIF形式のままいかに精度を高められるか、いかに迫力のあるカットを作り出せるか、その研究に一人のめりこんでいく。
その後は急速な勢いで作品のクオリティを高めていく。最初のGIFアニメを発表してからわずか10年。落書きのようだった作品は、前例のない勢いで技術を向上させ、画力を上達させ、ついには『海からの使者』という途方もない傑作を作り上げるのである。
その驚くべき画力の向上、そして作品の完成度。まさに「奇跡の作家」と呼ぶべきである。
2e1a5531.jpgクレータは威力の大きさを示す記号である。《のすふぇらとぅ》作品には初期から爆発オチとして登場する、おなじみのモチーフである。
アクションの最中には繰り返しサブミニナルが使われ、《のすふぇらとぅ》作品にとっておなじみのキャラクターがちらちらと登場する。DVD完成版はサブミニナルは控えめになっているが、それでもコマ送りで探す楽しみはある。

fe5b6d7d.jpg『海からの使者』は短編『雨に抱かれて』の続編に当たる作品である。
少女ルカが父親らしき男から暴力を受けている。とっさに飛び出し、助けようとするのんちゃんだったが、ルカに「お父さんを、いじめないで」と止められてしまう。激昂した男は、容赦なくのんちゃんを攻撃する。それでものんちゃんは、反撃しないで攻撃を受け続けた。
293ac857.jpg「どんな教育受けてんだ、まったく。親の顔が見たいぜ」
男はそんな言葉を吐き捨てて、そこから去っていく。
その事件を切っ掛けに、のんちゃんは暗澹と考え込むようになった。暴力とは何か。なぜ人は暴力を振るうのか――。脳裡に浮かび上がるのは、母親が殺されたあの事件。通り魔に突然襲われて、母親を失ったのんちゃん。あの暴力に何の意味があったのか? いや何の意味もなかった。ただ襲われて、死と悲しみが後に残っただけ。
のんちゃんは自身の秘められた能力を封印し、暴力から逃れようと考えた。
そんなとき、出会ったカメから、海の向うの暴力のない世界へ行こうと誘われる。迷うのんちゃんだったが、テレビから溢れる暴力のニュースから逃れるように、カメのもとへと走る。
050fd1ae.jpgだがそこにあったのは、荒々しく抉られた地面と、ボロボロになって倒れている男たちだった。それから、突然に怪物が出現し、町が蹂躙されようとしていた。
のんちゃんは襲われている町の人々の中に、あのルカの姿を見つける。のんちゃんは町を守るためために、ルカを救い出すために、封印したはずの力を解放し怪物と対峙する。
8f8e335c.jpg『海からの使者』には完成まで6年の歳月が費やされ、それまで何度も同じシーンに手直しが加えられた。最も変わったのはヒロインのQちゃんかもしれない。DVDには2008年版のQちゃんも収録されているので、見比べてみると面白い。この違いは、《のすふぇらとぅ》が「萌えキャラクターの書き方」という教科書を買い、練習したためと言われている。ところで、Qちゃんはいつの間に女の子になったのだろう?

すでに書いたとおり、『海からの使者』はこれまでの作品と同様に、GIFアニメの形式で描かれている。現代のディスプレイで作品を見ると、『海からの使者』の映像は鮮明とはいえず、線にドット単位のがたつきが見て取れる。冒頭のゆるやかに展開していく映像を見ると、最近の高品質の映像作品には遠く及ばないものがある。
だが、その印象も後半のアクションが始まった瞬間、一変する。躍動するキャラクター、破壊される街、次々と迫ってくる戦闘機と爆撃、容赦なく繰り出される暴力。
圧倒されるようなアクションが矢継ぎ早に展開され、荒削りに思えた映像が、野獣のような迫力を放って眼前に迫ってくる。このわずか8分のアクションのために、《のすふぇらとぅ》は6年という歳月を費やして、見事に描写してみせたのである。
『海からの使者』の小さな物語である。ドラマとしての躍動は小さく、驚くような展開もなければ言葉の一つ一つに感動的な何かが込められているわけではない。ただただ痛快にして豪快なアクションがそこにあるだけである。
e3021f81.jpg《のすふぇらとぅ》はアニメーションの職業作家ではないから、カットの一つ一つの完成度が必ずしも高いというわけではない。線の精度にも限界があり、背景画を見ると大雑把に線が引かれているのがわかる(看板文字も手書きである)。そもそも劇場やDVDでの鑑賞を前提としない、あくまでもGIFアニメであるから、画面の精度もそこまで高くはない。
しかし『海からの使者』の映像にはプリミティブな感動が込められている。物語の蓋然性や道理はさて置くとして、キャラクターが自由に重力から解放され、町の構造を叩き壊し、怪物との素手の対決を挑む。そこに何の意味があるのか、なんて問うのは野暮である。
その瞬間現れる何ともいえない心地よさと痛快さ。それから恍惚。ただただ巨大な2者が対峙し、ぶつかり合い、破壊の描写が連続するだけの映像である。だが我々は、そこに圧倒されるような剥き出しの快楽を見出すのである。初源の動画快楽に感覚が一気に引き戻され、その中に飲み込まれて恍惚が溢れ出す。そんな感動を与えてくれる秀逸な作品である。
945e82ac.jpg謎のカメが怪物となり、町を破壊する物語である。カメはのんちゃんを楽園に誘おうとする。その正体は何なのか。ほんの数コマだが、甲羅にハングルが書かれているのが確認できる。これがカメと楽園の正体だ。
背景にちらちらと「9条改正反対」「のんちゃんは違憲」などの書き込みがあり、意外と今日的なテーマを取り入れているのがわかる。

