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■2016/02/27 (Sat)
第10章 クロースの軍団

前回を読む
 兵士が夜の王城へと密かに入っていく。兵士は見張りの兵士に注意を払いながら、廊下を静かに進み、ウァシオの部屋へと向かった。
 兵士はウァシオの部屋のドアをノックする。

ウァシオ
「入れ」

 兵士がウァシオの部屋へと入っていく。すると、剣の切っ先が兵士の首に当てられた。ドアの影に、ウァシオが隠れていたのだ。
 ウァシオの部屋は、何もかも質素倹約が守られる城の中にあって、豪華絢爛な調度品に囲まれていた。

ウァシオ
「どうした」
兵士
「報告があります。たった今、オークの暗殺に成功しました」
ウァシオ
「確かだろうな」

 ウァシオが剣を引っ込めた。

兵士
「間違いありません。北の砦、西、南西、ネフィリム討伐に派遣されたそれぞれの部隊も全滅しました。生き残った者も、命令通り捕虜にせず、処刑しました。セシルを援助する者は、もういません」
ウァシオ
「よし、よくやった! 奴の悪運もここまでだ。ただちに南へ行け。奴に連絡を取り、進軍させよ。障害はない。セルタの砦を破壊し、王城を占拠するんだ」
兵士
「はっ」

 兵士はウァシオに一礼して部屋を出て行った。
 ウァシオは部屋に1人きりになると、窓から夜空を見上げた。

ウァシオ
「私が王になる時が来た」

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■2016/02/26 (Fri)
第6章 フェイク

前回を読む

10
 何もしないまま、1時を回った。ふと妻鳥画廊のガラス戸の前に、誰かが立った。暖簾がかかっていたけど、逆光になっているので姿がくっきり写った。もじゃもじゃした髪を肩にかけた、小柄の女性のシルエットだった。
 ピンポーンとインターホンを鳴らす。
「はい」
 ツグミは返事をして、杖を手に立ち上がる。反射的にだったけど、ガラス戸に写ったシルエットに覚えがあるような気がした。
「ツグミちゃん? 私。いま忙しいん?」
 聞き覚えのあるおっとりした声が、ガラス戸の向こうから聞こえてくる。シルエットが画廊を覗き込もうとするようにガラス戸に顔を寄せた。
「かな恵さん」
 ツグミはやっぱり、と思ってほっとした。高田には「知り合いです」と伝えた。
 ツグミは杖を突いてガラス戸の前へ行くと、ロックを解除した。暖簾を描き上げて、ガラス戸を開ける。
 その向こうに現れたのは掛橋かな恵だった。胸に、板状の包みを抱えるように持っていた。わかっていたけど、ツグミはその顔を見て、気持ちが安らぐような気がした。
 かな恵はツグミにちょっと会釈すると、暖簾をくぐるようにして画廊に入ってきた。それから、画廊の中にいる三白眼の女性を見て、あっと口元を押さえた。
「ごめぇん、接客中やったんやねぇ。外で待っとくわぁ」
 かな恵はそう言って、高田に会釈する。高田も席を立って、かな恵に会釈した。
「あ、あの、そうじゃなくて……。この人、アルバイトなんです」
