■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2015/10/14 (Wed)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
「……まったく一緒やわ」
2枚の絵に差異は認められなかった。どちらかが本物だとしても、コピーとして完璧だった。
筆のほんの一刷り、おそらくはひび割れも、コンピューターで重ねてみても差異は見つからないだろう。
「これまで君は、論理でもって答えを見つけてきた。いわゆる、『モレリ式鑑定法』だ。しかし、それは誰にでもできる鑑定法だ。我々が求めているのはそんなものではない。君の本当の力が知りたいんだ。最後に用意したのは、完璧なコピーだ。全ての科学鑑定をクリアし、学者の目利きすらも欺いた。君の本当の力で見破ってみせよ」
宮川は演説っぽく語りながらツグミとコルリの背後に近付いてきた。声がこれまでになく自信に溢れていた。
ツグミは背後にプレッシャーが迫るのを感じて、集中力が乱されてしまった。絵を前にして、初めて動揺していた。
振り返って、宮川の姿にぞっとした。そこに立っているのは、優男の姿をした悪魔だ、と思った。
コルリが宮川を振り向き、大声を張り上げた。
「そんな卑怯や! ツグミはもう体力の限界なんやで。なのに、こんなの解けなんて、無理や!」
「なら尚良い。私はツグミの本当の力が見たいのだ。頭が働かない今こそ、本当の力が現れる。人間、限界に近付いた瞬間にこそ、真価を発揮する。画家が真の傑作を生み出すのは、いつも死を間際にしたときだ」
宮川は冷徹な様子だったが、どこか恍惚とした側面を浮かび上がらせるようだった。悪魔に思えた暗さが、どんどん増大して別の凶悪な何かに変化するように思えた。
コルリはさらに何か言おうとしたけど、全身ぶるぶる震わせて睨み付けるだけで、次の言葉が出ないみたいだった。
ツグミも強烈に不安と恐怖を感じたけど、不思議と胸の奥に勇気を感じた。1人で立てる、という気がして、コルリから離れて、1歩、絵の前に進んだ。
「……ツグミ、無理せんでええよ」
コルリがツグミの側に近づき、その体を支えようとした。
「大丈夫、やれる」
つらかったけど、自然と笑顔が出た。
コルリはツグミの顔に少し動揺していたけど、すぐに信頼を浮かべて頷き、身を引いた。
ツグミは絵に向き合った。誰がどう見ても、両方ともミレーだった。
完璧に思えた。どちらが贋物なんて、言われても信じられないくらい、完璧だと思った。絵具もキャンバスも風格も、紛れもない本物のミレーだった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第3章 贋作工房
前回を読む
19
ツグミは改めて、2枚の絵をじっと見比べた。「……まったく一緒やわ」
2枚の絵に差異は認められなかった。どちらかが本物だとしても、コピーとして完璧だった。
筆のほんの一刷り、おそらくはひび割れも、コンピューターで重ねてみても差異は見つからないだろう。
「これまで君は、論理でもって答えを見つけてきた。いわゆる、『モレリ式鑑定法』だ。しかし、それは誰にでもできる鑑定法だ。我々が求めているのはそんなものではない。君の本当の力が知りたいんだ。最後に用意したのは、完璧なコピーだ。全ての科学鑑定をクリアし、学者の目利きすらも欺いた。君の本当の力で見破ってみせよ」
宮川は演説っぽく語りながらツグミとコルリの背後に近付いてきた。声がこれまでになく自信に溢れていた。
ツグミは背後にプレッシャーが迫るのを感じて、集中力が乱されてしまった。絵を前にして、初めて動揺していた。
振り返って、宮川の姿にぞっとした。そこに立っているのは、優男の姿をした悪魔だ、と思った。
コルリが宮川を振り向き、大声を張り上げた。
「そんな卑怯や! ツグミはもう体力の限界なんやで。なのに、こんなの解けなんて、無理や!」
「なら尚良い。私はツグミの本当の力が見たいのだ。頭が働かない今こそ、本当の力が現れる。人間、限界に近付いた瞬間にこそ、真価を発揮する。画家が真の傑作を生み出すのは、いつも死を間際にしたときだ」
宮川は冷徹な様子だったが、どこか恍惚とした側面を浮かび上がらせるようだった。悪魔に思えた暗さが、どんどん増大して別の凶悪な何かに変化するように思えた。
コルリはさらに何か言おうとしたけど、全身ぶるぶる震わせて睨み付けるだけで、次の言葉が出ないみたいだった。
ツグミも強烈に不安と恐怖を感じたけど、不思議と胸の奥に勇気を感じた。1人で立てる、という気がして、コルリから離れて、1歩、絵の前に進んだ。
「……ツグミ、無理せんでええよ」
コルリがツグミの側に近づき、その体を支えようとした。
「大丈夫、やれる」
つらかったけど、自然と笑顔が出た。
コルリはツグミの顔に少し動揺していたけど、すぐに信頼を浮かべて頷き、身を引いた。
ツグミは絵に向き合った。誰がどう見ても、両方ともミレーだった。
完璧に思えた。どちらが贋物なんて、言われても信じられないくらい、完璧だと思った。絵具もキャンバスも風格も、紛れもない本物のミレーだった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
PR
■2015/10/13 (Tue)
創作小説■
第5章 蛮族の軍団
前回を読む
4
長城はケール・イズ時代の繁栄を示す、壮大な建築物だった。高さ5メートルほどの石造り壁が東西へどこまでも続き、南北の進路を寸断していた。壁はずっと向こうの丘のさらに向こうへ続き、森を2つ横切って、最後には谷を前に終わっていた。もし南からの進撃があれば、必ずこの長城を通らねばならない。でなければ谷と不通の森を避けてずっと西側を迂回することになり、長い長い行軍を選ばなければならなくなる。
しかし近付いてみると、そんな壮大さとは裏腹に、建物は古く、あちこちが崩れ、特に正面に大きな穴が開いて防御としての何の役目を果たしていなかった。どうやら相当の戦を潜り抜けてきたらしい跡があちこちにあり、その後何年も修復されずに放置されてきたようだった。この辺りも地面がぬかるんでおり、今にも崩れそうな危うい小屋が3軒ほど建てられていた。
アステリクス
「オーク殿でございますね。よくぞ参られました。アステリクスと申します」
オークたちが現れると、すぐに駐在する兵士が駆け寄ってきた。
オーク
「拠点はここですか」
アステリクス
「はい。こんな有様ですが、ここが一番ましなところなんですよ。これより東にも西にも調査に行きましたが、あるのはいずれも不浄の森ばかりです。神話の時代の人夫はよくもこんな場所にこれだけのものを作ったと感心します」
オーク
「当時、この周辺は栄えていたと先ほど聞きました。今はその時代の亡霊が住んでいるようですが」
アステリクス
「ハハハッ! 正直なお方だ。しかし暗くなると本当に亡霊が出ると噂されています。ことによると士気にも関わるので、使いの者に神官の派遣を依頼したところです」
オーク
「亡霊はともかく、死神なんぞが現れたら堪りませんからね。司祭が来たら、よく清めてもらいましょう。それでは現地の説明をしてください」
アステリクス
「はい」
次回を読む
目次
■2015/10/12 (Mon)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
地面に落ちていたナイフを、コルリが手に取った。
「ツグミ。もういいわ。後は私がやる。ツグミは指示だけしてくれればいいから」
コルリは言葉を強く、役目を引き受けた。ツグミはコルリの決意に負けて、頷いた。
そこで、宮川がぱんぱんと拍手した。音が広い空間の中、二重に響いて戻ってきた。
「お見事。どうしてわかったのかね?」
宮川の顔には、いかなる感動も浮かんでいなかった。おそらく宮川にとって、当然の結果だったのだろう。
ツグミはよろよろとおぼつかない足で宮川を振り返った。
「確かに贋作師は天才やった。優れた絵描きさんや。普通に見てたら絶対にわからんかったやろう。でも、ミスしたのはアンタや。アンタ、絵の上に『乾燥剤』を塗ったやろ。絵を早く完成させようとしたからや。一見すると同じに見えるけど、『乾燥剤』は光に当てると表面に光沢が出る。ゴッホは絵を保存する発想すらなかったから、絵の表面には何の保存料も塗らんかった。ゴッホの絵は、油絵具そのものの質感が特徴なんや」
