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■2016/03/03 (Thu)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
13
ツグミは高田と一緒に画廊を出た。木野は留守番だ。画廊の手前のスペースに貼り付くように、黒のセダンが駐められていた。「駐車禁止なんじゃ……」とツグミは思ったけど、今は不問にした。
高田はツグミを助手席に乗せて、セダンを発進させた。高田は急いでいても、運転は丁寧だった。
「どこですか?」
高田は車を走らせてから、改めて行き先を訊ねた。そういえば、まだ目的地を言っていなかった。
「元町へ、お願いします」
ツグミは正面を見ながら、切迫感を滲ませて答えた。
高田は警察官だけに運転は丁寧だったが、苛立っているようだった。信号で停まるたびに舌打ちしていたし、姿勢も少し前のめりだった。
高田はツグミの膝の上に置かれた模写を、本当に400万円の値打ちがあるのだと思っているようだ。
ツグミは、申し訳ないな、という気持ちになった。でも今は真相を話していい時ではない。今はできるだけ、緊急事態だ、という顔をした。
セダンはやがて交通量の多い車道に入っていった。JRの高架橋が右手に現れた。元町商店街の、すぐ手前だ。
高田は通りの脇の、有料駐車場を見つけて入った。開いているスペースにセダンを駐める。
ツグミと高田は、セダンを降りて町の通りに入った。ツグミは普段より早い調子で歩く。ツグミの後を高田が従いて歩いた。
高架下をくぐり抜け、その向こうの路地裏に入った。
路地裏に入ると、表通りの賑やかさが遠のいた。電車が駆け抜ける音が狭い空間に反響する。暗くジメッとした陰気な通りの向こうに、岡田書店の看板が現れた。
「本当に、ここですか?」
岡田書店の前まで来たところで、高田が訝しそうに訊ねた。警察官として、という以前に誰であっても胡散臭いものを感じないでいられないだろう。警戒は普通の反応だ。
「はい、そうです」
ツグミだって、入るのは嫌だ。だが、今は躊躇っている場合ではない。ツグミは迷わず、岡田書店に入った。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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■2016/03/02 (Wed)
創作小説■
第10章 クロースの軍団
前回を読む
3
オークが目を覚ますと、暗い光が射し込んできた。昼だが空が厚い。湿り気のある風が、周囲を漂っていた。ベッドの上だった。体中に包帯が巻かれ、ベッドに横たわっていた。上の階で、何者かが動く気配があった。
オークは周囲の状況を確認した。廃墟だった。ベッドの周囲以外はほとんどが崩されて、壁の一部と天井板だけが僅かに残されているだけの場所だった。
ベッドに誰かがもたれかかって眠っていた。ソフィーだった。
オークは少し躊躇われたが、軽く頬を叩いて、ソフィーを起こした。
オーク
「眠っているところをすみません。状況の説明を」
ソフィー
「……あっ、は、はい。あのあと私……」
ソフィーが話を始める。
◇
ソフィー
「オーク様!」
オークが短く呻いて膝をついた。ソフィーが駆けつけようとするが、間に合わない。
騎兵が迫る。刃が振り下ろされる。
が、騎兵が悲鳴を上げた。馬から崩れ落ちる。その背中に、斧が突き刺さっていた。
ルテニーだ。間一髪、ルテニーが斧を投げたのだ。
ルテニー
「ソフィー様、こいつを連れて逃げろ!」
ソフィー
「あなたは……」
ルテニー
「仲間を連れて、必ず脱出する! 急げ!」
ルテニーは気絶したオークを、ソフィーの馬に乗せた。
ソフィー
「南で待ちます。2日来なかったら、城へ行きます」
ルテニー
「ああ!」
ルテニーが馬の尻を叩いた。
ソフィーの馬が、業火の中、突っ切っていく。砦を脱出するが、裏切り兵士達がソフィーを追いかけてくる。仲間達が裏切り兵士を足止めしようと攻撃を仕掛けた。
ソフィーは仲間達を気にしながら、馬を走らせた。
砦が夜の闇の中、赤く燃え上がっていた。ソフィーはその光景を目に留めて、南へと馬首を向けた。
◇
ソフィー
