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■2009/07/28 (Tue)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
4
翌日の朝、教室に入ると、千里が凄い剣幕で私に迫ってきた。
「あなた! 用務員室からスコップ持ち出して片付けなかったでしょ。きっちり片付けてきなさい!」
というわけで、私は可符香と一緒に中庭に向かった。中庭の、花壇があるスペースへ行く。確かに、花壇の前にスコップが放置されていた。先の部分に黒い土がついていて、昨日、作業したままの状態だった。
そこまでやってきて、私はようやく、昨日用務員室に行かなかったっけ、と思い出した。多分、千里はこの花壇にやってきて、スコップの返し忘れに気付いたのだと思う。気付いたんなら、返しておいてほしいけど。
花壇には異常はなかった。植えなおした花は、茎をしっかりさせて葉を広げている。いくつかぐったりしたものもあったけど、ちょっとだけだった。何とか持ち直したらしいのを見て、私はホッとした。
私はスコップを持って、用務員室に向かった。
「蘭京さん、います?」
私は用務員室の扉をノックした。
すると、扉の向うで気配がした。慌てるようなバタバタとする音だ。それから、用務員室に不自然な沈黙が漂い始めた。待っていても、返事が返ってきそうな雰囲気はない。
私は可符香と顔を見合わせた。可符香も、なんだろう、と首を傾げていた。
「入りますよ」
私は断ったうえで、ゆっくりと扉を開けた。
用務員室に、誰もいなかった。昨日見たままの状態で、何か大きな異常があるようには思えなかった。
「おかしいな。確かにさっき、誰かいる気配したよね」
私は慎重に用務員室全体を見ながら中へ入っていった。といっても、狭い用務員室に誰かが潜んでいるとは思えない。
私はとりあえず、スコップを壁際のフックに引っ掛けた。
「窓開いているよ、奈美ちゃん」
可符香が奥の座敷に身を乗り出して、窓をさした。
座敷の向うに窓があり、確かに開けたままになっていた。窓の向こうに、広い運動場が見えた。こんな時間でも、活動している運動部がぽつぽつといるのが見えた。
私は、奥の座敷をよく見ようと思って、畳の上に右の膝をついて身を乗り出してみた。すると、畳の上にくっきりとした靴跡があるのに気付いた。
もしかしたら空き巣かもしれない。私は緊張して畳の上の靴跡に目を向けた。靴跡は、右側の空間から始まり、開けたままの窓で終っていた。
しかし、右側の空間には、大きな棚が一つあるだけだった。高さは1メートル80センチほど。棚は、ドライバーやねじといった工具がきちんと整理して並べられていた。
その棚が、中間あたりからほんの少し、手前にせり出しているように見えた。
「なんだろう?」
私は呟いて、靴を脱いで座敷に上がった。
「どうしたの、奈美ちゃん」
可符香も靴を脱いで、私の後を追った。
私は棚の側に近付いた。気のせいじゃない。棚は三つに区切られていて、その中間が間違いなく手前にせり出していた。さらにもっとよく見ると、一方の縦板に、まるで取手のようなへこみがあるのに気付いた。隣の棚と繋がるように作られた小さな穴もあった。
私は、取手を掴んで、棚を手前に引き出してみた。棚にコロが仕込まれているらしく、力を掛けなくても棚は扉のように手前に動き出した。
棚の裏側に、真っ黒な空間が現れた。可符香が、左側の棚との狭間にスイッチがあるのに気付いて押した。真っ暗な空間に裸電球の明かりが宿り、ぼんやりと浮かび上がった。
「なにこれ。気持ち悪い」
私はちゃんと中を確認する前に、直感的にそう思った。
どうやら、用務員室の隣の階段の裏に、秘密の隠し部屋を作ったらしい。部屋の右側が斜めに切り取られ、左側に天井一杯までの棚が置かれていた。
私はそんな部屋の光景よりも、扉を開けた瞬間に迫ってきた悪臭に面食らった。隠し扉の風景以上に、悪臭はもっと強烈だった。
「面白そう。入ってみようよ、奈美ちゃん。もしかしたら妖精さんが匿われていたかもしれないわ」
可符香は目を輝かせて、靴を手にやってきた。
「ちょっと可符香ちゃん……」
私はさすがに止めようとした。でも可符香は、靴を隠し部屋の中に置いて、中へ入っていった。隠し部屋は土間と同じ高さになっていた。
しょうがない。私も靴を持って隠し扉に向かった。靴を履いて、ポケットから出したハンカチを口元に当てる。
中に入ってみると、そこそこの広さがある。鋭角的な台形の部屋は、天井ほど詰まっているけど、自分達の立っている場所はなんとか両手を伸ばせるくらいの幅はあった。
左一杯の棚には、本や文庫本、手製のファイルなどがあった。本の背を見ると、写真集や小説、医学書などのようだった。標本らしい木のケースも並べて置かれていた。それから医療器具のような道具に、何かをホルマリン漬けにした瓶。
棚は高さ1メートルほどのところで、机のように手前にせり出していて、筆記用具などの道具が置かれ、何か作業をしたらしい痕跡もあった。
なんだか、底のほうからぞくぞくする不気味さがある気がした。天井に吊るされている二つの裸電球の明かりはぼんやり暗くて、埃が舞い上がるのを浮かび上がらせ、部屋のあちこちに陰鬱な影を落としていた。靴で床を踏んだ感触は何となく湿っていたし、それに7月とは思えないくらいひんやり冷たかった。
「なんなんだろう、この部屋」
私はハンカチで口元を覆いながら、疑問をつぶやいた。