啖呵を切るには、あまりにも力を使い切った後で、言いながら何度もぜいぜいと息継ぎをしてしまった。
一方の宮川は大音量で笑った。
「その通り。私ではなく、部下がやったミスだがね。それさえなければ、本物として堂々と売りに出せたものを。余計なことをしてくれたものだ」
愉快そうに見えて、宮川の顔に凶悪な面が浮かんでいた。
宮川が再び指をパチンと鳴らした。ゴッホを照らしていたスポットライトが消えて、次なる絵に光が当てられた。
「さあ、最終ステージだ。進みたまえ」
宮川が先に進むよう指先で指示した。最後の絵も2枚だ。イーゼルに掛けられて、光に浮かび上がっていた。
ツグミはコルリに支えてもらいながら、一歩一歩、ゆっくり絵の前に進んだ。
そしてツグミは、絵の前で瞠目した。
「……そんな」
ツグミの口から、溜息が漏れた。
最後の絵は、ミレーだった。神戸西洋美術館に展示されているはずの、羊飼いの娘の絵だった。
「これは、どういうことなん?」
コルリは唖然として、宮川を振り返った。
神戸西洋美術館に置かれているはずの絵と合わせて、3枚。いや、まさか美術館からここへ持ち込んだのか。だとしたら、どうやって……。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第3章 贋作工房
前回を読む
18
気付けば、セーラー服の白地に絵具の破片が飛び散って、色鮮やかな斑模様になっていた。レンブラントやゴッホの色彩、いや、魂がそこに写っているのだと思った。地面に落ちていたナイフを、コルリが手に取った。
「ツグミ。もういいわ。後は私がやる。ツグミは指示だけしてくれればいいから」
コルリは言葉を強く、役目を引き受けた。ツグミはコルリの決意に負けて、頷いた。
そこで、宮川がぱんぱんと拍手した。音が広い空間の中、二重に響いて戻ってきた。
「お見事。どうしてわかったのかね?」
宮川の顔には、いかなる感動も浮かんでいなかった。おそらく宮川にとって、当然の結果だったのだろう。
ツグミはよろよろとおぼつかない足で宮川を振り返った。
「確かに贋作師は天才やった。優れた絵描きさんや。普通に見てたら絶対にわからんかったやろう。でも、ミスしたのはアンタや。アンタ、絵の上に『乾燥剤』を塗ったやろ。絵を早く完成させようとしたからや。一見すると同じに見えるけど、『乾燥剤』は光に当てると表面に光沢が出る。ゴッホは絵を保存する発想すらなかったから、絵の表面には何の保存料も塗らんかった。ゴッホの絵は、油絵具そのものの質感が特徴なんや」
啖呵を切るには、あまりにも力を使い切った後で、言いながら何度もぜいぜいと息継ぎをしてしまった。
一方の宮川は大音量で笑った。
「その通り。私ではなく、部下がやったミスだがね。それさえなければ、本物として堂々と売りに出せたものを。余計なことをしてくれたものだ」
愉快そうに見えて、宮川の顔に凶悪な面が浮かんでいた。
宮川が再び指をパチンと鳴らした。ゴッホを照らしていたスポットライトが消えて、次なる絵に光が当てられた。
「さあ、最終ステージだ。進みたまえ」
宮川が先に進むよう指先で指示した。最後の絵も2枚だ。イーゼルに掛けられて、光に浮かび上がっていた。
ツグミはコルリに支えてもらいながら、一歩一歩、ゆっくり絵の前に進んだ。
そしてツグミは、絵の前で瞠目した。
「……そんな」
ツグミの口から、溜息が漏れた。
最後の絵は、ミレーだった。神戸西洋美術館に展示されているはずの、羊飼いの娘の絵だった。
「これは、どういうことなん?」
コルリは唖然として、宮川を振り返った。
神戸西洋美術館に置かれているはずの絵と合わせて、3枚。いや、まさか美術館からここへ持ち込んだのか。だとしたら、どうやって……。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/10/11 (Sun)
創作小説■
第5章 蛮族の軍団
前回を読む
3
3日後。オークは港の仕事を他の者に引き継がせて、多くの部下を連れて城を出た。王の言う長城は、城の大門を出て街道沿いに南へ14リーグ(約77キロ)。長い旅ではないが、隊列を作っての旅なのでやや時間がかかる。
大門を出てからの道のりは、しばらく穏やかに続いた。舗装された街道が続き、障害などは特になかった。南へ10リーグほど進んだ村で分かれ道となり、その先へ行くと様相が一変した。地図上の道路はそこで途切れ、土地は荒れ果てて森が遮り、さらに地面がぬかるんで湿地帯のようになっていた。馬車が足を取られたし、道に迷ったので現地の案内人を雇わねばならなかった。
そんな荒れ地を進んでいくと、あちこちに生い茂る藪の中に、ぽつぽつと古い建築群が現れた。住居の跡や砦の跡だった。分かれ道を東に進むと、宗教的なモニュメントもあるという話だ。それらは廃墟というより、遺跡というほどに古いものらしい。今は蔦が絡みついて、荒野の風景の一部になりかけている。
オーク
「あれはいったい何ですか?」
ゼイン
「ケール・イズ時代の遺跡だ」
オーク
「あれがケール・イズ? 大洪水で沈められた伝説の古代都市?」
ゼイン
「左様。だが伝説ではあるまいぞ。現在の王家も、ケール・イズ時代から続く由緒あるものじゃ。お前さんが聞いておる洪水伝説もここから生まれた。だから、ここは今でもこうして地面がぬかるんでおるのじゃ」
オーク
「なるほど」
ゼイン
「オーク殿はケール・イズの物語はご存知かな。1つ語ってしんぜよう」
オーク
「子供の頃以来ですね。久しぶりに聞かせてください。旅の気休めになるでしょう」
ゼイン
「うむ。それでは――」
◇
その国は夢見る楽園のように、何もかも煌めいていました。王は偉大で知恵が深く、子供や家畜に至るまで王国の豊かな恩恵の息吹を感じながら、幸福に暮らしていました。
婚期を迎えた姫君はたいそう美しく、人々の憧れでしたが、姫君はやってくるすべての王子のプロポーズを断っていました。そうやっていつまでも結婚しない姫君に、人々はやきもきしていました。
そんなある日、南から麗しき貴公子がやってきました。貴公子は姫君に数々の美しい言葉を贈り物として与え、姫君を夢中にさせ、ついに結婚を認めさせました。
王国の全ての人達が喜びを分かち合いました。誰もが祝福の言葉を右手に、花束を左手に、2人の結婚を祝福しました。
しかし、宮廷のバン・シーは王と王国に向かって言いました。
「その貴公子は魔の者の使いでありますぞ。彼が王冠を被れば、たちまち民を苦しめるようになり、この国は3度不幸に襲われ、その末にすっかり滅んでしまうでしょう」
誰もバン・シーの言うことを聞き入れませんでした。それどころか、王は不吉を告げるバン・シーを追放してしまうのです。
姫と貴公子の結婚後も平和な日々が続きました。姫と貴公子は、結婚の記念に、南の山の中に壮麗な城を築きました。2人の幸福はいつまでも続き、その後も続くと信じられていました。
しかし、王が死に、貴公子が王冠を戴くと、突然に貴公子は変わってしまいます。バン・シーの言ったとおり、貴公子は魔の使いだったのです。
麗しの貴公子は黒の貴公子となり、城の中で悪いものを次々に生み出していきました。悪いものは不浄を住まいにして血を好み、人々の魂も喰らいました。
王国はあっという間に荒れ果ててしまいました。王女は貴公子の言葉に深く捕らわれていたので、国が荒廃していても心を動かさなくなっていました。それどころか貴公子の正しさを信じて疑わず、反抗する家臣を次々と追放してしまうのです。
悪いものはどんどん大きくなっていきました。気付けば貴公子よりも大きくなってしまいました。
そして悲劇は起こってしまいます。悪いものは貴公子に反抗して、貴公子を食べてしまったのです。
こうして、悪いものを止める者はいなくなってしまいました。自由になった悪いものは誰の言うことも聞かず、どんな言葉も通じず、暴れ放題でした。南からネフィリムたちを連れて来て手下にすると、見えるもの全てを壊し、食べることに夢中になりました。悪いものは何でも飲み込み、どんどん大きくなっていきました。
王国は大きな災いの前に滅びかけていました。人々はバン・シーを訪ね、救いを求めました。
しかしバン・シーは心を開きません。
今度は王国の騎士がバン・シーを訪ね、救いを求めました。
しかしバン・シーは心を開きません。それどころか王国の騎士たちの呪いをかけて、遠くに追いはらってしまいました。
最後に姫がバン・シーを訪ね、救いを求めました。姫は貴公子を失ったため、やっと心が戻り、バン・シーに懺悔しました。
バン・シーは姫の嘆きに深く心打たれて、立ち上がりました。
しかし、悪いものはその時には大きくなりすぎていました。大地を覆い、大津波を引き起こし、国を滅ぼそうと考えていました。
バン・シーはたった1人で悪いものに挑みました。大津波が国中を溢れて、何もかもが水面に沈んだ後も、バン・シーは戦いました。
そして――。
◇
ゼインの語りは朗々として、遠征の一行は静かに聞き入っていた。
しかしゼインは物忘れをしたらしく、最後の部分でつっかえてしまった。
ゼイン
「……バン・シーの名前は……。なんと言ったかな? ふうむ、どうしても思い出せん」
ゼインは周りの者に訊ねるが、誰1人思い出すことができなかった。ケール・イズの物語は有名で、みんな一度は耳にしたはずなのに、肝心のバン・シーの名前を思い出せなかった。
オーク
「……イーヴォールではありませんか?」
オークは奇妙な心地になりながら、口にした。
ゼイン
「イーヴォール。……そうそう、それだ。よく覚えておられたの、オーク殿」
オーク
「いえ……どこかで聞いたような気がしたので……」
オーク自身、奇妙な感覚だった。イーヴォール。果たして、どこで聞いたのだろう。別の場所で聞いたような気がするけど、なぜか思い出せなかった。
オーク
「それで、バン・シーはその後どうなったのでしょう。続きはありますか?」
ケール・イズの伝承は有名だが、不思議なところは誰に聞いても断片的な部分しかないことだった。あまりの時の風雪に、人々が物語の筋を忘れてしまったためと言われている。
ゼイン
「最後にはバン・シーが悪いものに勝利しておしまいです。『悪いものは石に封じられてイーヴォールは何処に去った』……まあ昔の話じゃからのお。この遺跡とて、実は本当にケール・イズのものかどうか。」
ルテニー
「いや、その話は本当だ。事実を語っている。俺の古里ではそう伝わっているよ。だが、バン・シーと悪魔の戦いはまだ終わっていない。悪魔は石の中に封印されたが、決して死んだわけではない。バン・シーは悪魔を殺す方法を探して、今も方々に旅している……そういう話だ」
オーク
「だとしたら、バン・シーは不老不死を得ていることになります。そんな話、あり得るでしょうか」
ルテニー
「さあね。魔法使いのことは、俺にはわからん。古里の伝承者はみんな魔女焚刑で殺されてしまったから、何もかもわからずじまいさ」
オーク
「クロースですか」
ルテニー
「ああ。クロースの神官が現れたのは、俺の子供の頃だった。始めは特に何ともなかったが、次第にみんなおかしくなってしまった。その内にも隣人を指して「魔女はお前だ」「お前こそ魔女だ」と罵り合うようになり、次々と火あぶりにされてしまった。誰も自分たちがおかしくなったことに気付かない。俺達一家は、それで古里を脱出して、その後は長く放浪の日々を過ごした。俺にとって、クロースこそ黒い貴公子だよ」
そんな話をしているうちに、やがて荒れた森ばかりの風景の向こうに、建築物が見え始めた。東西に長く続く、煉瓦造りの城壁である。
ゼイン
「おお、見えてきましたぞ。あれこそ我が国の第2の盾。ケール・イズの長城でございます」
※ ケール・イズ 物語中では、ガラティア王国以前に同じ土地にあったとされる国のこと。実際の伝承では、海中に没した伝説の都市。イングランド南部。あるいはフランスのドゥアルメネズ湾などにあると推測される。
※ 魔女焚刑 最初の魔女焚刑が行われたのはアイルランドのキルケニー州。1324年の出来事。
次回を読む
目次
■2015/10/10 (Sat)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
「ツグミ、大丈夫?」
コルリが側に来て、ツグミを覗き込んだ。心配そうな顔だった。
ツグミは、どんな顔をしてしまっているのだろう、と思って、取り繕うように首を振った。
「うん、いける」
声に意思を見せねば、と思いながら返事をした。
ツグミは改めて絵と向き合った。
どちらも完璧に見えた。違いが見付からないというか、どちらも本物に見えた。本物の精神が宿っているように思えた。贋物だとしても、天才的な画才の持ち主だろう。
それを、これから殺さねばならない。そう思って、また胸が痛くなった。このゲームはいつ終わってくれるのだろう。
ふとその時、ツグミはちょっと気付くものがあった。絵から2歩下がり、横に逸れて、キャンバスに当たる光を見た。
ようやく「あっ」と声を上げて緊張が解けた。
「わかった。本物は右。贋物は左や」
ツグミは緊張が解け、呟く声になって鑑定結果を下した。
それから贋物のゴッホの前に進み、ナイフの柄を握りなおした。すでに、汗でベタベタだった。
ナイフを振り上げ、一瞬手が止まる。息が止まる。目をつむる。
すると、真っ暗闇の中に不可思議な光が現われるのに気付いた。絵の魂だ。
ツグミは目を開き、ナイフを振り落とした。麻布が引き裂け、絵具の塊が飛び散った。
不意に、ツグミの手から力が抜けた。ナイフが落ちて、すっと視界がホワイトアウトするのを感じた。
「ツグミ! しっかりして!」
コルリが飛びついて、ツグミを抱きしめた。ツグミは両膝を着いたところで、辛うじて床に体をぶつけずにすんだ。
ツグミはゆっくりと目を開けた。胸が苦しかった。浅く途切れるような呼吸をしていた。視界が白く霞んで、側にいるコルリを見つけられなかった。
「大丈夫、立てるから」
ツグミはコルリがいるはずの方向を見て、ふらりと杖に寄りかかりながら自力で立ち上がろうとした。しかし自分で立ち上がれず、結局コルリに助けられながら立ち上がった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第3章 贋作工房
前回を読む
17
ツグミは憂鬱なものを感じながら、再び絵に向き合った。「ツグミ、大丈夫?」
コルリが側に来て、ツグミを覗き込んだ。心配そうな顔だった。
ツグミは、どんな顔をしてしまっているのだろう、と思って、取り繕うように首を振った。
「うん、いける」
声に意思を見せねば、と思いながら返事をした。
ツグミは改めて絵と向き合った。
どちらも完璧に見えた。違いが見付からないというか、どちらも本物に見えた。本物の精神が宿っているように思えた。贋物だとしても、天才的な画才の持ち主だろう。
それを、これから殺さねばならない。そう思って、また胸が痛くなった。このゲームはいつ終わってくれるのだろう。
ふとその時、ツグミはちょっと気付くものがあった。絵から2歩下がり、横に逸れて、キャンバスに当たる光を見た。
ようやく「あっ」と声を上げて緊張が解けた。
「わかった。本物は右。贋物は左や」
ツグミは緊張が解け、呟く声になって鑑定結果を下した。
それから贋物のゴッホの前に進み、ナイフの柄を握りなおした。すでに、汗でベタベタだった。
ナイフを振り上げ、一瞬手が止まる。息が止まる。目をつむる。
すると、真っ暗闇の中に不可思議な光が現われるのに気付いた。絵の魂だ。
ツグミは目を開き、ナイフを振り落とした。麻布が引き裂け、絵具の塊が飛び散った。
不意に、ツグミの手から力が抜けた。ナイフが落ちて、すっと視界がホワイトアウトするのを感じた。
「ツグミ! しっかりして!」
コルリが飛びついて、ツグミを抱きしめた。ツグミは両膝を着いたところで、辛うじて床に体をぶつけずにすんだ。
ツグミはゆっくりと目を開けた。胸が苦しかった。浅く途切れるような呼吸をしていた。視界が白く霞んで、側にいるコルリを見つけられなかった。
「大丈夫、立てるから」
ツグミはコルリがいるはずの方向を見て、ふらりと杖に寄りかかりながら自力で立ち上がろうとした。しかし自分で立ち上がれず、結局コルリに助けられながら立ち上がった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。