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■2015/08/15 (Sat)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
前回を読む
5
ツグミは、ポスターを手に画廊の外に出た。空は雲が多く、陽射しを遮りかけていた。街並みは鈍い光に灰色を浮かべている。秋の鮮やかさはどこにもなかった。
通りには人影はなく、低く唸るような風が通り過ぎて、アスファルトに散った落ち葉がざわざわと流れて行こうとしていた。
ツグミは体を小さくして、風が過ぎるのを待った。この頃になると、ツグミは学校から帰った後も、ずっとセーラー服の上にトレンチコートを着たままだった。少し、冷え性の気があった。
ツグミは入口扉横の白い壁の前に進み、ポスターを貼り付けた。『ミレー・バルビゾン派展』のポスターだ。今日の朝、画廊に顔を出すとヒナのメモ付きでテーブルの上に置いてあったのだ。「余ったからプレゼント」だそうだ。
朝は忙しいから、学校から帰宅して、今こうしてポスターを貼ったのだ。
白い壁には何も飾りはない。もともと広告や告知を張るスペースだったが、こうしてちゃんと美術関連のポスターを貼るのは久し振りだった。いつも地域のお知らせや、お祭りの告知とか、そういうものばかりだ。
……寒い。
ツグミは寒さに耐え切れなくなって、自分を抱くようにしていそいそと引き返した。画廊の中に入ると、風がガラス戸の向こうに遠ざかって、ほっと一息つく。
そろそろストーブ……いや節約節約。
ツグミはトレンチコートで自分の体を隠すようにして、掌にふうふうと息を吹きかけた。
それから円テーブルの前に進み、椅子に座った。円テーブルの上には、ミレーの画集が2冊、置かれていた。もし誰か来たら、宣伝しようと置いたのだ。
しかし、川村の訪問以来、近所のおばさんすら画廊に訪ねてこなかった。結局ツグミが、1人で繰り返し画集を眺め続け、もう全ての絵と専門家のコメントを暗記してしまった。
退屈だな、とツグミは溜め息を漏らした。
あれから1週間。一方のヒナは休みなく精力的に働き続けていた。朝は早いし、夜も遅いから、この頃はむしろ、テレビや雑誌でヒナの顔を見るようになった。
疲れているだろうに、カメラマンの要望に応えて笑顔を作り、美術の知識も興味もないテレビ芸能人の騒ぎに付き合わせられているヒナを見るたびに、ツグミは自分がつらいような気持ちになってしまった。ヒナは本当に美人だから、変にもてはやされてしまうのだ。
そんなヒナを見て、ツグミはできる限り応援しよう、と心に決めた。コルリも同じように思ったらしく、この頃は早く帰って夕食の準備をしたり、お弁当を用意したりとかしていた。ツグミはヒナの部屋の掃除をしたり、ベッドメイクしたりして、帰ったらすぐに眠れるよう準備を整えていた。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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■2015/08/14 (Fri)
創作小説■
第2章 聖なる乙女
前回を読む
6
少女が祭壇の上に置かれた子供を抱き上げた。子供は泣き止んで、何かを求めるように小さな手を広げた。少女は子供の手を握ると、軽くあやしながら耳元でささやくような呪文を唱えた。すると子供は、すっと眠りに落ちた。
×××
「子供にも魔法は効くのですか」
少女
「ええ。ルーンは物言わぬ人にも、言葉を違える人の心にも届く言葉なのです。それに、今のは呪文ではなく、子守歌ですよ」
少女は穏やかに微笑んでみせた。
若者は子供を抱く少女の姿に、一瞬くつろぐような気持ちになるが、しかしすぐに闇の奥から気配が強まるのを感じた。逃げた妖精達が新手を連れて戻ってきたのだ。
×××
「急いで! 今度は私が後ろを守ります!」
少女
「はい!」
少女が駆け出した。若者がその後に続く。
広場の頭上に作られた、無数の穴から次々と妖精達が飛び出してくる。若者はそのいくつかを斬り結び、少女が広場を抜け出したのを確認し、それから横穴へと入っていった。