「……その後、2日間馬を休ませず走らせました。追っ手があの後も迫ってきていましたから。しかし馬が倒れてしまってからはあなたをおぶって歩き続けました。その後、この場所を見付けてしばらく潜むことにしました。昨日の夜の話です」
話が終わって、沈黙が漂う。
また、上の階で何かが動く気配があった。
オーク
「誰かいるのですか?」
ソフィー
「リュタンの住まいです。危険はありません」
オーク
「そうですか……。ありがとう。またあなたに救われました。あなたはいつも私を危機から救ってくれます」
しかしソフィーは目に涙を溢れさせた。
ソフィー
「しかし……仲間を見捨てました。救えたかも知れないのに」
オーク
「ソフィー。あなたに業を背負わせてしまいました」
ソフィー
「いえ……」
オーク
「行きましょう。私が狙われたということは、他でも同じように裏切りが行われた可能性があります。城へ行き、王に裏切りを知らせねばなりません。何者かが国崩しを企てています」
ソフィー
「でも、その体では……」
オーク
「大丈夫。あなたの祝福があります」
オークは立ち上がりかけるが、「うっ」と呻いて膝をつく。
ソフィー
「オーク様、まだ立ち上がってはなりません。……魔法が使えぬのです。なぜかわかりませんが、私から魔力が封じられてしまいました」
オーク
「そんな……」
ソフィー
「あなたの助けになりたいのに……今の私では、なにも……」
ソフィーはオークの体に縋り付いて、泣き始める。
オーク
「……あなたは側にいるだけで、私の癒やしになります。行きましょう。ここで留まっている場合ではありません」
オークは再び立ち上がった。
※ リュタン 家に憑く妖精。悪戯好きだが、リュタンの憑く家は幸福が訪れるとされている。
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■2016/03/01 (Tue)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
12
ツグミは書いてある内容を理解するよりも先に、色々と考えを巡らせた。人質というのは間違いなくコルリを指しているのだろう。するとこれは、宮川からのメッセージだ。それをどうしてかな恵が持ってきたのだろう……。事態があまりにも複雑に絡んでいて、頭が痛くなりそうだった。
ツグミは改めて紙に書かれている文字を読んだ。見覚えのある筆跡だった。それに……。
ツグミは電話番号の最後に書かれているものを見て、全てを察した。
「う~ん」
椅子の背に体を預けて、思いきり全身を伸ばす。それから、天井を仰いだ。
理解するのは容易だったけど、受け入れるのはかなりの苦痛だった。これから何をするべきかが、頭の中で情報がガーッと渦を巻いていた。
憂鬱だけど、やらなくちゃ……。
ツグミは呼吸を1つ飲み込んで、視線を元に戻した。
まず用件が書かれた紙を小さく折りたたんで、ニーソックスに挟み込んだ。次に鋏を手に取り、その刃をキャンバスの麻布に引っ掛けた。
「かな恵さん、ごめん!」
さすがに耐えきれず、目を閉じた。麻布がびりっと避ける。ほんの端っこのほう。1センチにも満たない裂け目だ。しかし絵を台無しにしてしまった罪悪感は大きかった。
ツグミは絵画と杖を手に持った。廊下に出る時、ちょっと左右を確認する。高田と木野の気配はない。見られていた心配はなさそうだ。
ツグミは寝室に入り、衣装棚からトレンチコートを取り出し、羽織った。ポケットに小さなメモ帳とボールペンを押し込んでおく。
ふとトレンチコートの右ポケットに、何か入っているのに気付いた。宮川の車の中で描いた、あの絵だった。捨ててしまおうかと思ったけど、後回しにした。
ツグミは寝室を出て、階段の前まで進んだ。そこで足を止める。ツグミは心の準備をしようと、胸を押さえて1つ深呼吸をした。
ツグミは大袈裟に、ドタドタと音を立てて階段を下りた。わざとらしいかも知れないけど「わー!」と声を張り上げた。
すぐに、木野が廊下に飛び出してきた。
「どうしたんですか?」
「大変です! お客様の大事な絵を破いちゃいました!」
ツグミは慌てたふうを装って、木野に絵を見せてみた。
効果は抜群だった。端がほんの少し破けただけだが、木野の顔がはっきりと青ざめた。
「その絵……いくらするんですか」
「多分、400万円くらい……」