243839ad.jpgところで、プロとアマチュアの境界線はどこにあるのだろうか?
大雑把に言えば、職業として仕事を引き受け、それで生活しているのがプロである。だから、そうではないのがアマチュアだ。
しかし、世間一般ではなぜかプロの仕事がより上等で、アマチュアが下等であると見做そうとしている。プロと比較すると、アマチュアの仕6f7d0150.jpg事は精度が低く、さらに公共性に欠けるものと考えられている。
「プロは特別優秀であるから、アマチュアに敗北することは決してない」
特にアニメーションという分野では、制作方法があまりにも複雑で予算規模が大きいために、プロであることの地位は絶対的に守られて76375ce4.jpgいた。アニメーションというジャンルそれ自体が、プロの絶対性を保障していたわけである。
だが、高度に発達したコンピューターの手を借りることによって、プロの絶対性は少しずつ、それでいて確実に揺らぎつつある。というか、プロであることのプライドが、そろそろ根拠のない傲慢さと見栄に変85a254cf.jpgわろうとしている。
d754cd49.jpg竹熊健太郎によるドキュメンタリー『淡路島に孤高のアニメ作家を尋ねて』。冒頭3分、ドキュメンタリーの流れとはまったく無関係に淡路島観光の映像が流れる。微妙な笑いと脱力感を加える、いつもの竹熊節308cd4d2.jpgである。

