忍者ブログ

89c79c73.png
■ コンテンツ ■

ad17d9bc.png 2f3a1677.png c1a81a80.png 9452a147.png 5350f79a.png 01b9b1e8.png 29aa8305.png d5525adf.png 0e6a6cf4.png b76ca7e7.png fea5d7ae.png
■ Twitter ■

■ ブログランキング

にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
■ ショップ

DMM.com DVD通販、レンタルなどの総合サイト
■2017/08/19 (Sat)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [1]  [2]  [3]  [4]  [5]  ■


■2010/11/22 (Mon)
絶望先生23集追加娯楽というものは、生活にとってまったくの無意味なものであるが、その時代の文化・性格を克明に写し取ろうとする。その時代にどんな道具があったのか、どんな考え方が流行したのか。例え過去の時代・事件・事象を題材にした作品であっても、作品にもっとも強く現れるのは、それが描かれた時代の精神である。エンターティメントは本当の過去を描けないのである。
漫画は最先端をひた走るメディアであり、読み手はほんの一週、最近ではほんの数時間前の流行ですら避ける傾向があるが、ふと過去の作品を手に取ると興味深い発見をいくつも見つける。
という書き出しから始めるのは、最近『サザエさん』の第1巻を読んだからだ。『サザエさん』の連載が始まったのはまさに戦時中の頃。読んでみると4コマ漫画に込められた笑い以上に、その時代にありがちだったらしいやりとりや暮らしのほうがはるかに興味深く思えた。もちろん、その時代の笑いの作り方や方向性など、読む人によっていくつも発見のある作品になっているだろう。
もっとも、学問の世界では「漫画など無価値な子供の遊戯に過ぎない」と切り捨てているが(人材育成、という側面で取り上げている教育機関は多少あるものの、歴史研究、風俗研究という側面で漫画を取り上げている例は聞いたことがない。もっともこの国の社会学は、「最近は~」と現在形のある一面だけに捉われ、時代をもっと広い範囲で敷衍して語ることができないのだが)。これも最先端を宿命付けられたメディアであるからだろう。
同時代の性格や事件を、誇張や笑いを込めながらも貪欲に取り入れていく『さよなら絶望先生』。この作品は、数十年後の読者にどんな感慨や感心を与えるのだろう。
今回の表紙を飾るのは木津千里だ。艶やかな和装姿・ブーツに武骨なスコップを手に身構える。いつもの千里で安心する。ちなみに今集から、木津千里はヘアバンドを身につけたスタイルで登場する。

前巻までのあらすじ
日本には、あまりに考え方の違う人が多すぎて、いつも揉め事ばかり。そこで私、思いついちゃったわけ。日本をきっちり真っ二つに真ん中で、赤組と緑組に分けて壁を築いちゃえってね。上下に分けるか、左右に分けるか悩んだ末、壁が短くすむ上下に分けたの。これでもう、揉め事もなく安心と思ったのも束の間。赤組の人たちが壁を越えて、緑組にしてくれって言うの。私、頭にきてパージしちゃった。


221話 さまよえるミランダ人
絶望先生23集A (1)ある朝、糸色望は教壇に現れ、前置きもなくこう宣言を始めた。
「えー、あなた方には授業を聞かない権利があります。あなた方の発言は成績で不利な材料として用いられることがあります。あなた方は授業参観で保護者の立会いを求める権利がある」
それは『ミランダ警告」(Wikipedia:ミランダ警告)である。
アメリカの警察が被疑者を逮捕するときに、「あなたには黙秘権がある」と宣言するアレである。日本の警察にはそんな宣言は必要ないらしい。
が、ここ最近、あらゆる場面で犯罪を犯していないのにも関わらず、ミランダ警告が必要になる場合が多々ある。
例えば――。
あなたはこの漫画を読み飛ばす権利がある。
あなたの感想は作者に不利な証拠として用いられることがある。
あなたは他の読者と批評を交わす権利がある。
もし友人がいなければ、ネットで意見を求める権利がある。
等である。もちろん、あなたはこのブログを読み飛ばす権利もある。そうあらかじめ断っておかないと、後でどんな文句をつけられるのかわかったものではない。この頃はマニュアルで提示していない使い方をして、それでトラブルにあった消費者が、製造元にクレームをつける理不尽な事件が頻発している。予防策として『ミランダ警告』が必要なのである。
とここで、愛の告白をしようとする男子学生がいる――。
「あなたには交際を拒否する権利がある。あなたの曖昧な返答は告白者に有利に解釈されることがある。あなたはクラスの第三者の立会いを求める権利がある。もし立会人に依頼する勇気がなければ、公選立会人を付けてもらう権利がある。付き合ってください!」

222話 幸いなるかな心貧しき土地
絶望先生23集A (2)何となく宿直室の廊下が騒がしい。なんだろうと目を覚まし眼鏡を掛けてみると、そこにはずらりと行列。
「これは何事です!」
動揺する糸色望。行列の中には2のへ組生徒である日塔奈美も混じっていた。
「パワースポットですよ」
日塔奈美の説明によると、校舎裏の古井戸が日本有数のパワースポットであると紹介されたために、ぞろぞろとできあがった行列が校舎内の宿直室を横断してしまったのである。
ぶちぶち文句を垂れ流しつつも、せっかくだからと行列に加わる糸色望。しかし、行列はちっとも前に進まない。そのうちにも苛立ちを募らせた行列の中から、不満の声が吹き上がり始める。行列に殺伐とした気色が漂い始めていた。
パワースポットに集る人々――それは逆に言えばプワースポットである。何せパワースポットは運のない“運タカリ”が幸運を求めて集ってくる場所。裏を返せば不運の溜り場こそがパワースポットなのである。
そんなプワースポットは、日常の色んな場所にある。「やたら車中泊の多い休日1000円の高速のPA」「明らかにバイト内にイジメがある牛丼屋」「パチンコ店」等々。糸色望は妹の糸色倫に誘われて、街中のプワースポットを巡ることになる……。

223話 摘むや摘まざるや
絶望先生23集A (3)新茶の季節がやってきた。2のへ組生徒たちが和装に手甲という格好で、茶畑に集ってくる。
とそんな場所に糸色望がやってきて、いつもの余計な呼びかけをする。
「茶なぞ摘んでいる場合ですか! 芽を摘んでおかないと!」
世の中には早いうちに摘んでおくべきものがたくさんある。犯罪の芽とか、病気の芽、あるいは新人作家の才能の芽とか。放置しておくと後々危険な結果をもたらすものが多くある。
しかし、「芽」はどうやって観察し、どうやって摘むべきなのだろうか。
「うーん、万引きとか?」
日塔奈美が考えながら皆に意見を求める。
「万引きはもう犯罪でしょ」
小節あびるが淡白に言い返す。
「じゃあ『嘘つき』だ。嘘はドロボーの始まりっていうでしょ?」
「嘘くらい誰でもつくでしょう」
思いついた、といように声を上げるが、やっぱり小節あびるがさらっと切り捨てる。
「いや、程度の問題で、小さな嘘ではなく、でっかい嘘だ。「地球は俺のものだ」とか」
「それはもう夢だから」
「じゃあ、悪質な嘘だ。息子だと偽って老人に電話を掛けてお金を振り込ませる……」
「だからそれはもう犯罪だって。犯罪の芽とは言えないわ」
議論は続くがそもそも『犯罪の芽』すら誰も定義できない。もやもやとしながら議論が続く中、風浦可符香がこれだというマニュアルを持ち出してくる。それは『罪のめばえ』と書かれた本であった。

224話 その神は今生まれたばかりだといふ事は一目で解った
絶望先生23集A (4)強い雨音が街を包んでいた。車道を走る車が、汚水を跳ね上げている。跳ね上げた汚水が霧となって散り、街は沈んだ灰色に溶け込んでいた。
音羽2丁目の路面電車のプラットホームに、2人の少女がそれぞれの方向を向いて立っていた。日塔奈美と、加賀愛の2人だ。2人は背を向け合って立っているが、どちらも降り続ける雨を気にするように前方の風景を見ている。雨具の用意もなく、どうやってこの雨を切り抜けようか、そう考えているふうだった。
そんなプラットホームに、糸色望が現れる。手許にはちょうど2人分の番傘。望は2人に番傘を広げて差し出す。
加賀愛はこう思った。
「私のような者に傘を貸し与えてくれるなんて……。この人は神様かもしれない」
一方、日塔奈美はこう思った。
「何も言わないで私に傘を差し出すなんて……。私は神様かもしれない」
同じ行為に対して、正反対の2つの意見。これを「犬と猫の見解の違い」と言う。
犬「何もしなくても僕にエサをくれるなんて……。この人は神様かもしれない」
猫「何もしなくても僕にエサをくれるなんて……。僕は神様かもしれない」
これは犬や猫に限った事例ではなく、人間の場合でもしばしば起きる。
「僕のような者が描いた漫画を買ってくれるなんて、読者は神様かもしれない」
「俺がテキトーに描いた萌漫画を皆が喜ぶなんて、俺は神様かもしれない」
というより、人間の場合は後者の事例が圧倒的多数である。そしてその勘違いは、なかなか当人に自覚されないものである。
自分は神様だというおめでたい考えに捉われた日塔奈美は、自分の身に降りかかってくるあらゆる幸運不運を、ことごとく「自分は神様である」という考えの根拠にしていく……。

