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■2009/10/04 (Sun)
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判

P074 第7章 幻想の解体


赤木杏が客間から出て行った。部屋を取り囲む空気が、入れ替わる感じがあった。もう始めにあった、ざわざわする感じはない。
「これで、事件は解決ですか」
千里の左隣に座っていた藤吉が、少し身を乗り出させた。でも藤吉の言葉に、続きを予感するような緊張が取り付いていた。藤吉はスツールに座っていた。スツールは唐草模様の装飾が施され、足が曲線を描いていた。高級そうなスツールだった。
「いいえ。私が明らかにしたのは事件の一断片です。だって、蘭京太郎殺害の件が未解決のままでしょう。うちの生徒が4人も殺されているんですから。この事件を解決しないかぎり、男爵は明日にでも新しい手を打ってくるでしょう。“彼”を封じないかぎり、男爵の挑戦は永続的に続きます」
糸色先生は新しい問題を提起するように、私たちに宣言をした。
「蘭京さん、殺されていたんですか?」
千里が戸惑うように糸色先生に尋ねた。私だけでなく、全員が思ったはずだ。失踪したはずの蘭京太郎。それが死亡していた。しかも殺されていたなんて、初耳だ。
「ええ。蘭京太郎は殺されています。しかしそのおかげで、私は“彼”を告発し、男爵の計画を挫くことができるのです」
糸色先生が千里に頷き、男爵を振り向いた。
「いったい誰ですか? 蘭京さんを殺したのって」
私は言葉の調子を落として訊ねた。聞くのが少し恐い気がした。
糸色先生が頷き、あまりにも意外な人物を振り向いた。
「それはあなたですよ、時田」
糸色先生が振り向き、指をさしたのは、時田だった。
私たちはみんなで時田を振り返った。時田は私の後ろの空間に、執事らしく慎ましく立っていた。糸色先生に指をさされても、時田は表情をぴくりとも動かさず、閉じているように見える目で糸色先生を見詰め返していた。
「……いえ、時田ではありませんね。遠藤喜一。皆さんにとって、遠藤喜一の名前は初めて聞く名前でしょう。しかし、重要なのは彼の本当の名前ではありません。私たちはそもそもからいって、事件の背景にいるもう一人の何者かを予感せねばなりませんでした。しかもその人物は、我々の中に巧妙に紛れ込み、私や皆さんの知らない空白の時間の中で、あらゆる工作を行っていた。それが可能だった人物。それがあなた。時田に変装した、遠藤喜一だったのです」
糸色先生は時田に宣告するように、冷たく言い放った。
「先生、どういうことですか。時田さんが犯人だなんて」
私は動揺して首を振り、糸色先生に身を乗り出させた。間違いなら、今なら訂正できる。いや、むしろ間違いでしたと言って欲しかった。
「いえ、だから時田ではありません。偽者ですよ」
糸色先生は私を振り返って、落ち着いた声で訂正した。糸色先生の表情に迷いはない。そんな顔を見ても、私はまだ困惑から解放されなかった。
「理由が必要なようだね。君は幼少時代から面倒を見てもらっている男を告発しようとしている。少女たちの顔を見たまえ。すっかり動揺しているではないか。間違いなら、今だけチャンスを与えよう。どうしてあの時田が偽物であり、蘭京太郎という男を殺す必要があったのか。説明してもらえるかな」
男爵が挑みかけるように低い声で問いかけた。
「お気遣いを感謝します。しかし結構です。訂正の必要はありません。すべてお話しましょう」
糸色先生が男爵に視線と言葉を返した。私は戦いの始まりを予感していた。

次回 P075 第7章 幻想の解体5 を読む

小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次




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■2009/10/03 (Sat)
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判

P073 第7章 幻想の解体


客間は沈黙していた。でもそこに漂う空気がざわざわとしていた。誰もが赤木杏を注目していた。私だけではなく、全員が赤木杏の表情と瞳の色が変わった瞬間を見ただろうと思う。赤木杏の体内で、何か劇的な変化が起きたのだ。
しかし、男爵だけがただ一人、冷静沈着な表情で佇んでいた。
「説明が抜けたようだな。なぜ、この少女が風浦可符香ではなく、赤木杏であると言えるのかね?」
男爵は両手を組み合わせて、そのうえに顎を乗せていた。
「簡単です。その少女、赤木杏さんはどこからどう見ても風浦可符香さんの双子です。他人でそこまで似ているなんて、ありえません。私は風浦可符香さんの本名を知りません。そこでヒントになったのが、日塔奈美さんの記憶です。日塔さんは幼稚園の頃、間違いなく風浦可符香さんに会ったと記憶していました。風浦さんは幼少時代、転居が多かったものの自分の通った幼稚園は全て記憶していました。それなのに、風浦さんは日塔さんの通った幼稚園に覚えがないと、とはっきり断言しました。これが意味している事実はただ一つ。日塔さんが幼稚園の頃に出会った少女は、風浦可符香さんそっくりの別人。つまり、双子の姉妹です。風浦さんは幼少時代、貧しい家庭環境を経験しています。そのせいで風浦さん姉妹は引き離されたのでしょう。それで、別々の幼稚園に通っていたのです。そこまで推測した私は、日塔さんの通った幼稚園に実際に行って来ました。過去の入園リストを探れば、すぐに見付かりましたね。年代もはっきりしていたし、確かに顔つきは風浦可符香さんそっくりでいた。名前は赤木杏。次に私は裁判所へ向かいました」
私は糸色先生の話を聞きながら、もう一つ別の考えを巡らせていた。一度は離れ離れになった風浦可符香と赤木杏。だけど、この屋敷で再会したのだ、と思う。だから、可符香は本当の名前を隠すようになったのだ。もっとも、赤木杏の記憶とともに、この屋敷で滞在した日々を封印してしまったのだけど。
糸色先生は長い説明を一旦区切って、サイドテーブルの上に置かれた旅行ケースを開けた。中から用紙を一枚引っ張り出して、テーブルの上に置いた。私たちは全員で身を乗り出して、用紙を見下ろした。
「……失踪届けか」
男爵は用紙をちらと見て、糸色先生を上目遣いにした。男爵の目に、今までより深い影が落ちていた。
失踪者は7年以上失踪を続けると、死亡扱いにされます。赤木さんの失踪届けは10年前、あなたが逮捕された同じ年に提出されていました。それから、7年以上。赤木杏さんの失踪届けは死亡届にかわり、受理されていました。だから、赤木さんはすでに死亡していて、法的にこの世に存在しないことになっているんです。だから風浦さんそっくりの少女が罪を犯した場合、現場証拠に多少の矛盾があったとしても、殺人の罪は風浦さんが被ることになる。……男爵、大したものでしたね。あなたは自分の身辺に警察の手が及んだ時、真っ先にこの計画をスタートさせた。赤木さんの体に改造手術を施し、絶対に誰にも見付からない場所に隠した。もちろん、赤木さんは男爵の生徒として洗脳済みだし、周到に暗示催眠を掛けていました。だから、男爵の生徒リストの中に、赤木杏の名前は見つからなかった。計画を発動させた後、あなたは10年間、牢獄で大人しく待っていた。それは世間の関心が風化されるのを待ったためでありましたが、それ以上に、この失踪届けが効果を持つのを待っていたのでしょう。だけど、あなたの計画はこれでお終いです。すでに死亡届が受理されている失踪者でも、本人である確たる証拠があれば、死亡届、失踪届けともに無効になるんですよ」
糸色先生は畳み込みかけるように、男爵に言葉を突きつけた。
「いいのかね。この少女は君に暴行を加えている。君は自分の生徒を警察に突き出す真似はしたくない、と言ったね。同じ顔の別人であれば構わない、というのが君の美意識なのかね」
男爵の声は低く囁くように、客間の闇に漂うようだった。
「暴行? 何の話です? みなさん、あの少女が私になにか危害を加えたそうですが、ご存知の人はいますか?」
糸色先生はわざとらしくとぼけて、私たち全員を見回した。
「いいえ、なんのことやら、さっぱり」
タータンチェック模様の入った綿のシングルソファの上で、思い出すように宙を見上げた。糸色先生の右手前の位置だった。
「何かの間違いじゃないですか。私、ずっと先生と一緒でしたけど、そんな場面には出くわしていません。」
糸色先生の左手前の席で、千里がはっきりした調子で断言した。千里は背の高い、ブラックの鋭角的なモダンデザインの椅子に座っていた。
糸色先生が私たちに頷いて、男爵を振り返った。男爵は笑っていた。組み合わせた両手で口元を隠すようにして、低く呟くような声で笑っていた。
「面白い連中だ。どうするかね?」
意見を求めるように、男爵は赤木杏を見上げた。
「もう、おしまいね。おじさま」
赤木杏が男爵を振り返り、言葉を返した。私は自分の耳を疑ってしまった。赤木杏が喋った。その声はゆるやかな温かみを持って弾んでいて、当り前なのか可符香とそっくりだった。
それから赤木杏は、糸色先生を振り返った。かわいらしく首をかしげて、微笑を浮かべる。
「よく気付いたわね。全部正解よ。残念だわ。私、一度、先生のこと殺してみたかったのに。でもいま殺したら、警察に捕まっちゃうのね。本当に残念」
「……は、はあ」
赤木杏は可符香と同じ声と喋り方で、信じられないくらいブラックな発言をしていた。さすがの糸色先生も、顔と言葉を引き攣らせてしまっていた。
「それじゃ私、可符香お姉さんを連れてくるね」
赤木杏はもう一度、ぬくもりのある微笑を浮かべると、男爵のソファの後ろを通り過ぎて、部屋の入口へと向かった。
「お待ちください」
糸色先生が赤木杏を呼び止めた。赤木杏は、ドアを開けたところで振り返った。私はその時、はじめて赤木杏の顔が寂しげに沈んでいるのに気付いた。
「今度、私の教室にいらしてください。私は出席を取らないし、大抵、なんとなく人数も多いので、誰も気にしませんから」
糸色先生は、なんでもない誘いのように、赤木杏に声をかけた。
「……ありがとう。考えとくね」
赤木杏が嬉しそうに微笑を浮かべた。白く幼い頬に、赤い色を宿した。私は赤木杏の瞳が、涙でうるうると揺れるのを見たような気がした。

次回 P074 第7章 幻想の解体4 を読む

小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次




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■2009/10/02 (Fri)
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P072 第7章 幻想の解体


男爵の屋敷に入ると、私たちは客間へ案内された。客間は10畳ほどの空間で、ソファや円テーブルといったものがまとまりなく置かれていた。
私たちは客間へ入ると、まず部屋の整理をした。無造作に置かれている椅子を一箇所に集めて、全員が円の形に向き合える体勢にした。男爵は作業に加わらず、黒の革張りシングルソファに座り、私たちの作業を悠然と見ているだけだった。私たちは警戒を込めて、男爵から数歩ぶん離れて椅子を並べた。
椅子の整理が終わり、皆それぞれの席に座る頃、誰かがドアを開けて入ってきた。セーラー服姿の可符香……違う、可符香に似た少女だった。私たちはその姿を見ただけで、なんとなくざわっとしてしまった。
可符香に似た少女は、盆にカップを載せていた。可符香に似た少女は私たちの側までやってくると、中央に置かれたソファ用のテーブルにカップを並べた。赤い色を浮かべた紅茶が淹れてあった。私は可符香に似た少女が側に来たとき、思わず体を少し避けてしまった。可符香に似た少女は、そんな私に、無表情のまま微笑んだような気がした。
可符香に似た少女は、盆に載せたカップをすべてテーブルの上に置くと、盆を持ったまま男爵の座るソファの後ろに立った。
「安心したまえ。紅茶には何も入れていない。今は一時休戦だ」
男爵は私たちに微笑みかけた。だからといって、紅茶に手をつける女の子は誰一人いなかった。
「……まあ、それも個人の自由だ。好きにしたまえ。では、そろそろ話を聞こうか」
男爵は自分のカップを手に取り、糸色先生を振り向いて足を組んだ。
「失礼ですが、立ったままで喋らせてもらいます。いつも教壇で喋っている癖で」
糸色先生は側に半径の小さなサイドテーブルを置いて、男爵に断りを入れた。サイドテーブルはダークブラウンの木製で、落ち着きのある唐草模様の装飾が施されていた。サイドテーブルの上に旅行ケースを置く。糸色先生の後ろに、まといが曲線のある足を持った椅子に座っていた。
「いいとも。やりやすいようにしたまえ」
男爵が許可を与えて、紅茶を一口啜った。
「ありがとうございます。では、さっそく。いきなりですが、男爵。あなたの目論見を打ち砕いてみせましょう。あなたの目論みは、自分に罪が被らない方法で、それでいて一切の手を下さず私を殺すことでした。そのために、あなたは一人の少女を用意した。私のクラスの生徒、風浦可符香の双子の姉妹です。男爵、あなたは可符香とその少女を入れ替わらせ、私を殺した後に元に戻すつもりだった。計画通りに進めば、私は自分の生徒に殺されたことになり、糸色家の社会的地位はガタ落ちになります。しかし、私がもしその少女が可符香さんとまったくの別人であるという証拠を突きつければ、あなたの目論みは完全に無意味なものになります」
糸色先生は勢い強く、男爵に言葉を突きつけた。
可符香の姉妹? 私は糸色先生の言葉を聞いて、男爵の後ろに立った少女をじっと見詰めた。他の女の子たちも、同じように可符香に似た少女を見詰めていた。可符香に似た少女は、みんなの視線を受けながら、赤い瞳で糸色先生を見詰めていた。
「つまり、君はこの少女が何者であるかわかっている……。そういうことかね」
男爵はカップを後ろに立っている少女に手渡し、少し身を乗り出すように問いかけた。挑みかけるような低い声で、鋭い目で糸色先生を睨みつけていた。
糸色先生は男爵の視線を受けて、迷いなく頷いた。
「ええ。あなたは私の生徒に言ったそうですね。ある民族には名前を隠す風習がある、と。名前にはその人間の本質が込められ、名前を奪われることは魂を奪われることに等しい……。確かにその通りです。徒に名前を呼ぶものではありません。特に、名前が暗示催眠のトリガーになっている人は、必死で名前を隠すでしょう。だが今は明らかにさせてもらいますよ!」
糸色先生は可符香に似た少女を鋭く指でさした。
赤木杏!
それがあなたの本当の名前です!」
これまでにない、強烈な声での宣告だった。
赤木杏の表情にはっとしたような驚愕が浮かんだ。その手から盆とカップが落ちた。カップが砕け、残っていた赤い液体が飛び散った。
赤木杏の凍りついた無表情に、生き生きとした躍動が与えられた瞬間だった。信じられないことに、真っ赤に輝いていた瞳が、急速に力を失って黒い色と混じり始めた。
それは、赤木杏の封印された魂がその身に戻り、暗示から解放された瞬間だった。“赤木杏”という名前で正しかったのだ。

次回 P073 第7章 幻想の解体3 を読む

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■2009/10/01 (Thu)
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P071 第7章 幻想の解体


私たちは小石川植物園を後にすると、そのまま男爵の屋敷へ向かった。
時刻は昼の2時頃。でも男爵の屋敷に至る通りに入っていくと、昼の騒音は一気に遠ざかってしまった。あれだけ騒々しいセミの鳴き声すら聞こえない。風すら、そこを通るのを避けているようだった。
通りの両側を覆う藪は、暗く影を落としている。空気が冷たく、鳥肌が立つのを感じた。確かに昼の風景なのに、その周辺はあまりにも陰気で、異界の空気が流れているようだった。
そんな通りに入ったところで、意外な人物と合流した。時田だった。
「あれ? 時田さん、どうしたんですか?」
私はそんな場所にいる時田が、あまりにも不思議に感じてしまった。
「望ぼっちゃまに協力を要請されたのですよ」
時田はいつもの黒の燕尾服で、恭しく私たちに頭を下げた。
「時田は重要な証言者ですから。そのために来てもらう必要があったんですよ」
糸色先生は簡単な説明をして、先頭を進んだ。
アスファルトの通りは真直ぐ奥まで続いている。夜と違って周囲の光景がくっきりと浮かんでいる。100メートルほど進んだところに、男爵の屋敷が見えた。
しかしそれでも私は、理屈ではない不気味な気配を感じていた。みんな同じように感じているらしく、広い道なのに私たちは小さく固まって寄り添い、両手を誰かに繋いでもらいながら進んだ。
やがて屋敷の門前までやってきた。糸色先生が門柱に設置されたインターホンを押す。しかしインターホンは手ごたえなくカスッと押し込まれてしまった。
「何の用かね。糸色望よ」
それでも、インターホンの向うから声が返ってきた。男爵の声だった。私はその声を聞いただけでも背筋にぞっと凍えるのを感じて、側に立っていたあびるの体にすがりついてしまった。
「あなたに用事があるのですよ。敷地内に入らせてください」
糸色先生が毅然と要求を告げた。
「いいだろう。入りたまえ」
男爵が淡々と許可を与えた。
糸色先生は格子状の門を覗き込んで、その裏に手を回し、閂を解除した。門の右側を、全員が通れるくらいに大きく開ける。
「皆さん、大丈夫ですよ。入りましょう」
糸色先生が私たちを振り返った。その顔がいつも以上に厳しい感じだった。
糸色先生が煉瓦敷きの道に入っていった。私たちはやはり寄り添うように固まりながら屋敷の敷地に入っていった。通りの両側を囲むオークの大木が、ざわざわと葉をこすり合わせている。まるで誰かいるような気配だった。
やがて、屋敷の前に出た。屋敷は昼の光の中にも関わらず、真っ黒な色を浮かべて沈黙していた。扉の片側が開かれ、男爵が杖に両掌を添えて立っていた。
「これはこれは。大勢での訪問とは。保身のために少女たちを生贄に差し出しに来たのかね。だったら大歓迎だよ。もっとも、それで君を殺すのを断念するつもりはないがね」
男爵が私たちを見て、冷酷な微笑を浮かべた。あれだったら、好色な微笑のほうがよっぽどましだと思った。
「いえ。あなたの挑戦を受けにきたのですよ」
糸色先生はパナマ帽を外し、鋭い眼差しで男爵を睨み付けた。
「ほう、それは面白い。入りたまえ。話を聞こう」
男爵は危機感のない微笑を糸色先生に向けると、踵を返し屋敷の中へ入っていった。屋敷の中は真っ暗で、黒い装束の男爵の姿が、闇に溶けていくように見えた。
糸色先生が私たちを振り返った。
「行きましょう、皆さん。日塔さん、もし危ないと思ったら、私の背中に隠れてください。私の背中、結構広いですから。まといさんも、よろしくお願いします」
私が糸色先生の側に近付くと、糸色先生は私だけに語りかけるように囁いた。私とまといは「はい」と返事をして、手を握り合った。
私は糸色先生の背中を追いながら男爵の屋敷に入っていった。糸色先生は長身で、確かに背中が広く、それを見ていると抱かれるような気分になった。恐怖も少し癒される気がした。

次回 P072 第7章 幻想の解体2 を読む

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P070 第6章 異端の少女

11

糸色先生が櫂先生の向かい側のソファに座った。
「それではさっそく本題に入らせてもらいます。男爵はこの研究所に所属していたのですよね。研究室は今も残っていますか?」
糸色先生は両膝に両肘を置いて、少し身を乗り出すようにして単刀直入に切り出した。
「ええ、使っていたのは、そこの廊下をずっと進んだ一番奥の研究室です。事件の後は資料室にしたのですが、利用する人は少ないですね。事情を知らないはずの若い学生さんも、なんとなくあそこは使いたがらないようで」
櫂先生は頷いて、研究室の外の廊下を指で示した。やはり男爵の話となると空気が重くなるのか、櫂先生の言葉に暗い影が漂い始めた。
「男爵はどのくらいの期間、この研究所に勤めていたんですか?」
「10年前後、といったところですね。もっとも、教授職というのではなく、ある日ふらりとやって来て、研究所の一室を根城にした感じでした。私たちともあまり交流を持ちませんでしたね。当時の学長と違法的な交流会などで接点があったらしく、それで研究室を得たらしいのです。これは後で知ったことですが」
糸色先生は調子を変えず、淡々と質問を重ねた。櫂先生はゆっくりと話を組立てながらのように話す。落ち着いていて、わかりやすい話し方だった。話に嘘があるような感じはなかった。
「男爵はこの研究所で人体実験を?」
糸色先生は一気に話の核に飛び込もうとした。でも櫂先生が首を振った。
「まさか。男爵は周到な男ですからね。ここでは専らラットの実験のみでしたよ。おそらくここでの実験の成果を屋敷に持ち帰り、監禁していた子供で試していたのでしょう」
櫂先生の言葉の調子が、少し高くなった。櫂先生も、男爵の事件をよく知っているのだ。その顔が緊張で歪むのを感じた。
「実験の内容はどんなものでした? レポートなどは見ませんでしたか?」
「植物と哺乳動物の融合、と言うべきものでしたな。哺乳動物に特殊な葉緑体を寄生させ、光合成で得た栄養素をエネルギーに変換し、対象となる実験動物に供給するというわけです。つまり、最低限の水と日光があれば、植物と同様、動物を永久に活動させられるわけです」
櫂先生は淀みなく言葉だけで解説をした。この辺りから、私はついていけない感じがした。
「でも人間を活動させるとなると、相当のカロリーが必要になるでしょう。成人男性なら1800キロカロリー前後。そんな実験に成果なんてあったのですか? そもそも生命の維持すら危うい気がするのですが」
糸色先生は少し姿勢を起こして、疑問を口にした。
「仰るとおりです。ほとんど活動不能の状態になります。男爵の生成した葉緑体は特殊なDNA構造を持っていて、通常の数百倍のエネルギーを生成できます。しかし、これをもってしても、ラットすら活動させることはできません。最低限の呼吸と、心拍の維持。まあ眠っているような状態ですな。これが限度でした。ちなみに、男爵が生成したDNAは、現在も解明できておりません。思考さえまともなら、優秀な研究者になれたでしょうね」
櫂先生は研究結果を思い出すように、宙を見上げながら答えた。空論を話すように、少し言葉が軽くなるように思えた。
「すると、人間に転用した場合は?」
糸色先生がさらに話を進めていく。
「考えたくありませんが、可能性として仮定すると、まず、人間としての活動は一切駄目になるでしょう。意識もぼんやりとあるかないか、といった状態が続くはずです。永久にまどろんだ状態で、脳だけは活動が維持されるから、多分、ひたすら夢を見続けるのでしょうな。まさに植物状態ですよ」
櫂先生は考えながら答えを見つけるようだった。
「その状態からの蘇生は可能なんですか?」
「それはわかりません。男爵本人に聞いて見ない限りには。意図的に作り出した植物状態ですし、身体の機能に問題がなければ、栄養を与えれば状態が回復するかもしれません。もっとも、かなり過酷なリハビリが必要になるでしょう」
これは櫂先生にもわからないようだった。櫂先生は両膝に肘を置き、眉間に皺を寄せて宙を見上げた。
「男爵はどんな目的で、そんな研究をしていたのですか? そういった対話をしたことは?」
糸色先生は少し言葉の緊張を解いた。話が別方向に進んでいる感じだった。
「交流は少なかったですからね。レポートの概要には、障害者や飢餓地域の救済など、もっともらしい言葉が書かれていましたよ。確かに実験が成功すれば、食べ物に振り回される心配なく、永久に生命が維持されるわけですから。ですが、実体は男爵の趣味を補強するためでしたね。男爵が子供を監禁して拷問していると、後で知りました。だから思うのですが、子供を飢餓状態において、その状態で永久に苦痛が続くようにしたかったのではないでしょうか。事件の後、警察の要請で資料に目を通したのですが、保護された子供の中には、間違いなくこの実験に使われた子供がいました。皮膚が緑色になっていましたね。体から植物を生やした子供もいましたよ」
櫂先生はゆったりとソファに体を預け、言葉を憂鬱そうに沈めた。10年前の事件は、今でも櫂先生に重くのしかかっているのだろう。
私は話を聞いているだけでも気持ち悪くなってしまって、胸を抑えてうつむいた。周りの女の子も、なんとなく具合悪そうにうつむいてり、頭を支えたりしていた。
でも、話はそろそろ終わりだったみたいだ。
「わかりました。本日は時間を作っていただき、ありがとうございます。おかげで参考になりそうです」
糸色先生は緊張を解くように微笑むと、立ち上がって丁寧に頭を下げた。
「いえいえ。力になれたかどうか」
櫂先生も立ち上がって、挨拶を返した。
「糸色先生、今ので何がわかったんですか?」
糸色先生が振り向くと、千里が一歩前に進み出て訊ねた。千里は顔に、少し不安そうな色を浮かべていた。
「全て繋がりましたよ。これから男爵の屋敷に行きましょう。決着をつけます。と、そうそう、忘れるところでした」
糸色先生は歩き出そうとするが、不意に足を止めて、何もない奥の窓を振り向いた。
「ここでお知らせです。この段階で、事件を解決するためのすべての手掛かりが出揃いました。最重要なのはただ一つ。いかにして男爵の計画を中止させるか。それから、風浦可符香の救助です。男爵は私を殺害するために、周到に罠を用意しました。殺人の罪を私の生徒、風浦可符香に着せるために、そっくりの少女を用意しました。あの謎の少女は、そもそも何者だったのか。すでに宣言された通り、私は男爵自身に一切手を出すことはできません。警察も余程の例外がないかぎり、男爵を逮捕しようとしないでしょう。ただし一度だけ、私は警察という手段を行使できそうです。蘭京太郎の事件も未解決であります。蘭京太郎の事件は男爵とどのような関わりを持っているのか。生徒の死体がなぜ私の借家で発見されたのか。ここまでに提示された手掛かりで、すべてが一つの糸のようにつながり、解明され、私は事件を解決することが可能になります。
ただし、一つだけ物語中であえて提示しなかった情報があります。それはすでにネットで充分すぎるくらい議論され尽くしているので、あえて物語中で取り上げませんでした。ある程度の『さよなら絶望先生』読者なら、おそらくすでに知っているのでは、と作者が判断したためです。
これから当小説は、“解決編”へと移ります。すべて了解し、思考の整理ができたら“解決編”にお進みください」

糸色先生は誰かに語りかけるように、長々と演説を始めた。
「君、何を言っているのかね?」
櫂先生は窓を振り向いて怪訝な顔をしていた。
「いえ、お約束というやつですよ。では」
糸色先生はもう一度、櫂先生に丁寧なお辞儀をすると、パナマ帽を頭に被った。

解決編へ進む

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