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■2016/02/22 (Mon)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
8
やっと気分が収まったと思うと、朝になっていた。いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。顔を上げると、窓が淡く浮かんでいるのが見えた。部屋の照明は点けたままになっていて、ぼんやりとした光を投げかけていた。
時計を見ると10時を回っていた。なんだかんだで熟睡したみたいだった。
ゆっくりと体を起こして、足をベッドから投げ出す。服の下が気持ち悪いくらいに汗まみれだった。髪の毛も水をかぶったみたいに、肌に貼り付いていた。抱いたままのぬいぐるみが汗で濡れて、冷たくなっていた。枕にも汗の跡がくっきりと残っていた。
溜め息を1つ漏らした。昨夜の不安は、胸の中に残っていなかった。眠っている間に、流れてしまったみたいだった。
でも根本的には何も解決していない。コルリは誘拐されたまま、まだ戻ってきていない。
ツグミは目元を拭った。顔全体が汗まみれになっていた。ぬいぐるみを見て、「お洗濯しなくちゃ」と思った。でもそれは後にしようと、ぬいぐるみを布団の上に置いた。
ツグミは杖を手にした。ゆっくり体を立たせて、部屋を出た。
そっと廊下に出て、辺りを見回した。男の人に鉢合わせたくないな……と思ったけど、誰もいないみたいだった。廊下は暗かったけど、朝の光に淡く浮かんでいた。
ツグミはゆっくり階段を下りていった。やはり鑑識の人達はいない。帰ったあとみたいだった。でも人の気配はある。ちょっと警戒するくらいのつもりで、台所を覗いてみた。
台所には木野がいて、テーブルに着いて資料を広げていた。
「おはようございます。もう大丈夫ですか」
木野がツグミに気付いて、穏やかな感じでにっこり微笑んでみせた。
「あの、昨日はすみませんでした。なんか、私……」
ツグミは深く頭を下げた。昨夜を思い出すと、気まずかった。あんなふうに泣いているところを見られてしまって……。
「いいえ、いいですよ。座ってください。コーヒーを淹れますよ。ツグミさんの家のものですけど」
木野は気にしたふうもなく、椅子に座るように勧めた。
ツグミは木野に会釈して、椅子に座った。
座ると、木野がコーヒーをツグミの前に置いた。ツグミはコーヒーの中に角砂糖を5つ入れて、スプーンの先で砕きはじめた。
それから、木野はそっとツグミに囁いた。
「高田さんね、あのあと反省していましたよ。配慮がなかったかなって」
ツグミは、「えっ」と思って木野を見上げた。
木野はツグミに片目を閉じてみせた。ツグミの顔に、ふっと笑顔が浮かんだ。あんな恐い顔の人でも、いいところはあるんだな、と思った。
カップを手にして、コーヒーの湯気を鼻に当てた。柔らかなアロマの香りが、ツグミの不安を解きほぐした。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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■2016/02/21 (Sun)
創作小説■
第9章 暗転
前回を読む
13
暗闇のトンネルを抜けると、見知らぬ森に出た。ソフィーは女の幽霊に掴まれたまま、地面に転がった。女の幽霊がソフィーの上にのしかかった。
女の幽霊
「やっと見付けたよ。あんたを探してたんだ。あんたは私たちの正体を暴く、唯一の存在だからね」
女の姿がじわりと変わり始めた。口が引き裂けて、バラバラに乱れた髪は真っ黒に染まり、1本1本がトゲのようになって広がった。腕は太くなり、爪はより鋭さを増していく。
