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■2016/02/12 (Fri)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
3
覆面車がコンビニを出ると、高田は車内灯を点け、スーツのポケットから手帳を引っ張り出した。「それでは事件について、お聞きします。110番電話と重なる部分がありますが、確認のつもりで答えてください」
「あ、はい。お願いします」
高田はツグミのほうに体を向けて、何かを読み上げる調子で言う。ツグミはやっぱり高田が恐い、という気持ちでちょっと上目遣いになって返事した。
「誘拐されたのは、お姉さんのコルリさんで間違いありませんね」
「はい、そうです」
高田は、メモを書きながら、ツグミをちらっと見る。三白眼の鋭さがより際立つ気がして、返事の前に「ヒィ」と声を上げそうになる。
「それで、お姉さんがいなくなった時、ツグミさんはどうしていましたか?」
高田はツグミを気にする様子もなく、事務的な調子で質問を続ける。
「えっと、私、2階にいました。この服に着替えていて……」
ツグミは耐えきれず高田から目を逸らし、説明しながら自分の服を見下ろした。
「それでは、いつ、お姉さんの誘拐に気付きましたか」
高田がまたメモに目を向けながらちらっと三白眼でツグミを見る。言葉の調子は変わらないのに、三白眼のせいでどうしても睨まれているような気分になってしまった。
ツグミは思わず言葉に詰まってしまった。いつコルリの誘拐に気付いた? どう説明していいかわからず、額に汗が浮かんだ。
「あの、カメラです。カメラが置き去りにされていたんです。ルリお姉ちゃんが出て行った後、1階の画廊に戻るとこのカメラが置いてあって……」
ツグミはしどろもどろになりながら、高田にEOSを差し出した。
高田はメモ帳を膝の上に置いて、EOSを受け取った。高田はまずEOSを確認するように全体を見た。
高田が電源を入れそうになかったので、ツグミは手を伸ばしてEOSの電源を入れて、ピクチャー・ボタンを押した。
EOSの液晶ディスプレイに光が宿り、高田の顔を薄く照らす。三白眼がやたら煌めいて、恐かった。
高田は表情を変えず、カーソルを操作した。あの潰れたコルリの顔が映っていたはずだけど、高田の表情はぴくりとも反応しない。
もしかしたら悪戯かと思われたのかも知れない。いや、高田は普段のコルリを知らないから、写真の異常性に気付かなかったのかも……。宮川大河の顔も写っているけど、そういえば高田が知るはずがない。
無言の間が気まずくなって、ツグミは落ち着かないような気持ちになった。
「わかりました。ありがとうございます。後で画像をコピーさせてください」
高田がEOSをツグミに返した。それから携帯電話を取り出し、何かしらの操作を始める。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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■2016/02/11 (Thu)
創作小説■
第9章 暗転
前回を読む
8
ある朝。まだ夜が明けたばかりで、兵士達はまだ眠っている。見張りの兵士が、静かな時間を過ごしていた。砦の周囲は暗く沈黙している。夜の気配がそこかしこに残っている時間だった。そんな最中に、騎士団が列を作って横切っていく。ルテニー率いる小隊だった。
ルテニー達は砦の中へ入っていき、そのままオークが過ごしている部屋へと入っていく。
ルテニー
「オーク殿。いま戻った」
オーク
「ルテニー。ご苦労様です」
ルテニー
「あれから2ヶ月か。大したものだな。こんなに変わるとは思わなかった」
オーク
「皆が協力してくれたお陰です。そちらから報告は?」
ルテニー
「……ふむ。できれば、信頼できる仲間だけで話したいのだが……」
◇
ルテニーの導かれて、オークは僅かな仲間だけを連れて草原を馬で走った。やがて、森の入口に小さな村が見えてきた。
だが、遠くから見ても、村の様子が正常ではないのがわかった。あまりにも静かだったし、生命の気配が感じられなかった。近付くにつれて、荒廃した様子がはっきり見て取れた。住人がいない。建物は放置されてしばらく経っているらしく、崩れかけている。
オークは村へと入っていく。馬から下りて、村の様子を調べた。死体がそのまま放置されていた。かなり白骨化が進んでいる。蠅があちこちに群がっていて、異臭を放っている。人も家畜も、殺されてずいぶん時間が経っている様子だった。
ソフィーが僧侶達に指示を出し、死体を集めさせる。供養のための祝詞を始めた。
オーク
「物取りは?」
ルテニー
「ない」
オーク
「ではネフィリムたちの仕業……」
ルテニー
「いいや。ネフィリムなら手当たり次第に破壊するはずだ。盗賊なら、目に付いたもの何でも奪っていくはずだ。そのどっちでもない」
オーク
「では何ですか?」
ルテニー
「オーク……。気をつけな。何か潜り込んでいるぜ」
オーク
「派遣された村人達の中に……」
ルテニー
「それもあるが、今回の遠征の人選を行ったのはウァシオだろ」
オーク
「疑問には感じていました」
ルテニー
「オーク。俺はあんたの味方だ。それは保証する。だが他はどうだかわからねぇ。俺達の仲間に何が紛れ込んでいて、何を計画しているのか……。気をつけたほうがいいぞ」
オーク
「……そうですね」
◇
オークは砦に戻った。
間もなく暮れかけようとしている。オークは砦のバルコニーから、兵士達の様子を見守る。みんな協力して秩序だって仕事しているように見えた。
だが、兵士達の中に、ちらちらとオークを監視するような視線を向ける者がいる……。
アレス
「オーク殿」
オーク
「……アレスですか」
アレス
「おっとすまん。考え事の最中だったか」
オーク
「いえ。それよりも……」
アレス
「ああ。何か手伝える仕事はないかな。居候の身だ。力仕事なら何でも言いつけてくれ」
オーク
「いい仕事がありますよ」
次回を読む
目次
■2016/02/10 (Wed)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
2
振り返ると、いつの間にか搬入用トラックが消えていた。そうするとコンビニに漂っていた慌ただしさが消えて、妙にしんとした静けさが辺りに広がるような気がした。コンビニの店員も客の姿も見当たらない。静かな風が、ひゅうと足下から忍び寄ってくるのを感じた。
日常の世界から、また再び非日常に引っ張り戻されたみたいだった。そんな中に1人きりで取り残されたみたいに思えて、ひどく心細く思えた。煌々と輝くコンビニの明かりが、どこかしら歪んでいるように思えた。
それに寒かった。トレーナーの下は下着だけ。興奮が去ったせいか、汗をかいていたからか、冷たさが急に背中から掴んでくるように思えた。
ツグミは電話機の上に置いたEOSを取り戻すと、自分を抱くようにして、辺りをきょろきょろと見回す。体が震える。息が白く固まった。
ちょっとだけ家に戻ろうかな……。寒いし、よくよく考えたらこんな格好で人に会いたくなかった。せめて上からコートを羽織るなりして、プライベートを隠せるような格好をしたかった。
そう思っていると、どこかでサイレンの音がした。サイレンの音はすぐに近くまでやってきて、次に真っ暗闇の中に赤く瞬く物が現れた。パトカーの警光灯だ。
コンビニの駐車場に入ってきたのは、ブラックのセダンだ。一見すると普通の車に見えたけど、ルーフに警光灯を乗せていた。
覆面パトカーと呼ばれるやつだろうか。ツグミはちょっと警戒するつもりで、セダンの中を覗き込むようにしながら、杖をついて近付いた。
セダンもツグミに気付いたみたいで、ツグミの前で車を駐まった。助手席の扉が開く。
現れたのは女だった。グレーのぱりっとしたスーツを着て、うなじをちらっと覗かせるショートヘア。小柄だがスタイルがよく、現れた瞬間、美人に見えた。
が、ツグミは女刑事の顔を見てぎょっとした。女刑事は、どぎつい三白眼だった。
「妻鳥ツグミさんですか」
女刑事は三白眼でしっかり妻鳥ツグミを見ながら尋ねた。声はやや甲高く、厳しそうな雰囲気があった。
「はい。私です」
ツグミはちょっとビクッとしてしまった。女刑事の三白眼と突き刺さるような声が、正直に恐かった。
女刑事はセダンを回り込んで、ツグミの前にやってきた。歩きながら、左の腕に『機捜』と書かれた腕章を付けた。
女刑事はツグミの前までやってくると、スーツの内ポケットから革のケースを引っ張り出し、開いて見せた。
「兵庫県警、機動捜査隊。高田香織警部補です。よろしく」
高田刑事は厳しい調子で、自分の名前と階級を告げた。
「はあ……あの、こちらこそお願いします」
ツグミはちょっとぼんやりと女刑事が示した警察手帳を覗き込んでしまった。本物かどうか確かめようというわけではなく、珍しかったからだ。それから、あっとなって高田に頭を下げた。
高田は警察手帳を内ポケットに戻すと、セダンに戻り後部ドアを開けた。
「どうぞ、乗ってください。自宅までお送りします」
高田の動作は、まるで軍隊か何かで訓練されたように、何もかもビシッとしていた。
「あ、はい。し、失礼します」
ツグミは気後れするように会釈すると、後部座席に乗った。
高田はツグミがちゃんと座るのを確認すると、静かにドアを閉めた。それからセダンの後ろを横切って、反対側へ回ろうとした。
「木野恵巡査長です。よろしく」
高田の動きを追いかけていると、急に別方向から声をかけられた。
急だったので、ツグミは振り返るものの返事を返せなかった。
声をかけたのは運転席の刑事で、三つ編みの髪に丸眼鏡をかけていた。童顔で、ちょっと見た感じ刑事というより大学生……いや自分と同じくらいの高校生くらいに見えてしまった。
木野はちらっと車の外にいる高田を確かめると、身を乗り出してきた。
「怒りっぽい人ですから気をつけてくださいね。あ、でもいい人ですよ」
木野は内緒話でもするみたいにヒソッと囁いた。それから軽く微笑む。人懐っこい笑顔で、今度は高校生を通り越して小学生の女の子みたいに思えた。
「はあ……」
どう反応していいかわからず、ツグミは気のない返事を返してしまった。でも木野の柔らかい雰囲気に、少しほっとするような感じもあった。
高田が反対側のドアを開き、ツグミの隣に座る。タイミングを合わせて、木野がエンジンをかける。高田がドアを閉めると同時に、セダンがスタートした。
「それでは行きましょう。妻鳥さんの家って妻鳥画廊ですよね」
高田はシートベルトをしながら確かめる。
「はい、そこの道をまっすぐ行って、次を左に曲がって……」
と思わず説明しかけてしまったが、相手は警察だったと気付いて尻すぼみになってしまった。車はすでに妻鳥家に向かって進んでいる。ちょっと恥ずかしかった。
「わかりました。木野さん、お願いします」
「は~い」
高田の感情のない指示に対して、木野が軽く返す。ツグミはなんとなく高田と木野のキャラクターを把握した。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
■2016/02/09 (Tue)
創作小説■
第9章 暗転
前回を読む
7
オークは砦の門を開け、流浪騎士団を招き入れる。騎士団は砦に入ると、持っている武器を兵士達に差し出す。砦の人達が集まり、旅の騎士団達を珍しそうに眺める。兵士達はまだ警戒の様子で騎士団を見ていた。
パッツォ
「いったい何者でしょう?」
ゼイン
「主君を求めて彷徨い続ける流浪の騎士団じゃよ。わしも会ったことがある。義理堅い良い連中じゃ」
アレス
「おお、ゼインではないか。久しいな」
ゼイン
「アレス! こんな暗い時代に喜ばしい再会じゃ。生きておったか」
アレス
「お前こそ。長生きはするものだな」
ゼインとアレスが抱き合う。
オークはアレス達を屋敷に招き入れた。さっそく料理が振る舞われる。流浪騎士団達は賑やかな様子で食事を始めた。
アレス
「ありがたいものだな。いつもこんな歓迎が受けられるわけではない。しかし、何があった。以前通りがかった時には、ここに人など住んでおらんかったが」
オーク
「王の命令で砦の復旧をしているところです。ブリデンに不穏な動きがありますから」
アレス
「東にはブリデン、南にはロマリア。ブリタニアはすでにブリデンに落ちた。誰も彼も、他人の土地を欲しがる。こんな時代に国を守るのは難しかろう」
オーク
「政治の話はよしましょう。旅の話を聞かせてください」
アレス
「子供のようなお方だ」
ゼイン
「この方は、これでも語り手であるぞ」
アレス
「そうかそうか。では語って聞かせよう。我々がいかにして旅を始めるようになったか……。250年前。俺達は海を越えた東の川辺に城を持つ一族に仕えておった……」
城は絢爛たる財宝に包まれ、多くの兵士に守られ、王の一族は古き伝統を守りながら、平和に過ごしていた。王の富は尽きることなく、民は暮らしは豊かだった。
だがある時から、南から異教徒達がやってきた。異教徒達は人々に「王が民を裏切っている」「王が民を虐げている」と悪い教えを吹き込んた。
民は次第に王を尊敬しなくなり、税も支払わなくなった。王は異教徒達を退けようと、弾圧を加え、追い出そうとした。しかし騙されている民は、王に反抗して異教徒達を守ろうとした。
異教徒達は軍団を結成して、王を城から引きずり出そうとした。王は民に協力を呼びかけたが、誰も助けようとしなかった。民は王を裏切り、異教徒達を助け、城を攻撃した。
ついに城は崩壊し、王は国から追放されてしまった……。
アレス
「……俺のご先祖は王に仕える一族だった。だが城から追放された後、王と我々騎士団は離ればなれになった。いつか再会を約束して」
オーク
「王国はその後、どうなりました?」
アレス
「崩壊したさ。民はようやく異教徒達に騙されたと気付いたが、その時にはすでに遅かった。長く続いた王国は失われ、土地に根づいていた暮らしは荒廃し、伝承も失い、人々は古里なき流浪の民となっていずこかへ去った」
ゼイン
「他人事ではあるまいな。わしらがその当事者になる可能性はいつだってあるからな」
オーク
「あなたがたは今も王を探しているのですか」
アレス
「うむ。王族は失われたわけではない。王族は宝である大事な魔法の杖を密かに持ち出し、今も受け継いでいるはずだ。そしていつか大いなる危機が迫る時に再会しよう。その時の証として、これを我々に託した」
アレスは首から金の飾りのついた宝石を取り出した。だが宝石は、半分が欠けていた。
アレス
「王の継承者は、今もこれを持っているはずだ。俺達は、これにぴたりと合う宝石の持ち主を探している」
オーク
「…………」
オークは考え込むようにうつむく。どこかで、似たようなものを見た記憶が……。
秘密の里……袖口に煌めく何か……。
アレス
「どうなされた?」
オーク
「いや。きっと思い違いです」
パッツォ
「途方もない話ですな。あんた達は本当にあんた達の王に再会できるのですかね。再会したところで、どうするおつもりでしょう」
アレス
「さあ、どうするだろうな。とりあえず、その土地を守るさ。俺の代で王に逢えるかもしれんし、子や孫の代になるかも知れん。だがそれでも先祖の言いつけだから、旅を続けるさ」
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目次
■2016/02/08 (Mon)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
1
ツグミはEOSを片手に持ち、画廊を飛び出した。杖をつきながら、全速力でコンビニを目指した。日が暮れると、兵庫区の町並みは急速に静まりかえっていく。家々の明かりが、点々と真っ黒なアスファルトに落ちていた。
時々、賑やかなテレビの音が漏れ聞こえてきた。どこの家庭もそろそろテレビでも見ながら夕食の時間だ。
ツグミは走りながら、ちらちらと辺りを見回した。はあはあと喘ぐ自分の呼吸が、ひどく浮かび上がって聞こえてくる。
そこはツグミがよく知っている、いつも歩いている通りだった。なのに、その瞬間だけは何もかもが奇怪に歪んでいるように思えてしまった。知らないどこかに迷い込んだような気がした。
間もなくコンビニの明かりが見えてきた。広々とした駐車場の向こうに、平坦な四角の建物がちょこんとと建っている。わずかな青を滲ませた闇の下で、コンビニは相変わらずの白色灯の光で満たされていた。
ツグミはそんなコンビニの明かりの前に来て、ようやく少しほっとするような気持ちになれた。どんな非日常が迫っても、あの周辺だけはいかなる異変のない日常を堅牢に守っているように思えた。
夕食前のピーク時間を過ぎているので、コンビニ内に客の姿はまばらだった。搬入用トラックが横付けされている。バイトが慌ただしく働いていた。
ツグミは駐車場を横切って、店舗脇に置かれている公衆電話の前へ進むと、EOSを電話機の上に置き、受話器を手に取った。受話器を握りながら、急に疲れが来たみたいになって、杖に寄りかかった。
ここまで来るのに、多分5分くらいだ。でも今日の分の体力を全部使い切ってしまった。普段の運動不足の皺寄せが、こんなところに出るとは思いもしなかった。
ツグミはちょっとかがみ込むようにして、受話器を持った手で胸を押さえる。心臓がトクトクと早瀬のように流れていて苦しかった。
やっと呼吸を整えると、迷わず緊急ボタンを押し、110番を押した。
「はい。兵庫県警本部です。何かありましたか」
オペレーターは若い女の声だった。はきはきとしていて、某教育番組の“お姉さん”みたいな印象だった。
「あ、その、人が、私の、えっと……」
あれ? えっと……。
ツグミの頭に言葉がどっと溢れてきて、自分でも何を言っているのかわからなかった。自分の混乱した言葉に、さらに混乱してしまう。
「落ち着いてください。ゆっくり、ゆっくり。息を吸って、吐いて……。それでは、もう一度お願いします」
オペレーターははきはきとしたお姉さんの印象を少しも崩さず、見事な手練を披露した。
「はい。あの……私の姉が連れ去られました」
ツグミはオペレーターの調子に釣られるように、さらりと言葉が出た。そう言ってから、自分の言葉に軽く驚いてしまった。
「誘拐事件ですね。犯人を目撃しましたか」
重大事件なのに関わらず、オペレーターは“お姉さん”的イメージを少しも崩さなかった。
「はい。いえ、あの、目撃はしなかったけど、犯人は宮川大河という男に間違いありません! あの、私、えっと……」
ツグミはうまく言葉を捉えられず、捲し立てるように言葉を並べるが、するとかえってもどかしい気持ちになってしまった。
「わかりました。すぐに巡回中のパトカーに指令を出します。あなたのお名前と、住所をお願いします」
まるで何かの司会進行の調子で、オペレーターのお姉さんは話を進める。
「はい。私、妻鳥ツグミと言います。住所は兵庫区の……」
ツグミもお姉さんの調子にうまく乗せられるみたいに、読み上げるみたいに自分の住所を伝えた。
電話はもうしばらく続いた。事件が起きたのはいつか。ツグミは事件の時、何をしていたのか。自宅電話の状況はどうなっているのか。ツグミの今の服装。犯人から身代金の要求などはあったのか……などなど。
「状況はわかりました。それでは、すぐにパトカーが到着しますので、受話器を置いて、そのまま現在地でお待ちください」
オペレーターは最後まで“お姉さん”的な調子だった。
「はい、お願いします」
ツグミはなんだか順路通りに歩かされたみたいな、変な気持ちになりながら、見えざる相手にお辞儀をして、それから受話器を置いた。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです