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■2009/09/24 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
5
千里は考えを諦めるように、溜め息をひとつついた。
「男爵をどうにかするのはできない、というのは理解しました。それでは、あの少女は何者なのです。あの風浦さんそっくりの女の子。あれはどう見ても、風浦さんの双子か何かです。先生、そういうのに覚えはありませんか?」
千里は顔を上げて、次なる疑問を口にした。
「知らないです。そもそも私、風浦さんの家族構成なんてあまり知りませんから。複雑な家庭らしいのはわかっているのですが……」
糸色先生は頼りなげに頭をくしゃくしゃと掻いた。
私は糸色先生と終業式前に交わした会話を思い出した。糸色先生は、可符香の正しい住所すら知らない。
でも、可符香の内情で知っているといえば、どれだけあるだろう。可符香は複雑な家庭環境にあるらしい。父は自殺未遂。母は悪霊に取り付かれ、霊媒師に救われた過去がある。おじさんは刑務所で過ごしていて、時々“出島”で会話しているという。それから、幼い頃はあちこち引越しばかりの生活をしていた。
ここまでを整理すると、可符香には父と母と従兄の男性がいる。それが全てであって、「姉か妹がいる」なんて話は一度も出てきていない。
多分、他の誰かに聞いても新しい情報が出てきたりはしないだろう。もしかすると、本人に尋ねても、答えをはぐらかされてしまうかもしれない。可符香を覆うヴェールは、誰の手によってでも明らかにできないような気がした。風浦可符香の本当の名前を含めて……。
「いずれにしても、私は男爵のゲームを引き受けるつもりです。というか、もう逃げ道はありませんし、このまままごついていたら、私は殺され、風浦さんは殺人罪で捕まってしまいます。私は、風浦さんを警察に突き出すような真似はしたくありません。皆さんは被害者ですが、私に協力してくれませんか。皆さんの想いを、私に託してください」
糸色先生は私たち全員の顔を見て、落ち着いた言葉で説いた。いつも教壇で聞くより、ずっと頼りがいのある大人の男性の声に思えた。それが多分、17歳の頃の糸色先生が持っていた眼差しなのだろう、という気がした。
「もちろんよ。」
千里が一番に答えて頷いた。
「私も、可符香ちゃんを不幸にさせたくないから」
私も同意して追従した。
「同じく」
藤吉はちょっと手を上げて私に続いた。
「私も。先生が言うんだったら」
まといが糸色先生に熱い眼差しを送りながら頷いた。
「皆さん。ありがとうございます」
糸色先生は改まったふうにスツールの上で頭を下げた。
「それで、警察の手を一切借りず、お前は男爵に立ち向かうわけだ。どうするつもりだ。策はあるのか?」
命先生が試すように糸色先生に訊ねた。
「まずは情報です。ここで、全員の情報を共有しましょう。皆さんは事件の当事者です。事件を解決するためのヒントを、どこかで接していたり、目撃していたりするはずです。だからどんな些細なことでも構いません。最初の事件から今までの経緯をすべて私に話してください」
糸色先生はさらに説得するように言葉に力を込めた。
「それじゃ、困ります。どこから話すべきなのか、きちんと指定してください。私、生まれてから現在に至るまでの話をしますよ。」
千里は腕組をして、厳しく答えを返した。
「えっと、それじゃ……。そうですね。蘭京さんの事件、やはり気になりますね。では、7月5日から。日塔さんがあの秘密の部屋で蘭京さんの失踪に気付いたところからお願いします。特に日塔さんは、事件の最初から関わっていました。決定的な何かを見ているか、あるいは知っている可能性があります。お願い、できますね」
糸色先生が決断を迫るように私に真剣な目を向けた。
私は、脇の下に汗が浮かぶのを感じながら、重く頷いた。
次回 P065 第6章 異端の少女6 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P064 第6章 異端の少女
5
千里は考えを諦めるように、溜め息をひとつついた。
「男爵をどうにかするのはできない、というのは理解しました。それでは、あの少女は何者なのです。あの風浦さんそっくりの女の子。あれはどう見ても、風浦さんの双子か何かです。先生、そういうのに覚えはありませんか?」
千里は顔を上げて、次なる疑問を口にした。
「知らないです。そもそも私、風浦さんの家族構成なんてあまり知りませんから。複雑な家庭らしいのはわかっているのですが……」
糸色先生は頼りなげに頭をくしゃくしゃと掻いた。
私は糸色先生と終業式前に交わした会話を思い出した。糸色先生は、可符香の正しい住所すら知らない。
でも、可符香の内情で知っているといえば、どれだけあるだろう。可符香は複雑な家庭環境にあるらしい。父は自殺未遂。母は悪霊に取り付かれ、霊媒師に救われた過去がある。おじさんは刑務所で過ごしていて、時々“出島”で会話しているという。それから、幼い頃はあちこち引越しばかりの生活をしていた。
ここまでを整理すると、可符香には父と母と従兄の男性がいる。それが全てであって、「姉か妹がいる」なんて話は一度も出てきていない。
多分、他の誰かに聞いても新しい情報が出てきたりはしないだろう。もしかすると、本人に尋ねても、答えをはぐらかされてしまうかもしれない。可符香を覆うヴェールは、誰の手によってでも明らかにできないような気がした。風浦可符香の本当の名前を含めて……。
「いずれにしても、私は男爵のゲームを引き受けるつもりです。というか、もう逃げ道はありませんし、このまままごついていたら、私は殺され、風浦さんは殺人罪で捕まってしまいます。私は、風浦さんを警察に突き出すような真似はしたくありません。皆さんは被害者ですが、私に協力してくれませんか。皆さんの想いを、私に託してください」
糸色先生は私たち全員の顔を見て、落ち着いた言葉で説いた。いつも教壇で聞くより、ずっと頼りがいのある大人の男性の声に思えた。それが多分、17歳の頃の糸色先生が持っていた眼差しなのだろう、という気がした。
「もちろんよ。」
千里が一番に答えて頷いた。
「私も、可符香ちゃんを不幸にさせたくないから」
私も同意して追従した。
「同じく」
藤吉はちょっと手を上げて私に続いた。
