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■2016/01/08 (Fri)
創作小説■
第8章 秘密都市セント・マーチン
前回を読む
1
王の寝室。そのベッドに、ヴォーティガン王が横たわっていた。側に、何人もの医者とドルイド僧が寄り添っている。王はこれが最後だというふうに、身動きもできず、喘いでいた。その寝室に、バン・シーが入る。寝室にいた一同は、バン・シーに恭しく頭を下げて、迎え入れた。
バン・シー
「無茶をしたな」
王
「…………」
ヴォーティガン王は何か言おうと口を開いた。しかし言葉が発せられるほど体に力はなく、ただぜいぜいと喘いだだけだった。
それでもバン・シーは相槌を打った。
バン・シー
「わかっている。しかしそなたは一国を治める者であり、業病の身だ。もう少し立場をわきまえるべきだったな」
王
「…………」
王はまた何か言おうとしたが、やはり発せられなかった。
バン・シー
「案ずるな。もしかしたら、希望は見出せたかも知れん。――かの者……。もしかしたら私の思い込みかも知れん。だが、確かめる方法は1つだけある」
王
「…………」
今度は何かを訴えかけるように目が見開かれた。
バン・シー
「心配してくれなくていい。いずれこうなるとわかっていたし、運命なのだよ。覚悟はできている」
王
「…………」
バン・シー
「……お別れかも知れんな。さらばだ、王よ」
バン・シーは王の寝室を後にした。
バン・シーは廊下に出て、城下町を見下ろした。あの戦いからまる1日。あまりにも長く激しい戦いの後で、誰もがまだ茫然自失としていた。街は誰もいないみたいに沈黙している。歴史を刻んだあらゆる建物が突き崩され、大通りは放置された死体で溢れていた。
ソフィーの大魔法が発動されてから、街は巨大な結界に守られている。ネフィリムの大軍は王城にすら近付けず、あれほど暗く曇っていた空は、今は明るく晴れている。
しかし、晴れているのはこの王城の頭上だけだった。見渡す限り暗雲が覆っている。この平和も、城と城下だけに過ぎず、しかも仮初めのものに過ぎない。一週間もすれば、魔法の保護は街から消えて、再び修羅と化すだろう。
それより先に、何もかも手を打たねばならなかった。
次回を読む
目次
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■2016/01/07 (Thu)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
21
ツグミは個人スペースに入って、慎重にドアを閉じた。急に外の世界から隔絶されて、音も誰かの目線もなくなった。その代わりに、頭上にこれ見よがしな監視カメラが設置されている。ちょっと耳の奥に「キーン」と来る間があった。ツグミは頭を抑えながら頭痛が去るのを待ち、それから個室全体を見回した。
個人スペースは小さな空間だった。手前に壁に、小さなカウンターと安っぽい回転式スツールが置かれている。
カウンター手前の壁右側に、カードの差込口があり、差込口の上に小さなモニターが設置されていた。モニターはブルーのバックで、『カードを差し込んでください』と表示していた。
スツールに座ると、ちょうど目の前になる位置に、四角に区切られた枠があり、把手がついていた。これが貸金庫なのだろう、と想像できた。
ツグミは椅子に座り、カードを差込口に通した。
モニターが「ピコッ」と音を鳴らし、壁の向うで何かが動く音がした。おそらく無数にある貸金庫が順繰りに移動して、枠の前に来ようとしているのだ。
すぐに開くのかな、と思って、落ち着いて椅子に座って待った。緊張したり動揺したりだったから、少し気持ちを鎮めたかった。
やがて機械が止まった。枠の向うで、何かが接触する感覚があった。ツグミは把手を掴もうと手を伸ばした。
しかし、モニターに何か表示されているのに気付いて、振り返った。
『暗証番号を入力して下さい』
文字の下には8桁の「*」と0から9までの数字が並んでいた。どこにもテンキーがないから、タッチパネル方式だ。
暗証番号! ツグミは目を見開いて身を乗り出した。そんなの、聞いてない。コルリからも教わらなかった。それ以前に、暗証番号なんて知らない。
どうしよう。ツグミは改めてカードを確かめた。それらしい何かが書いていないだろうか。
いくらカードを見ても、銀行の住所しか書かれていない。数字といえば、住所の番地だけだ。
モニターは無表情に『暗証番号を入力して下さい』と表示し続けている。完璧なポーカーフェイスと対戦している気分だった。
ツグミはモニターに指を近づけた。指が震える。喉が渇き、息を飲み込んだ。
『4896―7652』
でたらめに、それらしい数字を入力した。
『番号が違います』
ピーッと、静寂の中で聞くにはあまりにも大きすぎる音がした。
ツグミは椅子の上で仰け反った。すぐに元の入力画面に戻ったが、生きた心地がしなかった。
胸がさっきよりも動悸を早めていた。脇の下に滲み出た汗が、ブラを通り過ぎて腰の辺りにツツーッと落ちていく。
『・5・0・8・6・』
途中まで入力しかけてやめた。『か・わ・む・ら』の語呂合わせのつもりだったが、無理やりすぎだ。それに、『しゅ・う・じ』に合う数字がないし、一字足りなくなる。これは違うだろう。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2016/01/06 (Wed)
創作小説■
第7章 王国炎上
前回を読む
17
その時、魔法が発動した。瞬間、衝撃が起きた。
時間が止まっていた。何もかもが静止し、兵士が振り上げた剣はその瞬間で止まり、魔族の鋭い爪先が軌跡を描いた瞬間で止まり、吹き飛ぶ血潮も、崩れ落ちる建物も、何もかもがその瞬間静止していた。
そんな静止した瞬間の中、ソフィーがただ1人の住人となって、呪文の最後の一節を唱えていた。
時間が再び動き始めた。同時に光が広がった。地面の下から白く輝く渦が立ち上り、城下は真っ白な光に包み込まれた。闇の住者は光に囚われ、その体が宙に浮かび始めたかと思うと、その体が爆ぜ飛んだ。
兵士達は光に包まれていく街を茫然と見ながら、不思議な祝福に抱かれているのを感じていた。今まさに最後の一撃を与えようとしていたネフィリムが、光に押し潰されて消滅していく様を、ぽかんと見ていた。奇怪な現象が起きているのに、兵士達に恐怖はなく、心と体が同時に癒やされるのを感じた。
◇
ゆっくり昇ってゆく光に、悪魔が目を眩ませた。
セシルはその一瞬の隙を逃さず、その懐に飛び込んだ。ダーンウィンの一撃を食らわせた。
致命傷だった。悪魔の絶叫が轟いた。悪魔がよろよろと後退した。そこに、光が迫った。
悪魔は光に飲み込まれた瞬間、体が引き裂かれ、炎が噴き上がり、その炎で自らが燃え上がった。悪魔の巨体は持ち上げられ、ばらばらに崩れ、灰となり、灰が光の粒になり、最後には光に飲み込まれて消滅した。
◇
バン・シーは光に包まれる街と、術者の姿を見ていた。
バン・シー
「……やったか。そなたなのか……ソフィー」
そう言いながら、一人で頷いていた。
◇
街は光に包まれ、その光はゆっくりと見えざる何かに引っ張り上げられるように上昇した。その光の中心で、美しき乙女が両掌を高く空へ掲げる。両掌に、2つの光の輪が煌めいていた。
光は人々を驚かせたが、しかし恐ろしさは感じず、むしろ暖かな安らぎがあった。
光はゆっくり時間を掛けて街全体を包み込み、すべてのネフィリムを倒し、悪魔を飲み込むと、そのまま天へと昇っていった。光が雲に触れると、弾かれるようにさっと散り、空に数日ぶりの光が射した。それを最後に、魔法の光は消滅した。暗雲が晴れると、夜明けだった。
勝利だった。
しかし喜びの声を上げる者はなく、ただ人々は驚くべき奇跡の前に立ち尽くしていた。
オーク
「……終わった。ソフィー。よくがんばりました」
オークがソフィーを振り向いた。ソフィーは意識を失って、ふらりと崩れる。
オーク
「ソフィー!」
オークはソフィーの側へと走った。
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■2016/01/05 (Tue)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
20
不意に番号札が呼び出された。ツグミははっと顔を上げて、カウンターに表示されている番号と、自分の手元の番号を確認した。私の番号だ、とツグミは慌てて立ち上がった。どれくらい眠っていたのだろう。疲れが少し飛んで、体が軽く浮かんでいる感じだった。
杖をついてカウンターに向う。若い女性の銀行員が待ち受けていた。銀行員はまず、ツグミに座るように勧めた。
「初めてのご利用ですか?」
銀行員は涼しげな営業スマイルで訊ねた。美人だったけど、ファンデーションの塗りすぎなのか顔がぼんやり白く浮かんで見える女性だった。
「いえ、その、預けたものを引き出したいんですけど」
ツグミは椅子に座ると、背負っていたリュックを膝の上に乗せて、サイドポケットからブルーのカードを引っ張り出し、銀行員の前に差し出した。
銀行員は素晴らしい笑顔で「お預かりします」とカードを受け取り、機械に通した。間もなくしてカードがツグミに返される。それから、何やらキーボードを叩いた。
「川村修治さん。……ご本人では、ありませんよね?」
銀行員が始めて、疑いの目でツグミを見た。
「え、その……。つ、妻です」
言ってから「しまった!」と思った。全身から冷や汗を噴出し、心臓が大きく跳ねて胸から飛び出してしまうかと思った。
しかし若い銀行員は、感心したみたいな微笑を浮かべた。
「へえ、そうなんですか。まだお若いのに、凄いんですね」
銀行員の顔に疑いなど一片もなく、むしろ尊敬の目でツグミを見始めた。
ツグミは居心地悪く、愛想笑いを浮かべた。
「あちらの3番のブースに入って、ガイダンズに従って下さい」
銀行員は丁寧に案内をして、最後にちょっと「がんばれ」みたいな顔をした。
ツグミは会釈しながら立ち上がると、逃げるように受付を離れた。騙したみたいで、後ろめたかった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2016/01/04 (Mon)
創作小説■
第7章 王国炎上
前回を読む
16
バン・シー「ナヴァン、無事か!」
バン・シーは思わず王を昔の名前で呼んで駆け寄った。
王
「バン・シーか。そなたが死神に見えたぞ」
バン・シー
「私は死神を欺いてきた人間だ。まだ死ぬな。――何をしている! 早く王を連れて行け!」
恐怖でまごついている女官に怒鳴りつけた。
とそこに気配がした。振り向くと悪魔がそこに立ちはだかっていた。
悪魔は先の一撃で横顔を歪ませ、バン・シーを憎しみのこもった目で睨み付けた。
バン・シーも憎しみを込めて悪魔を睨み付ける。
悪魔は口の中に炎を溜めた。全身の毛を逆立てさせ、口元の炎が大きく燃え上がった。 バン・シーも両掌に、魔法の光を輝かせた。
次の瞬間。炎と魔法が炸裂した。
激しいぶつかりあいだった。爆音が周囲に衝撃を走らせる。火の粉が派手に噴き上がった。
火の粉を割いて、光が走った。光の鞭が、悪魔の体を叩きつける。聖剣しか通じないはずの強靱な体が引き裂かれ、そこからどろりと血が垂れた。
手負いの悪魔はさらなる怒りに震えながら、魔術師を睨み付けた。
バン・シーも怒りでは負けていなかった。次なる一撃の備えて、呪文の詠唱を始めた。掌に雷の珠を浮かばせた。
その時だ。
セシル
「悪魔め! こっちだ!」
思いがけず声がした。振り向くと、城のバルコニーにセシルがいた。鎧すら身につけず、手には聖剣ゲー・ボルグがあった。魔を引きつけ、討つための聖剣だ。
バン・シー
「よせ! 無茶だ!」
しかし何者もそれを留められなかった。
悪魔はゲー・ボルグに引き寄せられるように、王子に標的を変えた。バン・シーは悪魔を引き留めようと光の珠を放った。が、とっさに放った攻撃は弱く、悪魔を引き留めるには至らなかった。
◇
街は炎に包まれ、魔の者に蹂躙されていた。全住民が戦いに無関係ではいられない混乱が広がっていた。
そんな最中、ソフィーの呪文は続いていた。街中に光の輪が次々と現れ、誰もがソフィーの詠唱を耳にした。
ソフィーの周囲にはいくつもの光の輪が浮かび、それはゆっくりと持ち上がってソフィーの頭上で折り重なって、複雑な図形を描き始めた。
しかし、かの防衛線もついに突き崩されてしまった。ネフィリムたちはバリケードを越えて、一気になだれ込んできた。
オークはそれでも踏みとどまって、通り過ぎようとするオークを斬りつけた。兵士達も戦い続けた。
オーク
「戦え! これ以上は一歩も退くな! ケルトの勇気と意地を見せろ!」
オークの檄が飛んだ。兵士達は最後の戦いに挑んでいた。
ネフィリムたちはソフィーを標的に定めた。オークはソフィーを守ろうと戦う。だが全ての刃を防げず、切っ先がソフィーの衣を引き裂いた。
しかしソフィーは、自身が斬られていると気付いていないみたいに、呪文を一呼吸も留めず詠唱を続けた。
◇
悪魔はセシルに近付き、捕まえようと手を伸ばした。セシルはそれをかわし、悪魔の体に飛びついた。悪魔はセシルを振り落とそうと、体を大きく揺り動かした。セシルは悪魔の体毛にしっかりしがみつき、ゲー・ボルグを振り上げ、悪魔の頭に突き立てた。
悪魔は痛みにのたうって、大階段を転げ落ちた。セシルは投げ出され、そのまま気を失った。
悪魔はすぐに起き上がり、セシルを探した。
セシルは悪魔の側で倒れ、気を失っていた。
悪魔は拳を振り上げた。セシルは目を覚ました。だが体に力が入らず、ぼんやりと悪魔の巨大な拳を見上げていた。
間一髪。兵士が飛びついて、セシルを救い出した。悪魔の一撃は、セシルの足下に落ちていたゲー・ボルグに命中した。聖剣の刃はその衝撃に砕け散ってしまった。
バン・シー
「セシル!」
バン・シーは何かを投げ渡した。セシルは考えるより先に、それを受け取った。聖剣ダーンウィンだった。
悪魔が振り返った。セシルも悪魔と対峙した。両者の目線が、炎の中で交叉した。
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