ソフィーは恐怖に囚われ、震えながら周囲を見回した。見知らぬ森の、見知らぬ藪の中だった。剣を持った幽鬼が周囲を取り囲んでいる。ソフィーは杖の代わりになりそうなものを探したけど、何も見付からなかったし、腕をがっちり掴まれて身動き取れなかった。
女の幽霊
「知っているよ。あんたは死んでも、別の誰かに能力が託されてるんだろう。だったら殺さない。永遠に生かしてやるよ。ただし、その舌を切り落として、絶対に出られない牢獄に入れてやる!」
女の幽霊が歓喜の声を上げる。その声はすでに人間のものではなく、人外の魔物のものになっていた。
ソフィーは恐怖と不安に震え、目に涙を浮かべた。
女の幽霊
「あーはっはっはっ! あんたがいなくなれば、我々の時代がやってくる。暗き者が人間を支配するんだ!」
幽鬼達がじわりと女の幽霊の側に集まってきた。持っていた剣をゆっくりと持ち上げ、切っ先を女の幽霊に向ける。
ようやく女の幽霊は、違和感に気付いた。
はっと振り向く。剣が女の幽霊を串刺しにした。
怪物が絶叫を漏らした。幽鬼は何度も女を剣で裂いた。怪物の腹が裂け、不浄の臓物がソフィーの体に落ちてきた。怪物の血がソフィーの体を黒く染める。ソフィーは恐怖と不快さに、ただただ泣き声を上げた。
ようやく幽鬼の攻撃が終わった。怪物の死体がソフィーの体にのしかかっている。幽鬼達が怪物の死体を、ソフィーの体から取り除いた。
すでにソフィーを押さえつけるものはない。だがソフィーは、全身が冷たく震えてしまって動けなかった。息を吸おうとしても、肺に空気が入ってこない。意識は糸1本でなんとか支えられている状態で、今にも恐怖に負けて気絶してしまいそうだった。
何かが現れた。草むらの上を、何かが歩いている。
ソフィーは音がした方に目を向けた。死神だった。ボロのローブを身にまとった骨が、こちらに向かって歩いていた。その数は1体……2体……3体。さらにそれを従えている誰かもいた。だが、首は自由が利かず、なんとかその足下が見えただけだった。
何者かがソフィーを覗き込んだ。
?
「悪いな。あんたの体、しばらく借りるぜ」
死神がソフィーの前に進み出てきた。骨ばかりの手が、ソフィーに迫った。そこで、ソフィーの意識が途切れた。
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■2016/02/20 (Sat)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
7
そこでツグミのイメージは終わった。お父さんと同じだ。どうしよう……。
ツグミは悪い夢を見た後みたいに、胸を押さえて喘ぐように息を漏らした。体は冷たいのに、ドクドクと存在感を強める心臓だけ、やたら熱を持っているように思えた。動かない左足がじわじわと疼き出して、痛みだけが這い上がってくるように思えた。
吐き気がする。平衡感覚も怪しくなって、辺りを囲む光が、ツグミの周りをぐるぐる回転しているように思えた。
痛み止めの薬飲まないと……。
しかしツグミは白日夢を彷徨っていて、ここがどこなのかわからなかった。
「ツグミさん、どうかしましたか」
誰かが、声をかけてきた。高田の声だと気付くのに、しばらく時間がかかった。
「え……。はい。あの、何ともないです」
ツグミは反射的に顔を上げて返事をした。じわりと現実が戻ってきて、ぼやけた視界に高田の顔が浮かび上がってきた。
高田と木野がちょっと顔を上げて、目線を合わせた。
「それじゃツグミさん、部屋に行きましょうか。今日はゆっくり休みましょう」
木野が優しげな声になって、ツグミの手を握った。
「はい。すみません」
ツグミは、木野に促されるようにゆっくりと立ち上がった。木野に杖を持たせてもらって、その後も付き添ってもらった。