「私も。先生が言うんだったら」
まといが糸色先生に熱い眼差しを送りながら頷いた。
「皆さん。ありがとうございます」
糸色先生は改まったふうにスツールの上で頭を下げた。
「それで、警察の手を一切借りず、お前は男爵に立ち向かうわけだ。どうするつもりだ。策はあるのか?」
命先生が試すように糸色先生に訊ねた。
「まずは情報です。ここで、全員の情報を共有しましょう。皆さんは事件の当事者です。事件を解決するためのヒントを、どこかで接していたり、目撃していたりするはずです。だからどんな些細なことでも構いません。最初の事件から今までの経緯をすべて私に話してください」
糸色先生はさらに説得するように言葉に力を込めた。
「それじゃ、困ります。どこから話すべきなのか、きちんと指定してください。私、生まれてから現在に至るまでの話をしますよ。」
千里は腕組をして、厳しく答えを返した。
「えっと、それじゃ……。そうですね。蘭京さんの事件、やはり気になりますね。では、7月5日から。日塔さんがあの秘密の部屋で蘭京さんの失踪に気付いたところからお願いします。特に日塔さんは、事件の最初から関わっていました。決定的な何かを見ているか、あるいは知っている可能性があります。お願い、できますね」
糸色先生が決断を迫るように私に真剣な目を向けた。
私は、脇の下に汗が浮かぶのを感じながら、重く頷いた。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
PR
■2009/09/23 (Wed)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
4
話がそこで、一段落ついた感じがした。夜の虫の囁く声がひっそりと私たちの沈黙を埋めた。時刻はそろそろ夜の10時を回ろうとしている。いつもだったら、夕食もお風呂も済ませて、さて寝ようか、と考える時間だ。
男爵の目論見が明らかになった。どうやって糸色先生を殺すつもりなのかも。そうすると、私は次の疑問に行き当たる気がした。
「ところで、疑問だったんですけど、男爵はどうやって刑務所から出て来たんですか? 子供を50人も殺したなんて、それじゃどう考えても無期懲役か死刑でしょう? そんな人が仮釈放されるなんて、ありえるんですか?」
私は少し首をかしげるふうにして糸色先生に尋ねた。
みんな糸色先生に注目していた。誰もが同じ疑問を持っていたのだ。でも糸色先生は答えが見付からないというふうにうつむいた。
すると、命先生がちょっと手を上げてみんなの注目を集めた。
「思うんだが、いいか? 望、お前あの事件で警察関係や司法関係から相当、恨まれているはずだぞ。だから僕の考えだが、男爵はお前に恨みを持つ人間の代表なんじゃないかって。本当は刑務所を出ようと思ったら、いつでも出られたんだよ。でも出てこなかったのは、事件が世間で風化するのを待っていたんだ。男爵も世間には勝てないだろうし、利口な奴は計画に気付くかもしれない。だから10年経った今、男爵は刑務所から出てきて計画をスタートさせたんだ」
命先生は糸色先生を振り向いて、警告する調子で話した。
「私、なにやら危険な蜂の巣を叩いてしまったんですか?」
糸色先生がはっきりとわかるくらい顔を青ざめさせた。
「それじゃ、先生。男爵を警察に逮捕させることは不可能なのですか?」
千里が二人の先生を交互に見ながら訪ねた。
「なくはありません。例えば男爵を渋谷の界隈に連れ出し、白昼の下、殺人を犯させるのです。そういう誰にも言い逃れができず、世間の制裁からも逃げられない立場に追い込まないかぎり、警察は絶対に動きませんし、男爵は逮捕されません」
「そんなの、不可能です!」
糸色先生の説明に、千里が否定的な声をあげた。
「ええ、不可能です。男爵は権力を味方につけていますから。だから10年前、私は窮地に立たされてしまったのです。あの時は、父が国会で暴露してくれたおかげで助かったんです。私が収集した情報は、証拠として充分な威力を持っていましたし。だから申し訳ありませんが、あなたがたへの監禁と暴行について、私は告発できないんです。もし、今の段階で男爵を告発しようとしたら、逮捕されるのはただ一人、日塔さん、あなたです」
糸色先生がみんなに頭を下げ、それから私に目を向けた。
「なんで私なんですか?」
私はぞっとするものを感じながら、尋ね返した。
「日塔さん、あなた、男爵を刺したでしょう」
糸色先生の言葉が、私には宣告に聞こえた。私は急に体の奥に冷たいものを感じて、視線を落とした。膝が苛立ったように震えていた。
すると、右隣に座っていた千里が、膝の上に置かれていた私の手を握った。顔を上げると、千里の気遣わしげな顔があった。私は少し安らぐ気がして「大丈夫だから」と頷いて返した。
「じゃあ、みんなでいきなり男爵に襲い掛かって、袋叩きにするってどうですか?」
藤吉が身を乗り出して、強い調子で私たち一同を見回した。
「駄目ですね。男爵は油断ならない男ですし、不用意に近付かないほうが身のためです。男爵は考えられるあらゆる罠を常に用意しています。10歩以内の半径に近付くべきではありません。日塔さんなら、おわかりでしょ」
糸色先生は全員に忠告して、確認するように私を振り向いた。私は大きく三度頷いた。
あれは忘れもしない。男爵に近付いた途端、突然全身にロープが絡みつき、自由を奪われてしまった。あの恐怖は忘れようがない。
「でも、まだ疑問があります。男爵は先生を殺したいんでしょ? だったら人を雇って糸色先生を拉致して、どこかでこっそり殺せばいいじゃないですか。」
千里は納得いかない顔で疑問を口にした。物騒だったけど、確かに正論だった。
「男爵は言いました。これは復讐ではない。挑戦だ、と。男爵は簡単に私を殺すつもりはないんでしょう。男爵は自分で決めたやり方とルールで私を殺したいんです。だから男爵は人を雇わず、あの屋敷に一人でいるように見せかけているのです。その一方で男爵は自分が設定したルールには頑なに守ろうとするでしょう。そういう男です。こちらがルール違反、例えば警察に通報などをすると、男爵は日塔さんによる傷害というカードを切るでしょう。飽くまでも、これはゲームですから。男爵は私を殺す過程を楽しむつもりですよ。でも、ゲームだからこそ、こちらにも反撃の余地はあると思うのです。どんなに難易度が高くても、クリア不能のゲームは存在しませんから」
糸色先生の言葉は宣言するようだった。まるで、男爵が乗り移って、ゲームのルールを説明しているように思えた。
次回 P064 第6章 異端の少女5 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P063 第6章 異端の少女
4
話がそこで、一段落ついた感じがした。夜の虫の囁く声がひっそりと私たちの沈黙を埋めた。時刻はそろそろ夜の10時を回ろうとしている。いつもだったら、夕食もお風呂も済ませて、さて寝ようか、と考える時間だ。
男爵の目論見が明らかになった。どうやって糸色先生を殺すつもりなのかも。そうすると、私は次の疑問に行き当たる気がした。
「ところで、疑問だったんですけど、男爵はどうやって刑務所から出て来たんですか? 子供を50人も殺したなんて、それじゃどう考えても無期懲役か死刑でしょう? そんな人が仮釈放されるなんて、ありえるんですか?」
私は少し首をかしげるふうにして糸色先生に尋ねた。
みんな糸色先生に注目していた。誰もが同じ疑問を持っていたのだ。でも糸色先生は答えが見付からないというふうにうつむいた。
すると、命先生がちょっと手を上げてみんなの注目を集めた。
「思うんだが、いいか? 望、お前あの事件で警察関係や司法関係から相当、恨まれているはずだぞ。だから僕の考えだが、男爵はお前に恨みを持つ人間の代表なんじゃないかって。本当は刑務所を出ようと思ったら、いつでも出られたんだよ。でも出てこなかったのは、事件が世間で風化するのを待っていたんだ。男爵も世間には勝てないだろうし、利口な奴は計画に気付くかもしれない。だから10年経った今、男爵は刑務所から出てきて計画をスタートさせたんだ」
命先生は糸色先生を振り向いて、警告する調子で話した。
「私、なにやら危険な蜂の巣を叩いてしまったんですか?」
糸色先生がはっきりとわかるくらい顔を青ざめさせた。
「それじゃ、先生。男爵を警察に逮捕させることは不可能なのですか?」
千里が二人の先生を交互に見ながら訪ねた。
「なくはありません。例えば男爵を渋谷の界隈に連れ出し、白昼の下、殺人を犯させるのです。そういう誰にも言い逃れができず、世間の制裁からも逃げられない立場に追い込まないかぎり、警察は絶対に動きませんし、男爵は逮捕されません」
「そんなの、不可能です!」
糸色先生の説明に、千里が否定的な声をあげた。
「ええ、不可能です。男爵は権力を味方につけていますから。だから10年前、私は窮地に立たされてしまったのです。あの時は、父が国会で暴露してくれたおかげで助かったんです。私が収集した情報は、証拠として充分な威力を持っていましたし。だから申し訳ありませんが、あなたがたへの監禁と暴行について、私は告発できないんです。もし、今の段階で男爵を告発しようとしたら、逮捕されるのはただ一人、日塔さん、あなたです」
糸色先生がみんなに頭を下げ、それから私に目を向けた。
「なんで私なんですか?」
私はぞっとするものを感じながら、尋ね返した。
「日塔さん、あなた、男爵を刺したでしょう」
糸色先生の言葉が、私には宣告に聞こえた。私は急に体の奥に冷たいものを感じて、視線を落とした。膝が苛立ったように震えていた。
すると、右隣に座っていた千里が、膝の上に置かれていた私の手を握った。顔を上げると、千里の気遣わしげな顔があった。私は少し安らぐ気がして「大丈夫だから」と頷いて返した。
「じゃあ、みんなでいきなり男爵に襲い掛かって、袋叩きにするってどうですか?」
藤吉が身を乗り出して、強い調子で私たち一同を見回した。
「駄目ですね。男爵は油断ならない男ですし、不用意に近付かないほうが身のためです。男爵は考えられるあらゆる罠を常に用意しています。10歩以内の半径に近付くべきではありません。日塔さんなら、おわかりでしょ」
糸色先生は全員に忠告して、確認するように私を振り向いた。私は大きく三度頷いた。
あれは忘れもしない。男爵に近付いた途端、突然全身にロープが絡みつき、自由を奪われてしまった。あの恐怖は忘れようがない。
「でも、まだ疑問があります。男爵は先生を殺したいんでしょ? だったら人を雇って糸色先生を拉致して、どこかでこっそり殺せばいいじゃないですか。」
千里は納得いかない顔で疑問を口にした。物騒だったけど、確かに正論だった。
「男爵は言いました。これは復讐ではない。挑戦だ、と。男爵は簡単に私を殺すつもりはないんでしょう。男爵は自分で決めたやり方とルールで私を殺したいんです。だから男爵は人を雇わず、あの屋敷に一人でいるように見せかけているのです。その一方で男爵は自分が設定したルールには頑なに守ろうとするでしょう。そういう男です。こちらがルール違反、例えば警察に通報などをすると、男爵は日塔さんによる傷害というカードを切るでしょう。飽くまでも、これはゲームですから。男爵は私を殺す過程を楽しむつもりですよ。でも、ゲームだからこそ、こちらにも反撃の余地はあると思うのです。どんなに難易度が高くても、クリア不能のゲームは存在しませんから」
糸色先生の言葉は宣言するようだった。まるで、男爵が乗り移って、ゲームのルールを説明しているように思えた。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/21 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
3
私はしばらく、糸色先生が提示したリストを眺めていた。その中に自分の近しい人はいないだろうか、と探していた。でも、どの名前も住所も聞き覚えのないものばかりだった。私の人生とは、多分、接点はないだろう。
「それで、どうするんだ。これからそのリストを一件一件調べるのか?」
リストを眺めていた命先生が、糸色先生を振り返った。
糸色先生はすぐには答えず、しばらく考えるように顎をなでていた。
「……その必要はないと思います」
糸色先生はまだ思考中らしく、ぽつりと呟いた。
「あの、蘭京さんはリストにいないんですか? だって蘭京さん、どう考えてもそっち寄りの人でしょう? 私、絶対に蘭京さんがリストにいると思ったんですけど」
藤吉がちょっと手を上げて注目を集めた。
「僕も同じように思った。蘭京太郎というのは本名か? まだあいつは行方不明のままなんだろう」
命先生が同意らしく後を継いだ。
「いえ、わからないですが。兄さんは何か思い当たるところでも?」
