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■2015/09/19 (Sat)
第4章 王の宝

前回を読む
 オークは南へ南へと馬を走り進めていった。雲は暗く影を落として、晴れ間を見せない。風が不穏な気配をまとっていた。
 ようやくオークは、古里に辿り着いた。しかしそこにあったのは廃墟だった。家は崩され、畑は荒らされ、炭になった家の残骸が、まだ煙を残していた。
 オークは村の中へと入っていった。村人の名を呼ぶが、返ってくる声はない。寂しげな廃墟に、オークの声が孤独に返ってくるばかりだった。
 誰もいない。それこそ、村が壊滅した証だった。
 やがて雨が降り始めた。オークは馬と共に、屋根の残っている建物の陰に入る。雨は勢いが強く、雷鳴を連れて来た。
 風が壁のない建物の中に吹き込んでくる。オークはマントをまとい、雨に濡れる村の風景を眺めていた。そうして、しばし考える。

オーク
「……村は壊滅した。……しかし村人の死体は見当たらない。まだどこかで生き延びている……。だが何処に……」

 オークは王子から授かった指輪に目を落とす。

オーク
「王子に奉公して名を上げれば、村の人達が私に気付くかも知れない……」

 オークは空を見上げた。灰色に濁った空が、にわかに晴れつつあった。雨も勢いを弱めつつある。
 オークは馬に跨がって雨の中に飛び出した。進路を北に向けて馬を走らせた。

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■2015/09/18 (Fri)
第3章 贋作工房

前回を読む

 アイマスクを外した。目の前で、コワモテの三白眼が手を差し出していた。ツグミは三白眼の前で、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。コルリがツグミのアイマスクを引き受け、まとめて男に返した。
 車の外は地下駐車場だった。「どこかの」と言うしかなかった。
 天井が低く、無数のパイプが剥き出しになって絡まっている。暗い緑の照明が点々と辺りを照らしていた。
 あまりにもありふれた、何の特徴のない地下駐車場だった。トヨタ・クラウンの他に、停車している車が2台ほどあった。それだけだったから、閉鎖的な空間が広く感じられた。
 2人の大男が車を降りて、後部座席の両側のドアを開けた。今度は「出ろ」だ。
 すぐにコルリが応じて出ようとした。しかし、ツグミは動けなかった。左脚ばかりか、右脚の感覚もなくなってしまった。恐怖で震えが止まらなかった。
 コルリを振り向くと、もう体半分が車の外だった。
 ――行ってしまう。
 ツグミはコルリの手を掴んだ。コルリがはっと振り返った。
「ルリお姉ちゃん、怖い」
 やっと思いで、言葉を搾り出す。辺りが静かでないと、伝わらないくらい弱々しい声だった。
 コルリが座席に戻ると、ツグミの側に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「大丈夫や。ツグミは私の後ろにいたらいい。言いたいことがあったら、私に言うんやで。私が代わりにあいつらに言ってやるから。大丈夫だから、私に従いておいで」
 囁く声だったけど、信じられないくらい落ち着きがあった。
 ツグミはうん、と頷いた。それから、2人で手を繋ぎながら車を出た。
 2人の大男は、ツグミとコルリの両側について、先導した。連行されているみたいだった。
 行く先に、エレベーターがあった。エレベーターの扉が開き、中に入る。
 エレベーターの中は狭く、大男2人が入ると、もう一杯の空間だった。ツグミとコルリは、大男に挟まれて、抱き合うように体を寄せ合った。
 ツグミの目に、何となくエレベーターの壁が目に入った。飾りっ気のない銀色の壁に、男のスーツの黒がうっすらと浮かび上がっていた。時々、がたがたとエレベーターが揺れる。壁に、小さく落書きがあった。
『ミヤ子、愛シテル』
 よくある落書きだったけど、妙に印象に残る気がした。
 ツグミはちょっと首を捻り、扉の上に目を向けた。階数は全部で25階だった。結構高い建物らしい。
 エレベーターは10階で停まった。重苦しい空気が嘘のように、チーンと軽い音がして扉が開く。
 しかし、その先は真っ暗だった。エレベーターの周囲だけが、小さな常夜灯の光で照らされていた。まるで、暗闇の取り残された光の無人島みたいだった。

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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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■2015/09/17 (Thu)
第3章 秘密の里

前回を読む
12
 王の騎士団が山賊を追いかけていく。木立の中へ入っていき、斜面を駆け下りていく。その先は深い藪になっていた。
 山賊が散り散りになって逃げていく。騎士団が1人1人を追跡して、槍で斬り付ける。

騎士
「深追いするな!」

 騎士の1人がそう叫んだ。
 しかし功績を求める騎士たちがしつこく山賊たちを追いかけていく。
 不意に、藪から山賊が飛び出してきた。隠れていたのだ。山賊たちが次々と飛び出してくる。騎士たちは不意を突かれ、馬から突き落とされ、その斧の餌食になって仆れた。
 一瞬の反逆。深い藪に修羅が漂った。先頭を走る騎士団は、ほんのわずかな油断のうちに全滅させられてしまった。残る騎士団は、状況を見て、ただちに馬首を反転させる。

山賊1
「残りは全員やられたか……」
山賊2
「ここはもうおしまいだ。逃げるぞ」
山賊1
「いいや。仲間を集めろ。本部がどう言おうが関係ねぇ。戦だ! あの馬鹿王子の城を叩くぞ」

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■2015/09/16 (Wed)
第3章 贋作工房

前回を読む

 電話でのやり取りをコルリに説明し終えた頃、画廊の前に車が停まった。着替えている暇も、コンビニの牛丼弁当を食べている暇もなかった。
 画廊の外に出てみると、黒のトヨタ・クラウンが停まっていた。いかにもヤクザの公用車というような、異様な威圧感を持った車だった。
 助手席から、男が出てきた。男は巨大で、ツグミやコルリより頭3つ分は上だ。スーツの上からでもはっきりわかる筋肉質な体で、いかついコワモテ顔は、どう見ても一般人には見えなかった。それが葬儀屋のような黒のスーツを身につけ、壁みたいに立ちはだかっていると、間違いなくヤクザだった。
 巨人はツグミが持っていたプリケイド携帯を回収すると、何も言わず後部座席のドアを開けた。ツグミは判断に迷うように、ヤクザ顔の男を見上げた。「乗れ」だろう。
 コルリが先に乗って、ツグミに乗るように目で促した。ツグミは怖くて乗りたくなかった。でも、周りの雰囲気に押されて、仕方なく車に乗った。
 大男は助手席に戻ると、ツグミとコルリを振り向き、2人分のアイマスクを差し出した。「付けろ」だ。
 ツグミとコルリがアイマスクを付けると、車がスタートした。ただの一度も、誰も言葉を発しなかった。
 その後のことは、よくわからなかった。
 車はどこかを目指して進んで行った。体に移動感があったけど、どこをどう進んだか見当もつかなかった。聞き耳を立ててみても、エンジン音だけで何の手掛かりもなかった。
 かなり遠いところらしい。男達は敢えてなのか料金所を通過しなかった。ツグミとコルリに目的地のヒントを与えないためだろうか。
 時間がどれだけ流れたか皆目わからない。視覚を奪われると、時間感覚も麻痺する。その時間が数十分なのか数時間なのか――。何もわからなかった。
 ツグミはコルリの手を握った。コルリが握り返してくれた。怖かった。でも、コルリの手も汗でじっとりと濡れていた。コルリも緊張しているんだとわかった。
 ツグミはコルリのぬくもりと存在を感じて、少しだけ安心した。
 やがて車が減速した。どこかの駐車場に入ったらしい。ゲートをくぐり、下に降りて行く感覚があった。
 その後、車はゆっくり進み、次にバックして、やっと停車した。
「おい外せ」
 初めて男が口を聞いた。電話の声と違ったが、声量の大きいヤクザ声だった。

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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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■2015/09/15 (Tue)
第3章 秘密の里

前回を読む
11
 が、その時だ。
 暗雲が草原にたれ込んできた。雷鳴がひっそりと轟き、湿り気のある風が横切った。森の暗闇が影を深くして、草原まで流れ込んでくるようだった。草原の清涼とした空気は、暗い影に押し流され、邪な気配が周囲を支配していく。