妖精達は細い通路を塞ぐように、わんさかと溢れ出してきた。妖精達の中には、明らかに人の形をしていない、頭と腕を持った土の塊のような妖精や、丸い葉のような姿の妖精もいた。
若者は迫り来る妖精を剣で叩いた。少女が行く手を遮る妖精に体当たりを喰らわす。
ようやく出口が見えてきた。少女と若者が順番に外に飛び出す。それから少女は洞窟を振り向くと、その出入り口に向かって光の珠を炸裂させた。中からキイキイと悲鳴が上がった。洞窟から土煙が吹き出してくる。谷に穿たれた穴から、次々と土煙が吹き出してきた。
それでも、妖精の気配は消えなかった。若者と少女は谷間を駆け下り、暗い森を抜けると、草原に出て、さらにその向こうの木立の中まで走った。清らかな光が射し込む窪地に飛び込むと、ようやく一安心という息をついた。
若者はまだ油断なく柄に手を置いて、追っ手がないか森の中を見回した。森の中に妖精の姿はなく、穏やかな様子で静まり返っていた。
少女
「もう大丈夫ですよ」
少女も窪地から出て来て、若者を安心させるように微笑んだ。少女の腕の中で、子供がすいすいと寝息を立てている。穏やかな様子で、緊張が解けるようだった。
×××
「しかし子供を救っても名前がわからなくては。親元に戻すのは難しいでしょう。こんな幼い子供が言葉を知っているわけもありませんし」
少女
「心配無用でございますよ。この近くに、コリオソリテース族の里があります。実は先日、子供が妖精に連れ去られるという話を聞きました。きっとこの子は、妖精に連れ去られたコリオソリテース族の子、トムです」
×××
「初めから知っておられたわけですね」
少女
「私は何でも知っているバン・シーですから。早くこの子を返さないといけません。急ぎますよ」
少女は再び駆け出した。
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■2015/08/13 (Thu)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
前回を読む
4
サンドイッチが運ばれてきた。ツナやら豚カツがサラダと一緒に挟まれた、実に食欲のそそるサンドイッチだった。サンドイッチが濃い緑茶と共に、ツグミとコルリの前に並んだ。しかし、ハンバーグ定食はまだ来ない。サンドイッチを前にしてヒナが恨めしそうな顔をするので、ツグミとコルリはそれとなく食べるのを遠慮した。
「そうそう。二人にお土産があるんや」
ヒナは気分を改めるように明るい声に変えて、脇に置いたバッグを振り向いた。中を開き、封筒を引っ張り出す。ツグミとコルリは、何だろうと覗き込むようにした。
ヒナが二人の前に封筒を示した。それから、勿体つけるように「じゃじゃーん」とゆっくり中に収められている物をするすると引っ張り出す。
チラシだった。B5サイズの小さなチラシで、鞄に押し込まれていたせいで四隅が全部よれて、真ん中辺りに折り目がついていた。
チラシにプリントされているのは、ミレー(※)の『干草を束ねる人』だった。沈みかけた夕日に背を向け、農夫たちが両手一杯に干草を抱え、束ねようとしていた。収穫期の一場面を叙情的に捉えた作品だ。
その絵の下部分に、赤の明朝体でこう書かれていた。
『ミレー・バルビゾン派展』
横に、小さく日時や場所が列記されていた。
「おお、企画展やるんや」
コルリが興奮したようにチラシに飛びついて、声を上げた。
「うん。そのためにあちこち飛び回ったんやからな。日本の美術館では滅多にお目にかかれないコレクションに、個人コレクター秘蔵作品多数! ツグミもまだ見たことのないはずの、完全未公開の掘り出し物作品もあるんやで。もちろん、全て完璧に真画や。どの絵も出所ははっきりしてるし、私自ら鑑定したんやからな。間違いはないで」
ヒナは誇らしげな顔で、コルリとツグミを交互に見て説明をした。
「でも、あと2週間やん。間に合うん?」
ツグミはチラシの開催日時に気付いて、不安になってヒナに訊ねた。
ヒナは思い出したように顔に疲労を浮かべ、苦笑いをした。
「急な話やろ? 色んな意味でギリギリやわ。まだ交渉も終わってない段階でこんなん作られて、ほんま焦ったわ」
ヒナに切迫が滲み出ていた。もうこれからの手順を考えているのだろう。
絵を輸送して、展示のレイアウトを指示し、宣伝でマスコミに愛嬌を振り撒く。2週間という短い期間で、この全てをこなさなければならないのだ。