225話 清兵衛が瓢箪で瓢箪が清兵衛
絶望先生23集A (5)衣替えの季節。生徒の制服が長袖から、涼しげな半袖に変わる。そんな様子を見て、糸色望が深刻そうに考える。
「冬服から夏服になった、というのはわかるのですが……。木津さん、あなたは本当に木津さんですか?」
木津千里である。それは見れば明らかである。
しかし糸色望はこう考える。見た目は間違いなく本人だが、実は中身は別人で入れ替わっているのかもしれない……。衣替えの季節、摩り替わったのは『衣』だけではなく、『中身』までも替わっているのではないだろうか。
これを心理学の分野では『カプグラ症状』(Wikipedia:カプグラ症候群)あるいは『ソジーの錯覚』と言う。「少々お疲れなんじゃありませんか」と新井智恵先生に諭され、糸色望は帰宅しようとする。
しかし、お疲れの糸色望は、街中のあらゆるものを目にしては「中身が摩り替わっているのでは」と疑いをかけていく。
こないだまでカレー屋だった店が外観そのままに定食屋に変わっている!
某探偵アニメを見ると、キャラクターそのままに声優(中身)が変わっている!
デスノートの中身が文学作品に変わっている!
電気店(サトームセン?)の経営陣が、中国資本に入れ替わっている!
そのうちにも日本国のあらゆるものが得体の知れない何かにすりかわっていくのかも知れない。恐怖を感じた糸色望は、衝動的に日本から脱出しようと試みる……。

226話 花ムコ村と貴族たち
絶望先生23集A (6)下校途中、2のへ組生徒たちは教会の前で結婚式の風景を目にする。
「いいなあ。6月の花嫁は幸福になれるから」
木津千里がうっとりと頬を赤くしながら、幸福そうに寄りそう新郎新婦を見詰めていた。
そこに、やはり糸色望が余計な一言を口にする。
「ということは、6月の花婿は不幸になるということですか!」
花嫁にとっての幸福な夫婦生活といえば――、「マイホーム」「ママ友だちと豪華なランチ」「高価な服」などである。そんな生活を実現させようとしたら、誰かが一生懸命に働き、支えなければならない。重いローンに切り詰められた日々の小遣い、豪奢な生活に潤っていく妻と反比例してみすぼらしくなっていく夫……。
幸福な夫婦生活の象徴であるジューンブライド。その実体は、明らかな不平等条約なのである。
「6月の花婿がかわいそう!」
と同情するのは大草麻奈美。「6月の花婿を解放してあげたい」そう考えた大草は、6月の花婿を次々と誘拐し、自分で養おうとする。そんなかいがいしい大草の姿に、6月の花婿たちは感動して涙を浮かべる……。
しかし、借金まみれの大草のどこに6月の花婿たちを養う財力があったのか。どこかにきっと資金源――黒幕がいるに違いない!
そう考える一同の前に、ある男がふらりと現れる。その名も、『独身貴族』――。

227話 切れろ切れろはしっぽの人にいう言葉
絶望先生23集A (7)切り取られたトカゲの尻尾……。トカゲ本体よりも、尻尾のほうにときめく少女がここにいる。
「トカゲの尻尾切りとか言うけど、切られた方が断然好き」
いつもはクールで無表情の小節あびるが、興奮した声を上擦らせていた。
トカゲのことは置いておくとして、現実には「切り落とされた尻尾」のほうが優秀な事例がたくさんある。
不要と切り捨てられた会社のいち部署が、本社の業績を上回ったり。
仕分けされた研究所の方が優秀で、残ったほうが天下りに腐っていたり。
むかし切り捨てられていたマグロのトロが、今では赤味より高価。
サンデーから切り捨てられた下ネタギャグ漫画家がマガジンで連載するやいなや大ヒット、講談社漫画賞をその他を受賞する事態。
「久し振りにあびるちゃん家に遊びに行きたいな」
「いいよ、おいで」
風浦可符香に小節あびるが快くOKする。
放課後、皆であびるの家の部屋へ行く。そこは色んな企業、団体から切り捨てられた優秀な人材が陳列されていた。

228話 分母変
絶望先生23集A (8)七夕。それは1年に1度だけ織姫と彦星が巡り会う日。少女たちは夜空を横切る天の川を見上げながら、ロマンチックな空想に想いを委ねていた。
「いや、年一でしか会わないなんて、よくある話じゃないですか」
糸色望がさらりと水を差す。
例えば漫画家同士の友達が会うのはだいたい年に1度の謝恩会とか。
「それで友達って言えるの?」
「充分友達です。むしろ親友気取りです」
漫画家の事例はさておき、よくよく考えれば「年に一度」の行事なんて日常の色んなところででくわしたりする。例えば日めくりカレンダーを一気にめくったり、都営三田線に乗ったり。テレビでサザエさんを見て爆笑したり、何となく沈黙シリーズの映画をテレビ放送で見てしまったり(どの事例も個人差があります)
そう考えると、年に一度って意外と特別な行事とは言わないのではないだろうか。いやいや、織姫と彦星は天体を舞台にした話。宇宙規模で考えると年に一度なんて「たまに」とは言わない。分母を整理して星にとっての1年を考えてみる。すると星の寿命は100億年くらいだから、1年は人間感覚でいうと0、3秒くらい。ということは、織姫と彦星は0、3秒に一回会っていることになる!
そう、世の中「分母が違うのに同等に語るなかれ」という事例が多く存在する。
『かってに改造』と『さよなら絶望先生』。一方は16ページで一方は12ページ。ネタのボリュームについて、同等に語るべきではない。
国の人口が違うのに、富裕層や公務員の数を比較して絶望すべきではない。
そもそもテレビがついている数が違うのに、ゴールデンと深夜でアニメの視聴率を比較すべきではない。
「ところで、最近先生、私に対してプライベートであまりにもほったらかしじゃありませんか?」
唐突に木津千里が糸色望に言う。
糸色望は対象としている少女が多く、しかも80年も生きようとしている。すると当然、1人の少女と接する時間は短くなってしまう。どうすればいいのか?
そこで、風浦可符香が妙案を提案する。
「先生の命の分母を小さくすればいいんですよ」

229話 光あれ。するとワカメがあった。
絶望先生23集A (9)カッと突き刺すような真夏の猛暑……。それは猛暑と呼ばず酷暑と表現する地獄の暑さだった。
が、そんな暑さに関わらず、エアコンは故障中。部屋にあるのは扇風機のささやかなそよ風だけだった。それすら効果はなく、小森霧は全身に汗を滲ませていた。
「暑いよ! もう耐えられない!」
糸色交が我慢できず窓を開けようとする。しかしそこから流れ込んでくるのは、風ではなくさらに勢いを強めた熱風。ありとあらゆる家庭、オフィスに取り付けられた室外機の熱風によって外を流れる風は室内よりも熱を持ってしまっているのだ。
早くエアコンを修理したいが、修理工がやってくるのは早くても三日後。その間、どうにかして暑さを退け、耐えなければならない。
そんな時、テレビから音が漏れ聞こえてくる。
「……私たちのグループ企業では、屋上の緑化事業に取り組んでいます」
これだ!
名案ひらめいた小森霧は、室内緑化すればきっと涼しくなるに違いないと考える。でも植物なんて室内のどこにもない。外に出ると凄まじい熱線で死ぬかもしれない。どうすれば……。
そうだ!
増えるワカメだ。ワカメを室内で増やせば、きっと室内緑化と同じ効果があるに違いない。再び素晴らしい名案を思いついた小森霧は、さっそく部屋中ワカメだらけにする。
しかしそのワカメの気配に気付いて、頭髪の残念なピッカリ人が次から次へと集ってくる。そのうちにも宿直室はピッカリ人だらけで埋め尽くされてしまった。部屋の気温は等比級数的に増大していき、ピッカリ人の頭の反射でギラギラした光に包まれる。すると、ワカメが光合成をしてさらに増殖していく……。
※ 今回の話、暑さのおかげで書いている人の頭がおかしくなっているようです。

230話 老人は網などなくしてしまった
絶望先生23集A (10)海水浴場。砂浜は海水浴にやって来た若者たちで賑っていた。とそんな海辺にばしゃばしゃと跳ね上げる音。振り向くと、誰かが溺れている。
「ちょっと大丈夫?」
日塔奈美が慌てて引き上げる。するとそれは、網に引っ掛かって身動きとれなくなっていた小節あびるだった。海中に破棄された網に引っ掛かって溺れていたのだ。
ゴーストフィッシング』(Wikipedia:ゴーストフィッシング)。痛んで海中に捨てられた漁具が勝手に魚を捕り続けてしまう現象である。『幽霊漁業』なんて呼ばれ方もしている。漁師もいないのに魚が網に引っ掛かり、死んでしまうから、新しい環境問題として注目されている。
しかし、ゴーストフィッシングは何も海に限った現象ではない。日常、自分が何気なく放置したものが誰かに多大なる迷惑をかけることがある。
例えば飲みかけのジュースを室内に放置していたら誰かが引っ掛けてこぼしてしまったり、
ロッカーに置き去りにされたジャージが、捨てると呪われるという都市伝説に変わって残り続けたり、
何気なく投棄した趣味性の高いエロ本が、周辺の小学生の性癖に影響を与え続けたり、
ネットの掲示板で何気なく書いた一言が、本人の知らぬところで大論争。
意図せぬゴーストフィッシングの恐怖。
とそんなふうに事例を挙げて議論しているところに、ふらりと優雅に糸色倫が現れる。
「お兄様、私たちもそのゴーストフィッシングの加害者になっているかもしれません」
実はその海水浴場の近くには、むかし糸色家が建設し、そのまま放棄した屋敷があった……。

さよなら絶望先生《本家》 目次ページへ

漫画・著作:久米田康治
編集・出版:講談社
連載・掲載:週刊少年マガジン《2010年発行 第22・23号~第34号(第29号・第33号休載)》

にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ





拍手[0回]

