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■2016/08/13 (Sat)
創作小説■
第8章 帰還
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2
あの後の話を、少ししておこうと思う。フェルメールの『合奏』が日本で発見された。大発見の一報は、何よりも先に、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に届けられた。
ガードナー美術館の女性館長は、感激のあまりに受話器を握りしめながら、泣いていたそうだ。18年の重荷から解放された感激だろう。
ガードナー美術館は、発見者であるツグミを、「是非アメリカに来て欲しい」と招待した。ツグミは「2人の姉が回復するのを待って欲しい」と返事した。どうせなら、姉妹3人揃って行きたかった。
日本では少し遅れて、警察がフェルメールの『合奏』が発見されたと公式に発表した。
でも、日本ではあまり話題にされなかった。警察がツグミの名前を公表しなかった、というのもあるけど、それ以前に日本人はあまり美術に関心がないからだろう。
そういうわけで、妻鳥画廊の周辺は相変わらずだった。店を開けても、訪ねてくる人はたまにいる、というくらい。静かな毎日は簡単に戻ってきた。
ヒナは病院を退院すると、すぐに神戸近代美術館に復職した。神戸西洋美術館への潜入捜査が大成功に終わり、ヒナは大出世、給料も一気に倍増した。妻鳥一家は、以前のような苦労をしなくていいようになった。
しかし、ヒナは美術の世界で一躍有名人になり、仕事量も倍増したため、滅多に家に帰らなくなってしまった。
コルリは医師から、全治5ヶ月と告げられていた。ツグミが最初に見舞ったとき、コルリは全身包帯まみれで、意識も途切れがちだった。
ところが、コルリは僅か2ヶ月で退院してしまった。驚異的な回復力で、体には瘡蓋の跡すらなし。心配されていた「心の傷」も皆無。医者も呆れる回復力だった。
コルリは退院すると、すぐにでもカメラを手に飛び出してしまった。入院前よりも、放浪癖はよりひどくなったように思えた。
ツグミは、コルリの心理に異変が起きたのか、と心配した。そんなツグミの心配も、コルリの作品を見てすぐに晴れた。コルリの写真は、事件前と何ら変わっていなかった。美しく、大らかだった。作品に訊ねてみても、コルリに心の傷などまったく見当たらなかった。
年が明けると、いよいよアメリカに行く段取りが始まった。フェルメールの『合奏』はすでにアメリカに空輸されていたけど、公開はまだだった。ガードナー美術館によると、ツグミの訪問と一緒に、絵を一般公開したいという計画だったそうだ。絵と一緒に、ツグミを紹介したいというのだ。
旅行の手配は、料金を含めて、全て警察がやってくれた。当初の予定では飛行機で行く予定だったけど、せっかくだから「クルージングがいい」とツグミは主張した。ツグミにとって、豪華客船の旅は憧れだった。
すると、本当にクルーズ船の予約を入れてくれた。日本最大の旅客船、飛鳥Ⅱで、しかも夢のロイヤル・スイートだった(※)。
太平洋を横断して、パナマ運河を通過し、ニューヨークに寄港するプランだった。ツグミがそろそろアメリカに行こうという時期に、たまたま飛鳥Ⅱがちょうどいい旅行プランを企画していたのだ。
そして春がやってきた。ツグミとコルリは、飛鳥Ⅱに乗って旅立ち――現在に至る。
※ もちろん税金から旅費予算が組まれたのではなく、『合奏』に懸賞金を掛けていたFBIから降りたお金が使われている。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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