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■2015/12/13 (Sun)
創作小説■
第5章 Art Crime
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9
1人きりになると、ツグミはさっそく席を立って、床の間に飾られた美術品の前に進んだ。床の間に、価値のありそうな絵画や焼き物がずらりと並んでいる。こんな立派なお屋敷だから、きっと本物に違いない、とツグミは気持ちを高鳴らせて近付いた。絵画は児島虎次郎の作品で、着崩した浴衣姿の女が描かれていた。焼き物は魯山人だ。
しかし、近付いて美術品を覗き込んでみて、すぐに「あれ?」と拍子抜けた気分になった。一目で贋作とわかる、粗悪なものばかりだった。
児島虎次郎は、ただチューブから出した絵具を塗りたくっただけで、デッサンは素人レベルだ。魯山人はろくろを使わないおおらかな作品が特徴だが、そこに並んでいる品は単なる子供の粘土遊びだ。魯山人の振りをするには、あまりにもおこがましい。
ツグミは絵画と焼き物の前までやって来て、軽く困惑した。こんな大屋敷に出来の悪い贋作を見るとは思ってもいなかった。家の造りや玄関には優れた美的センスを感じたのに、この妙なギャップは何だろう?
「随分、待たせたね」
いつの間にか客間の入口に男が立っていて、ツグミを覗き込むように見ていた。焼き物を観るのに夢中になっていて、気付かなかった。
「す、すいません。勝手に拝見させていただきました。私、妻鳥ツグミと申します」
ツグミは慌てるように深く頭を下げて挨拶した。
「いや、いいんだよ。私は大原紀明。この屋敷の現当主、ということになるかな」
大原紀明は人が良さそうな微笑を浮かべた。
年齢は50歳をちょっと過ぎたくらいだろう。髪はグレーで、後ろに撫で付けられている。黒縁眼鏡を掛けた、いかにも真面目で、堅実そうな男だった。
「岡田さんからの電話で、まだ子供だと聞かされたけど、驚いたね。君は鑑定もできるそうだね。この床の間の物は、僕自身で買ったものなんだよ。どうかね」
紀明は人当たりの良さそうな、優しい微笑みを浮かべた。
なんとも、「贋作です」とは言いにくいシチュエーションだった。
「えっと……。そうですね。結構な品です」
ツグミは慎重に言葉を選んだ。顔面が引き攣りそうになるのを、懸命に堪えて、どうにか苦労して笑顔を浮かべた。
テーブルを挟んでツグミと紀明が向かい合って座った。女中がやって来て、お茶を入れなおし、2人に羊羹を置いて去っていった。
紀明が床の間を背にする形だった。この位置関係だと、ツグミの視界に贋作がちらちらと目に入って、気になって仕方なかった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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■2015/12/12 (Sat)
創作小説■
第7章 王国炎上
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5
平原はネフィリムの大群に黒く塗りつぶされていた。銃眼についた弓兵が黒山の群れに矢を次々と放つが、あまりの数に効果の確認すらできない。屈強の騎士達が果敢にネフィリムたちに向かい、その勢力を大門の一歩手前で足止めさせた。しかしネフィリムの数は圧倒的であり、勝利どころか防衛すら途方もない戦いに思えた。
大門の内側においても、いまだ敵は侵入はないものの、慌ただしい様子だった。武器は途切れないように補充され、医師は負傷者の手当に奔走し、長期戦に備えて倉庫から兵糧の持ち出しが始まっていた。
そんな騒然とした中を馬が2騎、悠然とした様子で通り過ぎていった。その背にあるのは2人の美女だ。バン・シーとソフィーの2人である。戦いに明け暮れる兵士達は、あまりにも場違いでしかし美貌ゆえに漂う神秘的な気風に、足を止めて注目せずにはいられなかった。
オークもソフィーの存在に気付くと、戦線を抜けて慌てて駆け寄った。
オーク
「ソフィー、何をしているのです! 早く戻ってください!」
ソフィー
「……オーク様。戻った時は私を認めてください。男とか女とかではなく、愛する人として――」
オーク
「…………」
ソフィーのあまりの毅然とした態度に、オークは圧倒されて口をつぐんでしまった。
バン・シー
「行くぞ!」
バン・シーの命令で、大門が馬1つ分ほど開いた。ソフィーとバン・シーの2人の馬が門の外に飛び出していった。
オークはその後を追った。引き留めねばならぬ。しかしネフィリムの大群がオークを遮った。バン・シーとソフィーの姿はすぐに見えなくなってしまった。
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■2015/12/11 (Fri)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
8
岡田が告げた住所は、倉敷市だった。名前は「大原」だ。正確には、大原から岡田まで、間に数人の画商が仲介している。美術商は普通、秘密主義だからこういう経路はなかなか知り得ないものだ。岡田は胡散臭い男だが、付き合っていると思いがけない特典に巡り合わせてくれる。
ツグミは次の日曜日を待って、新幹線に乗った。
大原家はちょっといいところらしい。ツグミはそれなりに気合を入れて、服装はシックな黒のキャミソールに、下はセピアカラーのグラデーションが入った膝までのスカートにした。上には明るいパステル・カラーのオシャレなトレンチコートを羽織った。ヒナのお下がりだ。
新幹線で岡山駅に行き、続いて伯備線で倉敷市に入る。新神戸駅から50分の短い旅だった。
目的地は美観地区ではないが、倉敷市特有の白塗りの壁と瓦屋根が並ぶ。近代的な様式はなく、古い時代の趣を残した風景が続いた。
通りを行く人々も、どことなく穏やかで品があるような感じがあった。時代を間違えてきたような、その地域ならではの風格が、風景全体に溢れているようだった。
大原家はそんな一角に大きな屋敷を構えているらしい。ツグミは住所を書いたメモと地図を片手に、大原家を探した。
間もなく、大原の家を見つけて、「え?」と驚きの声を上げた。
角を曲がると、白漆喰の外塀がずっと続き、堀がぐるりと囲い込んでいた。外塀の向うに、時代がかった数奇屋造りの堂々たる瓦屋根が見えた。その一帯すべてが、大原家の屋敷なのだ。
芦屋の金持ち屋敷を出入りしていたツグミも、唖然とするしかなかった。さすがは倉敷、と無根拠に感心した。
ツグミは外塀を右手に数百メートル、ふうふうと息が切れそうになるくらい歩き、ようやく正門を見つけた。インターホンを押すと、執事っぽい声の人が応対してくれた。岡田がすでにアポイントメントの電話を入れてくれていたので、すんなり通してくれた。
大きな追手門を潜ると、その向こうにもアスファルトの道路が現れ、それをさらに越えたところに再び門があった。今度の門は、瓦屋根を載せた小さな格子戸の門だった。それをからからと音を立てながら開けると、幾何学模様に張りこんだ花崗岩の敷石が、屋敷の入口に向って続いていた。
そこまでやって来ると、ラフなシャツ姿の執事がうやうやしく頭を上げて、ツグミを招き入れた。ツグミは何となく恐縮する思いで、執事の後に続いた。
玄関戸を潜ると、広く解放的な玄関が現れた。正面は幅の広い廊下になっていて、障子戸の向うに道場のような広い造りの大広間が見えた。玄関にも大広間にも余計な装飾は一切なく、木造組構法のシンプルな味わいを堪能できた。
この時点で、ツグミは屋敷主の感性に感心した。成金の多くは、ゴテゴテと飾り立てて、自分の財力をアピールしたがるものだ。しかし大原家には、いわゆる成金とは違う、余裕のようなものを感じた。
屋敷の長い長い廊下を潜り抜けて、10畳ほどの客間に案内された。普通なら大広間といったところだが、この規模の屋敷だと、小部屋といった感じになってしまう。
屋敷の女中は、ツグミの左脚が不自由なのを察して、座面が底上げされた座椅子を用意してくれた。
こんな厚遇は滅多にない。ツグミは気分が良くなり、再びまだ見ぬ主への関心を強めた。
屋敷の主は、いま忙しく、しばらくお待ち下さい、と女中は無駄のない所作で辞儀をして、お茶を残して去っていった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/12/10 (Thu)
創作小説■
第7章 王国炎上
前回を読む
4
バン・シーはソフィーを連れ立って屋敷を後にした。町並みはひどく静かで、往来する者はいない。一般市民は外出禁止になっている。伝令の兵士が時々通り過ぎるくらいで、大門の戦の物音は、はるか向こうだった。バン・シー
「そなたは戦に加わぬのか」
ソフィー
「戦は殿方の務めです。女は例え戦える力が認められても、戦場に立つのは許されません。そんなあなたこそ、どうしたのです。そんな暗い顔をなさって……」
バン・シー
「お前は人に笑顔を与える。見よ、人々の顔を。なのにお前はなんて顔をしている」
さっきまでいた屋敷に目を向ける。先まで沈んでいた様子とは一転して、人々に笑顔が浮かんでいた。
ソフィー
「話しづらいことです……」
ソフィーは暗い顔でうつむいた。それとなくバン・シーは察する。
バン・シー
「男とはそういうものだ。頑固で意地ばかり押し通そうとする」
ソフィー
「あなたにも経験があるのですか? ……いえ、失礼しました。聞くべきではありませんよね」
バン・シー
「構わんよ。私にだって人並みに誰かを愛することもある」
ソフィー
「まさか。あなたほど優れた方が?」
バン・シー
「それはそなたも同じだ。そなたにも、どうやら人にはない力が備わっているようだ。年はいくつだ」
ソフィー
「17です。まだまだ子供ですよね」
バン・シー
「……17か?」
ソフィー
「ええ」
バン・シー
「…………」
バン・シーが神妙な顔をして考え込み始めた。ソフィーが怪訝な顔をしてバン・シーを覗き込む。
ソフィー
「どうなさいました?」
バン・シー
「いや、なんでもない。――ちょっと気晴らしをしよう。従いてくるがいい」
バン・シーは強引に話を打ち切り、ソフィーを連れて再び城に向かった。ソフィーが城を訪ねるのは、老師から免許皆伝を受けた時以来だった。バン・シーに連れられているとは言え、ソフィーはやや緊張した顔を浮かべる。
バン・シーはソフィーを城の地下へと案内した。
ソフィー
「あの、どちらへ……」
ソフィーは不安そうに訊ねた。
バン・シー
「黙ってついてくるがいい」
バン・シーはそれだけしか言わなかった。先ほどの会話とは打って変わって、事務的で冷たいものだった。
やがて地下回廊に入ると、管理人の案内を先頭に、ある部屋へと通された。部屋は明かりが少なく、全体は掴めないものの、決して広くはない。いくつもの棚が並んでいて、古い紙の束や、石版が収められていた。
ソフィーは石版の1つを覗き込む。
ソフィー
「まあ、オガム文字ですね」
バン・シー
「そうだが……。読めるのか?」
ソフィー
「いいえ。少し習いましたが、私には……」
バン・シー
「そなたに見せたいものは、こっちだ。来たまえ」
ソフィー
「はい」
部屋の奥へと進むと、開けた一角があり、その中央の台座が、四隅に配された青い光に浮かんでいた。台座には、石版が1つ置かれていた。石版は中央にひびが走り、分かれていたものを繋ぎ止めた跡があった。
ソフィー
「これは……なんですか?」
バン・シー
「わからぬか?」
ソフィー
「どうしですか?」
バン・シー
「……そうか。はじめに明かしておこう。これにはネフィリムの召還の技が記されている」
ソフィー
「え!」
ソフィーの顔に怯えが浮かんだ。
バン・シー
「まあ慌てるな。これには多分、ネフィリムの召還と封印の方法が記されている……と考えている」
ソフィー
「どういう意味でしょうか?」
バン・シー
「私にはこれが読めぬのだ。――おそらく秘術を伝えた最後の者が、何かを残そうと思い、この石に書き残したのだろう。しかしここに刻まれている文字はどんな文字にも似ておらん。つまり、この文字を考え出したのは、これを書いた者自身。これを読める者も書いた者だけだ」
ソフィー
「バン・シー様が以前お話になられた『封印』というのは……」
バン・シーが頷いた。
バン・シー
「そうだ。ここに記されている。そしてこれを読む能力を持つ唯一の者が、『真理』を持つ者だ」
ソフィー
「……『真理』」
バン・シー
「そうだ。しかしかの者は常に1人でしか生まれない。だから私は長年探し続けている」
ソフィー
「…………」
ソフィーは何も言わず、うつむいた。
バン・シー
「どうした?」
ソフィー
「強すぎる力など、ないほうがいいのです。特別な力は、人を孤独にさせるだけですから」
ソフィーは独白のように言った。
バン・シー
「しかしわけもなく力を持って生まれてくる者はいない」
ソフィー
「運命など何になるのです。全ては結果です。愚かな魔術師の思いつきで、悪の力は日々強力になるばかりです。今やそれを抑える術すら見付からない……ならば、そんな力、はじめからいらないわ!」
バン・シー
「ソフィー。力は使うものだ。特別な力を持って生まれたのなら、その力を使うのが義務だ」
ソフィー
「……私は」
バン・シー
「行こう。男達を見返してやろうではないか」
ソフィー
「はい」
ソフィーは力強く頷いた。
※ オガム文字 ドルイドが秘技を行う時に使用した文字。
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■2015/12/09 (Wed)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
7
硫黄の臭いは強烈だった。店の客は何かを感じたらしく、検査が終わる頃には1人もいなくなっていた。ツグミは1人で薄暗い通りに出ると、ゆっくりと深呼吸した。こんな陰気な通りだけど、硫黄の臭いに較べるとよほど新鮮に思えた。
しばらくして店の中に戻った。まだ硫黄の臭いが店に残り、どんより曇っているように思えた。モップ頭のバイト青年は、殊勝なことにカウンターを守り続けている。
ツグミは奥へと入っていった。硫黄の臭いはさらに深さを増していく。そんな中で、岡田がスツールに腰を落とし、がっくりと肩を落としていた。ショックは相当大きかったらしい。頭の白髪が、一瞬にして大量に増えたような気がした。
ツグミはむしろほっとしていた。もしレンブラントの『ガリラヤの海の嵐』がこんなところで発見されたとなれば、事件としては大きすぎだ。できれば、そんな事件と接したくなかった。
「もう、この絵は売ったら駄目ですよ。贋物とは知らなかった、なんて言い訳、通じませんから」
ツグミは冷淡な感じに忠告した。
忠告しないと、岡田は平気で人に売っちゃうだろう。それに、この絵には犯罪の臭いがする。最初に考えたように、この絵は『絵のロンダリング』の最中だったに違いない。
ツグミはもう一度、絵の前に近付いて、『ガリラヤの海の嵐』を見上げた。
側で見ると、凄まじい迫力だった。贋物だとわかった後でも、心掴まれる力強さがあるように思えた。果たして、図版を右手に置いて写し取っただけで、ここまでの迫力は生まれるものだろうか。
見ていると、ふと胸の深いところで、トクン、と打つものを感じた。
覚えのある感覚だった。というより、絵を見た瞬間からそれを感じていた。見ていると、不思議なくらい切ない気持がこみ上げてくるような、そんな感覚を……。
もしツグミの直感が正しければ、この贋作の作者は……。
「どうした、嬢ちゃん。いい男でも見つけたか」
岡田が傷心を引き摺りながら、それでも冗談を言う。
冗談なのは重々わかっている。それでも岡田の言う冗談には、いちいちカチンと来るものがあった。
が、今は苛立ちをぐっと抑えた。
「この絵の出所、教えてくれますか」
ツグミはもう少し深入りしてみよう、と考えた。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。