PR
にほんブログ村 アニメブログへ
■ [1]  [2]  [3]  [4]  [5]  ■


■2010/08/18 (Wed)
絶望先生23集日常生活を送っていて、ふと気付くことがある。
――この事件、絶望先生のネタでやってたなぁ……。
ニュースで見かける様々な事件と、その周辺で起きるかびますしい意見・批評の数々。その過程を追いかけていくと、現実の事件が絶望先生のネタをなぞっていることに気付く。
「九条死守!」「憲法改正!」……噛み合わず、噛み合せるつもりがはじめからない対極の議論(つい最近、終戦記念日でその実例を見たばかりだ)
「我々は~」とやたら主語のでかい主張をしたがる人。
終了を知らされて、初めてお祭り騒ぎを始める日本人の気質。
行き先不明といいつつ、予定調和のシナリオ通りに粛々と事態を進行させたがる政治やメディア。
『さよなら絶望先生』は風刺漫画である。風刺漫画であるから、実際の事件や事故をギャグ漫画として皮肉って見せているだけである。某小林よしのりのように、政治そのものを主導的に提示するという作品ではない。ただただ、日常の事件に様式的な法則を与え、そこにブラックな笑いを盛り込むのが『さよなら絶望先生』である。
社会に対して何ら影響力も持たないし、そもそも事件の後からなぞっているだけの後追い作品である。しかし、それも数を重ねていくと、違う視座が現れてくるのに気付かされる。それは、日本人の思考のモデルケースである。
日々どこかで起きる事件、あちこちで交わされる意見や批判の数々……。そんな世相と接していると、ふと『さよなら絶望先生』のネタに照らし合わせて考えている自分がいる。
「その意見、『さよなら絶望先生』のネタであったよな……」と。
『さよなら絶望先生』は、風刺漫画に過ぎない。しかしその積み重ねが、いつの間にか日本人の思考様式、行動様式そのものをなぞり、モデルケースを作り上げようとしている。
たかが12ページのオチを忘れたギャグ漫画、と思いきや、思いがけない奥深さを描き出しているのが『さよなら絶望先生』という作品である。と、書こうと思ったら、すでに『さよなら絶望先生22集』のネタに取り上げられていたから困ったものだ。どこまでいっても『さよなら絶望先生』のネタに捉われる罠である。
今回23集の表紙は小柄な音無芽留である。あらすじも、音無芽留にちなんだ内容になっている。

前巻までのあらすじ
めるちゃんがまよいこんだのは、おそろしいおそろしいでんぱのとどかない森でした。アンテナ三兄弟がそろわないと、でんわがかけられません。でも、このアンテナ三兄弟はおおげんかをして森のあちこちにバラバラになってしまったのです。「三兄弟、なかよくいっしょにくらしてください」めるちゃんはおねがいしました。そこに、あたまのはげたうさぎがあらわれて、ぼくのかいしゃのでんわにすれば3人あつめてあげるよ、と言ってきました。だまされちゃだめだ。いちどそのかいしゃにすると、なんねんもかえられな……

211話 知りすぎて普通の男
c595db9b.jpgある朝、目が覚めると小石川町全域が大雪に埋没してしまっていた。あまりにもすごい雪で、民家の屋根もことごとく雪の下に沈む有様である。
そんな状況を見て、風浦可符香がポジティブにこう発言する。
「これは――凄すぎて、平気!!」
大事より小事のほうが大変。そう思える瞬間がしばしばある。
例えば、中途半端に雪混じりの雨だとぐしょぐしょになって大変だが、町が沈むくらいの大雪になるとかえって平気、と思えてしまう。
中途半端に高いビルだと怖くて足がすくむけど、飛行機くらいあまりにも高いと、何とも思わなくなる。
中途半端な額の借金だと大変だと思うけど、「100億円の借金」とかまでいくと、訳がわからなくなってむしろ平気。というか自慢の種になってしまう。
そう。世の中、凄すぎるとかえって何とも思わなくなる瞬間があるのだ。

212話 悦子立場逆転
c59b9824.jpg2月14日。今年もバレンタインがやってきた。
「受け取って下さい!」
女子生徒に人気の糸色望もとに、いくつものチョコが集ってくる。
しかし、そんなやりとりを見ていた木津千里が疑問を呈する。
「その言い方はおかしい。何で、あげる側が下出に出ないといけないのでしょうか? どこぞの進駐軍が、『チョコレートもらって下さい。』なんて言いますか?」
チョコはともかく、もらう側のほうが何故か態度が大きい、という事例はいくつも見られる。
例えばODA。日本は援助する側だが、援助される側は「もっと出せ!」と当り前の権利のように要求してくる。
道を知らないタクシー運転手に道を教えないといけなかったり、
アシスタントのコミケ参加の都合で、漫画家がスケジュールを変更させられたり。
受け取る側のほうが立場が上、という世の中の不思議。力関係が逆転した『逆・下克上』が世間に、いや世界に広がりつつある。

213話 戸棚の奥深くのソクラテス
f7579c12.jpgクラス一同で映画鑑賞。作品は3D上映で話題となっている『アバター』である。
「面白かったね。立体で」
満足気な風浦可符香。
「昔の3Dはただ飛び出してくる感じだったけど、今の3Dは奥行きが感じられるのね」
と続ける日塔奈美。
しかし、隻眼の小節あびるはいまいちだった様子。
そこに絶望先生が現れ、余計なことを語りはじめる。
「薄っぺらい者ほど、奥行きを求めるものです」
薄っぺらい人間ほど、何かにつけて奥深いと思いたがる習性を持っている。
例えば、単純な汚職での逮捕を、実は奥の深い陰謀が隠されていると思ったり(小沢と鳩山が絡んでいたら、本気で裏があるんだとしか思えないが)
ただ髪を切っただけなのに、深い理由があるに違いないと思ったり、
ただのギャグ漫画のネタに、「日本人の思考のモデルケースが云々」といい始めるこのブログとか、
ぼーっとしてての見逃し三振を、奥の深い心理戦があったに違いないと解説したり――。
そのうちにも少女たちは何でもない事件に、何か奥深い陰謀や闇組織の存在を想定し始める。

214話 滑りゆく新世界
a0b05cfe.jpgいつもの日常――。変化のない繰り返しの日々。この何ともいえない閉塞感。ルーチンワーク。そうだ、私達は変わらなければならない。
変われるさ、きっと。強い思いがあれば、成し遂げられないものはない……。
「新しいことがやりたかったんだな、ってのはわかります」
いきなり現れて、冷や水をぶっかかる新井智恵。
確かに最近、「変わらなきゃ意識」が強すぎて、逆に迷走しはじめるケースが多く見られる。
ミスユニバース日本代表の衣装。
最近の『美の巨人たち』の自由すぎる演出。
一人じゃできないネットの確定申告。
ベテラン作家に、萌まんがのフキダシ係。
無理に現状を変えてもろくなことがない。現状維持が難しいのなら、むしろゆるやかに衰退していったほうがいい……。
とそこに現れたのは、軍服姿の木津千里。
「日本は変わらなければならない! 日本人には改革が必要なのです!!」
糸色望の余計な提示によって、木津千里が決起してしまった!
学校は間もなく木津千里の赤い勢力に制圧されていき……。

215話 身代わりひな人形のラブソング
8697d654.jpgひな祭りとはそもそも何の祭事であったのか?
元々ひな祭りとは、女の子に降りかかる災厄を、代わりにひな人形に引き受けてもらうための儀式。つまり、スケープゴートである(Wikipedia:雛人形)。
日常の例で言うと、政治家の責任を秘書に転嫁したり、
学校でガラス割って友達のせいにしたり。
しかし災厄をひな人形だけに背負わせるのは酷ではないか? そこで、ひな人形を製作する糸色人形堂は考える。
ひな人形に小さなひな人形を与え、ひな人形が背負わされた災厄を、さらに小さなひな人形に背負わせたらどうだろう。その小さなひな人形にはさらに小さなひな人形があてがわれ……。
生け贄の保身のために、さらなる生贄を作り出す。
つまり、「家族サービスをしない」と奥さんに怒られた編集者は漫画家の原稿が遅いせいにして→漫画家は執筆の遅れをアシスタントのせいにして→アシスタントはパソコンのせいにして→パソコンは予期せぬエラーのせいにする。
どこまでもどこまでも続く責任転嫁の連鎖。そして、誰も責任を取らないのである……。

216話 ルールとミミ
74cec018.jpg今日はテストの返却日だ。
「あちゃー……」
それなりに自信があった日塔奈美。しかし、結果は15点という惨憺たる有様。落ち込んで自分の席に戻る奈美だったが――。
「ん? あれ?」
隣席の風浦可符香の答案用紙を覗き込む。たった一問正解しているだけで、なんと85点獲得。対して30問正解の自分は15点。
採点がおかしいのではないか? 奈美はそう糸色望に抗議するが――。
「テストは作る側のルール(配点)次第で、あなた方の点数などどうにでもなるんです!」
身も蓋もない意見を言い始める糸色望であった。
挑戦者はいつも主宰者の「ルール変更」に翻弄され続ける。
水泳で世界新記録を出したら、規定を変えて日本の水着が使えなくなったり、
柔道で日本人が強すぎるから、西洋人有利のルールに変更されたり、
わざわざ禁止物質の規定を変えて、日本製品を締め出したり……。
ルールを作る側、変更する側が実はもっとも強く、挑戦者の努力はその度に徒労に変えられてしまう。
その一方で、新ルールに対応できなかった自分が悪い……そう思う者もいる。


217話 起承転結を思ひがけんとすれば
1378a813.jpg ある朝、食事をしながらテレビを見ている糸色望たち。ふと、テレビに風浦可符香が登場する。
「私の家の前にも桜の木があるんですけど、実は先日、こんなことがありました。桜の木の前を全身黒ずくめの園児の集団が通ったんですよ」
続きがあるのだろう、とじっと黙って見ている糸色望。しかし、話に続きはなく、それきり画面は変わってしまった。
「だからそれで? オチは?」
困惑する糸色望。
それは『起承庁』の報告であった。起承転結の『起承』。『転結』がない。だから、話にもオチがない。
納得行かない糸色望は、風浦可符香本人に合ってオチを問いただそうとする。だが風浦可符香は、頑なにオチはない、と答える。なぜならば、「『転結』を知らないほうが希望に満ち溢れているから」。だから、話のさわりだけを発表するのだ、と。
納得しかける望だったが、そこに対抗勢力の木津千里が現れる。
「そうはいきません。『転結』はきっりちとつけないと!」
木津千里は《転結手帳》を手に、あらゆるものにオチをつけようとする……。

