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■2009/09/03 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
2
間もなくして、糸色先生の借家が見えてきた。
「では、みなさん。今度こそ、この辺で……」
借家の前までやってくると、糸色先生が私たちを振り返った。その顔が、少しではなくはっきりと引き攣っていた。
「上がっちゃおう、上がっちゃおう! ほら、みんなも」
可符香が明るい声で糸色先生を遮って、その背中を押して敷地の中へ入っていった。
「ああ、ちょっと可符香さん……。」
千里が可符香を引きとめようと手を伸ばす。だけど、
「お邪魔します、先生」
まといが遠慮なく家の敷地内に入っていった。それから、勝ち誇った目で千里を振り向く。
「じゃあ、私もご一緒しちゃおうかな」
私はぴょんと飛び跳ねるように家の敷地に入った。
「ほら、あびるちゃんも、一緒においでよ」
「うん」
可符香がもう帰ろうとしていたあびるの手を引っ張った。あびるは特に意思表示せずに、家の敷地内に入っていった。
「じゃあ、私も~」
藤吉は、ちょっと千里に微笑みかけると、家の敷地に入っていった。
私たちは玄関扉の前に集って、ただ一人残った千里を振り返った。
「もう、みんなったら。私も行く!」
千里は寂しそうな顔をして敷地内に飛び込んできた。藤吉が千里の手を握って迎え入れた。
「じゃあ、ちょっとだけですよ。何もない家ですから、すぐに帰るんですよ」
糸色先生は憂鬱そうな声で言うと、懐から鍵を引っ張り出した。
私たちは、糸色先生の了解を得たと見做して「やった!」と万歳した。
糸色先生が玄関扉に鍵を差し入れた。くるりと一回しして、開錠する。がらがらと玄関扉を開けた。
玄関扉を開けると、狭い靴脱ぎ場が見えた。当り前だけど靴は置かれていない。右横に、靴脱ぎ場と同じサイズの下駄箱が置かれていた。
その先にある廊下はまっすぐ奥まで伸びて、階段に繋がっている。廊下の右手は庭に繋がっているが、今は雨戸が締め切られていた。左手が襖になっていて、多分、居間に繋がっているのだろう。
廊下は全てが締め切られて暗い影を落としていた。糸色先生のイメージどおり、殺風景だけど慎ましやかで清潔な雰囲気があった。
糸色先生が可符香に背中を押され、玄関に入っていった。靴を脱いで、廊下に上がる。私たちも、順番に「お邪魔します」と後に続いていった。
「住み始めたばかりで、本当に何もありませんから。早く帰るんですよ」
糸色先生は私たちに押されながら廊下を進んだ。それからちょっと私たちを振り返って嗜めるようにした。
襖を開けると、中に広々とした居間が現れた。畳敷きで、二間連続している部屋の中央に、欄間が掲げられていた。
その部屋のなかに、死体があった。それも合計で4体。畳の上にごろんと転がしてあった。
私たちは悲鳴を上げた。糸色先生が吹っ飛ぶように雨戸まで下がって尻を突いた。私や千里やまといも、釣られるように一緒にのけぞって座り込んでしまった。
「何、何、何なの?」
私は困惑した顔で、誰かの意見を求めてみんなを振り返った。
「警察よ! 晴美、携帯かして!」
千里がパニックになりかけた声で藤吉を振り向いた。
「うん。あれ、どこに入れたんだっけ?」
藤吉はポケットを探るが、慌てているせいか携帯電話が見付からない。私も携帯電話を探すけど、混乱していて、いつもどこに入れているのかわからなくなってしまった。
「家の電話のほうが早いわ」
まといが立ち上がって、部屋の前まで進んだ。だけど、部屋の入口で足を止めてしまった。死体を前にして、それ以上一歩も進めないみたいだった。
可符香が、何かに気付いたように立ち上がった。可符香はまといの脇を横切って、平気そうに部屋のなかへ入っていった。
「可符香ちゃん、駄目よ!」
私は可符香を引きとめようと声をあげた。でも、腰が抜けて立ち上がれなかった。
可符香は死体の側へ進み、畳に投げ出された腕をぴょんと飛び越え、死体の頭の側に回った。そのうちの一体の前で膝をつくと、死体の顔面をしげしげと覗きこんだ。
「あなた、何をしているの?」
千里が顔を真っ白にして、可符香に声をかけた。
可符香が顔を上げて私を振り返った。
「奈美ちゃん、これ、野沢君だよ」
可符香は、こんな異常事態にも関わらず、いつもの柔らかい声で私に報告した。
「はい?」
絶句だった。
次回 P045 第5章 ドラコニアの屋敷3 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P044 第5章 ドラコニアの屋敷
