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■2016/05/02 (Mon)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
3
ツグミは急に泣き出したヒナがショックだった。ツグミが思っている以上に、ヒナは弱くなっていた。「ヒナお姉ちゃん、大丈夫? 泣かんといて。私、怒ってないから。ヒナお姉ちゃんのこと、嫌いにならないから。コルリお姉ちゃんも、絶対そうだから」
ツグミは慰めるように、ヒナの側に体を寄せて囁いた。でも、嗚咽を漏らして震えるヒナの体に触れるのは躊躇われた。
「うん。ごめん。私は大丈夫やから。ツグミは大丈夫だった? 殴られたりせんかった?」
ヒナはようやく頭を上げた。化粧が崩れないように、指先で涙を拭う。目元や鼻が真っ赤だった。いつも完璧なくらい美しい顔が、今の瞬間だけ少し老け込んだように思えた。
「ううん。私はなんともなかったで。みんなが助けてくれたから……」
ツグミは、ヒナに心配させないように、かすかに微笑みを作った。ヒナの声が涙で弱っているのに、それでもツグミを気遣ってくれるのが胸に刺さるようだった。
「そうか……よかった」
ヒナはようやくちょっと微笑んだ。安堵の微笑みだった。
「じゃあ、最初から話すな。8年前、なんでお父さんが誘拐されたか、ツグミはもう知っとおねんな?」
ヒナは顔を緊張させ、静かに語り始める。
ツグミはヒナの顔をちょっと見て、目線を正面に移した。
「うん。お父さん、フェルメールの『合奏』を手に入れて、どこかに隠したんやろ。その上で、川村さんに贋作を作らせてあいつらに渡したんや」
ツグミはこれまでに知り得た情報を並べる。
「そう。あれは報復や。お父さん、あいつらの商売を邪魔したんやからな。あいつらはお父さんを誘拐すれば、どっかから本物が出てくるだろう、って読みもあったみたいやな。それでお父さんが誘拐されて、すぐに警察が捜査に乗り出したけど、警察はすぐに事件から手を引いた」
ヒナはここで一度、話を区切った。ツグミは続きを促すつもりで、ヒナを振り返った。
「……ツグミはあの時、事故で入院しとったから知らんやろうな。あれな、私が、嘘の証言、したからなんや」
ヒナは何度もつっかえて、ひどく言いにくそうだった。
「ヒナお姉ちゃん、そんな嘘やろ」
ツグミは否定を口にしながら、内心、ヒナの言葉を嘘だと思っていなかった。
「本当の話や。私も宮川に騙されたんや。『父さんを助けてやってもいい』って。『だから、警察には嘘を吐け』って。……でもお父さんは帰ってこなかった。事件とは関係のない人間が1人逮捕されて、それで一件落着。捜査は打ち切られてしまった」
ヒナは感情を抑えていたが、言葉に、後悔の苦しみがはっきりと混じっていた。
逮捕された謎の人物は、真犯人ではなかった。さらなる捜査が必要だったが、その時には、すでにあらゆる手がかりが消滅してしまっていた。警察はやむなく迷宮入りを決め込んだ。
「嘘をついたって、言えばよかったやん。脅されていたって」
ツグミは身を乗り出して、訴えるように言った。
するとヒナの横顔に、哀しいものが浮かんだ。
「できんかったんや。妹が2人、おったから……」
ヒナは言葉を詰まらせて、最後まで口にしなかった。
ツグミははっとなった。ヒナはもう1段、脅迫を受けていたのだ。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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■2016/05/01 (Sun)
創作小説■
第11章 蛮族の王
前回を読む
10
夜の内に、オーク達は海岸へ向かった。港は1年前のブリテン艦隊襲撃以来、復旧はだいぶ進んでいた。今なお爪痕は生々しいが、それでも港に船を停泊させられるくらいには立ち直っている。民家も建ち、住人が戻ってきていた。守備隊も、夜の港を警備している。そんな港の外れの暗闇へとオーク達は向かう。明かりはなく、真っ暗闇に波の音ばかりが聞こえる。月の明かりで、ずっと向こうにある高い絶壁がそそり立つのが見えた。あれが王城が置かれている絶壁だ。