オーク
「集まれ! 集まれ!」

 オークが若者達に集まるように指示を出す。草原や森に散った若者達がオーク達のもとへ引き返そうとする。
 しかし、森からいくつもの悲鳴がこぼれた。間もなくして、刃を血に染めた獣が森から現れた。ネフィリムたちだ。草むらを押し分けて、ネフィリムたちの軍団が次々と現れる。
 村人達の顔に恐怖が走る。村人達は山賊との戦いで、疲労を浮かべていた。対してネフィリムたちは凶暴な顔に、血に飢えた狂気を浮かべていた。
 オークもどう戦うべきか、判断に迷っていた。頼みの空は、まだ晴れそうにない。
 不意に、風に馬のいななきが混じった。背後から蹄の群れが迫ってくる。
 オークが振り向いた。騎馬の一群が草原に出現していた。騎馬は疾風のごとく迫り、オーク達の側を駆け抜けていった。
 オークは村人らを守るように、両手を広げて村人らの前に立った。騎馬はオーク達の前を疾駆する。山賊の残党を追撃し、ネフィリムの軍団を攻撃した。その攻撃は速やかで、村の敵を瞬く間に駆逐する。
 混沌が一瞬にして去り、張り詰めた空気だけが草原に残った。騎士団の頭がオークの前までやって来た。

オーク
「救援を感謝したい。どこの騎士団でございますか。できれば名を知りたい」
???
「パンテオンのしるしが見えなければ、ネフィリムと山賊もろとも踏みつぶしていたところだ。近くの村の者か」
村人
「名を名乗れ!」
騎士
「無礼であるぞ! 頭を下げよ! どなたと心得る!」
???
「よせ。我が名はセシル。正統な王の後継者。ヴォーティガンの長男だ。城の腰抜けどもに代わって気に入らんものを潰して回っていたところだ。貴様はどこの者だ。この村の者か」

 村人達に騒然とした気配が走り、膝を着いた。

オーク
「乞われて共に戦っていた者です。私はドル族の生まれです」
セシル
「ドル族……。南の氏族か」
オーク
「はい」
セシル
「ドル族は壊滅した。数日前、近くを通り過ぎた。山賊にやられたか、ネフィリムに潰されたか、あったのは廃墟だけだ」
オーク
「まさか……」
セシル
「行って確かめるがよい。歩行だと時間も掛かるだろう。馬を授けよう」
オーク
「ありがとうございます」

 騎士団の1人が、馬を連れてくる。

セシル
「戦士のようだな。貴様、名前は」
オーク
「オークと申します。ドル族のオーク」
セシル
「…………。その名、生来の名か」

 オークの名前を聞いて、セシルの表情がぴくりと強張る。

オーク
「いいえ。訳あって親から授かった名前は奪われてしまいました。オークの名はパンテオンで授かった名前です」
セシル
「そうか……」

 セシルは馬を下りると、指輪を1つ外し、オークに差し出した。

セシル
「オークよ、もしも行き場がなければ城に来い。この指輪を見せれば城に入れるはずだ」
オーク
「授かります」

 オークはセシルの前で膝をつき、指輪を受け取った。

セシル
「俺はゼーラ族の砦をもうあと1つ2つ潰して、それから城に戻るつもりだ。貴様が来るのを待っているぞ」

 セシルは再び馬に乗ると、騎士団を引き連れて去って行く。オークは深く頭を下げて、その後ろ姿を見送った。
 騎士団が連れている檻の中に、あの赤毛のクワンの姿があった。どうやら騎士団達に捕らえられたようだ。
 騎士団は現れた時のように、風のように去って行った。それからオークは、王子から授かり物の馬の許に進んだ。村人達が集まってくる。

村人
「行ってしまうのか。あんたには、村を救ってくれた感謝をしなければならない」
オーク
「いいえ、気持ちだけで。今は里に戻らねばなりません」
ステラ
「オークよ。すまぬな。私が引き留めなければ……」
オーク
「いいえ。ここに留まらなければ、あなたの隠里が滅ぼされていました。あなたの隠里が無事に残ったことが私には幸いです」
ステラ
「いつか必ず会おう! 感謝の品を授けなければならない」
オーク
「いつか必ず。戦いが武勇になるその時に!」

 オークが馬の腹を蹴った。ステラと村人達が、その後ろ姿を見送った。

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