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■2016/06/01 (Wed)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
18
ヒナは光太の絵を、手前に引き寄せた。「でもこの絵、どこの風景なんでしょう? 神戸ではないようですけど」
ヒナが改めて絵を見て疑問を投げかけた。
絵は港の風景だった。左に桟橋があり、右に船が停泊している。
船の背後は海だけだった。特徴がありそうだったが、やはり平凡な港の風景だった。とりあえず神戸ではない。
「これは多分、四国やな」
光太は顎を撫でながら、呟くように言うと席を立った。
ツグミは「えっ」と驚いて顔を上げた。誰かがいきなり答えを見付けられるものだとは思ってもいなかった。
光太は資料用の棚まで進み、ファイルを1冊、選び抜いた。光太はファイルをペラペラとめくった。
すぐに探していた資料は見つかったらしい。光太はそのページに指を挟んだまま、ソファに戻ってきて座った。
持って来たのは光太自身で撮ってきた、資料用写真集だった。光太はテーブルの上に資料を開いておき、写真の1つを指で示した。
ツグミとヒナが、「あっ!」と声を合わせて、写真に飛びついた。
写真に絵と同じフェリーが写されていた。桟橋の様子もそっくりだ。いや、よく見比べてみると、写真と構図がほとんど一緒だった。まるで川村がその写真を参考に絵を描いたみたいだった。
「これ、どこですか!」
ツグミが興奮して声を張り上げた。
「高松や。高松港」
光太はツグミの勢いにびっくりしたように、少しのけぞっていた。
「これは、やはり川村さんからの『自分はここにいる』っていうメッセージ……」
ヒナは写真をじっと見詰めながら呟くように言う。頬に垂れた黒髪を、そっと掻き上げた。
「どう考えても、そうやろうな。そこに行けば川村がおるんやろう」
光太は確信的に頷いた。
ヒナがツグミの肩に手を置いた。
「もう行こうか、ツグミ」
ツグミが振り向くと、ヒナの力強い顔が側にあった。ツグミはヒナに頷いて返した。
「それじゃ、叔父さん。私たちはこれで」
ヒナが光太に挨拶をして席を立った。ツグミもテーブルの上に写真資料集を置いて、席を立った。
「待った。俺も行くわ。女の子だけじゃ、行かされへん。ちょっと待っとって。着替えてくるわ」
光太はツグミとヒナを引き留めるようにして、席を立った。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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■2016/05/31 (Tue)
創作小説■
第13章 王の末裔
前回を読む
5
イーヴォールたちは3日後、隠里に帰還した。オーク達がすでに戻っていて、なにやら事件だというふうに人々が話し合っていた。イーヴォール
「どうした? 何があった」
兵士
「イーヴォール様。お待ちしておりました。急いでください」
ただちに兵が応じて、イーヴォールをオーク達がいる家へと案内した。
その間に、兵士はおおよそのあらましを説明した。オークがダーンウィンの柄を握って無事であったという話を。
オーク達のいる部屋に入ると、彼の忠臣達が集結していた。しかし訳のわからない事態に、みんな神妙な顔をしていた。
イーヴォール
「オーク。話は聞いた。本当か」
オークは沈思黙考に沈んでいて、話しかけられてようやくイーヴォールの存在に気付いたというふうに席を立った。
オーク
「ダーンウィンは奥に保管しています。できれば、あなたの目で検分をお願いしたい」
イーヴォール
「もちろんだ」
ダーンウィンが台座に置かれて運ばれてきた。盗まれないようにするためではなく、誤って柄を握らないようにするためであった。
イーヴォールは聖剣を手に取ると、柄をじっくり眺めて、次に鍔を手に取り、慎重に鞘を抜いて、錵と刀のきめを、一つ一つ逃さず丹念に調べた。
その後、かつてダーンウィンを見た経験のある者、一度でも城の保管室を訪ねたことのある者が集められ、順々に剣を検分した。
その見解は、判を押したように同じものだった。
兵士
「この柄の彫りは、容易に贋作を作り出せるものではありません。それにこの刃に描かれたルーンの文字。刃のきめ細かさに、太古の霊力が残っております。それに斬った者に火を放つ特徴など、ダーンウィンにおいて他にありますまい。これを握られる者は王族だけ。――オーク殿、そなたは王家の血を引いております」
しかしオークは、困惑した様子で頭を振った。
オーク
「どういうことです、イーヴォール」
イーヴォール
「私にも見当がつかない。ダーンウィンを握れる者はケルトの中でもたった1つの血筋の者だけだったはずだ。例外は絶対にない。それを握ったという事実が、それを明白に示している。――ただ……」
オーク
「なんですか?」
イーヴォール
「王城でお前と再び会った時、妙な感じを受けた。以前会った男とどこか違う。それにオークという名前……。オーク。いま再び聞こう。そなたに名を与えたという僧侶は、いったい誰なのだ」
オーク
「――それは、ソフィーです」
部屋にいた全員がソフィーを振り返った。
イーヴォール
「そなたであったか!」
ソフィー
「わ、私は……」
オーク
「私は魔物にかつての名前を奪われ、それを切っ掛けに旅をしました。その最中、偶然出会ったのがソフィーです。ソフィーは名前のない私に、オークの名前を与えてくれました。確かにセシル様にはオークという名前の弟がいたそうです。しかし、私には母がいます。名前が同じなのは、何かの偶然としか……」
ソフィー
「…………」
イーヴォール
「しかし剣がそなたを選んだ。そなたが持つべき者であると。この剣は王の血筋しか持てぬ。どんな例外もない」
ソフィー
「…………」
オーク
「しかし……」
オークに複雑な迷いが浮かんでいた。
しかしそれが言葉にできずにいると、兵士が転がり込んできた。
兵士
「オーク様、大変です!」
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■2016/05/30 (Mon)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
17
ツグミはテーブルの上に並べられた2枚の絵を、身を乗り出して見比べた。一方は目も当てられない下手な絵だった。ツグミの絵は破綻しきって、落書きを通り越してシュールレアリスムの領域だった。恥ずかしいからあまり見たくなかった。
一見すると、同じ絵だとはとても思えない。しかし確かによくよく見比べてみると、位置関係に一切の変更が加えられていない。
光太は、ツグミの絵に「そこにあるべきもの」を描き足しただけだった。ツグミがぐちゃぐちゃにしてしまった線を、はっきりとわかるように整理しただけだった。
ツグミはまだ納得ができなかった。頭の中の配線が繋がらなかった。
「ツグミ、アンタ、記憶力は良かったやろ。1回図版で見た絵とか、完璧に覚えられるんちゃう?」
ヒナがツグミに確認するように問いかける。
「うん。憶えらるといえば、憶えられるけど……」
ツグミは自信がなく、声を引っ込ませた。
ツグミは自身の記憶力を、まあまあ普通だと思っていた。学校のテストで言うほどいい点数を取った例しがない。もっとも、テスト前に勉強なんてほとんどやらないのだけど。
それに、実際に見た絵を完璧に近い精度で記憶できるとしても、それを証明する方法はない。ツグミの頭の中の問題で終わっているからだ。
「叔父さん、これってやっぱり……」
「うん。そうやろうな。直感像記憶(※1)や」
光太が重々しく頷いた。
「何の話してるん? 私、そんなん違うよ。スティーブン・ウォルシャー(※2)みたいなの、絶対に描けないから」
スティーブン・ウォルシャーは特殊な記憶力を持った画家として知られる。ウォルシャーは一瞬でも風景を目にすれば、完璧に記憶し、その後、いつでも紙の上に再現できる能力を持っていた。
「これは技術の問題や。技術だけの問題や。ツグミ、狙ったところに線引けへんやろ。それは普段から絵を描かんからや。普段どれだけ絵を描くか。10歳にもなれば、一生追いつけんくらいの技術の差ができてしまうんや」
光太が説得でもするように言った。
「ツグミはあまり絵を描かんかったやろ。観るほうばっかりやったから。だから手が慣れてへんのや。思ったところに線が引けない。頭に浮かんだ線を、指先に伝える訓練ができてへんからや」
ヒナが光太の説明を、補強して引き継ぐ。
ツグミは茫然となってしまった。「私のこと?」と他人事のように思えてしまった。
「ツグミ。今回の事件が終わったら、俺が稽古つけたるわ。ツグミには素質がある。ちょっとやってみんか」
光太はツグミに決断を迫るように、誘いかけた。
「……はあ。わかりました」
ツグミはまだ他人事みたいな気持ちで、頷いた。そう言われても、ツグミ自身が強力に持っている「私は絵が下手だ」という認識を、そうそう簡単に崩せるものではなかった。
※1 直感像記憶 一度見たものを、写真や映像のように記憶できる能力のこと。「映像記憶」や「写真記憶」とも言う。
※2 スティーブン・ウォルシャー 1974年生まれ。直感像記憶の才能を持った風景画家。幼い頃は発達障害と診断され、直感像記憶の能力はサヴァン症候群の1つではないかと推測される。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
■2016/05/29 (Sun)
創作小説■
第13章 王の末裔
前回を読む
4
その知らせを聞くと、ウァシオは従者を引き連れて大門へと駆けつけた。すると夜明けなのに関わらず、辺りは暗い闇が覆っていた。太陽の光を不気味な赤い色に変えて、異様な冷気が足下から広がるのを感じた。
その明かな不自然な闇の中で、ウァシオは山が動いているのを見た。いや、山ではなく何かしらの生き物だ。それは辺りの風景を真っ黒な色に変えながら、巨体を大きく揺らしつつ、のそりのそりと歩いていた。
ウァシオ
「あれが悪魔の王か……。あれが悪魔の王か! ついにやったか!」
ウァシオが歓喜の声を上げた。
だが兵士達は得体の知れない恐怖に囚われて、物陰に隠れようとした。
ウァシオ
「何をしておる。悪魔の王だぞ! 見ろ!」
だが兵士は恐怖に囚われたように蹲り、頭を抱えていた。
悪魔の王は図抜けて巨大だった。遠くから見れば山というくらいの大きさである。だがその姿ははっきり見えなかった。その姿は闇に遮られて、人間の目にははっきり形容できず、ただ巨大な黒い何かが足のようなものを繰り出して歩いている……という感じだった。頭部らしき部分に何かあるらしく、鈍く光を漏らしている。
悪魔はその足下に7体の悪魔を従えて、その周囲を人間達が取り巻いていた。悪魔達を誘導しているのは人間達だったが、あまりにの小ささに、見落としてしまいそうだった。
ウァシオは大門を潜り抜けて、平原に飛び出してきた。
ウァシオ
「素晴らしい……素晴らしい! 素晴らしい!」
ウァシオが歓喜の声を上げる。
だが従者達は悪魔の王とその配下達が放つあまりの禍々しい気配に、恐怖を通り越して恐慌状態を引き起こしていた。
悪魔の王の到着に、城下町を乗っ取ったゼーラ一族の全員が戸外に飛び出し、大門の縁に集まって、野蛮な声を上げていた。
ジオーレ
「お気に召したかな」
ジオーレがウァシオの前に進んだ。その杖が、暗闇の中にあって異様に煌めいていた。その光は、悪魔の王を制しうる唯一の光だった。
ウァシオ
「……素晴らしい! はっはっ! 本当に素晴らしい! こいつがあればケルトの王どころではない。ブリデンを滅ぼし、アジアを征服し、世界を手に入れることだってできるぞ!」
ウァシオは興奮気味に声を上擦らせていた。
ジオーレ
「そうか。残念だがウァシオよ。そういうわけにはいかない。そもそも我々がなぜこんな辺境へとやってきたのか。――パガンの王を英雄にして取引するためか? その連中にささやかな土地を分けてもらって布教することか? いや、そうではない。我々の目的ははじめからたった1つだ。わかるかね、パガンの王よ」
ウァシオ
「何の話をしておる」
ジオーレ
「言葉とは論理だ。複雑極まりない現実をモデルにしたパズルだ。幾千の言葉より、行動に勝るものはない。――つまり、こういうことなのだよ」
ジオーレは輝く杖を高く掲げた。それを合図に、神官達が応じて列を変え、光る杖で悪魔達を挑発した。
悪魔達の間に、しばし動揺が走った。それから悪魔は自身達が放たれた状況に気付くと、一斉に飛び出し、城下へとなだれ込んだ。悪魔達は本能のままに人間を襲い、住居を破壊し、炎を放った。大門に集まってきたゼーラ一族達は、一番に全滅させられた。
ウァシオ
「何をする! 私の国だぞ!」
ウァシオは剣を抜き、ジオーレの首に押し当てた。
しかし恐怖という感情が欠落しているこの男は、にやりと笑った。
ジオーレ
「意外だね。暴君である君が民の死を嘆くのかね。改めて言うまでもないが、クロースはこの世で最も栄光ある思想だ。だからこそ、誤った信仰を持つ無知蒙昧なパガンに教育を施してやらねばならない。時には厳しく、邪悪な信仰が2度と甦らぬようにね」
ウァシオ
「……貴様ァ!」
ジオーレ
「いかにもパガンらしい反応ではないか。野蛮で怒りっぽく、攻撃的。我々のような洗練された知性を身につけたらどうかね。我々は地に頭を着けて教えを乞う者は拒まんよ」
