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■2009/08/15 (Sat)
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判

P024 第3章 義姉さん僕は貴族です
 

10

4098c5ef.jpg「なんじゃ、騒々しい」
凛とした少女の声に、私たちは振り返った。
振り向いたそこに、細い枯山水が置かれ、それをまたぐように反り橋があった。その反り橋の一番高くなったところに、少女が立って私たちを見ていた。
美しい少女だった。肌は白く、目の大きな容姿は完璧に整って和人形のようだった。黒く長い髪はゆるやかに波打って、右の肩に少しかかっていた。格好は赤地に菊の絵羽模様を描いた振袖姿だった。素人の目でも、高級な品とわかる振袖だった。
少女には、まるで大奥の時代からそのまま飛び越えてきたような、そんな風格があった。美しく品のある顔立ちに和服姿がよく似合っていたし、なにより庭園の風景と見事に調和していた。
すでに日が暮れかけて、少女は夕日の光を背にしていた。美しい顔に淡い影を落としていた。だけど背後から差し込む光が、後光のように少女の黒髪を輝かせていて、むしろ神々しさを与えているように思えた。
「お嬢様、下がっていてください。危険でございます」
少女の背後から、ボディーガードらしい体格のいい黒服の男達がぞろぞろと現われる。
「よい。なんじゃお前ら。どこから迷い込んだ」
少女の言葉は高圧的だったけど、それに相反させる心地よい響きがあった。
「な、何よ。私たちは客人として招かれたのよ。それに、先にそちらから名乗るのが礼儀でしょ。」
千里は気に入らないらしく、一歩前に進み出て少女を怒鳴った。
「千里ちゃん、やめて」
私はすぐに千里の前に出て宥めようとする。
「望お兄様の客人か?」
少女は私たちを推し量るように僅かに目を細めた。
「はい、そうです。私たち、糸色 望先生に招かれてここにやってきたんです。お兄様ってことは……」
私は千里の代わりに説明した。それから、ようやくこの屋敷に入った時の時田の説明を思い出した。糸色 望には妹がいる、と。
「やはりそうか。私は望お兄様の妹、倫じゃ」
糸色 倫は厳かに宣言するように名乗った。気のせいなのか、倫の眼差しに、軽蔑するような冷たさが混じるように思えた。
私の心に、複雑な思いが交差した。倫の美しさと傑出した経歴に、素直な尊敬を感じた。一方で、何もかもを見下すような倫の態度や視線が、私にささやかな嫌悪感を呼び起こしていた。
それから、糸色 倫の名前を改めて聞いた瞬間、私は頭の中でくっつけて考えていた。私はそれを口にしてしまいそうになって、ぐっと喉の奥に押し留めた。
でも、
「絶倫ちゃん!」
可符香が大きな声をあげて倫を指さした。私は、「ええ!」と可符香を振り返った。
倫の和人形のような美しい顔に、暗い影が落ちた。
「刀を持て!」
倫は怒りに歪んだ声でボディーガードに命じる。だが、ボディーガードが倫を宥めようと頭を下げた。
「殿中でございます」
「構わん! あの失礼な女をたた切ってやる!」
倫は激しく怒りに燃え上がらせてボディーガードを怒鳴った。
私は、やばいかも、と2歩下がった。でも可符香は危険を感じた様子もなく、朗らかな笑顔を浮かべていた。
「お嬢様、失礼します」
ついにボディーガードが倫を掴み、肩に担ぎ上げてしまった。
「放せ! 放せ! あの無礼者を一刀両断にしてくれるわ!」
倫はボディーガードの広い肩の上でじたばたともがいた。ボディーガードたちは倫の命令を聞かず、反り橋の向こう側に走り去ってしまった。
危機が去って、私はふっと胸を撫でた。ちょっとだけ、すっとするような思いもあった。
「そろそろ部屋に戻ろうか」
私はみんなを振り返って提案した。
「そうね。」
千里が同意して頷いた。一緒にやってきた可符香やまといも頷いた。
そうして引き返そうとすると、竹林の入口であびると合流した。
「あれ? あびるちゃん、それ?」
あびるは胸に猫のようなものを抱いていた。でも、猫というには体は大きいし、眼光は鋭く、それに見たことのない豹柄模様だった。
「ベンガルヤマネコよ。ここ、いいところだわ」
あびるはいつもクールな顔をにこやかに崩して、ヤマネコの体を撫でていた。
ヤマネコは不機嫌そうに目を細めて、あびるが撫でるのを許していた。けど、尻尾を撫で始めた途端、ヤマネコは急に体を反転させ、あびるの指を引っ掻いて逃げ出してしまった。ヤマネコは素早く竹林の陰に消えていく。
ヤマネコのえぐった傷はかなり深く、あびるの指から血が垂れ始めていた。だけどあびるは晴れやかな笑顔で、ヤマネコが消えた陰に手を振っていた。
なんだか、クールだと思っていたあびるの、意外な一面を見るようだった。

P025 次回 第4章 見合う前に跳べ1 を読む

小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次




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■2009/08/13 (Thu)
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判

P023 第3章 義姉さん僕は貴族です


私たちは草履を履いて庭に出た。芽留とカエレだけ、屋敷に残って板間で私たちを見送った。
庭は建物と平行するように竹林が遮っていて、ちょうどいい狭さに区切り取られていた。左右に別の場所へと繋がっていそうな、細い抜け道があった。盆栽を乗せた棚は二つに分けられ、シンメトリーの形になっていた。
その棚の中央を進んだところに、細い抜け道があった。竹林が二つに分けられ、飛び石がその向うへと続いていた。
私は探検する気分でその向うに入っていった。可符香や千里、マリア達が従いてきた。
竹林の向こう側は、細いトンネルみたいになっていた。竹林は鬱蒼としていて、辺りを薄暗い緑色に染めている。飛び石が続く細道に沿って、竹林にロープが張られていた。細道は緩くカーブを描いて、視界の広がりを遮っていた。
間もなく竹林のトンネルに出口が見えた。私はその向うは何だろう、と子供のように胸を弾ませて出口へと急いだ。
トンネルを抜けると、その向うに広大な風景が現れた。少し進んだところに大きな池が置かれ、丸い蓮の葉が一杯に詰まっていた。池には中島がいくつも配され、反り橋で繋がっていた。中島の一つに東屋が置かれていた。
飛び石が道のように四方に点々と伸びて、石灯篭がいくつも配置されていた。ずっと向うにある森林は鬱蒼とした感じではなく、階段状になって葉の形を一つ一つ見せているみたいだった。その森林に隠れるように、茶室があるのが見えた。
それは、途方もなく広い庭園だった。何もかも自然のままではなく、徹底的に手が加えられ、幾何学的と思える美しさがあった。
空はそろそろ赤く染まりかけて、暗い影が落ちつつある。そんな瞬間だからこそ、庭園の風景がくっきりした陰影に形を浮かび上がらせるように思えた。
「うわぁ、凄い……」
私はまたしても平凡な感想を漏らしていた。私には、その瞬間に感じた途方もない感情を、言葉にする詩人の才能はなかった。
「魚いるか?」
マリアが池の水際に走り寄った。
「危ないよ、マリアちゃん。……て、これ沼?」
私はマリアの追って池の側に気付き、ようやくそれが沼だと気付いた。黒く沈んだ水には、泥が濃厚に混じっていた。
「本当、沼だわ。庭園って自然の風景を再現するものだから、確かに沼もありかもしれないけど、これはいただけないわ。主の趣味を疑うわね。」
千里も沼の前まで近付いて、難しそうな顔をして腕組をした。さすが茶道部らしいコメントだった。
私はマリアと一緒にかがみ込んで、沼をじっと見詰めた。沼は、時々ぽこぽこと泡を浮かばせた。鯉はいなくとも、なにか生き物は住んでいるのかもしれない。
可符香も沼の前に歩き進んだ。顔を上げて振り向くと、可符香は何か考えるふうにしていた。
「沼……沼……。沼には、色んなものが沈められている。こんなものが!
  秘書が沈めた政治献金
  あのアイドルの実年齢
  元アイドルが覚醒剤発覚で逃亡していた期間の謎
  編集でカットされた首相発言の大事な部分
  有名画家の死後、アトリエから発見される恥ずかしい絵
  企画中断されたゲームの企画書
  ピンはねされたアニメの制作費の行方
  オリコン発表の本当の数字
  久米田康治の絶望先生以前の作品(絶版)」
「ないから。そんなの沈められていないから」
私は立ち上がって、妄想エンジンを暴走させる可符香を宥めようとした。
「そうよ。誰がどこに沈めた献金かまで、きっちり言いなさいよ!」
千里が本気で怒った顔で可符香に詰め寄ろうとした。
「千里ちゃんまで、きっちり乗らなくていいから」
私は可符香と千里の間に入って、二人を引き離そうとした。

