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■2015/07/26 (Sun)
第1章 隻脚の美術鑑定士

前回を読む

 ツグミは暖簾を敢えて外さなかった。川村との用事が済めばもう閉店の時間だ。妻鳥画廊は従業員を雇っているわけではないので、夕食の時間になったらもう店を閉めてしまう。つまり、妻鳥画廊が営業しているのはツグミが学校から帰ってきて夕食の準備を始めるまでの時間だけだった。
 それに……ちょっとの間だけでも川村と一緒の時間を過ごしたかった。
「いいよ。僕も勝手に入ってしまったし。それに、久し振りに光太さんの絵をゆっくり見られたしね」
 と川村は壁に掛けられた2枚の絵に目を向けた。表情の乏しい川村の目に僅かな輝きが現れた。美術好きが好みの美術に出会ったときの特有の反応だ、とツグミは思った。
「光太さんのこと、知っとってですか?」
 ツグミはちょっと嬉しい気持ちになり、川村の側に並んで光太の絵を眺めた。
「昔、一緒に仕事したことがあるんだ」
 どことなく思わせぶりな感じだった。
 ツグミは絵を眺めているふりとしながら、川村の姿をチラチラと見た。川村は黒っぽい革ジャンに黒っぽいジーンズを履いていた。目を引きそうな柄模様や、メーカーロゴすらない。これといって特徴のない格好だけど、ツグミには川村の格好が不思議と天狗装束のように見えていた。川村に漂う何となくこの世の者でない雰囲気が、ツグミにそんな印象を与えているのだろうか。
「こっちの写真も素敵だね。カメラを使っている人の気持が写真に出ているよ」
 川村は光太の絵の左横に飾られている写真を指さした。構図の右隅に小さく鉄塔が映り、もくもくと膨れ上がる積乱雲が、それを覆わんと広がりかけていた。
「あ、こちらは私の姉の作品なんです。コピーでよろしければ、1000円でお売りしますよ」
 ツグミは川村が指差している方向を振り向きつつ、そそっと川村に触れるくらいの側に近付いた。何だか胸がそわそわと高鳴ってくるようだった。川村のぬくもりや、油絵具の匂いをほんのりと感じて、うっとりした気分に酔いそうだった。
 光太はツグミの叔父で、『妻鳥光太』という名前の絵描きだった。それなりに名の知れた画家で、時々、身内のために絵を描いて画廊に置いてくれる。一般的には妻鳥画廊と光太が従兄弟だという関係は知られていないが、目ざとい愛好者や収集家が光太の絵を安く得られると知ってやってくる。たまにやってくるお客さんというのは、そういう人たちだった。
 川村がふっとツグミを振り返って、微笑みかけた。思わず目が合ってしまって、ツグミはあっと川村から離れた。急に恥ずかしくなって、もじもじと視線を落とす。
 とそこで、ツグミは椅子にもたせ掛けるように置かれている板状のものに気付いた。きっと絵だ。目測で20号よりやや大きい。21号との間くらいだろう。それが新聞紙に包まれて、紐で縛られていた。
「あっ、絵、持ってきてくれたんですね」
 ツグミはやらしい自分の気持をごまかすように、目に入った絵を話題にした。実は以前会ったときに、約束していたのだ。「今度、僕の描いた絵を持ってくるよ」と。
「うん。いいものができたからね」
 川村はちょっと得意げに微笑んだ。きっと自信作なのだろう。
 川村が絵を手に持ち、画廊の隅に置かれているイーゼルに目を向けた。ツグミはすぐにイーゼルを川村の側に持ってきて、準備をした。川村がイーゼルに絵を掛けて、紐を解いた。絵の表面に新聞紙が掛かったまま状態にして、1歩下がってツグミに促すようにした。
 ツグミはちょっと川村を見て、絵の前に進んだ。どんな絵なんだろう、と気持が緊張で昂り始めた。新聞紙の端を掴み、すっと取り払った。
 ツグミは、思わず杖を取り落としてしまった。体の奥のほうから、ぞぞぞと何かが湧き上がってくるものがあった。金縛りにあったように、一瞬身動きが取れず呼吸もできなかった。
 絵の左横に窓があって、厚いカーテンが被せられていた。僅かに漏れ出した光が床を白く浮かび上がらせていた。
 部屋の中は雑然としていて、テーブル、椅子、楽器、ベッドなどが暗闇の中で有象無象の構造物となって浮かび上がっていた。
 人物の姿はない代わりに、テーブルや床に古い本が山となって積み上げられていた。旧約聖書の《アブラハムの遺訓》、《オクタヴィア》や《ビブリオテーケー》、《シオン賢者の議定書》、《パンクタグリュエル物語》……。知識に自信がないけど、本の背から大雑把にそれだけが確認できた。
 傑作だ。いや、天才だ。痺れるような興奮の後に、ツグミは思った。

