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■2009/08/30 (Sun)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
15
〇〇……チジ
目を覚ますと、お花畑の中だった。
じゃなかった。私はふらふらする頭を起こして、目をこすった。私がいたのは客間だった。私の周囲で、可符香や千里やまといといったみんなが、布団も敷かず枕も置かずに眠っていた。
畳の上に、振袖の鮮やかな色彩が広がっていた。みんな思い思いの格好で、思い思いに手や足を伸ばして畳の上に転がっていた。艶やかな振袖の色彩が重なり合い、すらりと伸びた手と足がつる草のように絡み合い、それがお花畑のように見えたのだ。
〇〇〇〇〇〇〇……チジ
それにしても、みんな大胆な寝姿だった。胸元や太ももをはだけさせて、思い切り体を広げたり、側にいる女の子に絡みついたりしている。
改めて見るとエッチな光景だった。振袖の色彩が重なりあう様は美しいけど、際どく裾をはだけさせている姿は、同性でも胸をどきどきとさせるものがあった。
見ちゃいけない、と思いつつも、私は貪欲に、大胆に解放された胸元や、白く伸びた太ももが繋がる腰を充分に堪能した。
ふと冷たい空気が流れ込んでくるような気がした。振り向くと、庭と繋がる障子のひとつが開けたままになっていた。淡く色彩を抑えた空間に、そこだけくっきりとした光が輝く気がした。
私は立ち上がると、慎重にみんなを踏みつけないようにしながら、障子のそばへ向かった。
障子から外を覗くと、鮮やかに色づく緑が目についた。どうやら夜のうちに雨が降ったらしく、空気は冷たく張り詰めて、柔らかく包み込むような霧が漂っていた。
私は板間に出て、思い切り体をそらして深呼吸した。冷たく新鮮な空気が体一杯に満たされるのを感じた。
さらに私は、庭に出たいと思った。熱を持っている体を、外の空気で冷まそうとした。
そう思って靴脱ぎ石に目を向けるけど、草履はどれも汚れて、泥を被っていた。みんなこれであちこち歩いたし、雨が降ったせいもあるだろう。
綺麗な草履はないかと思ったけど、諦めた。えいや、と裸足のまま、庭の土の上に飛び出した。裸足に冷たく突き刺す感触があった。ちくちくして痛かったけど、ぼんやり寝ぼけた体にはちょうどいい刺激だった。
私はのんびり足を進めて、竹林の中へ入っていった。竹林に囲まれた細道は、全体が淡く霧が包んでいる。白く溶け込みかけた空間に、竹の緑が鮮やかに浮き上がっていた。敷石が濡れてひんやりと冷たく、踏んだ感触が心地よかった。
私は竹の香りに心地いいものを感じながら、ゆっくり風景を見ながら歩いた。なんとなく周囲の自然と一体になるような気持ちだった。
いきなり何かがぶつかってきた。私は自分を支えられず、尻を突いた。あまりにも唐突で、目の前をクラクラさせながら、ぶつかってきた誰かを探った。臼井だった。
「もう、何すんのよ!」
私は怒りに嫌悪をこめて、遠慮なく怒鳴りつけた。
臼井も尻を突いていた。私に怒鳴られて、臼井が顔を上げる。その顔が衝撃に張り付いていた。……ように見えた。
臼井は謝りもせずに跳ね起きると、そのまま逃げるように屋敷のほうへ走っていった。
「なんなのよ、あいつ。ああ、もうやだ。気持ち悪い」
私は全身に嫌悪を感じて、臼井が触れたと思う場所をぱっぱっと払った。立ち上がって尻についた泥を払った後も、私は念入りに着物についた臭いを手で振り払おうとした。
気分を改めるつもりで、私は細道のその先へ進んだ。間もなく竹林を抜けて、広大な庭園が現れた。どこまでも広がる空間に、淡い霧が塊となって漂っていた。森林の緑が、爽やかな色を浮かべている。風の感触はもっと自由で、軽やかに思えた。
そんな風景を前にして、さっきの嫌な気持ちも吹き飛ぶような心地になった。私は手をぶらぶらさせながら、庭園の中を進んだ。
足元に、短く刈り込まれた草が茂っていた。草には朝露の滴がきらきらと輝いていた。足が濡れて裾まで露を吸い込んだけど、それも心地よく思えた。
しかし、足の裏に異質な何かが触れた。ひどくぬめっていて、不快な感じだった。私はなんだろう、と足を上げた。足の裏が、黒く糸を引くもので汚れていた。泥だった。よく見ると、足元に茂る草の中に、黒く沈んだ色が混じっていた。
P040 次回 第4章 見合う前に跳べ16 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P039 第4章 見合う前に跳べ
15
〇〇……チジ
目を覚ますと、お花畑の中だった。
じゃなかった。私はふらふらする頭を起こして、目をこすった。私がいたのは客間だった。私の周囲で、可符香や千里やまといといったみんなが、布団も敷かず枕も置かずに眠っていた。
畳の上に、振袖の鮮やかな色彩が広がっていた。みんな思い思いの格好で、思い思いに手や足を伸ばして畳の上に転がっていた。艶やかな振袖の色彩が重なり合い、すらりと伸びた手と足がつる草のように絡み合い、それがお花畑のように見えたのだ。
〇〇〇〇〇〇〇……チジ