「素人の作品は所詮、素人に過ぎない。あれはオリジナル作品とは言わない」
プロとしてのプライドにこだわりたい人の多くは、上のように言うだろ22717cc5.jpgう。確かにその指摘は間違いではない。ニコニコ動画やユーチューブで発表されている多くの個人製作アニメーションは、キャラクターや物語展開を商業作品から引用している。代表的なものでいえば初音ミクや東方プロジェクト。『機動戦士のんちゃん』シリーズを見ると、のんちゃんと対立する敵に『機動戦士ガンダム』のシャアが堂々と登場2b698ae3.jpgし、宇宙の場面には宇宙戦艦ヤマト、その乗組員にはなぜか藤子不二夫作品のパーマンたち。のんちゃんが死の淵を彷徨うシーンには、『エヴァンゲリオン』の綾波レイが登場し、シーンの印象も台詞も『エヴァンゲリオン』をそのまま引用している。
のんちゃんというキャラクターのオリジナル性は、落書きの中から偶656bc2e8.jpg発的に発生したものであって、物語やドラマという見通しがあって生まれたキャラクターではない。どの個人製作アニメーションを見ても同様で、ドラマという終局面を見据えてキャラクターが創作された前例は、多分まだない。借り物のキャラクターが物語のない世界で漠然とした印象を振り撒いているだけである。それは少々動きの付いたイラa641659a.jpgストレーションでしかない。
どの個人製作アニメーションも物語の展開が弱く、ドラマとしての力強さをそこに見出すことはできない。そのキャラクターと物語という繋がりから生まれる感動がない(という以前に、そもそもキャラクターが借り物に過ぎない)。その作品だからこそ現れる、あるいはその作品188a7363.jpg/作家でしか到達し得ない独自性というものを、個人製作アニメーションはまだ見出せないでいる。エピソードをいくつも重ねてその向うにある結末を求めていくような作品は、やはり商業的な規模を持ったシリーズ作品に限られる。
だからといって、プロが制作する商業アニメーションの地位が安泰とはまったく思わない。商業アニメは、商業アニメであるがゆえの詰まらなさを抱えている。
商業アニメもどことなく似たり寄ったりのキャラクターやストーリを作り出しているのではないだろうか。商業的であるがゆえに、むしろ作品の品質は横並びに整理され、ある程度の水準や画風などの流行から、誰もその向うに踏み出せないでいるのではないか。商業的なリサーチの末に「今の流行はこういうキャラクターとストーリーだから」と時代が持っている流れに隷属させ、作家が本来持っているエネルギーを封じてしまっているのではないだろうか。あるいは過剰に発達した公共性(欲求ばかりが増大する消費者の傲慢さを慰めるために)が作家のパーソナリティを封じ込めてしまっているのではないか。
気付けばどの作品を見ても、いつもお目にかかるキャラクターがいたりする。動画を見ると、止めに口パクと目パチがほとんどだ。どこかぼんやりした印象で、『海からの使者』で得たような痛快さと感動を持った力強い動画には、なかなかお目にかかれない。
最近制作されたアニメーションのほとんどが12話~13話という短い期間で終わってしまい、ドラマとしての大きなダイナミズムを見出す前に終わってしまう。それに、物語の終局に対して、特に蓋然性のない放送回数を消化するだけのエピソードも多く見られる。そもそも目標地点が低く設定され、作り手による挑戦や冒険精神が感じられない。はっきり言えってしまえば、ただ仕事をしているだけだ。
果たしてそんな商業アニメが、全ての面において個人製作アニメを上回っているといえるのだろうか。今後もプロは、アマチュアよりも絶対に上である、という優位性をどこまで保っていられるだろうか。それまでの優位性を、勘違いの尊大さに発展しないことを祈るばかりである。
ec8c58e6.jpgホームページ『活動漫画館』にはこれまでのほとんど全ての動画作品が並んでいる。一応の長編連続ものとして『機動戦士のんちゃん』が今現在も製作中だ。物語中には『ガンダム』のシャアや宇宙戦艦ヤマトなどが登場する。作者の歩んできた足跡がよくわかる作品だ(最近のアニメ作品は全く知らないらしい)。『海からの使者』を深く理解するためには、こちらのシリーズも見ておきたい。『機動戦士のんちゃん』シリーズもいつかDVD化するのだろうか。
商業アニメと個人製作アニメの境界線は、ゆるやかに混じり合おうとしている。品質という側面でいうと、個人製作アニメは集団制作アニメに肩を並べつつある。将来的には追い抜かないとも限らない。もし宮崎駿クラスの天才が個人製作アニメの世界に現れたら、アニメに対する認識は間違いなくひっくり返ってしまうだろう(というか、宮崎駿があと50歳若く、コンピューター操作を偏見もなく理解していれば、確実に歴史的な傑作を残しただろう)。そんな事態を直面するまで、アニメの業界は個人製作アニメの存在を韜晦し、あるいは見下し続けるのだろうか。
個人アニメの分野はまだ発展の余地を残している。集団制作アニメの弱点は、優れた個人のエネルギーが何となくチームの平均値の中に埋没してしまうことにある。しかし個人製作アニメは、天才が作れば天才的な作品ができあがる。アレクサンドル・ペドロフの『老人と海』がその実例だ。
もしも商業アニメの退屈さが素人作品の品質を下回った時、そしてアニメユーザーの目線が商業アニメから個人製作アニメに移った時、業界は大きなパラダイムシフトの直面し、自身の創作について改めて見直す切っ掛けを作るだろう。
その時に、安直に「売れるから」という理由だけで、集団制作アニメの体勢を放棄してしまわないように、と未来のアニメ会社の経営者たちに念を送るばかりである。日本のアニメーションの実体は、あの集団制作のシステム構築にこそあるのだ、ということを忘れてはならない。
何にしても、我々はもしかしすると大きな変化を前にしているのかもしれない。『海からの使者』はそんな予感を与えてくれる作品であった。



ホームページ『活動漫画館
ブログ『のす日和
 →当ブログが採り上げられました。

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作品データ
監督・脚本・演出・作画・編集:のすふぇらとぅ
音楽:佐藤綾子 SE:細江慎治 編集協力:うもとゆーじ
プロデュース・販売:竹熊健太郎(たけくま事務所)
制作:活動漫画館
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