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■2015/12/18 (Fri)
創作小説■
第7章 王国炎上
前回を読む
8
雨が降って、とつとつと音を立てていた。ソフィーは馬の背に乗り、手綱をしっかり握ったまま眠っていた。バン・シーがソフィーの馬をひいて、速度を落とさぬように走っていた。
ソフィーは雨が頬を叩く感触に、はっと目を覚ました。
ソフィー
「ごめんなさい。眠っていました」
バン・シー
「構わん。キール・ブリシュトの戦いから3日眠っておらんのだ」
バン・シーはソフィーの馬から手を離した。
ソフィーは目を擦って、馬の上で姿勢を正し、手綱を握り直した。いつ眠りに落ちたのか、覚えていない。
2人は森の深い小道に分け入り、岩が剥き出しになった険しい荒れ地を進んでいた。人知れぬ道で、バン・シーの案内がなければ、道を見付け出すのは困難な場所だった。
ソフィー
「…………。バン・シー様。あなたの目論見はなんですか」
バン・シー
「いきなりだな」
ソフィー
「あなたはいい人です。でもあなたは人生を愛していません。ただ目的にために生きています。私を連れ出したのは、単にお人好しのためではないのでしょう」
バン・シー
「ならばそなたはなぜ誘いに応じた」
ソフィー
「守りたい人がいるから。その人に認めてほしいから」
バン・シー
「それは私も同じだ。ただ守るものが違う。それだけだ」
短く、沈黙が降りた。ソフィーはバン・シーの横顔をちらと見た。
ソフィー
「あなたは……それで幸せなのですか?」
バン・シー
「幸福か。そんなものは捨てた。そなたの言うとおりだ。私は人生を愛していない」
ソフィー
「寂しくないですか」
バン・シー
「乙女よ、世界はもっと大きい。人生には選択しなければならない時がある。その時に多くの望みを捨てねばならない。しかし私に後悔はない。だから恐れも迷いも、私には何も感じないのだよ」
ソフィー
「……私にはできません」
うつむいてソフィーは呟いた。バン・シーの言葉をすぐに理解できず、頭の中が混乱しそうだった。
バン・シー
「さあ、ついたぞ」
森の中に、森の風景に混じるようにひっそりと庵が1つ建てられていた。屋根があるだけでそれは住居と呼ぶには遠く、何か宗教的な場所に思えた。
2人は馬を止めて、挨拶もなしにその中に踏み込んでいった。ソフィーは庵に入った瞬間、峻厳な気配を感じてはっと足を止めた。まるで森の神と一体となるかのような深い深い意識が横たわっていた。その空気を庵の奥にいる導師から発せられているとすぐに気付いた。
ソフィーは導師の前まで進むと、膝を着き、頭を下げた。かの者は無名なれど、今まで知る賢人の中でも特別な存在であると直感で理解した。
老賢者
「そなたか。……世の中にはわからぬことが多すぎる。大抵は理解したつもりで調子よく生きていくものだ。しかし問題はもっと簡単で根本的だ。バン・シーよ、そなたの本当の名はいったい何だ?」
バン・シー
「人生には知らぬほうがいい事実がいくらでもあるし、どんなに手を伸ばしても大抵は知り得ない。それよりも今日は急ぎ頼みたいことがある。この娘に『大結界』の術を伝授して欲しい」
ソフィーは導師の前に出て、改めて頭を下げた。
しかし老賢者は少女のほうを見ずに、首を横に振った。
老賢者
「相変わらず無理をお言いになる。バン・シーもあの呪文の長さは知っておるだろう。急ぎと言っても正しく伝授しようものなら、少なくとも3年……。こんな年頃の娘だと……」
ソフィー
「いいえ、お気遣いなく。一度聞けば全て覚えられます」
決意に満ちた目で、ソフィーは老賢者に答えた。
老賢者
「……ほう」
老賢者は訳知り顔でバン・シーに目を向けた。バン・シーは目だけで導師に答えを返した。
老賢者
「いいだろう。始めるぞ」
老賢者の身から、これまでになく峻厳な気配が溢れた。長い長い呪文の始まりである。
次回を読む
目次
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■2015/12/17 (Thu)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
11
大原紀明の父、眞人は倉敷を代表する財閥一族の1人だった。眞人は科学繊維工業を一から興し、瞬く間に巨大な事業に成長させた(※)。眞人は美術に対する造詣も深く、かの『大原美術館』の建設にも大きく貢献したと言われている。美術館に収蔵されている美術品の何割かは、大原眞人の目利きによって蒐集されたそうだ。
その眞人が死去したのは1年前。77歳の大往生である。
眞人の跡を長男である紀明が事業を引き継ぎ、科学繊維工業は最新の技術を取り入れてさらに発展した。また寄付によって病院や研究所も作られ、地元に大きな貢献をしている。
「父は実業家として本当に有名だったからね。葬式には、それこそ大変な人が集ったよ。対応するだけでも大忙しだったね」
紀明は遠い思い出を話すように、宙を見上げた。大財閥の葬式となると、思い返す必要があるほど壮観なのだろう。ツグミにとって葬式といえば、母が死んで、家族だけのつつましい葬式を挙げた記憶しかない。父の太一はまだ死んだと思っていないから、葬式は断固として拒否し続けているが。
「その時に、誰かが『ガリラヤの海の嵐』を?」
ツグミは続きを促そうとしたが、ちょっと性急だったようだ。
紀明は首を横に振った。
「いいや。葬式から2ヶ月ほど過ぎてからだったな。ある日、ふらっと1人の若者が訪ねてきたんだ。あまり身なりのいい若者とは思えなかったので、追い返そうと思ったんだが、父の知り合いだというし、何となく不思議な感じのする若者だったのでね。それで家に上げたんだ」
紀明は話がうまかった。物語を語る調子で、淀みなく次々と話が流れていくようだった。
「その、男の人が『ガリラヤの海の嵐』を持ってきたんですね?」
ツグミは「若者」を意図して「男の人」と言い換えた。いよいよ核心に近付いてきた、という気分で、ちょっと身を乗り出した。
紀明は、訂正もせず、頷いた。
「そう。その男が『父に絵を預けていたから、この絵と交換して欲しい』と言うんだ。僕は『ガリラヤの海の嵐』を見て、『本物だ!』と思って、つい話に乗ってしまったんだ。ガードナー事件については知っていたからね。でも、まさか、あれが贋物だったとは」
紀明はまだ引き摺っているらしく、苦笑いを浮かべた。
あれなら、プロでも鑑定を見誤っても仕方のない完成度だ。とはいえ、普通、もう少し警戒するものだが。なにせ国際的な犯罪に関わった絵画なのだから。
「紀明さんは、美術にはお詳しいんですか?」
本題から脱線するが、ツグミは気になったので、あえて訊ねてみた。
「いや、美術に詳しかったのは父だよ。僕はさっぱりでね。でも、家に美術品がたくさんあるから、今、勉強中なんだ」
紀明は最近始めた日曜大工の趣味でも語るように、照れくさそうにした。
ツグミは「成程」と納得した。建築のセンスのよさや、女中たちの教育のよさは、紀明によるものではないらしい。
失礼だから心にしまっておくけど、紀明の美的センスは、眞人に遠く及ばないようだ。床の間の贋作だけではなく、他にも真贋の区別を付けられず買ってしまったものがたくさんあるのだろう。
しかし、聞かれもしないのに、わざわざ贋作だと指摘する必要はない。勉強を続ければ、いつかは自分で贋作と気付くはずだから。
※ 実在する大原財閥をモデルにしているが、あくまでも物語中のフィクションである。物語中の眞人や紀明といった人達は実在しない。『大原美術館』も実在する美術館だが、あくまでも物語中の空想である。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/12/16 (Wed)
創作小説■
第7章 王国炎上
前回を読む
7
大門の前にテントが築かれた。セシルはテーブルの上に地図を広げた。王城周辺の1万分の1地図で、東西の海外線のおおよその形が描かれ、南は街道の分かれ道まで描かれている。土地の者の目にも、信頼し得る正確な地図であった。ブラン
「征旅の最中で、東、西の両側からネフィリムの大軍が移動しているのを見た。小規模の軍団なら潰したが。まるでガラティア全体がヤフーまみれになったようだ。第2陣、第3陣、ともに数は3万を越える。見慣れぬ巨人もいたぞ」
セシル
「どれくらいかかるか、わかるか?」
ブラン
「第2陣は明日の明け方頃になるだろう。第3陣は同じ日の夕刻頃……。その後方にもまだまだ続いている。戦いは長引けば不利になるだけだ」
セシル
「……もう間もなくか。3万の軍勢相手に短期決戦を繰り返すとは」
気が遠くなりそうな話だった。
勝利宣言が下された後だが、現状では戦闘はまだ続いていた。ネフィリムはどれだけ数を減らそうとも戦意喪失はしない。まだ前線では千体近いネフィリムとの戦いが続いていた。
戦場では夥しい数のネフィリムの死体が積み上げられていた。手の空いた兵士達が死体に火を付けている。炎は赤くならず、黒い色で燃えて辺りを照らさなかった。煙も真っ黒で、その周囲を通り過ぎようとすると、黒い灰で服が真っ黒に染まった。それに、凄まじい異臭だった。黒い煙の中で、悪霊がゆらめくようにすら思えた。
セシルは休む間もなく、次の戦いに備えて大門の前にテントをいくつか張り、そこを即席の司令部とした。参謀達が集まり、地図を広げて議論している。
兵士達は休まず働いている。騎士団の進撃の邪魔になるネフィリムの死体が片付けられ、新しい武器が支給され、大急ぎで食事を済ませている。
間もなく夜明けが来る。兵士達は不眠不休で働いて、すでに疲労は限界に達している。それでも誰一人休む者はいなかった。
ブラン
「しかし一体なにがあった。私はお前さんが蛮族と戦っていると聞いて兵を動かしたのだが」
セシル
「そうだとも。人間同士の戦いだった。しかしネフィリムの戦いはそれ以前から始まり、決着を放棄してきた。いつかケリをつけるべき戦いであった」
ブラン
「我々もできる限りの協力をしよう。ヤフーどもの脅威は遠からず我らの国に……いや世界中が向き合わなければならなくなる問題だ。叩くなら、今だ」
セシル
「うむ。助かる」
セシルが遠くを見た。地平線が白みはじめていた。大地は暗い灰色に浮かび、そんな不吉な夜明けを背負うかのように、風景の向こうに次なるネフィリムの大軍が現れるのが見えた。
セシル
「オーク。戦いの準備は?」
オーク
「完了しています。合図があればいつでもいけます」
セシル
「よし」
オーク
「……セシル様。少しお休みになってください。悪魔との戦いから、3日眠っていません」
セシル
「それはそなたも同じであろう。兵士らが命を賭して戦っている最中に眠ってなどいられるか」
オーク
「…………」
悪魔との戦いの時、その中心はセシルであった。最も危険な戦いを挑んだのはセシルであった。今もそれは変わらない。ネフィリムの第2陣が来れば、再びセシルの戦いが始まる。王族ゆえの宿命の戦いだ。この数日、真に命を賭けた戦いを続けているのは、セシルただ1人であった。
ネフィリムの戦いは目前に迫っていた。ネフィリムの軍勢はまるで先の戦いなどなかったかのような大軍勢を率いて王城に向かってきていた。
明け方になると、空はことさら暗くなり、やがて雨が降り始めた。
※ ヤフー 「ならず者」という意味。『ガリバー旅行記』に登場する。ここではネフィリムへの蔑称として使われている。
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■2015/12/15 (Tue)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
10
大原紀明は、品の良さそうな男だった。角ばった顔のつくりだが、端整で、若い頃はもてただろう、と何となく想像できた。格好はワイシャツに紺のスラックスと普通の格好だが、それだけに姿勢のよさが際立った。何か軽めのスポーツをしているタイプの、細身だがひきしまった体格をしていた。50過ぎの年齢を感じさせない若々しさがあった。
紀明は軽い調子で切り出してきた。
「それでは、さっそくだけど『ガリラヤの海の嵐』の鑑定結果を聞かせてもらえるかな。君が鑑定したそうだけど」
「そのぅ、……鑑定の結果は、贋作でした」
ツグミは座椅子の上で少し屈み込んで相手を上目遣いにするようにした。座面が高いから、そのままだと相手を見下しているようで、失礼な気がした。
「本当かね」
朗らかな紀明の顔が、驚きと戸惑いに歪む。
ツグミはちょっと緊張して、軽く息を吸った。
「簡単な科学鑑定を行いました。その結果、当時の絵具ではありえない成分が検出されました。だから、あの『ガリラヤの海の嵐』は、最近になって描かれたものと断定されました」
ツグミは理路整然と順序立てて話した。
すでに所有権を離れているとはいえ、お宝が贋物であると人に告げるとき、説明ではいけない。説得する必要がある。美術品の持ち主というのは、単なる愛着とは別の、強烈な思い入れを美術品に投影している。美術品が贋物と指摘されると、自分が否定されたような気分にすらなるのだ。
まさか「勘で判じた」などとは口が滑っても絶対に言ってはいけない。贋物であるという現実を受け入れるように差し向けないといけないのだ。
紀明は納得したように頷いて、うつむいた。
「そうか。贋物だったのか。君は腕がいいという評判を聞いたから、きっと本当なのだろうね。残念だな」
紀明は軽い失敗したみたいに、頭の後ろを掻いてみせた。
ツグミはほっとした。想像以上に人が良さそうだ。中途半端な金持ちが相手だと、こんなときは強情な態度に直面するものだ。「いいや、あれは本物なんだ」と。
「それで、その『ガリラヤの海の嵐』について聞きたい話があって、こうして来たわけですけど。あの絵は、この家の蔵から出てきたものですか?」
「いや、実はそうじゃないんだ。父が亡くなった後、しばらくして、ある人が訪ねてきてね。その人が『ガリラヤの海の嵐』を置いていったんだ」
紀明は、元の堅実そうな顔に戻って、話を始めた。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2015/12/14 (Mon)
創作小説■
第7章 王国炎上
前回を読む
6
セシルを筆頭に、騎士団はネフィリムの大群に猛然と突進した。荒ぶる騎士の激突が魔の軍団を踏み散らし、槍が敵をなぎ払う。銃眼からの攻撃も激しく、大地を覆うネフィリムたちに次々と矢を放った。しかし邪悪なる者に恐れや怯えはなく、いくらその眷属が倒され、殺されようともその勢いは衰えず、むしろ人間への怒りと憎しみを強力にさせて攻撃を続けた。やがてネフィリムの死体があちこちで山と築かれたが、ネフィリムは同族の死などなんとも思わず、自らそれを踏み越えて、あるいは蹴り倒して進撃を続けた。
ネフィリムは数ばかり多く、軍団を束ねる者もいなければ、規律と作戦すら持たない。ただ人間への怒りと殺戮の快楽のみで集まった烏合の衆に過ぎなかった。数は圧倒的だったが、知恵と力という面で、人間は勝っていた。騎士達の攻撃は指揮者によって統率され、西へ東へと素早く動いて敵を攪乱させつつ、攻撃した。
しかし戦いは果てしなく続いた。ネフィリムの数は尽きることはない。騎士は一瞬でも留まらず走り続け、槍を振るい続けた。銃眼の兵士達も休みなく矢を放ち続けた。
魔の眷属達は神の定める時の流れなど無関係であるかのように、勢いを決して衰えさせず向かってきた。
やがて夕暮れが迫り、暗い雲に閉ざされた大地は急な勢いで夜に飲み込まれた。いよいよ魔の者が本当の力を得る時間に至り、ネフィリムたちはますます勢い付いて、いまだ光を残す西の空に、不快極まりない怒号を上げた。
その時だ。
見張り
「待て! あれは!」
見張り塔の兵士が叫んだ。地上の騎士達には見えなかったが、銃眼の兵士達はそれに気付いて喝采を上げた。
闇に落ちかけるかすかな地平の光の中に、その彼らは白銀の鎧を身にまとい、松明と光の国璽を記した旗を翻させながら、ネフィリムの大群を背後から強襲した。
ブラン率いるブリタニアの騎士団であった。その数は2000騎。乗り手はブラン騎士団の中でも屈強の戦闘集団である重騎兵であった。
突然の攻撃と凄まじい突撃に、ネフィリムの軍団はブラン騎士団に蹴散らされた。ブラン騎士団はまるで大海を分ける預言者の如く一気に王城を目指して突き進んだ。
セシルたちもブラン騎士団に気付いた。セシルは騎士団を指揮すると、ネフィリムの軍勢の只中を突き進み、もう1つの奇跡のように大群を2つに引き裂いた。そしてその中腹で、両軍の指揮官は視線をすれ違わせた。
ブラン
「ブラン騎士団、今ここに参上せり!」
セシル
「助かった。そなた達には勝者の取り分を与えよう」
ブラン
「堅苦しい歓待などいらん。ブリタニアは前衛的な生き方を望むのでな。城の守りが無防備であるぞ!」
セシル
「うむ。一気にカタをつけよう」
形勢逆転。ブリタニア騎士団の援護を得たガラティア軍は勢いを取り戻し、ネフィリムたちを圧倒した。騎士団は魔の軍勢を強引に突き崩してその足並みを狂わせ、さらにその上に歩兵団が投入された。
ネフィリムの軍団は急速に勢いを弱めていく。あの平原を埋め尽くさんばかりだったネフィリムは瞬く間に数を減らし、終わりがないと思えた戦いは急速に展開し、深夜を過ぎる頃、セシルは一応の勝利宣言をした。
※ 勝者の取り分 猪料理のもっとも美味い部分。戦の功労者に与えられる。
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