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■2015/08/30 (Sun)
創作小説■
第3章 秘密の里
前回を読む
3
村人の案内でオークは森の中を進んでいく。道は森の外ではなく、むしろ奥の深いところへと向かっていく。辺りは日が暮れ始めて、鬱蒼とした影を深くし始める。オークは村人の後に従いていきながら、どこか人界を外れていくような、不思議な心地を感じていた。果たして、この先にある村はなんという名前で、地図のどのあたりにあるのだろう。
まるで道を隠すかのような深い茂みをさらに奥へ奥へ。すると、急に視界が開けた。現れたのは、小さな村だった。周囲が森に囲まれた、ささやかな村だった。
夕日の赤い煌めきが、村に斜めに射し込んでいる。その輝きが、村の風景をより幻想的な光景に染めるように思えた。
オーク
「ここは、妖精の隠里ですか?」
村人
「残念だが、俺達は妖精じゃない。ようそこ、ヤーヌスの村へ」
オークは村の中心地に立つ、大きな屋敷へと案内された。石造りで砦のような作りの屋敷だった。内部は歴史が古く、装飾に満たされていた。質素ながら格式の高さを感じさせるものだった。
オークは待合室になっている小部屋でしばし待たされた。間もなく、屋敷に執事がやって来て、オークを主の部屋へと導いた。
ステラ
「村の者が厄介になったそうだな。礼を言うぞ、旅の者」
オーク
「…………」
屋敷の主と思わしき女が、机で仕事をしながら、オークに話しかけた。
オークはその姿を見て、少し気後れする。女主人は、幼い少女だった。
ステラ
「何を黙っておる。言葉を知らぬのか」
オーク
「いえ。失礼。もっと年寄りかと」
ステラ
「若くて美しい、という意味の世辞だと受け取るぞ。私は寛大だからな。今年で15になる。父が早くに他界したからな。今は私がこの屋敷と村を預かっておる」
ステラは書き物を中断して、席を立った。軽く袖のところを直す。
オークは、ステラの袖口で、何か金色のものが輝いたように思えた。
ステラ
「失礼するよ」
ステラはオークの側へやってきて、オークが着ている上着を掴み、しげしげと観察した。
ステラ
「名は?」
オーク
「オークと申します」
ステラ
「見た顔だな……。南の氏族の長に、お前と似た者を見たような気がする」
オーク
「ドル族を治める長でした」
ステラ
「そうか。それで魔物に名前を奪われたか。すまぬな。盗品か偽造品か確かめたかった。すでに知っておるだろうが、この村は、西のならず者の一団に狙われておる。パンテオンのしるしをつけて、潜り込もうとする輩がいないとも限らぬからな。どうやら由緒正しきもののようだ。オークよ。戦の経験は?」
オーク
「ネフィリムや山賊の一団とは頻繁に」
ステラ
「略奪の絶えない時代だからな。剣を持たぬ男は腰抜けだ。しかし、我が里はずっと戦を避けて……いや避けるために、ここに隠れるように潜んでおった。ネフィリムと戦った経験すらない者がほとんどだ。山賊はこの里を欲している。後からやってきて一方的に領地を主張し、こちらが退かぬのなら、村の農産物の全てをよこせと言ってきた。それで戦いになり、私の父が死んだ。もはやこの村に戦を指揮できる者はおらぬ。私には父と同じ重荷を背負えぬ。オークよ、ドル族の闘将という噂は聞いておる。戦の経験があるなら、我らを助けてくれぬか」
オーク
「早く里に戻らねばなりません。里でも戦いを指揮する者を待っています」
ステラ
「切実な願いだな。だが、案内人なしで、この森を抜けられると思うか」
オーク
「エルフではなく人が支配する森であるなら」
ステラ
「悪いようにはしない。もしもこの戦いに勝利できれば、我々もお前達の戦いに協力しよう。力はないが、ここで作る果物は力がつくぞ」
オーク
「……これもきっと何かの巡り合わせでしょう。この村の人達のためになるのなら」
