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■2010/01/04 (Mon)
映画:外国映画■
まだ夜が開けた頃だ。古い小屋がぽつんと建つ平原。二人の男が剣を手に対峙していた。介添え人もいる。これは決闘だ。
戦いが始まった。一方的な展開で、すぐにでも勝敗が決まった。優勢だった男が、相手の腹部を刺し、勝利した。
それから数時間後。
騎兵隊の食卓に、トレアール将軍がただならぬ様子で飛び込んできた。
「誰か、フェロー中尉を知らないか! 第7騎兵隊のだ」
物凄い剣幕に、誰も声を上げない。
間もなく、騎兵隊の一人が「私が」と名乗り出た。デュベール中尉だ。
「今すぐフェローの家へ行き、“自宅に幽閉する”と言い渡したまえ! フェローは名誉のためと称し、市長の甥を刺したのだ。幸い命に別状はないが、おかげで私は2時間も、市長に侘びをし続けたのだぞ」
デュベールはしぶしぶながら、フェローの家を目指す。
しかしフェローは外出中。今度はフェローが訪問しているマダム・デリオンの邸宅に向かった。
マダム・デリオンの邸宅にフェローはいた。
「将軍から命令だ。すぐに自宅に帰って謹慎しろ」
伝言を終えて、これで役目も終わりだった。
だが、フェローは納得しなかった。
「私に恥を掻かせるのが目的だな。私が心にかけている婦人の応接間を選び、幽閉を言い渡したのだ」
フェローの怒りは、すでに沸点に達している。デュベールが「落ち着け」という言葉も届かなかった。
「剣を取れ! 決闘だ!」
始まりは些細な感情のぶつかり合いに過ぎなかった。あまりにも小さな切っ掛けだったので、やがて本人たちも決闘の理由がわからなくなる。そのうちにも、なにやらイデオロギー的な理由が上乗せされ、決闘それ自体が目的となる。
こうして、デュベールとフェローの決闘が始まった。
始まりは些細な感情の行き違いに過ぎなかった。
だがこの決闘はいつまでも決着がつかず、まるで呪いのように二人を戦いに引きずりこむ。
彫りが深く、眉がくっきりした美人。表情がはっきりと浮かぶ。この頃から女優の好みは変わっていないようだ。
『デュエリスト』はリドリー・スコット監督のデビュー映画である。
デビュー作品にはその作家のすべてが込められている、といわれるが『デュエリスト』はまさにその通りの映画だ。
光と影を操る美しい映像。古い時代を的確に、しかも美しく描く才能。残酷美。それから対決する二人。
『デュエリスト』にはリドリー・スコット映画のすべてが詰まっている。
カメラの移動などが単純だ。目の前の構図やセットに気を取られすぎて、撮影した後にフィルムまで気が回らなかったのだろう。後期の激しくカメラが動く撮影法と較べると対照的だ。
同時に、欠点もこの当時からすでに現れている。
それは音楽だ。
『デュエリスト』の映像は美しいが、音楽に力を感じない。ただその場面に、解説的に伴奏がつけられるだけだ。何ら情緒を表現していない。
そもそもリドリー・スコットは映画に音楽をつける発想すらなかったようだ。それも音楽監督に説得されて初めて音楽の重要性を認識した。
だがその後も音楽の才能は開花しなかった。映像の天才と呼ばれるリドリー・スコットだが、音楽に関してはいつも音楽監督にまかせっきりで、演奏にも滅多に顔を出さないようだ。
モノクロにするとますます絵画の印象が強くなる。ある場面では完全に静物画になっている。リドリー・スコットが絵画から映画を作っているとよくわかる事例だ。左のカットはまさにフェルメール。後期リドリー映画より絵画の印象は強い。
『デュエリスト』はすべての面で未熟な映画だ。低予算作品であちこちに荒が見つかる。
それでもどの場面も詳細に描かれ、映像世界に没入させる力を持っている。
映画のカットというより、絵画の意識が際立って強い。ときにカットが、そのまま静物画にすらなってしまう場面もある。
すべてが未熟だがすべての始まりの作品だ。巨匠リドリー・スコットがこの才能をいかに育み、開花していったか。それはもはや語る必要もない。
映画記事一覧
作品データ
監督:リドリー・スコット 原作:ジョセフ・コンラッド
音楽:ハワード・ブレイク 脚本:ジェラルド・ヴォーン・ヒューズ
出演:キース・キャラダイン ハーヴェイ・カイテル
〇 クリスティナ・レインズ エドワード・フォックス
〇 ロバート・スティーヴンス アルバート・フィニー
〇 トム・コンティ ダイアナ・クイック
戦いが始まった。一方的な展開で、すぐにでも勝敗が決まった。優勢だった男が、相手の腹部を刺し、勝利した。
それから数時間後。
騎兵隊の食卓に、トレアール将軍がただならぬ様子で飛び込んできた。
「誰か、フェロー中尉を知らないか! 第7騎兵隊のだ」
物凄い剣幕に、誰も声を上げない。
間もなく、騎兵隊の一人が「私が」と名乗り出た。デュベール中尉だ。
「今すぐフェローの家へ行き、“自宅に幽閉する”と言い渡したまえ! フェローは名誉のためと称し、市長の甥を刺したのだ。幸い命に別状はないが、おかげで私は2時間も、市長に侘びをし続けたのだぞ」
デュベールはしぶしぶながら、フェローの家を目指す。
しかしフェローは外出中。今度はフェローが訪問しているマダム・デリオンの邸宅に向かった。
マダム・デリオンの邸宅にフェローはいた。
「将軍から命令だ。すぐに自宅に帰って謹慎しろ」
伝言を終えて、これで役目も終わりだった。
だが、フェローは納得しなかった。
「私に恥を掻かせるのが目的だな。私が心にかけている婦人の応接間を選び、幽閉を言い渡したのだ」
フェローの怒りは、すでに沸点に達している。デュベールが「落ち着け」という言葉も届かなかった。
「剣を取れ! 決闘だ!」
始まりは些細な感情のぶつかり合いに過ぎなかった。あまりにも小さな切っ掛けだったので、やがて本人たちも決闘の理由がわからなくなる。そのうちにも、なにやらイデオロギー的な理由が上乗せされ、決闘それ自体が目的となる。
こうして、デュベールとフェローの決闘が始まった。
始まりは些細な感情の行き違いに過ぎなかった。
だがこの決闘はいつまでも決着がつかず、まるで呪いのように二人を戦いに引きずりこむ。
彫りが深く、眉がくっきりした美人。表情がはっきりと浮かぶ。この頃から女優の好みは変わっていないようだ。
『デュエリスト』はリドリー・スコット監督のデビュー映画である。
デビュー作品にはその作家のすべてが込められている、といわれるが『デュエリスト』はまさにその通りの映画だ。
光と影を操る美しい映像。古い時代を的確に、しかも美しく描く才能。残酷美。それから対決する二人。
『デュエリスト』にはリドリー・スコット映画のすべてが詰まっている。
カメラの移動などが単純だ。目の前の構図やセットに気を取られすぎて、撮影した後にフィルムまで気が回らなかったのだろう。後期の激しくカメラが動く撮影法と較べると対照的だ。
同時に、欠点もこの当時からすでに現れている。
それは音楽だ。
『デュエリスト』の映像は美しいが、音楽に力を感じない。ただその場面に、解説的に伴奏がつけられるだけだ。何ら情緒を表現していない。
そもそもリドリー・スコットは映画に音楽をつける発想すらなかったようだ。それも音楽監督に説得されて初めて音楽の重要性を認識した。
だがその後も音楽の才能は開花しなかった。映像の天才と呼ばれるリドリー・スコットだが、音楽に関してはいつも音楽監督にまかせっきりで、演奏にも滅多に顔を出さないようだ。
モノクロにするとますます絵画の印象が強くなる。ある場面では完全に静物画になっている。リドリー・スコットが絵画から映画を作っているとよくわかる事例だ。左のカットはまさにフェルメール。後期リドリー映画より絵画の印象は強い。
『デュエリスト』はすべての面で未熟な映画だ。低予算作品であちこちに荒が見つかる。
それでもどの場面も詳細に描かれ、映像世界に没入させる力を持っている。
映画のカットというより、絵画の意識が際立って強い。ときにカットが、そのまま静物画にすらなってしまう場面もある。
すべてが未熟だがすべての始まりの作品だ。巨匠リドリー・スコットがこの才能をいかに育み、開花していったか。それはもはや語る必要もない。
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作品データ
監督:リドリー・スコット 原作:ジョセフ・コンラッド
音楽:ハワード・ブレイク 脚本:ジェラルド・ヴォーン・ヒューズ
出演:キース・キャラダイン ハーヴェイ・カイテル
〇 クリスティナ・レインズ エドワード・フォックス
〇 ロバート・スティーヴンス アルバート・フィニー
〇 トム・コンティ ダイアナ・クイック
デビュー映画でしかも低予算ゆえに荒が多い。
まず、下のカット。人物の後ろに、撮影用の照明がはっきりと見えてしまっている。
サムネイルをクリックすると拡大する。
左隅に照明用カメラが映っているのがわかる。これは監督自身が「音声解説」で明らかにしている。
次は傷口が開き、血が吹き出る場面。
手前の人が紐を持ち、傷口を開けているのが。わるだろう
わかりやすいように紐を強調してみた。実際の映画ではもう少しわかりにくい。
最後の一つ。これは、リドリー・スコットが別のCMで撮影した映像だ。
予算が足りず、別の映像を使って編集に加えたのだ。
よく見ると、前後のシーンで植生がまったく違う。同じ手法として、『ブレードランナー』の劇場公開版で別映画『シャイニング』のカットが使用されたし、『キングダム・オブ・ヘブン』では水難シーンで『白い嵐』の一場面が使用された。映画ではよくある対処法らしい。
リドリー・スコットは自身がこだわる性質というのもあったが、長く予算には苦しまされてきた。その結果が、節約にこだわる撮影法が生んだ。リドリー・スコットの最近の映画はどれも大掛かり、大きな予算を使っているが、それでも安く仕上げているのでハリウッドで重宝されているのだ。
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