 ツグミは慌ててしまって、あり得ない話をしてしまった。コルリが誘拐されて、警察の人が来ているなんて、かな恵を巻き込むみたいで言いたくなかった。
 かな恵は、ツグミと高田を交互に見て、「え? え?」と声を上げた。さらに感心したように「へえ……」と高田をじっと見詰める。高田はかな恵に見られるたびに、会釈していた。
 ツグミは、後ろめたく感じた。「嘘ついてごめんなさい」と頭を下げたかったけど、ついにそのタイミングが見出せなかった。
「あの、それでかな恵さん……。あっ、絵を引き取りに来たんですね」
 ツグミは壁に掛けている『雨合羽の少女』の前に進もうとした。
「ああ、違うねん。欲しいけど、今日はちょっと……これを……」
 かな恵は言い出しにくそうにしながら、手に持っているものを差し出した。その時、ちらと高田のほうを見る。
 ツグミは何だろう、とかな恵が差し出したものを受け取った。緑の包みが被せられた、板状のものだ。開けるまでもなく、絵画だとわかった。ツグミが絵画を手に取ると、かな恵が包みを解いた。
 現れたのは3号のキャンバス。描かれていたのは、ニコラ・プッサン(※)の『アルカディアの牧人たち』の絵だった。3人の牧人が、墓石の前に集まっている。3人の牧人は、不思議なものを見つけたというような所作と顔で、墓石を覗き込んでいる。
「これは……」
 ツグミは、どういうことだろう、とかな恵を見上げた。
 明らかに模写だった。しかも、描いたのは掛橋かな恵だ。模写だけど、かな恵らしいおだやかさがあちこちに個性として現れている。色彩も、ニコラ・プッサンの厳格さというより、どこかしらぬくもりがある。ツグミじゃなくても、他の鑑定士が見てもかな恵の模写だと断じただろう。それくらいにかな恵の個性が現れていた。
 ツグミはかな恵の意図が読めず、不思議な心地でその顔を見上げた。
「あの、この絵な、美術館で内緒で手に入れたやつなんやぁ。だから、贋物だったら、ちょっとまずくて……。だから、なっ、ツグミちゃんにお願いしたいんやけど……」
 かな恵は声を潜めながら、何度もちらちらとツグミと絵を交互に見ていた。何かしら、言外に別の意味を含ませているみたいだった。
 ツグミは何だろう、と思ってもう一度、『アルカディアの牧人たち』の絵に目を向けた。すると、墓石のところ、本来「われ、アルカディアにあり」という意味のラテン語の碑文が描かれているところに、英語で「I hide here」と書かれていた。「われ、ここに隠す」だ。もちろん、墓石に刻まれているような質感で。
 ツグミはますます訳がわからなくなって、首を傾げてかな恵を見上げた。かな恵の顔も、もどかしいものが浮かび上がっていた。
「あ、あの、だから、秘密でお願いしたいんやぁ。ツグミちゃんにしかこういうのお願いできなくて。その……中のほうもしっかり見てくれるの、ツグミちゃんしかおらへんから」
 かな恵は困ったみたいな顔をして、しどろもどろな説明を始める。
「はあ……。それじゃ、これはお預かりしますね。あの……」
「内緒」
 かな恵は口元を隠して、ツグミだけに言うようにした。ツグミはまた「はあ……」とぽかんとする返事をした。

※ ニコラ・プッサン 1594~1665年。17世紀のフランスを代表する画家。ローマを拠点に活動し、英雄譚や神話をモチーフにした傑作をいくつも残した。

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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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■2016/02/25 (Thu)
第9章 暗転

前回を読む
15
 日が昇り始めて、空が血のような赤色に染まった。オークの命を受けた3人の兵士達が、草原を駆け抜けた。草の先に、血が飛び散ったような赤い色が映っていた。
 不意に、兵士の1人が馬を止めてしまった。

兵士
「何をしている」

 残る2騎も馬を止めて、振り返った。
 しかしその兵士は、2人が言うのを無視して、赤く染まる空を見詰めながら、何かを呟いていた。
 何も返事をしないのに、2人は何かあるのかと思い、彼が見ている方向を振り返った。
 と突然、兵士は弓矢を構えた。電光石火の速さで、1人を撃ち抜いた。

兵士
「おのれ、裏切ったな!」

 残る一騎が剣を抜いた。
 だが弓矢のほうが早かった。矢の一撃は、兵士の額を撃ち抜いた。
 すべてが一瞬だった。2人の兵士は絶命し、馬の上からずるりと落ちた。

兵士
「……貴様……いったい何者だ」

 最初の1人が、まだ息を残していた。
 裏切り兵士は倒れている兵士の側へ近付くと、冷淡に矢で狙いをつけて、その頭に一発、撃ち込んだ。

裏切り兵士
「異教徒の殺害は罪にならない。天国への道だ」

 裏切り兵士は、胸の前で十字を切った。
 裏切り兵士は、王城と別の方向に馬首を向けて、駆けていった。

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■2016/02/24 (Wed)
第6章 フェイク

前回を読む

 朝食は木野に作ってもらった。食パンを焼いて、チーズとケチャップを塗り、ソーセージを載せた、なんちゃってピザだった。
 朝食を終えるとツグミは浴室へ行き、シャワーを浴びた。妻鳥家の浴室は階段の裏側に置かれ、すこぶる狭かった。浴槽はそれ以上に小さく、左膝を曲げられないツグミは、長らく自宅の風呂に浸かったことはなかった。
 ゆっくりしたい時は姉妹3人で近所の銭湯へ行くのだけど、そういえばこの頃行っていないなぁ……と気付く。
 下着姿のまま浴室を出ると、2階の寝室に戻った。そろそろ11時になろうとしていた。学校には警察から電話を入れてくれたらしい。
 ツグミは箪笥を開けて、しばらく考えた。上はグレーのパーカー、下はチェック柄のプリーツスカートにした。さらにニーソックスを穿いた。チェック柄に合わせたつもりで、赤と黒の縞々になったやつだ。
 こんな格好で大丈夫かな? ツグミは衣装棚の戸の裏に貼り付けられた鏡の前でポーズを取ってみた。
 正面を向いて、少し手を広げて全体を見る。
 次に体を斜めに向けて、軽く腰に手を当てて、体のラインにシナを作ってみる。
 猛烈に恥ずかしくなった。それに鏡の中の自分は、ちっともオシャレじゃなかった。
 ツグミは杖を突いて部屋を出た。階段を下りて、画廊に入っていく。
 画廊に高田がいた。テーブルに着いて、色んな資料を一杯に広げていた。高田はその資料を見ながら、静かな様子でコーヒーを啜っていた。
「あっ、ツグミさん。昨日は、その、すみませんでした。私の配慮がないばかりに……」
 少し遅れて、高田はツグミがいるのに気付き、慌てて立ち上がり深く頭を下げた。
「いえ、いいんです。ちょっと恐くなっただけですから」
 高田があまりにも率直な感じだったので、ツグミも慌てた感じになって頭を下げた。
 そうやってお互いに恐縮して頭を下げたままでいると、急に沈黙が漂った。今度は逆に、気まずい空気が流れ始めた。
「あの、どうぞ座ってください。立ったままだと、つらいでしょう」
 高田は気を利かせて、椅子を勧めた。
 ツグミは高田に会釈して、椅子に腰を下ろした。
「私はどうすればいいんですか。何か仕事はありませんか」
 ツグミは不安な気持ちになって高田を見上げた。被害者家族はこういう時、何をしていればいいんだろう。
「いいえ。ゆっくりしていてください。ただでさえつらいでしょうから。誘拐犯が身代金に関する電話をかけてくる可能性が高いので、ここで待機していてください」
 高田の説明に、ツグミは納得して頷いた。
 電話はちゃんと修理したみたいだった。家の外で配線が切断されていたそうだ。ナイフで切った跡が残っていたから、間違いなく人為的なものだ。それに盗聴器も見つかった。妻鳥家は監視されていて、宮川たちはコルリが飛び出してくるのを待ち構えていたのだ。
 という説明が終わると、高田はテーブル一杯に広げた資料に集中し始めた。話題が途切れて、沈黙が漂う。
 ツグミは、高田が見ている資料を、ちらちらと見た。昨日鑑識が撮り集めた写真が一杯貼り付けてあった。刑事達が聞き込みしたメモも一杯にあった。高田はそれらを見ながら、小さなノートに何か考えをまとめているみたいだった。
 見ちゃいけないものなんやろうな……。
 ツグミは仕事の邪魔をしてはいけないと思い、画廊の天井を見上げた。
 正直言って、退屈だった。
 何気なく壁に掛けられた絵に目を向ける。自分自身をモデルにした、雨合羽の少女が目に付いた。
 絵の中の女の子は、あんなに素敵なのになぁ。
 ツグミは却って気分を沈ませた。モデルは自分なのに、別人のように思えた。私はあんなに可愛くない。目線を落とすと、センスの欠片もないプリーツスカートが目に付いた。

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■2016/02/23 (Tue)
第9章 暗転

前回を読む
14
オーク
「ソフィー!」

 オークはソフィーの姿を探して、屋敷の外に飛び出した。
 するとそこに、ソフィーが背中を向けて立っていた。深い緑だったはずのローブが、真っ黒になっていて、闇に溶け込みそうになっていた。

