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■2009/08/11 (Tue)
シリーズアニメ■
全巻までのあらすじ(第7集より)
謎の難病「おちゃっぴー」に冒された望は、丘の上のサナトリウムに緊急入院することになる。そのシチュエーションから、ケータイ小説読みすぎのかいそうがりたい見舞客が大挙して押し寄せ「可哀想、可哀想」の大合唱。まるで死ななきゃがっかりされる空気の中、医者から告げられた真の病名「エロモナス病」。誰もがモナとの熱い夜を連想させられる病名に悶々とした毎日を過ごすが、それって実際ある魚の病気だから何かの間違いです。さて困りました。今日も死を期待する見舞客がやってくる。その中に自分探しの旅中の元ジョカトーレがテレビカメラを引き連れやって来て、「夢」と書いたサッカーボールを置いていく始末。
マディソン群のはしか
原作128話 昭和83年2月20日掲載
宿直室で静かな時を過ごす小森霧。退屈を紛らすように開いた新聞には、大きく“麻疹大流行のおそれ”の文字。今年の冬は、成人にも発症する勢いらしい。原作128話 昭和83年2月20日掲載
「麻疹流行か。免疫、つけておかないとね」
霧は思いついたように、台所でうろうろしている交を振り向いた。
交は「俺のこと?」みたいに霧を振り向く。
「三丁目のみよちゃん(5)が麻疹にかかっているそうよ。今夜そのうちにお泊りして、伝染されてらっしゃい」
小節あびるが宿直室に入ってきて、交に指示を伝えた。
「何で、わざわざ伝染されに行かないといけないんだよ!」
でも交は意味がわからず、反抗的な声をあげる。
宿直室に、ぞろぞろと女の子たちがやって来る。
「大人になってからだとつらいから、昔はよく「子供のうちに麻疹かかっとけ」とか言ったよね」
日塔奈美が普通な意見で対話に入ってきた。
「今はきっちり予防注射しなきゃ駄目よ。」
千里が厳しそうに追従した。
音無芽留もやってくるけど、特に何も意見しない。
最後に戻ってきたのは、教科書を風呂敷に包んだ糸色望だ。
「医学的にはその通りみたいですが……」
「先生?」
奈美が振り向いた。宿直室に集った女の子たちも糸色望を注目する。
「交だけではなく、あなたがたもむしろかかっといた方が良かった「麻疹」があるんじゃないですか? 「麻疹」たって、病気のほか、色々あるでしょう。精神的に!」
糸色先生はいつものように捲くし立てる調子で一同に言い放った。
「どういうことですか?」
千里が意味を理解しかねて首をひねった。
「例えば今までゲームなんかしたことなかった人が、大人になって始めると、急に楽しさを知ってのめりこみ、仕事が手につかなくなってしまったり。そう! 大人になってからかかる麻疹は質が悪いのです!」
病気の麻疹に関わらず、あらゆる麻疹は子供のうちに経験しておくべきなのである。
例えば「萌アニメ」。大人になってから急にはまりだすと、経済力にまかせて良いも悪いもわからずグッズを買いまくり、生活を破綻させかねない。(骨董趣味なんかもそうだけど)
スポーツ一筋で女性に免疫のない者がプロに入ってから急にモテ出すと、女遊びに溺れて練習もせず、選手生命を絶つ切っ掛けになってしまう。
少年時代は「アイドルなんてくだらねー」と斜に構えているも、大人になってハロプロの楽しさを知ってしまい、グッズを買い漁るわハッピ着てツアーに帯同するわの大騒ぎ。
読書経験のない人が、ケータイ小説なんかで「チョー感動」とかいうのも、やはり麻疹経験がないためである。
絵コンテ:龍輪直征 演出:近藤一英 作画監督:原田峰文 色指定:大谷和也 制作協力:スタジオイゼナ
夜の多角形
原作157話 昭和83年10月15日掲載
冷たくなりかけた風に、落ち葉がひらひらと舞い落ちる。風景はそろそろ秋の紅葉に移りかけている。原作157話 昭和83年10月15日掲載
その日の放課後、糸色望は風浦可符香と一緒に、小石川の街を歩いていた。特に言葉も交わさず、辺りの風景に気持ちを委ねる風情で、肩を並べて歩いていた。
ふと、可符香が足を止めた。
「あら、このお家、大浦さん家ですよ」
望も足を止めて振り返った。家を囲む塀に、大きく“日本働民党”のポスター。望は、落ち着いた気持ちがざわっと騒ぐのを感じた。