2
間もなくして、糸色先生の借家が見えてきた。
「では、みなさん。今度こそ、この辺で……」
借家の前までやってくると、糸色先生が私たちを振り返った。その顔が、少しではなくはっきりと引き攣っていた。
「上がっちゃおう、上がっちゃおう! ほら、みんなも」
可符香が明るい声で糸色先生を遮って、その背中を押して敷地の中へ入っていった。
「ああ、ちょっと可符香さん……。」
千里が可符香を引きとめようと手を伸ばす。だけど、
「お邪魔します、先生」
まといが遠慮なく家の敷地内に入っていった。それから、勝ち誇った目で千里を振り向く。
「じゃあ、私もご一緒しちゃおうかな」
私はぴょんと飛び跳ねるように家の敷地に入った。
「ほら、あびるちゃんも、一緒においでよ」
「うん」
可符香がもう帰ろうとしていたあびるの手を引っ張った。あびるは特に意思表示せずに、家の敷地内に入っていった。
「じゃあ、私も~」
藤吉は、ちょっと千里に微笑みかけると、家の敷地に入っていった。
私たちは玄関扉の前に集って、ただ一人残った千里を振り返った。
「もう、みんなったら。私も行く!」
千里は寂しそうな顔をして敷地内に飛び込んできた。藤吉が千里の手を握って迎え入れた。
「じゃあ、ちょっとだけですよ。何もない家ですから、すぐに帰るんですよ」
糸色先生は憂鬱そうな声で言うと、懐から鍵を引っ張り出した。
私たちは、糸色先生の了解を得たと見做して「やった!」と万歳した。
糸色先生が玄関扉に鍵を差し入れた。くるりと一回しして、開錠する。がらがらと玄関扉を開けた。
玄関扉を開けると、狭い靴脱ぎ場が見えた。当り前だけど靴は置かれていない。右横に、靴脱ぎ場と同じサイズの下駄箱が置かれていた。
その先にある廊下はまっすぐ奥まで伸びて、階段に繋がっている。廊下の右手は庭に繋がっているが、今は雨戸が締め切られていた。左手が襖になっていて、多分、居間に繋がっているのだろう。
廊下は全てが締め切られて暗い影を落としていた。糸色先生のイメージどおり、殺風景だけど慎ましやかで清潔な雰囲気があった。
糸色先生が可符香に背中を押され、玄関に入っていった。靴を脱いで、廊下に上がる。私たちも、順番に「お邪魔します」と後に続いていった。
「住み始めたばかりで、本当に何もありませんから。早く帰るんですよ」
糸色先生は私たちに押されながら廊下を進んだ。それからちょっと私たちを振り返って嗜めるようにした。
襖を開けると、中に広々とした居間が現れた。畳敷きで、二間連続している部屋の中央に、欄間が掲げられていた。
その部屋のなかに、死体があった。それも合計で4体。畳の上にごろんと転がしてあった。
私たちは悲鳴を上げた。糸色先生が吹っ飛ぶように雨戸まで下がって尻を突いた。私や千里やまといも、釣られるように一緒にのけぞって座り込んでしまった。
「何、何、何なの?」
私は困惑した顔で、誰かの意見を求めてみんなを振り返った。
「警察よ! 晴美、携帯かして!」
千里がパニックになりかけた声で藤吉を振り向いた。
「うん。あれ、どこに入れたんだっけ?」
藤吉はポケットを探るが、慌てているせいか携帯電話が見付からない。私も携帯電話を探すけど、混乱していて、いつもどこに入れているのかわからなくなってしまった。
「家の電話のほうが早いわ」
まといが立ち上がって、部屋の前まで進んだ。だけど、部屋の入口で足を止めてしまった。死体を前にして、それ以上一歩も進めないみたいだった。
可符香が、何かに気付いたように立ち上がった。可符香はまといの脇を横切って、平気そうに部屋のなかへ入っていった。
「可符香ちゃん、駄目よ!」
私は可符香を引きとめようと声をあげた。でも、腰が抜けて立ち上がれなかった。
可符香は死体の側へ進み、畳に投げ出された腕をぴょんと飛び越え、死体の頭の側に回った。そのうちの一体の前で膝をつくと、死体の顔面をしげしげと覗きこんだ。
「あなた、何をしているの?」
千里が顔を真っ白にして、可符香に声をかけた。
可符香が顔を上げて私を振り返った。
「奈美ちゃん、これ、野沢君だよ」
可符香は、こんな異常事態にも関わらず、いつもの柔らかい声で私に報告した。
「はい?」
絶句だった。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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■2009/09/03 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