ステラ
「一番のいい部屋を用意するぞ」
次回を読む
目次
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■2015/08/29 (Sat)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術品は、全て空想です。
前回を読む
美術館の門を潜り抜けると、いきなり正面にミレーの『小麦を振るう人』(※1)が現れた。
ツグミは思わず「おお」と声を上げてしまった。
『小麦を振るう人』は《オルセー美術館》の収蔵作品で、今回の企画展のためにレンタルされた作品の一つだった。
暗い小屋の中で、膝当てをした農夫がタイトル通り、蓑で小麦を振るっている。赤味のある背景に、農夫のズボンのブルー、小麦と蓑のイエローの配色が鮮烈だ。農民の暮らしの平凡な一場面だが、ミレーはその所作をまるで決定的瞬間のようにダイナミックに描き出している。
この作品で、ミレーは農民画のジャンルを世に問うたのだ。《バルビゾン派》(※2)の歴史はこの絵から始まったのだといっていい。
美術館の中は貴族屋敷風に色鮮やかな壁紙に、唐草模様をあしらったレリーフが施されていた。
普段は《ハウス・ミュージアム》風に貴族の生活が再現され、テーブルや食器が置かれているが、それらは今回の展示では排除され、麻袋やバケツやピッチフォークが置かれていた。バケツはへこんで黒い染みを浮かべ、ピッチフォークには藁が絡み付いていた。絵画は農民具に紛れるように、武骨なフォルムの額縁に、よれた木片を組み合わせたようなイーゼルに掛けられていた。
どれも作品世界に没入させるための小道具として効果的だった。作品もさることながら、展示方法にもこだわりと工夫が感じられるものだった。
美術館は小部屋が奥へ奥へと連なる構成だった。一部屋に絵が2点、という配分だった。どの部屋も次に移りたがらない人で溢れ返って、すごい熱気だった。
次の部屋にはデュプレ(※3)の『嵐・秋の夕暮れ』とテオドール・ルソー(※4)の『フォンテーヌブローの森の入口』が展示されていた。
その部屋を通り過ぎると、次は壁紙が農場の風景を三百六十度カメラで撮影して、プリントされたものに変わった。置かれている絵画は羊画家として知られるシャルル・ジャックの『小川のほとりの羊飼い』。年代を理由にバルビゾン派に加えられないとする専門家が多い、カミーユ・コローの作品『フォンテーヌブローの浅瀬』だ。『フォンテーヌブローの浅瀬』の背景になっている壁紙が、ちょうど森になっていた。
次の部屋が、ポスターにもなっている『干草を束ねる人』だった。やはり本物は違う。絵具の手触りと風格は、どんな印刷機でも再現できるものではない。
1階に展示される作品は全部で15点。数は少ないけど、いずれもサロンに出展され、評価が高く、作家の代表作として知られる作品ばかりだった。
画家が構図を徹底的に練りこみ、キャンバスの上に一つの世界を作り上げる。バルビゾン派の絵画は、鑑賞者の精神どころか、魂までも絵の世界に取り込み、画家が描き出した無限の陶酔の世界へと誘いこんでいく。
見ている人は誰もが絵の前で茫然として、ただ口を開けて立ち尽くしているだけだった。ツグミとコルリも、そんな人たちに混じって絵の世界に気持ちを委ねた。
絵画の歴史で言えば、この後に『印象派』が生まれ、絵画の認識は一度がらりと崩壊してしまう。
フォービズムやダダ、キュビズム――。絵画から厳格なデッサンは消え、アカデミックな教育と方法論は軽んじられるようになり、画家はいかに突飛で奇怪なものを作り出せるかを競い始める。
バルビゾン派絵画は、絵画らしい絵画を描いた最後の時代といえる。
サロン作品の最後に現れたのはコンスタン・トロワイヨン(※5)の『耕作に向かう牛・朝の印象』だ。
縦260センチ、横400センチの大作だ。描かれているのは、牛の群れを引き連れ、今まさに耕作に向かわんとする農夫の姿である。その背後から、朝の淡い光が射し込んでいた。
やはり農民の暮らしの一場面に過ぎない。が、画家はその瞬間を、あまりにもドラマチックに、情景を美しく描き出した。農夫や牛たちのディティールは重々しく、力強い。それに、大画面から迫ってくるスペクタルは圧倒的だった。
この絵の前で、行列は停滞してしまっていた。誰もが絵の前で茫然として、我を忘れて眺めていた。すでに立錐の余地もない大渋滞だったが、なかなかその絵の前から動こうという者はいなかった。
ツグミもそういう人達の1人になって、ただただ絵の前に立ち尽くしてしまった。まるで心が絵画の中に吸い込まれ、あの農場の中を彷徨っているような感覚だった。
すると、誰かが後ろで肩を叩いた。
「もう30分も見とおで」
すっと顔を寄せて囁いてくる。我に返って振り向くと、ヒナが後ろに立っていた。ヒナはツグミとコルリに笑いかけて、腕時計の時計盤を指で叩く。
ヒナは体のラインにぴったり合った、シックな黒のワンピースを着ていた。ヒナのような長身美女を魅力的に見せるのに、それ以上の衣装はないだろう。
ツグミとコルリは、ヒナに連れられて群集から抜け出した。
※1 小麦を振るう人 ジャン・フランソワ・ミレー作品。1848年作。ミレー初期の傑作で、転換期となった作品。現在はオルセー美術館収蔵。
※2 バルビゾン派 1830~1870年にかけて、フランスのバルビゾン村を拠点にし、農民画を描いた画家たちがいた。彼らをバルビゾン派と呼ばれる。ミレー、コロー、ルソーなどはその代表者。
※3 ジュール・デュプレ 1811~1889年。バルビゾン派を代表する画家の一人。『嵐・秋の夕暮れ』は村内美術館収蔵。
※4 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1796~1875年。ミレー以前にフランスの田舎を題材にしていた画家。バルビゾンを拠点にしていたわけではないが、バルビゾン派に加えられている。後の印象派に大きな影響を与える。『フォンテーヌブローの浅瀬』は1833年制作で、ナショナル・ギャラリー収蔵。
※5 コンスタン・トロワイヨン 1810~1865年。オランダやベルギーを旅して多くの傑作を残した画家。1839年にバルビゾンを訪ねて絵を描いていた。『耕作に向かう牛・朝の印象』は1855年作でオルセー美術館収蔵。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第2章 贋作疑惑
前回を読む
12
30分ほど待ってようやく順番が回ってきた。ツグミとコルリは、受付に無料券を差し出した。受付嬢は、ひどく無愛想な感じで機械的に半券を切った。美術館の門を潜り抜けると、いきなり正面にミレーの『小麦を振るう人』(※1)が現れた。
ツグミは思わず「おお」と声を上げてしまった。
『小麦を振るう人』は《オルセー美術館》の収蔵作品で、今回の企画展のためにレンタルされた作品の一つだった。
暗い小屋の中で、膝当てをした農夫がタイトル通り、蓑で小麦を振るっている。赤味のある背景に、農夫のズボンのブルー、小麦と蓑のイエローの配色が鮮烈だ。農民の暮らしの平凡な一場面だが、ミレーはその所作をまるで決定的瞬間のようにダイナミックに描き出している。
この作品で、ミレーは農民画のジャンルを世に問うたのだ。《バルビゾン派》(※2)の歴史はこの絵から始まったのだといっていい。
美術館の中は貴族屋敷風に色鮮やかな壁紙に、唐草模様をあしらったレリーフが施されていた。
普段は《ハウス・ミュージアム》風に貴族の生活が再現され、テーブルや食器が置かれているが、それらは今回の展示では排除され、麻袋やバケツやピッチフォークが置かれていた。バケツはへこんで黒い染みを浮かべ、ピッチフォークには藁が絡み付いていた。絵画は農民具に紛れるように、武骨なフォルムの額縁に、よれた木片を組み合わせたようなイーゼルに掛けられていた。