もちろん大嘘だ。模写がそんな値段になることは絶対にない。
高田も画廊から廊下に顔を出した。
「すぐに、知り合いの修復家のところに行きたいんですけど、時間がたつと、布の繊維も駄目になってしまいますから」
ツグミは高田を振り向いて、早口でまくしたてた。「布の繊維が……」というのも、やはり嘘だ。
「行きましょう。車で送ります」
高田は事態を理解したらしく、頷いた。
「お願いします」
木野に手助けされて、ツグミは靴を履いた。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
■2016/02/29 (Mon)
創作小説■
第10章 クロースの軍団
前回を読む
2
秘密の里を、クロースの大軍勢が占拠していた。村の西側の墓地に軍団が集まり、矢の応酬が始まっている。祠はすでに破壊され、瓦礫の下からゴーレムが姿を現していた。クロース兵がゴーレムと戦う。戦場には、すでに多くの兵士が骸になって転がっていた。その中に、赤毛のクワンの死体も混じっていた。
兵士
「弓矢は効かん! 白兵戦だ! 斧やハンマーを使え!」
号令が飛んだ。ようやく矢の攻撃が終わり、兵士達が手に武器を持って突撃した。ゴーレムが向かってくるクロース兵を、石の剣でなぎ払う。人間の2倍もある太い腕が、向かってくる兵士を次々と跳ね飛ばしていく。
それでも兵士達は果敢に立ち向かい、ハンマーでゴーレムの体を削っていく。強靱な石の体は、少しずつ削られていく。
そんな戦いを、ジオーレが遠くから見ていた。
ジオーレ
「北の魔女め。厄介な罠を作りおって……」
ジオーレの背後に、ステラがいた。両腕が縛られた状態で、両膝をついていた。
村の東側も戦闘の後で、すでに壊滅状態だった。通りに人々の死体が転がり、家は今まさに燃え上がっているところだった。
ステラ
「お前ら、無事で済むと思うな。ここは誇り高き戦士の国だぞ。お前のような神様に頼ってばかりの腑抜けが、生きて帰れるとは思うな」
ジオーレ
「貴様、我が神を愚弄するのか。我らの神に敬意を持たぬ人間が、力を得るわけがない。知恵を得るわけがない。貴様らの知恵も言葉も、邪悪な霊の囁きから作られたものだ。ならばその全てを破壊するのは、尊き使命ではないか」
ステラ
「貴様らの盲な神など滅んでしまえ。神を敬う前にそこに住む者に敬意を払え! 土地に宿る神の声に耳を傾けよ! 土や森の声を聞かぬ者は、遠からず我が身を滅ぼすぞ!」
ジオーレ
「愚かな蛮族共よ。いまだ文明の光を知らず、森の悪霊に隷属するか。我々は哀れなお前達に、理性の光を与えに来たのだ。それは真の自由だ! 人間が森や大地などという野蛮から解放され、人間本来の自由を得るのだ。それを成し得るのは、我らの神だけだ!」
ステラが飛びついた。ジオーレに食らいつこうとする。
だが側に控えていた兵士がステラを押し留めた。
兵士
「殺しましょう。この者達に神の教えは届きません」
ジオーレ
「そうだな。……いや、待て」
ジオーレはステラの腕を掴んだ。ステラは抵抗して腕を引っ込めようとした。兵士達がステラの体を押さえつける。ジオーレがステラの体を掴み、無理やり腕を引っ張り上げた。袖が捲れあがり、腕に巻き付けていた金の飾りが現れる。
ジオーレ
「これは古い文献で見たぞ。滅亡した東の王族が継承する金の道具。そうか、貴様があの王国の継承者か」
ジオーレがステラの腕を放す。ステラが腕を引っ込め、目を背けた。
ジオーレ
「なるほど、謎が解けたぞ。だからここで秘密の里を築き、隠れていたわけだ。だが運命は再び同じ道を歩む。貴様らは、やはり滅ぼされるのだ。あの時と同じように。我らの手で」
ステラ
「殺してやる……殺してやるぞ!」
兵士
「ジオーレ様」
兵士が剣を抜き、刃をステラの首に当てる。
ジオーレ
「待て。王女がいるということは、それに従う騎士達がいるはずだ。王女を人質に持っていれば、必ず役に立つ」
兵士
「はっ」
兵士が刃を引っ込めた。
どうやら戦いは終わったようだ。兵士達の攻撃で、ゴーレムの体が崩され、ばらばらになり、ついに動かなくなってしまった。その体に込められた魔力が、光の粒となって辺りに散っていく。
兵士が勝利の歓声を上げた。ただちに兵士達が祠の奥に入っていき、魔法の杖を手に入れてジオーレのところに運ぶ。
兵士
「魔法の杖でございます」
ジオーレ
「よくやった」
兵士
「なんという霊気……。神の力を持たぬ私にでも、体に感じるものがあります。しかし、これにはいったいどんな力が……」
ジオーレ
「これには途方もなく偉大な力が込められている。かつて東の王国を繁栄させ、多くの王がこの力を欲した。だが我らこそ、この杖を持つべきだったのだ。この力は、偉大な神にこそ捧げられるべきで、そして我が手に渡った。これは運命なのだ。この杖に込められているのは、『太陽の輝き』だ! ホーリー!」
ジオーレが呪文を唱えた。杖の先が真っ白に輝く。あまりの眩しさに、周囲の何もかもが真っ白に包まれた。
兵士
「おお、何と素晴らしい。何と眩い! これこそ神の奇跡だ!」
そこに、兵士が駆けてくる。
兵士
「ジオーレ様! 申し上げます。城に潜入したウァシオからです。障壁は全て取り除かれた。兵を連れて進軍せよ、と」
ジオーレ
「いよいよか。行くぞ! 我がクロースの栄光が今こそ始まるのだ!」
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■2016/02/28 (Sun)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
11
かな恵が去った後も、画廊には何ともいえない空気が漂っていた。ツグミも高田も何も言わず、ガラス戸を眺めていた。ツグミはもう一度、かな恵が模写したニコラ・プッサンの絵に目を向ける。
「あの、高田さん、私ちょっと2階の書斎に行ってもいいですか。資料見ながら確認したいので」
高田を振り向き、訊ねる。高田はちらとかな恵の絵を覗き込もうとする。ツグミは、高田に絵を見せるようにした。高田には、ニコラ・プッサンということも、かな恵が模写した絵ということもわからないだろう。
「何か、手伝いましょうか?」
台所に引っ込んでいた木野が、顔を出した。どこから話を聞いていたのだろう?
「いいえ。集中力のいる仕事ですから。1人にさせてください」
ここはきっぱりと断った。
ツグミは2階に上がった。書斎に入る前に、1度そっと振り返ってみる。高田も木野も、従いてきていない。警戒されてないようだ。
ツグミは書斎に入ると、ドアにもたれかかって「ふぅ」と息を漏らした。何だか緊張する。
自分の机に着いて、絵画を机の上に置く。かな恵の言葉を思い出した。
「秘密のお願い」「中のほうも」……それから「I hide here」と書かれた碑文。
かな恵がこんな回りくどいことをする理由はいったい何だろう。このニコラ・プッサン自体は、その以前にかな恵が描いたものだろう。しかし「I hide here」の部分だけ、絵具が新しい。ごく最近になって、描き足されたものだ。
ツグミはそっと「I hide here」が書かれた墓石のところに指を乗せてみた。そこに、何かがあった。すっと指を他の部分へと移してみる。わずかに段差を感じる。ツグミは、その周辺を指でなぞってみた。「I hide here」と書かれたそこに、正方形の何かが隠されている。間違いなさそうだった。
ツグミは席を立つと、ドアを開いて警戒するように廊下を見回した。誰もいない。ちょっと足を潜めるようにして向かい側の物置へ入ると、釘抜きだけを手に取り、書斎に戻った。
再び机に戻り、絵画を手に取った。左手でしっかり固定して、キャンバスを固定している釘に釘抜きを当てた。
力を入れにくい。1人だとやりづらい。誰かに手伝ってもらいたかったけど、かな恵が「ツグミだけに……」と強調したのには、それなりの意味があるとツグミは考えていた。
ツグミは物音を立てないように充分注意をしながら、キャンバス下の釘を2本、引き抜いた。それからキャンバスを机の上に置き、絵具が剥離しないように麻布をそっとつまみあげて、中を覗き込んでみた。
すると、何かが入っていた。ちょうど「I hide here」のところに、折りたたまれた紙切れが1枚。
ツグミは、ピンセットで紙切れを引き抜いた。かなり弱い糊が付けられていたけど、簡単に取れた。
薄い紙だった。開けてみると……、
“レンブラント『ガリラヤの海の嵐』を用意せよ。人質を交換。連絡先090-××××××××”
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。