忍者ブログ

89c79c73.png
■ コンテンツ ■

ad17d9bc.png 2f3a1677.png c1a81a80.png 9452a147.png 5350f79a.png 01b9b1e8.png 29aa8305.png d5525adf.png 0e6a6cf4.png b76ca7e7.png fea5d7ae.png
■ Twitter ■

■ ブログランキング

にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
■ ショップ

DMM.com DVD通販、レンタルなどの総合サイト
■2025/02/03 (Mon)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [64]  [65]  [66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  ■


■2015/09/09 (Wed)
第3章 秘密の里

前回を読む
 太陽が落ちると、森は急速に闇を深めていく。森は鬱蒼としていて、足下すら見えない真っ暗闇に閉ざされていた。そんな只中を、オークは村人の何人かを連れて、静かに進んでいった。身を低くして、風の音に足音を紛らせて、ゆっくり進んでいく。

村人
「こっちですだ」

 案内人の村人がオーク達の先頭に立っている。あの堀の泥に隠れていた村人だ。あの時の格好のまま、まだ全身を泥まみれにして、森の野生に紛れていた。
 間もなく森が途切れた。現れたのは、森をえぐり取ったような、小さな断崖だった。狭く切り取られた断崖は蔦や茨で覆われ、一見すると鬱蒼とした森の一部のように見えたが、よく見ると人工的な窓がいくつも作られていた。周囲を略奪品で作った不気味なオブジェで飾り立てられている。見張りの山賊が、窓の周囲をちらちらと動いているのが見えた。
 山賊達の隠れ家だ。
 オークは周囲の森に身を潜ませながら、様子を見守った。山賊の人数を慎重に確認する。
 次に、矢の先に火を点けさせた。見張りが警戒を逸らした隙に、火矢を撃ち込む。火矢は隠し砦を囲む茨に引火した。しばらくくすぶっていたが、やがてめらめらと炎を噴き上げる。
 と同時に、山賊達が侵入者の存在に気付いた。

山賊
「誰だ! 誰かが忍んだぞ!」

 山賊達がねぐらを飛び出して、殺到した。夜中にも関わらず、山賊達は殺気立っていった。
 オーク達はすぐに逃げ出す。闇に紛れながら、真っ直ぐ村を目指した。


 一方、村では警戒を強めていた。見張りが夜通しで村の周囲を見て回っていた。
 そんな村の一角。藁が積まれた倉庫が、人知れず崩れた。中から、赤毛のクワンが出てきた。
 赤毛のクワンは、慎重に村の様子を確認する。見張りはずっと向こうだ。気取られていない。
 赤毛のクワンは、村の中を密かに偵察した。村人らは勝利を確信して、何人かで集まって酒を飲んでいた。見張り以外は警戒が緩そうだった。
 赤毛のクワンはさらに村を調査する。すると、西の一角に引っ掛かるものが見付かった。不自然に墓場まで拡張された柵。墓場の中央に配置される木立。その周囲を、見張りが貼り付いている。
 きっとあそこだ。赤毛のクワンは当たりを付けて、潜り込んでいった。闇に紛れて密かに接近する。見張りがランタンを手に、木立の入口に立っていた。その警戒が脇に逸れた一瞬を突いて、赤毛のクワンがその中に潜り込む。
 木立の中に道が作られていた。外から見えないように、枝葉が頭上を深く覆っている。木がドーム状になって内部を隠していた。その中心に、小さな祠があった。石で作れた、霊廟のような場所だった。
 見張りはいない。赤毛のクワンは祠の中へと入っていった。
 祠の中は、狭い螺旋階段が下へと降りていた。階段は真っ暗で、月の明かりすら入らない。赤毛のクワンは、懐から小さなランプを出して、火を点けた。ランプの明かりは小さく、充分に階段を照らさなかったが、赤毛のクワンは手探りで下へ下へと降りていった。
 間もなく一番下の層に出た。扉が3つ。赤毛のクワンは1つ1つを確かめ、扉に描かれているしるしを見比べる。一度頭上を注意した。見張りが侵入に気付いた様子はない。赤毛のクワンは、思い切って扉の1つに体当たりを喰らわした。
 扉が崩れる。赤毛のクワンは扉と一緒に倒れた。
 すると、光が飛び込んできた。赤毛のクワンが顔を上げる。
 そこは小さな空間になっていた。その奥の祭壇で、杖が1つ、空中に浮かび上がっていた。先端に付けられた宝石が、不思議な光を放っていた。

赤毛のクワン
「あった! 魔法の杖はここにあったんだ。野郎、やっぱり隠していやがった!」

 赤毛のクワンは歓喜の声を上げながら、立ち上がる。
 そこに、何かが横切った。風がヒュンと通り過ぎる。
 一瞬何が起きたかわからなかった。だが、ランプが落ちるのに、赤毛のクワンは自身の右腕が落とされたのを知った。
 壁龕に置かれている石像が動いていた。ズズズと関節が唸りを漏らしながら、持っている剣で赤毛のクワンを襲う。ゴーレムだ。
 赤毛のクワンはそこから逃げ出した。部屋を出ると、残りの2つの扉が倒されて、その向こうからゴーレムが次々と飛び出してくる。
 赤毛のクワンは大慌てで階段を登り、祠を脱出した。

見張り
「誰だ!」

 ようやく見張りが侵入者に気付いた。赤毛のクワンは、見張りを突き飛ばして村の中に飛び込む。
 村人らが異変に気付いて、次々と殺到してくる。赤毛のクワンは村人らに取り囲まれる。
 万事休す――。
 しかしその時、別の声が上がった。

村人
「倉庫が! 倉庫が!」

 悲鳴のような声。振り返ると、村の外から次々と火矢が撃ち込まれていた。食料庫が燃えていた。その周囲で、村人らが茫然と見ていた。
 村人の警戒が、赤毛のクワンから逸れた。赤毛のクワンは目の前の村人を突き飛ばした。そのまま、村の外を目指して走っていく。
 村人が山賊を追いかけた。しかしついに誰も追いつけなかった。赤毛のクワンは柵を乗り越えて、何とか森へと逃げ込んだ。

次回を読む

目次

拍手[0回]

PR
にほんブログ村 アニメブログへ
■ [64]  [65]  [66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  ■


■2015/09/08 (Tue)
第3章 贋作工房

前回を読む

 あれから数日が過ぎた。胸にわだかまりが残ったが、それだけで事件はなく、時間だけが流れていった。
 画廊には相変わらず、客は1人も来ず、電話も1本もない。ツグミは1人きりで退屈な時間を『美術年鑑』を見て過ごした。
 平日なので、セーラー服は来たままだった。トレンチコートは畳んでテーブルの隅に置いてある。今日は少し暖かかった。
 『美術年鑑』は国内で活躍するほとんどの画家の名前と、作品の評価額が書き連ねてある本だった。電話帳ほどの厚さがあり、中身も電話帳並みの細かさでびっしりと名前が列記されていた。
 ツグミはもしや川村の名前が見付かるのではないかと思った。あれだけ実力のある絵描きだから、1度くらい画壇に出品したのではないか、と思ったのだ。
 だが『美術年鑑』と向き合って数時間。川村の名前は無数にあったが、『修治』の名前はついに見つからなかった。これだけの名前が載っていて、同姓同名が見付からないほうが返って驚きだった。
 ふと目が疲れて顔を上げる。いつの間にか、画廊の中は暗く霞みかけていた。時計を見ると、もうすぐ5時だ。
 辺りはあまりにも静かで、時計の秒針が妙な重たさを持って響いていた。
 そろそろ明かりを点けたほうがいい頃だろう。そう思って、杖を手にした。
 そこに、電話が鳴った。
 鑑定依頼だろうか。それにしては、ちょっと時間が遅い。鑑定依頼してくるおじさんたちは、大抵ツグミの事情を知っていて、4時頃までに電話してくるものだ。
 ツグミはあれこれ考えながら、受話器を手に取った。
「妻鳥画廊です」
「私、集英社《週刊プレイボール》編集部の上平と申します。今、神戸西洋美術館に展示されている絵について、お聞きしたいのですが」
 男の声で、挨拶もなしに強引としか言いようのない調子で話が始まった。
「は、はあ……」
 相手の一方的なペースについていけず、とりあえず相槌を打った。
 口の中が急に乾くのを感じた。胸が早鐘を打つ。まさか……、と思った。
「ミレーの絵が偽物という噂は、本当なのですか?」
 まるで遠慮のない無邪気な子供のように、いきなり核心を突いてきた。
 ツグミはすぐに答えを返せなかった。ショックで呼吸が詰まってしまった。
「あの、その件に関しては、私はあんまり……」
 今にも絡みそうな舌を御しつつ、何とか説明しようとした。
「おかしいですねぇ。あの絵を買ったのは、お宅じゃないんですか?」
 ツグミが言うのを遮って、男はとぼけるような調子で追求した。
「私、本当に何も知りません」
 どうしよう。泣いてしまいそうだった。
 誰かが画廊に入ってきた。顔を上げると、コルリだった。赤いジャンパーに、小振りのリュックを背負っている。学校帰りの格好だ。手に何か、丸めて持っていた。
「あの絵を購入するために使ったとされる必要経費2000万円、どこに消えたんですかねぇ。ネットでは、あなたが全部持っていったんじゃないか、ってみんな噂してますよ。本当のところ、どうなんですか? 正直に話してください。本当は使っちゃったんでしょ、お金」
 男は親しみのある口調を装いながら、確実に自分の推測を押し付けるやりかたで尋問してきた。
「……あ、あ、その……」
 言葉が急にわからなくなってしまった。体から熱が消えて、汗ばかりが噴き出していた。周囲の風景が急に暗く遠ざかって、自分が置かれている状況もわからなくなってしまった。
 すると、コルリが横合いから強引に受話器を引ったくった。
「こちらでは、そのような質問には答えかねますので……」
 コルリはできぱきと事務的な文句を並べて、さっさと切ってしまった。
「……ルリお姉ちゃん、今のなんやったの?」
 ツグミはいまだに胸の動悸が治まらず、落ち着かせようと手で抑えていた。はあはあと、浅く息をしていた。
 コルリはまず明かりを点けると、「Closure」の暖簾を掛けて入口に二重ロックを掛けた。それから、テーブルの上に手にしていた何かを広げた。
「ツグミ、これ見」
 テーブルに上に広げられたのは《夕刊ギンダイ》だった。一面の、大きな見出しにゴシック体で、『ミレー、贋作か?』と書かれていた。字の大きさに対して、末尾の『?』がやたら小さかった。
 続く見出しの下に、美術館のミレーが置かれている展示場が写されていた。撮影禁止のはずなのに、ルール無用の取材がすでに敢行されている証拠だった。その写真を取り囲むように、いかにも挑発的な文章が並んでいた。
「何なの、これ!」
 ツグミは《夕刊ギンダイ》を手に取り、声を上げた。自分でも怒っているのか、動揺しているのか、どんな感情で声を上げたのかわからなかった。
「何でか知らん。とにかく、バレたんや」
 コルリは非常事態を宣言するようだった。

次回を読む

目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

拍手[0回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [64]  [65]  [66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  ■


■2015/09/07 (Mon)
第3章 秘密の里

前回を読む
 同じ日の昼頃。
 オークは村の防備を充分確認し、村人達をそれぞれの配置に就かせた上で、山賊達を待ち受けた。
 村人達が殺気を漲らせている。それぞれの武器を手に、じっと村を囲む柵を睨み付けていた。重い沈黙が村全体を覆っていた。

ステラ
「本当に来るのだろうな」
オーク
「山のならず者は短気ですから。挑発すれば飛んできます」
ステラ
「緊張しすぎているな」
オーク
「そうですね。領主様、ここは何か1つ」
ステラ
「な、なんで私が……」
オーク
「人望厚き領主の務めですよ」
ステラ
「……う、うむ。わかったぞ。む、村の者たちよ! うぅ……」

 村の人達がステラを注目する。しかし緊張して言葉が出ないステラ。

オーク
「踊ってみせて!」

 ステラは言われるままに、台に飛び乗り、くるっと簡単な舞いを始め……台から転げ落ちる。
 村人らがどっと笑う。
 ステラは、すぐに身を起こし、厳しい顔でオークの側に進む。

ステラ
「覚えてろ!」
オーク
「見事でした。忘れませんよ。下がっていてください」

 ステラが屋敷の中に引っ込んでいく。
 と同時に、村の外に気配が現れた。森がざわざわと騒ぎ始める。風ではない。村にも緊張が走った。

村人
「オーク様!」

 入口で見張っていた村人が声を上げる。
 オークが立ち上がった。村人達も武器を手に立ち上がる。
 村の入口に、山賊が1人現れた。たった1人だが、存在感は強烈だった。人並み外れた巨漢に、真っ黒な髪を無造作に後ろに垂らしている姿は、人というより獣のような印象だった。姿を見せたのは1人だが、周囲の森にも気配を感じた。