次回を読む

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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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■2015/07/25 (Sat)
第1章 最果ての国

前回を読む

 間もなく夜が明けようとしている。東の空が淡く浮かび始めているが、地上はまだ夜の闇を深く残している。夜の獣が住み処へと去り、沈黙は冷たさを持って辺りを取り巻いていた。
 村の入口には、ミルディと老ドルイド僧を含めた5人が、旅支度の格好で並んでいる。
 村人の何人かが、見送りにやって来ていた。

ミルディ
「村はよろしく頼みます」
ミルディの従兄弟
「帰りをお待ちしております」

 ミルディが踵を返す。
 東の山脈が、薄く光を宿し始める。

ミルディ
「3日目の夜明けには戻ります」

 ミルディが進み始めた。それに続くように、老ドルイド僧と3人の従僕が従いて歩き始めた。


 村を出ると、細い小道がヒースの草原を横切っている。しかし小道はすぐに途切れてしまう。ミルディは、人を寄せ付けぬ魔性の世界へと足を進めていく。
 やがて日が昇り、森に昼の光が射し込み始めた。緑色が明るく映えて、下草を彩り豊かに浮かび上がらせる。ささやかな獣や虫の声に、葉がこすれ合う音が混じる。
 しかし油断ならない闇が、森のあちこちに潜んでいる。魔性の気配が旅人を迷い込むのを待ち構えている。
 人界から遠く離れた森の景色に、村人らがにわかに怯えを浮かべ始めた。ささやかな音や気配に、亡霊の呻き声を聞くようにビクビクと顔を引き攣らせる。
 深く茂る下草に、不浄の者達が残した足跡がいくつもあった。数日前の戦の時のものだろう。
 ミルディは構わず森の外縁を、急ぐくらいの足で進んだ。旅はまだ、森の暗い場所には入っていない。魔獣の気配も、まだ感じさせなかった。
 やがて、草むらを横切る小さな小川に沿って森を外れた。小川のせせらぎは清く、不浄など混じっていなかった。旅人たちは、この小川で喉を潤す。
 間もなく、日が西へと傾き始める。空が暗い影を孕み始めた。穏やかに見えた風景は、急速に魔の気配を強めていく。
 ミルディたちは旅の順路を外れて、明るい森の中を進んでいた。

老ドルイド僧
「清らかな霊力を感じる。安全な領域に入ったようじゃ。人の住み処を探そう」

 ミルディたちも、体に穏やかなものを感じていた。森を取り巻いていた悪霊の気配から解放され、くつろぎたいような気持ちになった。一日の旅の疲労が現れたのだろう。
 森の向こうに、いくつかの人家が現れた。土壁に茅葺きを乗せた、貧しい家だった。煙突から細い煙を噴き出していて、人の所在を示していた。
 ミルディたちは宿を得ようと、家へと向かった。


「ドルイド様ですか!」

 すると、横から女の悲鳴のような声がした。振り向くと、中年の女が手に持っていた籠を放り出して、老ドルイド僧に駆け寄ってくるところだった。

老ドルイド僧
「どうなされた」

「私の主人が……どうか、救ってください」

 女に案内されて、ミルディたちは家の中へと入っていく。奥の部屋のベッドに、男が寝ていた。
 男の様子を見て、老ドルイド僧ははっと顔を強張らせる。男の体が薄く影を消しかけていた。表情はなく、うつろな目は茫然と天井へと投げかけている。意識はあるが意思は絶えつつある――そんな様子だった。
 老ドルイド僧は、男の手を握り、呟くように呪文を唱えた。


「主人は……主人は助かるのですか」
老ドルイド僧
「この者は、魔の者に名前を奪われたのじゃ。今できる処置は済ませた。紹介状を書くから、明日の朝早く、大パンテオンを目指して旅立つのじゃ。しかし無理はしてはならぬぞ。信頼できる同伴者を連れて、明るい場所を進むのじゃ。外に出ると、危険な森がいくつもあるからな」

「ありがとうございます」
老ドルイド僧
「今日はゆるりと休むがよいじゃろう。すまぬが、我々のぶんの食事もいただけるかの。1人につき、パンが1切れあれば充分じゃ」

 食卓に案内されて、女がミルディたちに食事を振る舞う。パンだけではなく、スープと果物も用意された。

村人
「ドルイド様、あの者はいったい……」
老ドルイド僧
「魔物に名前を奪われたのじゃ」
村人
「名前を奪われてしまうと、あのようになってしまうのですか?」
老ドルイド僧
「そうじゃ。お前たちもよくよく注意することじゃ。魔物を前にして、軽々に名前を口にしてはならない。魔物の中には人の名前を奪う者もおるからの。名前を奪われてしまうと、その者は影なき者として、人から忘れられ、自身の役目を忘れ、最後には命を落として森を彷徨う幽鬼と成り果ててしまう」
ミルディ
「あの女は、夫の名前を口にしませんでした」
老ドルイド僧
「そうじゃ。名前を奪われてしまったから、もう夫の名前を思い出すことすらできなくなったのじゃ。あと1歩遅かったら、あそこで眠っている男が誰なのかもわからなくなっておったじゃろう。たまたま通りがかったとはいえ、間に合ってよかった」
村人
「よくわからねぇ。なんで魔物は人間の名前なんて欲しがるんだ?」
老ドルイド僧
「おぬしは、名前を知らぬ者を斬れるか? 偽りの名前をまとった者を本当に殺すことはできぬ。斬ったと思っても、それは偽りだからじゃ。魔物の中には偽りの名前を盾にする者がおる。そういう魔物を殺すには、本当の名前を明らかにせねばならない」
村人
「ドルイド様ならわかるんですよね」
老ドルイド僧
「いいや、わからぬ。古い文献や、人々の記憶の中にヒントが隠されておるが、それを探らない限り、本当の名前はわからぬ。しかし我々の伝承によれば、姿を見ただけで、すべての名前を明らかにできる者がいるという」
ミルディ
「そんな人が……」
老ドルイド僧
「魔物たちもその者を恐れて、血眼になって探しておると聞く。もしも見付けられれば、我々にとって大きな成果になるじゃろう。……お主たちも気をつけることじゃ。名前はその者の存在を繋ぎ止める。名前を失った者は人生からも運命からも外され、終わりなき暗闇を彷徨うじゃろう。親や神から与えられた名前を、軽んじてはならぬぞ」

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■2015/07/24 (Fri)
第1章 隻脚の美術鑑定士


前回を読む

 そのままツグミは、岡田に妻鳥画廊の前まで送ってもらった。ツグミはできるだけ感情をこめず、それでいて素っ気なくないよう岡田に感謝を告げて別れた。
 夕陽がもっとも強く輝き始める頃で、街の建物が美しく煌き始める。太陽の光がゆったりとくつろいで、夜になる直前の猶予を楽しんでいるようだった。でもそんな風景を楽しむ人は少なく、街は夜の準備を始めようといそいそと家路を急いでいた。
 ツグミはしばし黄金色に輝く風景を楽しんで、それから画廊のドアを開けようとスカートの中のポケットを探った。
 入口ドアはガラス戸になっていて、アールヌーボー調の唐草模様が描かれていた。画廊が建設されたのはツグミの祖父の代で、その当時は雑誌『明星』などでアールヌーボーが紹介されて流行っていたのだ。
 ポケットからキーケースを引っ張り出し、鍵を鍵穴に近づける。が、
 ――開いている。
 一見すると閉まっているように見えるけど、ドアと木枠が僅かに噛みあっていなかった。
 まさか、鍵を掛け忘れた? 背中にゾッとくるものがあった。そんな憶えはない。ちゃんと鍵をかけたはずなのに……。
 ツグミは動揺する気持で、そっとドアを開けた。どうか誰にも入られていませんように、と祈りながら。
「Closure」の暖簾を掻き上げ、画廊の中を見回す。画廊の中は暗く、夜の影が早くも漂い始めていた。入口から射しこんだ光で、足元だけが黄金色に輝いていた。
 動くもののない静寂の風景。しかし、静寂に紛れるように誰かが絵の前に立っていた。
「か、川村さん!」
 ツグミは一瞬、ぎょっと胸が掴まれそうになったが、知っている人だとわかってほっとした。でもその反動で思わず大きな声を出してしまい、自分の口を塞いだ。
 川村もツグミを振り返った。川村……なんていうのか下の名前は知らない。年齢は多分、20代半ばくらい。この頃、しげしげと画廊を訪ねてくれる客で、本人が言うには絵描きらしい。川村には確かにそんな風格があるし、話してみるとツグミと絵の趣味も合っているので、意気投合とまで行かないまでも話の合うお客さんだった。
 川村は背が高く、がっしりした体つきで、多分、鍛えているのだろうと思う。顎にはうっすらと無精髭。髪はざっくりと短く刈り込んでいる。
 無頼な風貌だけど、どこかテオドール・ジェリコー(※)のような女性的な端整さが川村にはあり、汚いけど不潔なイメージを感じさせない品性があるように思えた。
「来とったんですか?」
 ツグミは動転してみっともないくらいに声が裏返る。
「ああ、ごめん。鍵が掛かっていなかったから、いるんだと思ってね。しばらく絵を見させてもらったよ」
 川村は生来、まるで慌てた経験がない、というような穏やかさと静けさが備わっていた。
 ツグミにとって、川村は不思議な感じのする青年だった。かっこいいと思うけど、世間受けするような美青年とは違う。どこか修験者のような、力強さと、その力強さを包み込むようなしんとした幽玄さが漂っているように思えた。
「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。家は時々、臨時休業することがあるんですよ」
 ツグミは申し訳なさそうに謝り、画廊に入って照明を点けた。画廊の中から夕陽の色が消えて、白色灯の光に包まれた。

※ テオドール・ジェリコー 1791~1824年。古典主義の流れを持つ画家だが、当時の現代社会の描写にこだわった。後のドラクロワやクールベに影響を与える。32歳で早世。

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■2015/07/23 (Thu)
第1章 最果ての国

前回を読む

 ミルディは族長の屋敷を後にして、村の様子を見下ろす。族長の屋敷は、丘の一番高いところに作られている。屋敷の庭に立つと、階段状に開墾された村の様子を俯瞰して眺められた。
 戦の後始末はまだまだ終わりそうにない。怪我人の治療。死体の回収。汚れた麦畑の焼却。もくもくと噴き上がる黒煙と一緒に、すすり泣く声が這い上ってくる。村の回復は、まだまだ遠い先のようだ。
 ミルディはそんな様子を俯瞰しながら、考えに沈む。
 しばらくして、ミルディは村へと降りていく。民家が集まる界隈へと入っていく。どの家も崩れて、悲しみが深く感じられた。農作物も家畜も、見るからにひどい痛手を受けていた。誰も族長のミルディに目も向けない。
 ミルディは鍛冶屋の工房を訪ねた。

ミルディ
「火は起こせますか」
鍛冶屋
「戦の間も火は絶やしませんでした。何か仕事を?」
ミルディ
「仲間を連れて戦いへ行きます。上質の剣と盾を人数分」
鍛冶屋
「……了解」

 鍛冶屋はかすかな驚きを浮かべるが、間もなく承知して頭を下げた。
 ミルディは鍛冶屋を後にする。さらに丘を降りていき、畑を横切っていくと、石塚の外縁へと出て行く。そこに小さな森が置かれ、木々の下に墓がいくつも作られていた。
 森は明るい光を射し込ませている。墓は長い木の杭のような形をしていて、それぞれに家紋が掘られていた。雨の後で黒く湿らせていたけど、今は明るい光で煌めき始めていた。
 ミルディは墓場の奥へと進んでいく。数段の階段を登り、その向こうの小道へと入っていく。
 そこに、歴代族長を祀る墓が置かれていた。そこに老婆が1人。

ミルディ
「母上でしたか」
ミルディの母
「あなたですか。ドルイド様との話は終わりましたか」
ミルディ
「戦いへ行きます」
ミルディの母
「戦いは終わらぬものですね」
ミルディ
「終わらせるために戦うのです。妻も、きっと守ってくれます」

 ミルディは墓の前で膝を着き、手を組み合わせる。

ミルディの母
「ミルディ。私には未来は語れないけど、予感はします。とてもよくない予感が……」
ミルディ
「それでも行きます。ネフィリムの襲撃は絶え間なく続くでしょう。この間のような戦が繰り返されれば、村は消耗し、いつか一族は絶えてしまいます」
ミルディの母
「あなたの父親も、戦いました」
ミルディ
「祖父も戦いました。私の代で一族を絶えさせるわけにはいきません」
ミルディの母
「あなたの判断です。そしてあなたは一族の代表。賢明な判断であると信じています」
ミルディ
「必ず戻ります」
ミルディの母
「ええ、必ず」

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■2015/07/22 (Wed)
第1章 隻脚の美術鑑定士


前回を読む

 鑑定が終わり、山下は鑑定料を封筒に入れてツグミに差し出した。ツグミはさっそく封筒を開き、額を確かめた。1万円札が11枚も入っていた。
「多すぎです。こんなにたくさん、困ります」
 ツグミはちょっと慌てた声で封筒を返そうとした。鑑定料は美術品によって相場が変わる。10万円の美術品で鑑定料1万円。50万円の美術品で3万円。それに鑑定証書が2万円。今回の鑑定ではせいぜい6万円といったところだ。
「いやいや、楽しかったからね。またよろしく頼むよ」
 山下は機嫌よさそうに笑ってツグミに封筒を握らせた。
 ツグミは充分なお礼を言って山下家を後にした。通りに出ると、風の冷たさを感じた。空が高く、夕陽の色が淡く混じりかけている。ぽつぽつと綿のような雲が浮かんでいた。秋なんだな、とふと思う空だった。
 歩きながら、ツグミはポケットに入れた封筒が少し後ろめたく思った。儲からない画廊を経営していて、家計はいつも火の車。嬉しい収入なのは間違いないのだけど、やはり後ろめたい気持は心から去ってくれなかった。
 しばらくして、背後から車のエンジン音が近付いてきた。ゆっくりとツグミの側で速度を落とす。ツグミはちらと後ろを振り返った。白のワゴン車だ。相当使い込んだらしく、あちこちへこみができていて、銀色の金属面を剥き出しにしていた。
 ワゴン車はツグミと並んだところで一度停まり、窓から運転手が顔を出した。岡田だ。
「送ったるで」
 岡田は気楽そうに声をかけた。
「いいです」
 ツグミはつんと言葉を返して、できる限り早く歩いた。
 ワゴン車がゆっくりスタートしてツグミを追いかけた。
「いいから乗れや。電車賃だって、結構かかるんやろ」
 岡田は窓から身を乗り出させたまま、器用にハンドルを操る。
 ツグミは足を止めて、岡田を振り返った。岡田でさえ、妻鳥家の際どい懐事情を知っている。岡田に説得されるのは癪だけど、節約できるものは節約したかった。
 ツグミは車道に出て、ワゴン車の前を横切って助手席に入った。座る姿勢になると、急に気持ちが落ち着く。
 車が走り出した。高級住宅街の風景がゆるやかに流れていく。ツグミは何気ない感じに窓の外を眺めた。
 ふと、ワンピースふうの白いセーラー服姿の女の子達が目についた。芦屋のお嬢様高校の制服だ。女の子達は楽しげに声を上げて笑っていた。
 ツグミは暗い気持ちになって、溜め息をこぼした。
 事故に遭ったのは、8つの時だった。左脚に障害が残り、膝から下は今も感覚が戻らない。それなのに時々、火のついたような痛みが体にせり上がってくる。
 高校に入る頃になると、見た目を気にするようになった。寒い時期になるとセーラー服の上に丈の長いトレンチコートを羽織って、自分の体を隠すようにした。同じ年頃の女の子はオシャレに夢中なのに、自分は足を引き摺っている。ツグミはそんな自分に劣等感を抱いていた。
 助手席の窓に、自分の顔が薄く映っていた。脚の障害に釣られて、背はもう高くならないらしい。そのせいなのか、顔つきもまるっきり子供だった。艶のある長い黒髪。二重の目にきちんと整った小顔。容姿はそれなりに悪くないけど、高校生には見えなかった。残念な話だけど、人が言うには中学生にも見えないという。
「まだ気にしとんのか?」
 信号待ちしている時に、岡田が唐突に口を開いた。
「え、何が?」
 急に声を掛けられて、変な声を上げてしまった。
「山下のじいちゃんが最後に言ったやろ。『値打ちのないもんは要らん』って、あの台詞や」
 信号が青に変わった。車が再び動き出す。
「ああ……」
 ツグミはちらと岡田を見て、再び窓の外に目を向けた。車は芦屋の閑静な住宅街を抜けて、6車線の広い通りに出ていた。行き交う車が吐き出すガスが、夕陽の光にきらきらと輝きを散らしている。
「ああいうのはな、モノが本物か贋物かとか本当はどうでもいいんや。高ければ、贋物でも買いよる。結局、札束を飾る代わりに絵やら壷やらを飾っとおだけなんや」
 岡田は正面を見ながら、ぼつぼつと不満を続けた。
「そういう市場を形成しているのが美術の業界なんやけどな……。でも安くてありふれてても、ええもんはいくらでもある。値段では計れない思い入れだってあるやろ。見せびらかすためとか、税務署対策のために絵を買っても、絵描きは嬉しくないやろな」
 ツグミは窓ガラスに肘を付き、頬杖しながら追従した。岡田からこんな不満が聞けるなんて意外だった。
「ところがな、世の中はそういうふうには見いへん。1000円やと思ったものが100万円やとわかった途端、態度をころっと変えるんや。《日産》が89年に《ビジョン・ヌーベル社》と提携して美術事業に手を出した時、当時の担当者が何て言ったか知っとおか? 『日本人の心を豊かさ』を育てるために外国の美術品を買う、って言うたんや。外国の1億円の絵を見なきゃ、心は豊かにならんのかい。1000円の絵に感動したらあかんのか」
 岡田は喋っているうちに次第に調子が乗ってきたのが、言葉に力がこもり始めた。
「でも岡田さん、贋もん売るのは犯罪やで?(※)」
 ツグミは岡田の横顔をちらと見ながら、忠告するように言った。贋作と知りつつ売った場合は、詐欺罪に当たる。
 岡田は不機嫌な顔を一転させて、愉快そうに笑い声を上げた。
「俺は画商や。鑑定士ちゃう。美術品が贋物やったなんて知らんわ。それに、俺は買い手の品性を試しとんや」
「……本当は知っとおくせに」
 岡田の顔が急にいやらしく感じて、目を逸らして口の中でもごもごと不満を漏らした。

※ 本編中にあるように、贋作と知りつつ販売した場合、詐欺罪に当たる。

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