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■2009/09/14 (Mon)
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判

P054 第5章 ドラコニアの屋敷

12

セーラー服姿の可符香が、可符香を抱き上げて連れて行ってしまった。私は床に尻をついたまま、茫然と見送ってしまった。セーラー服姿の可符香は、部屋の外の廊下を悠然と進んで行き、向こうの角を左に曲がった。
ようやく私は、じわりと思考が戻ってくるのを感じた。扉が開いている。逃げられる。そこまで考えが至ると、私はゆっくりと体を起こした。
部屋の外に出た。部屋の外に、真っ黒な通路が伸びていた。明かりもなく、装飾もなく、ただ長方形に切り取られただけのような通路だった。どこからか明かりが射し込んできて、廊下の形を淡く浮かび上がらせていた。
いったい何が起きたというのだろう? あのセーラー服姿の可符香は? 今ならある程度冷静に考えられる。あれは糸色家を去るとき、廊下で見た少女だった
しかし、あの少女は何者なのか。どうしてこの屋敷の地下にいるのか。いや、そもそもどうして糸色家にいたのか……。それに、可符香の本当の名前とは。
考えてもやっぱり何もわからなかった。私は考えるのをやめて、廊下を進んだ。
通路は先のほうで左右に分かれていた。私はそこまで進み、左右を見ようとした。
突然、地面が抜けた。私は床の下に落ちてしまった。
落ちたそこは水だった。真っ黒な水が、全身に這い回ってくるのを感じた。私は慌ててもがいた。天井に見える、自分が落ちてきた穴に手を伸ばそうとしていた。
すぐに最初のパニック状態が過ぎ去った。水は浅かった。私の太ももを浸す程度だった。私は水の中に立ち、顔にかかった水滴を払って頭上を見上げた。真っ黒な天井に、自分を落とした穴が白く浮ぶのが見えた。高さは3メートル強。どうにかして届くような高さじゃなかった。
私は部屋の周囲を見回した。部屋は飾りのない長方形。ある一片だけ、壁がくり貫かれて滑り台のような坂道になっていた。その滑り台の先に、明らかに開きそうな継ぎ目のある壁があった。
どうにかなるかもしれない、と私は滑り台のほうに向かおうとした。しかし、太ももに何か触れるものがあった。私は、何だろうと目を向け手で払おうとした。
人骨だった。私はさっと全身に凍えるものを感じて、周囲を見回した。ひたひたと黒い色を浮かべる水面に、いくつもの人骨が浮んでいた。それだけではない。靴の裏に感じる感触も、多分、人骨だ。
私は再びパニックになった。もがくように水の中を進んだ。だけど、急に深いところに足を踏み入れてしまった。私の体が水の中に沈む。私は水を掻き分けて、前方に進んだ。
すると、滑り台の先の壁が開いた。そこから、淡い光が差し込んでくる。私はその光に希望を感じて、滑り台まで進んだ。滑り台まで辿り着き、急な斜面を這い進んだ。
滑り台を登りきって、その向うを覗きこんだ。そこは広い空間だった。部屋はほぼ円形で、何本もの柱が部屋を囲んでいた。私は柱の後ろの陰にいた。
円形の部屋の床に、紋章のような図案が描かれ、柱と同じような間隔で、背の高い燭台が置かれていた。頭上を見上げると、幾何学模様のように梁が折り重なり、そのうえから緩い白色灯の光が当てられていた。その光に、梁から釣り下がるロープのようなものが揺れているのが見えた。
そんな部屋の中央に、男爵が一人で立っていた。男爵はこちらを向いて、手を後ろに回していた。
「ようこそ、美しき乙女よ。歓迎するよ。ここは人間の法が及ばぬ、あらゆる道楽が許される地下の空間だ」
男爵の静かだが朗々とした声が、空間一杯に染み渡るようだった。