糸色先生はちょっと顔を上げて命先生を振り返った。まだ糸色先生は考え中みたいな表情だった。
「いや、どう考えても怪しいだろう。お前のところの生徒を4人も殺害して姿をくらましたんだ。事件に無関係とは思えない」
命先生は断言するように意見を告げた。
「私も同感です。蘭京太郎の事件は未解決のままですから。すっきりしません。蘭京太郎という人物について、改めて考えてみてもいいと思います。先生、蘭京太郎とはもちろん会ったことはありますよね。」
千里も命先生に追従した。
糸色先生は考えるように顎をなでて、うつむいてしまった。
「確かに会ったことはありますよ。同じ職場ですから。でも、挨拶をかわした程度の関係ですから、正直なところ、よくわからないです」
糸色先生は顔を上げるが、答えが見つけられないらしくもどかしそうな表情をしていた。
ここで話が途切れてしまった。みんな目線で何か言い出すのを譲り合っているみたいだった。でも、誰ひとりとして、蘭京太郎に関する情報を口にする人はいなかった。
私もそういえば蘭京太郎についてよく知らなかった。用務員として高校に駐在している人。考えてみれば、私にとっての蘭京太郎はそれで全部だった。
「それじゃ、話を元に戻しましょうよ。男爵が戻ってきた理由はなんなんですか? それに、あの可符香ちゃんそっくりの女の子はいったい誰なんですか?」
私たちが沈黙していると、藤吉がちょっと身を乗り出して、私たち一同を見回した。
「そりゃ、望の抹殺だろう。あるいは、糸色家全員かもしれんがな」
命先生が他人事みたいに答えを返した。
「でも、そんなことをしたら殺人罪でしょ? 人を殺したら男爵だって、ただで済むわけないじゃないですか。」
千里が命先生を見て、疑問で返した。
糸色先生は厳しい顔で頷いた。
「ええ、確かに。しかし、殺人の罪を被るのは男爵でも、あの風浦さんにそっくりの女の子ではありません。風浦さんただ一人です。どうやら別人らしいと我々はわかっていますが、世間的に見れば、どう考えてもあれは風浦可符香さんです。だからもし、町中であの風浦さんに似た女の子が私を刺した場合、見ていた人はみんな風浦可符香さんが刺したと証言するでしょう。男爵の目論見は風浦可符香そっくりのあの女の子で私を殺し、その後で風浦可符香さんと摩り替えるつもりなのでしょう」
「警察に捕まるのは風浦可符香ただ一人。そしてお前は、自分の生徒に殺されたという不名誉を世間に残し、死んでいくわけだ。そうなると、糸色家の名声も大きくがたつくだろう。まったく悪趣味な計画だ」
糸色先生の推測の後に、命先生が重い調子で追従した。
次回 P063 第6章 異端の少女4 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P062 第6章 異端の少女
3
私はしばらく、糸色先生が提示したリストを眺めていた。その中に自分の近しい人はいないだろうか、と探していた。でも、どの名前も住所も聞き覚えのないものばかりだった。私の人生とは、多分、接点はないだろう。
「それで、どうするんだ。これからそのリストを一件一件調べるのか?」
リストを眺めていた命先生が、糸色先生を振り返った。
糸色先生はすぐには答えず、しばらく考えるように顎をなでていた。
「……その必要はないと思います」
糸色先生はまだ思考中らしく、ぽつりと呟いた。
「あの、蘭京さんはリストにいないんですか? だって蘭京さん、どう考えてもそっち寄りの人でしょう? 私、絶対に蘭京さんがリストにいると思ったんですけど」
藤吉がちょっと手を上げて注目を集めた。
「僕も同じように思った。蘭京太郎というのは本名か? まだあいつは行方不明のままなんだろう」
命先生が同意らしく後を継いだ。
「いえ、わからないですが。兄さんは何か思い当たるところでも?」
糸色先生はちょっと顔を上げて命先生を振り返った。まだ糸色先生は考え中みたいな表情だった。
「いや、どう考えても怪しいだろう。お前のところの生徒を4人も殺害して姿をくらましたんだ。事件に無関係とは思えない」
命先生は断言するように意見を告げた。
「私も同感です。蘭京太郎の事件は未解決のままですから。すっきりしません。蘭京太郎という人物について、改めて考えてみてもいいと思います。先生、蘭京太郎とはもちろん会ったことはありますよね。」
千里も命先生に追従した。
糸色先生は考えるように顎をなでて、うつむいてしまった。
「確かに会ったことはありますよ。同じ職場ですから。でも、挨拶をかわした程度の関係ですから、正直なところ、よくわからないです」
糸色先生は顔を上げるが、答えが見つけられないらしくもどかしそうな表情をしていた。
ここで話が途切れてしまった。みんな目線で何か言い出すのを譲り合っているみたいだった。でも、誰ひとりとして、蘭京太郎に関する情報を口にする人はいなかった。
私もそういえば蘭京太郎についてよく知らなかった。用務員として高校に駐在している人。考えてみれば、私にとっての蘭京太郎はそれで全部だった。
「それじゃ、話を元に戻しましょうよ。男爵が戻ってきた理由はなんなんですか? それに、あの可符香ちゃんそっくりの女の子はいったい誰なんですか?」
私たちが沈黙していると、藤吉がちょっと身を乗り出して、私たち一同を見回した。
「そりゃ、望の抹殺だろう。あるいは、糸色家全員かもしれんがな」
命先生が他人事みたいに答えを返した。
「でも、そんなことをしたら殺人罪でしょ? 人を殺したら男爵だって、ただで済むわけないじゃないですか。」
千里が命先生を見て、疑問で返した。
糸色先生は厳しい顔で頷いた。
「ええ、確かに。しかし、殺人の罪を被るのは男爵でも、あの風浦さんにそっくりの女の子ではありません。風浦さんただ一人です。どうやら別人らしいと我々はわかっていますが、世間的に見れば、どう考えてもあれは風浦可符香さんです。だからもし、町中であの風浦さんに似た女の子が私を刺した場合、見ていた人はみんな風浦可符香さんが刺したと証言するでしょう。男爵の目論見は風浦可符香そっくりのあの女の子で私を殺し、その後で風浦可符香さんと摩り替えるつもりなのでしょう」
「警察に捕まるのは風浦可符香ただ一人。そしてお前は、自分の生徒に殺されたという不名誉を世間に残し、死んでいくわけだ。そうなると、糸色家の名声も大きくがたつくだろう。まったく悪趣味な計画だ」
糸色先生の推測の後に、命先生が重い調子で追従した。
次回 P063 第6章 異端の少女4 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/21 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
2
「みんなごめんね」
ようやく落ち着いたらしい藤吉が、眼鏡をかけて私たちみんなに軽い感じの声をかけた。でも目元は赤く腫れたままで、少し痛々しかった。
千里と藤吉もスツールを持ってきて、私の右隣に並んで座った。私たちはちょうど、円陣を組む体制になった。
「それでは先生。10年前の事件から話を聞かせてください。」
皆の準備が整うと、千里が委員長らしく話を進行させた。
「そうですね。皆さんはすでに事件の当事者ですから。知る必要があるでしょう。……10年前、私は一つの事件と遭遇しました。私は高校2年生、17歳のときでしたね。当時の男爵は、あの屋敷に月数回のペースで人を集めて、パーティーを主催していました。そのパーティーの余興として、50人近い子供が、快楽のために殺害されていたのです」
糸色先生は私たち全員の顔を見ながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あの、いったいどんなパーティーだったのですか? 快楽のために子供を殺害したって……。」
千里が困惑して言葉を引き攣らせていた。いつもきっちりしている富士額に、髪の毛がかかっていた。
糸色先生の代わりに、命先生が答えた。
「そこは聞かないほうがいいな。パーティーの余興として子供が殺されていた、この部分だけ理解していればそれでいい。私は外科もやるんで、大抵の修羅場は経験しているつもりだったが、それでも実際の写真を見て胸が悪くなった。精神衛生上のためにも、それ以上話は聞かないほうがいい」
命先生が腕組をして千里に忠告した。千里は顔をこわばらせたまま小さく二度頷いた。
「とにかく、あの屋敷では夜な夜な“殺人ショー”が行われていました。それを知った私は、男爵を告発しようとしたのです。しかし男爵の招いた客の中には、政治家、警察、マスコミといった人たちもいました。要するに、権力に関わる組織は、全員が男爵と共犯関係にあったわけです。告発が思うようにいくわけがありません。警察に届け出ても無視でしたし、マスコミも一切取り上げません。しかも私は、むしろ逆襲に遭って窮地に陥りました」
糸色先生がその続きを話しはじめた。
話を聞いているうちに、私は恐くなってしまった。あの屋敷、あの食卓で人が殺されていた。知らなかったとはいえ、私たちはそんな屋敷に押し入って、監禁されていたのだ。
それに約50人と説明されているが、それでは収まらないだろう。あの独房、それから水に浸された穴の中。回収されていない死体は、まだあの屋敷にたくさん眠っているはずだ。
「それじゃ、どうやって男爵を逮捕させたんですか?」
藤吉が真剣な顔をして訊ねた。そうだ。権力を味方につけていたとはいえ、結果的に男爵は逮捕されたのだ。
「父の大だよ。父は現職の国会議員だからな。要するに、父は男爵に抵抗できる権力だった、というわけだ」
命は少し誇らしげな調子で答えた。糸色先生が頷いて、話の続きを継いだ。
「そう。父が国会会期中に突然、私が作成したパーティーの参加者リストを読み上げたのです。もちろんNHKのカメラで完全生中継。男爵の背徳行為は、一気に全国の茶の間に伝えられたのです。これで初めて警察が捜査に乗り出し、事件は一気に解決。関係者は末端まで刑務所送りになりました。……情けない話です。最後には父親に助けられたわけですから」
糸色先生は淡々と説明し、その最後で少し気分を沈ませるように肩を落とした。
「いえ、先生、いいんですよ、それだけの事件でしたから。先生が無事で何よりです。それに、助かった子供もいたんでしょ?」
糸色先生の左隣のまといが、慰めるように言葉をかけた。まといはこんな時でも糸色先生にかぶりつきで、私は心の中で「近すぎよ!」と思った。
「ええ、少ないですが、救出された子供もいました。みんな体が衰弱していて、無事に成長した子供は少なかったですね。精神的な障害はもっと重いようでした。衰弱して皮膚が緑色になっていた子供もいましたね」
糸色先生はまといの厚かましい眼差しにちょっと顔をのけぞらせて、話を続けた。
「はい? 皮膚が緑色、ですか?」
聞きなれない症状に、千里が訊ねた。
「飢餓状態の一種だよ。腹が膨れるのはよく知られるが、皮膚が緑色になるのも、飢餓状態の症状だ。病名は『緑性萎縮黄病』。極端な飢餓による栄養失調がもたらす貧血病だよ。男爵は戯れで、毒を与えながら子供を飢餓状態に置き、次第に理性を失って衰弱死する様を見て楽しんでいたようだな。残念ながら、そういった飢餓状態で救われた子供に生存者はいない。それに、そうだ。実は男爵は表向きには東大付属植物園の研究員だった。人体実験していたという噂は、今も絶えんな」
命先生が腕組を外し、専門家らしい視点を加えた説明をした。
「他にも、助かった子供はいました。でも、救出された子供たち、というのと少し違う子供たちでした。『男爵の弟子』と呼ばれる子供たちです。男爵は子供達の中から素質のある者を選び出し、自分の後継者として育てていたようです。これがその13人のリストです。中には、著名な芸術家になった者もいますね。もっとも、“趣味が高じた殺人”が明らかになって逮捕されましたが。行方が明らかな者がどれだけいるか、わかりません」
糸色先生はそう前置きして、持っていたリストを私たちに差し出して見せた。リストはコピーを繰り返したらしく、文字が滲んだようにぼやけていた。それでも、判読不明というほどでもなかった。
リストには、次の13人が名前と住所が共に羅列されていた。
次回 P62 第6章 異端の少女3 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P061 第6章 異端の少女
2
「みんなごめんね」
ようやく落ち着いたらしい藤吉が、眼鏡をかけて私たちみんなに軽い感じの声をかけた。でも目元は赤く腫れたままで、少し痛々しかった。
千里と藤吉もスツールを持ってきて、私の右隣に並んで座った。私たちはちょうど、円陣を組む体制になった。
「それでは先生。10年前の事件から話を聞かせてください。」
皆の準備が整うと、千里が委員長らしく話を進行させた。
「そうですね。皆さんはすでに事件の当事者ですから。知る必要があるでしょう。……10年前、私は一つの事件と遭遇しました。私は高校2年生、17歳のときでしたね。当時の男爵は、あの屋敷に月数回のペースで人を集めて、パーティーを主催していました。そのパーティーの余興として、50人近い子供が、快楽のために殺害されていたのです」
糸色先生は私たち全員の顔を見ながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あの、いったいどんなパーティーだったのですか? 快楽のために子供を殺害したって……。」
千里が困惑して言葉を引き攣らせていた。いつもきっちりしている富士額に、髪の毛がかかっていた。
糸色先生の代わりに、命先生が答えた。
「そこは聞かないほうがいいな。パーティーの余興として子供が殺されていた、この部分だけ理解していればそれでいい。私は外科もやるんで、大抵の修羅場は経験しているつもりだったが、それでも実際の写真を見て胸が悪くなった。精神衛生上のためにも、それ以上話は聞かないほうがいい」
命先生が腕組をして千里に忠告した。千里は顔をこわばらせたまま小さく二度頷いた。
「とにかく、あの屋敷では夜な夜な“殺人ショー”が行われていました。それを知った私は、男爵を告発しようとしたのです。しかし男爵の招いた客の中には、政治家、警察、マスコミといった人たちもいました。要するに、権力に関わる組織は、全員が男爵と共犯関係にあったわけです。告発が思うようにいくわけがありません。警察に届け出ても無視でしたし、マスコミも一切取り上げません。しかも私は、むしろ逆襲に遭って窮地に陥りました」
糸色先生がその続きを話しはじめた。
話を聞いているうちに、私は恐くなってしまった。あの屋敷、あの食卓で人が殺されていた。知らなかったとはいえ、私たちはそんな屋敷に押し入って、監禁されていたのだ。
それに約50人と説明されているが、それでは収まらないだろう。あの独房、それから水に浸された穴の中。回収されていない死体は、まだあの屋敷にたくさん眠っているはずだ。
「それじゃ、どうやって男爵を逮捕させたんですか?」
藤吉が真剣な顔をして訊ねた。そうだ。権力を味方につけていたとはいえ、結果的に男爵は逮捕されたのだ。
「父の大だよ。父は現職の国会議員だからな。要するに、父は男爵に抵抗できる権力だった、というわけだ」
命は少し誇らしげな調子で答えた。糸色先生が頷いて、話の続きを継いだ。
「そう。父が国会会期中に突然、私が作成したパーティーの参加者リストを読み上げたのです。もちろんNHKのカメラで完全生中継。男爵の背徳行為は、一気に全国の茶の間に伝えられたのです。これで初めて警察が捜査に乗り出し、事件は一気に解決。関係者は末端まで刑務所送りになりました。……情けない話です。最後には父親に助けられたわけですから」
糸色先生は淡々と説明し、その最後で少し気分を沈ませるように肩を落とした。
「いえ、先生、いいんですよ、それだけの事件でしたから。先生が無事で何よりです。それに、助かった子供もいたんでしょ?」
糸色先生の左隣のまといが、慰めるように言葉をかけた。まといはこんな時でも糸色先生にかぶりつきで、私は心の中で「近すぎよ!」と思った。
「ええ、少ないですが、救出された子供もいました。みんな体が衰弱していて、無事に成長した子供は少なかったですね。精神的な障害はもっと重いようでした。衰弱して皮膚が緑色になっていた子供もいましたね」
糸色先生はまといの厚かましい眼差しにちょっと顔をのけぞらせて、話を続けた。
「はい? 皮膚が緑色、ですか?」
聞きなれない症状に、千里が訊ねた。
「飢餓状態の一種だよ。腹が膨れるのはよく知られるが、皮膚が緑色になるのも、飢餓状態の症状だ。病名は『緑性萎縮黄病』。極端な飢餓による栄養失調がもたらす貧血病だよ。男爵は戯れで、毒を与えながら子供を飢餓状態に置き、次第に理性を失って衰弱死する様を見て楽しんでいたようだな。残念ながら、そういった飢餓状態で救われた子供に生存者はいない。それに、そうだ。実は男爵は表向きには東大付属植物園の研究員だった。人体実験していたという噂は、今も絶えんな」
命先生が腕組を外し、専門家らしい視点を加えた説明をした。
「他にも、助かった子供はいました。でも、救出された子供たち、というのと少し違う子供たちでした。『男爵の弟子』と呼ばれる子供たちです。男爵は子供達の中から素質のある者を選び出し、自分の後継者として育てていたようです。これがその13人のリストです。中には、著名な芸術家になった者もいますね。もっとも、“趣味が高じた殺人”が明らかになって逮捕されましたが。行方が明らかな者がどれだけいるか、わかりません」
糸色先生はそう前置きして、持っていたリストを私たちに差し出して見せた。リストはコピーを繰り返したらしく、文字が滲んだようにぼやけていた。それでも、判読不明というほどでもなかった。
リストには、次の13人が名前と住所が共に羅列されていた。
〇〇名前 当時の住所
三田 智菜美 東京府調布市20-7
楠田 陽子 東京府調布市4-98
群 市太郎 静岡県駿河区31-121
火田 健次郎 福岡県福岡市5-21
帆府 茅香 東京府市川市3-55
市女笠 吉武 東京府守谷市大粕7-14
桜 妓市 東京府杉並区3-83
山形 富一 宮城県仙台市66-65
吉川 和海 千葉県茂原市11-534
幸田 邦仁 茨城県閲沼市3-8
池谷 彰 東京府久坂市2-35
源 民 東京府調布市20-7
三田 智菜美 東京府調布市20-7
楠田 陽子 東京府調布市4-98
群 市太郎 静岡県駿河区31-121
火田 健次郎 福岡県福岡市5-21
帆府 茅香 東京府市川市3-55
市女笠 吉武 東京府守谷市大粕7-14
桜 妓市 東京府杉並区3-83
山形 富一 宮城県仙台市66-65
吉川 和海 千葉県茂原市11-534
幸田 邦仁 茨城県閲沼市3-8
池谷 彰 東京府久坂市2-35
源 民 東京府調布市20-7
次回 P62 第6章 異端の少女3 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/19 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
1
糸色医院に到着すると、私たちはそれぞれで治療を受けた。糸色先生は別室に運ばれて、外科手術の準備に入った。藤吉も看護婦と一緒に別の部屋へ行った。千里は藤吉の付き添いだった。
私は一人きりで待合室で待った。全員どこかしら負傷していたし、小さな診療所だったから、命先生も看護婦もみんな手一杯のようだった。そんな中、意外にも私が一番の軽傷だったので、後回しにされてしまった。
30分が過ぎて、命先生が手術室から出てきた。私は命先生と一緒に診察室に入った。命先生は私とスツールに座って向き合うと、私の両手を取って感覚を確かめたり捻ったりした。
「骨に異常はないが、相当に関節を痛めているな。湿布を貼っておくが、しばらく何も持たないほうがいい。料理や勉強も駄目だ。誰かに面倒見てもらえ」
「はい」
命先生の忠告に、私は大人しく頷いた。
命先生は私の腕にひんやり冷たい湿布を貼り付け、そのうえに包帯をぐるぐる巻きにした。
「つらい思いをしたな。でも安心しろ。弟はあれでも、優秀な人間だ。信頼していい」
命先生は治療を終えると、私を励ますように言った。
腕に目を落としていた私は、命先生の顔を見上げた。そこに、糸色先生そっくりな顔があった。目元がじわりと滲むものがあった。腕の包帯が巻かれていないところで目元を拭った。それだけで涙は納まってくれた。心の深いところで錠前が重く閉ざしていて、泣けそうな気分ではなかった。
「終りましたか?」
ドアが開いて、糸色先生が入ってきた。まといも一緒だった。
「糸色先生。……あ、望先生。あの、もういいんですか?」
私は糸色先生を振り返って、いつものように「糸色先生」と呼びかけて口を押さえた。今ここには、糸色先生が二人いるんだっけ。
「ええ、点滴を打って少し眠ったら、体力が回復しました。名前はアレですが、兄は医者としてはかなり優秀なんですよ」
「名前のことは言うな。さっき時田が来たぞ。机の上に置いてある」
命先生は軽く言い返して、後ろ手に机をペンで指した。
糸色先生は、珍しく着物の下に何も着ていなかった。だから胸の下に、厚く包帯で巻かれているのが見えた。
「何か物々しいですね」
糸色先生は机に向かいながら、世間話でもするような気軽さで口にした。まといがそれとなく二人分のスツールを用意して、私の左隣に座った。
「ああ。糸色家の警備の者に来てもらった。話を聞くと、ここもやばそうだからな。倫のところも警戒態勢に入っているはずだ」
命先生は姿勢を逸らして、糸色先生の姿を追った。
「景兄さんは?」
「拒否したらしい。景兄さんらしいよ」
命は冗談を言うみたいに肩をすくめた。
景というのは命先生と糸色先生のお兄さんの名前だ。確か、芸術家だったはずだ。一度も顔を見ていないけど、どんな人なんだろう。私は筋骨逞しい孤高の芸術家を想像していた。
糸色先生が机の前へ行き、書類の束を探った。しかし机の上は整理されず、色んな書類で溢れかえっていた。私はちょっと糸色先生が机の上を探る様子を観察した。すると、机の棚に『ブラックジャック』の文庫本がずらりと並んでいるのに気付いてしまった。命先生にも、悩みがあるのかもしれない。
「これですね。……おや、これは何ですか?」
しばらくして、糸色先生は目的のものを見つけたらしかった。でも、他に気になるものを見つけたらしく、手に取った。
「ああ、それか。知り合いの外科医からタレコミがあってな。面白いからカルテをコピーさせてもらったんだ。一応身内であるとはいえ、医者としての守秘義務がある。見ないでくれるか」
命先生は持っていたペンの先を振って忠告した。
「医者だったらいいんですか?」
私は呆れる調子で命先生に尋ねた。
「警察は警察同士、医者は医者同士。まあ、職業上の特権ってやつだよ」
命先生は私を振向いて、悪者っぽくにやりとした。
「それで、望……先生、それ、何ですか?」
望先生、と下の名前で呼ぶのはちょっと言いづらくて、声をすぼめてしまった。
糸色先生は私を振向いて、気を遣うように軽く微笑みかけてくれた。
「今だけ望先生で構いませんよ。これは時田に頼んで取り寄せたものです。10年前、男爵の屋敷から保護されたある13人の子供のリストです。まあ、これについては順を追って説明しますよ」
糸色先生は命先生の後ろを横切って、まといと命先生の間の席に座った。そうして、少しリストに目を落として、考えるふうに顎をなでた。
診察室のドアが開く気配がしたので振り向いた。看護婦に付き添われて、千里と藤吉が一緒に入ってきた。
藤吉は右肩から二の腕にかけて包帯が巻かれていた。他にもあちこちに白い絆創膏が貼られていた。左こめかみのところにもガーゼが当てられていた。可符香に似た女の子に引っ掻かれたところだ。
藤吉は目を赤くしていた。どうやら泣いていたらしかった。
「あびるちゃんは?」
私は姿の見えないあびるが気になった。
「寝てるわ。ショックが大きかったみたい。眠りながらうなされてたわ。」
千里が心配そうな顔で答えた。千里は白いシャツに着替えていた。私が抱きしめたせいで、服に血がついてしまったからだ。
「藤吉さん、大丈夫ですか?」
糸色先生が気遣うように訊ねた。
藤吉さんはいつもにはない暗い顔で、うつむいたまま小さく頷いた。
「なんともないと思ったけど、鏡を見たら、なんかショックで……」
言葉にも、いつもの気軽さはなくなっていた。
「傷はちゃんと治るんでしょうね?」
糸色先生は念を押すように、一緒に入ってきた看護婦に声をかけた。
「ええ。傷そのものは浅いですから。数日で痕も残らず回復します」
看護婦は事務的な調子で言葉を返した。
「大変でしたね。さあ、こちらへ」
糸色先生が優しい声で、藤吉と千里を手招きした。
「はい。……あれ、なんで?」
藤吉が顔を上げて頷いた。でもその拍子に、眼鏡が涙で曇った。それを切掛けに、藤吉は感情を溢れ出させたみたいだった。
藤吉は眼鏡を外して、腕で目元を擦った。でも感情が収まらず、喉の奥から嗚咽がこぼれた。千里が何も言わず、藤吉を抱きよせて、その背中をなでた。
藤吉は声を抑えながら泣いた。小さくしゃくりあげる嗚咽が、何かを堪えるみたいだった。藤吉の感情はしばらく収まらない様子だった。私はずっとうつむきながら、藤吉の泣き声を聞いていた。
次回 P061 第6章 異端の少女2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P060 第6章 異端の少女
