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■2016/08/14 (Sun)
第8章 帰還

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 ツグミはベンチに座り、うっとりと風と太陽に身を任せた。せっかくの豪華客船の旅だから、お嬢様気分を味わいたかったが、風は少し強かった。冷気が全身を過ぎ去って行く。でもここで身を小さくして震えていたらお嬢様っぽくないと思って、ツグミは我慢をした。
 間もなくして、コルリが戻ってきた。紙コップを2つ手にしている。コルリは紙コップの一方をツグミに渡して、隣に座った。コーヒーだった。
 ツグミは紙コップを両手で持って、ぬくもりを得ようと思った。暖かな湯気を顔に浴びる。コーヒーのアロマが、くつろいだ気持ちにさせてくれるような気がした。
 ツグミはコーヒーを一口飲む。甘口だった。砂糖やミルク、クリームが目一杯投入された味だった。甘い香りが喉を通っていく感じがして、ツグミは満足だった。
 ふとコルリを見る。コルリは肘をベンチの背に引っ掛けて、静かに紙コップを傾けている。やっぱりコーヒーのようだった。
「ルリお姉ちゃん。交換しようか」
 何気ない気持ちで、ツグミは提案した。
「え? でもこれ、苦いで」
 コルリは軽く意外そうな顔をした。
「でもそっちが飲みたいの。ね」
 ツグミは自分の紙コップを差し出した。
 コルリは「うん」と小さく頷いて、交換に応じた。
 ツグミは、飲む前に少しコーヒーを眺めた。真っ黒だった。何もかもを飲み込む、純粋な黒だった。
 ツグミはちょっと恐いような気持ちで、慎重に紙コップを口に運んだ。コーヒーをすっと口の中に入れる。
 苦みが口全体に広がった。一瞬「うっ」と来るような苦みだったけど、その次に喉許をすっと過ぎていく感じがして、それが何とも言えない心地よさがあった。
 もう一度、コクコクと飲んでみる。苦い。でも癖になりそう。香りが心地よく感じて、そのうちにも苦みが気にならなくなり、ツグミはコーヒーがもっと欲しいような気持ちになった。
 すっかり飲み干してしまって、「ふぅー」と溜め息のような恍惚の息を長く吐く。
 それから、ツグミはコルリを振り返って、微笑みかけようとした。するとそこにあったのは、コルリの顔ではなくEOSのレンズだった。
「なんで撮っとん?」
 ツグミはびっくりした顔を浮かべた。コルリは油断なくシャッターを切る。
「いいから、いいから。そのまま、水平線を見詰めて。雰囲気を出して」
 コルリは注文を出しながら、次々とシャッターを切った。
 ツグミは言われたとおり、水平線を眺めた。写真のモデルは慣れっこだから、すぐに集中できた。
 太平洋の風は、少し強いくらいだった。ツグミの頬に風が当たる。ツグミは何度も髪を直した。
 ツグミは、自分の考えに沈んだ。思えば、色んな事件があった。父の事件と、川村の事件……。色んなものを巻き込んで、色んな人がいなくなってしまった。ボストンに到着すると、事件の全てが終わる。そう思うと、感慨深いものがあった。

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目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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