私は思わず後ろを振り返った。そこに滑り台が落ちて、黒い水に浮ぶ人骨が見えた。
「ここは自由が許される場所だ。だから君の自主性を重んじようと思う。その下の部屋に留まりたいというなら、止めはしない。そちらは使い物にならなくなった玩具を捨てる場所だがね。だが、あえてここはこちらに来るほうをお勧めしよう。来たまえ」
男爵が右手を上げて、私を誘うように呼びかけた。
私は、滑り台を這い登り、部屋のなかへ入っていった。ふらふらと、呪い師に催眠術を掛けられたように、男爵の前に進んで行った。多分、他にすがるものはなかったし、男爵が助けてくれそうな気が、ほんの一瞬だけしたから。
私は柱の向うの空間に入っていった。足元に、紋章のような図案が描かれている。何の図案かわからないけど、どことなく宗教的で、邪悪なものが感じる気がした。
「君は利口そうだ。少し考える機会を与えよう。“教育と幸福”とは何だと思うかね。君の知性の働きを見たい。答えたまえ」
男爵は手を下ろして、親しみを込めた微笑を浮かべた。
「……教育とは、学校で学ぶものです。幸福とは……わかりません」
私は模範解答と思える答えをした。男爵を真直ぐ見られず、上目遣いにしておずおずと口にした。
だが男爵は、穏やかな顔をにわかに曇らせ始めた。
「退屈な思考だ。欠伸が出るね。君は他人から押し付けられた美徳を、何一つ疑いもなく受け入れるのかね。君自身の主体性や、君がこの世界にいるという痕跡はどこにあるのかね。惜しい話じゃないか。若いうちは、あらゆる罪悪を知り、経験せねばならない。若者が持つ情念は、その機会を得るためにあるのだよ」
男爵はかつかつと靴音を鳴らして紋章の上を歩き、私に説教するように諭した。
男爵の言葉は、どこか魅力的だった。声色のせいか、啓発的な言葉のせいか。私の心が、男爵の側に引き摺られるようなものを感じた。でも私は、抗うように首を振った。
「そんなの、駄目です。だって、それはただの犯罪です!」
私は手を振り回して、男爵に怒鳴った。だけど私の声は私が思う以上に弱く、空間に吸い込まれていった。
「いかんね。さっきも言ったが、ここは人間の法が及ばぬ場所だ。いわば一切の自由が許される場所だ。窃盗、強姦、殺人。どんなタブーを犯しても咎め人はいない。いわば、我々一人一人が神かあるいはカリギュラの立場にあるというわけだ。そんな場所にいるのに、君は何を躊躇うのかね。何を踏みとどまっているのかね。さあ、再教育と行こう。それを取りたまえ。私を、ちょっと殺してみたいと思わないかね」
男爵は私の前に進むと、後ろ手に持っていたらしいナイフを、私の足元に放り出した。
ナイフはちゃんと鍔があり、柄には細かなレリーフが施されていた。刀身は真直ぐな両刃で、長さは10センチほどだった。それでも、立派な凶器に思えた。
「できないです」
私はナイフを見て後ずさりをしてしまった。
「何故かね?」
男爵が上目遣いに私を見た。その眼光が鋭く、私の表面を抉って内面まで覗きこむように思えた。私はまた後ずさりしてしまった。
「……恐いです。人を殺すなんて、恐いです」
私はうつむいて、消え入りそうな声で訴えた。目に涙が滲んで、泣き出しそうだった。
「人殺しなんて、ただの作業に過ぎない。君だって肉くらい食べるだろう。君が恐れているのは、もしや罰則かね? 犯罪というのは、法律と呼ぶものに対する、形式的な違反に過ぎない。確かに法律、ひいては国家を反逆したが、それがなぜ罪悪の意識と結び付けねばならんのかね? 相手が腐敗した政治なら、君の考える罪悪はむしろ英雄的と呼ばれるべきではないかね」
男爵は朗々とした調子で、啓蒙的な演説を始めた。
「……何を……言っているんですか」
私の体が、恐怖に捉われて動けなくなるのを感じた。動悸が早鐘のように打っている。喘ぐように息をしていた。