それにしても、みんな大胆な寝姿だった。胸元や太ももをはだけさせて、思い切り体を広げたり、側にいる女の子に絡みついたりしている。
改めて見るとエッチな光景だった。振袖の色彩が重なりあう様は美しいけど、際どく裾をはだけさせている姿は、同性でも胸をどきどきとさせるものがあった。
見ちゃいけない、と思いつつも、私は貪欲に、大胆に解放された胸元や、白く伸びた太ももが繋がる腰を充分に堪能した。
ふと冷たい空気が流れ込んでくるような気がした。振り向くと、庭と繋がる障子のひとつが開けたままになっていた。淡く色彩を抑えた空間に、そこだけくっきりとした光が輝く気がした。
私は立ち上がると、慎重にみんなを踏みつけないようにしながら、障子のそばへ向かった。
障子から外を覗くと、鮮やかに色づく緑が目についた。どうやら夜のうちに雨が降ったらしく、空気は冷たく張り詰めて、柔らかく包み込むような霧が漂っていた。
私は板間に出て、思い切り体をそらして深呼吸した。冷たく新鮮な空気が体一杯に満たされるのを感じた。
さらに私は、庭に出たいと思った。熱を持っている体を、外の空気で冷まそうとした。
そう思って靴脱ぎ石に目を向けるけど、草履はどれも汚れて、泥を被っていた。みんなこれであちこち歩いたし、雨が降ったせいもあるだろう。
綺麗な草履はないかと思ったけど、諦めた。えいや、と裸足のまま、庭の土の上に飛び出した。裸足に冷たく突き刺す感触があった。ちくちくして痛かったけど、ぼんやり寝ぼけた体にはちょうどいい刺激だった。
私はのんびり足を進めて、竹林の中へ入っていった。竹林に囲まれた細道は、全体が淡く霧が包んでいる。白く溶け込みかけた空間に、竹の緑が鮮やかに浮き上がっていた。敷石が濡れてひんやりと冷たく、踏んだ感触が心地よかった。
私は竹の香りに心地いいものを感じながら、ゆっくり風景を見ながら歩いた。なんとなく周囲の自然と一体になるような気持ちだった。
いきなり何かがぶつかってきた。私は自分を支えられず、尻を突いた。あまりにも唐突で、目の前をクラクラさせながら、ぶつかってきた誰かを探った。臼井だった。
「もう、何すんのよ!」
私は怒りに嫌悪をこめて、遠慮なく怒鳴りつけた。
臼井も尻を突いていた。私に怒鳴られて、臼井が顔を上げる。その顔が衝撃に張り付いていた。……ように見えた。
臼井は謝りもせずに跳ね起きると、そのまま逃げるように屋敷のほうへ走っていった。
「なんなのよ、あいつ。ああ、もうやだ。気持ち悪い」
私は全身に嫌悪を感じて、臼井が触れたと思う場所をぱっぱっと払った。立ち上がって尻についた泥を払った後も、私は念入りに着物についた臭いを手で振り払おうとした。
気分を改めるつもりで、私は細道のその先へ進んだ。間もなく竹林を抜けて、広大な庭園が現れた。どこまでも広がる空間に、淡い霧が塊となって漂っていた。森林の緑が、爽やかな色を浮かべている。風の感触はもっと自由で、軽やかに思えた。
そんな風景を前にして、さっきの嫌な気持ちも吹き飛ぶような心地になった。私は手をぶらぶらさせながら、庭園の中を進んだ。
足元に、短く刈り込まれた草が茂っていた。草には朝露の滴がきらきらと輝いていた。足が濡れて裾まで露を吸い込んだけど、それも心地よく思えた。
しかし、足の裏に異質な何かが触れた。ひどくぬめっていて、不快な感じだった。私はなんだろう、と足を上げた。足の裏が、黒く糸を引くもので汚れていた。泥だった。よく見ると、足元に茂る草の中に、黒く沈んだ色が混じっていた。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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■2009/08/29 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
14
という冗談はさておき、私たちは千里とまといを仲間に加えて、あの蔵へと向かった。蔵の奥へと進み、時田を先頭にして、地下の坑道へと降りていく。みんなそれぞれヘルメットを被り、懐中電灯で地下の暗闇を照らした。
地下坑道は映像で見るよりずっと闇が深く思えた。湿気が異様に濃くて、蔵井沢の涼しげな気候とは別世界だった。
糸色先生は、坑道に入って100メートルほど進んだ場所で倒れていた。糸色先生は目が半開き状態で、白目をむいていた。その手前に、妖怪のおもちゃが吊り下げられていた。妖怪のおもちゃは、人間と同じくらいの高さがあり、全体がぬるぬると濡れていて、思った以上に生々しかった。わかっていても、ちょっと悲鳴を上げそうな代物だった。
私は、しばらく妖怪のおもちゃを観察した。妖怪のおもちゃは、鎖で吊り下げられていた。坑道の天井にレールが付けられ、動く仕組みになっているらしい。
「ちょっと、日塔さん、あなたも手伝いなさいよ。」
ぼんやりしている私を、千里が注意した。
「ごめんなさい」
私は糸色先生の救助に加わった。
糸色先生を担架に乗せて、地下坑道から運び出す。蔵から出て、庭の細道を突っ切って屋敷に戻った。霧も一緒に屋敷に戻った。
