第4話『裕人さんのにおい…』

綾瀬裕人の家に、乃木坂親子とメイド隊一同が集っていた。リビングは華やかに飾り付けられ、低いソファテーブルにケーキと七面鳥が並べられていた。
「みんな、準備はいい? それでは乃木

坂家アーンド綾瀬家の合同クリスマスパーティを始めちゃいまーす! メリークリスマース!」
乃木坂美夏が元気よくシャンパンを入れたグラスを掲げた。
「メリークリスマース!」
リビングにいる全員がグラスを掲げて声を合わせた。

「さあさあ、どんどん食べてくださいね」
七城那波が皿にフライドチキンを乗せて裕人に差し出した。
「酒池肉林です」
桜坂葉月が皿にケーキを乗せて、裕人に差し出す。その右隣で、
アリスが皿に菓子を乗せて、こくこくと頷いていた。

「ゆ、裕人さんの分は私がお取り分けしますね」
乃木坂春香は慌ててメイドたちを留めて、皿とナイフを手にした。
「フンッ。なぜ私がこんなところに来なければならんのだ」
春香の父、
乃木坂玄冬が不機嫌そうに愚痴をもらした。スーツ姿サングラスで、何となく居心地悪そうに胡坐をかいていた。

「あらあら、いいじゃありませんか。イヴの夜に、そんな顔をなさらないで。ねえ」
秋穂が微笑みを称えて、夫を嗜めた。
裕人は春香が七面鳥の肉を切り分けている姿を見守った。その目が薄く霞み始める。裕人は眼鏡を跳ね上げて目をこすった。

「裕人さん。あの、どうぞです」
春香が遠慮がちな微笑を浮かべて裕人に皿を差し出した。
「ああ、サンキュ。うん、うまい。ん? なんか顔に付いてる?」
裕人は皿を受け取り、肉を口に入れて味を確かめた。ふと、春香がじっと自分を見詰めているのに気付いた。

振り向くと、春香がぽっと頬を赤くして目を逸らした。
「あ、いえ。そういうわけじゃないんです。ただ、こういうのっていいなって思って……」
と春香は顔を上げて、裕人に微笑みかけた。
騒がしく続いていたカラオケの曲が変わったようだ。キッチンを振り向

くと、美夏とメイド三人がマイクを手に唄を歌っていた。
「公的なパーティや儀礼的なレセプションはあったんですけど、こんなふうに皆と一緒のクリスマスパーティなんて初めてで……。だから本当に楽しいです」
春香は言葉通りに楽しげに笑っていた。

「そっか。じゃあ、今日は満喫しないとな」
「はい」
裕人と春香は、近い距離で見詰めあい、微笑みあった。
すると、いきなり美香が2人の間に割って入ってきた。
「また2人だけで楽しんでる。んもぅ。お姉ちゃんだけが独占するなん

てずるいよ。えい!」
美夏は遠慮なく裕人の膝の上に乗った。
「おい」
裕人が驚いてのけぞる。
「美夏!」

春香は少し怒った声を上げた。
「の、乃木坂家の次女とあろう者が、人前でそのような破廉恥なことを! だいたい膝に座りたいのなら、この私が!」
玄冬が逆上した声をあげて、自分の膝を叩いた。
「え~、やだよ! お父さんのはごつごつして座り心地よくなさそうなんだもん。お兄さんのほうがいい!」
美夏は父親にぷいんっとそっぽ向き、裕人に頬ずりをした。
しばらくして、玄冬と秋穂の2人は裕人の家を後にした。

「それでは私たちは先に失礼させていただきますわ」
秋穂が車の窓から裕人に会釈した。
「狭っ苦しいところですみませんでした」
「いえいえ。とっても楽しかったですよ。それに、なによりあの子たちがとても嬉しそうでしたから。裕人さん、これからもあの子たちのこと、よろしくお願いしますね。あの子たちは本当に裕人さんのことが大好きみたいで、だから、できる範囲でそれに応えてやってくださいませんか。あ、そうそう。もちろん、私も裕人さんのことは大好きですからね」
秋穂は微笑みで裕人に別れを告げた。

乃木坂の両親が去って、家の中は子供たちだけになった。裕人はみんなにジュースを注ごうとしたが、ふらりと気を失ってしまった。
春香たちはすぐに裕人を自室のベッドへと運んだ。
「よかった。裕人さん、無事で……」
裕人が目を覚ますと、側に春香の顔があった。今にも頬に零れ落ち

