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■2016/04/02 (Sat)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
28
すぐに岡田は見つかった。岡田は左手の歩道から、ジャンパーのポケットに両手を突っ込んで、こちらに歩いてきた。岡田はツグミが気付くと、上機嫌で右手を上げて左右に振った。
「どうや。うまく行ったやろ」
岡田はこれ以上ないくらい、得意げだった。
「岡田さん、本当にありがとうございます。レンブラントは……?」
ツグミは、本心から感謝して頭を下げた。実際にここまでうまくいくとは思っていなかった。ツグミは、初めて岡田に敬意を示したい気持ちになった。
「まあ、悪さをする時は一蓮托生や。レンブラントは向こうの駐車場にある。全部、注文通りや。早ぉ犯人に電話せぇ」
岡田は駅の中を指した。
岡田のやってきた方向に駐車場があった。展望台にもなっているから、夜間には人が集まる。この時間はまだ人も少ないはずだ。
「岡田さん、携帯電話、持っていませんでした?」
ツグミは駅に行きかけて、岡田を振り返り訊ねた。
「警察に電話した携帯なんて、持ってられるか。もう捨てた。今は手ぶらや」
岡田は両手をポケットから出して、ひらひらとさせた。
ツグミは納得して踵を返した。
六甲山上駅に戻り、電話機を探した。電話機は休憩室に置かれていた。最近はあまり見なくなった、緑の電話機だ。
ツグミは杖を突いて電話機まで進んだ。受話器を手に取り、一応200円を電話機に入れた。もしかしたら長い交渉になるかも知れない。
ツグミは指示書に書いてあった電話番号を、思い出しながら押した。
受話器に耳を当てる。すぐに応答があった。通話状態になったが、相手からは何も言ってこなかった。
「……ツグミです。準備ができました。警察は、来ていません」
ツグミは緊張で声が引きつりそうだった。リラックスをした気持ちが、全て吹き飛んでしまった。
「場所は?」
低く、呟くような声だった。それでいて、その道のプロを思わせる、ドスの利いた声だった。
「六甲山上駅の、駐車場です」
両掌に汗が浮かんだ。しかし意外と冷静に場所を告げていた。
電話の相手はさらに何か言うかと思ったが。が、それで会話は終わりだった。受話器から「プー」と機械音が聞こえてきた。
ツグミはしばらく受話器を握ったままだった。
電話機の釣り銭口に、10円硬貨が20枚、落ちてきた。10円硬貨が落ちる音に、ツグミは電話が切れているのに気付いた。
ツグミは受話器を置いた。10円玉を回収する。休憩所に誰かが入ってくる気配に気付き、振り返った。岡田だ。
「通じたか?」
岡田は、ツグミを気遣うふうだった。ツグミは「私はどんな顔をしているのだろう」と思った。多分、気を張って、強張っていたのだと思う。
ツグミは口を開くが声が出ず、浅く頷いた。全身がピリピリとしていて、喉が痺れるような感じだった。
「駐車場、行こうか」
岡田は簡単に言って、踵を返した。
ツグミはまた、浅く頷いて、岡田の後に従いて行った。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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■2016/04/01 (Fri)
創作小説■
第10章 クロースの軍団
前回を読む
18
敵の勢いは一時的には削がれたものの、数と勢力は圧倒的だった。長城の南側は、倒せど倒せど兵士が群がってくる。大軍勢が巻き上げる熱気と埃で、遠くが見通せなくなっていた。それに、どうやら魔法のミストが辺りが満たし始めていた。
敵兵は次々と長城を乗り越えて侵入してくる。勢いは相変わらず激烈だ。だから、ミストに混じってクロースの神官達がまじないをかけているなど、オーク達が気付くはずもなかった。
戦うオークの許に、兵士が駆けつけてきた。
兵士
「オーク様! 召集が発動されました。王の軍団が召集されます!」
オーク
「……そうか。ついにやってくれたか! みんな聞け! この砦での戦いは次の夜明けまでだ! 王の援軍が来るぞ! みんな……」
その直後、長城がぐらりと傾いだ。敵の神官がかけたまじないが発動したのだ。
長城の石積みががらがらと突き崩された。壮絶なる破壊音とともに、粉塵が噴き上がった。周囲にいた全ての兵士を、敵味方構わず飲み込んでいった。
◇
その崩落を、クロース陣営も驚きの顔で見ていた。
ティーノ
「なんということを……。あれでは我が軍の兵も……」
ジオーレ
「それがどうした。戦場では命を落とすものだ。それに大義のためであれば、兵士達も満足だろう。それよりも、注文したものは、まだ届かんのか?」
兵士
「もうしばらくかかる……と報告が」
ジオーレ
「早くしたまえ。タイミングが全てだ。絶対に遅れるなよ」
兵士
「はっ」
ジオーレは崩壊する長城を見ながら、満足げな笑みを浮かべていた。突撃の合図が出され、騎士達が粉塵の中飛び込んでいった。
◇
土煙が深く漂っていた。辺りは土色に閉ざされている。その中に、兵士達の呻き声が、亡霊の声のようにあちこちでひしめいていた。遠くで何かが通り過ぎようとする音が聞こえる。敵軍の進行が始まったのだ。
しかし、今はそれどころではなかった。
ギード
「オーク殿! オーク殿! どこにおられる!」
粉塵の中で、ギードが声を張り上げる。長城が崩れた瞬間、オークがその中に飲み込まれたのを見たのだ。
オークは優秀な指揮官だ。なんとしても救い出さねばならない。
だが土煙の中に入ると、何も見えなかった。瓦礫に埋まっている兵士を1人1人救い出しながら、ギードは奥へと進んでいく。
突然、何かが踊り出した。土煙を裂いて、刃が振り上げられる。ギードはとっさに刃を受け流した。さらに相手の胸を一突き。
しかし、はっとした。仲間だった。仲間を殺してしまった。
その時、騎馬が通り過ぎる音がした。煙霧の向こうに騎士の姿が映っていた。
敵か、味方か――。
だがそれを確かめる間もなく、ギードの首が飛んでいた。
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■2016/03/31 (Thu)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
27
ツグミは六甲ケーブル下駅に入った。行き先は六甲山上駅しかない。ツグミは切符を買って、待合室のベンチに座って待った。しばらくして、プラットホームにケーブル・カーが降りてきた。ケーブル・カーの車両は、旧神戸電鉄風のレトロなデザインだった。緑のボディが背後の森によく馴染んでいた。
乗っていた客がぞろぞろと降りてくる。やがて「間もなく、乗車になります」というアナウンスがかかった。ツグミは待合室を出て、ゲートの前まで進んだ。
ゲート前に車掌が立って切符を切った。ツグミはゲートをくぐって、プラットホームに入った。
プラットホームは六甲山の斜面に合わせて、階段状になっていた。ケーブル・カーの内部も同じように階段状だ。
ツグミは階段を登っていこうと思ったけど、すぐに挫折した。一段一段が高い。ツグミの脚では体力を削られるばかりだった。結局、ケーブル・カーのほとんど一番後ろという席に着いた。座席に座ると、車両全体が見渡せるポジションだった。
そういう席について、ツグミは初めて誰かに尾けられているかも、と警戒した。
車両に乗ってきたのは、おじさんやお婆ちゃんばかりだった。ツグミは一応ちらちらと怪しまれない程度に全員の顔を確かめたけど、怪しい雰囲気の人はいなかった。
乗客はツグミを含めて10人。みんな普通の人に見えた。
ケーブル・カーが出発した。ケーブル・カーはきつい斜面を、ゆったりのペースで登っていった。
ケーブル・カーの周囲は深い森だった。絶壁ともいえる険しい場所を、ゆったりの速度で登っていく。不思議なのどかさが醸し出されていた。
窓の外は秋の紅葉が一番美しい時期だった。赤や緑が微妙な感覚で混じり合い、見事な色の相を描き出していた。
ケーブル・カーに乗っているお爺ちゃんお婆ちゃんが、そんな風景を見ながら、楽しそうに対話している。
初めは緊張していたツグミだったけど、ケーブル・カーのゆったりした雰囲気と牧歌的な風景に癒やされて、すっかり緊張を解いてしまっていた。座席に深く座り、まわりをゆったりと流れる風景に身を委ねた。
わずか10分後、ケーブル・カーは六甲山の山頂に到着した。六甲山上駅だ。
ツグミは全ての客が降りるのを見届けて、最後にケーブル・カーを降りた。
プラットホームを通り過ぎて駅を出た。「岡田さんはどこだろう?」と辺りを見回した。
駅を出たところは小さな広場になっていた。広場にはバスが2台停まっている。駅の左手が開けた空間になっていて、そこから六甲山の稜線が見下ろせる展望台になっていた。
広場には通行人すらいなかった。バスの運転手が退屈そうに、缶コーヒーを飲んで暇つぶしをしていた。平和そのもののような風景に思えた。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2016/03/30 (Wed)
創作小説■
第10章 クロースの軍団
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17
間もなく夜明けだった。しばらく降り続いた雨はようやくやみ、辺りは朝日を目前にした青い輝きに包まれる。ソフィー達の部隊が砦に辿り着く頃には、砦は敵の猛攻撃に押し込まれているところだった。敵兵が長城の内側になだれ込んで、あちこちで戦闘が始まっていた。砦はもはや防壁として機能していない。塔に、敵の旗が翻ようとしていた。砦の陥落は間もなくだった。
兵士
「……ソフィー様」
ソフィーに従いて来た騎士達が絶句した。あそこに入り込むにはあまりにも戦闘が激しく、無謀のようにも思えた。
しかし美しき乙女の横顔に、恐れなど微塵もなく、むしろ凜とした勇ましさを際立たせていた。
ソフィー
「もののふ達よ、今こそ踏ん張る時です。自ら炎の衣をまといましょう。彼らの勇気に応えるために!」
ソフィーが先頭に立って、修羅に飛び込んでいった。騎士達がソフィーに遅れまいと勇気を振り絞ってそれに続いた。
戦場の兵士達は思いもしない援軍に、歓声を上げた。美しき乙女を筆頭にした騎士団は、疾風の如く砦の中を駆け抜け、混乱を浄化するように砦の中の敵を薙ぎ払った。その数は圧倒的だったが、劣勢一方であった仲間達には心強く、にわかに形勢は変わろうとしていた。
攻められるままであった砦は、防壁としての役割を取り戻そうとしていた。迫り来る敵を縁で払い落とす。登ってくる兵士を槍で突き、長梯子を倒し、矢で射落とした。砦の内部に残る戦いも、騎士達の疾風のごとき刃で次々と鎮静化していく。
ドルイドの乙女の援軍に、ガラティアの軍団は3日に及ぶ徹夜の疲労を忘れ、勢いを取り戻していた。
ソフィー
「オーク様……オーク様」
ソフィーはオークが長城の縁で敵と刃を交えているのを見付けて、助けに向かおうとした。
しかし、目の前を敵が遮った。刃が馬を襲った。馬が跳ね上がり、地面に放り出される。一瞬、気を失ってしまった。
はっと目を覚ます。すると敵のとどめの刃が目の前に迫っていた。
ソフィーはとっさに杖を突きだした。だが杖は魔力を宿さない。
絶体絶命――。その刹那、敵兵がゆっくり膝をついて倒れた。
兵士
「ソフィー様、ご無事ですか」
その背後から兵士が現れた。兵士は敵の背中から剣を抜き取ると、ソフィーの手を掴んで起こさせた。
ソフィー
「ええ、ありがとう」
ソフィーは立ち上がると、オークのいる場所を見上げた。だが、そこまでの道のりは長く、あちこちで繰り広げられる戦闘が激しく、とても行けそうになかった。
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■2016/03/29 (Tue)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
26
モップ頭の青年はすぐにバイクをスタートさせた。廃品工場を出て道路を北側に進める。バイクは下山手通りを横切って、また裏通りに入っていった。
ツグミはしばらくどこなのかわからなかったけど、次第にわかってきた。というより、左手に六甲山脈が見えているから瞭然だった。バイクは東へ真っ直ぐ進んでいた。
バイクは派手に爆音を鳴らしながら、真っ直ぐに突き進んでいく。信号のない道を選んでいるらしく、ずっと停まらなかった。走るバイクは思った以上に早く、風が突き刺さるように流れ去っていった。コートがバタバタとひらめいた。ツグミは、初めは男の人の背中にドキドキしていたけど、今はバイクの移動感が恐くて、青年の背中にしがみついていた。
バイクはほぼ直進状態のまま、中央区を出て、灘区に通過し、やがて六甲台町に入ったところで方向を変え、山手側の坂道を登り始めた。
かなり急な坂道だった。モップ頭の青年の姿勢が、自然と後ろに下がってきた。バイクの速度は落ちたけど、むしろツグミは恐くてすがりつく手に力を込めた。
ようやくバイクが停まった。目的地到着のようだ。ツグミはどこだろうと、頭を上げた。
森を背にした、山小屋風の建物が見えた。六甲ケーブル下駅だ。
ツグミはバイクを降りようとした。まず右脚から降りようとしたけど、脚が地面に届かない。モップ頭の青年がバイクを右に傾けてくれた。ツグミは青年の背中にしがみつきながら、やっと右脚を地面に付けた。それから杖を突き、慎重に脚を広げて左足をバイクから降ろした。
バイクを降りると、ツグミはすぐにヘルメットを脱いだ。やっとバイクのストレスから、解放された気分になった。思った以上に緊張が強かったらしく、それだけで崩れそうになってしまった。
モップ頭の青年は、ツグミからヘルメットを受け取ると、ストラップを手に引っ掛けて、すぐにネイキッドを唸らせた。
「あ、あの……ありがとうございます」
ツグミはモップ頭の青年を引き留めて、深く頭を下げた。
モップ頭の青年は、1つ、小さく頷いただけだった。ヘルメットをしていたので、どんな表情をしていたのか、わからなかった。
ネイキッドがその場で素早くターンをした。スタートする瞬間、前輪が高く跳ね上がった。馬の腹を勢いよく蹴ったみたいだった。ネイキッドはあっという間に坂道を滑り落ちていった。
ツグミはその背中を見送りながら、もう一度頭を下げた。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。