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■2009/08/06 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
2
私は張り紙の前で、茫然と立ち尽くした。張り紙の文字は、達筆な毛筆で書かれていた。左横に添えられた“まとい”の文字は、ペン書きの丸文字だった。
「なんなのよこれ!」
千里が肩を震わせて怒鳴った。なかなか妥当と思える反応だった。
「先生、いるんでしょ! 出て来なさい!」
千里は玄関扉に進んで、ドンドンと叩いた。さらに開けようと格子戸を壊さんばかりに引こうとする。
「ちょっと、千里ちゃん」
私は千里の肩をつかんで宥めようとした。
千里が私を振り返って睨んだ。やばい、と私は手をのけた。
「日塔さんは庭のほうへ回って。私は反対側から見て回るから。もし少しでも気配を感じたら、きっちりと報告するのよ!」
千里は問答無用に命令すると、家の左手に飛び込んでしまった。
私は千里の後ろ姿を見送りながら、また茫然としてしまった。どうしよう。千里は一度動き出したら、止まらないところがあるからな……。
私は諦めて右手の庭に足を向けた。
敷地の右手に入っていくと、小さな庭が現れた。特に植物もなく、乾いた土に雑草がぽつぽつと生えているだけだった。ちゃんと手入れはされているようだった。
庭に面したところが廊下になっているらしい。でも雨戸が全て締め切られて、中の様子はわからなかった。
私は先生の家をしばらく眺めた。庭はちょうど日蔭になっていて、瓦の頂点に太陽の光が当たっていた。先生の家は落ち着いた趣があって、静かで、それでいては廃墟とは違う穏やかさがあるように思えた。
そこに人の気配は感じられない。私はここに先生が住んでいるんだな、と思っていた。
裏手を回っていた千里が、一周してきて庭に姿を現した。
「日塔さん、糸色先生いた?」
千里は髪についた蜘蛛の巣を払いながら、激しいテンションで私に声をかけた。
「ううん。誰もいないみたいだよ」
私は落ち着いて首を振った。ここで千里の勢いに飲まれると危険だ、という思いがあった。
「仕方がないわ。こうなったら、強行突破で……。」
千里は考えるように目線を落とす。
「駄目だよ、千里ちゃん。勝手に入るのはよくないし、それ多分、犯罪だよ?」
私は言葉を選んでうまく宥めようとした。
千里が厳しい目で私を振り返った。それから、しばらく考えるふうにして、やっと頷いた。
「そうね。」
千里は納得したように呟くと、早足で歩き始めた。玄関のほうだ。
「どうしたの?」
私は千里の後を追って、玄関扉に進んだ。千里は玄関扉に貼り付けてある張り紙を引き剥がしていた。
「警察に行くわ。失踪したんだから、これは事件よ。」
千里は“失踪します”の張り紙を手に私に説明した。
私は、「えー」と返すしかできなかった。確かに失踪したのなら事件だ。でも、なんだろう。どういうわけか張り紙には、そんな深刻なものを感じられなかった。
私と千里は、糸色先生の家を離れて、通りに出た。交番はどっちだろう、としばらくやって、左手の道を進み始めた。
そうして次の角を曲がったところに、偶然にも可符香と出くわした。可符香はチューリップの柄が細かくプリントされた、シンプルなワンピースを着ていた。
「あ、奈美ちゃんに千里ちゃん。どうしたの、二人で」
可符香はこんな炎天下だというのに、暑さを忘れさせるような涼しげな微笑で私たちに声をかけた。
「風浦さん。糸色先生を見なかった? 実はさっき先生ん家行ったんだけど、玄関にこんなものが貼られていたの。」
千里は声を動揺させて、持っていた“失踪します”の張り紙を可符香に手渡した。
「先生が失踪?」
可符香はきょとんとした顔で、張り紙の文字に目を向けた。
「これから警察に行こうと思っているの。もしものことがあったら、どうしよう。」
千里は不安で顔を青くしていた。
でも可符香は、ふわりとぬくもりのある笑顔で顔を上げた。
「やだなぁ、こんな身近に失踪者なんて出るわけないじゃないですか。これはただの里帰りだよ」
可符香は明るい声で言って、千里に張り紙を返した。
千里は張り紙を受け取って、しばらく考えるように張り紙に目を落とした。
「……それもそうね。失踪する人が自分で失踪するなんて、書かないわよね。」
「納得したの?」
感情むき出しだった千里が、急に冷静さを取り戻し始めた。
でも、確かに可符香の言うとおりだった。失踪する人が自分で「失踪する」なんて書くはずがない。この場合、「出掛けます」と捉えるべきだ。
「あ、そうだ。あの人に聞いてみようよ」
可符香の頭の上に白熱球が輝いたようだった。
「え、誰に?」
私は可符香を振り返って訊ねた。
「行けばわかるよ」
可符香は無垢な子供のような微笑を浮かべていた。
次回 P017 第3章 義姉さん僕は貴族です3 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P016 第3章 義姉さん僕は貴族です
2
私は張り紙の前で、茫然と立ち尽くした。張り紙の文字は、達筆な毛筆で書かれていた。左横に添えられた“まとい”の文字は、ペン書きの丸文字だった。
「なんなのよこれ!」
千里が肩を震わせて怒鳴った。なかなか妥当と思える反応だった。
「先生、いるんでしょ! 出て来なさい!」
千里は玄関扉に進んで、ドンドンと叩いた。さらに開けようと格子戸を壊さんばかりに引こうとする。
「ちょっと、千里ちゃん」
私は千里の肩をつかんで宥めようとした。
千里が私を振り返って睨んだ。やばい、と私は手をのけた。
「日塔さんは庭のほうへ回って。私は反対側から見て回るから。もし少しでも気配を感じたら、きっちりと報告するのよ!」
千里は問答無用に命令すると、家の左手に飛び込んでしまった。
私は千里の後ろ姿を見送りながら、また茫然としてしまった。どうしよう。千里は一度動き出したら、止まらないところがあるからな……。
私は諦めて右手の庭に足を向けた。
