第7話 氷結! 計算外の事態

毛を逆立ててばかりの小猫は、ようやく懐いてくれた。今は
エキドナの腕に抱かれ、うとうとと眠りかけている。エキドナは小猫の頭をなでながら、夜空に映し出されるスクリーンを見ていた。
暗闇の中に、無数の水晶が浮かび上がっていた。暗い洞窟の中だ。水晶は紫がかった半透明で、内部に星のような輝きを散らしていた。
そんな只中で、
イルマと
リスティが向き合っていた。


「貴様がなぜアルドラの犬に?」
イルマが厳しく問い質した。
「犬か。ならばお前は、捨て猫だ」
リスティが言葉を返した。冷徹で、感情がなかった。
イルマが走った。真直ぐイルマに向かうかと思われたが、脇に逸れて水晶の陰に飛び込んだ。
リスティがイルマを見失って、辺りを見回した。ぱしゃぱしゃと水を蹴る音だけが聞こえる。
突然イルマが飛び出した。ショートソードを握り、勢いをつけて振り落とす。

リスティは素早く応じた。ショートソードをメイスで受け止め、さらに反撃。イルマは危うく後ろに反り返り、メイスの直撃をかわした。
イルマは再び踏み込んだ。ショートソードを繰り出す。だがメイスがショートソードの刃を弾いた。
イルマが体勢を崩した。メイスの鉄塊が迫った。
後ろに飛んだ。だが間に合わなかった。メイスの一撃がイルマを捉え

た。
イルマは地面を転げ、水晶に体をぶつけた。
リスティが迫った。イルマはまだ衝撃を体に残し、ぼんやりしていた。
メイスが振り落とされる。イルマは直前で右に転がった。メイスは標的を失い、水晶を木っ端微塵に砕いた。
イルマは再び水晶の陰に隠れた。セオリーどおりに陰に潜みながら、

リスティの隙を探っていた。
エキドナはそんなイルマの戦い方を静かに見守っていた。
――頑張れば、あたしのパートナーにしてあげる。
かつて、自分がイルマに言った言葉を思い出した。
そうだ。あの子は愚直なまでに、自分の教えを今になっても守っている。でも――。
「そんなつもりじゃなかったんだ。真に受けるなんて……」
エキドナは視線を落として、腕の中で眠る小猫の毛並みを見詰めた。
イルマ、強くなった。『牙の暗殺者』の名を与えられるまでに成長するなんて、計算外もいいところ。でも、それが仇になった。
イルマ、すまなかったね。あんたの人生を狂わせたのは、この私だ……。
あの子は、私の言葉を何も聞きやしない。謝罪の言葉もきっと届かないだろう。
戦いに異変があったようだ。リスティが水晶に映る自分の姿に動揺を見せていた。
エキドナは探るように映像を見つめた。間もなく合点がいった。

……そういうことか。あたしがもっと早く気付いて、あの子に知らせてあげれば、勝ち目はあったのに。本当に、すまなかったね……。
イルマは水晶の影に潜みながらリスティに接近していた。
しかしエキドナはそれ以上見なかった。結果はもうわかっている。だからこそ、見たくなかった。
間もなく、重く鉄が肉にぶつかる音がした。勝負あった。勝ったのはリスティだ。
エキドナは小猫を抱いたまま移動した。

橋の下、暗がりに打ち捨てられているイルマがいた。傷は深く、放っておけば死ぬだろう。
エキドナは側へ進み、小猫を放した。小猫は仲間を心配するようにイルマを覗き込んだ。
「……まったく。長生きなんてするもんじゃないね」
エキドナはイルマの体を抱きかかえた。
ラナがテーブルで食事を摂っていた。
アイリは窓の外に浮かぶ映像を見ていた。
「今のあの方は最強ですわ。魔に憑かれ魂を奪われている者は、恐れや痛み、死ぬことすら躊躇しません」
リスティとイルマの対決。その戦いを見ながら、アイリが分析していた。
「じゃあ僕たち、運がよかったんだね」
ラナが無邪気にシチューをスプーンですくっていた。
間もなく戦いは決した。勝者はリスティ。予想通りだった。

「前からおチビちゃんにお尋ねしたかったんですけど……」
アイリがテーブルの向かい側に座り、改まったように切り出した。
「何?」
「どうしてあの時、私を助けてくださったのです?」
するとラナは視線を落として、暗い顔をした。
「お母さんが石にされたとき、
僕を可哀想に思ってくれたから……」
母が石にされたときのショックを思い出したのだろう。ラナの顔につらそうな影が浮かんでいた。
「え? ……ああ、あれは趣味の悪さが鼻についただけで別に……」
アイリは何となく気恥ずかしく感じてしまった。あの時の言葉を、そんなふうに捉えてくれただなんて……。
ラナが席を立った。アイリ身体に飛びつくようにすがりついた。

「ありがとう、アイリお姉ちゃん」
あまりにも率直に投げかけられた言葉だった。
「え! あの、えっと……どういたしまして、ですわ」
驚き、次に動揺し、それからラナの身体に手を回し抱擁した。ラナは心地良さそうにアイリの胸に頬ずりをした。
こんなこと、まったくの計算外ですわ。私は沼地の魔女様の使命を果たすだけだったのに、なのに……。
アイリはラナに強い情を感じていた。簡単な愛着じゃない。かわいい! 連れて帰りたい! と本気で思うようになっていた。
そんなアイリの元に、使者が現れた。召喚されて向かった先は再び
アルドラのプライベートルーム、嘆きの間だった。

対戦相手はまさかの天使
ナナエル。
「アルドラは私たちをまとめて石にするつもりで……」
アイリは親切とお節介で警告を与えようとした。
しかしバカ天使は、
「本音はこのナナエルさんの強さへの憧れ。そして嫉妬ね!」
都合よく伝えようとした情報を曲解した。

「じゃなくて!」
「あたしの可憐な戦いを目ン玉ひん剥いて、網膜の隅から隅まで焼き付けなさい! さーーて、今まで焦らされた分、気合入れていくからね! 前みたいにコテンパンにしてやるから、覚悟なさいませよ!」
「人の話を聞いてくださいませ!」
こんなふうに、緊張感なく天使と死霊による戦いが始まった。


激しく吹雪が辺りを取り巻いていた。武者巫女
トモエは精神を鎮めて、刀を身構える。しかし近衛隊長
エリナは、いまだ身構えず、悠然と槍の柄を雪の上に置いていた。
「参ります!」
トモエは相手に警告を与えようと、威勢よく声を上げた。
「あたしね、あんたみたいにいい子ちゃんぶっている女って、大ッ嫌いなのよね。いつだって自分が正しい、そう思ってるでしょ」
だがエリナは戦いの態勢に入らず、槍で指して挑発した。
「そ、そのようなことは……」
図らずも動揺してしまった。

「国のためとか仲間の敵討ちだとか綺麗ごと言ったって、結局、相手を傷付ける。同じじゃない? そうやって済ました顔で人を切っておいて、私はぜーんぜん悪くなーいなんて……。むしろそっちのほうがタチ悪いんじゃない?」
エリナが歩き進んできた。
「ち、違います。私は、私はそのようなことを思ってなど、一度も……」

トモエは困惑して、言葉を詰まらせてしまった。
エリナが間近まで迫り、顔を近づけてきた。
「一度も? 今だって私を踏み台にして、使命とやらを果たすんだろう? 遠慮なくその刀であたしを血まみれにすれば!」
いきなりエリナが爪でひっかいた。
トモエはすんでで身をかわした。だが服が引き裂かれ、左乳房が剥き出しになった。
「いつまでいい子ぶっているのよ。この期に及んで、そんな態度なんて、最ッ低!」
エリナはさらに言葉を叩きつけた。
トモエは体勢を立て直すように刀を握りなおした。だが、刀を持つ手は動揺で震えてしまっている。
「いい子ぶってなど……。しかし、あなたのお姉様は私の親友とも呼べる、大切なお方。それゆえ、あなたと剣を交えることに、若干の戸惑いもあります。ですが……」
トモエは言い訳みたいに言葉を並べ始めた。

「ちょっと待ってよ! お姉ちゃんとどういう関係なの」
エリナは急に様子を変えて、トモエの言葉を遮った。
トモエは意外なエリナの変化に、えっとなってしまった。
「今回の旅で親交を暖めました。寝食を共にしたこともございます」
「寝食! 寝食! じゃ、じゃ、じゃ……あんた、お姉ちゃんと、あんなことや、こんなことも……?」

エリナが突然に声を張り上げた。それから動揺で全身をぶるぶると振るわせる。
「はあ?」
何が起きたかまるでわからなかった。
「許さない! 許さないんだから!」
エリナが槍を振り上げた。猛烈な勢いで突撃した。トモエは刀で槍を返した。エリナは猛然と突きを連打した。一本のはずの穂先が無数に迫ってくるようだった。
トモエは下がりながら、冷静に穂先の一撃一撃を刀で受け、かわした。だが着ているものが次第に引き裂け、気付けば上半身裸になっていた。
だが、手傷を負っていない。勝負はいずれの側にも傾いていなかった。
「まだまだ!」
エリナが接近した。爪の一撃が迫る。
トモエは下がりつつ、宙返りした。
エリナがその着地を狙って、槍を振りかざした。穂先が外れ、ロープが伸びた。ロープはトモエの脚を掴み、引き倒した。
「お姉ちゃんには誰にも渡さない! お姉ちゃんは私だけの物なんだから!」
エリナが槍を引き寄せた。
トモエは足を封じられたまま、エリナの前に引き寄せられてしまった。
エリナが槍を振り落とした。トモエは刀で受け、脇に逸らした。穂先が首の横に落ちた。

勢いの付けすぎたエリナが、大きくつんのめった。
チャンスだった。トモエは身を回転させ、脚の掴むロープを解いた。そのままの勢いで容赦のない蹴りを三連打繰り出した。
「武者巫女奥義! 反動三連射蹴り!」
決まった。エリナの身体が遥か後方に吹っ飛ばされていった。
トモエはそのまま身を起こした。勝負はあったと刀を鞘に納めた。


すぐにエリナが起き上がった。
「あ、あんたなんかに、あたしは、レイナお姉ちゃんを……」
エリナは鬼気迫る狂気を顔に浮かべたまま、横に倒れた。倒れる寸前まで、自分の負けに気付かなかったようだった。
エリナが倒れるのを見て、ようやくトモエは緊張を解いた。


トモエは宿に戻った。だが
シズカの姿はない。着替えだけが用意されていた。
置手紙に従って、トモエはシズカの行方を捜した。間もなく墓場にやって来た。手紙の通りだと、その場所で間違いないらしい。でも、ここは……。


「迷わず来れたみたいじゃん」
シズカが墓石にもたれかかって待ち受けていた。
「シズカさん?」
ほっとした反面、何か奇妙な気配を感じていた。
「地図じゃなくて、文書で説明して正解だったね」
トモエもシズカもともに地図が読めない。極度の方向音痴だった。
「あの、なぜこのようなところに?」
トモエは手紙を畳み、胸の中にしまった。
「ここまでさあ、ほんっと長かったよね。追手の目を逃れて、海を渡ってこーんな異国まで、よく来れたものだよ、ほんと」
シズカは急に、過去を振り返り始めた。しかしその言葉に穏やかさはない。
「はい。これもシズカさんがいつも側にいてくださったから。私は心からシズカ……」


「ねえ! あたしが何で今までお供してきたと思う?」
シズカが急にトモエを遮って声をあげた。
「そ、それはヒノモトを救うため、この私の手伝いを……」
一方的に話を進めるシズカに、トモエは


幾許かの動揺を感じていた。
するとシズカが笑った。
「あっははははは……。だから甘いっていうんだよね。さっきあたしのところに、これが届いたんだ」
シズカが後ろ手に持って物を示した。

「そ、それは
甲魔忍軍の……」
漆塗りの肩当だった。それを突きつけられて、トモエはふらりと一歩下がった。
「もう暗殺の手が尽きたらしい。そうなると最後はやっぱり頭領のあたしの出番ってことになるみたいだ。わかる? つまりあたしは、トモエ様暗殺の甲魔最後の刺客っていわけ」
シズカは淡々と説明しながら、肩当を肩に結びつけた。
「ど、どういうことですか。も、もう、そういう冗談は悪趣味ですよ」
引き攣りながら、トモエは無理にでも笑った。
「ん? 何がだ?」
「だって、あなた

が私の命を奪いのであれば、機会はいくらでもあったじゃないですか」
シズカはまた笑った。嘲笑するように。
「トモエ様はご自分の強さがまるでわかっておられない。特に不意打ちは逆にヤバイ。見境なくなるからね、トモエ様は。で、あたしは“草”になる事になったんだ。甲魔忍術、友愛相信義……。自らを偽り、敵の友となり弱点を突く。知ってただろう?」
シズカは声の調子を落として、諭すように説明した。

「では、では……今までシズカさんが私に示してきた友情は、すべて偽りだったのですか」
トモエはにわかに、衝撃を受け入れようとしていた。
「この術は、心の底からなりきるんだ。トモエ様のためなら、この命はいらない。今でもそう思っている……」
シズカは視線を落とし、声に影を漂わせた。
「じゃあ……」
トモエは希望にすがるように声を上げた。
「だけど、これだけはダメだ」
「何故です」
トモエが強く身を乗り出した。
「あれは、たしが甲魔忍者だからだ!」
シズカの宣言と同時に、炎が吹き上がった。火薬が仕掛けられていたのだ。爆裂は墓石をふっ飛ばし、一気にトモエに迫った。
トモエは爆炎を避けて走った。


シズカも飛んだ。鎖鎌の分銅がトモエを狙った。
シズカは分銅を避けて飛んだ。
「シズカさん、もうやめてください! 私にはシズカさんと戦うなんてできません」
次々に繰り出される分銅を避けながら、トモエは叫んだ。
「そうでなきゃ打ち明けた意味がない! 情に脆い。それこそがトモエ様の弱点さ!」
クナイが飛んだ。
トモエはクナイを避けて木の陰に飛び込んだ。シズカを距離を置きつつ走った。
「心・技・体ともに飛びぬけているトモエ様が、心を通わせたものに対しては弱い!」
シズカがトモエを追跡しながら指摘した。
トモエは墓石が並ぶ小道を走った。分銅の攻撃が迫る。並ぶ墓石を次々と破壊した。トモエは墓石の上を飛んで、分銅を避けた。
そのまま森の中に飛び込んだ。罠だった。突然に無数のロープが飛びついた。ロープはトモエの全身を縛り上げ、宙に吊り上げた。


「甘い、甘いね! それでヒノモトを救おうなんて、笑わせる!」
頭上からシズカが現れた。
もはやこれまで。
瞬間、刃が走った。トモエを縛るロープが千切れ、シズカの鎌を受け止めていた。


「抜いたね」
シズカが微笑を浮かべていた。
「ご……護国の御為とあらば!」
トモエはシズカをきっと睨みつつ――涙を落とした。
刀と鎌が激しくぶつかりあった。風が切り裂かれ、闇に火花が煌いた。トモエとシズカは風のごとく疾駆し、刀をぶつけ合った。
そして――トモエはシズカの胸を刀で切り裂いた。
「……そうさ。トモエ様は敵に対してはどこまでも強い。だけどね、トモエ様。今度の戦いの相手は敵ばかりじゃない。そんな戦いに、トモエ様は自らの命を賭けた。決して負けることの許されない使命を帯びて、挑んじまった。だから、こうするしかなかったんだ」
シズカがふらりとトモエにもたれかかった。
トモエははっと凍り付いて、シズカを覗き込んだ。シズカは穏やかな微笑を浮かべていた。
「……忍術なんて、嘘。私がここまで人を好きになるなんて……とんだ計算違いだった。……ねえ、トモエ様。これからの戦いは、今のように非情に徹してくれよ」
シズカの身体が崩れた。
「シズカさん!」
トモエが悲鳴を上げて、膝をついた。
背後の森が赤く燃え上がっていた。シズカは身体に炎を宿し、暗い影を落としていた。
「……泣いちゃダメだよ」
「はい」
しかしトモエは耐えられないうように、目に涙を浮かべていた。
「これで、思い残すことは、何もない……」
シズカは穏やかに口から息を吐いた。
シズカは頭に巻いた鉢がねを外すと、トモエに託した。トモエは両掌で包むように、鉢がねを受け取った。
それが最後だった。シズカの腕から力が失われ、がくりと崩れた。
「シズカさん……シズカさん……」
すでに息はなかった。ぼろぼろに傷ついた顔に、清らかな安らぎが浮かんでいた。それに気付いていたけど、トモエはシズカの名を呼んだ。だけどシズカは返事を返さなかった。
「シズカさん……」
トモエは誓いを忘れて、目に涙をあふれさせた。感情が堰を切って、シズカに被さって泣き声を上げた。
前回 第6話『錯綜! 変わりゆく予感』を読む
次回 第8話『慙悸! 戦いの天使』を読む
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作品データ
監督・ストーリーコンセプト:よしもときんじ 原作:HobbyJAPAN
キャラクター原案:赤賀博隆 えぃわ F.S 金子ひらく かんたか 空中幼彩 黒木雅弘
〇 スンダレぼん 高村和宏 久行宏和 平田雄三 松竜 みぶなつき
シリーズ構成:吉岡たかを キャラクターデザイン:りんしん
脚本:吉岡たかを 竹内利光 佐藤拓 伊藤美智子
デザイン補佐:野口孝行 総作画監督:りんしん 野口孝行
美術設定:東潤一 色彩設計:よしもときんじ 松原貞姫
撮影監督:池上伸治 編集:田熊純 音響監督:明田川仁 音楽:横山克
アニメーション制作:アームズ
出演:川澄綾子 能登麻美子 平野綾 田中敦子
〇 水橘かおり 甲斐田裕子 生天目仁美 釘宮理恵
〇 後藤邑子 伊藤かな恵 甲斐田ゆき 高橋美佳子
〇 喜多村英梨 齋藤彩夏 柚木涼香 田中理恵
〇 大原さやか 竹内美優 本田貴子 菊池こころ
★★★★(素晴らしい) ★★★☆(すごい) ★★☆☆(とても良い) ★☆☆☆(良い)
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クイーンズブレイド 玉座を継ぐ者 第07話「氷結!計算外の事態」
それぞれが戦う理由・・・