忍者ブログ

89c79c73.png
■ コンテンツ ■

ad17d9bc.png 2f3a1677.png c1a81a80.png 9452a147.png 5350f79a.png 01b9b1e8.png 29aa8305.png d5525adf.png 0e6a6cf4.png b76ca7e7.png fea5d7ae.png
■ Twitter ■

■ ブログランキング

にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
■ ショップ

DMM.com DVD通販、レンタルなどの総合サイト
■2017/05/25 (Thu)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [794]  [793]  [792]  [791]  [790]  [789]  [788]  [787]  [786]  [785]  [784]  ■


■2011/06/21 (Tue)
巨人の進撃 1巻(1)――その日、人類は思い出した。
奴らに支配されていた恐怖を。鳥籠に囚われていた屈辱を……。

巨人は突然現れた。その脅威に人類の大半が死に、文明は後退し、残った人々は巨人から逃れるために高さ50メートルの壁で街を囲み、その中に隠れ潜むように暮らした。
それからおよそ107年……。人類は壁の外の恐怖に怯えながらも、とりあえずの平和と安穏さを手に入れることができた。巨人は大型のものでも15メートル。高さ50メートルの壁は絶対に越えられないし、巨人のどんな攻撃でもひび一つつけさせない強度を持っていた。
しかし、あいつは突然に現れた。
超大型巨人の出現である。超大型巨人は高さ50メートルを越え、しかもその脚力は一撃で門を木っ端微塵にする力だった。
長く続いた穏やかな平和。紙一重に繋がっていた秩序。しかしそれはあまりにも脆く、人類の平和は、平和という幻想に弱々しく縋り付いているだけのものに過ぎなかった。高さ50メートルの壁は、自分たちが作り出した鳥篭に過ぎなかったのだ。
ウォールマリアが破られ、7メートル級の巨人が次々と街へとなだれ込んでくる。巨人たちは逃げ惑う人々を掴み、握りつぶし、引き裂き、口の中に放り込んで喰った。
巨人の唯一の行動原理は人間を喰らうことである。知能はおそらく存在せず、生殖器官もないため、どうやって繁殖しているのか不明である。それから人間以外の動物には一切なんの関心を示さない。巨人が唯一興味を示し、行動を移そうとするとき、それは人間を喰うときだけである。
エレン、ミカサ、アルミンの3人は、超大型巨人がウォールマリアの門を破壊し、暮らしてきた街が破壊され、陵辱される瞬間を目撃する。大勢の人が死に、友人が死に、親が死ぬ……。しかしまだ少年と少女でしかなかった3人には、逃げることしかできなかった。涙を浮かべながら、悔しさを胸に力強く留めながら。

それから5年の歳月が過ぎた。成長したエレン、ミカサ、アルミンの3人は訓練兵団に加わり、成績上位で卒業する。訓練兵団卒業後は3つの選択肢がある。壁の強化を努め、各街を守備する「駐屯兵団」。犠牲を覚悟で壁外の巨人領域に挑む「調査兵団」。王の元で民を統率し秩序を守る「憲兵団」。
エレン、ミカサ、アルミンの3人は迷わず調査兵団に志願する。壁の外に出て、巨人たちに復讐するために……。

■ ■ ■ ■

巨人の進撃 1巻(2)いま漫画出版界において、最大級の話題を誇る作品。それが『進撃の巨人』である。
突然現れた巨人。それによって人類の大半は死滅し、後退し、残り僅かになりながらも抵抗の戦いを続ける物語だ。
一見するとかなり特殊な世界設計に、独創的な物語が描かれている。しかし感情の流れは直線的で、率直な力を持って読者に訴えかけてくる。一風変わった作品に思えるが、伝統的な少年漫画の精神性を持った作品であるとわかる。
ただ、その絵の構築は惨憺たるものである。デッサンがまともに描かれているコマは僅少で、ほとんどの場面で人体構造はいびつに歪み、縮尺は狂い、手指の描写にはまるで力がこもっていない。線の引き方にも未熟さが浮かび上がり、キャラクターの描写は無残にも崩れ、噴出しの枠線や集中線すら一貫した線が引けていない。背景書きのアシスタントのほうがまだ見るべき絵を描いている。キャラクターの書き分けの能力も不充分のため、漫画を読んでいるといったい誰なのかわからなくなり、ページを戻ることがしばしばある。おまけにトンボを無視してコマを構成しているので、全ページにわたってページ番号が抜け落ちてしまっている。作者がデッサンの基礎教育を受けていないだけではなく、漫画を描くための基本的な教養すらないことがよくわかる。

だがしかし――『進撃の巨人』は抜群に面白いのだ!
巨人の進撃 1巻(3)誰も見たことのない設定、ストーリー。次の一手がまったく読めない意外性のある展開。キャラクターの描写。次々から迫ってくる状況。それに、やはり少年漫画なのだ。登場人物たちの、怒り、悲しみ、絶望と希望の移り変わりが危ういせめぎ合いの中でひりひりと伝わってくる。作者の画力不足でキャラクターの書き分けが不充分と書いたものの、実際のキャラクター設定はしっかり構築されていて、絵の未熟さを抜きにすれば抜群に個性的である。「なんだこの絵は」と茫然させたのは最初の数ページだけで、その後は恐るべき吸引力で漫画に没頭させる力を持っている。
『進撃の巨人』の核となっているのは、間違いなくその独創的な設定、世界観の構築にあるだろう。唐突に現れた巨人と、人類との対立の歴史を描いた作品であるが、その状況を構築する世界設計は徹底した詳細さを極めている。人類の領域はどのくらいで、人はどれだけいて、どんな社会構造が構築されているか――。巨人たちの戦いが中心に描かれているため、詳細さのほとんどは兵士たちの戦いや武器について、それから敵対すべき相手である巨人に集中している。
もっとも注目すべきは《立体機動》と呼ばれる戦い方である。詳細は省くが、《立体機動》とは、人間をワイヤーで吊り上げ、圧倒的な対格差を持つ巨人に一気に肉薄し、その弱点であるうなじを狙う戦術である。鍛え上げられた兵士たちが地上の重力から解放され、空中を滑走し、巨人に接近する。『進撃の巨人』のアクションにおけるカタルシスは、この《立体機動》によって瞬発的に最大値まで引き上げられ、おそらく他作品では得られないであろう魅力を提供させている。超高速で空中を滑走し、巨人と交差する描写の瞬間、作者の画力不足を完全に忘れさせ、作品をそれ以上の痛快活劇に引き上げさせてしまっている。《立体機動》と巨人との戦い、この2つのアイデアを思い至ったその時点で、『進撃の巨人』の評価はすでに絶対的で、作者諌山創の大勝利であると言える。
またストーリーテラーとしての才能にも注目したい。意外性のある世界設定、物語展開にも充分惹きつけられる力を持っているが、それ以上に魅力的であるのは、直線的に訴えかけてくる人々の感情である。巨人と相対した瞬間、どんな感情を抱くのか……。動揺、恐怖、絶望……それからかすかに浮かび上がってくる勇気とプライド。その感情の一つ一つを一コマ一コマ、強烈な力強さで迫り、読む者の感情を飲み込んでいく。物語の展開も間違いなく魅力の一つだが、各キャラクターの感情の積み重ねの上に物語があるからこそ、『進撃の巨人』は人を惹きつける魅力を得ているのだ。

『進撃の巨人』は遠からず映像化されるだろう。アニメになるか実写になるか、それはまだわからない。私個人的な希望を書けば、(アニメ/実写いずれの場合でも)できるかぎり大きなバジェットで、この作品が持っている魅力や世界観の精密さを徹底的に描いて欲しい。作品の土台は漫画によってしっかり構築できている。あとはどれだけ詳細さを描けるか、映像に美意識を刻印できるか、あるいはアクションの荒々しさを描くか。作者が描けていない作品本来持っている魅力(あるいは読者が脳内で補完しているエネルギー)を、映像の上で再現できるかどうか、が映像作家の腕の見せ所である。
映像作家として『進撃の巨人』という作品を考えると、モチーフとして魅力的である半面、絶対に失敗できない圧力を感じる。これだけ魅力的な原作を映像化して失敗したら、あるいはそこそこの評価しか得られなかったら、その時点で映像作家失格で業界から立場を失う。もし『進撃の巨人』が映像化されたら、そのときは「お手並み拝見」といったところだ。
『進撃の巨人』はまだ4巻までしか進行していない。物語全体を通してみてもまだ序盤といったところだ。この段階でもすでに驚きべき展開が多く、登場人物一人一人の生い立ちやドラマはしっかりと描けている。おそらくここからが『本編』といったところだろう。だが、物語の背景には不明なところのほうが多く、結末となると想像もつかない。『進撃の巨人』でハラハラさせられる幸福さは、まだまだ続きそうである。

巨人の進撃 1巻(4)ところで、『進撃の巨人』という作品は出版界において、あるいはそれ以外の多くの業界においてある一つの希望を与えている。
それは、「面白い作品は確実に売れる」という事実である。あるいは、「面白い作品は確実に注目される」。
かつては、どんなに素晴らしい作品を作っても、決して売れるというわけではなかった。むしろ埋没することが多く、一部のマニアックな層によって辛うじて支えられ、時代の移り変わるその時にほんのちょっと引き上げられ、その後忘れられるだけであった。結局は、いかに宣伝して多くの人に作品が伝わるか。しかも宣伝の多くが伝えられるのはせいぜいワンフレーズ程度でしかなく、それにつられて作品もどこかワンフレーズで片付けられる安易なものばかりになってしまった。宣伝で時代の波を作り、それで人を巻き込んでいるだけであって、作品についてきちんと語られることは少なく、むしろ使い捨ての消耗品のようにポイッと放り投げられることのほうが多かった。
面白いから売れるというわけではない。良いからといって賞賛されるわけではない。なぜあんな出来の悪い大衆に媚びた商業作品ばかり売れるのか! 面白い作品がちゃんと注目され、売れるようになれば、どんなにいいだろう……作り手ならば、誰もがそう思い、苦悩するだろう。というか、創作の歴史とはその苦悩と怨嗟の歴史でもある。
だが、どうやら今が時代の移り変わりのようである。従来のような広告会社主導の時代から、ネットの時代へ、ふとするとささやかに聞こえる人々のざわめきの集積が、時代の波を作り出す時代である。かつてなら埋もれ忘れられるであろう作品であっても、人伝えで広がり、拾い上げられる時代である。もちろん広告会社主導の時代ほど大規模ではないし、その声の広がりも小さなコミュニティだけで終息して、やっぱり忘れられることのほうが多い。
『進撃の巨人』はむしろ、忘れられるほうの作品だっただろう。物語に素晴らしい魅力を持った作品であるが、この物語の魅力を理解するためにはある程度漫画を読み続けねばならない。そうすると、ある程度時間をかけて漫画を読まねばならなくなる。ワンフレーズだけの広告会社の力では、『進撃の巨人』の魅力はどうやっても伝え切れなかっただろう。だが、ネットという媒体を通して広がった場合、広告会社の方法論とは違ったディティールを持って人々の声や評価が広がっていく。『進撃の巨人』は自力でその波を作り出し、そして商業的な成功を得た漫画なのである。
面白いからといって、売れるわけではない……いや、「面白いからこそ売れる」時代がやってきたのだ。広告会社や、視聴率の数字が全てではない。広告会社の時代は、売り上げは高かったのに評論が抜け殻のようだったり、数年後には完全に名前すら忘れられていたりした。だが、今はそういう時代ではない。今こそ、本当に面白い作品とは、パーソナルな魅力を持った作品とはどんな作品なのか、これを考えて作品を描くべき時代なのだ。

漫画・出版:諌山創
出版・編集:講談社
連載・掲載:別冊少年マガジン
にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ




拍手[4回]

PR
にほんブログ村 アニメブログへ
■ [794]  [793]  [792]  [791]  [790]  [789]  [788]  [787]  [786]  [785]  [784]  ■


■ ブログの解説 ■

漫画・アニメ・キャラクターを中心に取り扱うブログです。 読みたい記事は、左の目次からお探しください。

QLOOKアクセス解析


■ ブログ内検索  ■

私が描きました!

アマゾンショップ

アマゾンのサイトに飛びます
フィギュア

アニメDVD

新刊コミック

ゲーム

ライトノベル

楽天

アマゾン<シャッフル>ショップ

私が描きました!

Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]