山賊ボス
「パンテオンの使者はどこだ! 姿を見せろ!」
オーク
「私はここだ!」
山賊ボス
「俺はこの森の主のズィーマだ! ここは俺の森だ。俺達が預かるべき森だ! いったいどんな了見で横から出てきて口出ししやがる! この森では俺達が法律だ! 俺達の法に従え!」
オーク
「お前達の一方的な法なぞ知らぬ! 対等な立場でありたいのなら村の権利を認め、交易をせよ! 略奪をする者に法は無効だ!」
山賊ボス
「ここで商売をしたいのなら、宝をよこせ! 対等に交易したいのであれば、相応の支払いをしてから言いな!」

 オークは「宝」という語に妙に引っ掛かるものを感じながら、

オーク
「宝というなら、この村が宝だ。村の住人が宝だ! それは決して譲り渡すわけにはいかん! それを奪うというのであれば、戦うまでだ!」
山賊ボス
「…………」

 山賊のボスは何も言い返さずに森に引っ込んだ。
 引き返したのか? 森に沈黙が横切る。村人らが緊張して森を見守った。
 突然に、矢の応酬が始まった。森の狭間から、矢が次々と飛び出してくる。

オーク
「盾を! 盾を構えろ!」

 村人達が盾を掲げる。盾は大型のもので、充分な厚みがあった。盾の中に、村人が2、3人単位で隠れる。オークも盾の中に隠れた。
 矢が雹のごとく降り注いだ。盾が矢を防ぐ。しかし矢の威力は凄まじく、数センチの厚みを貫通して矢尻が飛び出してきた。何人か矢の直撃を受けて、倒れた。
 やがて最初の1陣が去った。

オーク
「放て! 放て!」

 オークが盾から飛び出す。
 村人達も盾から飛び出して、矢を放つ。矢が空中で弧を描く。しかし狙い定めぬ矢は森の葉を散らせ、幹に突き刺さるばかりだった。
 矢の応酬がしばらく続いた。村の矢は消費するばかりでだった。一方、山賊の矢は少しずつ村人らの戦力を削いでいった。
 隙を突いて、山賊達の一団が森を飛び出した。丸太を3つ重ねて乱暴に縄でまとめただけの大きな鎚を抱えて、門に突撃する。オークは鎚を止めようと矢での攻撃を指示した。しかし、山賊も即席で作った盾を手に防御した。
 山賊たちが鎚で、村の門を叩く。振動が村を囲む柵全体に響く。柵がぐらぐらと揺れた。村人達は焦りを覚えて次々と矢を放った。門に近い村人達が槍を手に、柵の隙間から山賊達を攻撃する。山賊達も村の中に矢を向けて、次々と撃った。
 ついに門が崩れた。それに釣られて、周囲の柵も大きく傾いだ。
 山賊達が村の中に流れ込んでくる。村人達が槍を構えて反撃する。槍の攻撃は苛烈で、山賊達を押し返した。村人らの矢は勢いを増して、山賊達を攻撃する。門を崩した山賊達だが、それ以上は進めず、劣勢に陥った。

 山賊のボスは状況を冷静に見極めていた。戦場は混沌が深まっていく。山賊と村人らが入り乱れている。間もなく、夕暮れの光が射しかけた。森に囲まれた秘密の里は、日が暮れると急速に闇を深めていく。

山賊ボス
「よし、行け!」

 山賊ボスは、小柄の男に指示を出した。クワンという名前の、赤毛の男だ。赤毛のクワンは混沌とする村の中へするすると紛れ込んでいく。
 山賊ボスはここぞと強靱に突撃を命じた。盾を背負った山賊達が村の中へと入っていく。あちこちで白兵戦が始まった。

 オークは指揮する山賊のボスを見付けた。オークは剣を手に、山賊ボスに戦いを挑む。
 刃が煌めく。2度3度、剣を重ねた。

山賊ボス
「ハハハ! 貴様、パンテオンの者ではないな。騙りめ!」
オーク
「だが村を守る役目を引き受けた!」
山賊ボス
「貴様に何が果たせる! 何も知らない流れ者が! 貴様は操られるだけの傀儡さ!」
オーク
「お前達は劣勢だ! ここで引かぬなら絶えるぞ!」

 山賊ボスがオークから離れた。それから周囲を見回す。

山賊ボス
「撤退だ! 引け! 引け!」

 山賊のボスが指示を出す。大声が村全体に響き渡る。山賊達はただちに戦いの手を止めて、撤退に転じた。
 山賊達が一斉に村から出て行く。村人らが矢で追撃する。
 山賊達が森へと消え、村にしばしの静寂が戻ると、誰となく歓喜の声を上げた。勝利の喜びで持っている武器を振り上げた。
 オークは油断なく村人に指示を出す。
 堀の泥の中に隠れていた村人がそっと姿を現す。森の中へ去って行く山賊の後を、密かに追跡していく……。

次回を読む

目次

拍手[0回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [64]  [65]  [66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  ■


■2015/09/06 (Sun)
物語中に登場する美術品は、すべて空想上のものです。

第2章 贋作疑惑

前回を読む

16
 ヒナは小部屋を通り過ぎると、次に現れた螺旋階段を下へ降りて行った。美術館出口に通じている螺旋階段だ。照明は弱く、小さな窓から灰色の光が零れ落ちていた。
 螺旋階段を降りて1階に入ったところで、脇にトイレが現れた。ツグミはヒナに手を引っ張られて、トイレに入った。
 トイレに入ると、貴族屋敷の雰囲気は消えて、黒い大理石の壁に、アントニ・ガウディ風(※)に曲線を多用した近代的デザインが現れた。入ってすぐの洗面台に、大きな鏡が設置されていた。
 トイレに入ってくると、ヒナはいきなりツグミの肩を掴み、顔を近付けてきた。
「あのな、ツグミ。私に気ぃ遣わんでええからな。本当のこと言うんやで」
 ヒナの声は緊張で震えてしまっていた。言葉が一気に出ず、深呼吸を間に挟んだ。
「……ツグミ。あれは、贋作か?」
 一語一語、慎重に吐き出すようだった。
 ツグミは答えに逡巡した。見るからにヒナは正常な様子ではない。どう説明するべきだろう、と考えた。
 答えははっきりしていた。本物か贋物か。質問の答えは2択であり、そのうちの一つを選ぶだけだった。だが、今の動揺しているヒナに対して、どう言うべきか悩んでしまった。
 ツグミはうつむき、空気を飲みこんで、動揺を押さえ込んだ。
「うん。あれはミレーじゃない。ごく最近作られた模写や」
 ツグミはヒナの目を真直ぐに見て、ごまかさずに言った。
 ヒナはふらっと崩れかけた。洗面器に体を預け、何とか自分の体を支えた。ツグミは杖のストラップを右手首に通すと、両手でヒナの腕を掴んで支えようとした。
「そんなはずはない。だって、科学鑑定に立ち会った。専門家の意見も聞いた。私自身も絵をちゃんと確かめた。まさか、ジャン・シャルル・ミレー?」
 ヒナは顔に激しい混乱を浮かべ、右手で髪を掻き揚げながら譫言のように呟き始めた。
 ジャン・シャルル・ミレーはフランソワ・ミレーの孫に当たる人物だ。シャルル・ミレーは祖父作品の贋作を大量に作り、美術界を混乱に陥れた人物だ。今でもシャルル・ミレーかフランソワ・ミレーかで議論されている絵はいくつもある。
「ヒナお姉ちゃん、しっかりして。私の話を聞いて」
 ツグミはヒナの肩を掴み、強く揺すった。ヒナは何とか我を取り戻したみたいに、ツグミを見下ろした。額に、急に年を取ったみたいな皺ができていた。
「ヒナお姉ちゃん、よく考えて。あれはヒナお姉ちゃんがフランスで見た絵を同じやつか? ヒナお姉ちゃんが贋物つかまされるわけがない。ヒナお姉ちゃん、あそこに展示しているやつは、本当にヒナお姉ちゃんが買ってきたやつで間違いないか?」
 ツグミは正気をなくしかけたヒナの顔をじっと見詰めて、説得するように訴えかけた。
 ヒナはしばらくツグミの顔を見ていた。その顔から、真っ白に表情が抜け落ちて行った。
 ヒナはがくりと洗面台にうなだれた。長い髪が乱れて肩に掛かった。
「……嵌められた」
 それから、ヒナは小さく呟く声で、確かにそう口にした。
 どういう意味だろう?
 ツグミは言葉の意味を確かめようと、口を開きかけた。しかし、
「何しとおんや。あかんやん!」
 突然の声にびっくりして振り返った。トイレの入口に、コルリが立っていた。
 コルリはトイレに入ってくると、身をかがめて個室に誰か入っていないかを確かめた。幸いにして、誰もいなかったようだ。
 コルリがツグミとヒナの前までやってくると、3人で円陣を組むみたいに顔を寄せ合った。
「いいか。ヒナ姉もツグミも、ここでの話は絶対に誰かに言ったらあかんで。顔にも出したらあかん。あれが摺りかえられたなんて、余程の専門家でなければツグミにしかわからへんはずや。本物がどこに消えたかなんて、とりあえず後や。今は企画展を無事に終わらせることを考えるんや。いいな」
 コルリはひそひそと、ツグミやヒナの顔を確かめるようにしながら言った。秘密会議というには緊張感がありすぎで、ツグミは辛かった。
 ヒナは頷くと、鏡を向いて一度深く呼吸し、さっと髪を直した。あっという間に、元の美人が戻ってきた。
「ツグミ、帰ろう。ヒナ姉もしっかりするんやで」
 コルリがツグミの手を握り、ヒナに言付けを残した。
 ツグミはコルリに従いてトイレを後にした。一度ヒナを振り返った。ヒナの美しい顔に、不安が浮かんでいた。いや、あれは自分の不安を投影したものだ、とツグミは気付いた。ヒナの顔に、何の表情も浮かんでいなかった。

※ アントニ・ガウディ 1852~1926年。スペインの建築家。自然を手本にした曲線の多い建築物を多く残す。現在も建設中のサグラダ・ファミリアはあまりにも有名。

次回を読む

目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

拍手[0回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [64]  [65]  [66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  ■


■2015/09/05 (Sat)
第3章 秘密の里

前回を読む
 森はまだ暗く沈んでいた。夜明けがまだ遠く、森を横切る小道はひっそりとした影の中に浮かぶ。そこを、馬車が1台進んでいた。荷台には家財具一式を載せている。しかし馬車を取り囲むのは1つの家族ではなく、男達だ。フードを深く被り、武器を見えないように持っている。その中にオークの姿もあった。
 オークはそっと闇の深い周囲の藪を見る。弓矢を持った男達が密かに従いてきている。
 馬車は、小道をゆっくりと進む。草むらに覆われた小道を、山刀で払いながら進んでいく。
 すると、その先に山賊達が待ち受けていた。

山賊
「待ちな! 村が大変なこの時に逃げるとは薄情な連中だ。荷を置いて行きな。争うなら命も奪っていくぞ!」

 オークが合図を出す。
 すると家財具の中から武装した男達が飛び出す。周囲の森から弓兵が次々と現れる。
 山賊達は狼狽した顔で、周囲を見る。村人達が山賊を取り囲んでいた。

山賊
「へっ! 戦の経験のない田舎者どもが。出し抜いたつもりか」

 ヒュン!
 山賊の足下に、矢が突き刺さる。

オーク
「戦の経験はありませんが、矢の達人揃いです。服従しなさい」
山賊
「……チッ」

 山賊達が武器を捨てる。
 オークは山賊達6人を縄で縛った。残りの1人を解放した。

村人
「いいんですかい?」
オーク
「これは宣戦布告です。備蓄が充分でない以上、短期決戦を狙います」

次回を読む

目次

拍手[0回]

にほんブログ村 アニメブログへ
■ [64]  [65]  [66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  ■


■ ブログの解説 ■

漫画・アニメ・キャラクターを中心に取り扱うブログです。 読みたい記事は、左の目次からお探しください。

QLOOKアクセス解析


■ ブログ内検索  ■

私が描きました!

アマゾンショップ

アマゾンのサイトに飛びます
フィギュア

アニメDVD

新刊コミック

ゲーム

ライトノベル

楽天

アマゾン<シャッフル>ショップ

私が描きました!

Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]