次回 P055 第5章 ドラコニアの屋敷13 を読む

小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次




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■2009/09/12 (Sat)
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判

P053 第5章 ドラコニアの屋敷

11

ここには太陽の光も気温の変化もなかった。だからどれだけ時間が経過したのかもわからなかった。ただ、とにかく長い時間、私たちは小さな部屋の中にいた。
「私たち、どうなったの?」
私は色んなものを紛らすつもりで可符香に話しかけた。小波のように繰り返し迫ってくる退屈と不安。少しでも癒せるものが欲しかった。
「きっと地底人の王国に迷いこんだんだよ」
可符香は頭蓋骨の顎をカチカチ鳴らしながら、明るい声で言った。
「今はそういうのやめて! そういう気分じゃないの!」
私は衝動的に怒鳴ってしまった。それから反省するように、「ごめんなさい」と声を沈ませた。
「いいんだよ。健太郎君も気にしないって言ってるから」
可符香が頭蓋骨に微笑みかけた。その顔に僅かな疲労があるが、いつもの暖かな微笑だった。
私は溜め息をついて、うつむいた。どれだけの時間が過ぎたのだろう、とまた考えていた。空腹は限界を通り越して、ただの疲労としか感じられなかった。
私たちはここから出られるだろうか。それを思うと、狂いそうな不安が私を掴むような気がした。
ふと顔を上げた。可符香は頭蓋骨と向き合って、会話しているように微笑みかけていた。
「可符香ちゃん。どうしてそれが健太郎君なの? どうしてここが地下だってわかるの?」
ようやく私は疑問に気付いて、可符香に訊ねてみた。
しかし、可符香から返事は返ってこなかった。
私は少し体を前に乗り出させて、可符香の表情を覗き込むようにした。
「可符香ちゃん、もしかして、この屋敷を知っているの? あの男爵って男のことも、知っているんじゃないの?」
私はもう一度、追及するように可符香に話しかけた。
可符香は急に表情を殺して、視線を落とした。
「わからない。思い出せないの。ずっと記憶の深いところで、何かが眠っているのをいつも感じている。だけど思い出せないの。これは健太郎君。なぜなら健太郎君だって知っているから。でも、どうして知っているのかその理由が思い出せないの」
いつもポジティブな可符香とは思えない、沈んだ言葉だった。
私は地面に両手をついて、さらに可符香に顔を近づけた。
「ねえ、思い出して。やっぱり10年前、私たち出会っているよね? 同じ幼稚園で、一緒に遊んだよね。ねえ、可符香ちゃん。あのとき可符香ちゃんは、どうしていなくなっちゃったの? ねえ」
私は可符香の記憶を刺激させるつもりで、話しかけた。
可符香は、もどかしそうに首を振った。
「やめて! やめて。……思い出したくないの。恐いから」
可符香は手から頭蓋骨を落とし、膝に顔をうずめた。私を避けるように、体を背けていた。
「ごめんね、可符香ちゃん」
私は申し訳ない気がして、謝って体を元に戻した。
可符香から返事はなかった。興奮しているらしく、はあはあとゆっくり肩を上下させていた。
私は可符香から目を逸らすように、鉄扉を振り向いた。そんな姿の可符香を見るのは初めてだったし、見たいとは思わなかった。
天井の裸電球が、ちりちりと点滅し始めた。あっと私は顔を上げた。裸電球は赤く焦げるような残像を浮べ、消えてしまった。
小さな部屋が真っ黒な闇に閉ざされた。だからといって際立つものもなかった。そこには風の音もなく、部屋の外を歩く気配すらなかった。完全な静寂だった。
そんな時だ。鉄扉の向うに気配が現れた。ひたひたと裸足が床を歩き進む音だった。
私は顔を上げて、気配の動きを探った。風の音もしない沈黙の中、気配は音量を間違えたようにくっきりと浮かび上がる。裸の足音は、間違いなくこちらに向かって進んでいた。
間もなくして、足音は鉄扉の前で停止した。
次に、ガチンッと錠が外れる音がした。続くように、鉄扉がほんの少しだけ、きぃと開いた。外の重たい空気が密かに流れてくるのを感じた。
私は可符香を振り返った。僅かに差し込んだ光に、可符香の姿がうっすらと浮かび上がっていた。可符香の瞳に浮んだ涙が、きらりと光を宿していた。
「可符香ちゃん、行ってみようよ。きっと妖精さんだから」
私は無理にでも微笑んで、いつもの可符香の口ぶりを真似てみた。
私は立ち上がり、鉄扉の前に進んだ。鉄扉は重く、しかも少し錆びていた。私は体重を使って、鉄扉をゆっくりと引いた。
すると部屋の外に、誰かがいた。薄い闇のトーンが折り重なるそこに、セーラー服姿の可符香が立っていた。色彩のないモノトーンの闇なのに、その瞳だけがくっきりと赤色に輝いていた。
私は茫然とセーラー服姿の可符香を見ていた。部屋の奥を振り返る。そこにもやはり可符香はいた。
いったい何が起きているのかわからなかった。思考も働かなかった。
セーラー服姿の可符香が部屋に入ってきて、私の胸を乱暴に突き飛ばした。私は自分を支えられず尻を突いた。
セーラー服姿の可符香は、私をまたいで真直ぐもう一人の可符香の前まで進んだ。可符香は立ち上がるけど、壁を背にしたまま逃げ出さなかった。
可符香の表情が恐怖に引き攣っていた。自分と同じ顔をした可符香を避けようと身を捩じらせるけど、膝ががたがたと震えて動き出せないみたいだった。
セーラー服姿の可符香が、可符香をそっと抱きしめるように体を重ねた。そうして、可符香の左の肩に顔を寄せて、何かを囁いた。
瞬間、可符香がはっとしたように全身を引き攣らせた。その目から人格が消えて、信じられないことに、真っ赤に輝き始めた。それを最後に、可符香は意識を失ってセーラー服姿の可符香に体を預けた。
私は、食堂で聞いた男爵の話を思い出していた。そう、セーラー服姿の可符香は、可符香の本当の名前を告げたのだ、と思った。

次回 P054 第5章 ドラコニアの屋敷12 を読む

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P052 第5章 ドラコニアの屋敷

10

水の底で濁流を聞くような、そんな感覚が私を取り巻いていた。とくん、と赤い色彩が浮かび上がる。真っ暗闇に、染み付くような暗い赤色だった。
その赤色に、女の子の影が映っているのが見えた。
あれは……、あれは……。
私は考えようと自分の意識を探った。記憶のずっと奥、大事なものがそこに眠っているような気がした。
あの女の子は……。
あたりがうっすらと光を持つのを感じた。ぼんやりした意識が覚醒を始める。目を覚まし始めたのだ。
私ははっと頭をあげた。睡魔を振り払うように辺りを見回した。
夢だったら良かった。夢オチで自分のベッドで目を覚ませばよかった。
でもそこは、狭い部屋の中だった。広さは多分、2畳くらい。壁も天井も真っ黒で、窓がなく、明かりは天井に吊るされている小さな裸電球だけだった。足元はじわりと湿って、藁が敷き詰められていた。
私は、蘭京太郎の秘密の部屋を連想していた。この空間の雰囲気は、あの秘密の部屋に似ているように思えた。
体を起こすと、向かいの壁で可符香がうずくまっているのが見えた。
「可符香ちゃん、私……」
私はまだ目の前が白くかすむのを感じた。でも寝ている場合ではない、と無理に頭を振った。
可符香は、私が訊ねようとした言葉の意味を理解して、首を振った。ここに閉じ込められて、どれだけ経つのか。可符香もわからないようだった。
私はふらふらとしながら立ち上がった。改めて辺りを見回す。立ち上がると天井が低く、手を伸ばせば指先がつきそうだった。壁には一切の継ぎ目はなかった。空気を取り入れるための小さな穴がぽつぽつとあるだけだった。
出入り口は一つだけ。左手に、重そうな鉄扉が立ち塞がっていた。
私は、急にパニックになった。いきなり鉄扉に飛びつき、思い切り叩いた。
「出して! ここから出して!」
私はガンガンと鉄扉を叩いた。
「皆いるんでしょ! 返事して! 千里ちゃん! まといちゃん! あびるちゃん! 藤吉さん!」
しかし返ってきたのは、どこかに跳ね返って木霊のように残響音を残す自分の悲鳴だけだった。
私は力を失って、鉄扉にすがりついたまま膝をついた。体の奥が熱を持って、目に涙が溢れ出した。喉の奥から、嗚咽が漏れた。激しい後悔を感じていた。
「奈美ちゃん、落ち着きなよ。ここには、私と健太郎君しかいないんだよ」
可符香が穏やかな感じで私の背中に声をかけた。
私は涙を拭って、可符香から安らぎを得ようと振り返った。そうして、思わず鉄扉を背に飛び退いてしまった。
可符香が部屋の隅で膝を抱えていた。その膝の上に、小さな頭蓋骨を置いていた。
私はもう一度、床に敷き詰められている藁に目を向けた。たっぷり湿気を吸ってくたびれた藁に、人の骨が混じっていた。骨はばらばらになっていたけど、どれも小さなものだった。
考える必要はなかった。ここで誰かが死んだのだ。しかも、私たちより幼い子供だった。
私は呼吸が詰まるのを感じて、足元にあるすべてを蹴って遠ざけようとした。藁も人骨も、自分の足元から遠ざけようとした。
「何、何なの、可符香ちゃん」
私はさっきとは違う意味で、目から涙を落としていた。
「大丈夫だよ、奈美ちゃん。この子は健太郎君。私のお友達だから」
可符香は頭蓋骨を両掌に持って、にっこりと微笑んでみせた。

次回 P053 第5章 ドラコニアの屋敷11 を読む

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P051 第5章 ドラコニアの屋敷


男爵が角席に座り、首にナプキンをかけた。
「それはそうと、食べたらどうかね。うまい食事は話の潤滑油だ。君たちには私に言いたいことがあって来たのだろう。食事をしながら、ゆっくり話し合おうじゃないか」
男爵の声が、いくらか柔らかくなった。フォークで肉を突き刺し、一口食べる。
私は、改めて食事に目を向けた。赤い色のチキンスープにはバジルが浮かんでいる。サラダはレタスとセロリ、それからにんじんを大きめに切って煮込んだものだ。少し香り付けしているらしく、甘く匂うものがあった。肉はなんだろう。私はフォークで肉を転がした。豚でも牛でも鳥でもない。私の知らない、例えば羊あたりだろうか。
私たちは躊躇うように周りのみんながどうするか見ていた。藤吉が躊躇いもなくフォークで肉を刺し、口に移そうとしていた。
「食べちゃ駄目! ……絶対に食べちゃ駄目!」
あびるが叫ぶような声で警告した。
振り返ると、あびるが肉を凝視したまま震えていた。蝋燭の光でもわかるくらい、顔を青ざめさせていた。
藤吉が肉を口に入れようとした瞬間で止めた。思いなおしたように、肉を皿に戻した。
私もナイフとフォークを置いた。その代わりに、グラスの水を一口飲んだ。少し喉が渇いていた。他のみんなも、同じようにナイフとフォークをテーブルの上に置いていた。
「失礼な意見だが、それも客人の自由だ。好きにしたまえ。うむ、うまい」
男爵は軽く言って、肉を一口頬張った。
肉の芳ばしい香りが漂ってくる。駄目、と言われても肉料理は堪えきれないほどの食欲が促すものがあった。それに糸色家から食事を口にしていない。でも私は、そこはかとない違和感を感じて、食べるのを差し控えた。
しばらく男爵一人の食事が続いた。空腹で沈黙する私たちの耳に、食事を続ける男爵の咀嚼音が聞こえてきた。それがやはり空腹を刺激する。私はテーブルの食事から目を逸らして、自分の太ももを見下ろした。
あびるは、あれからずっと顔を青ざめさせてうつむいていた。千里とまといと藤吉は、目で相談するようにちらちらと互いを見ていた。私の左隣の可符香は、静かにうつむいていた。表情を見ると、どこが具合悪そうに見える。そういえば屋敷に入ってから一度も可符香の声を聞いていない。可符香もやはり恐いのだろうか。
男爵がナイフとフォークを置いて、口元をナプキンで拭った。グラスの水で、口の中の物を喉に流し込む。
「せっかく来たんだ。少し教養ある話をしよう。民俗学の話だ。ある民族では、本当の名前を隠す習慣がある。本当の名前が明らかにされると、森や大地に潜む悪霊に魂を奪われると考えているからだ。例えば、日本ではアイヌがこの習慣をかつて持っていた。アイヌは本来、家族同士でも親しい友人同士でも決して名前では呼び合わない。一般的には“小父さん”を意味する“アチャポ”や、“母”を意味する“ハポ”といった言葉を使う。唯一教えていいのは、生涯の伴侶と決めた相手だけと考えていた。なかなかロマンチックな話ではないか。生涯の伴侶にだけは、自身の最も重大な秘密を預けるわけだ。これは決して野蛮な土人に限った話ではない。我々の社会でも、名前こそがその人間の本質と考える場合がある。もしうっかり名前を奪われてしまったらどうかね? その人間の本質と実体、つまりアイデンティティを失ってしまうだろう。具体的に言えば、まったく別の人間が、君たちに摩り替わって生活できてしまう。ネット社会のほとんどが自衛を目的に匿名を使っている理由も、ここにある。おっと、日本では新聞も匿名だったな。現代においても、名前はその人間の本質であり、実体を封印する鍵というわけだ。だから忠告するのだが、決して、安易に本当の名前を明かしてはならない。名前を奪われると、その人間から魂が抜き取られ、操り人形のように意思を失ってしまうだろう」
男爵の話は長く長く、とりとめがないように続き、それに意味があるようには思えなかった。
男爵の話を聞いているうちに、私は何となく意識がクラクラするものを感じた。始めは気のせいだと思っていたが、やがて眩暈がするように視界が滲み始めた。校長先生の長い話を聞いているように、意識が暗いところに霞み始める。
「それと……何の関係が……。」
千里が擦れた声で言葉を綴った。
見ると、千里も頭をふらふらとさせていた。目蓋が重いらしく、必死で睡魔と戦っているみたいだった。他の女の子たちも、同じような感じだった。
私は改めて食事に目を向けた。甘く漂うに香りに気付いた。でも、気付くにはもう遅すぎだった。
「現代の合理社会は、なんでもかんでも無駄を遠ざけようとする傾向にある。だが、問題を解くヒントは常に無駄の中に用意されている。特に、難解と思える問題ほど、無駄が重大な価値を持つ。無駄にこそ、目を向けるべきだよ」
男爵は悠然と答えると、肉をもう一口、フォークで刺して口の中に放り込んだ。
「……何か、おか……しい」
まといが声を擦れさせていた。立ち上がろうとテーブルに両手をつくが、腰から下に力が入らないらしい。手がずるっとテーブルの上を滑って、チキンスープをひっくり返した。
「やれやれ。注意深い少女たちだ。肉料理に上等な睡眠薬を使ったというのに、無駄になってしまった。サラダに麻酔効果のある香水を振り掛けておいてよかったよ。水にも痺れ薬を入れておいた。念には念を入れるべきだ。なに、安心したまえ。命を落とすような薬品は使っていない。とはいえ、すっかり眠らせるには、直接手を下さねばならぬようだな」
男爵が襟からナプキンを取り払い、口元を拭って立ち上がった。その手許に、透明の瓶とハンカチがあった。男爵は歩きながら、瓶の液体をハンカチに湿らせた。
「やめ……て……。」
千里が男爵の気配を感じて、手を振り上げようとした。しかし、その手に力はなかった。男爵は右手で千里の腕を掴み、椅子に体を押し付け、しげしげとその体を観察した。
「まず君からだ。ふむ、いい体をしている。幼いが、そのぶん肌のきめが細かく美しい。まるで絹のような手触りだな。芸術作品として扱うと、見栄えがするタイプだな。楽しませてもらうぞ」
男爵は千里の体を品評すると、その口元にハンカチを押し当てた。千里が一瞬反抗するように身をよじらせた。だがすぐに目蓋が落ちて体から力を失った。千里の体が崩れかけるのを、男爵が支えて椅子に座らせた。
「次は君だ。常月まとい、だったね。ほう、なかなか活動的な性格だな。挑戦的な眼差しがよい。美しい顔立ちだ。肌も柔らかく、抱くともっちりと吸い付くタイプだ。味わいがありそうだな、これは」
男爵はまといの顎を掴み、じっくりその顔を覗き込んだ。それからまといの口にハンカチを押し当てる。まといは静かに意識を失って椅子に体を預けた。
男爵は、次にあびるの前に進んだ。
「これはなかなかだな。長身でスタイルがいい。手足が長いが、それを抜きにしても理想的なプロポーションだ。それに体の傷がいい。こいつは痛ぶりがいがありそうだ」
あびるは青ざめたまま、もう抵抗の意識もないようだった。男爵がハンカチを押し当てると、あびるはテーブルの上に顔を落とした。
途端に何かが落ちる音がした。振り向くと、藤吉が椅子から転げ落ちていた。逃げようと、絨毯の上をもどかしそうに這い回っていた。
「どこへ行くのかね。せっかちはいかん。ほほう、これは上物だ。発育もよく、充分な筋肉もついている。今時は痩せてさえいればいいなどと考える風潮があるが、あれはいかん。痩せてたるんだ体型ほど醜いものはない。この少女の体格と美しさなら、どんな芸術にも快楽にも応じるだろう。ただし、遊び好きは感心できないな。楽しみは、多くで共有するものだ」
男爵は藤吉の腕を掴み、自分の側に引き寄せると、その口にハンカチを押し当てた。晴美の体から力が失われ、絨毯の上に転がった。
次は私だった。男爵が私を振り向いて、にやりとした。
私は涙を滲ませて、首をゆるゆると振った。
「可符香……ちゃん……」
隣にいる可符香に助けを求めようと振り返った。でも可符香は、すでに眠りに落ちていた。
背後に、気配が立つのを感じた。振り向くと男爵が側にいて、その顔を肌がふれあうギリギリの距離まで近づけてきた。
「ふむ。……普通だな」
「普通……て、……いう…な……」
男爵がハンカチを私の口に押し当てた。意識が一気に遠ざかって、暗闇に吸い込まれるのを感じた。

次回 P052 第5章 ドラコニアの屋敷10 を読む

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P050 第5章 ドラコニアの屋敷


私たちは男爵が消えた部屋の中へ進んだ。入口の枠はやけに広く、高かった。両側にかつて蝶番があったらしい跡が残っていた。多分、大きな両扉だったのだ。
入ってみると、広い部屋に繋がっていた。右の空間に赤い絨毯が敷かれ、絨毯の中央にテーブルが置かれていた。テーブルの上に燭台が置かれ、無数の蝋燭の炎が暗闇に揺れていた。
赤い絨毯は左手と奥に伸びて、別の部屋に続く扉と繋がっていた。暖炉も置かれていたが、もちろん火は入っていない。
「好きな席に座りたまえ。ただし、そちらの端は私の席だ。それ以外なら、自由に座っても良い。私は、少し食事の準備をしてくるよ」
男爵が赤絨毯に立って説明した。男爵の席は奥のお誕生日席だった。
それから男爵は、執事みたいな恭しいお辞儀をすると、奥の扉へと消えていった。
私たちは、少し躊躇うように互いに顔を見合わせた。やはり千里が一番にテーブルに向かって歩き出した。それに続くように、私たちはテーブルに進んだ。
窓を背にする席に千里が座り、その左隣にまといが座った。さらに左の、男爵と向かう角席にはあびる。次に藤吉。テーブルを折り返して私、可符香という席順だった。テーブルは横に長く、男爵の席と一番離れた場所に皆固まって座った。
汚い屋敷だったけど、テーブルと椅子はまあまあ綺麗だった。座る前に椅子を確認したけど、埃などの汚れはとりあえずない。椅子は背が高く、私の身長と同じくらいのところで鋭角的に切り取られていた。クッションの色は赤だった。
テーブルは濃いブラウンで、使い古しているらしく、傷が一杯に刻まれていた。だが、そのうえからコーティングを被せているらしく、触れても傷の感触はなかった。
テーブルの上で、燭台の蝋燭が輝いていた。燭台は銀製で、アールヌーボー様式の装飾が施されていた。蝋燭の光で、みんなの顔が一人一人仄暗く浮かび上がった。
間もなくして、奥の両開きのドアが開いて男爵が入ってきた。男爵は白いエプロンをつけてカートを押していた。同時に、肉料理らしい芳しい臭いが漂ってきた。
「すまないが刑期を終えたばかりで、まだ使用人も料理人も雇っておらんのだよ。だが、料理の味は保障しよう。料理は専門店で調理され、週に2回、私の屋敷に配送される仕組みになっておる。私は料理人と顔を合わせず、ただ調理を過熱するだけ、というわけだ。私が味付けをしたんじゃないから、皆も安心だろう」
男爵は言いながら、私たちに料理を盛りつけた皿を並べていった。
「あの……、僕の分は?」
皿は三つ。チキンスープを入れた皿に、ライス。三つ目は、肉料理とサラダを盛りつけた皿だった。それから、グラスに入れられた水が添えられた。
「あなたは、糸色先生とどういう関係なんですか?」
千里が男爵を振り返って訊ねた。
「あれは10年前の話だ。糸色望は当時、高校2年生。17歳だったな。あの頃の糸色望は、まあ若いせいだろうが、なんでも首を突っ込み、無茶に挑戦する無謀な少年だった。今より余程の覇気のある男だったよ。だから、私にも挑戦を挑んだのだろう」
男爵はエプロンを外しながら、少し昔を懐かしむように語った。
私は男爵の話を聞きながら、また17歳だと思った。糸色先生が今みたいな根暗な性格になった理由。10年前の事件。そう、男爵と関わっているんだ、と確信した。
「勝負ってどんな?」
千里が情報を聞き出すように追求した。
「下らない話さ。私が負けて、糸色望が勝つ。あれは一生かけても消えない屈辱だった。話なら糸色望本人から聞くといい。私自身に、屈辱の物語を話させるつもりかね」
男爵は冗談めかして言うと、エプロンをカートの中に押し込んだ。

次回 P051 第5章 ドラコニアの屋敷9 を読む

小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次




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