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■2016/08/10 (Wed)
第7章 Art Loss Register

前回を読む

33
 ツグミは杖の柄に両掌を置いて、じっとヒナの作業を見守った。心に何も浮かばなかった。ヒナの作業は、順調に続いた。間もなく溶けた絵画の下から、別の色が現れた。
 絵画の中央辺りだ。川村の絵と、明らかに質感の違うイエローだった。よく見ると、服の袖部分だとわかった。
 ここまで来て、ヒナは作業を中断させて、ツグミを振り返った。ツグミは無言で頷いた。
「ツグミさん……どうして、わかったんですか」
 木野は困惑して、ツグミを振り返った。素人の木野にも、状況はわかるらしい。しかし釈然としない様子だった。
 ツグミは杖に体重を預けて、席を立った。
「この絵に、チェンバロが描かれているのを見付けた時から、変な絵だなと思っていたんです。これはルッカース製のチェンバロで、17世紀の初め頃に作られた楽器です。チェンバロだけじゃありません。椅子も、テーブルも、奥に置かれた楽器も、すべて17世紀のものです。どれも、あの絵に出てくるアイテムやなって」
 ツグミは絵に描かれているものを1つ1つ指で示しながら解説した。ツグミが指した道具は、どれも溶け始めて、判別が難しくなっていた。
「要するに、この絵は『合奏』の模写を作るために集められたアイテムを、再構築して別の絵に仕立て上げた絵、というわけやね」
 ヒナが重い調子で、ツグミの後を引き継いだ。
 絵画の贋作は、本物を右に置いて、同じ位置に絵具を置けばできあがるわけではない。元絵の画中に描かれた、全てのアイテムを集めなければならない。
 実物がなければ、画中に描かれたアイテムが正確にどんな形を持っているかは絶対にわからない。実物を手に入れて、初めて画家がどのような意図を持って描いたか、明らかになるのだ。
 川村の絵には『合奏』に描かれている、全てのアイテムが描かれていた。しかも全て配置が違う。それが、川村が画中のアイテムを全て実際に集めた証拠だった。
「それに、この絵に描かれている本。これ、すべて偽典でしょ」
 ヒナが絵を眺めながら、ツグミに確認した。ツグミは重く頷いた。
 絵画には、隙間を埋めるように、夥しい数の本が、積み上げられていた。『アブラハムの遺訓』『オクタヴィア』『ビブリオテーケー』……。全て、『偽典』と呼ばれる本だ。
 つまり、この絵は精一杯の力で「偽りがありますよ」と主張していたわけだ。
 ヒナは作業を再開しようと、菜箸を手に取った。すると木野が、慌ててヒナの腕を掴んだ。
「待って! 待ってください。ツグミさん、いいんですか。この絵は、川村さんの唯一の手掛かりですよ。これを消してしまったら、川村さんがいた痕跡は、なくなってしまうんですよ」
 木野がツグミの顔を覗き込んで、説得するように訴えかけた。
 ツグミは困惑して、返事ができなかった。木野に言われて、ツグミは初めてこの絵の重要さに気付いた。
 これは、川村が残した唯一の証拠品。川村の実在を示す唯一の品。
 ツグミは決断が下せなかった。ツグミは何も言えず、うつむいてしまった。画廊の空気が、重く沈黙した。
 すると、ヒナが木野の肩にそっと手を置いた。ツグミと木野が、ヒナを振り返った。
「木野さん、それは間違っています。名画の上に描かれたものは、どんなものであれ、落書きです。落書きには価値はありませんし、許される行為ではありません。それに、私とツグミは、本物の『合奏』を取り戻さねばなりません。父もそれを望んで、この絵を託してくれたのですから」
 ヒナの言葉は、冷たいくらいに毅然としていた。
 木野は茫然として、口を開けたままにした。ヒナの主張には、反論不能だった。
「ツグミ。いいんやね」
 ヒナがツグミを振り返って、念を押した。少しだけ、気を遣う優しさが浮かんだ。
 ツグミは唇を噛んで、無言で頷いた。ツグミは悲しいとか思わなかった。『合奏』を取り戻すんだ、という義務感があった。なのに、左の頬に、涙がこぼれた。

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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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■2016/08/09 (Tue)
第14章 最後の戦い

前回を読む

27
 最後の呪文が、ソフィーの口から放たれた。キール・ブリシュトを取り囲んだ、魔法のリングが一斉に弾けた。目も眩まんばかりの輝きが荒れ野を覆った。暗黒の砦が、明るい光に浮かび上がる。

 その瞬間、全ての者が動きを止めていた。音もなかった。戦士達が剣を振り上げた格好で止まっていた。獣が吐き出した炎も、その瞬間で静止していた。噴き上げた砂煙の一粒一粒も、空中で止まっていた。
 ソフィーを狙った鎚も、その頭に直撃する間近で止まっていた。
 そして鎚の落下地点に、ソフィーの姿はなかった。

 ソフィーは全てが静止した空間の中を、たった1人で走っていた。
 完全なる静寂。音もなく、誰かの息づかいもなく、気配すらない。そんな中を、ソフィーは走る。この静寂の中では、自身の足音にも、吐き出す呼吸にも音はなかった。
 ソフィーはキール・ブリシュトの奥へ奥へと潜り込んでいった。オークの行方を求めた。その足跡を追うのは容易だった。オークの歩いた後には、凄まじい殺戮の痕が残されていた。ソフィーはそれを道しるべに、キール・ブリシュトの廊下を進んだ。
 ゆっくりと時は動き出そうとしていた。足音がソフィーを追いかけてくる。影が足下に浮かび始めている。魔人の目が、側を通り抜けるソフィーに気付いて、ぴくぴくと動いていた。
 早く! もっと早く!
 ソフィーはキール・ブリシュトの廊下を走った。闇の宮殿を奥へ奥へ。
 やがて禍々しい気配が行く手に現れた。静止した世界でもはっきりとわかる。悪魔の王だ。
 ソフィーは悪魔の居城に飛び込んでいった。階段を駆け上っていく。
 そこに、オークはいた。
 オークの全身はぼろぼろだった。鎧など朽ちてないに等しかった。今や膝を折り、無気力に頭上を仰いでいた。
 そのオークの頭上に、今まさに悪魔の王が足を振り上げていた。
 ――オーク様!
 声は出なかったけど、ソフィーは叫んだ。すぐに声が追いかけてくる。静止した瞬間が終わろうとしていた。
 ソフィーはオークに飛びついた。
 同時に、時が回り始めた。


 ドスン!
 悪魔の王が、床を踏み抜いた。建物全体が揺れて、悪魔の王はバランスを崩してそこに倒れかけた。
 その拍子に床が抜けた。凄まじい土煙を噴き上げて、巨体が階下へと落ちていく。
 オークは――オークは間一髪、その一撃を逃れていた。ソフィーともつれ合って、地面に転がっていた。幸いにも、オークとソフィーにいる場所は崩落から免れていた。

オーク
「……ソフィー?」

 オークは信じられないといった顔だった。

ソフィー
「オーク様……私……私、どこまでもあなたの側に……」
オーク
「…………」

 5日ぶりの再会に、ソフィーは愛する男の胸にすがりついた。
 だがそこは悪魔の根城であり、悪魔の御前だった。
 悪魔の王は、階下に落ちた怒りをぶちまけるように唸り声を上げた。階下に落ちたせいで、むしろ目の高さがちょうどオークとソフィーの2人と同じになっていた。

ソフィー
「オーク様、これを……」

 ソフィーはすっくと立ち上がると、持っていた剣をオークに差し出した。

オーク
「……まさか」
ソフィー
「エクスカリバーです。イーヴォール様が命をかけて修復しました」

 オークは剣を受け取り、鞘を払った。まさしくエクスカリバーだった。輝く刃に、朽ちた痕はなく、生み出されたばかりのように瑞々しい光に満ちていた。本来の主の手に戻り、エクスカリバーはますます力強く光を放つ。
 その恐るべき神の剣が目の前に現れ、悪魔の王は初めて怖じ気づくように引き下がった。

オーク
「しかし悪魔の王は名前が封じられています。名前がわからぬ者は斬れない。きっとこの剣の攻撃も……」
ソフィー
「いいえ。私がおります。私にはわかります。『真理』を持つ者の前ではどんなものでも姿を隠すことも、偽りを抱くことはできません」

 言いながら、ソフィーは悪魔の王の前に進んだ。
 悪魔の王は聖女が近付く度に、身の危険を感じるようにじりじりとさがった。唸る声にも力がない。
 全てが明かされる時だった。ソフィーは峻厳なる目で、偽りの影を見詰めた。

ソフィー
「闇の住者よ、偽りの衣を脱ぎ捨てて、真の姿を晒すがいい!
 ルシファー!