そうな涙を目に溜めていた。
「もう、人騒がせなんだから。揺すって叩いてもくすぐってもぜんぜん起きないんだもん。ここまで運ぶの大変だったんだよ」
美夏の顔は真っ赤で、頬に涙の跡がくっきりと残っていた。それでも強気な言葉を並べていた。

「そうか、すまん」
裕人は美香の気持ちを察して、謝った。
「美夏様はこうおっしゃってますけど、先ほどまで大変だったんですよぉ。『お兄ちゃんが死んじゃった! やだよぉ、帰ってきて!』って大泣きして」

七城がおどけて美香の真似をしてみせた。
「な、那波さん! う、嘘だからね。わた、私は泣いたりしてないんだから!」
美夏は慌てて否定しようとする。
「ツン切れです」
葉月が低い声で突っ込みを入れる。
「違うったら!」
美夏は駄々っ子のように腕を足を振り上げた。

裕人に部屋に、もう一人のメイドが駆けつけていた。乃木坂家メイド隊序列5位、医療担当の
雪野原鞠愛だ。鞠愛の診察によれば裕人は過労。栄養補給のブドウ糖を注射したが、今日は一日安静にするべきだろう、という診断だった。
というわけで、綾瀬家でのパーティーはこれでお開き。春香を残して一同は帰ることとなった。

裕人は大人しくベッドで眠った。寝返りうつ。春香がむき出しになった肩に布団をかけようとした。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか」
春香が囁くような声をかけた。
目を開けた裕人の前に、春香の胸が間近に現れた。

「い、いや……」
顔の側で、春香の胸がゆれ弾む。裕人は、自分の体温が一気に上昇するのを感じた。
「困ったことがあったら、何でも言ってくださいね。ああ。なんだか顔が赤いですね。熱があるんじゃないですか」
春香は椅子に戻り、裕人の顔が赤くなっているのに気付いた。
「い、いや、これは……」

裕人は恥ずかしくなって否定しようとした。
「お熱測りますね」
春香はまた側に顔を近付け、裕人の前髪を掻き揚げた。さらに顔を寄せる。
「春香、何を!」

裕人はベッドの端に逃げてしまった。
「殿方のお熱を測るときには、おでこで測るようにと、これに」
と春香は、一冊の手書きの本を引っ張り出した。『美夏ちゃんぷれぜんつ・看病ガイドライン』。
美夏……。

裕人は呆れて言葉にも出せなかった。
「そういうわけですので、失礼します」
春香がベッドの上にあがり、裕人の側に近付いた。裕人は追い詰められた小猿のようにそこにとどまった。春香が手を伸ばし、裕人の前髪を掻き揚げる。躊躇なく、額と額を合わせた。

裕人は目を開けたまま、間近に迫った春香の顔を観察した。鼻が触れ合い、春香の呼吸を唇に感じた。胸の鼓動が早くなっているのが伝わってしまいそうだった。
「なんだかお熱が上がってきているような……。こういうときは……」
春香は体を引っ込めて、本を手に取った。その顔は、いたって真剣だった。
裕人は布団の中に戻り、おちつけ、おちつけ、と自分に言い聞かせた。

春香が布団の中に入ってきた。
「春香?」
落ち着きかけた心が、再び動揺で掻き乱された。
「熱を下げるには、人肌で暖めて、汗を一杯かくのが一番らしいので」
春香は裕人の腕に絡みつき、大きく発達した胸を押し付け、さらに脚を絡ませてきた。裕人は緊張で息が詰まるのを感じた。眼鏡が白く曇り始める。
「……ああ、裕人さんの臭いって……。どこか懐かしい感じがして、とても落ち着きます」
春香が心地良さそうに呟き、その肩に顔をうずめた。
「充電です」
春香は呼吸を裕人の胸に押し付けた。
裕人の胸はドクドクと太鼓を叩くように振動し始めた。理性と衝動が体内で激しく葛藤した。結局、衝動と欲望が交じり合って針を振り切った。
「春香!」
裕人は布団を跳ね上げて、春香に被さろうとした。
が、水を差すように、裕人の腹が鳴った。
「お腹すいているんですね。わかりました。何か作ってきます」
春香は何かを勘違いしたように、軽く笑ってベッドから出て行った。

しばらくして、春香はトレーに卵粥を載せて戻ってきた。粥を蓮華ですくい、息をふうふう掛けて裕人の口に運ぶ。
やがて食事が終った
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」