218話 オンリー・ハル・キラー
06c399d3.jpg学校帰りに絶望少女たちが近くの神社を寄り道していた。長い階段を昇ると、街を眼下に見下ろせる神社が現れる。温もりのある風が、桃色の花びらを混じらせながら心地よく吹き抜けていた。
春一番だ。
「いい風……」
木津千里がうっとりした表情で、風を全身に浴びていた。
と、そんな場面に風浦可符香が振り返り、こう言う。
「ナンバーワンより、オンリーワンだよ。春一番より、春オンリーワンのほうが尊いんです!」
世の中、何でもナンバーワンよりオンリーワンを尊ぶ風潮がある。そして、春になると確実に増えるのが危ないオンリーワンの人々。
全裸にネクタイしている、オンリーワンなファッションの人とか(大宙さん、出番です)
職質されたら宇宙海賊と答える、オンリーワンの職業の人とか、
見えない嫁を貰っている、オンリーワンの婚活の人とか。
しかし、そんな風潮に糸色望が異議を唱える。
「意外とたくさんいるものですよ。あなたの言うオンリーワンと思しき人は。それが本当にオンリーワンと証明できますか? 世界中どこにも他にいないことを、証明できますか!」
絶対証明できない検証を『悪魔の証明』という(Wikipedia:悪魔の証明)。本当にオンリーワンであると主張するならば、世界中のなにもかもを調べて証明しなければならない。しかし、それは絶対にできない検証である。
そんな証明を迫られる事例が、現実世界のあちこちで起きている。
「浮気していないって証明しなさいよ!」
「NHKの集金でーす。NHKを見てない? 見てないことを証明して下さい!」
「いくら掘っても何も出ませんよ?」「埋蔵金が絶対出ないことを証明しろ! 俺はマントルまで掘るぞ!」
それでも世の中は、不可能な証明と検証を要求する。

219話 たわむれにリスクを背負いて
93c645c1.jpg「春だから、何か始めてみませんか?」
桜の並木通りを歩きながら、風浦可符香が明るく提案する。
「私はツイッターを始めたよ」
日塔奈美がソフトバンクのアレを引っ張り出し、答える。
そんな様子を、糸色望が冷ややかに見詰めていた。
「何でそう、わざわざリスクを増やすのですか?」
『ダモクレスの剣』というものがある(Wikipedia:ダモクレスの剣)。
昔、ダモクレスという男が王様の生活を羨んだので、王様は、ならばとダモクレスを玉座に座らせた。するとその玉座の上には、髪の毛一本ほどの細い糸で吊るされた剣があった。
王はただ富に囲まれて、権力を振りかざせるというだけではない。常に危険にさらされているのだ、という教訓を物語にしたものである。
興味半分でブログやツイッターなどを始めてみても、どこかで迂闊な表現を書いてしまったり、何でもない行為のつもりが犯罪であると指摘されて炎上を引き起こしてしまったり、何でもない発言のつもりがやっぱりある人たちには問題と指摘されて炎上を引き起こしたり、書いたら炎上、書かなくても炎上、はっきりいって、ブログもツイッターも無用なリスクを背負い込むだけで何ら利益を得るところはない。1年ブログ書いた私が言うのだから間違いありません。ブログなんてものは書く側はリスクだらけで、なんら利益のない仕事です。
世の中、背負う必要のないのに、わざわざリスクを背負い込んでしまう人がたくさんいる。そう、例えば……。

220話 繋がれた毎日
4e43f0c3.jpg人気アイドルユニットAKB(アカバネ)84。その舞台裏で、密かな会談が行われていた。
「さーて、次はどうやって搾取してやろうかな?」
根津美子がコンサート後の涼しげな汗を浮かべながら、その日の議題を口にする。
「穴コンサートってどうかな?」
丸内翔子が提案する。
「CD買ってくれた分の大きさだけ、幕に穴が開いてコンサートが観れるの。ちなみに幕は五重くらいで」
あまりにもお行儀のよろしくない商売。それは商人としての信義に反するのではないだろうか?
否。ファンというものは自分がどれだけ搾取されているかを自慢しあうものである。だから、自分たちはファンのために搾取してあげているのだ、と丸内翔子と根津美子は語る。
それはつまり『奴隷の鎖自慢』である。
囚人が監獄の中で「俺は前科6犯だ」「俺なんて前科10犯だぞ」と自分についた鎖の太さと重さを自慢し合うアレである。
アイドルとファンの関係もそれに近いものがある。だからこそ、ファンの首についた鎖を太く重くしてあげるために、運営者はありとあらゆるグッズを用意してあげているのである。
それは少しも特殊ではなく、実は日本人の性格のひとつを言い当てている。鎖と足枷に安らぎを見出そうとする日本人の特質を指摘する一篇である。

さよなら絶望先生《本家》 目次ページへ

読書記事一覧

漫画・著作:久米田康治
編集・出版:講談社
連載:週刊少年マガジン《2010年発行 第10号~第21号(第17号・第19号休載)》

にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ





拍手[0回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [1]  [2]  [3]  [4]  [5]  ■


■2010/05/19 (Wed)
じょしらく01「おあとがよろしいようで」
舞台の上で、噺家の少女が話しを締めくくった。演芸場はささやかな拍手の音に満たされる。
一幕終えて、舞台を去っていく少女。その顔には、舞台の緊張がかすかに残っている。
楽屋に戻り、襖を開けると、同じ年頃の仲間たちがのびやかにくつろいでいた。少女はそんな仲間たちにこう訊ねる。
「ねえ、聞きにくいんだけど……」

こうして漫画は始まる。舞台はたった一つだけ。楽屋という限定された空間だけで、噺家の少女たちが対話を積み重ねていく。少女たちは噺家であるが、落語について語る物語ではない。あくまでの楽屋での一幕と、そこで交わされる対話にユーモアを見出す作品である。
その中心的な主題となるのは、
「犬派? 猫派?」
あるいは、
「海と山、どっちが好き?」
といったものである。どの話題も日常的にありふれたものでありながら、思いがけない方向へと飛躍され、ギャグ漫画らしい笑いを作り出している。
原作を担当するのは『さよなら絶望先生』などで著名な作家である《久米田康治》である。作画を担当する《ヤス》は、『とらドラ!』、『おと×まほ』などの小説挿絵、あるいは『カオスウォーズ』『リサと一緒に大陸横断!~A列車で行こう~』などのゲームキャラクターデザインで知られ、愛らしい少女画を得意とする作家である。
久米田康治はそもそも漫画家として実績を積んだ作家であり、現在も『さよなら絶望先生』を執筆中である。その久米田康治が、原作だけを提供した作品が『じょしらく』である。役割分担で言えば、久米田康治が漫画の原型となる“ネーム”を描き、ヤスがキャラクターや背景などの詳細な描写を仕上げている。
原作、作画と分業体制で制作された漫画で、しかもすでに著名なベテラン2人によるなかなか見られないコラボレーション作品である。

14939777.jpg作品の内容は楽屋という一つの舞台だけで、噺家の少女たちの対話だけで構成されている。ギャグ漫画であるが話は楽屋という場所から決して跳躍せず、焦点が当てられているのは、あくまでも対話している少女たちの姿や表情の動きである。
キャラクターの線は途切れたり擦れたりをして曖昧に影をぼんやりさせ、背景の線も印象的な掛け網技法で霧の中に溶け込んだように描写されている。キャラクターの印象は漫画の線の中に埋没せず、不思議なやわらかさを持って浮かび上がってくるようである。その印象が作品に込められる、ゆるやかな空気と穏やかに結びつき、ほどよい手触り感を作り出している。
今どきの傾向でいえば、舞台が限定されたある場所、という作品は珍しくない。作品の主題はその中に描かれる物語や、キャラクターたちが交わす対話にも実は何もなく、あくまでもキャラクターの表情の動きと「キャッキャッウフフ」の戯れに本質的な“思い”が込められている。
だからこそ、キャラクターの絵、特に愛らしさを描写、演出できる力が重要視されている。
そういった作品の概ねは舞台を学校としているが、すでに市場は同傾向作品で氾濫状態にあり、当初は重要視されなかった“場所”や“活動内容”が注目さるようになった。その“場所”や少女(少年)が没頭する“活動内容”。それが作品のどんな化学反応をもたらすのか、あるいは同傾向作品とのどんな差異を作り出すのか。作品そのものへの関心以上に、その差異、あるいはどのようにキャラクターが描写されるかに興味が向けられている。
『じょしらく』はあえてなのか(ついに魂の売ったのか)定かではないか、その傾向に正面から挑戦した作品である。舞台は楽屋という場所だけ。コマの構成は久米田康治が得意とするキャラクター3段ぶち抜き構図が多いが、コマ割りは『さよなら切望先生』より若干大きめに切り取られている。はじめの段階で、「この漫画は女の子の可愛らしさをお楽しみいただくため……」と断りがあり、キャラクターの表情や動きがほんの少しだけど大きく描かれる傾向にある。ただし、後半ほどコマ割りは細かくなり、動きの大きなギャグ漫画らしい印象を強くさせている。
『じょしらく』は今どきにありがちな形式を狙い撃ちするかのように描かれた作品である。作品としてはまあまあ順調なスタートを切れたと言えるだろう。ただ、今後どのような傾向を持つのか、予想のつかない作品である。ギャグ作家のベテランのエゴがむき出しになり、当初の印象をぶっ壊して暴走を始めるか、それとも、久米田康治のいつもの病気(マンネリという名の芸風)が現れてくるのか。いずれにしても、続きが楽しみな作品である。