まず船乗りの名人が1人で舟に乗り、あの絶壁の調査へ向かった。舟は、ただちに明かりのない暗闇に飲み込まれていった。
それから数時間待った。もしや渦潮に飲み込まれたのか……そう思った頃、船乗りは戻ってきた。
船乗り
「確かにありました。危険な場所ですが、それらしき穴を見付けました。潮の引いた夜にしか現れない、小さな洞窟です」
思わぬ発見に、一同がどよめいた。
その日は引き下がり、翌日の夜、再び港に集まった。8人の男達が選ばれ、舟に乗り込んだ。
その時――、
守備隊
「何者だ! そこで何をしている!」
ランプの明かりが男達を照らした。
8人の男達ははっと武器を抜いた。戦いの覚悟を決める。
守備隊の男は、1人1人をランプで照らした。ランプの明かりがオークを照らした時、守備隊の男ははっと顔色を変えた。
守備隊
「……あなたは」
守備隊の男は居住まいを正して敬礼すると、回れ右をした。
ほっと緊張が通り過ぎる。
ゼイン
「有名なのも悪くないですな。さあ、早く行きましょう」
一同は舟に乗り、海へと乗り出した。
海は真っ暗だった。空が月明かりで淡く浮かんでいたが、絶壁が全ての光を吸い込むように、真っ黒に沈んでいた。
舟はしばらくは静かな波に乗っていたが、間もなく荒れ始めた。絶壁に近付くにつれ、波はさらに荒れて、渦を巻き始めた。舟をさらわんばかりの勢いだった。
船乗り
「捕まっていてください!」
船乗りが男達に忠告する。男達は舟にしがみついた。
何も見通せない真っ暗闇の中で、見えざるものに揺さぶられるのは恐怖だった。
舟はさんざんなくらい波に翻弄され、引っかき回された。岩にぶつかる、という危機を何度も乗り越えた。
絶壁の間近に迫ると、岩の一部が欠けたように穴があるのが見えた。荒れ狂う波に飲み込まれ、果たして本当に舟が入るのかどうか、というような穴だった。
船乗り名人は巧みに舟を操り、渦を乗り越え、岩礁にぶつかる危機を避けて、舟を鮮やかに穴の中へと滑り込ませた。
洞窟に入ると、不思議なくらい波は鎮まった。小波の音も急に遠ざかる。別世界へと入り込んだ、という感じがあった。
舟はしばらく狭く細い通路を潜り抜けた。男達は頭をぶつけないように、舟の底に這いつくばっていた。
ようやく広い場所へと出た。ランプの明かりを点けると、広い空間が浮かんだ。明らかに天然の洞窟だったが、奥の方に人工的な通路が作られているのが見えた。
オーク達は舟を下りると、通路を進んだ。それから間もなく、明らかに異質な感じの鉄扉が現れた。無骨な鉄扉で、特にこれといった特徴はない。すっかり錆び付いていて、開けようにもうまく開かなかった。
錆を剥がす作業が始まった。他の者は、しばしの小休止になった。
ゼイン
「オーク殿、王を救い出した後はいかがなさるおつもりかな」
オーク
「先代の王から、国を守れと命じられています。義務を果たします」
ゼイン
「しかしだ、今の王はウァシオだ。ほんの僅かな間だが、この国は様変わりしてしまった」
オーク
「何が言いたいのです?」
ゼイン
「怒らないで訊いていただきたい。もし地下牢に忍び込んだところで、セシル様が生きている保証はない。その時に、あなたは何のために戦っていくつもりですかな。あなたが守るべき国も、王も、すでに絶えてしまっていたとしたら……」
オーク
「私には……戦う以外の選択肢を知りません。今は、望みを失いたくありません。ゼインは?」
ゼイン
「全てを忘れて、古里の畑を耕したいと思います。それがし、ラーナ族の出身でな。戦続きでもう7年も帰っておらん」
オーク
「……そうですか」
ゼイン
「オーク殿の古里はいずこに?」
オーク
「私は以前の名前とともに古里を失いました。この国が私の古里です」
ゼイン
「まさに忠臣の言葉だな。望みがまだ失われていないことを祈ろう」
次回を読む
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■2016/04/30 (Sat)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
2
ツグミは助手席に乗ると、体の緊張が急に抜けるような気がした。トレンチコートのボタンを外し、さらにパーカーのチャックも下ろす。少し体に風を入れたかった。ヒナも体の力が抜けたみたいに、ステアリングに寄りかかっていた。ヒナの場合、解放感ではなく、消耗しきった感じだったと思う。
ツグミはうつむいて、ヒナが何か言うのをまった。きっとここで、ヒナは辛い思いをしてきたのだろう。まだすぐに色々できるほど立ち直れるとは思えなかった。
しばらくしてヒナは体を起こした。
「……行こうか」
ヒナは左手でエンジン・キーを捻った。ダイハツ・ムーブが小刻みに振動を始め、目の前にライトが点いた。足下からヒーターのぬくもりが這い上がってくる。
ダイハツ・ムーブはゆっくりと進んだ。右へ曲がり、しばらく道かどうかわからない悪路を、車全体を揺らしながら進んだ。ライトで照らされる道は、道といえないくらいの砂利道で、ヒナは慎重にダイハツ・ムーブを進めていた。
ようやく一般道に出た。直前でダイハツ・ムーブを止めて左右を見回すが、こんな寂れた道に車なんて通るはずもない。
ヒナは一般道路に出て、左に曲がった。辺りは真っ暗で、時々街灯の明かりが仄暗く道を照らした。周囲は背の高い森になっていて、木々がまるで真っ暗な壁のようになって立ちふさがっている。どこを振り向いても何も特徴はないが、さっき来た道を引き返しているのだけはわかった。
やがて車は十字路に出た。信号もなかったが、ヒナは一旦車を停めて、ルームミラーを覗き込んだ。ツグミも意図を察して、前後左右に注意を向けた。追跡車はどこにもいない。どうやら、ヒナは本当に解放されたみたいだった。
ダイハツ・ムーブは左に曲がった。この道は直進してきたはずだ。ツグミはどこへ行くのだろう、と思った。
ダイハツ・ムーブはしばらく直進し、間もなくして脇に現れた小さな空き地に入っていった。空き地は真っ暗で特に何もなく、放置された茂みの合間にたまたまできた空間みたいな場所だった。ダイハツ・ムーブはそんな場所へ入っていき、停車した。
そこまでやってきて、ヒナは「ふぅー」とため息を漏らして、ステアリングにもたれかかった。ヒナの溜め息が重々しくて、体の奥に堪った何かを同時に吐き出しているようだった。
「ツグミは、いつから気付いとったん。私が関わっていること」
ヒナはステアリングにもたれかかった格好のまま、訊ねた。声が弱々しかった。
ツグミは体をかがめて、紺のハイソックスをずらした。そこに、小さく折りたたまれた紙が隠してあった。
ツグミは紙を開いて、ヒナに差し出した。「『ガリラヤの海の嵐』と人質を交換」と書かれた、あの指示書だった。警察に見つけられてはいけないものだから、ずっと肌身離さず持ち歩いていたのだ。
「これ、ヒナお姉ちゃんの字やろ。それにこの最後に書かれた落書き……。これ、ヒナお姉ちゃんがよく描いとったやつやん」
ツグミは、指示書の文字の末尾に描かれた落書きを指さした。小さなヒヨコだ。ヒナは学生の頃はよく画を描いていたが、サイン代わりに使っていたのが、このヒヨコだった。ヒヨコを使っていたのは、もちろん名前がヒナだからだ。
「ヒナお姉ちゃん、ルリお姉ちゃんに会ったんやろ。それで『ガリラヤの海の嵐』の存在を聞き出し、取引の材料にした。かな恵さんは、ヒナお姉ちゃんが連絡もしてくれないって話してたけど、あれは嘘やろ。ヒナお姉ちゃんは、かな恵さんと連絡を取り合っていて、それで今回の計画に協力してもらった。そうやね?」
かな恵はおっとりしているようで、妙なところで執念深いところがある。好きな相手が連絡をしてくれないのなら、自分で居場所を調べて、押しかけるくらいはやるだろう。
ヒナはステアリングにもたれかかったままの格好で、少し顔を傾けてツグミを見た。その顔に、疲労と安堵が両方を浮かんでいた。
「ツグミは本当に賢いんやね。これだけのヒントで全部お見通しや。それにうまく立ち回って、こんなところまでやってきた。ツグミ、ごめんな。私、ツグミを裏切っとったわ。コルリのことも。本当、ごめん」
ヒナはハンドルを突っ伏したまま、小さく嗚咽を漏らした。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2016/04/29 (Fri)
創作小説■
第11章 蛮族の王
前回を読む
9
オークは隠里を出ると、目立ちやすい街道を避けて、人知れぬ丘や荒れ地を抜け、3日後、城の東に置かれた港に到着した。夜の時間を待って街の中へと入っていくと、あらかじめ用意していた隠れ家に潜んだ。男
「城は異国の兵士によって厳重に警備され、大門を潜るにも身体検査やクロースの審査を受けねばなりません。武器を持って入るのは困難です。もしも街に入れても、住民による相互の監視や密告の恐れがあります」
ゼイン
「侵入は難しい、か」
男
「この一ヶ月の間にウァシオの暗殺が計画されましたが、城に入る前に捕らえられ、処刑されています」
ゼイン
「武器はナイフ1つでも暗殺を疑われる。いや、兵卒だった者は町民と体格が違うから、即座に監視の対象になるだろう」
オーク
「…………」
男
「それに、オークは名の知れた武将。あまりにも顔が知られすぎています。街に入れば、すぐにでも噂に上るでしょう」
ゼイン
「仕方ない。オーク殿には留守番をお願いしよう。しかし我々とて侵入は難しい。内部に通じている仲間はおらんのか」
オーク
「いや……」
ゼイン
「うん?」
オークは何か記憶に引っ掛かるものがあった。
オーク
「城の地下には秘密の通路があるというのを誰か訊いたことはありませんか。もしもの時の抜け道だという……」
オークは、かつてセシルが言った『この階段はずっと下まで続いている。その先に秘密の扉があり、海に出ることができる。……いわば抜け道だ』という言葉を思い出していた。
ゼイン
「なんとそんな場所が」
オーク
「真偽の定かではありませんが、確かめる価値はあります」
次回を読む
目次
■2016/04/28 (Thu)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
1
ツグミはヒナの後に従いて、休憩室の外に出た。廊下は相変わらず仄暗い明かりを、床に映していた。今は不気味さはなく、どこかばたばたとした雰囲気があった。
ヒナは早足で階段に向かった。ツグミはヒナの背中を追いかけた。しかし階段の前までやってきて、躊躇ってしまった。ツグミはもともと階段を下りるのが苦手だったけど、この階段は暗く、しかも幅が広い上に手摺りがない。
ヒナは先に階段を下りていった。ツグミは、「置いて行かれる」と思って、階段を下り始めた。1段1段、壁に手をつきながら、慎重に降りていく。
するとヒナが数段下に降りたところで立ち止まった。少し戻ってきてツグミの手を握った。
ツグミは振り返ったヒナの顔を、ちらと見た。ヒナの顔はまだ冷たくて、いつもの優しさがなかった。でもヒナは、ツグミが足を滑らさないようにゆっくりと1段ずつ降りてくれた。
1階に下りて、真っ暗の廊下を通過した。建物の入口は開けたままになっていた。車に乗っていた人はみんな建物の中らしく、周辺の人の影はなかった。
建物の外も真っ暗だった。月明かりがドアの周囲だけをかすかに照らしている。建物を取り囲む藪が、暗い壁になって立ちふさがっていた。
藪が暗闇の中でざわざわと囁きあっていた。きっと風だと思うけど、その向こうに何かが潜んでいるような気がして不気味だった。
ヒナはツグミの手を引いて、駐車スペースまで進んだ。ダイハツ・ムーブの前まで進んで、ヒナはツグミの手を離す。
やっぱりヒナの車だったんや……。
ツグミがこのダイハツ・ムーブを見たのは、あのミレー贋作事件の後だった。妻鳥画廊に置かれていたミレーの真画を回収するために、ヒナは自前の車でやってきた。その時の車がダイハツ・ムーブだった。
それに、福知山市といえば京都だ。ツグミははじめはわからなかったけど、間もなくヒナが左遷された場所を思い出した。
ヒナがキーを取り出し、運転席に乗り込み、助手席のロックを外した。ツグミはドアを開けて、助手席に乗る。この車に乗るのは初めてだった。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。