敷地の右手に入っていくと、小さな庭が現れた。特に植物もなく、乾いた土に雑草がぽつぽつと生えているだけだった。ちゃんと手入れはされているようだった。
庭に面したところが廊下になっているらしい。でも雨戸が全て締め切られて、中の様子はわからなかった。
私は先生の家をしばらく眺めた。庭はちょうど日蔭になっていて、瓦の頂点に太陽の光が当たっていた。先生の家は落ち着いた趣があって、静かで、それでいては廃墟とは違う穏やかさがあるように思えた。
そこに人の気配は感じられない。私はここに先生が住んでいるんだな、と思っていた。
裏手を回っていた千里が、一周してきて庭に姿を現した。
「日塔さん、糸色先生いた?」
千里は髪についた蜘蛛の巣を払いながら、激しいテンションで私に声をかけた。
「ううん。誰もいないみたいだよ」
私は落ち着いて首を振った。ここで千里の勢いに飲まれると危険だ、という思いがあった。
「仕方がないわ。こうなったら、強行突破で……。」
千里は考えるように目線を落とす。
「駄目だよ、千里ちゃん。勝手に入るのはよくないし、それ多分、犯罪だよ?」
私は言葉を選んでうまく宥めようとした。
千里が厳しい目で私を振り返った。それから、しばらく考えるふうにして、やっと頷いた。
「そうね。」
千里は納得したように呟くと、早足で歩き始めた。玄関のほうだ。
「どうしたの?」
私は千里の後を追って、玄関扉に進んだ。千里は玄関扉に貼り付けてある張り紙を引き剥がしていた。
「警察に行くわ。失踪したんだから、これは事件よ。」
千里は“失踪します”の張り紙を手に私に説明した。
私は、「えー」と返すしかできなかった。確かに失踪したのなら事件だ。でも、なんだろう。どういうわけか張り紙には、そんな深刻なものを感じられなかった。
私と千里は、糸色先生の家を離れて、通りに出た。交番はどっちだろう、としばらくやって、左手の道を進み始めた。
そうして次の角を曲がったところに、偶然にも可符香と出くわした。可符香はチューリップの柄が細かくプリントされた、シンプルなワンピースを着ていた。
「あ、奈美ちゃんに千里ちゃん。どうしたの、二人で」
可符香はこんな炎天下だというのに、暑さを忘れさせるような涼しげな微笑で私たちに声をかけた。
「風浦さん。糸色先生を見なかった? 実はさっき先生ん家行ったんだけど、玄関にこんなものが貼られていたの。」
千里は声を動揺させて、持っていた“失踪します”の張り紙を可符香に手渡した。
「先生が失踪?」
可符香はきょとんとした顔で、張り紙の文字に目を向けた。
「これから警察に行こうと思っているの。もしものことがあったら、どうしよう。」
千里は不安で顔を青くしていた。
でも可符香は、ふわりとぬくもりのある笑顔で顔を上げた。
「やだなぁ、こんな身近に失踪者なんて出るわけないじゃないですか。これはただの里帰りだよ」
可符香は明るい声で言って、千里に張り紙を返した。
千里は張り紙を受け取って、しばらく考えるように張り紙に目を落とした。
「……それもそうね。失踪する人が自分で失踪するなんて、書かないわよね。」
「納得したの?」
感情むき出しだった千里が、急に冷静さを取り戻し始めた。
でも、確かに可符香の言うとおりだった。失踪する人が自分で「失踪する」なんて書くはずがない。この場合、「出掛けます」と捉えるべきだ。
「あ、そうだ。あの人に聞いてみようよ」
可符香の頭の上に白熱球が輝いたようだった。
「え、誰に?」
私は可符香を振り返って訊ねた。
「行けばわかるよ」
可符香は無垢な子供のような微笑を浮かべていた。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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■2009/08/06 (Thu)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
1
8月の半ば頃に入った。夏休みは、もう後半の後半。あとは残り日数を数えるだけとなった。
私は夏の暑さに降参するように、自分の部屋で転がっていた。オレンジのタンクトップに、デニムのショートパンツという格好だった。
窓を全開にしているけど、入ってくるのはドライヤーのように暖められた風だけだった。太陽の熱射はなんでもかんでもくっきりとさせて、私の部屋を極彩色に変えていた。
……暑い。何もする気になれない。
全身から汗が流れ出る。こうしてしばらく転がっていたら気力が戻るかと思ったけど、体から水分が失われるだけだった。
机の上に夏休みの宿題が広げられていた。けれど、続きをしようという気になれなかった。宿題はほとんど手付かずだった。私は小学生時代からの教訓を一切生かさず、夏休みを遊び倒してするべき宿題を溜めてしまっていた。
そろそろ宿題を片付けなければいけない。だというのに、やる気は1ミリも動かなかった。
私は重たい体を起こして、立ち上がった。部屋を出て、ふらふらと階段を降りていく。狭くて急な階段は、影が濃くて、少し涼しかった。
台所に入り、冷蔵庫を開けた。何か飲める物はないだろうか、と思ったが、麦茶もカルピスもなかった。
「お母さん、カルピスないの? お母さん?」
私はどこかにいるはずの母を探して呼びかけた。
「もう、ないわよ。買ってきて。どうせ暇でしょ」
脱衣所のほうから母の声が返ってきた。どうやら洗濯をしているらしく、ぶるぶると水が渦を巻く音が聞こえてきた。
「暇じゃないんだよ。暇じゃ。宿題もあるし……」
私は諦めて冷蔵庫を閉じた。気分が晴れないまま、2階へ繋がる階段の前へ行く。階段を一段登ろうとして、足を止めてしまった。
部屋で待っているのは、夏休みの宿題だった。部屋に戻れば、嫌でも宿題という義務に直面しなければならなくなる。
私は重い溜息をついて、回れ右をした。
「カルピス買ってくるね」
私は母に用事を告げると、玄関に向かった。
外に出ると、さらに激しい熱射が頭の上から降り注いだ。異様な熱を持った箱の中に放り込まれたみたいだった。街はくっきりと色彩を切り分け、陰影を際立たせていた。外に出た判断を後悔したくなるような暑さだった。
私は、水分を失いすぎてふらふらする足元を律しながら、近所のスーパーへと向かった。
やっとスーパーに入ってクーラーの冷気に触れると、生き返るような心地だった。私はしばらく物色する振りをして充分に涼むと、棒アイスとカルピスを買ってスーパーを出た。
スーパーを出ると、私はアイスの包み紙を解いて、ぱくりと食べた。ひんやりした食べ物が体の中に落ちていく感触があった。アイスを食べながらなら、家まで体が持ちそうだと思った。
そうして家への道を戻り始めたけど、ふと私は足を止めた。そういえば、糸色先生の家ってこの近くだっけ。
急に私に悪戯心が湧き上がった。このまま、いきなり糸色先生の家へ押しかけちゃおうかな、と。せっかくカルピスも買ったわけだし、一緒に飲みませんか、なんて切掛けを作って。
私は一人で勝手に気分を盛り上がらせると、進路を変更して別の道へ入った。
アイスを食べながら、日蔭を選んで進む。そうして道を進んでいくと、ばったりと木津千里と出会ってしまった。
「あら、もしかして日塔さんも糸色先生のところ?」
千里は肩にかかる艶のある髪を払いのけながら、私に微笑みかけた。千里は胸元に刺繍の入ったキャミソールに、それに柄を合わせた膝上までの短いスカートを穿いていた。
「えっと、うん、そう」
私は笑顔を引き攣らせて答えた。抜け駆けを指摘されたみたいで、気まずい思いだた。
「そう。じゃあ、一緒に行きましょう」
でも千里は気にした様子もなく、通りを歩き始めた。私は棒アイスの最後の一口をぱくりと食べて、残った棒を袋の中に捨てた。そうして、千里と並んで歩いた。
「千里ちゃんは、先生の家に何か用事とかあるの? 委員長の仕事とか?」
私は、自分で勝手に引きこんだ気まずさをごまかすように訊ねた。
「ううん。たまに様子を見ないと、なんとなく心配でしょ。ほら、あの人、頼りないところがあるから。日塔さんは、何か用事だったの?」
千里は穏やかな調子で私に答えを返した。
「ええっと、私は、その……。そう、宿題、見てもらおうかなって……」
私は目一杯のごまかし笑いを浮かべて答えた。宿題も持っていないのだから、すぐにばれる嘘だと思ったけど。
でも千里は疑いもせず、ふうん、と視線を前に戻した。
そのまま私たちは、話もせずに並んで歩いた。時々、私は千里の横顔をちらと見た。綺麗で艶のある黒髪。小さく整った顔。体格は小柄なほうだけど、私の目からでも、千里は美人で魅力のある女の子に見えた。
そんな千里を前にして、私は軽く憂鬱を感じた。千里みたいな美人と並ぶと、私は日蔭に入っちゃうんだろうな、という気がした。
間もなくして、糸色先生の借家が見えてきた。緑が茂った低い生垣がぐるりと取り囲んでいる。小さな二階建ての家だったけど、木造の家には趣があり、立派な瓦の屋根が載っていた。
私は糸色先生の借家までやってきて、今さらながら気分をそわそわさせると同時に緊張した。本当に来ちゃった、みたいな気分だった。千里と一緒じゃなかったら、たぶんここまで来て素通りしていたかもしれない。
千里が戸口を開けて、敷地の中へ入っていった。玄関の格子戸が目の前に現れた。その格子戸に、なにやら張り紙が貼り付けてあった。
“失踪します 糸色望
まとい”
次回 P016 第3章 義姉さん僕は貴族です2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P015 第3章 義姉さん僕は貴族です
1
8月の半ば頃に入った。夏休みは、もう後半の後半。あとは残り日数を数えるだけとなった。
私は夏の暑さに降参するように、自分の部屋で転がっていた。オレンジのタンクトップに、デニムのショートパンツという格好だった。
窓を全開にしているけど、入ってくるのはドライヤーのように暖められた風だけだった。太陽の熱射はなんでもかんでもくっきりとさせて、私の部屋を極彩色に変えていた。
……暑い。何もする気になれない。
全身から汗が流れ出る。こうしてしばらく転がっていたら気力が戻るかと思ったけど、体から水分が失われるだけだった。
机の上に夏休みの宿題が広げられていた。けれど、続きをしようという気になれなかった。宿題はほとんど手付かずだった。私は小学生時代からの教訓を一切生かさず、夏休みを遊び倒してするべき宿題を溜めてしまっていた。
そろそろ宿題を片付けなければいけない。だというのに、やる気は1ミリも動かなかった。
私は重たい体を起こして、立ち上がった。部屋を出て、ふらふらと階段を降りていく。狭くて急な階段は、影が濃くて、少し涼しかった。
台所に入り、冷蔵庫を開けた。何か飲める物はないだろうか、と思ったが、麦茶もカルピスもなかった。
「お母さん、カルピスないの? お母さん?」
私はどこかにいるはずの母を探して呼びかけた。
「もう、ないわよ。買ってきて。どうせ暇でしょ」
脱衣所のほうから母の声が返ってきた。どうやら洗濯をしているらしく、ぶるぶると水が渦を巻く音が聞こえてきた。
「暇じゃないんだよ。暇じゃ。宿題もあるし……」
私は諦めて冷蔵庫を閉じた。気分が晴れないまま、2階へ繋がる階段の前へ行く。階段を一段登ろうとして、足を止めてしまった。
部屋で待っているのは、夏休みの宿題だった。部屋に戻れば、嫌でも宿題という義務に直面しなければならなくなる。
私は重い溜息をついて、回れ右をした。
「カルピス買ってくるね」
私は母に用事を告げると、玄関に向かった。
外に出ると、さらに激しい熱射が頭の上から降り注いだ。異様な熱を持った箱の中に放り込まれたみたいだった。街はくっきりと色彩を切り分け、陰影を際立たせていた。外に出た判断を後悔したくなるような暑さだった。
私は、水分を失いすぎてふらふらする足元を律しながら、近所のスーパーへと向かった。
やっとスーパーに入ってクーラーの冷気に触れると、生き返るような心地だった。私はしばらく物色する振りをして充分に涼むと、棒アイスとカルピスを買ってスーパーを出た。
スーパーを出ると、私はアイスの包み紙を解いて、ぱくりと食べた。ひんやりした食べ物が体の中に落ちていく感触があった。アイスを食べながらなら、家まで体が持ちそうだと思った。
そうして家への道を戻り始めたけど、ふと私は足を止めた。そういえば、糸色先生の家ってこの近くだっけ。
急に私に悪戯心が湧き上がった。このまま、いきなり糸色先生の家へ押しかけちゃおうかな、と。せっかくカルピスも買ったわけだし、一緒に飲みませんか、なんて切掛けを作って。
私は一人で勝手に気分を盛り上がらせると、進路を変更して別の道へ入った。
アイスを食べながら、日蔭を選んで進む。そうして道を進んでいくと、ばったりと木津千里と出会ってしまった。
「あら、もしかして日塔さんも糸色先生のところ?」
千里は肩にかかる艶のある髪を払いのけながら、私に微笑みかけた。千里は胸元に刺繍の入ったキャミソールに、それに柄を合わせた膝上までの短いスカートを穿いていた。
「えっと、うん、そう」
私は笑顔を引き攣らせて答えた。抜け駆けを指摘されたみたいで、気まずい思いだた。
「そう。じゃあ、一緒に行きましょう」
でも千里は気にした様子もなく、通りを歩き始めた。私は棒アイスの最後の一口をぱくりと食べて、残った棒を袋の中に捨てた。そうして、千里と並んで歩いた。
「千里ちゃんは、先生の家に何か用事とかあるの? 委員長の仕事とか?」
私は、自分で勝手に引きこんだ気まずさをごまかすように訊ねた。
「ううん。たまに様子を見ないと、なんとなく心配でしょ。ほら、あの人、頼りないところがあるから。日塔さんは、何か用事だったの?」
千里は穏やかな調子で私に答えを返した。
「ええっと、私は、その……。そう、宿題、見てもらおうかなって……」
私は目一杯のごまかし笑いを浮かべて答えた。宿題も持っていないのだから、すぐにばれる嘘だと思ったけど。
でも千里は疑いもせず、ふうん、と視線を前に戻した。
そのまま私たちは、話もせずに並んで歩いた。時々、私は千里の横顔をちらと見た。綺麗で艶のある黒髪。小さく整った顔。体格は小柄なほうだけど、私の目からでも、千里は美人で魅力のある女の子に見えた。
そんな千里を前にして、私は軽く憂鬱を感じた。千里みたいな美人と並ぶと、私は日蔭に入っちゃうんだろうな、という気がした。
間もなくして、糸色先生の借家が見えてきた。緑が茂った低い生垣がぐるりと取り囲んでいる。小さな二階建ての家だったけど、木造の家には趣があり、立派な瓦の屋根が載っていた。
私は糸色先生の借家までやってきて、今さらながら気分をそわそわさせると同時に緊張した。本当に来ちゃった、みたいな気分だった。千里と一緒じゃなかったら、たぶんここまで来て素通りしていたかもしれない。
千里が戸口を開けて、敷地の中へ入っていった。玄関の格子戸が目の前に現れた。その格子戸に、なにやら張り紙が貼り付けてあった。
“失踪します 糸色望
まとい”
次回 P016 第3章 義姉さん僕は貴族です2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/04 (Tue)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
11
可符香のノートをチェックし終えて、糸色先生は次のノートを手に取りながら、私を改まったふうに振り返った。
「それで、日塔さん。あれから1週間が経ちましたが、具合はどうですか。そろそろ落ち着きましたか」
糸色先生は、少し私に気を遣うみたいだった。
「ありがとうございます。でも、もう随分経ちますから。平気ですよ」
私は軽く笑顔を作った答えを返した。
本当はまだ、落ち着いているとは言えなかった。夜、眠ろうとすると、あのホルマリン漬けを夢に見るのではないかと思う日はあった。
それに、あれから何度か野沢の携帯電話に掛けてみたけど、一度も応答はなかった。友達の情報を頼って、やっと家の電話を調べたけど、家族の人から「行方不明だ」と告げられた。
あの事件はまだ終っていない。私の心の底にできた闇と恐怖は、まだ晴れずに静かに漂っている。もしも、野沢君の身に何か起きていたとしたら……。私は、その時の心の準備はできているだろうか。
「野沢君、大丈夫かな」
私は何となくそれを口にするのが嫌だった。それを口にしたら、野沢が無事でないと認めるみたいだったから。
「失踪届けが出たそうです。死亡ではありません」
「失踪届け、ですか?」
糸色先生が簡単に説明した。でも私は意味がわからなくて、聞き返してしまった。
「失踪者に出される届出です。失踪届けが出れば、全国の警察に伝わり、仕事ついでに探してくれるようになるんですよ。だから、もしかすると、どこかでひょっこり見付かるかもしれませんよ」
糸色先生は私を安心するように微笑みかけた。ちなみに失踪届けは、7年が過ぎると、死亡扱いになるそうだ。7年も経つと、もう発見されないだろう、という意味だ。
「蘭京さん、まだ見付からないそうですね」
でも私の気分は晴れず、ぽつりと声を沈ませた。
「警察が目下捜索中です。すでに町中くまなく捜索されましたが、発見されていないようです。自宅にも帰った痕跡がないようです。蘭京さんには親類もいなかったそうですから、行き先は不明のまま。でも、とりあえず町内にはいないでしょう。これだけ探していないのですから。だから日塔さんも安心してもいいですよ」
糸色先生は私を元気付けるように、ちょっと笑顔で顔を上げた。
「そうですか……」
私はすぐには明るい気持ちになれず、やっぱり声を沈ませた。
蘭京太郎は発見されていなかった。糸色先生が言ったように、痕跡を残さず忽然と姿を消していた。
行方不明になった生徒も発見されていない。だからあのホルマリン漬けの持ち主が、行方不明の生徒なのか、それすらわからないままだった。
私の個人的な気持ちが、ではなく、実際に事件は終っていなかった。なのに、不思議なくらい平和な日常は戻ってきた。みんな事件などなかったみたいに、笑ったり騒いだりしている。
町に出ると、蘭京太郎の指名手配写真が一杯に貼り出されていた。事件は継続中だ、と警告するように。でもそんな風景すら日常のひとコマにしてしまって、平凡な毎日が続いている、という感じだった。
「さて、日塔さん。私は仕事があるので。そろそろ、通知表をつけねばなりませんし」
しばらく黙って立っていると、糸色先生が私に声をかけた。
私は、あっと顔を上げた。糸色先生は抽斗を開けて、これみよがしに通知表の束を引っ張り出していた。
「あ、失礼します!」
私は背筋を真直ぐ伸ばして挨拶をすると、逃げるように糸色先生の机を離れた。
そうして職員室を出て行こうとしたとき、
「……非通知にしちゃおっかな」
糸色先生が小さな声で呟くのが聞こえた。
私はふと足を止めて、糸色先生を振り返った。糸色先生は憂鬱そうに首をうなだれさせて通知表と向き合っていた。
糸色先生、私、非通知賛成です。
私は「失礼しました」と職員室を出て行った。
職員室を出ると、正面の窓に鮮やかに冴えた緑色が現れた。ミンミンと叫ぶようなセミの大合唱が聞こえていた。
そういえば、もうすぐ夏休みだな、と私は思った。
子供の頃は、楽しみに日を数えて待っていた夏休み。でも今の私の気持ちは、ぼんやりと暗いものを背中に抱えたままだった。
次回 P015 第3章 義姉さん僕は貴族です1 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P014 第2章 毛皮を着たビースト
11
可符香のノートをチェックし終えて、糸色先生は次のノートを手に取りながら、私を改まったふうに振り返った。
「それで、日塔さん。あれから1週間が経ちましたが、具合はどうですか。そろそろ落ち着きましたか」
糸色先生は、少し私に気を遣うみたいだった。
「ありがとうございます。でも、もう随分経ちますから。平気ですよ」
私は軽く笑顔を作った答えを返した。
本当はまだ、落ち着いているとは言えなかった。夜、眠ろうとすると、あのホルマリン漬けを夢に見るのではないかと思う日はあった。
それに、あれから何度か野沢の携帯電話に掛けてみたけど、一度も応答はなかった。友達の情報を頼って、やっと家の電話を調べたけど、家族の人から「行方不明だ」と告げられた。
あの事件はまだ終っていない。私の心の底にできた闇と恐怖は、まだ晴れずに静かに漂っている。もしも、野沢君の身に何か起きていたとしたら……。私は、その時の心の準備はできているだろうか。
「野沢君、大丈夫かな」
私は何となくそれを口にするのが嫌だった。それを口にしたら、野沢が無事でないと認めるみたいだったから。
「失踪届けが出たそうです。死亡ではありません」
「失踪届け、ですか?」
糸色先生が簡単に説明した。でも私は意味がわからなくて、聞き返してしまった。
「失踪者に出される届出です。失踪届けが出れば、全国の警察に伝わり、仕事ついでに探してくれるようになるんですよ。だから、もしかすると、どこかでひょっこり見付かるかもしれませんよ」
糸色先生は私を安心するように微笑みかけた。ちなみに失踪届けは、7年が過ぎると、死亡扱いになるそうだ。7年も経つと、もう発見されないだろう、という意味だ。
「蘭京さん、まだ見付からないそうですね」
でも私の気分は晴れず、ぽつりと声を沈ませた。
「警察が目下捜索中です。すでに町中くまなく捜索されましたが、発見されていないようです。自宅にも帰った痕跡がないようです。蘭京さんには親類もいなかったそうですから、行き先は不明のまま。でも、とりあえず町内にはいないでしょう。これだけ探していないのですから。だから日塔さんも安心してもいいですよ」
糸色先生は私を元気付けるように、ちょっと笑顔で顔を上げた。
「そうですか……」
私はすぐには明るい気持ちになれず、やっぱり声を沈ませた。
蘭京太郎は発見されていなかった。糸色先生が言ったように、痕跡を残さず忽然と姿を消していた。
行方不明になった生徒も発見されていない。だからあのホルマリン漬けの持ち主が、行方不明の生徒なのか、それすらわからないままだった。
私の個人的な気持ちが、ではなく、実際に事件は終っていなかった。なのに、不思議なくらい平和な日常は戻ってきた。みんな事件などなかったみたいに、笑ったり騒いだりしている。
町に出ると、蘭京太郎の指名手配写真が一杯に貼り出されていた。事件は継続中だ、と警告するように。でもそんな風景すら日常のひとコマにしてしまって、平凡な毎日が続いている、という感じだった。
「さて、日塔さん。私は仕事があるので。そろそろ、通知表をつけねばなりませんし」
しばらく黙って立っていると、糸色先生が私に声をかけた。
私は、あっと顔を上げた。糸色先生は抽斗を開けて、これみよがしに通知表の束を引っ張り出していた。
「あ、失礼します!」
私は背筋を真直ぐ伸ばして挨拶をすると、逃げるように糸色先生の机を離れた。
そうして職員室を出て行こうとしたとき、
「……非通知にしちゃおっかな」
糸色先生が小さな声で呟くのが聞こえた。
私はふと足を止めて、糸色先生を振り返った。糸色先生は憂鬱そうに首をうなだれさせて通知表と向き合っていた。
糸色先生、私、非通知賛成です。
私は「失礼しました」と職員室を出て行った。
職員室を出ると、正面の窓に鮮やかに冴えた緑色が現れた。ミンミンと叫ぶようなセミの大合唱が聞こえていた。
そういえば、もうすぐ夏休みだな、と私は思った。
子供の頃は、楽しみに日を数えて待っていた夏休み。でも今の私の気持ちは、ぼんやりと暗いものを背中に抱えたままだった。
次回 P015 第3章 義姉さん僕は貴族です1 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/04 (Tue)
シリーズアニメ■
前巻までのあらすじ(第6集より)
華の帝都でなぜか中高年に人気の霊媒師、望。はるばる招かれたのは、おはようからおやすみまで全ての挨拶が土下座という村、亡皺家有馬村。サンスクリット語で「35歳ニート」を意味するその村の長いわく「実は村の娘が大変なことに。きっとプロレタリア文学を読んだ崇りなんです。」と奥座敷に通されてみれば、村人が百年に一度の凶兆と恐れる逆土下座。前向きな土下座ととらえられなくもないが、それはそこ、霊媒師として風呂敷広げにゃならんと出た発言は、「これはケムコのCGです。」カルモチンを多量に飲めば治ります。
過多たたき
原作174話 昭和84年3月17日掲載
体育館では上級生たちを送る卒業式が始まっていた。その体育館の脇で、糸色望が震えながら桜の陰に隠れている。原作174話 昭和84年3月17日掲載
穏やかな春の陽射しに、散り落ちる桜の花びらが景色を桃色に染めている。
しかし糸色望の表情は、青く引き攣っていた。
「三年生は、卒業式なんですね。なに、びくびくしているんですか?」
千里が望を見つけ、呆れたように声をかける。
望は思わず「びくっ」と体をのけぞらせる。
「びくびくなんてしていません! 別にお礼参りを怯えているわけではないんですからね」
望は千里を振り向き、訊ねられてもいない言い訳を始める。
「……怯えているんだ。」
千里は呆れ果てて、哀れなものを見るような目をし始めた。
「怯えてないって言ってるでしょ!」
「おい、絶望!」
突然、樹上から声。
「ひえ!」
望は防犯ブザーを鳴らす。辺りに「ぴょー」の声がこだまする。
「そんなものを持ち歩いて、お前は女子中学生か!」
千里は耳を塞いで、大声で罵った。
「先生、三年生受け持っていないから、関係ないでしょう? それより、なんですか、これ?」
あびるは冷淡に場を諌めて、注目を集めた。
あびるの目の前に、看板がひとつ。『第44回 涙の卒業式』。そう書かれた看板が、桜の木に掲げてあった。
「“涙の卒業式”って。確かに卒業式って泣けるものだけど。わざわざこう書かれるともう、泣けない」
あびるは看板を見ながら、独白のように呟いた。
望は活力を取り戻して振り返った。
「よくぞ気付きました! 過剰な煽り文句に! もう日本人はこの手のコピーに騙されないんです! それを枕言葉につけることにより、むしろ懐疑的になる。
『爆笑』とつくともう爆笑できなくなったり、
『感想のフィナーレ』とか銘打たれると、もう感動できなくなったり、
普通の市民に『プロ』とつけると、ご近所付き合いしてもらえなくなったり、
国家に『地上の楽園』とかつけると、もう絶対楽園じゃない感じ。
言ってしまえば、過多書きです! わかりやすく言うと、アレです!」
糸色望は堂々と演説をぶって、その方向を指差した。
「私、これでも中学のときオモシロ人間で通ってたんだ」
得意げに語る日塔奈美。春の暖かな空気が、冷たく固まっていくのを誰もが感じていた。
しかし、風浦可符香は望の前に現れて、笑顔で訂正する。
「いやだなぁ、これくらい背負えないようでは、勝負の世界では通用しません」
と可符香が案内したのは、アキバ系で超人気の肩書きの多い専門店。中で待っていたのは、社会派として知られるニューカマーコメディアンの糸色倫。そこでは、夢大将を背負った人たちがトランプゲームを興じていた。ルールはババ抜きと一緒。ただし、最後になったものはトランプに書かれているシニカルギャグの金字塔的な肩書きを背負うことになってしまう。ハイパーメディアクリエイターなどのうっかりな肩書きを背負わないよう、ビッグマグナム先生、糸色望は勝負の世界に身を投じる……。
(以前、ビッグバンという名前のアニメスタジオがあったことはスルーしてあげてください)
絵コンテ:龍輪直征 演出:所俊克 作画監督:小林二三
色指定:佐藤加奈子 制作協力:MAP
アーとウルーとビィの冒険
原作166話 昭和84年1月14日掲載
冬の寒い空。音も立てずに雪が辺りに散っている。原作166話 昭和84年1月14日掲載
木津千里は孤独な気持ちで白く霞む空を見上げていた。
憂鬱を感じていた。今年の初めから、想いは決して晴れない。ブルーだった。
「原因は?」
可符香が心配そうに千里に訊ねた。
原因、それは……、
「“うるうだ”。今年1月1日に、うるう秒が1秒あってから、ずーっとイライラしているの! なぜそんな秒が生じてしまうのか、なぜ、きっちりできないのかと!」
そう。その年の1月1日午前9時――1秒のうるう秒が調整された。
「1秒くらいいいじゃない。言わなきゃ誰も気付かないのに」
奈美が千里を振り向いて、軽く声をかけた。
誰も、気付かない。
その言葉を聞いて、急に糸色望が震え始めた。
「どーしたんですか、先生」
あびるが糸色望に訊ねる。
「うるう秒なんて、まだいいです。このクラスに、うるう人が増えているかもしれません!」
望は恐怖に引き攣った声で、クラス全員を宣言した。
だが、生徒たちはぽかんと沈黙してしまった。
「うるう人?」
奈美が誰も答えを返さない望に、気を遣うように鸚鵡返しにした。
「うるう年やうるう秒があるのだから、うるう人がいてもおかしくありません! 奴はいつの間にか増えている。日や時間が少し増えたり減ったところで、もし時計やカレンダーが無かったら、いったいどれだけの人が気付くというのでしょう」
糸色望は警告するかのように、説教節を始めた。
「いやあー、でも皆、前から知っているんだし」
奈美は呆れながら論を正そうとした。
「知っている? 本当に? うるう秒がこともなげにごく自然に存在するように、うるう人もあたかも自然にまるで昔からいたかのように存在しているのかもしれないのです。この中の誰かが、うるう人かもしれないのです!」
緊張の走る教室。
確かに現実世界、人が多いときがある。
飛行機のダブルブッキング。
アフタヌーンの合コンに呼んでもいないのにやって来るマガジン編集者。
それから、アフレコに勝手にやって来る素人とか。
それだけではない。うるう人は集団で発生することがある。しかも、彼らうるう人は日本の経済活動において、すでに欠かせない存在となりつつあるのだ。例えば、
ガラガラの野球場なのに、「本日の入場者数、5万5000人です」の発表。
誰も買っていないのに、オリコンチャート1位を獲得するCD。
2000人しか参加していないデモなのに、主宰者発表11万人。きっとうるう人が10万8000人が参加していたに違いない。
そう、うるう人こそが、日本の経済を支えているのだ。
『うるう』に関する正しい説明→ウィキペディアの『うるう』へ
絵コンテ:龍輪直征 演出:所俊克 作画監督:中村直人 潮月一也 色指定:石井里英子
ライ麦畑で見逃して
原作第105話 昭和82年8月8日掲載
縁日だった。お寺の前の石畳の通りに賑やかな通りでは、出店でひしめき、賑っていた。原作第105話 昭和82年8月8日掲載
「先生、捕まえた」
あびるが包帯を糸色望を手首に絡ませる。その声は、始まったばかりの恋にときめいていた。
「ははは。掴まってしまいましたか。ならばここは、キャッチ&リリースでどうでしょう」
望は引き攣った笑いを浮かべ、あびるに提案をした。
「キャッチ&リリース?」
あびるはきょとんとして首をかしげた。
「そう、なぜなら今日は放生会ですし。仏教の年中行事のひとつで、捕えた魚介や動物を放ってあげるという善行をする日です。と同時に、他人の失敗や間違いを見逃してあげる日でもあるのです。つまり、リリースすると同時に、先週の影武者での一件を見逃していただけるとありがたい日なのです! リリースしていただき、ありがとうございます!」
糸色望は一方的に言い放って、突然駆け出した。包帯が千切れる。あびるはただ驚くばかり、望を追えなかった。
「放生会ですね」
逃げ出した糸色望の前に、艶やかな着物姿の可符香が現れた。
「何ですかあなたは。唐突に現れて」
望は手に絡みついた包帯をほどきながら、可符香にいくらの警戒心を持ちながら声をかけた。
「見逃してあげる優しさ。放生会は本日に限らず、もはや日本人のライフスタイルになっているのです。それがスルーライフです」
可符香はいつもの暖かさのこもった微笑で、スルーライフを提言した。
「スルーライフ? スローライフっていうのは聞いたことがありますが?」
望は顎を撫でて少し考えるふうにした。
「スルーライフですよ。
道で倒れている人をスルーしたり、
隣の子供の悲鳴をスルーしたり、
教室での過剰なじゃれ合いをスルーしたり、
そんな見逃してあげる日本人の優しさ。先生もすでに、スルーライフを実践していらしたんですね」
可符香は歩きながら、望を尊敬の目で振り返った。
「していませんから!」
望は全力で否定する。
二人はやがてお寺を外れ、静かな住宅街へと入っていく。祭の喧騒や太鼓の振動が、背景に遠ざかっていく。
「そんなスルーライフを実践している呂羽須さん一家です」
可符香はある家庭を紹介する。呂羽須は夫婦で望と可符香を迎えた。望は、すぐに呂羽須の主人の頭髪に、違和感のようなものに気付いてしまう。
「何か?」
「あ、いえ……」
望は言い出しにくく、ごまかす。
「スルーライフですよ、先生」
可符香がそっと望に忠告した。
「どうぞ、昼食でも食べていって下さい」
と呂羽須夫婦に差し出されたのは、立派な漆塗りの箱に入れられたうな丼。暖かそうな湯気がほかほかと立ち昇っている。
「大変申し上げにくいのですが、このうなぎの産地はどこですか?」
糸色望は箸を手に、躊躇した。
「そのウナギはスルーフードなので」
呂羽須は静かに言い放った。
「ウナギはスローフードですが、産地不明なウナギはスルーフードです」
可符香が注釈を加えた。
「ああ、スローフードとスルーフードの間に、ものすごい格差社会を感じます」
望はどんより顔を曇らせた。
「ここは私たちがよく利用するスーパーマーケットです。スルーフードの品揃えが豊富です。何の肉を使っているかはスルーな加工品とか、再利用したスルーした乳製品とか、明らかに安すぎるブランド米とか」
呂羽須夫婦が行きつけのスーパーマーケットを紹介する。
そんなスーパーマーケットに、なぜかいる千里。
「ちょっと、どうなっているの、この野菜! きちんと産地表示しなさいよ! ……あれ、先生?」
千里は商品に怒鳴りつけて、それから望がいるのに気付いて振り返った。
「木津さん、どうしたんですか?」
望は千里の暴走を止めようと声をかける。
「いろいろ見逃してあげる優しい生活だよ」
可符香が今回のお題を説明した。
「スルーライフ? ん? なんか、同じネタ、昔、やらなかったっけ?」
千里は何か思い出すように宙を見上げた。
「その辺はスルーで」
望と可符香がぴったり気持ちを合わせて声を揃えた。
つづく
絵コンテ:龍輪直征 演出:宮本幸裕 作画監督:岩崎安利 色指定:佐藤加奈子『懺・さよなら絶望先生』第4回の記事へ
『懺・さよなら絶望先生』第6回の記事へ
懺・さよなら絶望先生 シリーズ記事一覧へ
作品データ
監督:新房昭之 原作:久米田康治
副監督:龍輪直征 キャラクターデザイン・総作画監督:守岡英行
シリーズ構成:東富那子 チーフ演出:宮本幸裕 総作画監督:山村洋貴
色彩設計:滝沢いづみ 美術監督:飯島寿治 撮影監督:内村祥平
編集:関一彦 音響監督:亀山俊樹 音楽:長谷川智樹
アニメーション制作:シャフト
出演:神谷浩史 野中藍 井上麻里奈 谷井あすか
真田アサミ 小林ゆう 沢城みゆき 後藤邑子
新谷良子 松来未祐 上田耀司 水島大宙
矢島晶子 杉田智和 後藤沙緒里 寺島拓篤
斎藤千和 阿澄佳奈 中村悠一 麦人 MAEDAXR
特別出演:畑健二郎
この番組はフィクションです。
実在する地上の楽園、おもしろまんがさよなら絶望先生、ブルーマン、アフレコに遊びに来て声をあてて収録後に女性声優さんたちと記念写真を撮っていった漫画家の畑健二郎先生とそのアシスタントさんとサンデー編集者の方とは、一切関係ありません。
実在する地上の楽園、おもしろまんがさよなら絶望先生、ブルーマン、アフレコに遊びに来て声をあてて収録後に女性声優さんたちと記念写真を撮っていった漫画家の畑健二郎先生とそのアシスタントさんとサンデー編集者の方とは、一切関係ありません。
■
さのすけを探せ!
■2009/08/03 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
10
休校は6日間続いて7日目に学校は再開された。
学校が始まると、みんな何もかも当り前の顔をして、毎日が平然と始まった。この学校で起きた事件も、もうどこか遠い場所のできごとみたいだった。私の一週間連続日直の日々も、やはりその後も再開された。
私は、皆から集めた現国のノートを抱えて、廊下を歩いていた。全部でだいたい32人分のノートはかなり重かった。私はひいひいと汗をかきながら、やっと職員室にたどり着いた。
職員室は扉が開けたままだったので、挨拶もなくその中へ入っていき、糸色先生の机へ向かった。
「先生、提出物のノートです。助けて」
私はふらふらと糸色先生の下へと向かった。
「日塔さん、大変でしたね」
糸色先生は私に気付くと、すぐに席を立った。ノートの束の上半分を手に取り、机の端に置く。私はやっとノートの重さから解放されて、先生が置いた場所に残りのノートの束を重ねた。
それで、一番上になったノートを見て、あれ? となった。
「可符香ちゃんのノート。先生、可符香ちゃんって、提出物も“風浦可符香”なんですか?」
一番上になっていたのは可符香のノートだった。名前記入欄のところに“風浦可符香”と書かれ、最後の“香”にキツネの尻尾マークが付け足されていた。
「ええ、そうですよ」
糸色先生は椅子に座りながら答えた。
「先生、まさかと思いますけど、出席簿とかも“風浦可符香”なんて書いていたり、しませんよね?」
私は念のためと思って訊ねてみた。
「もちろん、風浦可符香で記入されていますよ。なにか、問題でも?」
糸色先生はさも当り前といった調子で答え、机の奥に並んだ書類の中から出席簿を引っ張り出した。出席簿は写真入りで生徒の名前が記されていたけど、どうやらコーヒーをこぼしたらしく、全体がココア色になって文字が滲んでしまっていた。果たして、本当に“風浦可符香”と書いているのか私にはわからなかった。
「先生、いいんですか? 風浦可符香って、たしかペンネームですよ。本当の名前じゃないんですよ。それで、いいんですか?」
私は冗談ではなく、笑顔を消して確認するように訊ねた。
「私は個人の自由を尊重しますので。憲法にもそう定められているので、認めないわけにはいきません」
糸色先生は真面目な顔をして可符香のノートを手にとり、開いてみた。
ノートの中身は意外とまともだった。黒板に書かれていた内容が、しっかり写し取られている。……と思ったら、ページがめくられると、奇怪なキャラクターをお花畑の絵が現れた。さらに次のページへ行くと、また真面目なノートに戻った。なんだか、可符香らしいノートだと思った。
「でも、先生。まさか、可符香ちゃんの住所も知らないなんて、言いませんよね?」
糸色先生にも、何か信条のようなものがあるらしい。それでも私は、もう一つ質問してみた。
すると糸色先生は、心外だったらしく、厳しい顔をして私を振り返った。
「日塔さん、失礼を言わないで下さい。私はあの子の担任ですよ。もちろん知っています。ポロロッカ星です」
糸色先生は、物凄い真面目な顔をして断言した。
私はぽかんとしながら、頭の中に「コリン星→千葉県」「ポロロッカ星→?」という図式を描いていた。
「あの、先生、本気ですか」
「もちろん、本気です」
「担任としてそれでいいんですか?」
「日塔さん。この世の中、深入りすべきではないことがたくさんあるのですよ。日塔さんも、もう少し大人になるとわかると思います。わからないことは、あえて知るべきではないのです。知らぬが華。ならば、私はあえて多くを知ろうと思いません」
糸色先生は冗談などひとかけらもない顔で、何かを諭すように私に言った。
「いや、生徒の正しい名前と住所くらい、知っておきましょうよ」
という私の的確と思える突っ込みが、先生に届くとは思えなかった。
次回 P014 第2章 毛皮を着たビースト 11
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P013 第2章 毛皮を着たビースト
10
休校は6日間続いて7日目に学校は再開された。
学校が始まると、みんな何もかも当り前の顔をして、毎日が平然と始まった。この学校で起きた事件も、もうどこか遠い場所のできごとみたいだった。私の一週間連続日直の日々も、やはりその後も再開された。
私は、皆から集めた現国のノートを抱えて、廊下を歩いていた。全部でだいたい32人分のノートはかなり重かった。私はひいひいと汗をかきながら、やっと職員室にたどり着いた。
職員室は扉が開けたままだったので、挨拶もなくその中へ入っていき、糸色先生の机へ向かった。
「先生、提出物のノートです。助けて」
私はふらふらと糸色先生の下へと向かった。
「日塔さん、大変でしたね」
糸色先生は私に気付くと、すぐに席を立った。ノートの束の上半分を手に取り、机の端に置く。私はやっとノートの重さから解放されて、先生が置いた場所に残りのノートの束を重ねた。
それで、一番上になったノートを見て、あれ? となった。
「可符香ちゃんのノート。先生、可符香ちゃんって、提出物も“風浦可符香”なんですか?」
一番上になっていたのは可符香のノートだった。名前記入欄のところに“風浦可符香”と書かれ、最後の“香”にキツネの尻尾マークが付け足されていた。
「ええ、そうですよ」
糸色先生は椅子に座りながら答えた。
「先生、まさかと思いますけど、出席簿とかも“風浦可符香”なんて書いていたり、しませんよね?」
私は念のためと思って訊ねてみた。
「もちろん、風浦可符香で記入されていますよ。なにか、問題でも?」
糸色先生はさも当り前といった調子で答え、机の奥に並んだ書類の中から出席簿を引っ張り出した。出席簿は写真入りで生徒の名前が記されていたけど、どうやらコーヒーをこぼしたらしく、全体がココア色になって文字が滲んでしまっていた。果たして、本当に“風浦可符香”と書いているのか私にはわからなかった。
「先生、いいんですか? 風浦可符香って、たしかペンネームですよ。本当の名前じゃないんですよ。それで、いいんですか?」
私は冗談ではなく、笑顔を消して確認するように訊ねた。
「私は個人の自由を尊重しますので。憲法にもそう定められているので、認めないわけにはいきません」
糸色先生は真面目な顔をして可符香のノートを手にとり、開いてみた。
ノートの中身は意外とまともだった。黒板に書かれていた内容が、しっかり写し取られている。……と思ったら、ページがめくられると、奇怪なキャラクターをお花畑の絵が現れた。さらに次のページへ行くと、また真面目なノートに戻った。なんだか、可符香らしいノートだと思った。
「でも、先生。まさか、可符香ちゃんの住所も知らないなんて、言いませんよね?」
糸色先生にも、何か信条のようなものがあるらしい。それでも私は、もう一つ質問してみた。
すると糸色先生は、心外だったらしく、厳しい顔をして私を振り返った。
「日塔さん、失礼を言わないで下さい。私はあの子の担任ですよ。もちろん知っています。ポロロッカ星です」
糸色先生は、物凄い真面目な顔をして断言した。
私はぽかんとしながら、頭の中に「コリン星→千葉県」「ポロロッカ星→?」という図式を描いていた。
「あの、先生、本気ですか」
「もちろん、本気です」
「担任としてそれでいいんですか?」
「日塔さん。この世の中、深入りすべきではないことがたくさんあるのですよ。日塔さんも、もう少し大人になるとわかると思います。わからないことは、あえて知るべきではないのです。知らぬが華。ならば、私はあえて多くを知ろうと思いません」
糸色先生は冗談などひとかけらもない顔で、何かを諭すように私に言った。
「いや、生徒の正しい名前と住所くらい、知っておきましょうよ」
という私の的確と思える突っ込みが、先生に届くとは思えなかった。
次回 P014 第2章 毛皮を着たビースト 11
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次