「そうね。……そうだ、きっと蘭京さんはお医者さんになりたかったんだよ。でも両親に反対されて仕方なく学校の用務員に。それでも夢を諦められなかった蘭京さんは、こうやって秘密の部屋を作り、誰にも見られていないところで勉強をしていたんだよ。蘭京さんは頑張り屋さんなんだよ」
可符香は信じられないくらいポジティブだった。私は絶対に違う、と思ったけど、呆れて口に出して言えなかった。
「ねえ、可符香ちゃん。そろそろ出ようよ。なんか恐い。早く出て先生に報告しようよ」
私は自分の膝が震えるのを感じた。ゆるりとこみ上げてくる恐怖を、自分で律することができなかった。
でも可符香は恐怖なんて少しも感じていないように、楽しげに棚に並んでいるものを眺めていた。部屋全体を覆っている悪臭も、ぜんぜん平気そうだった。
「あ、奈美ちゃん、見て見て。これ、かわいい!」
と可符香はホルマリン漬けの瓶を手に取り、声を弾ませた。
「え、可愛いって、可符香ちゃん、これはちょっと……」
私は可符香に瓶を押し付けられてしまって、右手に瓶を持った。
私は瓶の中の物を、なんだろう、と覗き込んだ。瓶には、白く漂白された肉の塊が浮かんでいた。異様に太いイモムシのような形で、筋が張っていて、先のほうが顔を出すように皮がめくれていた。反対側には、切り取られたような切断面があった。
気味が悪かったけど、私はこういう形をどこかで見たなと思って、じっとその物体を見詰めた。
不意に、わかってしまった。ずっと幼い頃、お父さんとお風呂に入ったときを思い出していた。
私は、腹の底から悲鳴を上げてしまった。映画やドラマで、あんなふうに悲鳴を上げる人なんていない、とずっと思っていたけど、私は信じられないような声で叫んでいた。
それから、頭からふっと力が抜けて、体が崩れてしまった。ショックで気を失うってこんな感じなのか、と意識が消える瞬間、思った。
次回 P008 第2章 毛皮のビースト5 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P007 第2章 毛皮を着たビースト
4
翌日の朝、教室に入ると、千里が凄い剣幕で私に迫ってきた。
「あなた! 用務員室からスコップ持ち出して片付けなかったでしょ。きっちり片付けてきなさい!」
というわけで、私は可符香と一緒に中庭に向かった。中庭の、花壇があるスペースへ行く。確かに、花壇の前にスコップが放置されていた。先の部分に黒い土がついていて、昨日、作業したままの状態だった。
そこまでやってきて、私はようやく、昨日用務員室に行かなかったっけ、と思い出した。多分、千里はこの花壇にやってきて、スコップの返し忘れに気付いたのだと思う。気付いたんなら、返しておいてほしいけど。
花壇には異常はなかった。植えなおした花は、茎をしっかりさせて葉を広げている。いくつかぐったりしたものもあったけど、ちょっとだけだった。何とか持ち直したらしいのを見て、私はホッとした。
私はスコップを持って、用務員室に向かった。
「蘭京さん、います?」
私は用務員室の扉をノックした。
すると、扉の向うで気配がした。慌てるようなバタバタとする音だ。それから、用務員室に不自然な沈黙が漂い始めた。待っていても、返事が返ってきそうな雰囲気はない。
私は可符香と顔を見合わせた。可符香も、なんだろう、と首を傾げていた。
「入りますよ」
私は断ったうえで、ゆっくりと扉を開けた。
用務員室に、誰もいなかった。昨日見たままの状態で、何か大きな異常があるようには思えなかった。
「おかしいな。確かにさっき、誰かいる気配したよね」
私は慎重に用務員室全体を見ながら中へ入っていった。といっても、狭い用務員室に誰かが潜んでいるとは思えない。
私はとりあえず、スコップを壁際のフックに引っ掛けた。
「窓開いているよ、奈美ちゃん」
可符香が奥の座敷に身を乗り出して、窓をさした。
座敷の向うに窓があり、確かに開けたままになっていた。窓の向こうに、広い運動場が見えた。こんな時間でも、活動している運動部がぽつぽつといるのが見えた。
私は、奥の座敷をよく見ようと思って、畳の上に右の膝をついて身を乗り出してみた。すると、畳の上にくっきりとした靴跡があるのに気付いた。
もしかしたら空き巣かもしれない。私は緊張して畳の上の靴跡に目を向けた。靴跡は、右側の空間から始まり、開けたままの窓で終っていた。
しかし、右側の空間には、大きな棚が一つあるだけだった。高さは1メートル80センチほど。棚は、ドライバーやねじといった工具がきちんと整理して並べられていた。
その棚が、中間あたりからほんの少し、手前にせり出しているように見えた。
「なんだろう?」
私は呟いて、靴を脱いで座敷に上がった。
「どうしたの、奈美ちゃん」
可符香も靴を脱いで、私の後を追った。
私は棚の側に近付いた。気のせいじゃない。棚は三つに区切られていて、その中間が間違いなく手前にせり出していた。さらにもっとよく見ると、一方の縦板に、まるで取手のようなへこみがあるのに気付いた。隣の棚と繋がるように作られた小さな穴もあった。
私は、取手を掴んで、棚を手前に引き出してみた。棚にコロが仕込まれているらしく、力を掛けなくても棚は扉のように手前に動き出した。
棚の裏側に、真っ黒な空間が現れた。可符香が、左側の棚との狭間にスイッチがあるのに気付いて押した。真っ暗な空間に裸電球の明かりが宿り、ぼんやりと浮かび上がった。
「なにこれ。気持ち悪い」
私はちゃんと中を確認する前に、直感的にそう思った。
どうやら、用務員室の隣の階段の裏に、秘密の隠し部屋を作ったらしい。部屋の右側が斜めに切り取られ、左側に天井一杯までの棚が置かれていた。
私はそんな部屋の光景よりも、扉を開けた瞬間に迫ってきた悪臭に面食らった。隠し扉の風景以上に、悪臭はもっと強烈だった。
「面白そう。入ってみようよ、奈美ちゃん。もしかしたら妖精さんが匿われていたかもしれないわ」
可符香は目を輝かせて、靴を手にやってきた。
「ちょっと可符香ちゃん……」
私はさすがに止めようとした。でも可符香は、靴を隠し部屋の中に置いて、中へ入っていった。隠し部屋は土間と同じ高さになっていた。
しょうがない。私も靴を持って隠し扉に向かった。靴を履いて、ポケットから出したハンカチを口元に当てる。
中に入ってみると、そこそこの広さがある。鋭角的な台形の部屋は、天井ほど詰まっているけど、自分達の立っている場所はなんとか両手を伸ばせるくらいの幅はあった。
左一杯の棚には、本や文庫本、手製のファイルなどがあった。本の背を見ると、写真集や小説、医学書などのようだった。標本らしい木のケースも並べて置かれていた。それから医療器具のような道具に、何かをホルマリン漬けにした瓶。
棚は高さ1メートルほどのところで、机のように手前にせり出していて、筆記用具などの道具が置かれ、何か作業をしたらしい痕跡もあった。
なんだか、底のほうからぞくぞくする不気味さがある気がした。天井に吊るされている二つの裸電球の明かりはぼんやり暗くて、埃が舞い上がるのを浮かび上がらせ、部屋のあちこちに陰鬱な影を落としていた。靴で床を踏んだ感触は何となく湿っていたし、それに7月とは思えないくらいひんやり冷たかった。
「なんなんだろう、この部屋」
私はハンカチで口元を覆いながら、疑問をつぶやいた。
「そうね。……そうだ、きっと蘭京さんはお医者さんになりたかったんだよ。でも両親に反対されて仕方なく学校の用務員に。それでも夢を諦められなかった蘭京さんは、こうやって秘密の部屋を作り、誰にも見られていないところで勉強をしていたんだよ。蘭京さんは頑張り屋さんなんだよ」
可符香は信じられないくらいポジティブだった。私は絶対に違う、と思ったけど、呆れて口に出して言えなかった。
「ねえ、可符香ちゃん。そろそろ出ようよ。なんか恐い。早く出て先生に報告しようよ」
私は自分の膝が震えるのを感じた。ゆるりとこみ上げてくる恐怖を、自分で律することができなかった。
でも可符香は恐怖なんて少しも感じていないように、楽しげに棚に並んでいるものを眺めていた。部屋全体を覆っている悪臭も、ぜんぜん平気そうだった。
「あ、奈美ちゃん、見て見て。これ、かわいい!」
と可符香はホルマリン漬けの瓶を手に取り、声を弾ませた。
「え、可愛いって、可符香ちゃん、これはちょっと……」
私は可符香に瓶を押し付けられてしまって、右手に瓶を持った。
私は瓶の中の物を、なんだろう、と覗き込んだ。瓶には、白く漂白された肉の塊が浮かんでいた。異様に太いイモムシのような形で、筋が張っていて、先のほうが顔を出すように皮がめくれていた。反対側には、切り取られたような切断面があった。
気味が悪かったけど、私はこういう形をどこかで見たなと思って、じっとその物体を見詰めた。
不意に、わかってしまった。ずっと幼い頃、お父さんとお風呂に入ったときを思い出していた。
私は、腹の底から悲鳴を上げてしまった。映画やドラマで、あんなふうに悲鳴を上げる人なんていない、とずっと思っていたけど、私は信じられないような声で叫んでいた。
それから、頭からふっと力が抜けて、体が崩れてしまった。ショックで気を失うってこんな感じなのか、と意識が消える瞬間、思った。
次回 P008 第2章 毛皮のビースト5 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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■2009/07/28 (Tue)
シリーズアニメ■
前巻までのあらすじ(第5集より)
ラーゲルの性典を盗んだスパイとしてドラコニア(澁澤邸)の地下に捕らえられる望。ゲバ棒のどに突きつけられ「吐け! ニャホニャホタマクロー!」と覚えのないコードネームで呼ばれ尋問を受けるも、伯爵登場。「君は根っからのホモルーデンスだねぇ」と気に入られ、見たこともないような奇怪な玩具を装着され釈放される。「玩具のための玩具だよ」と後方から聞こえる伯爵の高笑いを振り切り、民家に助けを求めるも、白洲次郎似の老人に「君にはプリンシプルが無い」と叱られ北欧家具作りを仕込まれる。その時GHQの放った凶弾が通りすがりの少女に――。
余は如何にして真人間となりし乎
原作第141話 昭和83年6月4日掲載
せっかくの日曜日だもん。下ろしたての白いスニーカーを履いて、さあ、出かけよう!原作第141話 昭和83年6月4日掲載
ざーっと絶え間なく続く雨。梅雨の真っ只中の6月。奈美の靴は、あっという間にべっちょり汚れてしまった。
せっかくの下ろしたての靴。奈美はがっかりして溜息を落とす。
「あ~あ。TPOわきまえないからそういうことになるんでしょ。梅雨に白いスニーカーを履いて外出だなんて。」
千里が呆れたように指摘した。
「だって……」
奈美は言い返そうとするが、それ以上の言葉は出てこない。
とそこに車のクラクション。振り向くと、まさかのオープンカー。運転手も車内もしっとり雨に濡れている。
「6月のオープンカー! TPO、わきまえなさいよ! 本当、世の中そんなのばかりで、イライラする!