「私、絶対行くな。ヒナ姉にご苦労さんって言いたいしね」
コルリが座席に体を戻し、ヒナを応援するように微笑みかけた。
ヒナがコルリを振り返り、嬉しそうに頷いた。
「嬉しいわぁ。お姉ちゃん、がんばるで。ところで2人とも、私が留守の間、いい子にしとった?」
ヒナは急に調子を変えて、子供になぞなぞを出す母親の雰囲気で2人を交互に見た。
ツグミとコルリは、何となくヒナの意図を察して、「うん、うん」と頷いた。
ヒナはチラシの上にずっと親指で隠し持っていたらしい何かを、「じゃじゃ~ん」と出してみせた。ツグミにはそれが、きらきらと星を散らしているように見えた。
『ミレー・バルビゾン派展・無料入場券』
無料券は2枚あった。
「頂戴!」
「もらったぁ!」
ツグミとコルリが同時に声を上げて飛びついた。しかしヒナは、ひらっとかわして無料券を引っ込めた。
「それで、どうなん? いい子にしとった? 私のいない間に、先生に叱られたりとかせんかった? 無駄遣いしなかった?」
ヒナは無料券をひらひらさせながら、ツグミとコルリに少し厳しめに訊ねた。
「してました! これからもずーっといい子にしてます!」
ツグミとコルリが掌を合わせて、声をぴったり合わせた。
「よし! じゃあ、これはご褒美。プレゼント」
ヒナは無料券を1枚ずつ、ツグミとコルリに手渡した。ツグミは無料券を握りしめて、感激で目をウルウルさせてしまった。コルリは「やった!」とガッツポーズ。
そこに、ようやくハンバーグ定食がトレイに乗せて運ばれてきた。
「来た来た。ご飯にしようか」
ヒナは待ってました、とハンバーグ定食に手を伸ばした。
※ ジャン=フランソワ・ミレー 1814~1875年。バルビゾンを拠点にした画家。農民や田舎の風景を描いて新時代を築く。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/08/12 (Wed)
創作小説■
第2章 聖なる乙女
前回を読む
5
若者が先頭になって、横穴へと入っていった。闇の奥から冷たい風が強く吹き付けてきた。それに風鳴りが気味の悪い唸り声に聞こえた。勇気の欠ける者ならば、それだけで逃げ出してしまいそうな不気味さだったが、しかし若者の心はぴくりとも動揺を起こすさなかった。
洞窟は真っ暗で、天井が低かった。若者は身を低くして、そろりそろりと足を進めていく。
ふと背後で、少女が何かに躓いた。
×××
「慎重に行きましょう」
少女
「そうですね」
やんわりと緊張を挫かれた感じに、少女が苦笑いをした。
洞窟の奥から、ささやかな光が漏れ入ってくる。光はそれだけだった。
冷たい風は、奥へと入り込むと、いくらかやわらいだ。その代わりに、異形の者達がさざめく声が、奥の方から漏れ聞こえてくる。それがありもしない魔の気配を作り出すが、しかし全て風の音だった。
若者が、荷の中から松の木ぎれを引っ張り出した。
×××
「松明を付けます」
少女
「待ってください。悪いものに気付かれます。私に任せてください」
少女は短く呪文を唱えると、杖の先が鈍く光り始めた。さらに掌に光の珠が現れ、その光を若者の掌に移す。
少女
「ねっ、役に立つでしょ」
少女は得意げに微笑む。若者も釣られて微笑みを浮かべた。
洞窟は細く、狭い道ばかりが続いた。いくつにも分岐して、侵入者を迷わせる。若者と少女は、何度も行き止まりにぶつかり、その度に行ったり来たりを繰り返した。
洞窟にはどこにも人の手が加えられた跡はなく、完全に天然の穴ぐらだった。妖精達の住み処で、ここでネフィリムに出くわす心配はなさそうだった。
道は複雑に絡みながら、奥へ奥へと続き、間もなく風の音に子供の泣き声が混じり始めた。泣き声を辿って奥へ進んでいくと、空間が大きく開けた。
広場には妖精達が一杯にひしめいていて、奥に祭壇のような物が作られ、そこに子供が置かれていた。祭壇の周囲で、妖精達が騒々しく儀式めいた踊りを踊っている。
若者は剣を抜いた。
×××
「かなりの数です。どうします?」
少女
「もちろん戦います。やっ!」
少女が飛び出した。かけ声と共に光の珠を放つ。突然の光を浴びた妖精達が、目を眩ませた。侵入者の存在に、混乱が広がる。
少女
「では前衛をよろしくお願いします」
×××
「了解しました」