1日目 犬と猫の災難
8b53e5c7.jpg「ねえ、聞きにくいんだけど。犬派? 猫派?」
楽屋に戻った木胡桃が、襖を開けるなりそこにいる一同に訊ねる。
「ああ、バカバカしい……」
マリーは乗り気ではなく、溜め息を漏らした。
「どっちも好きだけど、鳴き声だと犬のほうが好きかな?」
「いやいや、猫でしょう。音だったら、犬より猫でしょう」
と丸京が三味線の弦をバチンと弾いた。
「芸の練習ってこと?」
木胡桃は意味がわからず、きょとんとして聞き返す。
「そう、芸の練習用」
とまた三味線の弦を弾いた。
それはそれとして、
「とにかく犬って文字が嫌い」
苦来が暗い顔で不満を口にする。なぜなら、気持ちが不安定な時に「犬」の文字に接すると、どこに点を打っていいかわからなくなるから。
というか、そもそもどうして「犬」の文字は右上に点があるのか。むしろ、どこでもいいのではないか?
噺家の少女たちは、どこに点を打つべきかで論争を始める。

2日目 叫び指南
f1f13e3b.jpg「ねえ、聞きにくいんだけど。海と山、どっちが好き?」
楽屋に戻った手寅が、襖を開けるなりそこにいる一同に訊ねた。
「それって、冬の海と冬の山、どっちが好きってこと?」
夏はどちらも腐敗が早いから。もし死ぬのなら、山か海か……?
「断然、山ね! 山頂で氷漬けになって、何世紀か後に発見されるの!」
という好き嫌いの話はともかく、「海は民度が低い」という気がする。だって、山の掛け声は「ヤッホー」なのに対し、海は「バカヤロー」だから。
では、海での掛け声はどうするべきなのか? 一同は考えた末に、新たな掛け声を提唱する。






3日目 楽屋の富
f92622ad.jpg「あのさ、つまんねーこと聞くなよ!」
楽屋に戻ったマリーが、襖を開けるなりそこにいる仲間たちを一喝した。
「いや、まだ何も聞いてないけど?」
誰かが何かを言う出す前に、先手を打ったのであった。
で、本日のテーマは?
「宝くじ当たったら、なに買う?」
宝くじ3億円。もしそれが当たったのならば、いかに活用すべきか。間違っても「貯金をする」なんて答える人間にはなりたくない。それぞれはじっと考えて、答えを口にする。
丸京「借金を返すわ」
苦来「行方不明の母を捜すわ」
手寅「必ず真犯人を見つけ出すわ」
皆それぞれ、複雑な生い立ちを背負っているようである。
という話題をしているうちに、ふと、苦来が指摘する。
「もし宝くじが当たっても、絶対他人には言わないと思うの」
なるほど確かに、と頷く一同。その直後、全員がはっとした。
まさか、この中に当選者がいるんじゃ……。
疑いが、仲間たちの結束を引き裂き、お互いの本性を暴きだそうとする。

4日目 風邪娘
315572cd.jpg「いやあ、怖いね、新型インフルエンザ」
ちょうどインフルエンザが話題になっている頃である。そんな情報に接しながら、手寅が何気ない感じに話題にする。
「それなんだけどさ。いつまで新型って言い張る気だい? もう発生から半年が経つだろ? いつまで新型気取りなんだよ! もし漫画で半年経っても新連載とか言ってたら笑われるだろ! ジャンプだったら(以下略)
それはそれとして、肝心なのは予防接種である。しかし、予防接種を受けられるには、それなりに優先順位が高くなければならない。最上位はもちろん治療に当たる医者である。
噺家なんて、順位の下の下。有名芸能人のようにウラでこっそり予防接種受けるなんて無理な話である。
暗く落ち込む一同だったが、丸京が慧眼な提案をする。
「一つ方法があるわ。医者の次に優先されるのは妊婦」
もちろん、本当に妊娠する必要はない。「想像妊娠」をするのだ。「想像妊娠は駄目」なんて明記されているはずがない。想像妊娠すれば、すぐにでも予防接種受けられるに違いない。
そう考えた一同は、瞑想によって想像妊娠の状態を作り出そうとする……。

5日目 娘ほめ
c1341d74.jpg「私と落語、どっちが大切なの?」
楽屋に戻った苦来が、沈みきった顔でそこにいる一同に訊ねた。
「そんなの苦来ちゃんに決まってるじゃない!」
皆は苦来を元気付け、景気づけにクリスマス・パーティーをしようと提案する。
で、
「ところで皆は、本チャンのクリスマスは誰と過ごすんだい?」
マリーがにやにやしながら、一同に尋ねた。
丸京「私、海老蔵」
手寅「私も海老蔵」
木胡桃「私も海老蔵」
丸京「なんだ、やっぱりみんな海老蔵と過ごすんだ」
マリー「嘘をつけ、嘘を!」
手寅「傾き者だけに無い話とは言い切れない」
マリー「ねーよ!」
海老蔵はさて置き、世の中、ある程度傾かないと景気も良くならない。みんな手堅くなりすぎているのがいけない。もっと解放的に、お金を勢いよく使うべきである。
それにはどうすればいいのか、どうすれば陽気になれるのか。一同は対話を積み重ねていく。

6日目 こがね袋
848384cf.jpgマリーはどんより沈んでいた。その理由は5分前、舞台での新年挨拶であった。
手寅「今年も」
木胡桃「よろしく」
丸京「お願い」
苦来「いたしま」
マリー「す」
というわけで、マリーは憤慨するのである。
「「す」はないだろう! 「す」は!」
と不満を訴えるが、仲間たちに何となく諭されて、「す」も悪くないという気分になるマリーであった。
それはそれとして、師匠からお年玉が振る舞われた。ポチ袋は全部で5つ。各人すきな袋を選べ、ということであった。
ということは、中身はそれぞれ違う。たくさんは入っているものもあれば、小銭程度のものもある。一同は、どれが取れば得をするのか、知恵と勘を働かせる……。



7日目 無情風呂
929e2e94.jpgヴァレンタインである。
苦来「ねえ、みんな。今年チョコ、誰に上げる?」
木胡桃「海老蔵」
手寅「海老蔵」
丸京「海老蔵」
まあ、それはどーでもいいとして、マリーがそんな一同を呆れたように振り返った。
「お前ら、なにバカいってんの? チョコはもらうもんだろ」
勝ち誇った顔のマリー。そんなマリーの下に、大量のチョコが送られてくる。マリーは女の子からチョコをもらうタイプであった。
しかし、そのあまりの量に、一同はある疑惑を抱く。
「マリーさん、もしかして、男子なんじゃない?」
まさかの男子疑惑勃発である。いやいや、「女装男子疑惑」だ。冗談ではなく、苦来たちの疑いは深い。
マリーは正真正銘女であり女子であることを証明しようと、色々手を尽くすが、どうしても女性らしくなく、むしろ「実は男性」疑惑を深めてしまう。

8日目 ヤンキー怖い
5723c654.jpg3月8日である。桃の節句からはかなり時間が過ぎている。しかし楽屋には、雛人形が堂々と飾られていた。
「だ、誰だい! しまい忘れたのは!」
雛人形をしまい忘れると、嫁に行き遅れてしまう。というかもう手遅れかもしれない。いったいどうすれば……?
一同が困惑するなか、丸京が冷静に対処策を考える。
「待って。一つだけ手がある。みんなヤンキーになるのよ」
なぜヤンキーなのか。ヤンキーは例に漏れず「早婚」である。行き遅れの嫁とプラスマイナスして、ちょうどいい時期に結婚できるようになるに違いない!
そう考えた一同であったが、噺家である自分たちがどうやったらヤンキーになれるのか。考えに詰まった一同は、「男勝り」なマリーに意見を求める。



9日目 ねごと
82dcc97b.jpg暖かな春。楽屋に集る一同は、何もしてないのにうつらうつらと眠そうだった。
「いいんだよ、寝たって。果報は寝て待てって言うだろ」
と言いつつ、マリーさんは眠ってしまった。
そこに、客から差し入れである饅頭が贈られてきた。
「マリーさん、マリーさん」
「無理に起こすもんじゃないよ」
それもそうだ、とマリーを起こさずに一同は饅頭を食べ始める。一つ残すつもりだったが、ついついみんな食べてしまった。
というところで目を覚ますマリー。
「何か、果報あった?」
「いや、何も……」
一同は気まずく思いながらもごまかした。
「ああそう。じゃあ、もう少し寝ていよう」
またマリーは眠ってしまった。
その直後、CM出演の依頼がやってきた。楽屋の一同はCM出演の依頼を快諾する。マリー抜きで。
マリーが起きた。
「んん、果報はあったかね」
「いや、何も……」
一同は気まずくなりながらもごまかした。
マリーが寝ている間に何かいいことがある。これはもしや、マリーが寝ると果報がやってくるのでは……。
そう考えた一同は、何が何でもマリーを眠らせようとする。

ヤスサイト→∑ぎゃあ
ヤスブログ→∑ぎゃあ

アニメ「じょしらく」第1話&作品解説

読書記事一覧

作品データ
原作:久米田康治
漫画:ヤス
編集・出版:講談社
連載:別冊少年マガジン(2009年10月号~2010年5月号)






拍手[1回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [1]  [2]  [3]  [4]  [5]  ■