どれも作品世界に没入させるための小道具として効果的だった。作品もさることながら、展示方法にもこだわりと工夫が感じられるものだった。
美術館は小部屋が奥へ奥へと連なる構成だった。一部屋に絵が2点、という配分だった。どの部屋も次に移りたがらない人で溢れ返って、すごい熱気だった。
次の部屋にはデュプレ(※3)の『嵐・秋の夕暮れ』とテオドール・ルソー(※4)の『フォンテーヌブローの森の入口』が展示されていた。
その部屋を通り過ぎると、次は壁紙が農場の風景を三百六十度カメラで撮影して、プリントされたものに変わった。置かれている絵画は羊画家として知られるシャルル・ジャックの『小川のほとりの羊飼い』。年代を理由にバルビゾン派に加えられないとする専門家が多い、カミーユ・コローの作品『フォンテーヌブローの浅瀬』だ。『フォンテーヌブローの浅瀬』の背景になっている壁紙が、ちょうど森になっていた。
次の部屋が、ポスターにもなっている『干草を束ねる人』だった。やはり本物は違う。絵具の手触りと風格は、どんな印刷機でも再現できるものではない。
1階に展示される作品は全部で15点。数は少ないけど、いずれもサロンに出展され、評価が高く、作家の代表作として知られる作品ばかりだった。
画家が構図を徹底的に練りこみ、キャンバスの上に一つの世界を作り上げる。バルビゾン派の絵画は、鑑賞者の精神どころか、魂までも絵の世界に取り込み、画家が描き出した無限の陶酔の世界へと誘いこんでいく。
見ている人は誰もが絵の前で茫然として、ただ口を開けて立ち尽くしているだけだった。ツグミとコルリも、そんな人たちに混じって絵の世界に気持ちを委ねた。
絵画の歴史で言えば、この後に『印象派』が生まれ、絵画の認識は一度がらりと崩壊してしまう。
フォービズムやダダ、キュビズム――。絵画から厳格なデッサンは消え、アカデミックな教育と方法論は軽んじられるようになり、画家はいかに突飛で奇怪なものを作り出せるかを競い始める。
バルビゾン派絵画は、絵画らしい絵画を描いた最後の時代といえる。
サロン作品の最後に現れたのはコンスタン・トロワイヨン(※5)の『耕作に向かう牛・朝の印象』だ。
縦260センチ、横400センチの大作だ。描かれているのは、牛の群れを引き連れ、今まさに耕作に向かわんとする農夫の姿である。その背後から、朝の淡い光が射し込んでいた。
やはり農民の暮らしの一場面に過ぎない。が、画家はその瞬間を、あまりにもドラマチックに、情景を美しく描き出した。農夫や牛たちのディティールは重々しく、力強い。それに、大画面から迫ってくるスペクタルは圧倒的だった。
この絵の前で、行列は停滞してしまっていた。誰もが絵の前で茫然として、我を忘れて眺めていた。すでに立錐の余地もない大渋滞だったが、なかなかその絵の前から動こうという者はいなかった。
ツグミもそういう人達の1人になって、ただただ絵の前に立ち尽くしてしまった。まるで心が絵画の中に吸い込まれ、あの農場の中を彷徨っているような感覚だった。
すると、誰かが後ろで肩を叩いた。
「もう30分も見とおで」
すっと顔を寄せて囁いてくる。我に返って振り向くと、ヒナが後ろに立っていた。ヒナはツグミとコルリに笑いかけて、腕時計の時計盤を指で叩く。
ヒナは体のラインにぴったり合った、シックな黒のワンピースを着ていた。ヒナのような長身美女を魅力的に見せるのに、それ以上の衣装はないだろう。
ツグミとコルリは、ヒナに連れられて群集から抜け出した。
※1 小麦を振るう人 ジャン・フランソワ・ミレー作品。1848年作。ミレー初期の傑作で、転換期となった作品。現在はオルセー美術館収蔵。