次回 P024 義姉さん僕は貴族です10 を読む

小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次




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■2009/08/13 (Thu)
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P022 第3章 義姉さん僕は貴族です


私たちは女中に案内されて、広い部屋に入った。
「それでは、こちらでしばしお待ち下さい」
赤い着物の女中が、丁寧に指をそろえて頭を下げた。
「ちょっと待って。お見合いについて聞きたいんですけど。」
千里が女中を引きとめて話を聞きだそうとした。
「その件を含めまして、後ほど説明があります。皆さんも参加予定になっておりますので。それでは」
女中は穏やかな微笑を見せると、もう一度頭を下げて、襖を閉じた。
千里は諦めたように、部屋のなかを振り向いた。私も客間の全体を見回した。部屋は20畳くらいありそうな大広間だった。部屋の反対の端が冗談にならないくらいずっと向うだった。
私たちの背後には立派な床の間が置かれ、絵皿や壷、掛け軸か飾られている。部屋の中央辺りを仕切る場所に、荒削りな彫りの欄間が掲げられていた。襖の向かい側は板間の縁側になっていて、庭が見えた。庭には段々になった棚が置かれ、盆栽が並べられていた。竹林が背景に置かれ、庭は狭く区切り取られていた。
客間には人数分の座布団が敷かれていたが、誰も座ろうとする者はいなかった。あまりにも広くて、みんな所在なげに立ったまま、部屋のなかをあれこれと見ていた。
あびるは庭に興味を持ったらしく、草履を履いている。カエレはその側に立って、庭を見ていた。芽留は部屋のなかを携帯電話片手にうろうろとしていた。落ち着ける場所を探しているみたいだった。可符香は座布団に座ろうとしたけど、他の皆に合わせて、とりあえずみたいに立っていた。マリアと千里は床の間に飾られている美術品を見ていた。千里は茶道部らしく、真剣な顔をして掛け軸を眺めていた。
私は、そんな皆の中に常月まといがいるのに気付いた。
「あれ、まといちゃん。先生と一緒じゃなかったの?」
まといは不安な顔を浮かべてうろうろと歩いていた。糸色先生に合わせたチャラチャラした格好のままだった。
「ええ、引き離されてしまったの。準備が済むまでって。でも、大丈夫。先生に発信機つけたから。これさえあれば、いつでも先生の居場所を知ることができるの」
私が声をかけると、まといは少し落ち着いたらしく、ポケットの中から発信機という道具を引っ張り出した。それはストップウォッチを大きくしたような形で、どことなくというか、間違いなくそれはドラゴン・レーダーだった。
まといが発信機のスイッチを入れる。発信機が緑色の光を宿し始める。縦横の座標軸が浮かび始め、その中心で点が一つ明滅していた。
「これは、どう見るの? この点が、糸色先生のいる場所?」