廊下に入ると鑑識の人がいて、何か調べているみたいだった。鑑識の人達はツグミと木野を見ると、軽く会釈して道を開けた。
2階へ行くと、ツグミの寝室にも鑑識が2人ほどいて写真を撮っていた。木野が「もういいですか」と訊ねると、すぐに部屋を開けてくれた。
ツグミは、木野に付き添われてベッドに横たわった。木野がツグミの体に、布団を掛けてくれた。
「……ぬいぐるみ」
ツグミは呟くように言って、奥の棚に手を伸ばした。
木野はちょっと慌てるように棚を振り返った。それから棚の側へ行き、そこにあるたくさんのぬいぐるみの中から、迷うようにしながら1つ持って戻ってきた。
木野が持ってきたぬいぐるみは、卵形をした、全体が茶色で、耳と尻尾を付けたぬいぐるみだった。誰も信じてくれないけど、タヌキのぬいぐるみだった。
一番のお気に入りじゃなかったけど、ツグミはお礼を言ってぬいぐるみを布団の中に引き込み、抱きかかえるようにした。
「ルリお姉ちゃん、助かりますよね」
ツグミの声は弱々しく、泣き出しそうなくらいか細かった。
「大丈夫ですよ。コルリさんは絶対に助けます。警察に任せてください」
木野はツグミの側に顔を寄せて、優しく囁くように言った。それでも木野の声が頼もしく響く感じだった。
ツグミは小さく頷いた。思わず泣き出しそうになった。涙を見られるのは恥ずかしいから、ぬいぐるみに顔を埋めた。
「心配しないでください。今夜は、警察がつきっきりで警備をしますから。ここは今、世界で一番安全なところです。だからツグミさんは、何も心配せず眠っていてください」
木野がツグミの頭をゆっくりと撫でた。
ツグミはぬいぐるみに強く顔を押し当てた。溢れ出る感情を、必死に押さえようとして、体が震えた。
「それでは明かりは点けておきますね。私は部屋の外にいますから」
木野が立ち上がる気配があった。ツグミはぬいぐるみを顔に押し当てたまま、小さく頷いた。
木野が振り返る気配があった。ツグミはちらとぬいぐるみから顔を放して、木野の姿を探した。木野は部屋を出る時に、ツグミの目線に気付いて、笑顔で手を振った。
パタン、と静かにドアが閉じられた。部屋はツグミ一人きりになった。静かだったけど、床の下からそわそわと人の気配がした。まだ警察の人が何か調べているのだろう。
すぐにツグミの緊張は解けなかった。ぬいぐるみを抱いたまま寝返りうち、壁に体を向けた。
突然に、感情が押し寄せてきた。恐ろしかった。私はどうなってしまうのだろう。ルリお姉ちゃんは助かるのだろうか。もしかしたら、お父さんみたいに……。
ツグミは耐えきれなくなって、ぬいぐるみに顔を埋めて泣いた。誰かに泣き声を聞かれたくなかったから、声を押し殺した。体がしゃっくりするみたいに、ひくひくと震えた。感情は収まるどころかどんどん溢れ出して、胸も呼吸も苦しかった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
■2016/02/19 (Fri)
創作小説■
第9章 暗転
前回を読む
12
今度こそ戦闘は終わった。ソフィーがオークの側に駆け寄る。オーク
「怪我は?」
ソフィー
「平気です」
お互いの無事を確認すると、オーク達は再び草むらを進んだ。
霧は次第に深くなっていき、視界が暗く溶け込んでいく。ふとその中に、赤く燃えるものが浮かんでいた。近付いてみると、それはランプの炎だった。鉄の柱がひとつ立ち、その先端にランプが引っ掛けられていた。
オークは奇妙な心地になりながら、ランプの炎を見詰める。
やがて草むらばかりの場所を脱した。硬い土がじばらく続き、その先に大きな屋敷が一軒建つのが見えた。その背後は海になっていて、波の音が密かに聞こえた。
一同は屋敷の前にやってきて、足を止めた。オークはソフィーを確かめるように振り向く。ソフィーもオークを振り向き、一度頷いた。あそこがバゲインの根城だ。