1
糸色医院に到着すると、私たちはそれぞれで治療を受けた。糸色先生は別室に運ばれて、外科手術の準備に入った。藤吉も看護婦と一緒に別の部屋へ行った。千里は藤吉の付き添いだった。
私は一人きりで待合室で待った。全員どこかしら負傷していたし、小さな診療所だったから、命先生も看護婦もみんな手一杯のようだった。そんな中、意外にも私が一番の軽傷だったので、後回しにされてしまった。
30分が過ぎて、命先生が手術室から出てきた。私は命先生と一緒に診察室に入った。命先生は私とスツールに座って向き合うと、私の両手を取って感覚を確かめたり捻ったりした。
「骨に異常はないが、相当に関節を痛めているな。湿布を貼っておくが、しばらく何も持たないほうがいい。料理や勉強も駄目だ。誰かに面倒見てもらえ」
「はい」
命先生の忠告に、私は大人しく頷いた。
命先生は私の腕にひんやり冷たい湿布を貼り付け、そのうえに包帯をぐるぐる巻きにした。
「つらい思いをしたな。でも安心しろ。弟はあれでも、優秀な人間だ。信頼していい」
命先生は治療を終えると、私を励ますように言った。
腕に目を落としていた私は、命先生の顔を見上げた。そこに、糸色先生そっくりな顔があった。目元がじわりと滲むものがあった。腕の包帯が巻かれていないところで目元を拭った。それだけで涙は納まってくれた。心の深いところで錠前が重く閉ざしていて、泣けそうな気分ではなかった。
「終りましたか?」
ドアが開いて、糸色先生が入ってきた。まといも一緒だった。
「糸色先生。……あ、望先生。あの、もういいんですか?」
私は糸色先生を振り返って、いつものように「糸色先生」と呼びかけて口を押さえた。今ここには、糸色先生が二人いるんだっけ。
「ええ、点滴を打って少し眠ったら、体力が回復しました。名前はアレですが、兄は医者としてはかなり優秀なんですよ」
「名前のことは言うな。さっき時田が来たぞ。机の上に置いてある」
命先生は軽く言い返して、後ろ手に机をペンで指した。
糸色先生は、珍しく着物の下に何も着ていなかった。だから胸の下に、厚く包帯で巻かれているのが見えた。
「何か物々しいですね」
糸色先生は机に向かいながら、世間話でもするような気軽さで口にした。まといがそれとなく二人分のスツールを用意して、私の左隣に座った。
「ああ。糸色家の警備の者に来てもらった。話を聞くと、ここもやばそうだからな。倫のところも警戒態勢に入っているはずだ」
命先生は姿勢を逸らして、糸色先生の姿を追った。
「景兄さんは?」
「拒否したらしい。景兄さんらしいよ」
命は冗談を言うみたいに肩をすくめた。
景というのは命先生と糸色先生のお兄さんの名前だ。確か、芸術家だったはずだ。一度も顔を見ていないけど、どんな人なんだろう。私は筋骨逞しい孤高の芸術家を想像していた。
糸色先生が机の前へ行き、書類の束を探った。しかし机の上は整理されず、色んな書類で溢れかえっていた。私はちょっと糸色先生が机の上を探る様子を観察した。すると、机の棚に『ブラックジャック』の文庫本がずらりと並んでいるのに気付いてしまった。命先生にも、悩みがあるのかもしれない。
「これですね。……おや、これは何ですか?」
しばらくして、糸色先生は目的のものを見つけたらしかった。でも、他に気になるものを見つけたらしく、手に取った。
「ああ、それか。知り合いの外科医からタレコミがあってな。面白いからカルテをコピーさせてもらったんだ。一応身内であるとはいえ、医者としての守秘義務がある。見ないでくれるか」
命先生は持っていたペンの先を振って忠告した。
「医者だったらいいんですか?」
私は呆れる調子で命先生に尋ねた。
「警察は警察同士、医者は医者同士。まあ、職業上の特権ってやつだよ」
命先生は私を振向いて、悪者っぽくにやりとした。
「それで、望……先生、それ、何ですか?」
望先生、と下の名前で呼ぶのはちょっと言いづらくて、声をすぼめてしまった。
糸色先生は私を振向いて、気を遣うように軽く微笑みかけてくれた。
「今だけ望先生で構いませんよ。これは時田に頼んで取り寄せたものです。10年前、男爵の屋敷から保護されたある13人の子供のリストです。まあ、これについては順を追って説明しますよ」
糸色先生は命先生の後ろを横切って、まといと命先生の間の席に座った。そうして、少しリストに目を落として、考えるふうに顎をなでた。
診察室のドアが開く気配がしたので振り向いた。看護婦に付き添われて、千里と藤吉が一緒に入ってきた。
藤吉は右肩から二の腕にかけて包帯が巻かれていた。他にもあちこちに白い絆創膏が貼られていた。左こめかみのところにもガーゼが当てられていた。可符香に似た女の子に引っ掻かれたところだ。
藤吉は目を赤くしていた。どうやら泣いていたらしかった。
「あびるちゃんは?」
私は姿の見えないあびるが気になった。
「寝てるわ。ショックが大きかったみたい。眠りながらうなされてたわ。」
千里が心配そうな顔で答えた。千里は白いシャツに着替えていた。私が抱きしめたせいで、服に血がついてしまったからだ。
「藤吉さん、大丈夫ですか?」
糸色先生が気遣うように訊ねた。
藤吉さんはいつもにはない暗い顔で、うつむいたまま小さく頷いた。
「なんともないと思ったけど、鏡を見たら、なんかショックで……」
言葉にも、いつもの気軽さはなくなっていた。
「傷はちゃんと治るんでしょうね?」
糸色先生は念を押すように、一緒に入ってきた看護婦に声をかけた。
「ええ。傷そのものは浅いですから。数日で痕も残らず回復します」
看護婦は事務的な調子で言葉を返した。
「大変でしたね。さあ、こちらへ」
糸色先生が優しい声で、藤吉と千里を手招きした。
「はい。……あれ、なんで?」
藤吉が顔を上げて頷いた。でもその拍子に、眼鏡が涙で曇った。それを切掛けに、藤吉は感情を溢れ出させたみたいだった。
藤吉は眼鏡を外して、腕で目元を擦った。でも感情が収まらず、喉の奥から嗚咽がこぼれた。千里が何も言わず、藤吉を抱きよせて、その背中をなでた。
藤吉は声を抑えながら泣いた。小さくしゃくりあげる嗚咽が、何かを堪えるみたいだった。藤吉の感情はしばらく収まらない様子だった。私はずっとうつむきながら、藤吉の泣き声を聞いていた。
次回 P061 第6章 異端の少女2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次