私はレーダーを覗き込んだ。だけど見方がよくわからなかった。座標の中心が、この機械の置かれている場所だろう。しかし光る点も、同じく座標の中心だった。
まといははっとして自分の体を探った。すぐに脇の下にピンのようなものが留められているのに気づいて、それを手に取った。
「やられたわ!」
まといが敗北感をこめた声をあげた。どうやら発信機の存在はすでにばれていて、まとい自身に付け替えられたみたいだった。
「残念だったわね」
私は落胆でうなだれるまといの背中を撫でた。
するとまといが顔を上げた。頬をほんのり赤くして、目に涙が浮かんでいた。まといは私をじっと見詰めたまま、私の両肩に両手を置いて、私の襟首にさっきのピンを取り付けた。
「なんで? なんで私?」
私は動揺して後ろを向こうとした。
「お願い! 誰かにすがってないと、生きていけないの!」
まといは、一歩私に身を乗り出して、顔をふるふると震わせて訴えた。
こうして間近にすると、今さらだけどまといの顔の美しさに気付いた。強い力を持った大きな瞳も、小さく控えめな鼻や口も、綺麗にまとまっている。そんな綺麗な顔で哀願されると、同性でもドキッと胸を弾ませるものがあった。多分、私は頬を赤くしていたと思う。
「なあ、これ1つもらっていいか?」
そんな私たちの間に、マリアがやってきて器のひとつを差し出してきた。
「なに? これ床の間に飾ってあったやつ?」
私はまといと興奮しかける自分の感情から逃れようと、マリアを振り向いて器を受け取った。まといも私から離れて、マリアを振り返った。
「これだけ他のより汚いゾ」
マリアは子供のような元気な声を上げる。
私はそうね、とマリアが持ってきた器と、違い棚に飾られたほかの器と見比べた。確かに、綺麗な器には見えなかった。形はふにゃふにゃとして曖昧で、やっと器になったという感じだった。色も筆で塗りたくった感じで、黒っぽく沈みかけていた。さすがにこれは、私の目にも価値があるものには見えなかった。
「うーん、まあ、いいんじゃない。一杯あるみたいだし、ひとつくらい持って帰っても大丈夫だよ」
私はマリアの身長に合わせて膝をつくと、器をマリアの小さな掌に返した。
「駄目よ! これは魯山人の本物よ。壊したらどうするの!」
するといきなり、千里が怒鳴って器を奪い取った。
その拍子に、器が千里の掌から滑り落ちた。あっと言っている間もなく、器は畳に落ちて、中央から真っ二つに割れた。砕ける瞬間の音は、畳が吸い込んでくれた。
「ばらばらだ……」
マリアががっかりした声をあげる。
「ど、ど、どうしよう。やっぱり、ここはきっちりと……。」
千里が動揺で言葉を詰まらせた。顔もはっきり青ざめている。
「いや、きっちりしなくていいから。黙っていよう。たくさんあるから、こうやって置いておけばばれないよ。ね」
私は魯山人の器を手に取ると、割れた部分を合わせて、違い棚の開いたところに置いた。破片も散らばらなかったから、こうして置くと、始めから二つに割れた器に見えなくもないように思えた。
「ほら、お庭に行こう。なんかあるよ、きっと」
私は千里とマリアの背中を押して、むりやり庭のほうへ進ませた。

次回 P023 義姉さん僕は貴族です9 を読む

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P021 第3章 義姉さん僕は貴族です
 


糸色先生をキャデラックの中に監禁して、再び進み始めた。
間もなく田圃ばかりの風景に、お城のように高い塀が現れた。瓦屋根を備えた白漆喰を塀で、それが水平線を遮るように東西どこまでも伸びていた。その塀の向こう側に、瓦屋根が幾重にも折り重なるのが見えた。その様子は、まるで大きな時代劇のセットを外から見るようだった。
キャデラックは、真直ぐ白漆喰の塀に近づいた。塀に沿うように伸びる道を曲がって進むと、大きな追手門が現れた。槍を持った騎馬がもしいたとしても、問題なく通れそうな高さの門だった。
当然、その中へ入っていくのだ。キャデラックが近付くと、追手門が仰々しく開いた。追手門に駐在する涼しい格好の警備員たちが、キャデラックに向かって頭を下げる。私は、警備員の数を6人まで数えたが、その倍の数はいそうだった。
いよいよ、糸色先生の家の敷地へとキャデラックが入っていく。
追手門をくぐるとそこは広々とした日本庭園になっていた。緑の芝生を分けるように砂利が敷き詰められた道路が続き、キャデラックがゆっくり進んでいく。
日本庭園には、丸い形に刈り込まれた松の木や、それに形を合わせた石がいくつも配されていた。そんな風景の向うに、数奇屋造りの建物が建っていて、庭に面した廊下を女中らしい赤い着物の女たちがいそいそと駆け回るのが見えた。
「すごい。本当に豪邸だ」
私はあまりにも平凡な感想を呟いた。他の表現はどうしたって思いつきそうになかった。
「私のいた国でも、ここまでの大きな屋敷にはお目にかかったことはないわ」
カエレも感心したように窓の外に見入っていた。
「糸色家の現在の当主は、望様のお父様であり、地元選出の代議士、大様でございます」
時田が誇らしげに説明を始めた。
「望様は四男に当たり、3人のお兄様がいらっしゃいます。長男の縁様。次男の日本芸術院の景様。三男は医者であられる命様でございます。それから望様の下には、妹君の倫様がいらっしゃいます。倫様は若干17歳にして糸色流華道師範でもあり、3千人のお弟子を抱えておられる方であります」
私は言葉もなく時田の説明を聞いていた。糸色家の人は、みんなすごい経歴を持っているんだなと素直に感心した。特に興味を引いたのは、17歳で華道の師範であるという倫だった。私たちと変わらない年齢の、ううん、私は早生まれだから1歳年上だけど、同じ年頃でもまったく違う次元を生きている女の子がいるんだ、と感動した。
キャデラックはやがて、大きな三角屋根の書院つくりの建物の中に入っていった。いや、そこはガレージだった。中は広い土間のようになっていて、車を停めるところが、ちょうど板間と接していた。土足禁止車でも、靴を履かず、そのまま家の中に入れるようになっていた。
ガレージの中は広々としていて、左手には座敷があり、開けたままの障子から暗くなりかけた光が差し込んでいた。右手はすぐに行き止まっていて、締め切られた扉があった。正面は飾り棚ふうになっていて、工具やタイヤが美術品みたいに並んでいた。
「さて、到着です。皆様、長い旅、ご苦労様でございます。女中が部屋に案内しますので、しばらくごゆるりとくつろぎください」
時田が私たちを振り向き、頭を下げた。

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P020 第3章 義姉さん僕は貴族です
 


私たちは初めて見るような高級な車に勧められるままに乗った。座席が3列並んだキャデラックだった。内装は濃い茶色とホワイトのトーンに統一されて、落ち着いた雰囲気があった。ソファはふっくらと暖かい。私たち7人が乗っても、まだ余裕のある広さだった。
私たちが座席に座ると、キャデラックが出発した。蔵井沢の駅前とおりをゆるやかな速度で走っていく。車道は幅が広く、車両が賑やかに行き交っていた。だけど、キャデラックの周囲だけは避けるように車が少なかった。
通りを歩く人の数が少ない。窓の外は強烈な光の中で輝き、車の中の静けさとは、別世界のように思えてしまった。
「先生の家って、もしかしてお金持ちなんですか?」
真ん中席の真ん中に座った千里が、助手席の時田に話しかけた。先頭の運転席はガラスで仕切られていて、時田と運転手が乗っていた。
「糸色家は元禄の頃から続く、名家でございます。かつてほどの権勢はありませんが、今日においても、地元に対し絶大な影響力を持っております」
時田は首をこちらに向けて、私たちに厳かに説明した。
「そうだったんだ。なんで、うちの学校で先生なんかやってるんだろう」
私はぽかんとしつつ、疑問を口にした。糸色先生は古風な感じの人だったので、金持ちという雰囲気は今まで感じなかった。
「おぼっちゃんの里帰りってわけか」
後ろの席のカエレが、納得したように呟いた。
「マリアも里帰りしたい!」
カエレとあびるに挟まれて座るマリアが声をあげた。ちなみに可符香はあびるの隣だ。
《お前の場合、強制送還だから》
芽留が素早くメールで突っ込みを入れる。でもそれ、マリアちゃんには届いてないから。
窓の外の風景は、間もなく駅周辺から離れていった。辺りから住宅街が消えて、のどかな田園風景に変わる。緑に色づく稲が、夕暮れの光を浴びて穂先を黄金色に輝かせていた。ずっと向うのほうに、青く霞む山脈の連なりが見えた。
蔵井沢は江戸時代の頃は交通の要衝として、重要な地位を与えられた宿場町だった。だけど明治に入って交通機関が急速に発展すると、蔵井沢は宿場としての機能を失ってしまった。
その後、しばらく蔵井沢は衰退していたけど、涼しげな気候に注目した宣教師たちが別荘を建て始めた。それが切掛けとなって、蔵井沢は高級避暑地として新たに認識され始めた。
糸色家が元禄の時代から続く名家なら、おそらくそんな歴史を体で感じ、通過していったのだろう。移りゆく風景も、変わらないのどかな風景も、糸色家はすべて記録し続けたのだ。
私は感慨深げにどこまでも続く田舎の風景を眺めていた。
するとそこに、ひょろと背の高いシルエットが現れた。白いシャツで、エナメル質の黒いズボンを穿き、髪をつんつんに立てている。いかにも、チャラチャラした風貌の、二人組みの若者だった。
ああいうのは、やっぱりこういう風景の中にもいるんだ。私は目を合わせてはいけないと思い、窓から顔を逸らそうとした。
しかし千里が、私を押しのける勢いでいきなり窓にすがり付いてきた。
「停めて! ちょっと停めてください!」
千里は物凄い勢いで運転手に命令した。
キャデラックは二人の若者をちょっと通り過ぎたところで停車した。
「ちょっとどうしたの、千里ちゃん」
私が訊ねるのも無視で、千里はドアを開けて外に飛び出そうとした。必然的に、私も押し出されて外に出た。
「糸色先生、何をやっているんですか!」
千里は若者の前に仁王立ちにして怒鳴りつけた。
私はやっとチャラチャラした若者の正体に気づいた。糸色先生だった。後ろに続いているのは、やはりチャラチャラした格好のまといだった。
他の女の子たちも、ドアを開けて外に出てくる。糸色先生は私たち全員に目を向けられて、顔に動揺を浮かべていた。
「何でいるんですか!」
「先生こそ、なんですか! そのチャラチャラした格好。髪にツヤまで入れて。きっちりしてください!」
千里が容赦なく感情をぶつける。糸色先生ははっとして、自分の顔を腕で隠そうとした。
「知ったな! 私が地元でチャラチャラしているのを知ったな!」
糸色先生は回れ右をして走り出した。まといも当然一緒に走り出す。
「待ちなさい!」
「待ちません!」
千里が後を追って駆け出す。糸色先生は走る姿はみっともなかったけど、意外な俊足だった。千里は追いつけず引き離されていく。
私たちは、糸色先生と千里のやりとりを茫然と見ていた。というか、入る余地がなかった。
千里を追い越すように、俊足の影が通り過ぎる。時田だ。
「お待ちなさい!」
「いやだー!」
糸色先生は水中をもがくように手足をバタバタさせて走る。
時田はすぐに糸色先生を追い詰めると、そのまま体当たりを食らわせた。二人で茂みの中に転がる。時田は糸色先生をしっかり掴んでホールドした。
「離せー!」
糸色先生がじたばたともがく。でも時田は決して離さなかった。

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