■2010/05/18 (Tue)
絶望先生21集アニメ版『さよなら絶望先生』はすでに終着駅に達したようだが、原作版、ラジオ版はまだまだ線路を引き伸ばして突き進んでいく。もちろん、先細りや保身などもない(多分)。低空飛行ながら順調に飛距離を伸ばし続けていく。
第21集は和装姿の木村カエレ(カエデ?)が表紙を飾る(ただし、本編の出番は……?)。髪の毛でふたつのおだんごを作り、両側に垂らすようにしている。カエレの和装姿でしばしば見られるスタイルだ。和装姿だが、手には米国の学生風にゴムバンドで締めた本。本の中身は六法全書、それから『はじめての英会話』というマニュアル本だ。ブーツ姿なのは絶望先生独特の和風スタイルだろう。
1ページ目、2ページ目にはカラーイラストが掲載される。1ページ目は明治頃(?)を背景にした絶望先生らしい群像画。2ページ目には『懺・さよなら絶望先生』の13話に採用されたエンドカードと同じ絵が載せられている。
定番なったキャラクターの過去を描写する『前巻までのあらすじ』では意外な事実が明らかにされる。表紙カバーをめくったところには、こちらもすでに定番になった加賀愛の5コマ漫画。今日も加賀愛は出会う人出会う人に謝っているようだ。
前巻までのあらすじ
私の名前は木村カエレ。いわゆる帰国子女と呼ばれがち。でも本当は帰国どころか帰星子女なの。地球から遥か5万光年離れた星から還ってきたの。だから私のしゃべる言葉は地球の外国人には通じないの。それをみんなは「偽バイリンガル」だとかののしるもんだから、私、キレちゃってつい、正体を見せてしまったの。自慢の宇宙スーツ。そしたら地デジ大使だとか祭り上げられ、毎週ベルサール秋葉原でキャンペーンさせられる始末。

第201話 スキマの手毬唄
f7e0ba44.jpg『さよなら絶望先生』はスキマ産業的な漫画である。決して王道と称賛されることはなく、細々とした道を進み、王道に寄生して生き続ける作品である。つまり、
スキま!
「……確かに。200回でカラーなんかもらって、何か少し勘違いしていたフシがあります。と、いうわけで、我々はスキマ産業だということを再認識し、原点に立ち返ろうではありませんか」
調子に乗っていた事実を認め、自らの立場に戻っていく糸色望。
しかし、そんな糸色望に、風浦可符香が警告する。
「そんなにスキマばっか埋めようとしていると、スキ魔が来ちゃいますよ」
いつもの明るく、朗らかな声で警告する風浦可符香。その言葉に、教室中が凍りつく。
……スキ魔がスキマに現れた!
案の定である。スキ魔によって、あらゆるスキマが埋められていく。
太股とブルマのスキマを埋めようとして逮捕されたり、
マガジンの火曜日発売にしてジャンプとサンデーのスキマを埋めようと提案して、編集会議で無視されたり、
ベッドと床のスキマを埋めようとして通報されたり、
スキ魔の成しえた功績が次々と語られていく――。

第202話 対極の環飾
d87697e3.jpg落ち葉舞い落ちる静かな公園。そこで糸色望が、1人きりで武道の稽古を演じていた。
「何、やっているんです?」
登校中の木津千里が声を掛ける。
「試合があるのです」
糸色望は稽古を止めず答える。
武道の稽古……。いよいよ『さよなら絶望先生』もシリアスなアクションシリーズに突入するのか?
「いえ、対極拳です!」
糸色望がクラスの少女たちを案内した場所。格闘技の試合会場だったが、対戦者たちは決してお互いに顔と体を向けず、ステージの外に向って拳を繰り出し続けている。
「九条死守!」
「憲法改正!」
それはつまり、考えが対極過ぎて全く噛みあわない争い。それを競う試合である。
「捕鯨反対! クジラは頭が良いからかわいそう!」
「クジラは食文化! 頭が良ければ食ってもいいのか!」
オージーVS日本人漁師の戦いだ。
「持っているだけで死刑!」
「2次元に被害者はいねーだろ!」
アグネスVS魔法使い。
不毛極まりない世紀の凡戦を繰り広げていく。一方で戦いは、現代の正気と狂信の実体を炙り出しにしていく。

第203話 シフトは乱れて
e6233f95.jpg「シフトを敷く」という戦略がある。例えば野球などで、打者がよく打つ方向に守備を配置していく防衛戦術である。
だが「シフトを敷く」は野球に限らず、現実世界にもトラップのごとく仕掛けられる瞬間がある。
ある日、小森霧がアマゾンを覗くと、「小森霧さんにおすすめ商品です」とショタ関連商品がずらり。
他にもまだまだある。
他の人には配っていないのに、自分を見るや否や、メイド喫茶のチラシを渡してきたり、
流されやすい自分を見るや否や、〇〇に投票しろとシフト敷かれたり、
店に入った途端、万引きGメンにマークされてしまったり、
「シフトを敷く」は社会生活における一種の罠である。という警告を胸に刻みつつ下校するが、街はすでにあらゆる「シフトを敷く」状態が形成されていた。




第204話 ねぶみ小僧の谷
42edc078.jpgお歳暮の時期がやってきた。日塔奈美がお歳暮売り場のバイトを始める。
「いらっしゃいませ、いかがですか? 先生も大切な方に贈ってみてはどうですか?」
日塔奈美が、ふらっと店を訪ねた糸色望に商品を勧める。
しかし糸色望は、ネガティブにこう意見する。
「お歳暮って、何か人を値踏みしているようで嫌な感じしませんか?」
「値踏み?」
日塔奈美がきょとんと訊ね返す。
「例えば今の人。高いの安いの真ん中のもの3種類の商品を買っていきました。つまりあの人の中では、相手を値踏みして贈っているわけです」
贈り物に平等という平和的な思想などない。贈り物こそ格差社会であり、その内容によって、贈り主が自分をどのように位置づけているかを残酷なまでにはっきりさせてしまう。
とそんな値踏み社会を皮肉っていると、糸色望の下に謎の予告状が届いた。
「あんまり値踏み値踏み言ってると、『ねぶみ小僧』が来ちゃいますよ」
そう言う風浦可符香はどこか楽しげで、混沌を待ち望んでいるふうでもあった。
果たして、ねぶみ小僧はやってきた。ねぶみ小僧はそれまでタブー視されてきたあらゆるものを値踏みし、ものの価値を設定しなおしていく……。

第205話 その線を飛び越して来い!
ba581e98.jpgスナック謝緒里。いわゆる場末のスナックである。地味だけど美人のママが1人きりで経営して、接客をしてくれる大人の社交場だ。そんな場所だからこそ、悩める人たちもふらりと訪ねてくる。
「お客さん、今でこそ真面目に勤めているけど、若い頃はずいぶんやんちゃしたんだって?」
ママの加賀愛が、ほのかな色気を放ちつつ、それとなく客の心の錠前に入り込んでくる。
「ああ、まあね。ずいぶん親を泣かせたもんだ。自分自身、ワルだとイキがってたもんだ。でも、そんなの、いとも簡単に超えちまう奴がいるんだ……」
男性の客は、心の闇をぽつりぽつりと語り始める。
そう、今回は自分たちでは「もう無理」「ここがギリギリ」と思って挑戦しているのに、それをいとも簡単に超えてしまう人たちの話である。
例えば映画館で……、
「ちょっと、携帯電話の電源切りなよ」
「大丈夫、マナーモードにしてあるから」
「駄目だって、音がしたら迷惑……」
という背後で、堂々と着メロの音声を流す女。しかも通話!
また某レコード会社宣伝部では……、
「この商法、ちょっと行儀よくないなぁ。ちょっとあくどい感じじゃない?」
なんて話していたが、ある日、販売店へ行くと、
“CD一枚につき、ポスター1枚プレゼント(ランダム)。全44種類そろえると、ライブにご招待!”
AKB48の商法を前にして愕然とする。
5ac8f082.jpgまた、ある漫画家は……、
「やばいよ。そのネタは! 下品ですよ」
「じゃあ、これならギリギリ大丈夫ですか?」
分こそ下ネタ漫画のトップランナーであると自負する漫画家。だがある日、マガジンを見ると、
「何がクニだ! クンニしろぉぉぉ!」
……あれ、書いていいんだ。漫画家は自分の上を行く漫画家の存在に、愕然とうなだれていた。(書いちゃ駄目です)

第206話 プルトップの伝説より
5bb1668e.jpgクリスマスの夜。糸色交がクリスマスツリーを見ながら、ぽつりと呟く。
「サンタって、本当にいるのかな」
糸色交は、うすうす、サンタってやつは本当はいないんじゃないか、と気付き始めていた。
だが、糸色望と小森霧はこう答える。
「サンタはいますよ」
「いるよ。サンタはいるよ」
……だって、この子にはいつまでもサンタを信じる純粋な人間に育って欲しいから。
いや、困るって!
「いる! サンタはいるに決まってるだろ」
新井智恵先生の元に、困った男が相談に訪れてきた。もういい大人。なのに未だにサンタがいると信じ続けていた。サンタがいないと言うのは無粋だけど、いつまでも信じていられると逆に困る。
サンタはともかく、世の中「いつまで信じてるの?」という事例はいくらもある。
例えば、
恋をすると痩せる! 綺麗になる!
聖職者は正しい!
テレビは公共的! 新聞は公平!
スターウォーズは全部で9部作!(やっぱり6部完結なのか…)
俺の好きなアニメキャラは処女!
今夜はホーリーナイト。「まだ信じているの?」と言われ続けても、それでも信じ続ける人が自由に語っていい夜。
そんな夜に、意外な人物が意外な言葉を口にする。
「サンタはいるに決まってるじゃない」
言ったのは、まさかの木津千里であった……。

第207話 セット内海の惨劇
46ca7423.jpg「メリークリスマス!」
絶望少女たちがクリスマス衣装でクラッカーを鳴らす。背景にはクリスマスツリーに派手な飾りが彩られている。
とそれがすっと片付けられ、正月セットに入れ替わる。
「アンド……ハッピーニューイヤー!」
絶望少女たちが艶やかな和装姿で慎ましく頭を下げる。
「セットにするな!」
木津千里がいきりたって異論を唱えた。
世の中、何でもセットにされてしまうものがある。
マクドナルドのセット販売とか、
パソコン購入時についてくる、必要のないソフトとか、
ラーメンにセットで付いて来るかやくご飯とか、
必要なものを得ようとすると、不要なものが必ずセットで付いてきてしまう。世の中、そんな商法が実に多いか!
だが、物についてくる“不用品”は何も物質だけではない。中には“不要な思い出”がついてきてしまうこともあるのだ……。