兵士達は警戒しながら、屋敷に近付いた。屋敷は古い歴史がありそうなものを感じさせた。だが華麗な装飾の数々も、堂々たる威容も、今は崩れかけて、すべてが妖しさに変えて浮かび上がっていた。
兵士達が近付くと、屋敷の玄関扉がひとりで開いた。まるで挑戦者を誘うように。
ソフィーは一歩前に出て、光の珠を屋敷の中に投げた。玄関口が一瞬明るく浮かぶ。人の気配はない。
オークとアレスが先頭に立ち、屋敷の中へと入っていった。数人を屋敷の前に残す。ソフィーが後に続き、後ろから杖で照らした。
玄関口に入っていく。すると、何者かが蝋燭に火を入れた。オーク達がはっと振り向く。するとそこに、女が立っていた。女はオーク達の警戒を気にするふうもなく、あちこちに備えられた蝋燭に火を入れていく。
それから女は、オーク達を振り返ると、妖しく微笑んで右手の廊下を示した。
アレス
「おのれあやかしめ!」
アレスが踏み込んだ。だが剣は宙を斬る。女はその瞬間消滅した。後に不気味な哄笑を残して。
オーク達は、女が示した通り、右の廊下へと進んだ。辿り着いたのは食堂だった。埃や藁が厚く降り積もる床に、テーブルがひとつ置かれている。テーブルにはスープが人数分用意されていた。その角席に、主と思わしき男が座っていた。人間のように見えたけど、皮膚が岩のようにごつごつとしていて、食事をむしゃむしゃと咀嚼していた。
部屋へ入っていくと、頭から麻布を被った幽鬼達が、オーク達を取り囲んだ。麻布を被った幽鬼たちは、それぞれ手に剣を持っている。
バゲイン・ミルディ
「おお、これは懐かしい。名を失ったのにも関わらず、幽鬼にならずにいたか」
オーク
「貴様!」
オークが憤慨して剣を身構えた。
バゲイン・ミルディ
「そう怒るな。名前を譲り合った仲じゃないか。ミルディ! いい名前だ。ドル族のミルディ。人は呼ばれた通りの者だ。俺は今や怪物じゃなくて、ドル族の長だ。だから、同じ一族を生かすのも殺すのも自由だよなぁ」
オーク
「貴様か……貴様が我が古里を崩壊させたのか!」
オークがテーブルを蹴り倒した。一気に接近し、バゲインを斬る。が、手応えなく剣がすり抜けた。
バゲイン・ミルディ
「ははっ! どうした。それはマッサージか」
バゲインはおどけたように両手を広げてみせる。オークはバゲインを何度も斬る。だが、その剣はバゲインの体をすり抜けてしまう。
食堂の周囲を取り囲む幽鬼が兵士達に迫った。アレス達が幽鬼と剣を交える。
アレス
「オーク殿!」
バゲイン・ミルディ
「お前がいないと、あの村の連中は無能だったぜ。戦いの方法も心得ない。知恵もない。ただの百姓だ!」
オークは尚もバゲインを斬る。
バゲイン・ミルディ
「どうしたどうした! 斬りたくても斬れまい。憎くても倒せまい。人間は正体を知らぬ者を殺せないからな。お前が斬っているのはミルディという名前の幻だ! どうした間抜け! 本当の俺を斬ってみろよ! 俺はここにいるぞ!」
オークはバゲインを斬る。バゲインはオークを翻弄するように宙を舞い、オークを嘲笑した。
突如、光が花開いた。強烈な光に、食堂にいた怪物たちが仰け反った。兵士達も驚いて花火の中心を振り向く。そこにいたのはソフィーだった。
ソフィー
「醜い舌は口の中に引っ込めなさい。……オーク様、いま私は正体を明かします。守ってくださいね」
バゲイン・ミルディ
「お前……まさか」
ソフィー
「私の前では何も偽れない。正体を明かしなさい怪物め。ベルゼブブ!」
怪物が悲鳴を上げた。人間のようだった体が崩れ、全身が真っ黒に染まり、次にまったく違う何かへと姿を変えた。ようやく現れたのは、虫の翼を持つ怪物だった。
ソフィー
「オーク様、戦ってください! 今こそ過去と決別する時です!」