糸色先生は客間の向かい側の部屋に運ばれて、布団の上に寝かされた。糸色先生は額に汗を浮かべ、悪い夢を見ているようにうなされていた。無理に起こさないほうがいいらしい。
千里とまといが看病するように側に付きっ切りになった。二人の顔に、はっきりと残念そうな色があった。
時計を見ると、9時になりつつあった。あと3時間で見合いの儀も終了だ。結局、誰の見合いも成立しなかった。でもそれはそれで、ほっとするものがあった。私たちの関係が変わるなんて、あまり想像もしたくなかった。
私は、ふと客間に残しているおにぎりを思い出した。そういえば朝から一口も食事を摂っていない。皆もお腹がすいているだろう、と思って廊下に出た。
ちょうど廊下の向かい側に、あびるがいた。あびるはちょっとこちらに目礼をすると、襖を開いて客間に入っていった。
私は目礼を返して、客間に入ろうとする。しかし、何かが後を追跡する気配があった。私ははっと振り向き、意識を集中した。
よく見ると、臼井がいた。夜の闇に存在が溶け込むように、それでも確かにそこに臼井がいた。
「さあ、子猫ちゃん、こっち見るんだよ」
臼井はいやらしい笑いをニヤニヤと浮かべて、あびるの後に続いて、客間に入ろうとしていた。
「あびるちゃん、危ない! 後ろ!」
私は襖を開いて、客間に飛び込んだ。
同じ瞬間、派手にぶつかる音がした。続くように、何かが砕ける音。
しかし客間に明かりはなかった。私は手探りで客間に入っていき、白色灯の光を点けた。
床の間の前に、あびると臼井がいた。臼井が床の間にもたれかかるように倒れていた。あびるの手首から伸びた包帯が、臼井の首に巻きついている。臼井の頬が赤く腫れ上がっていた。どうやら気絶しているらしいが、その顔にニヤニヤした笑いを張り付けたままだった。
「あびるちゃん、大丈夫?」
私はあびるが無事だったろうか、と思って近付いた。
「うん。真っ暗で何も見えなかったし」
あびるはクールな返事を返して、臼井の首に巻きついた包帯を外した。反対の右手拳が赤く腫れていた。
私は改めて臼井を見下ろした。床の間のものがみんな倒れてしまっている。臼井の体の上に、その一つが落ちて、真っ二つに割れていた。魯山人の器だった。
「あびるちゃん、ナイス!」
私はあびるを振り向いて、親指を突き立てた。
次回 P039 第4章 見合う前に跳べ15 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P038 第4章 見合う前に跳べ
14
という冗談はさておき、私たちは千里とまといを仲間に加えて、あの蔵へと向かった。蔵の奥へと進み、時田を先頭にして、地下の坑道へと降りていく。みんなそれぞれヘルメットを被り、懐中電灯で地下の暗闇を照らした。
地下坑道は映像で見るよりずっと闇が深く思えた。湿気が異様に濃くて、蔵井沢の涼しげな気候とは別世界だった。
糸色先生は、坑道に入って100メートルほど進んだ場所で倒れていた。糸色先生は目が半開き状態で、白目をむいていた。その手前に、妖怪のおもちゃが吊り下げられていた。妖怪のおもちゃは、人間と同じくらいの高さがあり、全体がぬるぬると濡れていて、思った以上に生々しかった。わかっていても、ちょっと悲鳴を上げそうな代物だった。
私は、しばらく妖怪のおもちゃを観察した。妖怪のおもちゃは、鎖で吊り下げられていた。坑道の天井にレールが付けられ、動く仕組みになっているらしい。
「ちょっと、日塔さん、あなたも手伝いなさいよ。」
ぼんやりしている私を、千里が注意した。
「ごめんなさい」
私は糸色先生の救助に加わった。
糸色先生を担架に乗せて、地下坑道から運び出す。蔵から出て、庭の細道を突っ切って屋敷に戻った。霧も一緒に屋敷に戻った。
糸色先生は客間の向かい側の部屋に運ばれて、布団の上に寝かされた。糸色先生は額に汗を浮かべ、悪い夢を見ているようにうなされていた。無理に起こさないほうがいいらしい。
千里とまといが看病するように側に付きっ切りになった。二人の顔に、はっきりと残念そうな色があった。
時計を見ると、9時になりつつあった。あと3時間で見合いの儀も終了だ。結局、誰の見合いも成立しなかった。でもそれはそれで、ほっとするものがあった。私たちの関係が変わるなんて、あまり想像もしたくなかった。
私は、ふと客間に残しているおにぎりを思い出した。そういえば朝から一口も食事を摂っていない。皆もお腹がすいているだろう、と思って廊下に出た。
ちょうど廊下の向かい側に、あびるがいた。あびるはちょっとこちらに目礼をすると、襖を開いて客間に入っていった。
私は目礼を返して、客間に入ろうとする。しかし、何かが後を追跡する気配があった。私ははっと振り向き、意識を集中した。
よく見ると、臼井がいた。夜の闇に存在が溶け込むように、それでも確かにそこに臼井がいた。
「さあ、子猫ちゃん、こっち見るんだよ」
臼井はいやらしい笑いをニヤニヤと浮かべて、あびるの後に続いて、客間に入ろうとしていた。
「あびるちゃん、危ない! 後ろ!」
私は襖を開いて、客間に飛び込んだ。
同じ瞬間、派手にぶつかる音がした。続くように、何かが砕ける音。
しかし客間に明かりはなかった。私は手探りで客間に入っていき、白色灯の光を点けた。
床の間の前に、あびると臼井がいた。臼井が床の間にもたれかかるように倒れていた。あびるの手首から伸びた包帯が、臼井の首に巻きついている。臼井の頬が赤く腫れ上がっていた。どうやら気絶しているらしいが、その顔にニヤニヤした笑いを張り付けたままだった。
「あびるちゃん、大丈夫?」
私はあびるが無事だったろうか、と思って近付いた。
「うん。真っ暗で何も見えなかったし」
あびるはクールな返事を返して、臼井の首に巻きついた包帯を外した。反対の右手拳が赤く腫れていた。
私は改めて臼井を見下ろした。床の間のものがみんな倒れてしまっている。臼井の体の上に、その一つが落ちて、真っ二つに割れていた。魯山人の器だった。
「あびるちゃん、ナイス!」
私はあびるを振り向いて、親指を突き立てた。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/27 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
13
時田を先頭にして、可符香、私という順番で地下の秘密の部屋を後にした。和室に戻ると、辺りはもう暗くなっていた。暗い部屋に、白い障子の色が浮かんでいた。
障子を開けると、廊下を挟んで手前に庭が現れた。全体が緑の苔に覆われ、照葉樹林がぽつぽつと立ち、奥に池があった。そんな中を、飛び石が点々と続いている。そんな風景にも夜の影が落ちかけていて、池が青い空の光を映していた。
「私は必要な道具をそろえてきます。しばし、ここでお待ちを」
「はい、わかりました」
時田は私と可符香に丁寧なお辞儀をすると、廊下の向うへと去っていった。
時田が去っていくと、なんとなく緊張から解放される気持ちになった。廊下を支える柱にもたれかかり、ぼんやりと庭園を眺める。
すると、近くでばたばたと走る音が聞こえた。さっきまで私たちがいた和室を挟んだ向こう側の廊下だ。そこを、誰かが走っていた。
「先生の奴、どこへ行ったのよ! いない、いない!」
苛立った千里の声だった。
私は頭を起こして、開けたままの障子に目を向けた。そのとき、向こう側の障子がぱっと開いて、千里が顔を出した。私は、とっさに目の前を掌で遮った。千里も同じようにしていた。ここにいると、確かに変なスキルが身につきそうだった。
「あら、あなたたち。糸色先生、見なかった?」
千里は私と可符香の姿を確認すると、節目がちにしたまま私たちに近付いてきた。
「ああ、千里ちゃん。先生だったら……」
と言いかけようとしたけど、
「目で見ようとするから見えないんだよ。心の目で見れば、全てが見えるんだよ!」
可符香の力強い助言が、私を遮った。
私は「え?」となって可符香と千里を交互に見た。千里は少し考えるふうにうつむき、顎をなでていた。
「わかったわ。心の目で見るのね。」
千里が納得したように言って、顔を上げた。
「千里ちゃん、何を言ってるの?」
私は困惑気味に千里と可符香の二人を見ようとする。
千里が目を閉じた。手の指を組み合わせて、何か念じるふうに「う~ん」と唸り始めた。
辺りの空気が、急に冷たく張り詰め始めた。夕暮れの闇が急に深くなっていく。風が力を持ち始め、私たちを取り巻くのを感じた。
その刹那、千里の額がかっと開いた。そこに、もう一つの目が現れていた。
「見えた! 先生は今、屋敷の西にいる。坑道らしき場所で眠っている!」
千里は託宣を受けたイタコのように声が震えていた。
「これは千里ちゃん。まさに千里眼!」
可符香が物凄い発見をしたふうに声をあげた。
「それを言いたいために、こんな不気味なことになってるの?」
私は非難するつもりで、可符香を振り返った。
だが、千里の千里眼はまだ終わりではなかった。千里はさらに深く念じ始めていた。辺りを取り巻く風が力を強めていく。障子がガタガタ揺れて、着物の裾がはためき始めた。
「見える! 見えるぞ! この国の未来が。悪い方向に向かっておるぞ、悪い方向に向かっておるぞォ! 政治基盤が崩壊し、隣国の植民地になる様が見えるぞ! 日本人が愚かな世論に扇動されて、自滅していく様が見えるぞ! 今こそ、行動の時ぞ。日本を崩壊から救うのじゃァァ!」
「千里ちゃん、正気に戻って!」
千里の声が明らかに別人の声になりかけていた。どうやら本当に何かが取り付いたらしかった。
次回 P038 第4章 見合う前に跳べ14 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P037 第4章 見合う前に跳べ
13
時田を先頭にして、可符香、私という順番で地下の秘密の部屋を後にした。和室に戻ると、辺りはもう暗くなっていた。暗い部屋に、白い障子の色が浮かんでいた。
障子を開けると、廊下を挟んで手前に庭が現れた。全体が緑の苔に覆われ、照葉樹林がぽつぽつと立ち、奥に池があった。そんな中を、飛び石が点々と続いている。そんな風景にも夜の影が落ちかけていて、池が青い空の光を映していた。
「私は必要な道具をそろえてきます。しばし、ここでお待ちを」
「はい、わかりました」
時田は私と可符香に丁寧なお辞儀をすると、廊下の向うへと去っていった。
時田が去っていくと、なんとなく緊張から解放される気持ちになった。廊下を支える柱にもたれかかり、ぼんやりと庭園を眺める。
すると、近くでばたばたと走る音が聞こえた。さっきまで私たちがいた和室を挟んだ向こう側の廊下だ。そこを、誰かが走っていた。
「先生の奴、どこへ行ったのよ! いない、いない!」
苛立った千里の声だった。
私は頭を起こして、開けたままの障子に目を向けた。そのとき、向こう側の障子がぱっと開いて、千里が顔を出した。私は、とっさに目の前を掌で遮った。千里も同じようにしていた。ここにいると、確かに変なスキルが身につきそうだった。
「あら、あなたたち。糸色先生、見なかった?」
千里は私と可符香の姿を確認すると、節目がちにしたまま私たちに近付いてきた。
「ああ、千里ちゃん。先生だったら……」
と言いかけようとしたけど、
「目で見ようとするから見えないんだよ。心の目で見れば、全てが見えるんだよ!」
可符香の力強い助言が、私を遮った。
私は「え?」となって可符香と千里を交互に見た。千里は少し考えるふうにうつむき、顎をなでていた。
「わかったわ。心の目で見るのね。」
千里が納得したように言って、顔を上げた。
「千里ちゃん、何を言ってるの?」
私は困惑気味に千里と可符香の二人を見ようとする。
千里が目を閉じた。手の指を組み合わせて、何か念じるふうに「う~ん」と唸り始めた。
辺りの空気が、急に冷たく張り詰め始めた。夕暮れの闇が急に深くなっていく。風が力を持ち始め、私たちを取り巻くのを感じた。
その刹那、千里の額がかっと開いた。そこに、もう一つの目が現れていた。
「見えた! 先生は今、屋敷の西にいる。坑道らしき場所で眠っている!」
千里は託宣を受けたイタコのように声が震えていた。
「これは千里ちゃん。まさに千里眼!」
可符香が物凄い発見をしたふうに声をあげた。
「それを言いたいために、こんな不気味なことになってるの?」
私は非難するつもりで、可符香を振り返った。
だが、千里の千里眼はまだ終わりではなかった。千里はさらに深く念じ始めていた。辺りを取り巻く風が力を強めていく。障子がガタガタ揺れて、着物の裾がはためき始めた。
「見える! 見えるぞ! この国の未来が。悪い方向に向かっておるぞ、悪い方向に向かっておるぞォ! 政治基盤が崩壊し、隣国の植民地になる様が見えるぞ! 日本人が愚かな世論に扇動されて、自滅していく様が見えるぞ! 今こそ、行動の時ぞ。日本を崩壊から救うのじゃァァ!」
「千里ちゃん、正気に戻って!」
千里の声が明らかに別人の声になりかけていた。どうやら本当に何かが取り付いたらしかった。
次回 P038 第4章 見合う前に跳べ14 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/27 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
12
糸色先生は通路を進み、蔵の奥へと行き当たった。糸色先生はそこで折り返さず、足元を探り始めた。
何をしているのだろう、と私は見守った。別のウインドウでは、小森霧が蔵の入口で待ち伏せをしている姿が映されている。蔵を脱出しようと思ったら、どうしても霧と目を合わせねばならない状況だった。
しかし糸色先生は蔵の入口に戻らず、地面を丹念に見ていた。やがて何かを発見したように、地面をつかんで跳ね上げた。秘密の地下通路だ。床板が跳ね上げられ、その下に続く階段が現れていた。
糸色先生は地下に体を潜り込ませ、床板を閉じてしまった。
監視カメラの映像から糸色先生が消えた。地図画面からも糸色先生を示す赤い点がロストした。
「あの地下通路は、どこに繋がっているんですか?」
私は少し不安を感じながら時田に尋ねた。
「困りましたな。あそこは戦時中に作られた秘密の抜け道です。糸色家の敷地の外へと繋がっておりますが、明かりもなく、整備もされておりません。しかも迷路状になっており、迷い込むと抜け出られなくなる怖れがあります。これは、危険かもしれませんぞ」
時田の言葉に、切迫する気配が混じった。
時田が素早くキーボードを叩き始めた。画面に新しいウインドウがいくつも開く。謎の英文ファイルが大量に羅列された。
私も緊張して、ディスプレイを眺めた。糸色先生は無事だろうか。画面上では、時田が何かを始めている。英文のプログラムや記号がいくつも打ち込まれているが、何が起きているのか私にはよくわからなかった。私は不安な気持ちのまま、しかし何もできず、ただディスプレイ上で進行している状況を見詰めた。
間もなく、ディスプレイ上に5つのウインドウが開いた。だけど、どの画像の真っ暗で何も写していなかった。時田が画像のコントラストを調整すると、真っ暗だったウインドウにじわっと像が浮かび上がり始めた。
「多くはありませんが、地下にも監視カメラが仕掛けられております。もし、この中にも発見されないとなると、救助の要請が必要となります」
時田が緊張した声で説明しつつ、さらにキーボードを叩いてなにやら打ち込んでいた。
監視カメラの画面は、どれもごつごつとした石の壁面が映し出されていた。太い角材で補強されていて、どこかの坑道のようだった。
ウインドウの一つに、動く人の影があった。ノイズだらけで不鮮明だったけど、間違いなく糸色先生だった。
糸色先生は壁に背中をつけながら、慎重に進んでいた。ふと立ち止まり、懐から何かを引っ張り出す。糸色先生の手許が真っ白に輝きだした。どうやら懐中電灯を持っていたようだった。別のウインドウの画像にも、僅かに光が当てられた。
糸色先生は左右に光を投げかけた。人の気配がないとわかると、壁に手をつきながら、ゆっくりと進み始めた。監視カメラが糸色先生の姿を追尾する。
ふと、懐中電灯の光が失われた。監視カメラの映像もブラックアウトした。私は、あっと思って身を乗り出した。
すぐに光が戻った。だが画面に、怪異が写っていた。緑の歪な物体だった。全体がぬるぬるしていて、ピンポン球のようなものが大量に折り重なっていた。すべて目玉だった。目玉はそれぞれ意思を持っているように動き、一斉に糸色先生を注目した。
糸色先生が絶叫を上げた。監視カメラは糸色先生の声を拾わなかった。その代わりみたいに、私は悲鳴を上げて、ぺたんと尻とついてしまった。
「大丈夫だよ、奈美ちゃん。よく見てごらん」
可符香が優しい声をかけて、私が立ち上がるのを手助けした。
再び監視カメラの画面を見ると、糸色先生が気絶して倒れていた。糸色先生の前で、ぬるぬるとした妖怪がゆらゆらと揺れていた。私はようやく気が付いて、ディスプレイに身を乗り出して写っているものを凝視した。
「……これ、張りぼて?」
よく見ると、目玉の妖怪は何かに吊るされて揺れているだけだった。目玉が動いたように見えたのは、糸色先生が懐中電灯の光を当てたからだった。
「あれは泥棒対策で設置したおもちゃですよ。おかげで望ぼっちゃまの足を止められました。しかし、あのまま放置しているのは危険です。我々で救助に向かいましょう」
時田はホッと息を吐くと、席を立って私たちを振り返った。
次回 P037 第4章 見合う前に跳べ13 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P036 第4章 見合う前に跳べ
12
糸色先生は通路を進み、蔵の奥へと行き当たった。糸色先生はそこで折り返さず、足元を探り始めた。
何をしているのだろう、と私は見守った。別のウインドウでは、小森霧が蔵の入口で待ち伏せをしている姿が映されている。蔵を脱出しようと思ったら、どうしても霧と目を合わせねばならない状況だった。
しかし糸色先生は蔵の入口に戻らず、地面を丹念に見ていた。やがて何かを発見したように、地面をつかんで跳ね上げた。秘密の地下通路だ。床板が跳ね上げられ、その下に続く階段が現れていた。
糸色先生は地下に体を潜り込ませ、床板を閉じてしまった。
監視カメラの映像から糸色先生が消えた。地図画面からも糸色先生を示す赤い点がロストした。
「あの地下通路は、どこに繋がっているんですか?」
私は少し不安を感じながら時田に尋ねた。
「困りましたな。あそこは戦時中に作られた秘密の抜け道です。糸色家の敷地の外へと繋がっておりますが、明かりもなく、整備もされておりません。しかも迷路状になっており、迷い込むと抜け出られなくなる怖れがあります。これは、危険かもしれませんぞ」
時田の言葉に、切迫する気配が混じった。
時田が素早くキーボードを叩き始めた。画面に新しいウインドウがいくつも開く。謎の英文ファイルが大量に羅列された。
私も緊張して、ディスプレイを眺めた。糸色先生は無事だろうか。画面上では、時田が何かを始めている。英文のプログラムや記号がいくつも打ち込まれているが、何が起きているのか私にはよくわからなかった。私は不安な気持ちのまま、しかし何もできず、ただディスプレイ上で進行している状況を見詰めた。
間もなく、ディスプレイ上に5つのウインドウが開いた。だけど、どの画像の真っ暗で何も写していなかった。時田が画像のコントラストを調整すると、真っ暗だったウインドウにじわっと像が浮かび上がり始めた。
「多くはありませんが、地下にも監視カメラが仕掛けられております。もし、この中にも発見されないとなると、救助の要請が必要となります」
時田が緊張した声で説明しつつ、さらにキーボードを叩いてなにやら打ち込んでいた。
監視カメラの画面は、どれもごつごつとした石の壁面が映し出されていた。太い角材で補強されていて、どこかの坑道のようだった。
ウインドウの一つに、動く人の影があった。ノイズだらけで不鮮明だったけど、間違いなく糸色先生だった。
糸色先生は壁に背中をつけながら、慎重に進んでいた。ふと立ち止まり、懐から何かを引っ張り出す。糸色先生の手許が真っ白に輝きだした。どうやら懐中電灯を持っていたようだった。別のウインドウの画像にも、僅かに光が当てられた。
糸色先生は左右に光を投げかけた。人の気配がないとわかると、壁に手をつきながら、ゆっくりと進み始めた。監視カメラが糸色先生の姿を追尾する。
ふと、懐中電灯の光が失われた。監視カメラの映像もブラックアウトした。私は、あっと思って身を乗り出した。
すぐに光が戻った。だが画面に、怪異が写っていた。緑の歪な物体だった。全体がぬるぬるしていて、ピンポン球のようなものが大量に折り重なっていた。すべて目玉だった。目玉はそれぞれ意思を持っているように動き、一斉に糸色先生を注目した。
糸色先生が絶叫を上げた。監視カメラは糸色先生の声を拾わなかった。その代わりみたいに、私は悲鳴を上げて、ぺたんと尻とついてしまった。
「大丈夫だよ、奈美ちゃん。よく見てごらん」
可符香が優しい声をかけて、私が立ち上がるのを手助けした。
再び監視カメラの画面を見ると、糸色先生が気絶して倒れていた。糸色先生の前で、ぬるぬるとした妖怪がゆらゆらと揺れていた。私はようやく気が付いて、ディスプレイに身を乗り出して写っているものを凝視した。
「……これ、張りぼて?」
よく見ると、目玉の妖怪は何かに吊るされて揺れているだけだった。目玉が動いたように見えたのは、糸色先生が懐中電灯の光を当てたからだった。
「あれは泥棒対策で設置したおもちゃですよ。おかげで望ぼっちゃまの足を止められました。しかし、あのまま放置しているのは危険です。我々で救助に向かいましょう」
時田はホッと息を吐くと、席を立って私たちを振り返った。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/25 (Tue)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
11
巨大ディスプレイに表示された時計が、17時を指した。地下の部屋には光は入ってこないけど、そろそろ夕暮れの時間だ。
留まっていた点のひとつが、活発な動きを始めた。糸色先生が動き出したのだ。
すぐさま二つの点が、糸色先生に気付いて急速な追尾を始める。もちろん千里とまといだ。
時田が状況の変化を察して、キーボードを叩いた。椅子の前にカウンターが置かれ、そこにキーボードとドラックボールがあった。どうやらディスプレイとキーボードの仲立ちをしているのは一般的なパソコンらしい。
地図だけを表示していたディスプレイに、小さなウインドウがいくつも開いた。監視カメラの映像と繋がっているらしく、屋敷の様子を天井の高さから映し出した。
監視カメラの映像は、青く沈み始めている。常夜灯や石灯篭にオレンジの光が宿りつつある。その最中を、糸色先生が必死の様子で走っていた。その後を、千里とまといが追跡している。監視カメラを映すウインドウが次々に開いて、糸色先生の姿を追尾していった。
私ははらはらと監視カメラの向うで展開する追跡劇を見守った。やはり糸色先生を応援していた。そこを右、掴まっちゃ駄目、と心の中で声援を送った。
糸色先生は屋敷の内部を熟知しているし、逃げ足は抜群に速かった。屋敷の中を自由に動き回り、巧みに千里とまといの追跡をかわしていく。
糸色先生は、やがて千里とまといの追跡を逃れて庭の裏手へと潜り込んでいった。糸色先生の姿が、監視カメラから外れた。地図上の点が、ゆっくり奥へ奥へと進んでいった。
先生の行く先に、蔵が現れた。地図上の点は、少し躊躇うように留まり、それから蔵の中へ入っていった。
蔵の中にも監視カメラが仕掛けられてあった。糸色先生の姿が再び監視カメラに映し出された。
蔵は僅かな常夜灯の明かりがあるだけだった。画像は粒子が粗く、ぼんやりと蔵の全体像と糸色先生の姿を浮かび上がらせている。糸色先生は慎重に重そうな鉄扉を閉じて、蔵の中を見回していた。
蔵の中はいくつもの棚が並び、つづらが整然と並んでいた。当り前だけど人の気配はない。糸色先生は、少し蔵の奥へと入っていくと、地面に置かれた箱に座り、呼吸を整えるように深呼吸していた。
しかし、蔵の奥から何かがのそりと動いた。小森霧だった。小森霧は白い着物を着ていて、やはりタオルケットを肩から掛けていた。
糸色先生が霧に気がついた。びっくりしたように箱から滑り落ちた。霧がゆっくりと糸色先生に近付こうとしていた。
「どうやら、会話しているようですな。音声を拾ってみましょう」
時田がウインドウのスピーカーボタンをクリックした。だけど、ノイズばかりでとても人の声なんて聞こえなかった。時田は素早くプロパティ画面を呼び出し、音の波長からその一部を抜き出した。
「……学校から拉致されて、宅配便で運ばれてきたんだよ」
ノイズが消えて、霧の細く消え入りそうな声が聞こえてきた。
「それで今度は蔵に引きこもっているというわけですか。まあ蔵には、何かしら引きこもっているものですからね。でも、小森さんで安心しました。髪の毛で目が合うこともないですからね」
糸色先生が警戒を解いて、霧を振り向こうとした。
霧はさっと顔を隠す髪を掻き分けた。
「っと、やっぱり危険な気がするので、見ないほうがいいです」
糸色先生はとっさの判断で目を背けた。私も見合いの儀終了かと思ってどきりとしていた。
「先生、私を見て」
霧が前髪を掻き分けたまま、糸色先生に近付いた。
「見ません!」
糸色先生は目を逸らしたまま、蔵の入口に戻り始める。
「私、家のことなら何でもでるよ。ねえ、先生」
霧の声に、訴えるような切なさがこもった。霧の肩からタオルケットが落ちた。水色と赤色で構成された、着物の幾何学模様が見えた。霧は糸色先生を追い詰めようと、歩調を速めて迫った。
糸色先生は入口附近で折り返して、別の通路に飛び込んだ。そのまま蔵の奥に向かって駆け出す。霧は一瞬虚を突かれ、タオルケットを拾おうと振り返った。その間に糸色先生を見失ったみたいだった。霧は、棚と棚に挟まれた通路を順番に見て回った。しかし、糸色先生の姿は見つけられないようだった。
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P035 第4章 見合う前に跳べ
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巨大ディスプレイに表示された時計が、17時を指した。地下の部屋には光は入ってこないけど、そろそろ夕暮れの時間だ。
留まっていた点のひとつが、活発な動きを始めた。糸色先生が動き出したのだ。
すぐさま二つの点が、糸色先生に気付いて急速な追尾を始める。もちろん千里とまといだ。
時田が状況の変化を察して、キーボードを叩いた。椅子の前にカウンターが置かれ、そこにキーボードとドラックボールがあった。どうやらディスプレイとキーボードの仲立ちをしているのは一般的なパソコンらしい。
地図だけを表示していたディスプレイに、小さなウインドウがいくつも開いた。監視カメラの映像と繋がっているらしく、屋敷の様子を天井の高さから映し出した。
監視カメラの映像は、青く沈み始めている。常夜灯や石灯篭にオレンジの光が宿りつつある。その最中を、糸色先生が必死の様子で走っていた。その後を、千里とまといが追跡している。監視カメラを映すウインドウが次々に開いて、糸色先生の姿を追尾していった。
私ははらはらと監視カメラの向うで展開する追跡劇を見守った。やはり糸色先生を応援していた。そこを右、掴まっちゃ駄目、と心の中で声援を送った。
糸色先生は屋敷の内部を熟知しているし、逃げ足は抜群に速かった。屋敷の中を自由に動き回り、巧みに千里とまといの追跡をかわしていく。
糸色先生は、やがて千里とまといの追跡を逃れて庭の裏手へと潜り込んでいった。糸色先生の姿が、監視カメラから外れた。地図上の点が、ゆっくり奥へ奥へと進んでいった。
先生の行く先に、蔵が現れた。地図上の点は、少し躊躇うように留まり、それから蔵の中へ入っていった。
蔵の中にも監視カメラが仕掛けられてあった。糸色先生の姿が再び監視カメラに映し出された。
蔵は僅かな常夜灯の明かりがあるだけだった。画像は粒子が粗く、ぼんやりと蔵の全体像と糸色先生の姿を浮かび上がらせている。糸色先生は慎重に重そうな鉄扉を閉じて、蔵の中を見回していた。
蔵の中はいくつもの棚が並び、つづらが整然と並んでいた。当り前だけど人の気配はない。糸色先生は、少し蔵の奥へと入っていくと、地面に置かれた箱に座り、呼吸を整えるように深呼吸していた。
しかし、蔵の奥から何かがのそりと動いた。小森霧だった。小森霧は白い着物を着ていて、やはりタオルケットを肩から掛けていた。
糸色先生が霧に気がついた。びっくりしたように箱から滑り落ちた。霧がゆっくりと糸色先生に近付こうとしていた。
「どうやら、会話しているようですな。音声を拾ってみましょう」
時田がウインドウのスピーカーボタンをクリックした。だけど、ノイズばかりでとても人の声なんて聞こえなかった。時田は素早くプロパティ画面を呼び出し、音の波長からその一部を抜き出した。
「……学校から拉致されて、宅配便で運ばれてきたんだよ」
ノイズが消えて、霧の細く消え入りそうな声が聞こえてきた。
「それで今度は蔵に引きこもっているというわけですか。まあ蔵には、何かしら引きこもっているものですからね。でも、小森さんで安心しました。髪の毛で目が合うこともないですからね」
糸色先生が警戒を解いて、霧を振り向こうとした。
霧はさっと顔を隠す髪を掻き分けた。
「っと、やっぱり危険な気がするので、見ないほうがいいです」
糸色先生はとっさの判断で目を背けた。私も見合いの儀終了かと思ってどきりとしていた。
「先生、私を見て」
霧が前髪を掻き分けたまま、糸色先生に近付いた。
「見ません!」
糸色先生は目を逸らしたまま、蔵の入口に戻り始める。
「私、家のことなら何でもでるよ。ねえ、先生」
霧の声に、訴えるような切なさがこもった。霧の肩からタオルケットが落ちた。水色と赤色で構成された、着物の幾何学模様が見えた。霧は糸色先生を追い詰めようと、歩調を速めて迫った。
糸色先生は入口附近で折り返して、別の通路に飛び込んだ。そのまま蔵の奥に向かって駆け出す。霧は一瞬虚を突かれ、タオルケットを拾おうと振り返った。その間に糸色先生を見失ったみたいだった。霧は、棚と棚に挟まれた通路を順番に見て回った。しかし、糸色先生の姿は見つけられないようだった。
次回 P036 第4章 見合う前に跳べ12 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次