第208話 わたくしのなかのあなた
6277d5bc.jpg冬の雪道。迷い込むように、糸色望は一件の温泉旅館にたどり着く。
「いらっしゃいませ」
温泉旅館の女将が糸色望を迎える。しかし糸色望は、女将の姿を見て驚きを浮かべる。
「なぜ、あなたが女将なのですか?」
女将として現れたのは木津千里であった。木津千里だけではない。2のへ組少女たちが温泉旅館の経営と管理を請け負っていた。
それは三日前――。
「ここの温泉、将軍様の《かくし湯》で有名なのよね」
温泉のゆるやかな湯でくつろぐ少女たち。さっぱりした気分で湯を上がり、浴衣を身にまとう。
すると、なぜか従業員たちが姿を消していた。壁にただ一つ、置手紙を残して。
“温泉をよろしくおねがいいたします おかみ”
そう。《かくし湯》に来たつもりが《たくし湯》であったのだ。2のへ組少女たち、それから糸色望に温泉旅館まるごと託されてしまった。
ここにいると、色んなものが不条理に託されてしまう……。
例えば、廊下を歩いていると、
「あんたも参加するかい?」
宴会を開いている部屋から男が現れ、糸色望に声を掛ける。糸色望は遠慮するが、男は強引に手を引き、糸色望を宴会場のさらに舞台の上に引き上げてしまう。
「君は、いま流行の小食男子だね?」
……ツッコミを託された!
しかも客は会計を済まさず逃亡。支払いを託されてしまう。
糸色望は逃げるように旅館から離れ、温泉が湧き出る岩場へと向う。そこには様々な名物“たくし湯”が湧き出ていた。

第209話 大いなる徴収
0394062b.jpg先週、ひどい目に遭った糸色望。それでもまだ温泉旅館に滞在していた。ふらりと湯の側の廊下を歩いていると、糸色望を呼ぶ声がする。
「先生、来ていたんですね」
温泉に浸かっていたのは2のへ組の少年たちであった。しかし、どういうわけか少年たちは気分を沈みがちにしている。
久藤准が語るには、はじめこそはみんな元気にしていたのだが――、
「この先に源泉があるのですが、そこに入って徐々に下流に来るにつれて、どんどんテンションが下がっていって……」
「これは、源泉徴収ですね」
一旧さんがそんな一同を見て分析を下す。『源泉』でテンションを『源泉徴収』されてしまった。だから少年たちは、暗い気分でいるというのだ。
テンションに限らず、世の中いろんなものが源泉徴収されてしまうものである。
例えば、
理想の彼女。はじめは高い理想を抱いていたのだが、現実を加味していって、どんどん地味な彼女に削れてしまった。
マガジンの某連載漫画。原作者が語るには、はじめはもっと面白いネタだった。「本当は面白いのに、源泉徴収されているのです!」
何もかも源泉徴収されて、つまらないものに変えられてしまう。だったら、源泉に行けばいい。何も引かれていない、素晴らしいものがきっとあるに違いない。
そう考えた少年たちは源泉へと這い上がっていく。しかしその行く手を阻むように、源泉徴収されてしまったあらゆるものが上流から流されてくる……。

第210話 豆まきごんのしん
8f624191.jpg今日は節分である。2のへ組一同が陽気に豆を巻いている。とそんな場所に、空気を読まない女がふらっと口にする。
「ねえねえ、知ってる? 節分て地方によっては、大豆じゃなくて殻のついた落花生を撒くところがあるんだって」
豆知識である。
節分の日だから、豆知識もまいちゃうわけである。
今の世の中、断片的に切り取られた豆知識のいかに多いことか。テレビをつければ、雑誌を開けば、通勤電車に乗れば、あらゆる場所で豆知識が大判振る舞いである。しかし、テレビで使われた時点でそれはもはや豆知識ではない。
「それ、昨日テレビで言ってた」
まあ、確かに。
だがそれでも、豆知識はいち早くまいちゃった者の勝ちである。2のへ組少女たちは、競い合うように豆知識をまきはじめる。
しかし、一度まかれた知識はその時点で豆知識ではなくなってしまう。人々は豆知識不足となり、新しい豆知識を得ようと暴走を始める……。

さよなら絶望先生《本家》 目次ページへ

読書記事一覧

漫画・著作:久米田康治
編集・出版:講談社
連載:週刊少年マガジン(2009年49号~2010年9月号(2010年8号休載)






拍手[0回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■  ネタ解説
■ [1]  [2]  [3]  [4]  [5]  ■


■2010/02/18 (Thu)
絶望先生20集01表紙“誰も止めてくれないからもう20集じゃないですか!!”
アニメ第4期こそ本当に絶望的な『さよなら絶望先生』もいよいよ20冊目を数える。第20集は絶望少女たちの中でも人気の高い小節あびるが表紙を飾る。和装姿にエプロンと、『絶望レストラン』を思わせるスタイルである。表紙カバーをめくると、そこにも小節あびるが登場する。
第20集の限定版にはオリジナル・アニメーションDVDが附属され、関係者のコメント(神谷浩史)によれば、「絶望先生最後の映像化作品」になるとされている。
とはいえ、(誰も話題にしないが)発行部数自体はかなりの好成績を上げている。かつては「『銀魂』の資料本に使えます」と自虐的に宣伝していたが、今では『銀魂』と発行部数を並べる勢いだ。アニメーション化はもはや期待できないが、間もなく発売される『じょしらく』とともに読み続けたい作品だ。

前巻までのあらすじ
私の名前は小節あびる。生傷が絶えないことからDVを疑われいるの。本当はそんな事なくて、この包帯、すっごい秘密があるんだ。どうせみんなは、裏にひでちゃん直伝の渡世術が書いてあるくらいに思っているかもしれないけど、実はこれ、ある法則で組み合わせると例の埋蔵金のありかを記した地図になっているの。そんなこんなで政府の刺客を逃れ、やっとの思いで聖地にたどり着いたのはいいけど、そこにあったのはヨド物置ほどの箱舟。自称神が新世界にもっていく漫画を一冊だけ選べと言うからもう大変。これを乗せろ、これを乗せろと熱心なファンたちのエゴのぶつかり合い。結局幹事長の鶴の一声で選ばれたのはプロレススーパースター列伝。まぁ、妥当なとこね。

第191話 カンサツ・シティ
04564599.jpg夏休みに入り、糸色交が朝顔の観察日記を始めた。そんな様子を背後から見守りつつ、「少しは観察される朝顔の気持ちも考えたらどうです」と糸色望が諭す。
という糸色望の背後には、糸色望観察日記をつぶさに記録し続ける常月まといの姿が。
そんな常月まといに「まといちゃん何しているの」と声を掛ける風浦可符香(P.N.)。糸色望観察日記だとわかると、絶望少女たちがぞろぞろと現れ、「皆で観察日記をつけてみましょう!」と話が発展していく。
こうして糸色望は少女たちにつきまとわれ、行動の一つ一つが記録されていく。しかし、普通に観察し続けるのも何となく退屈だ。よし、子供を見習って創意工夫しましょうと、風浦可符香(P.N.)が提案。糸色望観察記録から、糸色望いじり記録へと変質していく……。





第192話 狼と一匹の子山羊
f12ee4e3.jpgある朝、糸色望はいつもの習慣でラヂオ体操へと出かける。しかしラヂオ体操会場には子供たちの姿はなく、自分と体操のオジサン2人きり。なんとも言えない気まずいマンツーマン状態でのラヂオ体操であった。
そう、人は時として、予期せぬマンツーマン状態に遭遇してしまうのだ。
と今回は糸色望がひたすら気まずいマンツーマン・ディフェンスを仕掛けられる話である。
朝一で映画館に行くと、映画館には劇場主1人で、観客は自分1人だけ。
スーパーに買い物へ行くと、店の中は誰もおらず、やっと誰かいたかと思ったら万引きGメン。万引きGメンと自分のマンツーマンでの買い物。
プールへ行くと、監視員と自分だけ。
人が一杯いると思って某漫画家のサイン会へ行くと、行列に並んでいる人はみんなアルバイトと店員。実は作家と自分のマンツーマン。
そんな時、同じく行く先々でマンツーマンになってしまうという加賀愛と遭遇。2人で一緒ならもうマンツーマンにならずに済みます、と話はまとまりかけるが……。

第193話 神さんが流されてきた
116be5d9.jpg「流されるプール」である。糸色望は例によってどうでもいい言葉に突っ込みを入れる。
「「流れるプール」って言い方からしておかしい。「流されるプール」と言った方が正しくないですか?」
付和雷同の日本人は定めるものがなく、回りの気分、言論、気分に流されやすい。
ある子供が「ボニョのDVD買ったよ!」
別の子供も「私もボニョのDVD買ったよ!」
また別の子供も「私もボニョのDVD買ったよ!」
とそんな流れに流されて、日塔奈美が「私も買っちゃった!」
ほうら流された。
回りがしつこく勧めるから流されて投票してしまったり、
世界(欧米)の潮流に流されて日本の法律を変えてしまったり、
コミケ帰りの列に流されてなぜかガンダムに行き着いてしまったり、
ワールドカップやオリンピックになると普段はどうでもいいとか言いつつ「ニッポン! ニッポン!」と叫んでいたり、
回りが「年金問題! 年金問題!」と叫んでいたら、いつのまにか政治の最重要問題が年金問題になっていて、総理の意向も飲まれてまったり(漫画にありません)
日本は世間や流行の波が激しく、たった1人で何かを決心してその道を進んで行こうとするのはあまりにも難しい。
だが一方で、我が道を極めてしまった者の末路も哀しい。
流されるプールに流されていくうちに、糸色望と生徒たちは謎の島まで流されてしまう。そこは「流されない者たちの島」であった……。