 悪魔の王を覆っていた闇が震えた。凄まじい光が溢れ、闇の衣が一瞬のうちに剥がれ落ちていった。天井が砕け、崩れ落ちた天井の向こうで、魔法のリングが凄まじい速度で回転しているのが見えた。その光の下で、悪魔の王=ルシファーは真の姿を現す。
 その姿は途方もなく巨大だった。圧倒的な肉の塊だった。頭にはいくつも悪魔を縫い付けたように、数十の頭が並んでいた。首には森林のような角が生えて、動く度に折り重なってざわざわと音を立てていた。口は何もかも飲み込むほど大きく引き裂かれている。恐ろしく巨大な足は、柱のように地面に落ちる。背中には、無数の翼が生えていた。
 ありとあらゆる異形の複合体。そう呼ぶしかない不快な姿だった。

オーク
「これが……悪魔の王の本当の姿」
ソフィー
「闇を葬る神の剣が我が手に。今や悪魔の王を守る者はありません。さあオーク様、戦ってください! 最後の戦いです!」
オーク
「うむ!」

 オークはエクスカリバーを身構えた。魔法の鞘が手負いのオークを瞬時に癒やし、神々しき剣がオークに新たな力が与えていた。
 オークが走った。ルシファーが唸りを上げた。巨大な体を揺らし、オークを踏みつけようとする。
 ソフィーは杖からいくつもの光を放った。光の粒が、ルシファーの前で弾ける。空間が真っ白に輝き、ルシファーが怯んだ。
 目標を失ったルシファーの体が、建物の壁を崩壊させる。オークはルシファーの巨体に飛び乗った。
 ルシファーはオークを篩い落とそうと身をよじらせた。だが頭上の魔法のリングが、その動きをとどめさせた。ソフィーの魔法が、悪魔の王の動きを封じる。
 それでも悪魔の王は動いた。後ろ足で立ち上がり、巨体を持ち上げた。オークは慌ててその体にしがみつく。
 ルシファーの巨体がゆらりと反転した。ずしんと落下する。衝撃が山脈全体に響く。瓦礫が水飛沫の如く刎ね飛んだ。
 オークは再び走った。ソフィーが魔法の光を放つ。ルシファーは再び立ち上がろうとしていた。
 そこに、一瞬の隙を見出していた。
 オークがルシファーの頭に飛びつく。その額に埋められた宝石の前に立った。エクスカリバーを振り上げる。
 神の剣が、ルシファーの額に深く突き刺さった。悪魔の王が悶絶の叫びを上げる。大きく身をよじらせた。
 オークがルシファーの頭から落ちた。数十メートル下の奈落へと転落する。ソフィーが飛び出した。オークを救い出そうと手を伸ばす。
 ――そして。

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■2016/08/08 (Mon)
第7章 Art Loss Register

前回を読む

32
 ツグミは「説明しなくちゃ」と思ったが、頭の中が興奮状態だった。それに話してしまうと、せっかく浮かんだ発見がするりと逃げてしまう気がした。
 ツグミとヒナは、木野が運転する車に乗って、病院を脱出した。まだ夜明け前で静かな道路を、法定速度ぎりぎりで滑走する。
 ツグミは、黙ってフロントガラスを眺め続けた。ツグミの気持ちは、妻鳥画廊にあった。これからするべき行動を、頭の中でシミュレートしていた。
 夜が明けたばかりの神戸の街は、人がいないみたいに静かだった。街は冷たい青一色から、徐々に色を取り戻しつつあった。
 木野の車が、妻鳥画廊にやってきた。ツグミとヒナは車を降りて、妻鳥画廊の中に飛び込んだ。
 妻鳥画廊の中に、人の気配はなかった。画廊にはまだ暗い影が残っていて、空気が冷たかった。
「ヒナお姉ちゃんは、ここでしばらく待ってて。木野さん、一緒に来てください」
 ツグミはヒナを画廊に待機させ、木野と一緒に2階に上がった。
 2階の物置の前までやって来る。ツグミはまず、南京錠を確認した。南京錠は破壊されていなかったし、細工もされていなかった。
 ツグミは南京錠の鍵を開けて、物置の引き戸を開けた。小さな窓しかない物置には、暗い影が落ちていた。
 ツグミは物置の照明を点けた。物置は夏の衣類や、思い出の品などで雑然としていた。
 すぐにファスナー・ケースが置かれている場所に目を向けた。ファスナー・ケースは、間違いなくツグミが置いた場所にあった。
 ツグミはファスナー・ケースの前に進んだ。ファスナー・ケースのチャックを開けて、ちらっと中を確認した。ちゃんとあった。確認ができて、ほっとした気分になった。
「木野さん、この絵を画廊に持っていって、イーゼルに掛けてください」
 ツグミは命令口調になって、ファスナー・ケースごと絵画を木野に手渡した。警察相手に失礼なのはわかっているけど、今は言葉を選んでいるのがもどかしかった。
 木野はファスナー・ケースを受け取って、階下に降りていった。
 ツグミは壁に掛けられたトートバッグを手にすると、雑然とした物置の奥へと進んだ。
 物置の奥の棚に、画材がずらりと並んでいる一角があった。ツグミはその中からいくつかの瓶を選んで、トートバッグの中に入れた。純粋アルコール。テレビン・オイル。酢酸エチル……。
 確かこれで合っていたはず。今は文献をひっくり返している暇はない。ツグミは物置の照明を消して、廊下に出た。
 ツグミは階段を降りていった。1階の廊下に入ったところで、用事を終えた木野が、画廊から顔を出した。
 ツグミは木野に補助してもらって、画廊まで急いだ。
 画廊に行くと、川村の絵がイーゼルに掛けられていた。川村の絵は、画廊の柔らかな照明に照らされて、1ヶ月前と変わらない輝きを放っていた。
 川村の絵を眺めていたヒナが、ツグミを振り返った。その一瞬見ただけで、絵の魔力に囚われかけていたツグミは、はっと我に返る。
 ツグミは円テーブルの前に進み、トートバッグの中に入れた薬品の瓶を、テーブルの上に並べた。
「ヒナお姉ちゃん、お願い」
 ツグミは感情のない声を努めて、ヒナを振り返った。
 ヒナは無言で頷いた。ヒナは並べられた薬品を見ただけで、全てを理解してくれたみたいだった。
「木野さん、台所からボウルとお椀、それから菜箸を持ってきてください。あとエプロンと、私の部屋からコットンを持って来て。急いでお願いします」
 ヒナは木野を指で差して、命令口調で指示を出した。ヒナの命令は、本当に遠慮がなかった。
 木野は大急ぎで、台所に飛び込んだ。ヒナは待っている間に、袖を捲り上げて、髪を束ねてポニー・テールにした。
 ツグミは椅子を円テーブルから少し遠ざけて、座った。作業に入ると、ツグミに手伝える仕事は何もない。ツグミは黙ってヒナの仕事を見守っていようと決めた。
 木野が台所から戻ってきた。テーブルの上に、家庭用のボウルとお椀、菜箸が並べられた。木野は再び画廊を出て、今度はバタバタと2階に上がっていった。
 ヒナは薬品の瓶を開けて、ボウルに注いだ。純粋アルコールが5。テレビン・オイルが3。酢酸エチルが1。
 ヒナは計量カップも使わず、迷いなくボウルに溶液を注ぎ込んだ。目分量だが、たぶん正確だ。次に、菜箸で溶液を掻き混ぜ始めた。
 ちょうどよく木野が画廊に戻ってきた。木野はエプロンと化粧道具を、ケースごと持って来ていた。
 ヒナはエプロンを受け取り、体に掛けて腰の後ろで紐を結んだ。化粧道具を受け取り、コットンだけを取り出し、テーブルの上に広げた。
 ヒナはボウルで作った溶液を、お椀に移した。菜箸でコットンを摘み、お椀の中に溶液を軽く浸した。
 木野は立ったまま、ヒナの作業を見守った。また指示を言いつけられるかも知れないから、座っていられないのだろう。
 ヒナは溶液を含ませたコットンを摘み、川村の絵を振り返った。コットンで、絵画の表面を緩くなぞる。
 キャンバスの絵具が、じわりと滲み始めた。コットンに絵具が吸い取られたのだ。
 ヒナは色の付いたコットンを床に捨て、真新しいコットンを菜箸で摘んだ。コットンに溶液を含ませて、絵画の表面を撫でる。
 川村の絵は、少しずつ溶け始めた。くっきりとしたディテールは、雨でも降ったみたいに、滴を垂らし始めた。