オーク
「ソフィー!」

 オークが駆け寄る。ソフィーの体が崩れた。オークはソフィーの体を抱き留める。

ソフィー
「オーク様……いったい何が」
オーク
「魔物に連れ去られかけたのです」
ソフィー
「えっ? そんな……」
オーク
「無事で良かった……」

 ソフィーの顔に困惑が浮かんだ。オークがソフィーを抱きしめる。
 と、そこに――。

アレス
「オーク殿! 危ない!」

 オークははっと振り返った。ナイフの刃がすぐそこに迫っていた。
 オークはとっさに身を返す。最初の一撃をかわし、剣を抜いた。だが勢いが強く、オークは尻を付いてしまった。
 ソフィーが杖を振りかざす。だが、杖は何の力も宿らなかった。
 そこに、別の裏切り兵士が飛び出してきた。オークの剣が振り落とされる。
 絶体絶命。
 だが裏切り兵士の体が吹っ飛んだ。オークは体を起こした。救ってくれたのはアレスだった。

アレス
「いったい何が起きた! こやつらも悪魔に操られているのか」

 アレスが動揺を込めた怒りの声を上げる。

オーク
「いいえ。しかしどうやら、悪魔に魂を売ったようですね」

 裏切り兵士達が暗がりからぞろぞろと現れる。
 戦いが始まった。同じ紋章を胸に抱いた兵士同士が剣を交える。裏切り兵士達は暗がりの中から、茂みの中から、次々と現れた。いつの間にか、後を尾られていたのだ。

オーク
「走ります! ソフィー!」

 オークは戦いを切り捨てて、走り始めた。アレスや、従う兵士が続いた。裏切り兵士もオークを追いかけた。
 オークは走りながら裏切り兵士と戦った。次々と迫る刃を斬り返し、兵士達を斬り伏せた。その猛襲も、やがて終わった。裏切り兵士達の勢いはようやく途切れて、夜の静寂が戻ってきた。
 馬を留めた場所まで戻ってくると、オークは兵達の中から3人を選抜した。

オーク
「王に報告を。間者が紛れ込んでいます! 王に兵の要請を」
兵士
「はっ!」

 3人の兵士達が、王城に馬首を向けて、走っていった。
 オークとアレスも馬に乗る。

アレス
「我々はどうする?」
オーク
「砦に戻ります。何が起きたか、確かめないとなりません。ソフィー一緒に」
ソフィー
「ええ」

 オークは馬を走らせた。ソフィーやアレス達もオークに続く。間もなく、砦が見えてきた。だが砦は炎に包まれ、戦の物音が夜の闇に散っていた。
 オークは驚きの様子で、砦の前に立ち尽くした。

オーク
「これは……」
アレス
「おのれ……。裏切りはもっとも許せん行為だ! 不実な輩は全部切り捨ててくれる!」

 アレスが砦へと馬を進めた。オークも後に続く。
 砦の中はすでに混乱状態だった。あちこちで戦いが行われている。同じ装束を身にまとった兵士達が、殺し合いを始めている。どちらが味方で、どちらが敵か、判別不能の状態だった。
 アレスは流浪騎士団と合流して、向かってくる裏切り兵士と戦いを始めた。

ルテニー
「オーク!」
オーク
「ルテニー! 状況を」
ルテニー
「見ての通りだ!」
オーク
「退避します! 争うな! 砦の外へ! 退避だ! 私に従う者は従いて来い!」

 オークが砦の中へ入っていき、仲間達に呼びかけた。ソフィーがオークに従いて行く。仲間の兵士がオークの声に応じて集まってくる。
 同時に、裏切り兵士達もオークを狙って飛びついてきた。槍の攻撃がオークを狙う。オークは剣で槍を返し、裏切り兵士を斬りつけた。
 オークは混沌の中へと入っていく。仲間達に戦いの中断を呼びかけ、従いて来るように呼びかけた。
 兵士達が戦いを中断して砦の外へと脱出する。オークは混沌の中へさらに深く分け入っていった。戦いはなかなか収まらない。オークは仲間の全てを救おうと、通りに入っていき、兵士達に呼びかけた。
 が、矢の一撃がオークの背中を貫いた。

ソフィー
「オーク様!」

 ソフィーの悲鳴のような声。
 オークは急に意識が遠ざかり、馬から転げ落ちた。裏切り兵士が殺到してきた。オークは剣を求めたが、見付からなかった。裏切り兵士が接近し、今まさにその刃がオークに振り下ろされる……。

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