ゴルフ接待疑惑の取材をゴルフパック抱えて答えたり、
ロスタイムにレッドカードもらったり、
今やっているランボーの戦地とか、
TPOわきまえなさいよ!」
世の中、TPOをわきまえない事件や出来事はたくさんある。だからといって、TPOをわきまえたつもりの行動も、巡り巡ってTPOわきまえていない扱いをされてしまう。
電動自転車を買いに自転車専門店に行くが、そこはスポーツ専門店。ダイエーとか行ったほうがいいじゃない、と店員に指摘される。
一流ホテルで漫画家の集るパーティーに正装していったら、周りのみんなカジュアルな格好で失笑を買う。(逆のケースもあるようです)
TPOをわきまえたつもりでもTPOをわきまえない結果を招いてしまう事例の数々。
だが、ポジティブ・リーダーの風浦可符香はこう断言する。
「TPOわきまえないからドラマチックになるんですよ」
絵コンテ:板村智幸 演出:わもとやすお 演出助手:蔦田惣一 作画監督:山懸亜紀
色指:定森綾 制作協力:虫プロダクション
祝系図
原作第145話 昭和83年7月9日掲載
今回の話数の納品はハッピーマンデーの影響により、全スタッフが大打撃を受けました(2007年9月17日)別に恨んではいません原作第145話 昭和83年7月9日掲載
昭和83年7月21日。海の日。祝日のために、糸色望は生徒たちを連れて海を訪れていた。
「海の日。日本の祝日。祝いの日。海のない県の人にも祝えと?」
望は静かに、それでいて啓発するように呟いた。
「はい?」
望を注目する生徒たち。代表するように、千里が言葉を返した。
みんなはもちろん楽しむつもりで、水着姿になっていた。そんな準備を整えている前だというのに、望の一言にみんなはぽかんとしていた。
「海の無い県の人にも祝えというのですか?」
望は勢いをつけて主張する。
「海洋国日本として、海の日を、国民で祝いましょう、ってことじゃないですか?」
千里は淡白にやり返そうとする。
「なんかこう、デリカシーに欠けるというか。埼玉栃木群馬山梨長野岐阜奈良……。実に7つの県が無海の地なのです。この無海の地・7県者に海の日を祝えというのはあまりにも酷!」
「最近、先生勝手に言葉作るよね」
あびるがドライに言葉を返した。
「祝日なのに祝えない。そんな祝日ばかりですよ。そう、今の世の中、祝いたくても祝えないことばかりです。原油高や物価高でレジャーなんて自粛ムード。今や祝日は“粛”日になってしまうのです!」
世の中には素直に祝いたくても祝えない出来事は多い。
例えば、葬儀屋さん。「実は今年、創業30周年なんですけど、お客様の手前、祝うに祝えないのです。ちなみに、3000回記念も祝えなかったのです」
また、妊娠が発覚するも、父親が誰かわからない。
コンテストに優勝したけど、そのコンテストが育毛コンテスト。
それに今は世界的不況の真っ只中。祝日となっても、レジャーなどは自粛しなくてはならない。糸色望たちは、あえて楽しくない自粛した祝日の過ごし方を実践し始める。
絵コンテ:板村智幸 演出:わもとやすお 演出助手:蔦田惣一 作画監督:山懸亜紀
色指定:森綾 制作協力:虫プロダクション
ドクトル・カホゴ パート2
原作104話 昭和82年8月1日掲載
承前。望は倫に促されて、保護者会に参加する経緯となった。だがそこは、保護者は保護者でも、過保護な者が集う『過保護社会』であった。原作104話 昭和82年8月1日掲載
望は、さっそく過保護に陥る者を見つける。
日焼けに対して過保護なネットアイドル。
単行本やDVDを「読書用」と「人に貸す用」と「保存用」の最低3冊を買う者。
また、過剰に著作権保護を叫ぶ者たちから、糸色望は著作権侵害を訴えられ、使用料の請求を突きつけられる。
過保護も行きすぎると、ひいきの引き倒しになりかねない。そう悟った糸色望は、影武者契約を破棄。自身の肉体で生きる決意を改める。
そんな糸色望の掌を、一人の少女が掴む。
「本当に、私でいいの?」
振り向くと、小節あびるだった。あびるはいつもにはない華やいだ笑顔で、目をうるうるとさせて望を見詰めていた。
「影武者の奴! 何故ですか。何故こんなことになっているのですか!」
狼狽する望。あびるは望の手を引いて、縁日の賑わいの中へと進んでいく。
絵コンテ:龍輪直征 演出:宮本幸裕 作画監督:工藤裕加 色指定:石井理英子
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作品データ
監督:新房昭之 原作:久米田康治
副監督:龍輪直征 キャラクターデザイン・総作画監督:守岡英行
シリーズ構成:東富那子 チーフ演出:宮本幸裕 総作画監督:山村洋貴
色彩設計:滝沢いづみ 美術監督:飯島寿治 撮影監督:内村祥平
編集:関一彦 音響監督:亀山俊樹 音楽:長谷川智樹
アニメーション制作:シャフト
出演:神谷浩史 野中藍 井上麻里奈 谷井あすか
真田アサミ 小林ゆう 沢城みゆき 後藤邑子
新谷良子 松来未祐 上田耀司 水島大宙
矢島晶子 杉田智和 後藤沙緒里 寺島拓篤
斎藤千和 阿澄佳奈 中村悠一 麦人 MAEDAXR
■
おまけ
■2009/07/27 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
P006 第2章 毛皮を着たビースト
3
花壇の修繕作業は、昼休みだけでは終らなかった。私たちはもう一度、三人で集った。一応用務員室を覗いたけど、蘭京は戻っていないみたいだった。仕方ないので、私たちで修繕作業の続きを始めた。
掘り返された土を集めて穴を埋め、よく均したうえであちこちに散らばった花を元の場所に植えなおした。でも、花はほとんどが踏まれたり萎れたりして、植えても真直ぐ茎が立つものは少なかった。
それが終って、私たちは水飲み場で手や靴についた土を落とした。私の足元はすっかり汚れてしまっていて、靴の中にも土が入り込んできていた。私は靴を脱いで土を取り除きながら、なんとなくグランドを振り返った。
学校は皆帰った後で、静かに沈黙している。かわりに運動部の声がグランドから聞こえてきたけど、そろそろ静まりかけてようとしていた。夏の日射しもやわらいで、空が淡いオレンジを混じらせる頃になっていた。
「今日はありがとうね、野沢君」
可符香が靴を履いて、靴先をとんとんとしながら野沢に声をかけた。
「いいよ。ねえ、日塔。一緒に帰らない?」
水を手ですくって飲んでいた野沢が、頭をあげて返事を返した。それから、蛇口を閉めながら私を振り向く。
「え、なんでそういう流れになるの?」
私は靴を履きながら、びっくりした声をあげて野沢と可符香を交互に見た。可符香はいつもの暖かな微笑を浮かべている。私は胸のなかで、動悸が早くなるのを感じていた。
「何か用事とかあるの?」
野沢が気を遣うように私の表情を探ろうとした。
「ううん、別にそういうわけじゃ……」
「いいじゃない。奈美ちゃん、私、先に帰ってるね。じゃあね」
可符香は私が言うのを遮って、鞄を手にすると校門に向かって駆け出してしまった。
「あ、待って。一緒に……」
と手を伸ばしたけどもう遅かった。可符香はもうずっと向うで、一度振り返って私たちに手を振った。私は茫然とした気持ちで手を振って返していた。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
野沢が自分の鞄を手にして、私を振り向いた。
「うん」
私も自分の鞄を手にした。でも恥ずかしくて、野沢の顔を見られなかった。
私と野沢は、並んで歩き始めた。校門をくぐり、学校の前の通りを歩きぬけて、静かな住宅街に入っていく。そこまで来ると、運動部の掛け声もほとんど聞こえない。時々、金属バッドでボールを打つときの、甲高い音が聞こえるだけだった。
そこまで歩いて、私たちは何一つ言葉を交わさなかった。私はうつむいて歩きながら、時々気になるように野沢を見た。野沢は真直ぐ正面を見て歩き、顔に夕日のオレンジを宿していた。私は何か話さなくちゃ、と思ったけど、丁度いい話題は浮かばなかった。
「日塔は最近、どうだった? 二年生になってから」
野沢はちょっと詰まるようにしながら、私に声をかけた。
「うん。まあ、元気にやってるよ」
私は顔を上げて、野沢の横顔を見た。野沢君もきっと緊張しているんだな、と思った。そう思うと、少し気持ちが落ち着く気がした。
「二年に入って、しばらく学校に来てなかったって聞いたけど、どうしてたの。何かあったの?」
野沢は、私を振り向いて、気を遣うように訊ねた。
「ええ? どうして知ってるの?」
私はごまかすように質問で返した。あれは恥ずかしい思い出。追求されたくない。
「人伝にそういう話を聞いたから。俺、電話しようと思ったんだぜ」
「本当に?」
野沢の言葉が少し強くなった気がした。私は思わず足を止めて、野沢の顔を真直ぐに見た。
「電話番号、わからなかったから……」
でも野沢は恥ずかしそうに目を逸らした。
「ああ、そうか……」
私は納得して頷いた。最近は学校側からクラスの電話番号も明かさなくなった。友達同士でも、よほど仲がよくならない限り、電話番号の交換もしない。
私と野沢は再び歩き出した。私は、さっきより野沢を身近に感じた。私の不登校を気にしている人がいると知って、やっぱり嬉しかった。
「お父さん、失業したって聞いたけど、平気?」
歩きながら、野沢は次の話題に移った。
「え? 違うよ。何で?」
私はびっくりして声のトーンを上げた。
「なんか今日、メールで回ってきたから。みんな知ってるよ」
野沢は、怪訝な顔で私を振り返った。
芽留のやつ……。
私は密かに拳を固めた。
やがて目の前に分かれ道が現れた。左に進めば駅だ。私は徒歩での通学だから、正面の道を真直ぐ。
「あ、私こっちだけど……」
私は足を止めて、正面の道を指差した。
「ああ、そうなの。それじゃ」
「うん、じゃあね」
野沢はちょっと足を止めると、私に手を振って、左の道を進み始めた。
私も野沢に手を振って返し、真直ぐの道を歩き始めた。
でも私は、三歩もしないうちに足を止めてしまった。野沢の後ろ姿を振り返る。鞄を後ろ手に持っている背中は、思ったより広くて逞しく見えた。私は野沢の後ろ姿を眺めながら、なんとなく、行ってしまう、という気持ちが自分の中にあるのに気付いて動揺してしまった。
「野沢君!」
私はとっさに声をあげてしまった。
野沢が振り返った。私はその視線を正面から受けて、思わず視線を落として、声を詰まらせてしまった。
「あの、電話番号を、えっと……」
「教えてよ。今度、電話するから」
詰まってしまった私の言葉の続きを察して、野沢が先に進めてくれた。
「うん」
私はなんとなく目の前が晴れた気分になって、笑顔で野沢を振り返った。
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P006 第2章 毛皮を着たビースト
3
花壇の修繕作業は、昼休みだけでは終らなかった。私たちはもう一度、三人で集った。一応用務員室を覗いたけど、蘭京は戻っていないみたいだった。仕方ないので、私たちで修繕作業の続きを始めた。
掘り返された土を集めて穴を埋め、よく均したうえであちこちに散らばった花を元の場所に植えなおした。でも、花はほとんどが踏まれたり萎れたりして、植えても真直ぐ茎が立つものは少なかった。
それが終って、私たちは水飲み場で手や靴についた土を落とした。私の足元はすっかり汚れてしまっていて、靴の中にも土が入り込んできていた。私は靴を脱いで土を取り除きながら、なんとなくグランドを振り返った。
学校は皆帰った後で、静かに沈黙している。かわりに運動部の声がグランドから聞こえてきたけど、そろそろ静まりかけてようとしていた。夏の日射しもやわらいで、空が淡いオレンジを混じらせる頃になっていた。
「今日はありがとうね、野沢君」
可符香が靴を履いて、靴先をとんとんとしながら野沢に声をかけた。
「いいよ。ねえ、日塔。一緒に帰らない?」
水を手ですくって飲んでいた野沢が、頭をあげて返事を返した。それから、蛇口を閉めながら私を振り向く。
「え、なんでそういう流れになるの?」
私は靴を履きながら、びっくりした声をあげて野沢と可符香を交互に見た。可符香はいつもの暖かな微笑を浮かべている。私は胸のなかで、動悸が早くなるのを感じていた。