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■2016/08/07 (Sun)
第14章 最後の戦い

前回を読む

26
 流浪騎士団達は素晴らしい速力で草原を駆け抜けていった。その間、ソフィーは馬の上でしばしの休憩を取った。
 翌日の朝には魔の山脈に入り、霧深き山道を潜り込んでいった。奥に向かうほどに邪悪な気配は濃さを増してゆくが、それを手掛かりにして流浪騎士団は迷わず目的地に入り込んでいった。
 同じ日の午後に入りかけた頃、ついに一同はキール・ブリシュトの前に到着する。禍々しい建築群を前にした、未完成な道路の前で騎士団が足を止める。そこは歴戦の勇者達ですら浄化しきれない混沌が漂っていた。

ソフィー
「アレス。皆さん。――ありがとう」

 ソフィーは馬を下りた。
 ソフィーはたった1人でキール・ブリシュトへと歩を進めていく。騎士達はそこに漂うあまりにも深い邪悪さに、気遅れしてしまった。
 キール・ブリシュトに叫び声が木霊した。見ると、塔の一角に巨大な怪物が取り付いて、ソフィーを見ていた。叫び声に呼応するように、キール・ブリシュトのあちこちで声が木霊する。声に連鎖反応を起こすように、建物のあちこちからどどどと地面を踏み揺らす音が響いた。
 それはキール・ブリシュトの内部に潜伏するネフィリムや悪魔、それから魔性の住者たちの足音だった。キール・ブリシュトの門前に集まる騎士達に応じようと、魑魅魍魎の怪物たちが集結したのだ。キール・ブリシュトだけではなく、周囲の草をつけない山脈の岩壁にも、怪物の群れが姿を現した。
 想像を絶する魔族の軍団だった。目を向けたありとあらゆる場所に怪物が姿を現した。空中を向けると、ガーゴイルの群れが飛び交っていた。
 怪物の軍団がどれだけの規模なのか、もはやわからなかった。唖然とする光景に、騎士達は勇気を萎えさせ、心に恐怖の影を浮かび上がらせた。
 しかし、そんな大軍団を前にしながら、ソフィーは少しも恐れを抱いていなかった。たった1人で、おぞましき唸りと牙を剥き出しにする怪物の軍団の前で足を止めると、ゆっくりと、落ち着き払った様子で呪文の詠唱を始めた。
 ソフィーの杖の先に光が宿る。地面に魔法のリングが描かれる。まるで悪魔達に歌でも聴かせるように、静かに、朗々とした調子で呪文を詠唱した。
 ソフィーの後ろ姿はあまりにも美しかった。悪魔達に取り囲まれても、神々しき聖女の風格は失われず、むしろ高貴な純潔さが際立つように思えた。

アレス
「――かの乙女の背中を見よ。秘めた想いは炎のごとく。聖なる言葉や刃のごとく。魔性を挫く剣とならん。……我々も恐れを振り払おう。乙女を守る鎧となるために。乙女の強き刃となるために……」

 アレスは股肱の戦士達を振り返った。勇者達は槍を持つ手を震わせていた。

アレス
「――荒れ野を彷徨う戦士達よ、聞くがよい。我々は仕えるべき主を失った。目指すべき道しるべを失った。政治は腐敗し、人倫は乱れ、その結果が邪悪な畜生の跳梁跋扈を許してしまった。絶望だ。明日にも人は絶えるかも知れない。神聖さは穢されるかも知れない。邪悪な畜生が、世界中の全てを飲み込もうとしている。もはや、もっとも甘き逃避は“死”かも知れない。――しかし戦士達よ! 誇りを失うな! 絶望に負けるのは今日ではない。邪悪に飲み込まれるのは今日ではない。今日こそ戦士としての誇りを押し通す時だ。邪悪を挫き、乙女の純情を守る盾となれ! 己自身が固い槍となって、すべてを燃やし尽くせ! 栄光ある騎士達よ、今こそ奮い立て! 我らの力を、悪魔どもに魂に刻み込め! 流浪騎士団、最後の戦いだ!」

 騎士達が声を合わせた。今や騎士団の心に恐れはなかった。騎士団は勇猛なる士気で昂ぶっていた。

アレス
「進め!」

 合図とともに、騎士達が一斉に駆け出した。
 戦いが始まった。騎士達は、1人1人が情熱の矢となって魔物に飛びかかった。その凄まじい煌めきに、魔性の住人たちは恐れを浮かばせた。魔物達は勢いの凄まじさに足並みを乱し、戦士達はそこになだれ込んでいった。
 かつてない激しいぶつかり合いとなった。聖なる刃と、邪悪な牙がぶつかり合った。戦士達は1人1人が恐るべき剣術の使い手で、魔の雑兵を次々と斬り伏せていった。
 邪悪な戦士達は、最初の一撃にこそ怯んだものの、圧倒的な軍勢が彼らの武器だった。怪物たちは騎士団を取り囲み、毒のある爪で引っ掻き、恐るべき鎚を叩き落とした。戦場に優劣の差はなくなり、混沌はどこまでも深く、途方もなく広がっていった。
 戦士達は戦闘の狂騒に飛び込みながらも、その身に宿る高潔さを見失わなかった。騎士道の精神を固く守り、悪魔の軍団に立ち向かい、乙女を守った。
 そんな狂騒の渦の中心にありながら、ソフィーは長い長い呪文を詠唱し続けた。混沌の最中にも関わらず、ソフィーは身に帯びた純潔を失わず、呪文を一語一語刻み込むように詠唱していた。
 戦場に、魔法のリングがいくつも作り出されていた。魔法のリングはあたかもキール・ブリシュト全体を取り囲むように刻まれていく。草をつけない荒れた地面に刻みつけるように光のリングが描かれる。魔法の光が戦場を駆け巡り、それは空中に幾層ものリングを描き込んだ。
 空間全体がかすかに揺れるのを、誰もが感じていた。肌にひりひりと来る何かが感じられた。強烈な風が、山脈全体を取り囲み、とてつもない何かが起きようという予感をさせた。
 魔物達は、その中心にいるのがソフィーだと察したらしく、その矛先を変えた。騎士団を無視して、ソフィーを始末しようと殺到した。
 流浪騎士団達は、ソフィーを守ろうと、自ら盾となって魔物の行く手を阻んだ。
 しかし魔の者共の勢いは凄まじかった。澎湃と迫ってくる攻撃の連打に、防壁は打ち破られ、邪悪なる刃はじわじわと聖女に近付いた。黒き刃がソフィーのローブを刻み、美しき肌を裂いた。
 それでも、ソフィーは呪文の詠唱を一瞬でも止めなかった。その集中力は深く、呪文は淀みなく行われた。
 やがて山脈全体に乙女の歌声が響き渡った。大地にルーンが刻まれた。キール・ブリシュトの頭上に巨大なリングが現れた。空に群がるガーゴイルが、そのリングの放つ光に触れて、次々と落とされていった。
 いよいよ魔術が発動しそうな予感が広まった。地面が低く唸り、烈風が取り巻いた。凄まじい風の力に、ソフィーのローブが剥ぎ飛んだ。ソフィーの目が輝くように煌めき、声に燃え上がるような熱がこもった。呪文が山脈全体を揺らしていた。
 悪魔達の攻撃はより苛烈さを極めた。ソフィーを押し留めんと、大軍勢が一度に迫った。戦士達はたった50騎とは思えない獅子奮迅の働きをしてみせた。聖女に一歩も近付けさせまいと戦った。かつてない力が腕に宿り、剣が走り、邪悪なる者を切り刻んだ。騎士団の数は少しずつ減っていったが、その勇気は誰にも挫けなかった。
 間もなく、魔法のリングがソフィーを中心にいくつも折り重なった。リングはじわじわと速度を早めていく。今こそ呪文が完成する時だった。
 しかしその時、巨人が騎士団の防壁を突破した。

アレス
「ソフィー殿!」

 アレスが叫ぶ。
 アレスは方向を変えようとした。だがネフィリムが遮った。
 巨人はまっすぐソフィーを目指して走る。持っていた鎚を振り上げた。
 戦士達がソフィーを振り返った。誰もソフィーの側に行けなかった。
 巨人の鎚がソフィーに迫る。もはや間に合わない。
 その時だ――。

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■2016/08/06 (Sat)
第7章 Art Loss Register

前回を読む

31
 病室に沈黙が訪れた。重い雰囲気だった。
「……それにしても、残念ですよね。せっかく見付けた『合奏』だったのに、あんなふうになってしまったなんて」
 木野が呟くように口にした。場の雰囲気に耐えかねて、無理に話題を変えようとした感じだった。
 ツグミは首を木野に戻した。木野の表情を見て、「ああ、そうか」とようやく思い出した。
「あの『合奏』は贋作ですよ」
 ツグミはあまり関心を払わず、淡々と報告した。
 木野が「へぇ」と声を漏らしかけて、それからびっくりした感じで身を乗り出した。
「本当ですか! じゃあ、本物はいったい……」
 ツグミは、ゆるく首を振った。
「わからないです。あそこにあった6枚は、6枚とも贋作です。だから私もはじめ、混乱したんです。「この中に本物がある」って言われましたから。でも冷静になってじっと見詰めていると、全部贋作だと気付きました。全て川村さんの模写です」
 ツグミは言葉に感情がこもらなかった。まだ、気持ちは別のところにあった。
 ツグミ自身、本物の『合奏』がどこにあるのか、見当も付かなかった。最初から本物なんてなかったのだ、とさえ考えていた。
 何もかも、川村が仕組んだ事件だった。廃墟でのあのやりとりは、川村が演出したものだった。宮川はものの見事に川村に踊らされていただけだったのだ。
 宮川は、きっと最後まで自分が演出家だと思っていただろう。しかし川村の才能の前では、宮川などただの狂言回しに過ぎない。ツグミは、最後の最後で川村の演出意図に気付いて、進んで自分の役柄を演じた。
 すなわち、あそこにある1枚を、「本物だ」と言って指を差すこと。それが川村がツグミに期待した役割だった。
 木野はそれ以上の質問をしなかった。多分、木野は混乱しているのだろう。木野にしてみれば、川村は存在自体が怪しいわけだし、川村が仕組んだ舞台なんて、まるで理解できないだろう。
 ツグミはもう一度、窓の外に目を向けた。ちょうど朝日が、登り始めた頃だった。赤い光がビル群の背後に浮かんだ。
 神戸の街は、急速に色彩を取り戻し始めていた。真っ黒だった建物が、細かなディテールを浮かべ始める。
 ツグミは、闇が太陽の光に剥がれ落ちていくように見えた。唐突に、ツグミの脳裏に、デューラーの板画が浮かんだ。新山寺で聞いた、川村の言葉が頭の中で反響した。贋作の下に、真画が現れる映像が現れた。
 ……そうか。そうだったんだ。
「木野さん! 今すぐ、私の家まで連れて行ってください!」
 ツグミは飛び上がりたい気持ちで、木野を振り返った。知らないうちに、木野の手を強く掴んでしまっていた。
「な、なぜですか」
 木野は困惑したみたいな顔をした。
 木野の困惑は当然だ。ツグミは頭の中に色んなものが噴き上がっていて、うまく整理して説明できそうになかった。
「とにかく、連れて行ってください。『合奏』の本物がどこにあるのか、やっと今わかったんです!」
 ツグミは回りの迷惑を考えず、大声で捲し立てた。木野もこわばった顔のまま、理解して頷いた。
 ツグミはベッドの脇に置かれた杖を手に取った。木野に補助してもらって、ベッドから降りた。
「ヒナお姉ちゃんも一緒に来て。私じゃできないから」
「うん。わかった」
 ヒナは了解すると、すぐにベッドから降りてくれた。

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