1
東京駅で新幹線を降りて、丸の内線に乗り換えた。電車の窓に、馴染みのある風景が見えてきて、私は日常に戻っていくのを感じた。旅もそろそろおしまいだ。
間もなく電車は小石川の駅に到着した。みんなで電車を降りて、駅前の広場に集合する。時刻は4時を少し過ぎた頃。夏の日は長く、まだ昼のような明るさが辺りを包んでいた。
「じゃあ、私は先に帰らせてもらうわ。家に帰って気分を変えたいから」
最初にカエレが手を振って、私たちから離れた。
《俺も帰るぜ 実家に連絡して迎えよこした》
芽留からのメールだ。
メールを見ていると、私たちの前に、黒塗りのメルセデス・ベンツがやってきて停まった。芽留は私たちにさっと手を振ると、ベンツの後部座席へ入っていった。
私はぽかんと芽留に手を振って返していた。芽留の実家も、意外とお金持ちかもしれない。
「マリアも帰る。仲間たち、待ってるから」
マリアの声に、いつもの元気はなかった。旅行疲れなのか、少しふらふらしている。一人で大丈夫だろうか、と思ったら迎えがあったようだ。マリアの行く先に、浅黒い肌の人が待っていた。浅黒い肌の人は、マリアと手を繋いで、親子のように対話しながら去っていった。
「では、私もそろそろこれで失礼したいと思います。一応、各家庭に連絡が届いているはずですが、みなさんも早く親元に戻ってください」
糸色先生が穏やかな声で、私たちに帰るように促した。
「奈美ちゃん、どうする?」
可符香が私を振り返った。
私は、どうしよう、と考えていた。体力もあったし、まだ旅を終らせたくない、というのが本音だった。でも、どうするべきなのか、すぐに言葉にまとまらなかった。
「私は先生を送ってから帰るわ。先生一人だと、なんだか心配だもの。」
「いえ、先生は平気ですから」
千里が糸色先生の左掌を握った。糸色先生が拒絶しているが、千里が聞くはずがない。
「私、先生とずっと一緒だから」
すると糸色先生の右腕に、まといがすがりついた。
千里とまといが、先生を挟んで睨みあった。二人の顔に、強烈な対抗心が浮かび上がっていた。
「私も方向一緒だから、途中までみんなと行くわ」
あびるが普段のクールさに戻って意見を伝えた。
「うふふ。じゃあ、私も一緒しちゃおうかな」
藤吉がニヤニヤした笑顔を浮かべ始めた。
「なに一人で笑っているのよ、気持ち悪い。」
千里が藤吉を振り返った。
「いや、なんかそーいうシチュエーションで一本描けるかなって。……冗談だから」
周りの全員がシラッとした目を向けるのに、藤吉は慌ててごまかした。でも、藤吉はそういうのを描くだろうなと私は思った。私の中の藤吉さんは、すでに“まんがメガネ”として定着していた。
「じゃあ、私も一緒に行っちゃおうかな」
私はちょっと手を上げてみんなの意見に乗っかった。もともと糸色先生の家に押しかけるつもりだったんだし、都合が良かった。
「じゃあ、みんな一緒だね。みんなで先生の家に押しかけちゃいましょう!」
可符香が号令のようにみんなに声をかけた。私たちは調子よく「オー!」と声を合わせた。
次回 P044 第5章 ドラコニアの屋敷2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P043 第5章 ドラコニアの屋敷
1
東京駅で新幹線を降りて、丸の内線に乗り換えた。電車の窓に、馴染みのある風景が見えてきて、私は日常に戻っていくのを感じた。旅もそろそろおしまいだ。
間もなく電車は小石川の駅に到着した。みんなで電車を降りて、駅前の広場に集合する。時刻は4時を少し過ぎた頃。夏の日は長く、まだ昼のような明るさが辺りを包んでいた。
「じゃあ、私は先に帰らせてもらうわ。家に帰って気分を変えたいから」
最初にカエレが手を振って、私たちから離れた。
《俺も帰るぜ 実家に連絡して迎えよこした》
芽留からのメールだ。
メールを見ていると、私たちの前に、黒塗りのメルセデス・ベンツがやってきて停まった。芽留は私たちにさっと手を振ると、ベンツの後部座席へ入っていった。
私はぽかんと芽留に手を振って返していた。芽留の実家も、意外とお金持ちかもしれない。
「マリアも帰る。仲間たち、待ってるから」
マリアの声に、いつもの元気はなかった。旅行疲れなのか、少しふらふらしている。一人で大丈夫だろうか、と思ったら迎えがあったようだ。マリアの行く先に、浅黒い肌の人が待っていた。浅黒い肌の人は、マリアと手を繋いで、親子のように対話しながら去っていった。
「では、私もそろそろこれで失礼したいと思います。一応、各家庭に連絡が届いているはずですが、みなさんも早く親元に戻ってください」
糸色先生が穏やかな声で、私たちに帰るように促した。
「奈美ちゃん、どうする?」
可符香が私を振り返った。
私は、どうしよう、と考えていた。体力もあったし、まだ旅を終らせたくない、というのが本音だった。でも、どうするべきなのか、すぐに言葉にまとまらなかった。
「私は先生を送ってから帰るわ。先生一人だと、なんだか心配だもの。」
「いえ、先生は平気ですから」
千里が糸色先生の左掌を握った。糸色先生が拒絶しているが、千里が聞くはずがない。
「私、先生とずっと一緒だから」
すると糸色先生の右腕に、まといがすがりついた。
千里とまといが、先生を挟んで睨みあった。二人の顔に、強烈な対抗心が浮かび上がっていた。
「私も方向一緒だから、途中までみんなと行くわ」
あびるが普段のクールさに戻って意見を伝えた。
「うふふ。じゃあ、私も一緒しちゃおうかな」
藤吉がニヤニヤした笑顔を浮かべ始めた。
「なに一人で笑っているのよ、気持ち悪い。」
千里が藤吉を振り返った。
「いや、なんかそーいうシチュエーションで一本描けるかなって。……冗談だから」
周りの全員がシラッとした目を向けるのに、藤吉は慌ててごまかした。でも、藤吉はそういうのを描くだろうなと私は思った。私の中の藤吉さんは、すでに“まんがメガネ”として定着していた。
「じゃあ、私も一緒に行っちゃおうかな」
私はちょっと手を上げてみんなの意見に乗っかった。もともと糸色先生の家に押しかけるつもりだったんだし、都合が良かった。
「じゃあ、みんな一緒だね。みんなで先生の家に押しかけちゃいましょう!」
可符香が号令のようにみんなに声をかけた。私たちは調子よく「オー!」と声を合わせた。
次回 P044 第5章 ドラコニアの屋敷2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/09/01 (Tue)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
18
屋敷を出ると、マイクロバスが一台待ち構えていた。乗り込むと、先頭の席に糸色先生が座って、窓の外を眺めていた。
「先生!」
まといが糸色先生に飛びつこうとした。
「駄目よ。私が隣に座るんだから。」
千里がまといの腕を掴んで引き止めた。
「いいから早く座んなさい。邪魔よ」
カエレが冷淡な声で、千里とまといを諌めた。千里とまといは、互いを睨みつけて、一緒の席に座った。それが無言で合意した妥協点らしい。ただし隣同士に座っても、千里とまといはつん、と別方向に顔を向けてしまった。
私たちみんながそれぞれの席に座ると、マイクロバスは出発した。私はぼんやりと窓の外の風景に目を向けた。窓の外は、緑に色づく田園風景が見えた。でも私は、そんな景色にも感心がいかなかった。
さっき私が屋敷で見たものはなんだったのだろうか。私の体内で、すっきり晴れないものがあった。
「奈美ちゃん、ジュースだよ」
隣に座った可符香が、私に声をかけた。振り向くと、可符香がパックのイチゴジュースを手にして、気遣わしげに微笑んでいた。
「うん、ごめんね」
私はイチゴジュースを受け取って謝った。可符香を少しでも不気味と思ったことに、申し訳なさを感じてしまった。
バスはやがて蔵井沢の駅に到着した。私は一緒に乗った時田から乗車券を渡され、丁寧な挨拶と共に別れた。
蔵井沢駅の改札口を抜けると、ちょうどよく新幹線が待っていた。新幹線に乗り、乗車券に示されている指定席に向かうと、すでに先客がいた。
「おつ~。どうたった?」
藤吉晴美だった。藤吉は、気楽そうに通路側に身を乗り出して、私たちに手を振った。読書中だったらしく、膝の上に本が開いたまま乗せてあった。
「あれ、藤吉さん。そういえば、いつの間にかいなくなってたんだっけ?」
私は藤吉に話しかけながら、その手前に座った。藤吉の隣に千里が座り、頬杖をついて窓の外を見詰める。その手前に、可符香が座った。ちょうど、私たちがやってきた時と同じ席順だった。
「うふふ。蔵井沢のイベントに参加して来たんだ。一杯買っちゃった」
藤吉は機嫌良さそうにそばに置いてあったカートを示した。カートの中は、何かが一杯に詰まって膨らんでいた。
「ええ~、なんかやってたの?」
私は羨ましくて声をあげた。
「そうだよ。奈美ちゃんも一冊読む? 面白いよ」
藤吉がカートを開けて、一冊引っ張り出して私に差し出した。背に何も書いていない、小冊子くらいの薄い本だった。
「え、見せて見せて」
私は期待に声を弾ませて、本を受け取った。
本を膝の上に載せて、最初の1ページ目を開いた。すると、花に囲まれた二人の裸の男が出てきた。
それ以上は描写しまいと思う。私は即座に本を閉じた。
「ごめん。返す」
私は藤吉に本を突き返した。目を合わせまいと下を向いていた。
「ええ、何で? 面白いのに」
藤吉は本を受け取りつつ、不本意らしい声をあげた。
「もういいから、そっとしておいてくれる」
私は藤吉から目を背けたまま、断固拒否の姿勢を示した。
なんとなく知的でお姉さん的雰囲気の藤吉晴美。というイメージは、一瞬のうちに崩壊してしまった。
「やめときなさい、晴美。あんたのマイノリティ趣味は、誰もついていけないから」
「ひどい!」
さらりと釘を刺す千里に、藤吉が非難の声をあげた。幼馴染らしいやり取りに思えた。
なんだかんだで、みんなの本性がわかる蔵井沢旅行だった。そう思うと、意外と収穫はあったかもしれない。2ヶ月遅れの学園生活を取り戻すための旅行。そう考えると、楽しい思い出の1ページになりそうだった。
次回 P043 第5章 ドラコニアの屋敷1 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P042 第4章 見合う前に跳べ
18
屋敷を出ると、マイクロバスが一台待ち構えていた。乗り込むと、先頭の席に糸色先生が座って、窓の外を眺めていた。
「先生!」
まといが糸色先生に飛びつこうとした。
「駄目よ。私が隣に座るんだから。」
千里がまといの腕を掴んで引き止めた。
「いいから早く座んなさい。邪魔よ」
カエレが冷淡な声で、千里とまといを諌めた。千里とまといは、互いを睨みつけて、一緒の席に座った。それが無言で合意した妥協点らしい。ただし隣同士に座っても、千里とまといはつん、と別方向に顔を向けてしまった。
私たちみんながそれぞれの席に座ると、マイクロバスは出発した。私はぼんやりと窓の外の風景に目を向けた。窓の外は、緑に色づく田園風景が見えた。でも私は、そんな景色にも感心がいかなかった。
さっき私が屋敷で見たものはなんだったのだろうか。私の体内で、すっきり晴れないものがあった。
「奈美ちゃん、ジュースだよ」
隣に座った可符香が、私に声をかけた。振り向くと、可符香がパックのイチゴジュースを手にして、気遣わしげに微笑んでいた。
「うん、ごめんね」
私はイチゴジュースを受け取って謝った。可符香を少しでも不気味と思ったことに、申し訳なさを感じてしまった。
バスはやがて蔵井沢の駅に到着した。私は一緒に乗った時田から乗車券を渡され、丁寧な挨拶と共に別れた。
蔵井沢駅の改札口を抜けると、ちょうどよく新幹線が待っていた。新幹線に乗り、乗車券に示されている指定席に向かうと、すでに先客がいた。
「おつ~。どうたった?」
藤吉晴美だった。藤吉は、気楽そうに通路側に身を乗り出して、私たちに手を振った。読書中だったらしく、膝の上に本が開いたまま乗せてあった。
「あれ、藤吉さん。そういえば、いつの間にかいなくなってたんだっけ?」
私は藤吉に話しかけながら、その手前に座った。藤吉の隣に千里が座り、頬杖をついて窓の外を見詰める。その手前に、可符香が座った。ちょうど、私たちがやってきた時と同じ席順だった。
「うふふ。蔵井沢のイベントに参加して来たんだ。一杯買っちゃった」
藤吉は機嫌良さそうにそばに置いてあったカートを示した。カートの中は、何かが一杯に詰まって膨らんでいた。
「ええ~、なんかやってたの?」
私は羨ましくて声をあげた。
「そうだよ。奈美ちゃんも一冊読む? 面白いよ」
藤吉がカートを開けて、一冊引っ張り出して私に差し出した。背に何も書いていない、小冊子くらいの薄い本だった。
「え、見せて見せて」
私は期待に声を弾ませて、本を受け取った。
本を膝の上に載せて、最初の1ページ目を開いた。すると、花に囲まれた二人の裸の男が出てきた。
それ以上は描写しまいと思う。私は即座に本を閉じた。
「ごめん。返す」
私は藤吉に本を突き返した。目を合わせまいと下を向いていた。
「ええ、何で? 面白いのに」
藤吉は本を受け取りつつ、不本意らしい声をあげた。
「もういいから、そっとしておいてくれる」
私は藤吉から目を背けたまま、断固拒否の姿勢を示した。
なんとなく知的でお姉さん的雰囲気の藤吉晴美。というイメージは、一瞬のうちに崩壊してしまった。
「やめときなさい、晴美。あんたのマイノリティ趣味は、誰もついていけないから」
「ひどい!」
さらりと釘を刺す千里に、藤吉が非難の声をあげた。幼馴染らしいやり取りに思えた。
なんだかんだで、みんなの本性がわかる蔵井沢旅行だった。そう思うと、意外と収穫はあったかもしれない。2ヶ月遅れの学園生活を取り戻すための旅行。そう考えると、楽しい思い出の1ページになりそうだった。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/31 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
17
食事が終ると、いよいよこの屋敷ともお別れだった。私たちは女中に案内されて、廊下に出た。列を作って糸色家の長い廊下を進んだ。
中庭に出たところで人の気配がした。振り向くと、向うの廊下と廊下を結ぶ反り橋に、倫が立っていた。倫は側にボディガードを従えながら、こちらを見ていた。
「ちょっと待ってて」
私はみんなに断って、倫の前に進んだ。
倫も反り橋から降りて、私の前に進んできた。
「何だ、もう帰ってしまうのか」
倫はいつものように毅然としていたけど、どことなく寂しそうだった。
「うん。だって、帰ってしなくちゃいけないこともありますから。ああ、そうそう。倫さん、もう大丈夫ですよ」
私は倫を慰めるように微笑みかけ、思い出したように声をあげた。
「何がだ?」
倫が話の続きを促した。
「ほら、夜中に感じたっていう、あの気配。正体がわかりましたよ。地下坑道にいた、妖怪のおもちゃです。あれ、動く仕掛けになってたんです。あのおもちゃが多分、怪しい気配の正体ですよ」
私は何でもない事件のように微笑みながら説明した。私の想像だけど、糸色家にはああいう気味の悪い泥棒除けがたくさん設置されているのだと思う。それが夜中になって、勝手に動き出したりしたのだろう。倫が感じたという気配の正体はそれだったのだろう。
「うん、そうか」
倫は納得するように頷いた。
「それじゃあね」
と私は行こうと踵を返した。しかし、倫が名残惜しそうに私を引きとめようとした。
「あ、待って。……また、遊び来ても、いいぞ」
倫は少し目を伏せて、和人形のような白い肌をかすかに赤くしていた。
「うん。じゃあ、いつか必ず来るね。糸色先生と一緒に。じゃあね、倫ちゃん」
私は倫に手を振って、みんなの元に戻った。倫は恥ずかしげに微笑んで、小さく私に手を振って返していた。
しばらくして、廊下の先に正面玄関が見えた。正面玄関はどこかの旅館のように広かった。シンプルな木造の空間に、絵皿が二枚だけ飾られ、数奇屋造りのデザインをさりげなく引き立てていた。土間の敷石は綺麗な扇の形にはめ込まれていた。その土間に、私たちの靴が一列に並べて置かれていた。
私は列の一番後ろだったので、みんなが靴を履くのを順番にしばらく待った。
そうして立っていると、なぜか背中に目線を感じるような気がした。
私は振り向いた。すると、廊下を少し進んだ曲がり角のところに、女の子が一人立っていた。風浦可符香だった。
「何しているの、可符香ちゃん。こっちおいでよ」
私は呼びかけながら、なぜか奇妙な感覚に囚われるのを感じていた。
なぜ?
例えば、そこに立っている可符香はセーラー服姿だった。髪はたった今切ったばかりのようにぼさぼさで肩にかかっていた。トレードマークの髪留めは、いつも左の前髪なのに、右の前髪につけていた。それに、見間違いかもしれないけど、肌の色がかすかに緑色がかって見えた。そのせいかも知れないけど、いつも淡い赤の瞳が、その時は異様にくっきりとした色彩に見えた。
でもその容姿や背の高さ、印象は間違いなく風裏可符香だった。なのに、私は奇妙な違和感でセーラー服姿の可符香を見ていた。
「どうしたの、日塔さん。風浦さんだったら、ここにいるわよ。」
靴を履きおえた千里が、私を振り返って声をかけた。
私はえっとなって振り返った。確かに、千里の隣に可符香が立っていた。ここにやってきた時に着ていたワンピース姿だった。
わたしはもう一度、えっとさっきの場所を振り返った。しかし、そこに人の姿はなかった。
「日塔さん、しっかりしてよ。もう帰るのよ。」
千里が気を遣うように私に声をかけた。
私は茫然と廊下を眺めていた。私は幻を見ていたのだろうか。それとも……。
次回 P042 第4章 見合う前に跳べ18 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P041 第4章 見合う前に跳べ
17
食事が終ると、いよいよこの屋敷ともお別れだった。私たちは女中に案内されて、廊下に出た。列を作って糸色家の長い廊下を進んだ。
中庭に出たところで人の気配がした。振り向くと、向うの廊下と廊下を結ぶ反り橋に、倫が立っていた。倫は側にボディガードを従えながら、こちらを見ていた。
「ちょっと待ってて」
私はみんなに断って、倫の前に進んだ。