「何か用事とかあるの?」
野沢が気を遣うように私の表情を探ろうとした。
「ううん、別にそういうわけじゃ……」
「いいじゃない。奈美ちゃん、私、先に帰ってるね。じゃあね」
可符香は私が言うのを遮って、鞄を手にすると校門に向かって駆け出してしまった。
「あ、待って。一緒に……」
と手を伸ばしたけどもう遅かった。可符香はもうずっと向うで、一度振り返って私たちに手を振った。私は茫然とした気持ちで手を振って返していた。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
野沢が自分の鞄を手にして、私を振り向いた。
「うん」
私も自分の鞄を手にした。でも恥ずかしくて、野沢の顔を見られなかった。
私と野沢は、並んで歩き始めた。校門をくぐり、学校の前の通りを歩きぬけて、静かな住宅街に入っていく。そこまで来ると、運動部の掛け声もほとんど聞こえない。時々、金属バッドでボールを打つときの、甲高い音が聞こえるだけだった。
そこまで歩いて、私たちは何一つ言葉を交わさなかった。私はうつむいて歩きながら、時々気になるように野沢を見た。野沢は真直ぐ正面を見て歩き、顔に夕日のオレンジを宿していた。私は何か話さなくちゃ、と思ったけど、丁度いい話題は浮かばなかった。
「日塔は最近、どうだった? 二年生になってから」
野沢はちょっと詰まるようにしながら、私に声をかけた。
「うん。まあ、元気にやってるよ」
私は顔を上げて、野沢の横顔を見た。野沢君もきっと緊張しているんだな、と思った。そう思うと、少し気持ちが落ち着く気がした。
「二年に入って、しばらく学校に来てなかったって聞いたけど、どうしてたの。何かあったの?」
野沢は、私を振り向いて、気を遣うように訊ねた。
「ええ? どうして知ってるの?」
私はごまかすように質問で返した。あれは恥ずかしい思い出。追求されたくない。
「人伝にそういう話を聞いたから。俺、電話しようと思ったんだぜ」
「本当に?」
野沢の言葉が少し強くなった気がした。私は思わず足を止めて、野沢の顔を真直ぐに見た。
「電話番号、わからなかったから……」
でも野沢は恥ずかしそうに目を逸らした。
「ああ、そうか……」
私は納得して頷いた。最近は学校側からクラスの電話番号も明かさなくなった。友達同士でも、よほど仲がよくならない限り、電話番号の交換もしない。
私と野沢は再び歩き出した。私は、さっきより野沢を身近に感じた。私の不登校を気にしている人がいると知って、やっぱり嬉しかった。
「お父さん、失業したって聞いたけど、平気?」
歩きながら、野沢は次の話題に移った。
「え? 違うよ。何で?」
私はびっくりして声のトーンを上げた。
「なんか今日、メールで回ってきたから。みんな知ってるよ」
野沢は、怪訝な顔で私を振り返った。
芽留のやつ……。
私は密かに拳を固めた。
やがて目の前に分かれ道が現れた。左に進めば駅だ。私は徒歩での通学だから、正面の道を真直ぐ。
「あ、私こっちだけど……」
私は足を止めて、正面の道を指差した。
「ああ、そうなの。それじゃ」
「うん、じゃあね」
野沢はちょっと足を止めると、私に手を振って、左の道を進み始めた。
私も野沢に手を振って返し、真直ぐの道を歩き始めた。
でも私は、三歩もしないうちに足を止めてしまった。野沢の後ろ姿を振り返る。鞄を後ろ手に持っている背中は、思ったより広くて逞しく見えた。私は野沢の後ろ姿を眺めながら、なんとなく、行ってしまう、という気持ちが自分の中にあるのに気付いて動揺してしまった。
「野沢君!」
私はとっさに声をあげてしまった。
野沢が振り返った。私はその視線を正面から受けて、思わず視線を落として、声を詰まらせてしまった。
「あの、電話番号を、えっと……」
「教えてよ。今度、電話するから」
詰まってしまった私の言葉の続きを察して、野沢が先に進めてくれた。
「うん」
私はなんとなく目の前が晴れた気分になって、笑顔で野沢を振り返った。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/07/27 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
P005 第2章 毛皮を着たビースト
2
正面玄関まで戻るのは面倒くさいので、ズルして渡り廊下の出入り口から校舎に入った。客用スリッパをはいて、職員室をできるだけ早く歩いて通り過ぎる。用務員室は校舎の一番端の、階段と宿直室に挟まれた場所にあった。
用務員室の前まで行くと、私はまず扉にノックした。
「蘭京さん、入りますよ」
そう呼びかけて、扉の取手に手をかけたまま返事を待つ。
でも、答えは返ってこない。いつもならすぐに返事があるのに。私は、可符香に意見を求めようと振り返った。
蘭京太郎はこの学校に常駐している用務員だった。先生も生徒も、なにかあると蘭京太郎に頼るようにしている。だから、自然と皆から「蘭京さん」と呼ばれて親しまれていた。
しかし、もしかしたら留守かもしれない。私は扉を開けようと取手に力を込めた。
と、いきなり扉が開いた。気配も同時に現れて、私の前に少年が立った。
「おう、日塔か」
現れたのは私よりちょっと背が高いくらいの、坊主頭の少年だった。
「野沢君?」
私はびっくりして野沢を見上げた。
野沢夏樹。高校1年生のときの同級生だ。特に親しかった男子というわけでもなく、印象も薄かったので、こんなところで顔を合わせるとは思っていなかった。
「蘭京さんに用事? 今いないみたいだけど」
野沢は私を促すように一歩身を引いた。
「本当?」
私は野沢を気にしながら、おずおずと用務員室を覗き込んだ。
用務員室は狭い。手前に土間のような作業場があって、奥が4畳くらいの座敷になっていた。そのどちらも一杯にいろんな道具が置かれて雑然とした印象だった。ドライバーやスパナなどの工具に、細かなねじやボルト。空気入れや、タイヤやボールのパンクを修理する道具も置かれている。その風景を見ると、どこかの工務店みたいな場所だった。
小さな空間だから、人影がないのは一目で明らかだった。
「最近、蘭京さん、よく姿を消すんだ。授業時間中はとりあえずいると思ったけど、どうしたんだろうな」
野沢は用務員室の風景を眺めつつ説明した。
私は、ふうんと話を聞く振りをしながら、ちらちらと野沢の顔を見ていた。ちょっとスポーツでもやっていそうな、丈夫そうな体型。わずかに小麦色がかった肌の色。坊主頭で飾りっ気はないけど、顔立ちはきりっと整っている。
今まで意識しなかったけど、こうして間近にすると、私は野沢君から男の子を感じてしまっていた。
「それで、蘭京さんに何か用事だったの。俺にできることない?」
野沢が私を振り返った。
「え、えっと別に。花壇が荒らされていたから、報告とスコップを借りようと……」
急に振り向かれて、私は至近距離で野沢と目を合わせてしまった。私は慌てて後ろに下がって、もしかしたら赤くなっているかもしれない顔をうつむかせた。
「もしかして、日直? 俺もなんだけど、じゃあ、手伝おうか」
野沢は一歩前に進み出て、手に持っていたスコップを見せた。
そういえば、野沢は2のほ組だっけ。ということは、同じ花壇。野沢のクラスも、被害にあっていて、それで私たちと同じようにスコップを借りに来たのだ。
「ううん。別にいいよ。そんなに大変でもないし……」
私は声を上擦らせて、顔と手をブンブン振った。
だけど、
「じゃあ、お願いしようかな」
可符香が私の前に進み出て、野沢にお願いした。
次回 P006 第2章 毛皮を着たビースト3 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P005 第2章 毛皮を着たビースト
2
正面玄関まで戻るのは面倒くさいので、ズルして渡り廊下の出入り口から校舎に入った。客用スリッパをはいて、職員室をできるだけ早く歩いて通り過ぎる。用務員室は校舎の一番端の、階段と宿直室に挟まれた場所にあった。
用務員室の前まで行くと、私はまず扉にノックした。
「蘭京さん、入りますよ」
そう呼びかけて、扉の取手に手をかけたまま返事を待つ。
でも、答えは返ってこない。いつもならすぐに返事があるのに。私は、可符香に意見を求めようと振り返った。
蘭京太郎はこの学校に常駐している用務員だった。先生も生徒も、なにかあると蘭京太郎に頼るようにしている。だから、自然と皆から「蘭京さん」と呼ばれて親しまれていた。
しかし、もしかしたら留守かもしれない。私は扉を開けようと取手に力を込めた。
と、いきなり扉が開いた。気配も同時に現れて、私の前に少年が立った。
「おう、日塔か」
現れたのは私よりちょっと背が高いくらいの、坊主頭の少年だった。
「野沢君?」
私はびっくりして野沢を見上げた。
野沢夏樹。高校1年生のときの同級生だ。特に親しかった男子というわけでもなく、印象も薄かったので、こんなところで顔を合わせるとは思っていなかった。
「蘭京さんに用事? 今いないみたいだけど」
野沢は私を促すように一歩身を引いた。
「本当?」
私は野沢を気にしながら、おずおずと用務員室を覗き込んだ。
用務員室は狭い。手前に土間のような作業場があって、奥が4畳くらいの座敷になっていた。そのどちらも一杯にいろんな道具が置かれて雑然とした印象だった。ドライバーやスパナなどの工具に、細かなねじやボルト。空気入れや、タイヤやボールのパンクを修理する道具も置かれている。その風景を見ると、どこかの工務店みたいな場所だった。
小さな空間だから、人影がないのは一目で明らかだった。
「最近、蘭京さん、よく姿を消すんだ。授業時間中はとりあえずいると思ったけど、どうしたんだろうな」
野沢は用務員室の風景を眺めつつ説明した。
私は、ふうんと話を聞く振りをしながら、ちらちらと野沢の顔を見ていた。ちょっとスポーツでもやっていそうな、丈夫そうな体型。わずかに小麦色がかった肌の色。坊主頭で飾りっ気はないけど、顔立ちはきりっと整っている。
今まで意識しなかったけど、こうして間近にすると、私は野沢君から男の子を感じてしまっていた。
「それで、蘭京さんに何か用事だったの。俺にできることない?」
野沢が私を振り返った。
「え、えっと別に。花壇が荒らされていたから、報告とスコップを借りようと……」
急に振り向かれて、私は至近距離で野沢と目を合わせてしまった。私は慌てて後ろに下がって、もしかしたら赤くなっているかもしれない顔をうつむかせた。
「もしかして、日直? 俺もなんだけど、じゃあ、手伝おうか」
野沢は一歩前に進み出て、手に持っていたスコップを見せた。
そういえば、野沢は2のほ組だっけ。ということは、同じ花壇。野沢のクラスも、被害にあっていて、それで私たちと同じようにスコップを借りに来たのだ。
「ううん。別にいいよ。そんなに大変でもないし……」
私は声を上擦らせて、顔と手をブンブン振った。
だけど、
「じゃあ、お願いしようかな」
可符香が私の前に進み出て、野沢にお願いした。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/07/26 (Sun)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
P004 第2章 毛皮を着たビースト
1
昼休みに入って、私は可符香や千里とお弁当を食べた。お弁当を残さず食べ終えたところで、可符香が私を振り返った。
「奈美ちゃん、日直でしょ。花壇に行こう」
可符香はそう言って席を立った。今日は可符香と日直だった。
「うん、そうだね」
私はお弁当を包んで鞄に戻すと、席を立った。
実は、私は1週間連続で日直だった。これも、二ヶ月連続で無断欠席したバツみたいなものだった。不条理だと思ったけどこれを受け入れたのは、早くクラスに馴染みたかったからだった。
私は可符香と一緒に、靴に履き替えて校舎の外に出た。正面玄関の裏側に回り、校舎からちょっと外れた場所にある中庭へと入っていった。
中庭は壁のような高い生垣に囲まれていて、入口も松を刈り込んだゲートになっていた。
それをくぐると、ちょっとした広場が現れ、中央に噴水が置かれていた。噴水は水のみ場のように小さく、ちょろちょろと水を噴き上げていた。
花壇、とはいってもそこはちょっとした庭園みたいな場所だった。全体の構造はイギリス式庭園だけど、木や花はどれも日本の植物で構成されていた。
そこへ入っていくと、暑い熱射は少しやわらいで、清涼感のある香りが辺り一杯に漂うようだった。汗で肌に張り付いたセーラー服に、涼しい風が入り込んでくるのを感じた。
私たちは、丸木で作られた小さな用具入れから、スコップとじょうろをそれぞれ手に持ち、奥へ入っていった。
花壇はそんな庭園の奥、迷路のような壁に囲まれた場所にあった。
私たちは、その広場へと入っていく。広場は正方形の形になっていて、そこそこの広さがあった。各クラスの花壇が段々になって並び、どの花壇も色鮮やかな花で一杯だった。
しかし、私たちの花壇は荒らされていた。ちょっと花が踏まれているとか抜き取られているとか、そういうものではない。私たちの花壇だけ、驚くほど深く掘り返されていた。黒く染まった土が辺りに一面に広がり、その土の中に、抜き取られた花の色が点々と浮かんでいた。
「ひどい! 誰がやったのよ!」
私はストレートに憤慨して声をあげた。
「違うよ、奈美ちゃん。これはお墓を掘ろうとしたんだよ。きっと、どこのお寺にも受け入れてもらえなった旅人を埋めようと、親切な人が密かにここにやって来て穴を掘ったんだよ」
でも可符香は、信じられないくらいポジティブな意見を朗らかに言った。
「いや、違うから。ありえないから。それじゃ、どうしてここに穴を掘る必要があったの?」
私は怒りを忘れて、可符香の妄想エンジンを宥めようとした。
「それはお花畑と一緒にしたかったから。旅人は過酷な荒野ばかりを旅し続けてきたから、最後だけはこんな美しい場所に埋められたい、と願ったんだよ」
可符香のポジティブイメージは停止不能なようだった。
私は色んなものを諦めて、がっくり肩を落とした。
改めて、私は穴の側に近付いて、膝に手を置いて覗き込んでみた。考えたくないけど、人が入れる深さだな、と思った。私くらいの体格なら、問題なく入っていける深さだった。
穴は深くなるほどに色を暗く沈めていた。私は、闇に吸い込まれそうな眩暈を感じて、穴から離れた。
「どうしよう。放ったらかしは、まずいよね」
私は可符香を振り返って意見を求めた。
「蘭京さんに報告しよう。埋めるんだったら、道具も借りなくちゃいけないし」
可符香が現実的な提案をしてくれた。
うん、そうだね、と私も同意した。
次回 P005 第2章 毛皮を着たビースト2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P004 第2章 毛皮を着たビースト
1
昼休みに入って、私は可符香や千里とお弁当を食べた。お弁当を残さず食べ終えたところで、可符香が私を振り返った。
「奈美ちゃん、日直でしょ。花壇に行こう」
可符香はそう言って席を立った。今日は可符香と日直だった。
「うん、そうだね」
私はお弁当を包んで鞄に戻すと、席を立った。
実は、私は1週間連続で日直だった。これも、二ヶ月連続で無断欠席したバツみたいなものだった。不条理だと思ったけどこれを受け入れたのは、早くクラスに馴染みたかったからだった。
私は可符香と一緒に、靴に履き替えて校舎の外に出た。正面玄関の裏側に回り、校舎からちょっと外れた場所にある中庭へと入っていった。
中庭は壁のような高い生垣に囲まれていて、入口も松を刈り込んだゲートになっていた。
それをくぐると、ちょっとした広場が現れ、中央に噴水が置かれていた。噴水は水のみ場のように小さく、ちょろちょろと水を噴き上げていた。
花壇、とはいってもそこはちょっとした庭園みたいな場所だった。全体の構造はイギリス式庭園だけど、木や花はどれも日本の植物で構成されていた。
そこへ入っていくと、暑い熱射は少しやわらいで、清涼感のある香りが辺り一杯に漂うようだった。汗で肌に張り付いたセーラー服に、涼しい風が入り込んでくるのを感じた。
私たちは、丸木で作られた小さな用具入れから、スコップとじょうろをそれぞれ手に持ち、奥へ入っていった。
花壇はそんな庭園の奥、迷路のような壁に囲まれた場所にあった。
私たちは、その広場へと入っていく。広場は正方形の形になっていて、そこそこの広さがあった。各クラスの花壇が段々になって並び、どの花壇も色鮮やかな花で一杯だった。
しかし、私たちの花壇は荒らされていた。ちょっと花が踏まれているとか抜き取られているとか、そういうものではない。私たちの花壇だけ、驚くほど深く掘り返されていた。黒く染まった土が辺りに一面に広がり、その土の中に、抜き取られた花の色が点々と浮かんでいた。
「ひどい! 誰がやったのよ!」
私はストレートに憤慨して声をあげた。
「違うよ、奈美ちゃん。これはお墓を掘ろうとしたんだよ。きっと、どこのお寺にも受け入れてもらえなった旅人を埋めようと、親切な人が密かにここにやって来て穴を掘ったんだよ」
でも可符香は、信じられないくらいポジティブな意見を朗らかに言った。
「いや、違うから。ありえないから。それじゃ、どうしてここに穴を掘る必要があったの?」
私は怒りを忘れて、可符香の妄想エンジンを宥めようとした。
「それはお花畑と一緒にしたかったから。旅人は過酷な荒野ばかりを旅し続けてきたから、最後だけはこんな美しい場所に埋められたい、と願ったんだよ」
可符香のポジティブイメージは停止不能なようだった。
私は色んなものを諦めて、がっくり肩を落とした。
改めて、私は穴の側に近付いて、膝に手を置いて覗き込んでみた。考えたくないけど、人が入れる深さだな、と思った。私くらいの体格なら、問題なく入っていける深さだった。
穴は深くなるほどに色を暗く沈めていた。私は、闇に吸い込まれそうな眩暈を感じて、穴から離れた。
「どうしよう。放ったらかしは、まずいよね」
私は可符香を振り返って意見を求めた。
「蘭京さんに報告しよう。埋めるんだったら、道具も借りなくちゃいけないし」
可符香が現実的な提案をしてくれた。
うん、そうだね、と私も同意した。
次回 P005 第2章 毛皮を着たビースト2 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次