第194話 終われぬ夏を抱いて
926b72b3.jpg承前。
何だか色んなものに流されて日本各地に散ってしまった糸色望の生徒たち。しかしそろそろ新学期だ。学校の始まりに合わせて、糸色望は自分の生徒たちを連れ戻す旅を始める……。
糸色望と常月まといの2人は離島のジャングルでクラスの生徒を発見するが、
「ウソだ! 夏休みが終るわけがないっ!」
エンドレスエイトの時もいつ終るのだろう、と思ったが彼らはまさにその只中だった。
「自分は学校から夏休みの命を受けてここにいる! 勝手に夏休みを終了するわけにはいかない!」
何となくジャングルに取り残された日本兵のような有様で頑なになっている生徒たち。彼らを連れ戻すには、上官に相当する人物の命令解除が必要のようだ。
学校の生徒は先生の指示によって夏休み終了を受け入れたが、ジャングルには夏休み終了を受け入れられず篭城を続ける人がたくさん潜んでいた。
「ウソ! バブルが終るわけないじゃない!」とバブル終了を知らずに物欲に走る40代女。
「僕と彼女のラブストーリーが終るわけない!」と恋愛終了を受け入れられない男。
「シュラトが終るわけがない!」と流行の終了を認めない藤吉晴美。
「この作品はまだ終ってない!」と連載終了を受け入れられない漫画家(この場合は打ち切りだな)
しかしジャングルには、もっと奥深い闇が永遠の夏休みを続けているらしい……。

第195話 個性肝要記
e7a7a31f.jpg2学期が始まった。糸色望が教壇に立ち、いつもの説教を始める。
「よく日本人は没個性的と言われ、昨今は個性を伸ばす教育が叫ばれている。しかし個性を発揮する場所を間違っている人があまりにも多い!」
面白人間アピールのつもりで書かれた個性的な履歴書。
痛々しいキャラクターアートでごてごてと飾り立てる個性的な痛車。
子供につける個性的な珍名。
自衛隊発のゆるキャラ。
自称アイデア先生による珍授業。
著者近影で裸になって尻をさらすのが個性的だと思っていた某漫画家
没個性の否定のつもりが、いつのまにか個性の暴走に発展する現代。個性的であれば何をやってもいい、個性という言葉が免罪符にすらなっている。糸色望はこの風潮を「ボツ個性」と名付ける。
そこで『さよなら絶望先生』は、もし漫画が個性的になりすぎたらどんな有様になってしまうのか――我が身を犠牲にしてその実例を示し、そのグダグダっぷりを披露する。

第196話 くみあはせ
4a936521.jpgそこは《10Qハンズ》(東急ハンズ)。ある店員の楽しみは、お客の買い物の中身から、何をするのか想像することだった。
しかし最近は何をするつもりなのか不可解な客が多い。
そんな店員の前に、糸色望が籠を手にやって来る。買ったのは、角材、サングラス、タオル、ヘルメット……。
ああ、訳のわからない組み合わせ。気になる、気になる……。
思いつめた店員は、糸色望を気絶させ拉致し、何となく『SAW』の雰囲気で「その買い物で何をするつもりだったのか答えよ」と迫る。
糸色望は家庭菜園を荒らすカラス避けにカカシを作るつもりだったと、答える。
納得した店員だったが、糸色望に別の問題を与える。他の客が買った物を並べ、「この者は何をするつもりだったのか答えよ」と問題を続ける。
店員は問題の度に、糸色望を気絶するほどに殴打した。そうしていると、糸色望は突然の記憶喪失を発症する。
風浦可符香(P.N.)の手配で何とか帰宅したものの、糸色望の記憶喪失をいいことに、絶望少女たちがこれみよがしに関係を迫ってくる。あまりにも激しい絶望少女たちの暴力的アピールに糸色望はついに……。

第197話 早すぎたMy soul
d8972653.jpg病気は早期発見が大事である。だが、早すぎる発見は考え物である。例えば、
「奈美ちゃんの後頭部に小さな1円ハゲ発見!」
小さいから気にせずほっとけば治るはず……。しかし気になって触っているうちに1円ハゲは大きくなり、いつのまにか10円ハゲに発展し……。
これこそが早すぎた発見であった。発見せずに素通りしていれば、何事もなく治っていたかも知れない。しかし発見してしまったばかりにかえって症状を悪化させてしまう。
例えば早すぎる恋の目覚めは男女の関係をギクシャクさせてしまい、結局は破局を招いてしったり、
無敵コマンドを発見したせいでゲームの楽しみがわからなくなったり、
猫型ロボットに未来を知らされたために自暴自棄になってしまったり、
Wikipediaで調べたばかりに自分で考えなくなったり、
中学生でこの国の将来を知って人生を諦めてしまったり、
早すぎる発見はいい結果を生み出さない。
と、ここにも早すぎる発見をしてしまった少年がいる。糸色交がエッチなサイトを発見してしまった。早すぎる性の目覚め。小森霧は厳しく糸色交を叱り付けるのだが……。

第198話 ブンカとカワウソの冒険
152344a7.jpg文化祭――なのだが今年はちょっとしたハプニングがあった。
こんな時代だからこそ予算をたっぷり組んで贅沢にやろうという『実行委員派』と、緊縮財政でつつましく地味にやろうという『書記長派』の二つに運営方針が分かれてしまったのだ。
二つの勢力は文化祭当日まで譲り合わず、学校は高い壁に分断されて東と西で違う文化祭が開催されることになった。つまり『分化祭』である。
その書記長というのは案の定、木津千里であった。2のへ組たちは問答無用で緊縮財政の西側に組み込まれてしまう。仕方ないので西側の催し物を回ることにする。
鉄道研究部の展示ブースへ行く。だがそこは、「のり鉄」と「とり鉄」の対立する分化スペースであった。
次に漫画研究部のブース。そこは漫画の趣向、いやいや同じ漫画でも組み合わせの違いで分裂する分化スペースであった。
分化祭に限らず、世間のあらゆるものが細分化されていく。
工場の細分化されすぎた作業で、自分が何を作っているのかわからなくなったり、
お役所仕事も細分化されすぎて、どこ行っても「ここじゃありません」と言われたり、
ホルモンの部位、缶コーヒーの種類、ビールの種類、細分化しすぎて名前聞いても何なのかわからないケーキ。
世間一般的には一緒でしょ、と言いたくなる物でも、内部では細分化を極めてもはや当事者でも訳がわからない状態になっているものが多くある。
そんな状況を前にし、風浦可符香(P.N.)はむしろ逆に「分化しちゃいましょうか」と提案する。――スピンオフである。
こうしてひたすら細分化していく西側文化。次第にそれは共感者のない個人スペースを作っていく。

第199話 0,001秒の天国と地獄
08394d91.jpg人は「ツイてないな」とか「運がないな」などと口にする。しかし本当は、心の奥底でその不幸を求めている、としたら。
車が迫ってくるその時、一瞬「どーでもいいな」という考えが頭をよぎる。むしろ「車に轢かれたほうが……」と。結果として事故に遭ったとしても、それは不幸ではなく願ったとおりだったかもしれない。
本人ですら自覚できない、その一瞬だからこそ現れる人間の本心。それこそが「0,001秒の悪魔」。
「すいません! すいません! 遅刻してしまいました!」と飛び込んでくる加賀愛。
「本当は違うんじゃない。何か一瞬考えなかった?」と問う新井智恵先生。
加賀愛は告白する。「このまま反対の電車に乗って行ったら、って一瞬脳裏を過ぎったかも知れません……」
そんな例は日常のいろんな場面にあるかも知れない。だが一方で、逆のケースも考えられる。
突然に黒板が傾いだ。教壇に立つ糸色望の背中に倒れる。
が、糸色望は鮮やかなフットワークで黒板を避けた。見事な身軽さで何の躊躇いなく。
これこそ「0,001秒の天使」。普段死にたい死にたいと喚いているが、隠された内面では死にたくないと訴えている。
たった0,001秒。だからこそ、人間の本質はその中に浮き出てくるのかもしれない。『さよなら絶望先生』らしい指摘を、独特のユーモアと自虐で描く。

第200話 長い長いさっしん
953fa9ae.jpgいきなりだが、謎の何かが糸色望にまとわりついていた。それは「レガシーコスト」と呼ばれるものであった。
何でも長く続けていると、負の要素も大きく育ってしまう。会社は勤続年数の長い社員が多くなると、給料の上昇、企業年金、保証やらで会社の負担が大きくなり経営を圧迫してしまう。
同じ政権が長く続いてしまうと、関係企業からのしがらみが深くなり、身動き取れなくなったり(逆の場合でもやっぱりしがらみだらけだったりするが……)
漫画雑誌も漫画家がベテランになると、人気が微妙でも切りにくくなったり。
一方でユーザー自身がしがらみとなる場合もある。
企業がスタイルを新しくしたくても、ユーザーが古いものを引き摺ってしまう。年代とともに趣向が変わるのではなく、世代がある時代を引き摺って進んでいくのだ。気付けば世代間ごとの断層が築かれ、我が文化こそセンターであるとその下で発生している新しい兆候を非難する。
結局はその人間が新しい時代や文化の刷新を阻害しているのだ。
例えば売り上げがほとんどデジカメに移ってしまってもメーカーはフィルムを作り続けねばならないし、
旧式タイプライターのインクリボンを作り続けねばならないし、
生産中止したストーブでも替え芯は作り続けねばならないし、
ソニーはベータ用のテープをいまだに作り続けている。
しかし、糸色望にとっての最大のレガシーコストはそれだけではないようだった……。

さよなら絶望先生《本家》 目次ページへ

読書記事一覧

漫画・著作:久米田康治
編集・出版:講談社
連載:週刊少年マガジン





拍手[0回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [1]  [2]  [3]  [4]  [5]  ■


■ ブログの解説 ■

漫画・アニメ・キャラクターを中心に取り扱うブログです。 読みたい記事は、左の目次からお探しください。

QLOOKアクセス解析


■ ブログ内検索  ■

私が描きました!

アマゾンショップ

アマゾンのサイトに飛びます
フィギュア

アニメDVD

新刊コミック

ゲーム

ライトノベル

楽天

アマゾン<シャッフル>ショップ

私が描きました!

Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]