春香は空になった器をトレーに載せて、立ち上がった。振り向こうとしたとき、足元に放り出していた雑誌を踏んでしまった。春香はバランスを崩してつんのめってしまう。とっさに裕人は春香の腕を掴んだ。しかし裕人は春香を引き戻せなかった。引っ張られるように、一緒に床に転んでしまった。

裕人は春香に被さるように四つん這いになっていた。春香は仰向けになって自分を見ていた。春香のスカートがまくれ、純白のパンティが見えていた。サンタ衣装もずり落ちて、右肩をむき出しにして窮屈そうにブラに押し込まれた胸が露出していた。
裕人は緊張に固まって、いつもは隠されている春香の秘密と、その

顔を見た。春香の顔は緊張で強張り、瞳がうるうると揺れていた。頬を赤く染めている。
ふと、春香が目を閉じた。僅かに唇を開き、裕人を誘った。
裕人は躊躇いつつも、春香に唇を近づけた。春香の体臭を間近に感じた。不規則に乱れる春香の呼吸を、自分の唇に感じた。唇に、春

香の唇がほんのり湿っているのを感じた。
突然、携帯電話が鳴った。
裕人は我に引き戻され、携帯電話を取った。
「あ、お兄さん。言い忘れてたけど、二人きりだからって、変なことしちゃ駄目だよ。あ、もしかして真っ最中だったりして……」

「…………」
電話の向うで、美香がにやにやと笑っていた。
春香の献身的な看病はその後も続いた。夜も更けた頃になって、春香はちょっと裕人の部屋を後にした。すぐに戻ってきて、裕人の部屋

を暗くした。
「どうぞこちらへ。行きますわよ。メリークリスマス」
春香は閉じたままになっていたブラインドを引き上げた。
庭が電飾で明るく煌いていた。
「これ、春香が?」

「はい。お部屋からでもクリスマス気分を少しでも味わえたらと思って、雰囲気でますでしょうか」
春香が少しうつむき、はにかむように頬を赤くした。
「ああ、ありがとうな」
それから2人は互いのプレゼントを交換した。

春香のプレゼントはアルファベットのYをデザインした首飾りだった。
裕人のプレゼントは箱に収められた指輪――クレールトゥリュヌ、月の光だった。
「ありがとうございます。宝物にしますね。あの、付けてみてもいいですか?」

春香が感激に目を潤ませて、裕人を見上げた。
「ああ、もちろん」
裕人が微笑んで頷く。
「でも、その、できれば裕人さんに付けていただけると嬉しいです。あ、私、何を言っているんでしょう。す、すみません」

春香は恥ずかしげに希望を伝えた。
「いや、いいよ」
裕人は指輪を手に取り、膝をついた。春香の左掌を取り、その薬指に指輪を通した。
「メリークリスマス、お姫様」

「はい。メリークリスマス」
2人は親密に見詰め合った。
そのとき、窓の外にちらちらと白いものが漂い始めた。雪だ。裕人は立ち上がり、春香と雪を眺めた。
「綺麗。まるで空からの贈り物です」

「ああ。クリスマスツリーに雪、そして満天の星空。最高だな」
裕人は同意して頷いた。が、そこまで言葉を並べて、おや? と気付いた。
星空に雪?
裕人はすぐに意味を理解して、一人で微笑んだ。
春香が裕人の肩に体を預けた。裕人は春香の肩に手を置いた。春香が裕人の掌に、自分の掌を重ねた。そうして、いつまでも雪の降る夜を見つめていた。
前回 第3話『あっ、痛……』を読む
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作品データ
監督:名和宗則 原作:五十嵐雄策
キャラクター原案:しゃあ キャラクターデザイン:石野聡
シリーズ構成・脚本:玉井☆豪 総作画監督:石野聡 浜津武広 石川雅一
カラーコーディネート:海鋒重信 美術監督:春日礼児
撮影監督:中西康祐 編集:小島俊彦
音響監督:岩浪美和 音楽:渡辺剛
アニメーション制作:ディオメディア
出演:能登麻美子 羽多野渉 後藤麻衣 佐藤利奈
〇 清水香里 植田佳奈 松来未祐 生天目仁美
〇 釘宮理恵 高木礼子 宮下栄治 大須賀純
〇 安元洋貴 立木文彦 久川綾
★★★★(素晴らしい) ★★★☆(すごい) ★★☆☆(とても良い) ★☆☆☆(良い)
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乃木坂春香の秘密 ぴゅあれっつぁ♪ #4
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