ついにウァシオの怒りが頂点に達した。
ウァシオは剣を振り上げる。
が、何かがのそりと迫った。はっと顔を上げる。真っ黒な何かがそこにあった。
悪魔の王が、ウァシオを踏みつぶしたのだ。ウァシオが立っていた周囲が数メートルが陥没した。衝撃の凄まじさに、ジオーレの体が後ろに吹っ飛ぶ。
悪魔の王が足をのけると、剥き出しになった土の中に、かつて人間だったらしきものが、カエルの死体のように臓物を剥き出しにして転がっていた。
ジオーレ
「……愚か者が愚か者を殺す。野蛮人の王には、ふさわしい死に方じゃないか。え? 悪魔の王よ?」
僧侶
「ジオーレ様。この城はいかがしましょう」
ジオーレ
「捨て置け。このような無様な石の集まりなど、神の住まいに相応しくない。南へ行くぞ。我々のために、もっと壮麗な宮殿を築こうではないか!」
その時、悪魔の一体が城壁の塔に登り、遠くの丘に目を向けた。警告するように唸り声を上げる。
ジオーレも気付いて、その方角を振り向いた。
ジオーレ
「そうだな。奴らも始末せねばならない。――世界はクロースのものだ。全て滅んでしまえ! 全ては私の前にひれ伏すがいい!」
◇
王城のはるか東の森で、ゼインがその様子を見ていた。
ゼイン
「まずいぞ。みんなに知らせないと」
その時、悪魔の一体が塔に登り、こちらをじっと睨み付けてきた。
気付かれた!
ゼインは大慌てでそこから離れた。
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■2016/05/28 (Sat)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
16
岡山で手に入れた絵に、貸金庫のカードが隠されていた。そこで貸金庫に行き、『川村鴒爾』の署名が入った絵を発見した。しかし宮川に奪われるのを警戒して、絵を燃やしてしまった。だから、こうして自分が再現した……。
ヒナも光太も、ツグミの話を静かに聞いてくれた。
なのに、ツグミ自身は次第に自信がなくなってきた。自分が場違いな話をしているのではないか、と不安になってきた。
「叔父さん、これって、やっぱり……」
ツグミが話を終えると、すぐにヒナが光太を振り返った。
「うん。ちょっと見、ひどい絵やけど。ちょう待っとってな」
光太はツグミに断って、立ち上がった。光太はアトリエ隅に置かれた作業机に着くと、そのまま何か描き始めた。
ヒナは自分と光太のコーヒーカップを持って、1度アトリエから出て行った。ツグミはまだコーヒーに手を付けてなかった。
アトリエは急に張り詰めた空気に変わった。ツグミは居心地が悪くて、落ち着こうと思いコーヒーを啜った。さすがに冷めたくなっていた。
ヒナは20分近く経ってから、コーヒーを手にアトリエに戻ってきた。ツグミは新しく供給されたコーヒーに、角砂糖と5個放り込む。
それにしても、ヒナと光太はツグミの絵を見て何を思ったのだろう。ツグミは自分だけ仲間外れにされた気分だった。
さらに10分後、光太は作業机のライトを消して、さっきまで描いていた絵を手に戻ってきた。
「ツグミ。これ、何かわかるか」
光太は持ってきた絵を、ツグミの前で広げて見せた。
「え! 何で?」
ツグミは、驚きのあまりヒナを押しのけて、飛びついてしまった。
貸金庫で見た、あの絵に違いなかった。もちろん細かいところで違う。光太の絵は色が付いていないし、鉛筆画だ。それでも、川村の絵を完璧というほどに再現していた。
「でも、どうして? 叔父さん、川村さんの絵、どっかで見たんですか?」
ツグミは光太を見上げた。まだどういう状況なのか、さっぱりわからなかった。
光太はツグミとヒナの向かい側に座り、説明する態勢に入った。
「いや、違う。川村の絵は知らん。ツグミの描いた絵な、位置関係が正確やったんや。ただ技術がまったくない。だから線が潰れて、訳のわからん絵になってしまうんや。それで俺は、『恐らく、ここはこうしたかったんとちゃうんか』と考えながら、正しいデッサンを当て填めただけや。するとそういう絵になった。それだけや」
光太はテーブルの上に、ツグミの絵と光太が再現させてみせた絵を並ばせて、解説した。
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※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです