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■2016/08/12 (Fri)
創作小説■
第8章 帰還
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1
ツグミはコルリに手を引かれて、オープンデッキへの階段を登った。扉を開くと、まず太陽の光が目に付いた。その光があまりに強烈で、視界が真っ白に眩んでしまった。
しばらくたって目が慣れてくると、辺りの様子を見回す。
オープンデッキの最上部には、大きなプールとテニスコートが併設されている。ツグミが出てきたのは、プールの外縁に当たる通路だった。
「日本は、どっちかな?」
ツグミはオープンデッキに出ると、少し高めの欄干に飛びついた。水平線に何か見えないか、目を凝らした。
しかし島影は何も見えない。見渡す限りの海だった。
コルリが空を仰いだ。太陽の位置を確かめているようだ。空には雲1つ浮かんでいなかった。
「太平洋に出たから、太陽の反対側やろ。こっちやね」
コルリはツグミの手を握って、飛鳥Ⅱの後部へと向かった。ツグミは、コルリに手を引かれながら、コルリの背中を観察した。
コルリの背中は細く、後ろから見てもスタイルの良さがわかるくらいだった。それでも、体の小ささを感じさせない、頼もしさがあるように思えた。
写真作品を見ると、コルリの心身には傷跡はまったくないのだとわかる。誘拐され、暴力にさらされていたあの事件は、コルリにとって過去の話。長い人生における、小さな1ページに過ぎなくなっていた。
それがわかっていても、ツグミは時々こうしてコルリを確かめないと、不安になった。心の傷を抱えているのは、むしろツグミ自身かもしれない。
ツグミは、白いチュニック風のタートルネックセーターを着ていた。下は、思い切ってタイツとブーツだけにしてみた。
ツグミは、ちょっと気合いを入れて、お嬢様スタイルにしてみたつもりだった。せっかくの豪華客船だし、気分を味わい尽くしたかった。
一方のコルリは、ヨレヨレのボーダーのシャツの上に、ベストを羽織っていた。それに、泥の目立たない黒のジーンズを穿いていた。要するに、いつも通りの格好だった。そういう格好も、コルリは事件前と変わりがなかった。
ツグミとコルリは、飛鳥Ⅱの船尾までやってきた。最上甲板より上は、階段状になっていて、真下を覗き込めなくなっている。船のずっと後ろに、白い筋を残していくのが見えた。
飛鳥Ⅱの船尾まで来ても、水平線に島影は見えなかった。海岸沿いを飛ぶ海鳥の姿すら見えない。ようやくツグミは「日本から遠く離れてしまった」と自覚した。ツグミは急に寂しい気持ちになって、杖に両掌を置いた。
「もう、何も見えないね。ヒナお姉ちゃん、どうしとぉかな」
ヒナはボストン行きよりも、仕事を選んだ。多分、ヒナには一家を支える立場としての責任感があるのだろう。
「ヒナ姉も元気でやっとおやろ。後で一緒にメールを送ろう。送り方、後で教えてあげるから」
コルリがツグミを慰めるように、背中を叩いた。ツグミはコルリを振り返って、頷いた。
「なんか飲み物買ってきたるわ。ツグミは座って待っとき」
コルリが向こう側に置いてあるベンチを指さした。ツグミは「うん」と頷いて、ベンチに向かった。コルリは、少し離れたところにある売店に向かった駆け出していった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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