オークがベルゼブブと戦う。ベルゼブブは空中を舞い、オークに襲いかかる。オークは剣でベルゼブブを斬った。今度は確かな手応えがあった。
幽鬼たちも兵士達に襲いかかった。兵士達は果敢に戦う。だが実体なき幽鬼をいくら斬っても、手応えはなかった。
ソフィーは光の粒を周囲に飛ばした。闇の眷属は光を恐れた。光を浴びる度に目を眩まし、動きを止めた。その間に兵士は、怪物たちに立ち向かった。
オークの剣はベルゼブブを圧倒した。ついに致命傷が、怪物の体に深く突き刺さった。
ベルゼブブが不気味な悲鳴を上げた。宙を舞う力を失い、地面に転げ落ちる。昆虫の死に際のように、床の上をばたばたともがいた。同時に、幽鬼達も力を失い、ただの布と剣だけになって地面に落ちた。
戦いは終わった。屋敷に沈黙が戻ってきた。兵士達はまだ緊張して、武器を身構えて辺りを見回している。
オーク
「ソフィー……あなたは……」
ソフィー
「申し訳ありません。私には秘密がありました。だが、隠さねばならぬ理由もありました。魔の眷属の多くが私の力を恐れ、狙っています。だから私は……」
オーク
「あなたが、『真理』を持つ者だったのですね」
突然、何かがソフィーを掴んだ。女だ。だがその手は怪物のように大きく、鋭い爪がしっかりソフィーを掴んでいた。
女の幽霊
「やっと見付けた! 憎き真理め!」
オーク
「ソフィー!」
ソフィー
「オーク様!」
オークが手を伸ばした。
女の幽霊の背後に、闇が広がる。闇はただちに幽霊とソフィーを飲み込んで、消えてしまった。
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■2016/02/18 (Thu)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
6
と、そこまで話が進んだところで、高田がテーブルの側にやってきた。「お待たせしました」
高田は忙しそうにツグミの隣の席に座った。
それから、三白眼で真っ直ぐツグミを見る。
ツグミは、高田の獲物を狙わんばかりの眼光に「うっ」と身を引いてしまった。恐い。さっきの木野の話を、高田の三白眼で説明されると、緊張で堪えがたいものになっていたかも知れない。
「まず、ツグミさんに報告です。コルリさんが連れ去られた場所が明らかになりました」
「本当ですか!」
ツグミは思わず声を上げてしまった。
「ここからコンビニ方面に坂道を降りて、角を1つ曲がったところです。近所の人が目撃していました。聞き込みをしたところ、みんな「間違いなくコルリさんだった」と証言してくれました」
高田は、画廊の外の、事件があったらしい方向を眺めながら説明した。
不意に、ツグミの頭にイメージが浮かんだ。
青く影を落とす町の通りに、コルリが走っている。
角を曲がろうとしたところで、突然にワゴン車が飛び出した。そう説明されたわけじゃないけど、ツグミは黒のワゴン車だとイメージしていた。
コルリは足を止めて、身をすくめた。ワゴン車はコルリの前で駐まった。扉がばっと開き、巨人のような男が現れる。
コルリは慌てて引き返そうとした。回れ右をする。でも咄嗟のことで体が動かず、振り向こうとして転んでしまう。
その隙に、大男がコルリの体を掴んだ。多分、コルリは怯える姿を見せなかったと思う。掴まれながら、大男を振り返り、毅然と怒鳴ってみせただろう。大男の手から逃れようと、体を大きく揺さぶってみせただろう。
しかし男たちの腕は強く、コルリを力尽くで引き寄せ、ねじ伏せて、それから拳で殴りつけた。
コルリはプライドが強い。それでも決して悲鳴は上げず、あらん限りの声で大男を罵っただろう。
でも、抵抗はそこまで。コルリはワゴン車の中に放り込まれ、連れ去られてしまった……。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです