さよなら絶望先生 第19集

第19集の表紙を飾るのは横顔横向きスタイルの多い常月まといだ。いつもの和装に、冬らしいポンチョを羽織っている。前巻に続いて、キャラクターに関する無理矢理ともいえる裏設定が紹介される。もしも第4期アニメーションがあったら、朗読なんて言わずに一本一本映像化してほしいプロットだ。チェイサーライセンスなんて設定、うまく活用したら面白い活劇が描けそうなアイデアである。以下が実際に掲載されているあらすじの全文だ。
〇前巻までのあらすじ
私、常月まといはどこにでもいる、ちょっと追跡癖のある女の子です。きっかけは光GENJIのおっかけ。もちろん母のおなかの中にいる時だけどね。まあその後いろいろ追跡したけど、最近は担任の先生を熱烈追跡中。ご近所の奥さんに通報されるなんてしょっちゅうなんです。え?なんで逮捕されないのかって?それはコレ。チェイサーライセンス(追跡許可証)があるからよ。何人たりともいくら追跡しても罪を問われないというこの甘美な資格。現在日本で三人しか所持していないんです。一人はマッキー、もう一人は松たか子・・・・そして私の計三人。でも肝心のマッキーときたら、最近は「追いかけるより追いかけられる恋がしたい」と言い出したから大変。
第181話 ウィルス将軍と三人兄弟の医者

AED
(自動体外式除細動器)というものがある。心肺停止などに陥った人に使用する実用的な道具である。
だが世の中には、むしろ蘇生してはならないダメAEDもある。昨今、ダメAEDでむりやり蘇生させ延命しているものが蔓延している。
例えば、終りかけの体制の延命のためにミサイルをぶっ放す。
(北朝鮮)
死に体の日本経済の不況対策に高速を1000円にしてみる。
消えそうなアイドルが脱ぐ
(この場合の延命は本当に束の間だけど)。
「それでも救える命は救ってあげないと!」
糸色望の警告にも関わらず、大草麻菜美がDAED
(ダメAED)を手に教室から飛び出してしまう。
「先生が最近、私に興味示さないなぁ」と溜め息を吐く小森霧を蘇生。ナース服で回春を図る。
頭髪をごまかしきれない臼井影郎にパーマを当てて延命。これで誰にも頭髪の薄さが気にされなくなった
(ちなみにこの後、臼井影朗の出番は極端に減る。19集内にもう出番は……)。
次に本屋。売れなくなった古典文学に人気漫画家の表紙に変えて蘇生。
夢中になった大草は、墓場へ行き、すでに絶えたはずのものまで蘇生させてしまう……。
第182話 傍観者たち

衣替えの季節。制服の袖が短くなり、何となく新鮮な空気に満たされるその季節。
そんな衣替えに合わせたかのように、糸色望が袖を破り裂いた、ワイルドな和装姿で教室に入ってくる。
「それでは皆さん。授業を始めます」
何事もなく授業をはじめ、進行し、そのまま放課後を迎える。
――そして翌日。
「何で言ってくれなかったんですか!」
「何が?」
大慌てで飛び込んでくる望に、木津千里が淡白に返す。
「これ! 昨日袖が無かったじゃないですか! どうして誰も言ってくれなかったんですか!」
もちろん、みんな気付いていた。気付いていたが――誰か言うだろう。もう誰か言っただろう、と思って結局だれも袖について指摘しなかったのだ。
いわゆる「傍観者効果(
Wikipediaへ)」と呼ばれる心理現象だ。
とある場所で火事が発生し、多くの野次馬が集る。きっと誰かが消防署に通報しただろう。もう消防署に通報されたんだろう……。しかし実際には誰一人消防署に通報していなかった。
よくよく考えてみれば、現実世界に似たような現象はいくつも起きている。
例えばご贔屓にしている漫画が人気低迷で苦しんでいるとき、ファンなら葉書を出せばいいのに――。
「他の誰かが出すでしょう」「別に自分でなくても」
そうして、気付けば人気最下位。打ち切り候補に上げられているわけである。
だが絶望先生に限って、同じ理由で都合がいい場合もある。
「うわぁ、このネタは、抗議されるだろう」「誰かが抗議するだろう」「別に自分でなくても」
結局、苦情は一件も来ないわけである。
(注目されていない、という突っ込みはスルーしてあげよう)
第183話 閉門ノススメ

ある退屈な平日。日塔奈美はぼんやりと昼の時間を過ごしていた。学校は例のインフルエンザで休校。ラッキーな休日はいいが退屈で退屈で仕方がない――。
単行本より早く、すでに映像化されたエピソードである。
インフルエンザ流行で外出禁止。同じく退屈な時間を過ごす糸色倫は、「自分の家から出られないのならば、隣の家を自分の家にしてしまえばいい!」と思いつく。
思いつきは決行され、隣家は次々と買収されていく。行く先は町のラーメン屋だ。
その途上で日塔奈美の家を通過。仲間に引き入れ共にラーメン屋を目指す。だがようやく辿り付いたラーメン屋は――経営者交代で味が変わってしまっていた。現在の経営者は倫……。とんだ盲点であった。
インフルエンザという流行を題材にしているものの時事ネタは最小限に抑えられ、羅列ネタは一切無し。キャラクターのみの魅力で描かれる『さよなら絶望先生』においては珍しい一篇だ。
ちなみにオマケページには日塔奈美がラーメン作りに入れ込む姿が描かれる。このオマケエピソードは19集内に続きがもう一篇描かれ、内容が本格的になっていく。続く20集にも描かれるのだろうか。
第184話 流行り短し走れよ乙女

日塔奈美が流行の本を読んでいる。
「奈美ちゃん、それって面白いの?」
風浦可符香が訊ねる。
「…………すっごい面白いよ。知性溢れる文体が音楽のように流れ込んできて、まるで活字がミュージカルを躍っているよう……」
と言いつつ、実は何が書いてあるのやらさっぱりわからない。でも「わからない」と言ってしまうと何となく自分が頭悪いと見做されるような風潮。「面白いって言わなきゃいけない」という感覚だった。
例えばあるコントライブにて。何が面白いかわからないのにみんな笑っている。そこで笑わないと、笑わない自分のほうがセンスと教養がないように見られそうな雰囲気。
またあるいは、常人には理解できない7色のビブスを使った奇妙な練習方法。解説者はすごいと評価しないといけない雰囲気。
映画においては、海外でカンヌなどの章を獲ると、とりあえず誉めないといけないような雰囲気。
愚民に思考する力はなく、その対象が美しいのか醜いのか、そんな直感的なことすら“権威”を頼り、“権威”が与えたものをありがたがる。その傾向を、糸色望は『無条件幸福』と名付ける。“権威”を批判しつつも、実際にはその“権威”批判の内容すらも“権威”が与えた思考をなぞっているだけの日本人。天から与えられた物にすがりたがる、日本人に根付く賤民気質をユーモアたっぷりに描く。
第185話 ネジまき鳥クロニクル

まあ見てのとおり、私はそそっかしい――。
小節あびるの珍しい単独エピソードである。何をしても失敗し身体に痛々しい傷を負ってしまう小節あびる。だからいつも「またムダな仕事増やして!」と怒られていた。
そんな小節が、謎の団体に拉致された。拉致したのは国のお役人。役人たちは小節あびるの才能を見込んである仕事を依頼する。それは――。
「ムダな仕事を作ること」
いかにムダな仕事を作って予算を引っ張ってきて、公務員の利権と雇用を確保するか。役人にとって、それを考え出す能力が最も重大と考えられていた。
有益な仕事をすると民業圧迫になってしまう。だからムダで、過剰な役人を遊ばせておく仕事が必要なのだ。
そんな役人たちに、小節あびるは極めてどーでもいい、「街中のネジを数える」という仕事を提案する。
第186話 貧しき人々の胸

毎年恒例の七夕エピソードである。久米田康治は七夕に何か思い入れでもあるのだろうか、とふと勘ぐりたくなるが――。
糸色望は笹の葉を見て、静かに感傷に浸る。岡田以蔵(
Wikipediaへ)の最後の武器。
「私、何かで読んだことがあります」
と加賀愛が話を続ける。囚われた以蔵は斬首の直前、差し入れられた握り飯を包んでいた笹の葉を武器に戦った。でもその武器はあまりにも弱々しく、切なさを感じさせる。
――君が為、尽くす心は水の泡。着えにし後ぞ澄み渡るべき。
世の中、あまりにも持っている武器が弱々しくて哀しくなってしまう人がいる。
例えば、
「オレ、ジブリの試験、受けたことあるんだぜ!」
「ねえ、ボクと付き合ってくれるなら、エヴァパスポートの権利譲ってあげてもいいよ」
「私、ネット
(ニコニコ動画)で有名なバンドマンと付き合っているの」
MAEDAX「ボク、その女の人と付き合っていました」
ああ、痛々しい弱くて小さな武器。だが、武器を持たないものは時にそれを必死に振り回さねばならない。
「貧者の一灯を笑うのは、卑しいことです!」
加賀愛が厳しく一喝する。
そんな小さな武器でも、短い刃は尊い力なのだ。と、綺麗にまとまりかけるのだが……。
第187話 誤字院原の敵討

木津千里が測量器を手に神妙な顔をしていた。
「ちょい右。もう少し水平に。ちょい上。もうちょい、下。」
粘着的精密さで微調整を加えていたのは展示する絵画の傾きだった。ようやく完璧に設置し、木津はうっとりと絵画を眺める。
とそんな絵画を小節あびるがちらと見て――。
「あのさ、すごく言いにくいんだけど……。その絵、上下逆さま」
人間ささいな間違いには気付くが、大きな間違いには気付かない。
例えば、試験の答案用紙。解答欄が1つずつずれてしまっていた。
また例えば、事故で足を骨折しているのに、本人は小指の擦り傷しか気付いていない。
これまた単行本より先にアニメーションで映像化された一篇である。作品云々より、主演俳優と監督の忌まわしき陰謀により、新谷良子が「
もろチン!」と叫ぶ切っ掛けを作った注目すべきエピソードである。新谷良子の恥ずかしい「
もろチン!」を聞きたい人は、是非ともDVD『懺・さよなら絶望先生』を購入して欲しい。
第188話 かぶったさんのカレーライス

皆既日食。太陽が削られ、真昼にも関わらず街に暗い影が落ちていた。
だが太陽にとっては迷惑な話である。自分と被っているのだから。
皆既日食のその日、地上でも様々なものが被ると予想される――。
なんて言っている間に、木津千里と藤吉晴美がはっと互いを見合わせて固まっていた。同じ柄のものシャツ。何となく2人に気まずい空気が漂う。
物事、被ってしまうと何となく気まずくなり、あるいはその人の個性が減退されてしまう。
例えば、タレントのキャラが被ってしまう。
例えば、好きな女の子が被ってしまう。
〇「憂ちゃんはオレの嫁だ!」「いや、オレの嫁だ!」(じゃあ梓と澪はいただきます)
政治レベルの話に移せば、領土の所有権が被ってしまう。
漫画にとって最も恐ろしい現象。それはネタが被ってしまうこと――。
そんな糸色望の前に、糸色望そっくりの謎の男が出現する。その謎の男は数十年に一度、皆既日食の日に現れるという――「怪奇日直」である。
糸色望の行く場所、すること、何もかもが被ってしまう。糸色望は他の何かと被らないようにと迷走していく。
第189話 夏かしい人たち

夏休みに入った7月。学校という社会規範から開放され、皆は楽しい楽しい時間を過ごしていた。
なのに、8月になるとどうしても心の底から楽しめない。8月に入ったとたん、夏休みはあと1ヶ月しかない事実に気付き、うんざりするような宿題に直面する。
糸色望はこう分析する。それは7月の休みが11日に対し、8月は31日もあるからである。だから、と糸色望は提案する。7月は45日まであるのが適当ではないか
(その代わりに8月は21日まで)。そうすれば7月の気分をより長く味わえるのではないか。この提案は、常月まといによって『真のサマータイム』と名付けられる。
それに乗っかるように、日塔奈美も提案する。
「じゃあ、500Kcalのラーメンは多すぎるから、400Kcalは4(150)Kcalまでにするべきです。550Kcalが4(150)Kcalだったら、精神的に大丈夫な気がします!」
……誰も同意しない提案だった。
「少し肥えたか?」
マリアが日塔の胴回りをぷにぷにと指さす。
「ウエストも50センチ台が59センチまでなんておかしい! 5(120)センチまであるべきよ!」
(つまり日塔奈美のウエストは62センチ。う~む)
ともあれ、7月を長く取ることこそ本当のサマータイム。各業界でもサマータイムは取り入れるべきである。
……根本的な解決には何もなっていない、ごまかしに過ぎない、という現実問題は置いとくとして。
第190話 散る散る・満ちる

木津千里の家に、藤吉晴美から電話が掛かってきていた。
「千里、今からプールに行かない?」
「ごめん、忙しいんだ。」
千里は藤吉の誘いを断り、電話を切った。千里は夏休みに入ると、学校より忙しくなってしまう理由があった。
木津家長女、木津多祢。木津千里の姉。しがらみ大学に通う女学生であった。
その木津多祢が夏休みのあいだ実家に帰省する。その多祢の部屋は、信じられない量のゴミで溢れかえっていた。
「お姉ちゃん、また散らかして! 今朝片付けたばっかりでしょ!」
木津千里は多祢を叱り、部屋の中をきっちり掃除する。だがその直後、部屋はゴミであふれ返ってしまう。
木津多祢には部屋を散らかす才能があった。いや、ゴミを引き寄せる才能というべきか。部屋だけではなく、あらゆる場所を汚いゴミだらけにしてしまう。外出するがどこへ行ってもゴミがついてくる。物だけでなく社会のゴミまで引き寄せてしまう。
木津多祢はゴミを引き寄せるだけではない。ゴミに、あるいはゴミのような人間に好かれてしまうのだ。
そんなゴミ体質の木津多祢に、糸色望は胸をキュンとさせて引き寄せられてしまう。『さよなら絶望先生』としては極めて珍しい、恋愛へと発展しかけるが……。
第9集90話で「私、お姉ちゃんに、ジュース注射したことあるよ。」と話題にされていた千里の姉が満を持しての登場である。何もかもキッチリしている木津千里と正反対の自堕落なキャラクターとして描かれる。キッチリと汚い。不思議なコンビネーションで結ばれる姉妹である。今後の活躍に期待が掛かるキャラクターである。
(教員として再登場するか?)
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読書記事一覧
漫画・著作者:久米田康治
編集・出版:講談社
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