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■2016/01/28 (Thu)
創作小説■
第9章 暗転
前回を読む
1
ゆるい粉のような雪が降っていた。ソンヌ河を背景に、ブラン率いる軍が布陣を敷いていた。東西が森に囲まれた平野に、重騎馬兵2万5000騎が戦いの時を今か今かと待ち受けていた。
冬の景色はますます濃くなっていき、今朝からちらちらとゆるく雪が降り始めている。風景は白く霞み、川の向こうの城――アジャンクールも淡く霞んで見えた。
ヘンリー王が休戦を破り、突然の侵攻を開始してから数ヶ月。ブリデン軍の勢力は圧倒的でブリタニアの街や村は瞬く間に制圧されていった。が、しかしブリタニア側には地の利があった。援護のない敵地の只中において、ブリデン軍は次第に力が削がれて行き、兵の数を減らしていき、今や敗戦必死という体で慌てて逃げ帰ろうとしていた。
そこを、ブランの重騎兵が待ち構えていた。ブリデン軍を壊滅させ、首謀者たるヘンリー王を人質に捕らえようという考えだった。
このソンヌ河を乗り越えれば、海岸はすぐそこである。ブリタニアにとってもブリデンにとっても、この戦いが最後のものだった。
やがて向こうの平原にブリデン軍の姿が見え始めた。騎兵の数はほとんどなく、大弓ばかり手にした僅か5000人の兵団であった。それは2万5000人の重騎兵を前にすれば、こじんまりとした勢力にしか見えなかった。
ブラン
「……あれだけか。皆聞けい! 我らの勝利だぞ!」
ブランが嘲るように言う。ブリタニア騎兵たちに笑いが起こった。実際、勝敗は明らかなように思えた。
しかしブリデン軍は不気味なまでの無感情さで足並みを揃え、ブリタニア重騎兵に接近していた。迷いも恐れもないように思えた。
その姿がなんとなく異様で、ブランに笑みが消えた。奇妙な不安――いや予感のようなものが頭をよぎった。
※ この場面は1415年の「アジャンクールの戦い」をヒントに描かれていますが、実際の歴史とは一切関係ありません。あくまでもファンタジーです。
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■2016/01/27 (Wed)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
31
しばらく経って、再び階段を降りてくる音がした。ツグミはあっと首を伸ばして、コルリが廊下から顔を出すのを待った。コルリが画廊に姿を現し、靴を履いた。
「ルリお姉ちゃん、何やったん?」
ツグミは改めて、何をしてきたのか訊ねた。
「これこれ」
コルリは靴の踵を踏んで立ち上がりながら、手に持ったものを見せた。
コルリが持っていたのは、両掌よりちょっと大きいくらいの、小さな箱だった。その上に、DVDジャケットが一つ置かれていた。
ツグミはすぐに、ポータブルDVDレコーダーだと気付いた。その上に置かれているのはDVDソフトだった。
ポータブルDVDプレイヤーは随分前に光太からプレゼントされたものだったが、狭い妻鳥家では置く場所がなく、結局物置にしまいこんでしまったのだ。未だに古いブラウン管テレビやビデオが主流の家庭で、新しい機種が入る余地がなかったのも、妻鳥家でDVDが流行らなかった理由だった。
しかし、どうして今、ポータブルDVDプレイヤーなのだろう。
コルリがテーブルにソフトを置き、ポータブルDVDプレイヤーを入れた箱をあけた。ほとんど新品状態で袋に包まれている本体を引っ張り出し、電源コードを繋いだ。
ツグミはDVDソフトを手に取り、タイトルを確かめた。『完璧な青(※)』だった。ツグミはそのタイトルを見て、うぅ、と憂鬱を感じた。
「今からこれ見るん? 何で?」
ツグミは消極的なものを滲ませながら、訊ねた。
ツグミの嫌いな作品、とまでは行かないまでも、苦手な作品だった。前半は問題なく見られるのだが、主人公の裸が出てくるところから先は、恥ずかしくなるので未だに最後まで見ていなかった。だから映画の結末もよく知らない。
「ちょっとな。見ながら説明するわ」
コルリがプラグをコンセントに差し込みながら説明した。コンセントは電話棚の横で、テーブルから落ちたケーブルが、波打ちながら床を横切った。
※1 完璧な青 架空のアニメーション映画。実在しない。1998年2月26日公開。アイドルだった少女が、女優として成長していく物語。緻密に作られたリアルな描写が特徴。今井敏監督(※2)。
※2 今井敏 架空の人物。実在しない。『完璧な青』でデビューを飾り、『シティー・ファーザーズ』『フォーエバー・アクトレス』などアニメーション映画の傑作を制作した。緻密な描写、トリッキーなイメージの合成は今井敏監督ならではの個性であり、世界的な評価も極めて高い。これからが期待される監督だったが、膵臓癌のために2010年死去。享年46歳。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
■2016/01/26 (Tue)
創作小説■
第8章 秘密都市セント・マーチン
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10
西の最果て。ごつごつとした黒い岩ばかりの風景が広がっていた。風が強烈で、びゅうびゅう音を立てていた。そんな岩山に、ささやかなテントが作られていた。強い風で、今にも吹き飛ばされそうな弱々しさだった。テントの周囲にいる人達も、長い衣と髪の毛を逆立てさせている。そんな場所に、あの赤毛のクワンがやってきた。両脇を鎖帷子の兵士達に抱えられて、赤毛のクワン自身はもう体力も気力もないというふうに引き摺られていた。城の牢屋を脱出した時よりも、だいぶ痩せてやつれているように見える。
兵士達はテントの外に立っている男の前に進み、赤毛のクワンを放り出すようにした。赤毛のクワンが黒い岩場にどさりと倒れる。
ジオーレ
「何か報告かね」
男は身が細く、頭には若々しい金髪が揺れていた。戦いを好むようには見えなかったが、その顔には冷血な笑みが浮かんでいる。真っ白な衣を身にまとい、衣の胸のところに赤い十字が描かれていた。
赤毛のクワン
「……あんたが探していたもの、やっと見付けたぜ。魔法の杖だ」
ジオーレ
「よくやった。場所はどこだ?」
赤毛のクワン
「簡単には教えねぇよ。秘密の里だ。詳しい者でないと、絶対案内できないところだぜ」
ジオーレ
「ほう。交渉か。だが悪いな。お前達にはもうお金を回す余裕がない」
赤毛のクワン
「馬鹿な! 俺達の協力なしで、どうやって戦っていくつもりだ。奴らは手強いぞ。金をよこしな。もう一度兵を集めて、今度こそ奴らを叩いてやる」
ジオーレ
「王国に送り込んだ……ウァシオだったな。あいつは随分いい暮らしをしているようだな。そろそろ我々の助力も必要あるまい。たかりはそれまでにするんだな」
赤毛のクワン
「ハハッ! 馬鹿な奴だ! こんな小勢で、どうやってあの国を滅ぼすつもりだ。どうやって乗っ取るつもりだ」
ジオーレ
「滅ぼす……? 人聞きの悪い。我々は神と平和を愛する信心深い神官であるぞ。滅ぼすのではない。幸福を与えてやりに行くのだ。それに兵士なら見よ、あそこにある」
ジオーレは岩山をひょいと登っていき、その向こう側を杖で示した。
赤毛のクワンも岩場を這いつくばって登ると、その向こう側を覗き込んだ。そうして、絶句した。
岩場の反対側は急な斜面になっていた。その奈落の下は、海岸に接している。そこに、ロマリアの軍艦が13隻。今まさに上陸しようとしているところだった。1隻はすでに碇を下ろし、乗組員がボートにのって上陸していた。
ロマリアの軍艦は大きな帆を広げ、帆には赤い十字が描かれていた。乗り込んでいる水夫や兵士達は何人くらいだろう。相当な数だった。
赤毛の山賊
「これは、ロマリアの船か……」
ジオーレ
「頭の固い本部が、ようやく私の言い分を了解してくれたらしくてね。北の愚かな邪教集団を改宗させよ、と正式に命令が下された。さあこれからだ。本当の戦いが始まる時だ」
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■2016/01/25 (Mon)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
30
それからツグミは、今日の出来事をコルリに話した。貸金庫で得たもの。宮川の車に待ち伏せされたこと。コルリは余計な口を挟まず、静かに話を聞いてくれた。時々、ツグミが詰まりそうになると、それとなく助け舟を出すみたいな感じだった。
おかげで、すんなりと話を終えられた。時刻はそろそろ5時半を回ろうとしていた。ガラス戸に射しこんでいた光はすっかり燃え尽きて、画廊に夜の影が薄く広がり始めていた。コルリが席を立って、画廊に明かりを入れた。
「それで、ツグミの描いた絵は? まだ持っとんやろ」
コルリは椅子に座りながら、ツグミの話の続きを促した。
「うん、リュックに入れてきたから」
ツグミはテーブルに置いたリュックを開けようとした。しかし、左手が塞がってうまく開けられなかった。
コルリに助けてもらい、物理のノートを引っ張り出した。一番後ろのページを開く。破いたところに、ノートが2つ折りにされて挟まれていた。
コルリは絵を受け取ると、一目ちらっと見て、「ぶふっ!」と唾を吐いた。
「うわぁ、これは酷い。さすがやツグミ」
それまでの深刻な雰囲気が一気に吹き飛んでしまった。コルリは一応「笑ってはいけない」と思っているらしいけど、どうにも堪えられず「ヒッヒッ」と声を漏らしていた。
「ルリお姉ちゃん、ちょっと笑わんといてよ」
ツグミは恥ずかしくなって、コルリの肩を掴んで揺さぶった。
確かにツグミの絵は下手だ。失笑を誘うものがある。しかし、今のこのタイミングで笑って欲しくなかった。
「ごめん、ごめん。えっと、これは……船?」
コルリは眼鏡を上げて、涙を拭った。それでも、口の端に笑いが残っていた。
「うん。船と港の絵やった。何か、桟橋みたいなところで。空が曇ってて、雨も降っとったわ。でも、どこの船かは全然わからなかった」
ツグミはムキになるみたいに、頬を膨らませて、早口になった。「本当は違うんだ」と伝えたかった。
元の絵は、ノートよりさらに小さな1号の絵だったが、素晴らしい作品だった。現物がもう存在しないのが、悔しかった。というより、燃やしてしまった判断を後悔し始めていた。
「でも、意味深やね。私はてっきり、ナントカ埋蔵金のありかを書いた地図でも出てくるんやと思っとったんやけどな。船かぁ。沈没船かな?」
コルリはやっと真顔に戻ったが、絵を手に首を捻った。
結局、川村がツグミに託したかったものとは、いったい何だったんだろう。むしろ謎を増やしてしまった感じだった。
短い沈黙が流れた。すぐにツグミが、あっと声を上げた。
「そうそう。実はまだあったんや。貸して。実は木枠のところにな……」
ツグミはコルリの手から紙を引ったくって、リュックに剥き出しで放り込んでいたボールペンを手に取った。
ツグミは書く前に、目を閉じて思い出そうとした。すぐに目を開けた。が、ボールペンの動きは慎重だった。
『川村鴒爾』
絵の右下。ちょうどサインを書く位置に、その名前を書いた。
「これは……」
コルリがサインを覗き込んで、顎を撫でた。ツグミはコルリの顔を見ながら、頷いた。
「絵の裏に名前が書いとったんや。多分、川村さんの本当の名前やと思う。あいつらに知られんの嫌やったから、わざと書かんかったんや。でも、なんて読むんやろう?」
ツグミはちょっと得意げになって説明し、最後で自信がなくなって名前を覗き込んだ。
見たことのない字だった。絵を記憶する要領で、形だけ覚えてきたのだ。だから書き順も、字のバランスもぐちゃぐちゃだった。
「川村……『レイジ』」
コルリはすんなりと、知っているみたいに文字を読み上げた。
「え、ルリお姉ちゃん、読めるの?」
ツグミはびっくりしてコルリを振り返った。
コルリはツグミに応えず、なにか考えるみたいに顔を上げた。目を閉じて、眉間に皺を寄せて「う~ん」と唸る。
ツグミは何も言わず、コルリが何か思い出すのを待った。
「やっぱ、あれやな。多分」
やっと何か思い出したみたいに呟いた。でも自信があったわけではないらしく、言った後で首を捻った。
コルリは何も言わずに席を立ち、まだ何か考えているみたいに腕組しながら、廊下のほうへ向かった。
「ルリお姉ちゃん? ねえ?」
ツグミは何だろう、とコルリの背中に声を掛けた。
しかしコルリは、もう自分の考えに閉じこもってしまい、何も答えず靴を脱いで廊下に上がってしまった。音を追いかけていくと、どうやら2階に上がっていったみたいだった。
ツグミは何となくぽつん、と寂しい気持ちで画廊に取り残されてしまった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
■2016/01/24 (Sun)
創作小説■
第8章 秘密都市セント・マーチン
前回を読む
9
王城の客室。そのベッドにソフィーが横たわっていた。目蓋がゆっくりと開かれる。
ソフィー
「……帰ってくるわ」
一ヶ月目を開かなかったソフィーが突然目覚めた。側にいた僧侶が慌てて部屋を出て、報告に向かった。
ソフィーは窓の外に目を向けた。窓の外は今まさに暗雲が散り、海に光が射し込んでいくところだった。ソフィーはその風景を見て、微笑んだ。
◇
2週間後。
生き残った戦士達が王城を凱旋した。
その数はわずか40名であった。ほとんどの者が失われてしまっていた。それでも戻ってきた者達は明るい笑顔を浮かべた。
迎えた人々は戦士達を祝福した。帰ってきた英雄達に尊敬を込めて手を振り、その名前を称えた。
戦士達の顔には、長き戦いの疲れが浮かび、鎧には血の跡がくっきりと浮かんでいたが、それこそ戻って来られなかった者達への供養だった。そんな姿であっても、戦士達の姿は堂々としていて、伝説の英雄の気風が漂っていた。
特に先頭を歩くセシルとオークの2人は英雄物語の主人公として最大級の賛辞が送られた。誰もがその名を呼び、誰もがセシルとオークに手を振った。
人々は英雄達の凱旋を一目見ようと長い長い列を作り、行く先を花で埋め尽くし、勝利と、勝利ともたらした者達を称えた。
セシル
「犠牲は大きかったな。誰1人代わる者のいない英雄だった。あの魔術師に代わる者など……」
人々に手を振りながら、セシルは落胆した声で言った。
オーク
「惜しい人でした。謎めいていましたが、ネフィリムを封印する術を知る唯一の者でした。それがあのように死んでいくなんて……。その名を残したくとも、名を知ることすらできませんでした」
セシル
「無理だよ。あの者は一度も名乗らなかったし、知っている者もいない」
オーク
「議論はおしまいにしましょう。3度目の災いが去りました。今は残された幸福を噛み締めましょう」
セシル
「……そうだな」
凱旋の列はどこまでも続き、セシルとオークを称える声はいつまでも途切れなかった。
やがて王城に辿り着くと、大階段の上で、すべての臣下たちと貴族達が礼服で英雄達を迎えた。その中に、ソフィーの姿があった。
オーク
「ソフィー!」
ソフィー
「オーク様!」
2人は駆け出し、大階段の上で抱き合った。ソフィーはオークの胸に顔を埋め、うっうっと咽び泣いた。
オーク
「ありがとう。――闇の中であなたに救われました」
ソフィー
「――えっ。私も、夢の中であなたに会ったような気がします」
オーク
「それは夢ではありませんよ。私たちは共に旅をし、共に戦ったのです。――ありがとう」
ソフィー
「……オーク様」
ソフィーはオークの首に縋り付いた。その顔に、幸福が浮かんでいた。
そんな穏やかな幸福の中で、ブランが武装した側近を連れて通り過ぎていこうとした。
セシル
「どこへ行かれる」
ブラン
「おお、セシル殿。勝利を祝いたいところだが、我々には我々の戦いがあるのでな。たった今はいった報告だが、ヘンリー王が休戦条約を破って我が領地に踏み込んできた。戦が迫っておる」
セシル
「色々と世話になった。そなたらの助力のお陰で勝利できたようなものだ。もしもの時は惜しみない助けをしたい」
ブラン
「ありがたいがな。しかし今は負ける気がせんのだよ。ブリタニアは必ず勝つ。――さあ堅苦しい挨拶はなしだ。友よ、さらば」
2人は握手して別れた。
セシルは城下を振り返った。そこには明るい笑顔で溢れていた。凱旋の興奮がまだ収まらず、セシルとオークの名を称える大合唱がいまだに続いていた。
空は明るく晴れて、光が満ち溢れていた。何もかもが希望に包まれているように思えた。この世の全ての不安と恐れがそこから過ぎ去ったように思えた。
セシルはそんな風景の1人となって頷くと、大階段を登っていった。オークもソフィーも手を繋いで、後に続いた。待ち受けているのは、腹の黒い貴族達と、庇の下の陰鬱な闇であった。
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