倫も反り橋から降りて、私の前に進んできた。
「何だ、もう帰ってしまうのか」
倫はいつものように毅然としていたけど、どことなく寂しそうだった。
「うん。だって、帰ってしなくちゃいけないこともありますから。ああ、そうそう。倫さん、もう大丈夫ですよ」
私は倫を慰めるように微笑みかけ、思い出したように声をあげた。
「何がだ?」
倫が話の続きを促した。
「ほら、夜中に感じたっていう、あの気配。正体がわかりましたよ。地下坑道にいた、妖怪のおもちゃです。あれ、動く仕掛けになってたんです。あのおもちゃが多分、怪しい気配の正体ですよ」
私は何でもない事件のように微笑みながら説明した。私の想像だけど、糸色家にはああいう気味の悪い泥棒除けがたくさん設置されているのだと思う。それが夜中になって、勝手に動き出したりしたのだろう。倫が感じたという気配の正体はそれだったのだろう。
「うん、そうか」
倫は納得するように頷いた。
「それじゃあね」
と私は行こうと踵を返した。しかし、倫が名残惜しそうに私を引きとめようとした。
「あ、待って。……また、遊び来ても、いいぞ」
倫は少し目を伏せて、和人形のような白い肌をかすかに赤くしていた。
「うん。じゃあ、いつか必ず来るね。糸色先生と一緒に。じゃあね、倫ちゃん」
私は倫に手を振って、みんなの元に戻った。倫は恥ずかしげに微笑んで、小さく私に手を振って返していた。
しばらくして、廊下の先に正面玄関が見えた。正面玄関はどこかの旅館のように広かった。シンプルな木造の空間に、絵皿が二枚だけ飾られ、数奇屋造りのデザインをさりげなく引き立てていた。土間の敷石は綺麗な扇の形にはめ込まれていた。その土間に、私たちの靴が一列に並べて置かれていた。
私は列の一番後ろだったので、みんなが靴を履くのを順番にしばらく待った。
そうして立っていると、なぜか背中に目線を感じるような気がした。
私は振り向いた。すると、廊下を少し進んだ曲がり角のところに、女の子が一人立っていた。風浦可符香だった。
「何しているの、可符香ちゃん。こっちおいでよ」
私は呼びかけながら、なぜか奇妙な感覚に囚われるのを感じていた。
なぜ?
例えば、そこに立っている可符香はセーラー服姿だった。髪はたった今切ったばかりのようにぼさぼさで肩にかかっていた。トレードマークの髪留めは、いつも左の前髪なのに、右の前髪につけていた。それに、見間違いかもしれないけど、肌の色がかすかに緑色がかって見えた。そのせいかも知れないけど、いつも淡い赤の瞳が、その時は異様にくっきりとした色彩に見えた。
でもその容姿や背の高さ、印象は間違いなく風裏可符香だった。なのに、私は奇妙な違和感でセーラー服姿の可符香を見ていた。
「どうしたの、日塔さん。風浦さんだったら、ここにいるわよ。」
靴を履きおえた千里が、私を振り返って声をかけた。
私はえっとなって振り返った。確かに、千里の隣に可符香が立っていた。ここにやってきた時に着ていたワンピース姿だった。
わたしはもう一度、えっとさっきの場所を振り返った。しかし、そこに人の姿はなかった。
「日塔さん、しっかりしてよ。もう帰るのよ。」
千里が気を遣うように私に声をかけた。
私は茫然と廊下を眺めていた。私は幻を見ていたのだろうか。それとも……。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/31 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
16
昼近くになって、みんなようやく目を覚ました。その頃になると、使用人たちは戻ってきていて、屋敷の中は元の賑やかさを取り戻していた。
私たちは女中に案内されて、まずお風呂に入った。お風呂はやはりというか、私たち全員が同時に浸かれるくらい広かった。窓が大きくて、露天風呂のように庭園の風景が望めた。お風呂は二階に設置されていたので、私たちは誰かから覗かれる心配もなく、ゆったりと二日分の泥と汗を落とし、疲労を癒した。
お風呂を上がると、やってきたときに着ていた服が準備されていた。念入りにクリーニングされていて、買ったばかりの服を着るような爽やかさだった。ちなみに、まといだけはあのチャラチャラした服ではなく、袴姿だった。
次に客間に戻ると、食事の用意が整っていた。私たちはそれぞれの場所に座って、豪華で栄養豊富そうな懐石料理を頂いた。
「それで、見合いの儀ってどうなったの?」
可符香は茶碗を手にしながら、誰となく訊ねた。
「あんなの無効よ。同性同士でも人間以外でも成立しちゃうなんて、ただの嫌がらせじゃない。」
千里が怒りを込めて答えを返した。
「本当、馬鹿馬鹿しい。時間を無駄にしたわ」
カエレが漬物を茶碗に載せながら、ぶつぶつと不満を訴えた。正座が苦手らしいカエレは、姿勢を崩して胡坐をかいている。カエレは糸色先生が好きらしい、という私の情報は間違っていたのだろうか。
「そう? 私は結構充実してたけどな。ここ、珍しい尻尾がたくさんいたから」
あびるだけ機嫌良さそうに声を弾ませていた。
「あなた、見合いの儀に参加してなかったじゃない。」
千里がきっとあびるに目を向けた。あびるは微笑で千里の目線を受け流した。
《ここ田舎杉だ 携帯で12時間2ちゃんやってたぜ 廃人になる前に帰ろうぜ》
みんなの携帯が同時に鳴った。芽留からのメールだった。食事中にメール打つのはよくないよ。
「で、“見合い”ってなんだったんだ?」
マリアが無邪気な声でみんなを見回した。マリアは箸をナイフかフォークのように掴み、頬に米粒をつけていた。
私はどんよりと視線を落とした。みんなも暗い顔をしてため息をついていた。やっぱりマリアは“見合いの儀”を理解していなかった。
「勝負はこれからよ」
「当り前よ。負けたと思ってないから。」
まといが千里を挑発するように睨んだ。千里もまといを睨んで返した。
この二人は、仲が悪くなったままだった。だったら、隣同士に座らなきゃいいのに。
私は、呆れるような気持ちで千里とまといに目を向けた。マリアの言うとおり、見合いの儀ってなんだったのだろう、とこの数日間を思い返した。ただの夏休みの一幕。楽しいイベントの一つ。そんなふうに捉えればいいのだろうか。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P040 第4章 見合う前に跳べ
16
昼近くになって、みんなようやく目を覚ました。その頃になると、使用人たちは戻ってきていて、屋敷の中は元の賑やかさを取り戻していた。
私たちは女中に案内されて、まずお風呂に入った。お風呂はやはりというか、私たち全員が同時に浸かれるくらい広かった。窓が大きくて、露天風呂のように庭園の風景が望めた。お風呂は二階に設置されていたので、私たちは誰かから覗かれる心配もなく、ゆったりと二日分の泥と汗を落とし、疲労を癒した。
お風呂を上がると、やってきたときに着ていた服が準備されていた。念入りにクリーニングされていて、買ったばかりの服を着るような爽やかさだった。ちなみに、まといだけはあのチャラチャラした服ではなく、袴姿だった。
次に客間に戻ると、食事の用意が整っていた。私たちはそれぞれの場所に座って、豪華で栄養豊富そうな懐石料理を頂いた。
「それで、見合いの儀ってどうなったの?」
可符香は茶碗を手にしながら、誰となく訊ねた。
「あんなの無効よ。同性同士でも人間以外でも成立しちゃうなんて、ただの嫌がらせじゃない。」
千里が怒りを込めて答えを返した。
「本当、馬鹿馬鹿しい。時間を無駄にしたわ」
カエレが漬物を茶碗に載せながら、ぶつぶつと不満を訴えた。正座が苦手らしいカエレは、姿勢を崩して胡坐をかいている。カエレは糸色先生が好きらしい、という私の情報は間違っていたのだろうか。
「そう? 私は結構充実してたけどな。ここ、珍しい尻尾がたくさんいたから」
あびるだけ機嫌良さそうに声を弾ませていた。
「あなた、見合いの儀に参加してなかったじゃない。」
千里がきっとあびるに目を向けた。あびるは微笑で千里の目線を受け流した。
《ここ田舎杉だ 携帯で12時間2ちゃんやってたぜ 廃人になる前に帰ろうぜ》
みんなの携帯が同時に鳴った。芽留からのメールだった。食事中にメール打つのはよくないよ。
「で、“見合い”ってなんだったんだ?」
マリアが無邪気な声でみんなを見回した。マリアは箸をナイフかフォークのように掴み、頬に米粒をつけていた。
私はどんよりと視線を落とした。みんなも暗い顔をしてため息をついていた。やっぱりマリアは“見合いの儀”を理解していなかった。
「勝負はこれからよ」
「当り前よ。負けたと思ってないから。」
まといが千里を挑発するように睨んだ。千里もまといを睨んで返した。
この二人は、仲が悪くなったままだった。だったら、隣同士に座らなきゃいいのに。
私は、呆れるような気持ちで千里とまといに目を向けた。マリアの言うとおり、見合いの儀ってなんだったのだろう、とこの数日間を思い返した。ただの夏休みの一幕。楽しいイベントの一つ。そんなふうに捉えればいいのだろうか。
次回 P041 第4章 見合う前に跳べ17 を読む
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