第6話 水着軍団(ナミギワ) GO!GO!GO!


その朝。俺は居間でつつましやかにお茶を啜っていた。いつもどおりの平凡な習慣。でも俺の心は、とても平常どおりというわけにはいかなかった。
……何か、知らない女の子がいる。

女の子は長い青の髪をお下げにして垂らしている。もくもくとポテトチップスをかじりながら、テレビを見ていた。
イカロスは居間の隅っこで、スイカを抱えながらうろうろとしていた。時々、気になるように俺をちらちらと見ている。
「おい、イカロス」

「はいマスター」
俺はイカロスを居間の隅っこに呼び寄せた。何かを始めるにはまず作戦会議だ。
「知り合いか、あいつ。お前の知り合いなのか?」
「わかりません」
「だって、どう見たって仲間じゃないか。あの羽といい、首輪といい! いいか。勝手に人ん家を未確認生物の寄り合い所にするんじゃない!!」
俺はイカロスの頭を拳ぐりぐりとやった。
「ねえ、そこの虫」
女の子が口を開いた。
……聞き間違いだったら、いいな~。

俺は頭を低く、もみ手をしながら女の子に近付いた。
「あの、今なんと?」
「虫って言ったら虫でしょ。あんた以外に誰がいるの?」
「ですよね~」
平凡な日々は今や遠い夢のように感じる。憶えておいでですか。あ

の川のせせらぎを……。
「なあイカロス。俺のモットーは平和が一番なんだ。お前一人でも俺は精一杯なんだ。わかるな?」
「はい、マスター」
「わかったら今すぐ帰ってもらえ! これ以上俺の日常を荒らされてたまるか!」

実は今日、
見月そはらたちと旅行の予定だった。
守形英四郎先輩と
五月田根美香子会長も一緒だ。その旅行に、なぜかあの女の子が従いてきてしまった。いや違うな。連れて来ちゃったんだ。
「あら、いいじゃない。大勢いたほうが賑やかで楽しいわ」
五月田根会長がいつもの朗らかさで微笑む。
「そういう問題じゃなくて……」
賑やかなのは反論しないが。

「すまんな見月」
ふと守形先輩がそはらに声をかけた。
「え、何がですか?」
そはらがえっと顔を上げる。
「いや、本来なら、智樹とのペア旅行だったはずなのに」
今回の旅行は商店街の福引で当てたものだった。その同じ商店街の福引に、偶然にも守形先輩と五月田根会長の2人もペア旅行券を当てたのだ。というわけで、イカロスを含めた6人での旅行、となったわけだ。
「やだ、先輩。別にいいんです、そんなの」
そはらはごまかすように笑った。
「あなた、名前はなんていうの?」
五月田根会長が女の子に話しかける。

「
ニンフ」
そはらとイカロスに挟まれて、ニンフはひどく子供っぽいというか、子供そのものだった。
「そう、ニンフちゃんって言うのね」
そういえば、初めて名前を知ったぞ。そうか、ニンフって言うのか。
ニンフが語るには、ニンフはイカロス同じく
エンジェロイドだが、違うタイプらしい。後継機、と本人は語っていた。背中の羽が鳥のものと違い、昆虫に近い形をしていた。
「1人も2人も同じだ。まとめて面倒見てやれ」
「同じじゃない! 俺の平和を返せ!」
俺は納得行かず叫んだ。電車は無情にも目的地へと進行していく。途中下車不能だった。

間もなく海水浴場に到着した。砂浜は人でひしめき、あちこちでパラソルが花開いていた。
女の子たちも水着を着てやってきた。おっと、そはら。なんてけしからんバストだ。ふむふむ……。
いや待て。ニンフの水着、どうしたんだ。
「会長が用意してくれたのよ」
なんで子供用水着を都合よく用意していたのか、そこは突っ込んではいけないのか。それで、翼は?
「あの、この翼は開閉式となっておりまして、ここまでなら何とか小さくすることができます」
イカロスは羽織っているパーカーを脱いで背中を見せた。小さく縮まった翼がそこにあった。
「私は翼を見えないようにできるの」
とニンフは背中にうっすらと翼の影を浮かび上がらせた。ふむ、便利だな。
まあそれはそれとして、水着ギャル一杯の海水浴場。今日は目一杯楽しまなきゃな。

さっそく俺たちはビーチバレーを始めた。そはらが飛び上がるたびに、ビッグなバストが揺れ弾む。思ったとおり、ビーチバレーというのは素晴らしいスポーツだ。
「智ちゃん! 何か目がエッチ!」
そはらが何かを察したらしく胸をガードした。

「気のせいですよ、気のせい」
勘のいいやつめ……。おっと、鼻血が出てしまった。俺は鼻をほじる振りをしてごまかした。
とそこに、強烈なボールの一撃が俺の顔面にヒットした。
「ニンフさん、ナイスアタック!」

そはらが喜びの声をあげた。ニンフはふわりと砂の上に着地する。
「ナイスアタックじゃない! お前、なに全力だしてるんだ。殺す気か?」
「ぼうっとしているほうが悪いのよ。フンッ! 私は悪くないんだから」
ニンフはつんとそっぽ向いてしまった。
何なんだあいつ。可愛くない。
ビーチバレーはやめだやめ!
「ねえ智ちゃん、ボート乗ろうよ」

そはらが次の遊びを提案した。ああ、そうしよう。
いや待て、なにやら人だかりができているぞ。なになに『カレー大食い大会』。そんなものやっているのか。どれどれ。
と覗き込むと、会場にいるのは守形先輩だった。いかにも強豪そうな巨漢を相手に、守形先輩は表情を変えずスマートに食い続けていた。
……あれは放っておこう。俺たちはすぐに大食い大会の会場を後にした。

「じゃあ私、ボート借りてくるね」
「うん」
そはらが走り去っていく。
そういえば、イカロスとニンフはどこに行ったのだろう。見回すと、ちょっと向うの木陰でニンフが1人きりで休んでいた。


しょうのないやつだ。俺はホットドックを買って、ニンフの側に走った。
おっと、ワンコがもの欲しそうに俺を見ているぞ。これは、あげないからな。

俺はニンフの側に立った。
「ほら、食うか?」
俺はホットドックを差し出した。ニンフは何も言わず、ホットドックを受け取る。
「こういう時はありがとうって言うんだよ。ほら、言ってみ?」

「虫なくせに命令しないで」
ニンフはつんと言い返した。済みませんでした。
ニンフは一口、ホットドッグをかじった。
「わあ、おいしい」
自然に笑顔がこぼれた。
「何だ、笑うと可愛いじゃん」
やっぱり普通の女の子。俺は安心してニンフの側に座ろうとした。
「勝手に座らない!」
「すみません」

性格はきついんだよな。俺はニンフからちょっと離れたところに座った。
「なあお前さ、何しに来たんだ?」
「何しにって、別に。下界がどんな世界なのか興味が沸いただけ」
ホットドックをもしゃもしゃと頬張りながら答える。口元にケチャップ付いてんぞ。
「あ、もしかして、イカロスのことが心配で見に来てやったのか? 友達なんだろう?」
「まあ、そんなところね。あんたにはぜんぜん興味ないから」
ずばりだった。イカロスとは目的が違うらしい。そういや、イカロスはどこ行ったんだ?
「あそこよ」
ニンフが海を指差した。

ニンフと一緒に、イカロスがいるという場所へ向かった。かなり深い場所だ。海の中を覗きこむと、確かにずっと下の海底にイカロスがいた。何をしているかいまいち不明だが、両手にナマコを持って、ぼんやりと座っていた。
「なにやってんだ、あいつ!」

「ね、いたでしょ?」
ニンフが浮き輪に掴まって、波の上に浮かんでいた。
とにかく、イカロスの連れ戻さねば。俺は海の中に潜った。レバー入れてAボタン連打。しかし、俺はイカロスにたどり着く前に気絶してしまった。

次に目を覚ますと砂浜だった。ゲホゲホッと海水を吐く。
「大丈夫ですか、マスター?」
イカロスが側で座っていた。
「せめて人並みに浮かんでいろ! 人に見られたらどうする?」
「はあ。ですが、羽が水を吸って重くなってしまうので、どうしても沈む