※2 バルビゾン派 1830~1870年にかけて、フランスのバルビゾン村を拠点にし、農民画を描いた画家たちがいた。彼らをバルビゾン派と呼ばれる。ミレー、コロー、ルソーなどはその代表者。
※3 ジュール・デュプレ 1811~1889年。バルビゾン派を代表する画家の一人。『嵐・秋の夕暮れ』は村内美術館収蔵。
※4 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1796~1875年。ミレー以前にフランスの田舎を題材にしていた画家。バルビゾンを拠点にしていたわけではないが、バルビゾン派に加えられている。後の印象派に大きな影響を与える。『フォンテーヌブローの浅瀬』は1833年制作で、ナショナル・ギャラリー収蔵。
※5 コンスタン・トロワイヨン 1810~1865年。オランダやベルギーを旅して多くの傑作を残した画家。1839年にバルビゾンを訪ねて絵を描いていた。『耕作に向かう牛・朝の印象』は1855年作でオルセー美術館収蔵。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/08/28 (Fri)
創作小説■
第3章 秘密の里
前回を読む
2
オークは南に進路を向けつつ、少しずつ西へと逸れていった。大パンテオンへ向かう途中は取りかえっ子を追いかけて、大きく東へ寄り道してしまったから、今度は真っ直ぐな道を選んで進んでいったつもりだったが……。間もなく行く手に暗い森が遮り、さらに西へ西へと進路を変えているうちに、どうやら道に迷ってしまったようだ。間もなく日が暮れようとしている。まばらな木々が立つばかりの風景に、じわりと暗い青が影を落とそうとしている。夜の獣の声が、密かに存在を強めていた。近くに文明の気配はない。それどころか、暗い森の気配が感じられた。
オークは道を見失ったまま、森の道なき道を進んでいく。ネフィリムの襲撃があるかも知れない。このままでは夜通し歩く羽目になるかも知れなかった。
が、しばらくして森の奥に気配が感じられた。オークは身を潜める。
山賊
「それで俺達の目を欺いたつもりか。甘く見やがって」
村人
「俺達は決して屈しないぞ。無法がいつまで続くと思うな!」
山賊
「どこに法なぞあるか! 法があるとすれば、俺達が法だ! お前達は騒がず、法に従っていろ!」
村人
「いつかお前達に罰が下るぞ。仲間達が決起して、お前達の根城を叩くぞ」
山賊
「力も持たぬ者が、できねぇことほざくな」
オークは茂みに身を潜めて、様子を見守った。森の只中に、細い小道が横たわっていた。そこに、村人が数人、縄で縛られうずくまっていた。側に荷車が置かれている。村人らの周囲に、いかにもな山賊という風貌の荒くれ者が取り巻いていた。
オークはしばし様子を眺め、考えた。助けるべきか、見捨てるべきか――。
山賊の1人が持っている斧を振り上げた。
オークは咄嗟に、石を投げた。
山賊に顔にぶつかる。
山賊
「誰だ!」
オークが飛び出す。山賊が飛びついた。斧を振り下ろす。オークは斧をかわし、山賊の腹を蹴った。山賊が腹を抑えて、うずくまる。
オーク
「待て! 武器を収めよ。事情はわからぬが、暴力での脅しは道に反する! その者達を解放しろ!」
山賊
「何だお前は! よそ者め! 俺達への反逆がどんな無謀か……いや、待て。お前はパンテオンの者か?」
山賊たちはパンテオンのしるしが入った上着に気付いて、調子を変えた。
オーク
「そうです。すぐにその者達を解放しなさい」
山賊達が、声を潜めて議論をする。
山賊
「いいだろう。だがこれは俺達の問題だ。軽々しく手を出すなよ。いかにパンテオンの者とはいえ、俺達は誰も恐れはしない。俺達の前ではどんな神聖さも無用だ。徹底的に潰し、穢してやるからな。忠告を忘れるなよ!」
山賊達は捨て台詞を置いて、去って行く。
オークは村人達の側へ行き、縄を解いた。
村人
「ありがてぇ! まさか神殿の人達が俺達を助けに来るなんて。もう俺達は山賊に怯えずに済むぞ」
オーク
「いいえ。申し訳ありませんが、今のは騙りです。私はパンテオンの使者ではありません。この衣はつい先日、パンテオンで洗礼を受け、その時に授かったものです」
村人
「……なんだ」
村人がにわかに落胆を見せる。
それから、村人同士でひそひそと議論をした。
村人
「すまねぇが、俺達の村まで来てくれるか。あんたを見込んで頼みがあるんだ」
オーク
「道に迷っていたところです。一晩の宿が得られるなら、同行しましょう」
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目次
■2015/08/27 (Thu)
創作小説■
第2章 贋作疑惑
前回を読む
11
『ミレー・バルビゾン派展』の開催当日がやって来た。六甲駅から降りて港方面へ数分。それからちょっと大通りから逸れた場所に神戸西洋美術館はあった。ツグミとコルリは開館時間に合わせてやってきたのだけど、神戸西洋美術館前には長蛇の列ができあがっていた。
「しょうがないね。1番後ろ行こう」
コルリは早くも気分を入れ替えて、ツグミの手を握って最後尾へ向った。
行列は入口から数メートル続き、角を曲がったところでやっと終わっていた。その辺りまで行くと、周囲はごく普通の住宅街だった。神戸西洋美術館は住宅街に紛れるように建っている小規模な美術館だった。大通りからも逸れているので、地元でない限り、地図を見ないとわかりにくい場所に建っていた。
ツグミの今日の格好は明るいピンクのチュニックに、ベージュのスティックパンツを穿いている。今日はダッフルコートにした。
これでもツグミなりに色々考えてオシャレしてきたつもりだった。なのに、コルリは凄かった。
コルリはナイロン素材の男性用ジャンパーに、下は裾のほつれたジーンズ。メイクはなしで、5分で準備を済ませてしまった。
そんな有様なのに、コルリのほうが洗練されたファッションのように見えるのが不思議だった。やはりコルリがもともと持っているルックスの良さなのかスタイルの良さなのだろうか、とツグミはコルリの格好を見て、悩んでしまった。
行列の進みはすこぶるゆっくりだった。住宅街の角を曲がり、家並みの向こうに美術館の外観がやっと見え始めた。神戸西洋美術館は延床面積4000平方メートル。美術館としてはかなり小振りな造りだ。外観はイタリアの貴族屋敷《パラッツォ》が意識され、赤レンガの外壁に1階部分が奥詰まり、アーチ状の柱が並んでいた。
入口は重厚な鉄の両扉になっていて、その脇の小窓が受付になっていた。
行列は若者が多い印象だった。1人だけとか友人連れがほとんどで、若い女性がぽつぽつと混じっている印象だった。かなり広告に力を入れていたみたいだから、意外と注目されているのかもしれない。
いつになったら入れるのだろう。ツグミはちょっと首を伸ばして、前の方を見た。小さな美術館で、収容人数もさして多くないのに、明らかに出て行く人間よりも入って行く人間の方が多かった。遠くで見ていても、入口あたりで「詰まってる」感がよくわかる。
ふとツグミは、鼻先にぽつりと冷たいものが落ちるのに気付いた。空を見上げると、雲がどんよりと影を落とし、強めの風に早く流れていた。降り出す前に、美術館に入りたいな……。
「……ふうん。主催と提供《暗黒堂(※)》なんや」
コルリはあまり感心した様子ではなく、退屈だから口にしたという感じだった。
ツグミはコルリが見ているものを振り返った。美術館の外壁に貼られているポスターだ。あの『干草を束ねる人』がプリントされていた。明朝体で『ミレー・バルビゾン派展』と書かれた横に、細々とした文字で《主催・提供 暗黒堂》と続けてあった。
「うん。今の神戸西洋美術館の館長が、前に《暗黒堂》におった人なんや。だから、神戸西洋美術館の運営資金元は《暗黒堂》から出とぉねん」
ツグミも退屈だから、話題を掘り下げてみる。
「私、経営とかそういうの、よくわからへんけど。中国の企業だっけ? 《暗黒堂》って」
コルリがツグミを振り返って訊ねた。ツグミは首を横に振った。
「違う違う。社長が中国の人っていうだけで、日本の企業のはずや」
といっても、ツグミ自身詳しく知っているわけではなかった。うろ覚え知識で、話しを進めていった。
コルリはへえ、と感心したようにまたポスターを振り返った。
「ヒナ姉、最近仕事の話、してくれへんよね」
コルリは何となく声を沈ませて、ツグミを振り返った。
「そうやね。2年前、急にこっちに移ってから、何かずっと忙しそうにしとおしねぇ」
ツグミはぼんやりと宙を仰ぎながら言った。
ヒナはもともと、神戸西洋美術館に勤めていたわけではない。その以前は、神戸近代美術館(※)に勤めていた。それがある日、唐突に神戸西洋美術館に移ったのだ。神戸近代美術館は兵庫を代表する美術館であるのに対し、神戸西洋美術館は規模も小さく、お給料のほうもかなりランクが落ちる。
ツグミはずっと以前に神戸西洋美術館を訪ねたことがあったが、シルクスクリーンがメインで、信じられないことに贋作が当り前のように展示していた。2度と来るまい……そう心に決めた美術館はここだけだった。
といっても、シルクスクリーンがメインの美術館は今どき珍しくない。バブル景気の時代、日本人はあちこちで名画を買い漁った。しかし展示するべき美術館が建設される前にバブルが弾け、蒐集された美術品は倉庫に封印されたり、維持できなくなって売却されたりとか散々な有様だった。
ようやく美術館が建っても、展示する美術品がなく、地元無名の作家を取り上げたり、素人作家の個展にしたりと、お茶を濁した感じでやっと維持経営している状態だった。美術館自体が、時代の負の残滓みたいなになって、地域の財政を圧迫していた。
神戸西洋美術館もそういった美術館の一つで、看板に“西洋”と掲げておきながら、実際に“本物の西洋画”が並ぶのは今回が初めてだろう。
「ヒナ姉、私たちに相談してくれんかったよね」
コルリは残念そうなものを滲ませて、ツグミに同意を求めるみたいに言った。ヒナが突然に違う美術館に移ったことだ。
「そうやね。きっとヒナお姉ちゃんも忙しいんやろ。私たちで応援してあげよう」
「そうやね」
ツグミは釣られる気持ちで声を沈ませるけど、それでもコルリを元気づけるように言った。コルリはゆるやかに微笑んで頷いた。
※ 暗黒堂(あんこくどう) 架空の化粧品会社。物語中の創作。
※ 神戸近代美術館 兵庫県神戸市に実在する美術館の名前だが、あくまでも物語上の空想という設定。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/08/26 (Wed)
創作小説■
第3章 秘密の里
前回を読む
1
白く雪を抱いた巨峰の山腹に、朱塗りの寺院がぽつりと建っていた。それは実際、驚くべき威容を持った大聖堂であったが、その背後に聳える山脈のあまりの巨大さに、寺院はひっそりと潜めているようにすら見えてしまった。寺院は赤い衣の僧侶達が一杯だった。みんな勤勉に修行に勤しんでいる。
寺院の周囲には商人や巡礼の旅人が多数訪れ、彼らが連れて歩いているヤクの列で、意外に賑やかな様子を見せていた。その辺りでは雪が絶えず、空気も薄い天空の彼方であるのに、人々は決して絶えなかった。
そこに現れた旅人は、いかにも場違いな珍客であった。くたびれたローブに、質素な鎧姿。こんな寒さの厳しい場所に関わらず、馬に乗って現れる。謎多き魔術師バン・シーである。
僧侶達は突然現れた、見慣れない風貌の珍客に戸惑っている様子だった。しかし何人かは魔術師の素性を知り、恭しく寺院の中へと歓迎する。
バン・シーが寺院の中に入り、待つことしばし――。少年の僧が入ってきて、お茶を置いていく。バン・シーは始めは目当ての人物ではなく、無関心に目を逸らしていたが、すぐに少年に何とも言えない気配を感じて、じっと見詰めた。
少年はバン・シーの目線を気に留めず、丁寧な挨拶をして部屋を去って行く。
それと入れ違いに、ゲシューと称される僧侶達が入ってきた。
高僧
「よくぞおいでくださいました。山脈の向こう側とはいえ、あなたさまの尋常ならざる霊力の数々、ひそかなる活動の数々。風の噂にまじえて聞き及んでおりました。まさか、生きているうちにご本人にお目に掛ける機会が来ようとは、幸運と光栄の極みでございます」
バン・シーはまずお茶を手に取り、表面の油を息で吹いて、一杯、ぐいっと飲んだ。
バン・シー
「悪くないな。丁重な歓迎、恐縮にいたみます。あの、先の少年は?」
高僧
「お気づきになりましたか。名をゲンドゥン・ドゥプと申します。まだ少年ゆえに、直接引き合わすわけにはいきませんでしたが、どうかお見知りおきを」
バン・シー
「ふむ。それでは時間に限りがございます。早急に本題に入りたいのですが……」
高僧
「せっかちなことも聞いております。その理由も。――あなたがお探しになっている方なら、確かにこの寺院におりました。しかし、すでに亡くなっております」
バン・シー
「いつ?」
すでに聞いていたのか、バン・シーに動揺は少なかった。
高僧
「40年前でございます」
バン・シー
「……そうか」
高僧
「生前はそれは稀な高僧でした。あれほどの人間を再び見出すことは、我々にはもうできないでしょう。皆もそう考えております。私も同じ思いです。本当に偉大な方でした。――しかしあなたにとっては残念でしたな。このような場所まで足を運んでいただいたのに、かの者を目にできず、人足違いとは……」
バン・シー
「いや、気を遣う必要はありません。無駄足ではないからな。世界中の寺院を回った。ピースの多くは埋まった。あともう一息です」
高僧
「かの者は、もう現れている……。そうお考えですか」
バン・シー
「その考え方はあなた方のほうがよく心得ているでしょう」
高僧
「そうでしたな。しかしあなたのような西の魔術師が、東方の信仰に興味を抱くとは珍しい」
バン・シー
「輪廻転生……そういう名であったな」
高僧
「特別な力を持った僧侶は、死とともに別のどこかに同じ力を受け継いで再生します。我らの最高位の僧侶は、その継承者を探して相応しい地位に据えます。そうやって、我らの教えは守られてきました」
バン・シー
「かの者はたった1人でしか生まれぬ。逆に言えば、必ずどこかで生まれる。その跡を辿っていけば、必ず見付かるはずだ」
高僧
「まるで仏陀を探すような旅でございますな。――ところで、西の方角からもう一つ、よくない噂を耳にしております。かの邪教の一団は、はるか東の国まで手を伸ばし、戦の火をつけていると聞きます。いずれは戦は我々の身にも降りかかるでしょう。私もその時には、この手に武器を持つつもりです。この寺で」
バン・シー
「そうならぬことを祈っているよ」
高僧
「あなたも役目が果たされることを」
高僧は、バン・シーに戦友の絆を見せて、深く頭を下げた。
バン・シーは寺院を出て馬に跨がった。山脈の東と西に目を向ける。かの者はいずこに現れたのか。“もう1つのもの”はもう発見されたと聞いた。思った通り、ブリテン島で発見された、と使者からの報告を聞いた。あと必要なのは、1つだけだ……。
しかしそれがどこにあるのか。バン・シーといえど見当もつかなかった。
※ チベット風の舞台が背景に描かれているが、あくまでもこの物語はファンタジー。
※ ゲンドゥン・ドゥプ 後のダライ・ラマ1世。あくまでもファンタジーなので、実際の歴史とは無関係。
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