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■2009/02/12 (Thu)

書籍004・絶望先生・ライブドア桜満開の春。
セーラー服の少女が、散り落ちる花びらに戯れながら、並木通りを歩いていた。
そんな少女の目の前に、首を吊る男が一人。
「いけません! 命を粗末にしては、いけません!」
少女は、とっさに男の体にすがりついた。
が、むしろ少女の全体重が男の体重に加わってしまう。まだ息のある男は、苦しみに呻く。
ついに、ロープはぷっちり千切れて、男と少女はもつれながら地面に倒れる。
「……ゲホッ。死んだら、どーする!
「え?」

男の名は、『糸色望』。通称“絶望先生”。
少女の名は、『風浦可符香(P.N)』。
出会ってはいけない二人が、出会ってしまった。


絶望先生第1集においては、後の社会風刺漫画という毒素は控えめで、主にキャラクターを中心に展開している。
物語の構造も、絶望先生と風浦可符香(P.N)が中心に展開する、コンビものといった感じだ。典型的なパターンとしては、問題のある生徒が登場し、絶望先生が教師という立場から関わりを持ち、解決しようとする。しかしそこで風浦可符香(P.N)が介入し、問題はさらに混乱を深め、暴走と脱線を繰り広げた後に、問題生徒は絶望先生の教室に受け入れられていく。


ここで、第1集に登場する絶望少女たちを列挙していこう。
風浦可符香(P.N)
小森霧
常月まとい
小節あびる
木村カエレ
音無芽留
木津千里
関内・マリア・太郎
日塔奈美
第1集全10話の中で、9人の絶望少女たちが次々と登場する(第1話第2話は風浦可符香(P.N)が連続で登場する。この頃はまだ、メインヒロインのはずだった)。ここで登場するメンバーは後のシリーズでも常連として登場し、重要な役割を担っていく。
だから第1集には社会風刺は、入る余地はなかったのだと考えられる。またあるいは、キャラクターを中心とした、まったく別の展開も用意されていたのかもしれない。
『さよなら絶望先生』での登場人物たちは、いずれも個性的、もっといえば問題のある人達ばかりである。絶望先生自身もまた問題を抱え、ことあるごとにロープを持ち出し、自殺しようとする「死にたがり」である。
現実的に考えるならば、こういった問題のある生徒たちは排除されただろう。現代の教育、あるいはそれらを取り巻く環境は、異質なものがまず排除され、人間の人格とは決して対峙しない。クラスメイト、教師のあいだには常に緊張感に満ち、表面的な取り繕った関係を作ろうとする。あるいは、集団に受け入れる振りをしながら、陰湿なイジメの対象にする。
それが現代の教育の姿だ。現代という時代と社会が、子供に対して“装う”ことを望んでいるのだ。社会は建前では“個性”などと言うが、実体としては表面的に取り繕った、優良な“いい子”だけを求めている。はっきりいえば、大人にとって子供は“商品”であり、学校は“製造工場”だ。
だが、『さよなら絶望先生』ではどうであろう。後にキャラクター自身で語られているように、絶望先生の教室でイジメは発生していないし、発生しそうな気配はない。むしろ、円満な関係を築き上げている。
あまりにも異質すぎる人間ばかりが揃うと、そういった現象が起きる。一つ一つは異端的な存在だが、それらが集まると、一つ一つの特性は薄まり、やがてひとつの集団の一人となる。
絶望先生が最弱という存在も、この絆の補強に一役買っている。長い夏休みの間にも、絶望先生がうっかり自殺してはいないか、生徒たちが交代で様子を見にいったりしている。生徒-教師間の関係は、非常に密でしかも深い。弱すぎる教師の存在が、生徒の絆の補強させているのだ。
彼女たちはお互いをよく認識し、理解しあい、距離の持ち方を知っている。そうした中ではイジメも、表面的な関係も起きないのだ。
……と、深読みもいいところだが。


それにしても『さよなら絶望先生』は、新人作家のような新鮮味で溢れている。
漫画家・久米田康治はもちろんベテランの作家だが、作品はあまりにも未完成で、何かの途上のような印象が漂う。タッチについても、キャラクターについても、まだこれから形成し、完成する手前の状態だ。
例えば、藤吉晴海は第1集第5話から登場する。小節あびるの単独エピソードの最後で唐突に登場し、絶望先生に猫耳を装着させる。この段階から、藤吉晴美のキャラクターの特殊性はすでに現れている。これ以後も、コマの端に藤吉晴海はちらちらと登場する。
単独エピソードが紹介されるのは第2集15話である。その直前にも登場してくるのだが、単独エピソードに入った途端、唐突に一人のキャラクターと自立し始める。ルックスにしても、それ以前のエピソードとまったく違う。眼鏡と髪型という特徴だけを拾い、改めてキャラクターとして自立させた感じだ。
それは、木津千里についても同様にいえる。木津千里は第4話から登場するが、この段階では、まだ生徒の中の一人という扱いだ。その後、徐々に委員長キャラ、生徒の解説役として自立し、第8話においてついに単独エピソードを獲得する。
もう一人、1話・2話に登場する、セーラー服を着た、ストーカーではない常月まといも見るべき部分だ(これは貴重だ)。
まるで無計画に週刊連載を開始し、その後に改めて創造していったかのようだ。週刊連載という地獄のスケジュールの中で、どうやってここまでの創造性を発揮できたのだろう。
このキャラクターたちは、その後もどんどん成長を続ける。同時に、漫画の表現も完成していき、『さよなら絶望先生』独自の表現を絶対的なものにする。あの素晴らしい扉絵や、シンプルな線で構成されたスタイリッシュな線画。また、独特の文字表現(“にょんたか”など。←は第1集から登場するが)も徐々に文法として完成させていく。
久米田康治はことあるごとに自身の仕事と能力を自嘲的に語り、笑いを取ろうとするが、実際にはまだまだ多くの可能性を作家だ。成長の余地、発展性を備えた作家である。それこそ、新人作家が持っている可能性を、今でも持っているといっていいだろう。



作品データ
漫画:久米田康治
出版:講談社


さよなら絶望先生 シリーズ記事一覧

 

 



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7f0fcc84.jpg【追記】
井上喜久子さま。17歳と10000日おめでとうございます。
(2009年2月10現在)




……と、移転した関係で、日にちがずれてしまいました。
姉妹ブログ【世界と本】ではぴったりです。こちらもどうぞ。

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