んです」
イカロスが背中の羽を見せた。
「バッカみたい。私みたいに羽を水につけなきゃいい話でしょ」
ニンフが側でつまらなそうに批判していた。
駄目だ。このまま放っておいたら大騒ぎになるかもしれん。俺が泳ぎ

を教えてやる。
俺はイカロスと一緒に海に向かった。イカロスの手を引きながら、まず浮かぶことを、次に進むことを教えた。
「違う! バタ足は足を伸ばして。ほら、俺が手を引っ張ってやるから……」
「こうですか、マスター?」
「だから違うって!」
俺の激しい特訓はしばらく続いた。

そろそろ休憩にしよう、と思って、俺は守形先輩と五月田根会長のいるパラソルの側へ向かった。
「あれ、そはらは?」
「そういえばさっき、1人でボートに乗っているところを見かけたわ」
五月田根会長がチェアの上でくつろぎながら答えた。

ゴムボート? あれ、そういえば、一緒に乗ろうって……。
しまった。そはらの奴……。俺は海の前まで走り、そはらの姿を探した。夕暮れが近付いて、波は大きく揺れて尖り始めていた。そんな波のずっと向うに、そはらが点のように見えた。
と、そはらが海に落ちた。

「そはら!」
俺は叫びながら海に飛び込んだ。向かってくる波を掻き分けて、そはらを目指して泳いだ。
すると、ふわりと身体が浮かんだ。ニンフが俺の身体を掴んで飛んでいた。

「ったく、しょうがないわね」
ニンフは俺を連れて、真直ぐそはらの側に向かった。
そはらは泳げず、ばたばたと波を跳ね上げていた。それも力尽きて沈もうとした。俺は海の中に飛び込み、そはらの腕を掴んだ。
何とかそはらをゴムボートの上に引き上げることができた。

「大丈夫か」
「智ちゃん、ニンフさんも……ありがとう」
そはらは海水を吐きながら、俺とニンフに感謝を告げた。
そはらがどうして1人で海に出でてしまったのか、それくらいの察しはついていた。

「悪かったよ、そはら。イカロスが騒ぎを起こしたら遊ぶどころじゃなくなると思ってさ。それで、つい夢中になっちまって。本当、ごめん」
砂浜に戻ると、俺はそはらに謝った。そはらは何も答えなかった。
「でもな、もう一人で沖に行くなんて、絶対なしだからな。お前さ、昔から泳げないんだから」

そはらが顔を上げた。目に涙を浮かべ、こくりと頷いた。涙に夕日の光が当たって、きらりと輝いていた。
もうそろそろ、日が沈むな。楽しかった一日もおしまいだ。俺はもう少し、イカロスと泳ぎの練習をしようとした。
すると、そはらが俺の手を掴んだ。

「……泊まってく」
「は?」
「イカロスさんばっかりずるいずるい! このまま帰りたくない! やだやだやだ!」
激しいチョップの連打が繰り広げられた。あまりの激しさに、そはらの

周囲に渦を巻き始めていた。
とそこに、守形先輩が大食い大会の副賞を差し出した。海の家の宿泊券。なんていうご都合主義なんだ。
夜。民宿で眠っていると、夢を見た。いつもの平原。側に、あの女の子が立っていた。
「どう、天使は?」

女の子が静かに語りかけてくる。
女の子の影が俺の体に落ちていた。俺は女の子に気付いて、身を起こした。
「ああ。もう1人増えたぞ。別に悪い奴じゃないみたいだけど、あんまり一杯こられても……」

風が吹いた。風に羽が混じって辺りを飛び交った。
「…………」
「え? 何?」
「気をつけて」
女の子は空に吸い込まれて消えた。

目を覚ました。するとイカロスの顔が間近にあった。
「なんでいんだ?」
「はい」
「はい、じゃない!」
「はい」

変なところで対話の通じない奴だ。俺はイカロスを連れて廊下に出た。お前たちはそはらたちと一緒だろう。さっさと帰って寝なさい。
「あの、マスター。眠るとはどういうものなのでしょうか。私たちエンジェロイドは眠るようには作られていなくて、ですから、眠るとか夢を見るとかはどういうものかわからなくて……」
イカロスは今まで、俺が目を覚ますまでずっと起きて、待っていたんだ。
俺はイカロスと一緒に海に出た。ずっと羽をしまっていて窮屈だっただろうから。

夜の誰もいない海に出て、イカロスは翼を広げた。いつもの表情のない顔で月を仰ぎながら、背伸びするように翼を広げる。
眠らないってのは便利だけど、俺にはなぜだか、イカロスが可哀想に思えた。表情のない顔が、ひどく寂しそうで……。
そういえばニンフ。あいつも今ごろ、眠れない夜を過ごしているんだろう。同じロボットだからな。
「そろそろ戻ろうか」

イカロスに声をかけて戻ろうとすると、近くの岩場で声がした。行ってみると、ニンフが若者たちに囲まれていた。俺はすぐにニンフの側に飛び出していった。
「すみません。こいつ、言葉遣いが悪いんで。ほら、行くぞ」
と俺はニンフの手を掴もうとした。が、若者のひとりが俺の手を掴ん

だ。
「ちょっと待てよ。まだ話は終ってない」
「子供がふらふらしているから心配して声をかけてやったのに」
「放っといてよ。虫の癖に近付かないで!」
要するに、ニンフの言葉遣いが原因のようだ。

「おい、何で俺たちが虫呼ばわりなんだよ。え!」
若者たちが殺気立ってくる。やばい兆候だった。
イカロスが若者の手を掴んだ。
「私のマスターに、何をしているのですか。私のマスターに何をしているのかと聞いているんです」

イカロスが若者の腕を捻り上げた。翼が大きく広がる。イカロス自身が真っ白に輝き始めた。衝撃の渦が周囲に広がった。波がざざざと騒ぎ始め、周囲の岩石が砕け粒になって舞い上がっていく。イカロスの瞳が真っ赤に輝き始めていた。
「やめろ!」

俺は叫んだ。イカロスははっと我を取り戻した。若者たちは恐怖を感じて逃げ出していった。
「お前、そんなんじゃないだろ!」
俺はイカロスに感情をぶつけた。イカロスは困ったようにうつむいていた。
「帰るぞ」
俺はイカロスの手を掴み、歩き始めた。ニンフが後をついてきた。
帰りの電車。そはらは遊び疲れて子供みたいに眠っていた。
「なあ、イカロス」
「はい」

「お前がずーっと大事そうに持っているそのスイカ。多分、とっくに中身腐ってぐちゃぐちゃだぞ」
俺は笑ってスイカを指した。
「……え」
イカロスは意外そうな顔を浮かべ、それから残念そうにうつむいた。

「お前はやっぱ、そのほうがいいや」
「え?」
イカロスがきょとんとして顔を上げた。
「昨夜は怒ってごめんな。何か、お前が映画とかにあるみたいな人型の兵器みたいに見えてさ。何か嫌だなって思って……」
俺はイカロスを安心させようと微笑みかけた。
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作品データ
監督:斎藤久 原作:水無月すう
シリーズ構成:柿原愛子 キャラクターデザイン・総作画監督:渡邊義弘
デザインワークス:鷲尾直広 メインアニメーター:鷲北恭太
美術監督:小倉宏昌 色彩設計:日比智恵子
コンポジットディレクター:平林奈々恵 音響監督:高橋剛 音楽:岩崎元是
アニメーション制作:AIC ASTA
出演:保志総一朗 早見沙織 美名
〇 鈴木達央 高垣彩陽 野水伊織
エンディングテーマ:「夏色ナンシー」
作詞:三浦徳子 作曲:筒美京平 歌:ニンフ
★★★★(素晴らしい) ★★★☆(すごい) ★★☆☆(とても良い) ★☆☆☆(良い)
【そらのおとしもの 第6話−水着軍団(ナミギワ)GO!GO!GO!】
エンジェロイドの秘密を知る?ニンフ登場。