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■2015/11/03 (Tue)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
「それで、神戸西洋美術館での事件を聞きたいんやけど」
光太がいよいよ本題、と切り出してきた。
「あれだけテレビでうるさくやってたのに、突然ぱったりと情報が途絶えたやろう? 何があったんや」
光太は返事を求めて、ツグミとコルリを交互に見る。
確かに、散々なくらいテレビで大騒ぎしたのに、宮川と会った直後、ぱたりと報道は途絶えてしまった。その後、事件について取り上げた報道機関はどこもなく、投げっぱなしもいいところだった。
ツグミとコルリは顔を見合わせた。ツグミは無言で、コルリに返事をお願いして、自分はうつむいてしまった。
「今、問題になっている絵は、研究所で鑑定を受けています。ヒナ姉が帰ってくるまで、結果はわからないです。今日の夜、ヒナ姉が帰ってくることになってます。そのときに、ちゃんとした報告があると思うんだけど……」
とコルリは説明し、ツグミに促すような目を向けた。
ツグミは5個目の角砂糖をコーヒーの中に入れるところだった。顔を上げると、コルリと光太がツグミを注目していた。
「あれは本物です。間違いありません」
ツグミはきっぱりと断言して、マドラーで角砂糖をコーヒーの中で砕き始めた。
それを聞いて、光太がホッとした様子で、ソファの上でふんぞり返った。
「そうやろ。ヒナの目利きが間違うわけないやんか。失礼な奴らやわ」
安心したせいか、声も大きくなっていた。
それからツグミは、コルリと顔を見合わせた。無言で、どっちが話を切り出すか、譲り合った。
結局、ツグミはうつむいてしまって、コルリに切り出すのを押し付けてしまった。
「あの、叔父さん。訊きたいことがあるんやけど、いいですか?」
コルリは少し身を乗り出して、ちょっと言い出しにくい感じに切り出した。
「おう、何や。何でも聞き」
光太はふんぞり返ったまま、答えた。
コルリは一度、気遣わしげにツグミに目を向けた。ツグミは「気にしなくていい」の意味を込めて、頷いた。
「お父さんのこと、知りたいんです。8年前、父さんが連れさらわれた、あの時、何があったか知りたいんです」
慎重に、重大さを込めて話を始めた。
光太は「その話か」という感じで、顔を歪めた。
「そっか、あの時の事件か。ツグミは辛い思いしたからな。気になるのはわかるけど、あの事件、警察もほとんど手ぇ出さんかった事件やろ。俺の知っとおことなんて、たかが知れとるし、知りたいような話、ちゃうと思うで」
光太は膝に両肘を置き、2人を交互に見ながら言った。どちらかといえば、ツグミを気遣っているように聞こえた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第4章 美術市場の闇
前回を読む
7
コーヒーを無言で啜りながら、話に節目ができた、という気がした。「それで、神戸西洋美術館での事件を聞きたいんやけど」
光太がいよいよ本題、と切り出してきた。
「あれだけテレビでうるさくやってたのに、突然ぱったりと情報が途絶えたやろう? 何があったんや」
光太は返事を求めて、ツグミとコルリを交互に見る。
確かに、散々なくらいテレビで大騒ぎしたのに、宮川と会った直後、ぱたりと報道は途絶えてしまった。その後、事件について取り上げた報道機関はどこもなく、投げっぱなしもいいところだった。
ツグミとコルリは顔を見合わせた。ツグミは無言で、コルリに返事をお願いして、自分はうつむいてしまった。
「今、問題になっている絵は、研究所で鑑定を受けています。ヒナ姉が帰ってくるまで、結果はわからないです。今日の夜、ヒナ姉が帰ってくることになってます。そのときに、ちゃんとした報告があると思うんだけど……」
とコルリは説明し、ツグミに促すような目を向けた。
ツグミは5個目の角砂糖をコーヒーの中に入れるところだった。顔を上げると、コルリと光太がツグミを注目していた。
「あれは本物です。間違いありません」
ツグミはきっぱりと断言して、マドラーで角砂糖をコーヒーの中で砕き始めた。
それを聞いて、光太がホッとした様子で、ソファの上でふんぞり返った。
「そうやろ。ヒナの目利きが間違うわけないやんか。失礼な奴らやわ」
安心したせいか、声も大きくなっていた。
それからツグミは、コルリと顔を見合わせた。無言で、どっちが話を切り出すか、譲り合った。
結局、ツグミはうつむいてしまって、コルリに切り出すのを押し付けてしまった。
「あの、叔父さん。訊きたいことがあるんやけど、いいですか?」
コルリは少し身を乗り出して、ちょっと言い出しにくい感じに切り出した。
「おう、何や。何でも聞き」
光太はふんぞり返ったまま、答えた。
コルリは一度、気遣わしげにツグミに目を向けた。ツグミは「気にしなくていい」の意味を込めて、頷いた。
「お父さんのこと、知りたいんです。8年前、父さんが連れさらわれた、あの時、何があったか知りたいんです」
慎重に、重大さを込めて話を始めた。
光太は「その話か」という感じで、顔を歪めた。
「そっか、あの時の事件か。ツグミは辛い思いしたからな。気になるのはわかるけど、あの事件、警察もほとんど手ぇ出さんかった事件やろ。俺の知っとおことなんて、たかが知れとるし、知りたいような話、ちゃうと思うで」
光太は膝に両肘を置き、2人を交互に見ながら言った。どちらかといえば、ツグミを気遣っているように聞こえた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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■2015/11/02 (Mon)
創作小説■
第5章 蛮族の軍団
前回を読む
14
間もなく日が暮れかけた。窓のない会議室は、夕暮れの時間に入ると、急速に影が深くなっていく。小姓らが気を利かせて、蝋燭を持って来てテーブルに並べるが、迫り来る闇を照らすには充分なものではなかった。
セシル
「今は下らん議論を続けている場合ではない。ここには国を守ろうという気概を持った者はおらんのか。侵略者が何者であれ、兵を集結してこれを叩く。それが異民族に対して、我らの意思を示すことにもなる」
貴族
「結局王子は、戦争がしたいだけでしょう。これだから戦争好きの為政者は困る。巻き添えになるのは、いつも罪なき民だ」
ラスリン
「ならばこうしましょう。交渉人を立てて、相手の要求を聞きましょう。それなら軍隊を出す必要もなくなるし、要求のものを差し出せば帰ってくれるかも知れないぞ」
貴族
「それはいい。賢明だ。余計な手間が全部省けるというもの。早速手配しましょう」
セシル
「貴様らは馬鹿か! 剣を抜いた相手に交渉などあるか!」
憤慨するセシルが声を張り上げた。
しかし貴族達がしらっとした目をセシルに向けた。
貴族
「口に気をつけたまえ。いくら温室育ちのお坊ちゃんといえど礼儀くらいわきまえてもらいたい。あなたの考えていることが何でも思い通りになるわけではないぞ」
ラスリン
「そなたは軍隊だ戦争だと気楽に言うが、それを動かす金は誰が出してくれる? この国か? 国庫も尽きようとしているこの城のどこにそれだけの財産がある。王子が旅行三昧の生活をやめれば、少しは楽になるかもしれないがの」
貴族
「ハハハッ! その通りだ」
セシル
「これは私の国だけの問題ではない。諸君らの国の問題でもあるのだぞ。いざというときに国を守れぬ者に、いったい誰が従いてくるというのか」
ラスリン
「その時にはただ王が変わるだけ。我らにも民にもなんら支障はないでしょう。民などは誰が治めようと命じれば税金を払うでしょう。政治の問題なんぞ、誰が気にかけましょうか。王子の言っているようなことは、正しく国の問題ではなく、そなたたち親子の小さな名誉の問題でしょう」
貴族らの間に哄笑が沸き起こる。
貴族
「いやいや、あなたもおかしなことを仰る。この国のどこに王などおります?」
貴族
「それは言えた。どこを見回してもどうやらおらんようだが……。ひょっとすると、この国には王などおらんのではないか」
貴族
「ははは! そうだそうだ! 王子よ、もし国だ国だというのであれば、それを治める王を出すがいい」
貴族
「そうだ王だ! 王だ!」
貴族
「王を出せ! 王を出せ!」
貴族達の「王を出せ」の大合唱が始まった。
セシルの怒りも頂点に達していた。顔を赤くして手を震わせ、殺気を漲らせていた。武人であれば、身の危険を感じずにいられない怒りである。しかし剣どころかナイフすら持った経験のない貴族連中には、セシルが顔を真っ赤にする姿が、道化の見世物のように楽しかったようだ。むしろ貴族たちは調子づいて、「王を出せ」と合唱した。
その時――。
王
「何を騒いでおるか! ここは我が寝床であるぞ! 静かにせんか!」
突然、ヴォーティガン王の一喝が会議室に轟いた。
貴族達の顔が一瞬にして凍り付いた。貴族達は椅子から転げ落ちて、床に這いつくばるように頭を下げた。
王は老いと病で足取りも危うかったが、その身から湧き出る堂々たる威光は、一同を黙らせるのに充分足りうるものであった。
王
「いったい何をしておるのか! 国の大事だというこの時に、我が民と我が領土を守れる者はおらんのか。この腰抜けどもめ。今すぐに軍隊を召集しろ! 従わぬ者は今この場で首を叩き落とし、一族郎党血祭りに上げてくれるわ! 行け者共よ。軍隊を集めよ!」
王の一喝が轟くと、生意気な貴族達は顔を青ざめて、「はい只今!」と大わらわになって会議室を飛び出していった。
セシルは王の前へ進み、膝を着いた。王はもう体力の限界に達したらしく、ふらふらと召使いの用意した椅子に座った。
王
「情けない息子め。手こずっておるな」
セシル
「申し訳ありません。私の人望がないゆえに」
王
「国は容易に動かせん。人1人が背負うにはあまりにも荷が重い。あの貴族連中の背には、国が見えておらん。――それよりも、わかっておるだろうな」
セシル
「はい。手引きをしている者が……裏切り者がおります」
王
「目星はついておるのだろうな」
セシル
「はい」
王
「ならば後は間者にでもやらせればいい。今はオークを救いに行け。あの者を死なせてはならん。あの者は他にないものを感じる。よいか、決してオークを死なせてはならんぞ」
セシル
「はっ!」
セシルは一礼して会議室を後にした。
中庭に出ると、気の早い星が空に瞬き始めていた。無駄に一日を費やしてしまった。
セシルは急いで城の前の大階段を降りていき、兵隊詰め所を覗き込んだ。城の兵士達は、すでに準備を終えて待っていた。
セシル
「今すぐ何人が出られる」
兵士
「ここにいる兵士なら50人。城下に降りれば、あと200人が待機しております」
セシル
「よし充分だ。私も砦へ行く。今すぐ馬を用意しろ」
セシルは鎧を着ける間も惜しんで、馬に跨がった。
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目次
■2015/11/01 (Sun)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
「叔父さんは、もう画壇に出さへんの?」
ソファに落ち着くと、コルリが軽い調子に訊ねる。
光太は顔に不満を浮かべ、手と首を左右に振った。
「あれはアカン。出来レースやで。あんなところ出しとったら、絵描きも絵も駄目になるわ」
光太の前職は、アニメ制作会社《マッチョハウス(※1)》に所属する美術スタッフだった。
多くのアニメ作品を手がけて、忙しい日々を送っていたが、その合間に画壇に発表し続けていた。
当時の光太の夢は、本当の画家として生活していくことであった。だからアニメの制作をしつつ、画壇に挑戦し続け、何度も院展、日展に作品を出品した。
入選回数は20回を越えたが、特選から先にはどうしても進めない。無鑑査より上に選ばれるのは、いつも巨匠の弟子や身内作品。それから愛人作品だった。
「一時は自分の修行不足かと思って、随分と勉強したけどな。結局、審査員にお金払わねばならんシステムやとわかって、きっぱりやめたわ」
画壇で成功していくために必要なのは実力よりお金。あるいは政治力だった。
ランクが上のほうへ進むと、画壇は絵の審査というより、審査員同士の勢力争いになる。絵画の審査を口実に、審査員はお互いの思想や政治性をぶつけ合い、政争を始める。
絵描きはその年の審査員が決まると同時に、その審査員が好みそうな画題で絵を描くようにする。まるで某美大の受験戦争的な光景が絵描きの間で繰り広げられ、結果として判子で押したように同じような絵が大量に作られる結果になる。
そうなると、純粋に絵を審査しようという人は誰もいなくなる。最終的に評価されるのは、その年で一番強い政治力を発揮した審査員の側についた画家だった。
審査員に媚びて絵を描くなど真っ平ごめんだった光太は、日本画壇をすっぱりと諦めて、フランスに飛んだ。フランスの官展に挑戦の場を移したのである。
そうして3年後、光太は見事、実力だけで1等をもぎ取ったのである。
以来、光太の絵は世界中で注目を集め、引っきりなしに注文が舞い込むようになった。ヨーロッパでは、光太の前職がアニメであることが、さらに「箔」になるらしかった。日本では逆にマイナスになる部分だが、ヨーロッパの美術家や批評家の目線は違っていた。手がけたアニメが有名作品とわかると、評判はまた上昇する。
世界で仕事をするようになると、「評判の逆輸入」で、日本でも仕事ができる環境が整う。こうして、光太は順風な画家生活を送れるようになったわけである。
――と、一通り話を終えたところで、奥さんの頼子さんが絶妙なタイミングでコーヒーを運んできた。
頼子は光太がアニメ時代に知り合った女性だ。《マッチョハウス》で『制作進行(※2)』を担当していた。
制作進行とは、基本的にズボラな性質であるアニメーターの面倒を見て、その仕事を潤滑に運営する人のことである。
頼子のスタンスは今も変わらず、光太の仕事の調整からアトリエの徹底的な整理整頓まで、仕事の以外の全てのイニシアチブを手にしていた。
何事にもきっちりしたものを要求する性格で、ちょっと厳しいところがある。しかし、頼子自身の格好はいつも地味で、今日もピンクのセーターに、ちょっと色褪せたジーンズだった。
顔はそれなりに整った美人だったが、やはり地味で、背中まである髪をいつも首の後ろで束ねているだけだった。化粧っ気もほとんどなく、もったいないくらい地味な印象の女性だった。
ちなみに、頼子の入れるコーヒーは常に完全無欠であった。とてもインスタントとは思えない、見事な香りを放つ。どうやって作っているのか、一度訊ねてみたいものである。
※ マッチョハウス 架空のアニメーション会社。東京都中野区にあるという設定。様々な名作を世にだした《マッドハウス》とは無関係。
※ 制作進行 アニメ現場の調整を行う人。アニメは一つの制作会社では作ることができないので、素材を各社に送り、期日までに完成させることが仕事。基本的にだらしないアニメーターに「仕事しろ!」と尻を叩くのも制作進行の務め。詳しくはアニメ『SIROBAKO』を参照。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第4章 美術市場の闇
前回を読む
6
アトリエの入口から見て、左の壁際に設置された来客用ソファに、ツグミとコルリは光太と向き合って座った。「叔父さんは、もう画壇に出さへんの?」
ソファに落ち着くと、コルリが軽い調子に訊ねる。
光太は顔に不満を浮かべ、手と首を左右に振った。
「あれはアカン。出来レースやで。あんなところ出しとったら、絵描きも絵も駄目になるわ」
光太の前職は、アニメ制作会社《マッチョハウス(※1)》に所属する美術スタッフだった。
多くのアニメ作品を手がけて、忙しい日々を送っていたが、その合間に画壇に発表し続けていた。
当時の光太の夢は、本当の画家として生活していくことであった。だからアニメの制作をしつつ、画壇に挑戦し続け、何度も院展、日展に作品を出品した。
入選回数は20回を越えたが、特選から先にはどうしても進めない。無鑑査より上に選ばれるのは、いつも巨匠の弟子や身内作品。それから愛人作品だった。
「一時は自分の修行不足かと思って、随分と勉強したけどな。結局、審査員にお金払わねばならんシステムやとわかって、きっぱりやめたわ」
画壇で成功していくために必要なのは実力よりお金。あるいは政治力だった。
ランクが上のほうへ進むと、画壇は絵の審査というより、審査員同士の勢力争いになる。絵画の審査を口実に、審査員はお互いの思想や政治性をぶつけ合い、政争を始める。
絵描きはその年の審査員が決まると同時に、その審査員が好みそうな画題で絵を描くようにする。まるで某美大の受験戦争的な光景が絵描きの間で繰り広げられ、結果として判子で押したように同じような絵が大量に作られる結果になる。
そうなると、純粋に絵を審査しようという人は誰もいなくなる。最終的に評価されるのは、その年で一番強い政治力を発揮した審査員の側についた画家だった。
審査員に媚びて絵を描くなど真っ平ごめんだった光太は、日本画壇をすっぱりと諦めて、フランスに飛んだ。フランスの官展に挑戦の場を移したのである。
そうして3年後、光太は見事、実力だけで1等をもぎ取ったのである。
以来、光太の絵は世界中で注目を集め、引っきりなしに注文が舞い込むようになった。ヨーロッパでは、光太の前職がアニメであることが、さらに「箔」になるらしかった。日本では逆にマイナスになる部分だが、ヨーロッパの美術家や批評家の目線は違っていた。手がけたアニメが有名作品とわかると、評判はまた上昇する。
世界で仕事をするようになると、「評判の逆輸入」で、日本でも仕事ができる環境が整う。こうして、光太は順風な画家生活を送れるようになったわけである。
――と、一通り話を終えたところで、奥さんの頼子さんが絶妙なタイミングでコーヒーを運んできた。
頼子は光太がアニメ時代に知り合った女性だ。《マッチョハウス》で『制作進行(※2)』を担当していた。
制作進行とは、基本的にズボラな性質であるアニメーターの面倒を見て、その仕事を潤滑に運営する人のことである。
頼子のスタンスは今も変わらず、光太の仕事の調整からアトリエの徹底的な整理整頓まで、仕事の以外の全てのイニシアチブを手にしていた。
何事にもきっちりしたものを要求する性格で、ちょっと厳しいところがある。しかし、頼子自身の格好はいつも地味で、今日もピンクのセーターに、ちょっと色褪せたジーンズだった。
顔はそれなりに整った美人だったが、やはり地味で、背中まである髪をいつも首の後ろで束ねているだけだった。化粧っ気もほとんどなく、もったいないくらい地味な印象の女性だった。
ちなみに、頼子の入れるコーヒーは常に完全無欠であった。とてもインスタントとは思えない、見事な香りを放つ。どうやって作っているのか、一度訊ねてみたいものである。
※ マッチョハウス 架空のアニメーション会社。東京都中野区にあるという設定。様々な名作を世にだした《マッドハウス》とは無関係。
※ 制作進行 アニメ現場の調整を行う人。アニメは一つの制作会社では作ることができないので、素材を各社に送り、期日までに完成させることが仕事。基本的にだらしないアニメーターに「仕事しろ!」と尻を叩くのも制作進行の務め。詳しくはアニメ『SIROBAKO』を参照。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/10/31 (Sat)
創作小説■
第5章 蛮族の軍団
前回を読む
13
目の前に数メートルの短い崖が落ちていて、その向こうに草原があった。だが景色は広がらず、暗い森が視界の広がりを遮っていた。そんな崖を前にした場所に、ゼインとルテニーが率いる兵士たちが集まっていた。ルテニー
「本当にここでよかったのか」
ゼイン
「もしも森を避けて東に分かれたら、この道を通るはずじゃ」
ルテニー
「当てにしていいのかよ」
ゼイン
「土地勘に狂いはない。それに森の妖精たちがこの場所を教えてくれたんじゃ」
ルテニー
「はいはい」
そんな話をしていると、森の影から蛮族の列が現れた。
ルテニー
「本当に来やがった!」
ゼイン
「頭を下げろ」
ゼインが仲間に指示を出す。兵士達は草むらに身を潜ませた。
蛮族の軍団がゆっくりと歩いてくる。ゼイン達は矢を手に、蛮族の列を見守った。その先端が間近に迫った時、
ゼイン
「今じゃ!」
ゼインが草むらから頭を出して、矢を放った。仲間達も矢を放つ。
矢の攻撃が、蛮族達を襲う。蛮族達は勢いを削がれて、慌てふためいた。矢の攻撃に、蛮族達が倒れる。
だが間もなく蛮族達は勢いを取り戻した。大盾を持った者が前にでてきて、矢を防ぎ始めた。さらにゼイン達に向かって矢の攻撃が始まる。崖をよじ登ろうとする蛮族達も現れた。
ゼイン
「よし、ここまでじゃ! 逃げるぞ!」
ゼインは背後の森へと飛び込んだ。そこに、馬が用意されていた。ゼイン達は馬に乗って森の中を駆けていく。
後を、蛮族達が追いかけた。ゼイン達は後方に矢を放ちながら、森の奥へと走っていった。
次回を読む
目次
■2015/10/30 (Fri)
創作小説■
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
前回を読む
「そりゃそうや。だって、この間、モデルになってもらったやろ? 俺もそろそろ挑戦してみようかなと思ってな。2人とも、ちょうどいい年頃やろ」
確信犯だ、とツグミは思った。光太は事あるごと、妻鳥三姉妹をシリーズで描きたいと公言していた。
実は以前訪問したとき、ツグミは光太に頼まれてモデルをやっていたのだ。といっても、簡単にポーズをつけてさらっとスケッチを取っただけだったけど。もちろん、着衣でだ。
いつか絵にされる時が来る。わかっていたけど、心の準備ができていなかった。ツグミは恥ずかしくて、熱くなった顔を隠そうと両掌で覆った。
「良かったなツグミ。ねっ、叔父さん、次は私?」
コルリはからかう感じではなく、素直に「良かったね」とツグミの背中を叩いた。
「そうやな。コルリも美人さんやからな。なに着せても似合いそうやし、ちょっと迷うなぁ」
光太はしげしげとコルリの全身を見ながら考えるふうにした。
「私、ヌードOKやで。割と自信ありやから!」
コルリは腰に手を当てて、ずいっと胸を前に差し出す。自信に満ちた表情だった。
「そうか! じゃあ後で……」
「うん」
光太は内緒話するように口元を隠す。コルリはちょっとだけ恥ずかしそうに、しかし躊躇いもなく頷いた。
ツグミはそれとなく2人の側から離れた。話題について行けそうになかった。
すると、ふと部屋の反対側の壁に作りつけられた書棚に、画板が1枚立てかけられているのに気付いた。ツグミは不思議なくらい心惹かれるものを感じて、絵の前に進んだ。
60号ほどの大きな絵だった。手前にアンティークな椅子が2脚、並べて置かれ、その後ろに2人の人物が立っている。男と女の形をしたデッサン人形だった。デッサン人形は案山子のような感じに、黒い衣装を着せられていた。
案山子のすぐ後ろに、大きな画中画が掲げられていた。丸と三角を組み合わせた、不思議な幾何学模様だった。
全体が淡いセピアのライトで浮かび上がり、ちょっと印象的だった。ただ一目で光太の絵ではないとわかった。サインがなく作者は不明だが、優れた感性と画力を感じさせる絵だった。
「叔父さん、この絵は何?」
ツグミは光太を振り向き、訊ねた。コルリも興味を持って、絵の前に進み、「ほう」と感心した声を上げた。
「それ、岡山の知り合いが持って来たんや。絵も悪くなかったし、値段も安かったから買い取ったんやけど。ようわからん絵やけど、何かええやろ? どこかに飾っとこうと思うんやけど」
光太の言葉に、絵に対する素直な尊敬が現れていた。
確かに、これはちょっと見逃せない絵だ。作者不明で、画題も意味深だ。だが、何か胸を打つものがある。ひょっとすると、歴史のどこかで忘れられた天才の作品かもしれない。
ツグミとコルリは、しばらく絵画の世界に身を委ねた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
第4章 美術市場の闇
前回を読む
5
光太は誇らしげな顔でツグミとコルリの後ろに立った。「そりゃそうや。だって、この間、モデルになってもらったやろ? 俺もそろそろ挑戦してみようかなと思ってな。2人とも、ちょうどいい年頃やろ」
確信犯だ、とツグミは思った。光太は事あるごと、妻鳥三姉妹をシリーズで描きたいと公言していた。
実は以前訪問したとき、ツグミは光太に頼まれてモデルをやっていたのだ。といっても、簡単にポーズをつけてさらっとスケッチを取っただけだったけど。もちろん、着衣でだ。
いつか絵にされる時が来る。わかっていたけど、心の準備ができていなかった。ツグミは恥ずかしくて、熱くなった顔を隠そうと両掌で覆った。
「良かったなツグミ。ねっ、叔父さん、次は私?」
コルリはからかう感じではなく、素直に「良かったね」とツグミの背中を叩いた。
「そうやな。コルリも美人さんやからな。なに着せても似合いそうやし、ちょっと迷うなぁ」
光太はしげしげとコルリの全身を見ながら考えるふうにした。
「私、ヌードOKやで。割と自信ありやから!」
コルリは腰に手を当てて、ずいっと胸を前に差し出す。自信に満ちた表情だった。
「そうか! じゃあ後で……」
「うん」
光太は内緒話するように口元を隠す。コルリはちょっとだけ恥ずかしそうに、しかし躊躇いもなく頷いた。
ツグミはそれとなく2人の側から離れた。話題について行けそうになかった。
すると、ふと部屋の反対側の壁に作りつけられた書棚に、画板が1枚立てかけられているのに気付いた。ツグミは不思議なくらい心惹かれるものを感じて、絵の前に進んだ。
60号ほどの大きな絵だった。手前にアンティークな椅子が2脚、並べて置かれ、その後ろに2人の人物が立っている。男と女の形をしたデッサン人形だった。デッサン人形は案山子のような感じに、黒い衣装を着せられていた。
案山子のすぐ後ろに、大きな画中画が掲げられていた。丸と三角を組み合わせた、不思議な幾何学模様だった。
全体が淡いセピアのライトで浮かび上がり、ちょっと印象的だった。ただ一目で光太の絵ではないとわかった。サインがなく作者は不明だが、優れた感性と画力を感じさせる絵だった。
「叔父さん、この絵は何?」
ツグミは光太を振り向き、訊ねた。コルリも興味を持って、絵の前に進み、「ほう」と感心した声を上げた。
「それ、岡山の知り合いが持って来たんや。絵も悪くなかったし、値段も安かったから買い取ったんやけど。ようわからん絵やけど、何かええやろ? どこかに飾っとこうと思うんやけど」
光太の言葉に、絵に対する素直な尊敬が現れていた。
確かに、これはちょっと見逃せない絵だ。作者不明で、画題も意味深だ。だが、何か胸を打つものがある。ひょっとすると、歴史のどこかで忘れられた天才の作品かもしれない。
ツグミとコルリは、しばらく絵画の世界に身を委ねた。
次回を読む
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。