若者が広場に飛び出した。妖精達はキイキイ声を上げながら、若者に飛びかかってくる。数は20を越えている。いずれも身の丈が小さく、力も強大ではなかったけど、数が多く、それに爪も牙も鋭かった。
若者は向かってくる妖精を剣で振り払う。若者の剣術でも、妖精はなかなか捉えられない。
妖精達はチョコチョコと動き回って若者を翻弄した。キイキイと耳障りな音を立てて挑発する。
若者の不意を突いて、妖精が飛びかかってくる。避ける間がなかった。妖精が若者に縋り付いて、身体を爪と牙でひっかく。若者は妖精を振り払い、斬り倒した。
妖精は減るどころか、次から次へと横穴から飛び出してくる。若者は徐々に妖精達に追い込まれていった。
妖精達が若者の体に飛びついてくる。遂に剣を振るう間がなくなってしまった。若者は妖精達に突き倒され、目の前に斧が迫る。
瞬間、光が走った。妖精が悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。
続いて小さな光があちこちで爆ぜる。若者に取り付いた妖精が、次々に弾け飛んだ。
若者は咄嗟に跳ね起きた。すると地面に光るリングが浮かび上がる。ルーン文字がいくつも浮かんだ。
魔方陣だ。
若者は直感的に、リングの外に飛んだ。
刹那、光が走った。爆音が轟く。妖精達が光に飲み込まれた。一瞬のうちに灰も残さず消滅した。
残った妖精達が驚きと怯えでまごついている。若者は油断なく飛びつき、残りの数匹をなぎ払った。あとの何匹かは、闇の中へと遁走した。
辺りは急速に静まり返った。魔法の余韻が尾を引くように、光がパチパチと爆ぜていた。
少女
「大丈夫ですか。申し訳ありません。警告する間がなくて」
×××
「いいえ。むしろ助かりました。お礼を言います。しかし肝を潰しました。あなたのような若き乙女が、あんな術に長けているとは」
少女
「あら、見た目より年寄りかも知れませんよ。私は今、バン・シーなのですから」
少女は明るく笑ってみせた。
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■2015/08/11 (Tue)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
前回を読む
3
「ねえねえ、それで? 屋敷のオヤジさんとエッチしたん?」コルリが頬を赤くして、秘密を聞き出すように声を潜めた。
ツグミは「えー? えー?」と狼狽する声を上げて、ヒナとコルリを交互に見た。
ヒナは微笑みを崩さず、首を振った。
「まさか。私は自分の体は大切にするよ。さんざん気をもたせといて、その夜は一人で寝てもらったわ」
「へえ……。それでええの? 仕事はうまくいったん?」
コルリはなんとなく拍子抜けというように、それでいて言葉に懸念を混じらせた。
「うん。オヤジさん、簡単に落ちる女は嫌いなタイプやったみたいやね。翌朝、契約成立。絵画16枚の貸し出し契約を結び、空輸。5000万円の保険料も肩代わりしてくれたわ。その代わり、しばらくオヤジさんのところに通うことになってもうたけどな」
ヒナはすっと緊張を解くように明るい声で締めくくった。ツグミはほっと溜め息をつきたい気分になった。
「凄いやん。男の心、わかっとおねんな」
コルリは気分を高揚させたように声のトーンを高くした。
「まあね。……と言いたいけど、本当は危なかったな。ちょっとの読み違えで契約破棄っていう状態やったし、それに、オヤジさん口説きが意外にうまくてな。ついコロッと行きかけそうやったわ」
ヒナはまるで過酷な戦いを潜り抜けたような、頼もしげな微笑を浮かべた。
ツグミはそんなヒナの手を、そっと握った。
「あかんよ、ヒナお姉ちゃん……」
ツグミは不安な気持ちになって声を沈め、首を振った。それきりヒナが遠くに行って、帰ってこないんじゃないか、という気持ちになってしまった。
ヒナは優しくツグミの掌を握り返した。
「大丈夫。家族が一番大事やで。ツグミが成人するまで、私、結婚もせえへんから」
静かに宥めるようだった。ツグミは「うん」と細く途切れそうな声で頷いた。ヒナの気持ちは嬉しいけど、「結婚しない」と宣言されると、それはそれで罪悪感だった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。