「大浦さんが応援している政党ですか?」
可符香は楽しげにポスターの前に近付き、笑顔で望を振り返った。
「そ、そうですかね?」
でも望は、断定しかねて意見を曖昧にした。
いや、よく見るとポスターは他にもあった。自悶党、免主党、共嘆党、斜面党、教明党、女系党、UFO真党、脱サラ党、新漫画党、超労働党、大田党、下山党、日本転覆党 こきん党、プロレス党、キャツ党、文明党……。
ポスターの列はどこまでも続き、塀を完全に覆い尽くしていた。
誰かが大浦家のインターホンを押した。
「はぁーい」
伸びやかな声で、大浦可奈子が顔を出した。
「これ、貼らせてもらってもいいですか?」
男が持ってきたのは、新しい政治ポスターだった。
「はーい。いいですよぉー。どーぞー」
大浦はのどかに伸び切った声で、了解した。
「これ貼らせてもらってもいいかしら?」
大浦が家に引っ込む前に、別の政治活動家の女がやってきて、声をかけた。
「どーぞー」
大浦はだらしないくらい伸びやかな声で、許可を与えた。
「ああ、ただの心の広い、大らかなご家庭のようですね」
望はそんな様子を見て、納得して頷いた。
さっそく望は、思いついた理論を実践しようと考える。
「角を増やしてみてはいかがでしょうか?」
角が少ないから、角が立つ。自分ともう一点だと、するどい槍になり刺さってしまうが、角が増えると滑らかになり、角が立たなくなる。例えば一党だけのポスターだと、ざわっとしますが、色々貼ってあると、偏りがなく、ただの心の広い人なんだな、と思えてくる。
コンプレクスも「ハゲ」一つだったら攻撃されるが、五つも四つもあると、あんまり言われなくなるし、
普通に不法侵入するより、全裸やら突っ込みどころが多すぎるとあまり怒られない。
罵倒も、五つも六つもあれば一つ一つの言葉の痛みは減る。事実、ある国では人を罵倒する言葉が日本語の何倍もあって、挨拶のように罵倒するから、いちいち気にしていられないという。
だからきっと、男女関係も角を増やせば、ややこしい三角関係や四角関係に陥らずに済むに違いない……。
結局どれだけ角を増やしても、滑らかにならずすべてが角になる、という結論だが。
絵コンテ:龍輪直征 演出:宮本幸裕 作画監督:守岡英行 田中穣 色指定:石井理英子
ライ麦畑で見逃して パート2
原作第105話 昭和82年8月8日掲載
「あれ、先生?」原作第105話 昭和82年8月8日掲載
千里が振り向いた。
「いろいろスルーしてあげる、優しい生活だよ」
可符香が微笑みと共に、今回のお題を説明した。
千里は、何か考えるように宙を見上げた。
「スルーライフ? なんか同じようなネタ、昔やらなかったっけ?」
「その辺もスルーで」
望と可符香が言葉を合わせた。
「先生もスルーライフがわかってきたじゃないですか」
可符香は嬉しそうに望に微笑みかけた。
「ああ、今のですか。悪くないですね。私も少し、スルーライフを実践してみましょうか」
望も納得いったように、可符香に合わせて微笑んだ。
そんな時、望達のそばをバスが通り過ぎた。バスが、がたんと傾ぐ。何だと振り向くと、バスが通り過ぎた後に、少年が一人倒れていた。少年の体に、はっきりとタイヤの痕が残されていた。
「ひき逃げ!」
望が悲鳴をあげる。
「やだなぁ、ひき逃げなんて、身近にあるわけないじゃないですか。これは、運転中のできごとをスルーする、ドライブスルーですよ!」
「うまいことを言ったつもりか!」
可符香は何が起きても、朗らかな微笑と確信を崩さなかった。
藤吉が、顔を青くして走ってきた。
「先生! 千里が産地表示の徹底を始めました!」
藤吉は報告しながら、漫画本を差し出した。かわいらしい女の子キャラクターが描かれた漫画の表紙。その帯に、不釣合いにくたびれたオッサンの写真がプリントされていた。
「なんですか、これは?」
「生産者表示ですよ。いまや野菜や生産者の顔が見えるのが常識。すべてのものを、生産者の顔が見えるように。」
千里が現れ、自信たっぷりに説明した。
「ああやめて! なんかがっかりする!」
藤吉が引きとめようとするが、火のついた千里は収まらない。
そんなとき、可符香はすべてを包み込むような明るい笑顔とともに現れた。
「違うよ千里ちゃん。人はみな、神の子。八百万の神の国、日本だから人それぞれ作った神様が違うの。千里ちゃんの創造主はこの神様だよ」
と可符香が持ち出してきたのは、神の姿が描かれた神シールであった。
絵コンテ:龍輪直征 演出:宮本幸裕 作画監督:岩崎安利 色指定:佐藤加奈子
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作品データ
監督:新房昭之 原作:久米田康治
副監督:龍輪直征 キャラクターデザイン・総作画監督:守岡英行
シリーズ構成:東富那子 チーフ演出:宮本幸裕 総作画監督:山村洋貴
色彩設計:滝沢いづみ 美術監督:飯島寿治 撮影監督:内村祥平
編集:関一彦 音響監督:亀山俊樹 音楽:長谷川智樹
アニメーション制作:シャフト
出演:神谷浩史 野中藍 井上麻里奈 谷井あすか
真田アサミ 小林ゆう 沢城みゆき 後藤邑子
新谷良子 松来未祐 上田耀司 水島大宙
矢島晶子 高垣彩陽 後藤沙緒里 杉田智和 寺島拓篤
斎藤千和 阿澄佳奈 中村悠一 麦人 MAEDAXR
この番組はフィクションです。実在する藤林杏、神尾観鈴、古河渚、伊吹風子、一之瀬ことみ 坂上智代 月宮あゆ 美坂栞 水瀬名雪 大ショッカー党、今後発売する神シールとは一切関係ありません。
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■
さのすけを探せ!
■2009/08/10 (Mon)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
6
私たちは初めて見るような高級な車に勧められるままに乗った。座席が3列並んだキャデラックだった。内装は濃い茶色とホワイトのトーンに統一されて、落ち着いた雰囲気があった。ソファはふっくらと暖かい。私たち7人が乗っても、まだ余裕のある広さだった。
私たちが座席に座ると、キャデラックが出発した。蔵井沢の駅前とおりをゆるやかな速度で走っていく。車道は幅が広く、車両が賑やかに行き交っていた。だけど、キャデラックの周囲だけは避けるように車が少なかった。
通りを歩く人の数が少ない。窓の外は強烈な光の中で輝き、車の中の静けさとは、別世界のように思えてしまった。
「先生の家って、もしかしてお金持ちなんですか?」
真ん中席の真ん中に座った千里が、助手席の時田に話しかけた。先頭の運転席はガラスで仕切られていて、時田と運転手が乗っていた。
「糸色家は元禄の頃から続く、名家でございます。かつてほどの権勢はありませんが、今日においても、地元に対し絶大な影響力を持っております」
時田は首をこちらに向けて、私たちに厳かに説明した。
「そうだったんだ。なんで、うちの学校で先生なんかやってるんだろう」
私はぽかんとしつつ、疑問を口にした。糸色先生は古風な感じの人だったので、金持ちという雰囲気は今まで感じなかった。
「おぼっちゃんの里帰りってわけか」
後ろの席のカエレが、納得したように呟いた。
「マリアも里帰りしたい!」
カエレとあびるに挟まれて座るマリアが声をあげた。ちなみに可符香はあびるの隣だ。
《お前の場合、強制送還だから》
芽留が素早くメールで突っ込みを入れる。でもそれ、マリアちゃんには届いてないから。
窓の外の風景は、間もなく駅周辺から離れていった。辺りから住宅街が消えて、のどかな田園風景に変わる。緑に色づく稲が、夕暮れの光を浴びて穂先を黄金色に輝かせていた。ずっと向うのほうに、青く霞む山脈の連なりが見えた。
蔵井沢は江戸時代の頃は交通の要衝として、重要な地位を与えられた宿場町だった。だけど明治に入って交通機関が急速に発展すると、蔵井沢は宿場としての機能を失ってしまった。
その後、しばらく蔵井沢は衰退していたけど、涼しげな気候に注目した宣教師たちが別荘を建て始めた。それが切掛けとなって、蔵井沢は高級避暑地として新たに認識され始めた。
糸色家が元禄の時代から続く名家なら、おそらくそんな歴史を体で感じ、通過していったのだろう。移りゆく風景も、変わらないのどかな風景も、糸色家はすべて記録し続けたのだ。
私は感慨深げにどこまでも続く田舎の風景を眺めていた。
するとそこに、ひょろと背の高いシルエットが現れた。白いシャツで、エナメル質の黒いズボンを穿き、髪をつんつんに立てている。いかにも、チャラチャラした風貌の、二人組みの若者だった。
ああいうのは、やっぱりこういう風景の中にもいるんだ。私は目を合わせてはいけないと思い、窓から顔を逸らそうとした。
しかし千里が、私を押しのける勢いでいきなり窓にすがり付いてきた。
「停めて! ちょっと停めてください!」
千里は物凄い勢いで運転手に命令した。
キャデラックは二人の若者をちょっと通り過ぎたところで停車した。
「ちょっとどうしたの、千里ちゃん」
私が訊ねるのも無視で、千里はドアを開けて外に飛び出そうとした。必然的に、私も押し出されて外に出た。
「糸色先生、何をやっているんですか!」
千里は若者の前に仁王立ちにして怒鳴りつけた。
私はやっとチャラチャラした若者の正体に気づいた。糸色先生だった。後ろに続いているのは、やはりチャラチャラした格好のまといだった。
他の女の子たちも、ドアを開けて外に出てくる。糸色先生は私たち全員に目を向けられて、顔に動揺を浮かべていた。
「何でいるんですか!」
「先生こそ、なんですか! そのチャラチャラした格好。髪にツヤまで入れて。きっちりしてください!」
千里が容赦なく感情をぶつける。糸色先生ははっとして、自分の顔を腕で隠そうとした。
「知ったな! 私が地元でチャラチャラしているのを知ったな!」
糸色先生は回れ右をして走り出した。まといも当然一緒に走り出す。
「待ちなさい!」
「待ちません!」
千里が後を追って駆け出す。糸色先生は走る姿はみっともなかったけど、意外な俊足だった。千里は追いつけず引き離されていく。
私たちは、糸色先生と千里のやりとりを茫然と見ていた。というか、入る余地がなかった。
千里を追い越すように、俊足の影が通り過ぎる。時田だ。
「お待ちなさい!」
「いやだー!」
糸色先生は水中をもがくように手足をバタバタさせて走る。
時田はすぐに糸色先生を追い詰めると、そのまま体当たりを食らわせた。二人で茂みの中に転がる。時田は糸色先生をしっかり掴んでホールドした。
「離せー!」
糸色先生がじたばたともがく。でも時田は決して離さなかった。
次回 P021 第3章 義姉さん僕は貴族です7 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P020 第3章 義姉さん僕は貴族です
6
私たちは初めて見るような高級な車に勧められるままに乗った。座席が3列並んだキャデラックだった。内装は濃い茶色とホワイトのトーンに統一されて、落ち着いた雰囲気があった。ソファはふっくらと暖かい。私たち7人が乗っても、まだ余裕のある広さだった。
私たちが座席に座ると、キャデラックが出発した。蔵井沢の駅前とおりをゆるやかな速度で走っていく。車道は幅が広く、車両が賑やかに行き交っていた。だけど、キャデラックの周囲だけは避けるように車が少なかった。
通りを歩く人の数が少ない。窓の外は強烈な光の中で輝き、車の中の静けさとは、別世界のように思えてしまった。
「先生の家って、もしかしてお金持ちなんですか?」
真ん中席の真ん中に座った千里が、助手席の時田に話しかけた。先頭の運転席はガラスで仕切られていて、時田と運転手が乗っていた。
「糸色家は元禄の頃から続く、名家でございます。かつてほどの権勢はありませんが、今日においても、地元に対し絶大な影響力を持っております」
時田は首をこちらに向けて、私たちに厳かに説明した。
「そうだったんだ。なんで、うちの学校で先生なんかやってるんだろう」
私はぽかんとしつつ、疑問を口にした。糸色先生は古風な感じの人だったので、金持ちという雰囲気は今まで感じなかった。
「おぼっちゃんの里帰りってわけか」
後ろの席のカエレが、納得したように呟いた。
「マリアも里帰りしたい!」
カエレとあびるに挟まれて座るマリアが声をあげた。ちなみに可符香はあびるの隣だ。
《お前の場合、強制送還だから》
芽留が素早くメールで突っ込みを入れる。でもそれ、マリアちゃんには届いてないから。
窓の外の風景は、間もなく駅周辺から離れていった。辺りから住宅街が消えて、のどかな田園風景に変わる。緑に色づく稲が、夕暮れの光を浴びて穂先を黄金色に輝かせていた。ずっと向うのほうに、青く霞む山脈の連なりが見えた。
蔵井沢は江戸時代の頃は交通の要衝として、重要な地位を与えられた宿場町だった。だけど明治に入って交通機関が急速に発展すると、蔵井沢は宿場としての機能を失ってしまった。
その後、しばらく蔵井沢は衰退していたけど、涼しげな気候に注目した宣教師たちが別荘を建て始めた。それが切掛けとなって、蔵井沢は高級避暑地として新たに認識され始めた。
糸色家が元禄の時代から続く名家なら、おそらくそんな歴史を体で感じ、通過していったのだろう。移りゆく風景も、変わらないのどかな風景も、糸色家はすべて記録し続けたのだ。
私は感慨深げにどこまでも続く田舎の風景を眺めていた。
するとそこに、ひょろと背の高いシルエットが現れた。白いシャツで、エナメル質の黒いズボンを穿き、髪をつんつんに立てている。いかにも、チャラチャラした風貌の、二人組みの若者だった。
ああいうのは、やっぱりこういう風景の中にもいるんだ。私は目を合わせてはいけないと思い、窓から顔を逸らそうとした。
しかし千里が、私を押しのける勢いでいきなり窓にすがり付いてきた。
「停めて! ちょっと停めてください!」
千里は物凄い勢いで運転手に命令した。
キャデラックは二人の若者をちょっと通り過ぎたところで停車した。
「ちょっとどうしたの、千里ちゃん」
私が訊ねるのも無視で、千里はドアを開けて外に飛び出そうとした。必然的に、私も押し出されて外に出た。
「糸色先生、何をやっているんですか!」
千里は若者の前に仁王立ちにして怒鳴りつけた。
私はやっとチャラチャラした若者の正体に気づいた。糸色先生だった。後ろに続いているのは、やはりチャラチャラした格好のまといだった。
他の女の子たちも、ドアを開けて外に出てくる。糸色先生は私たち全員に目を向けられて、顔に動揺を浮かべていた。
「何でいるんですか!」
「先生こそ、なんですか! そのチャラチャラした格好。髪にツヤまで入れて。きっちりしてください!」
千里が容赦なく感情をぶつける。糸色先生ははっとして、自分の顔を腕で隠そうとした。
「知ったな! 私が地元でチャラチャラしているのを知ったな!」
糸色先生は回れ右をして走り出した。まといも当然一緒に走り出す。
「待ちなさい!」
「待ちません!」
千里が後を追って駆け出す。糸色先生は走る姿はみっともなかったけど、意外な俊足だった。千里は追いつけず引き離されていく。
私たちは、糸色先生と千里のやりとりを茫然と見ていた。というか、入る余地がなかった。
千里を追い越すように、俊足の影が通り過ぎる。時田だ。
「お待ちなさい!」
「いやだー!」
糸色先生は水中をもがくように手足をバタバタさせて走る。
時田はすぐに糸色先生を追い詰めると、そのまま体当たりを食らわせた。二人で茂みの中に転がる。時田は糸色先生をしっかり掴んでホールドした。
「離せー!」
糸色先生がじたばたともがく。でも時田は決して離さなかった。
次回 P021 第3章 義姉さん僕は貴族です7 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/09 (Sun)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
5
新幹線が蔵井沢駅に到着した。私たちは新幹線を降りて、三角屋根の改札口を潜って北口から駅の外に出た。
駅は一段高いところにあって、駅前の風景が一望できた。蔵井沢の街は、建物の屋根が低く、視界を遮るものが少なくすっきりと開けた感じがあった。夏の盛りだというのに、巡り来る風は少し冷たく思えるくらいだった。さすが避暑地といった感じの空気だった。
すでに夕暮れの時刻に入りかけていた。斜めに射し込む光が柔らかく色づき始め、影が長く伸びていく。
「どっちに行けばいいのかしら。誰か蔵井沢に来たことのある人いる?」
千里が初めて不安な顔を浮かべて私たちを見回した。私たちは誰も答えず、ただ視線を返した。
蔵井沢駅を出たところは広い踊り場のようになっていて、左右に長いスロープが延びて地面と接地していた。スロープは駅前広場を両手で囲むように伸びていた。
「とにかく、交番に行って住所を聞くのがいいんじゃない?」
私は千里に提案した。どこでも駅前には交番があるものだ。
《俺のGPS使えるぜ》
すると全員の携帯電話が振動した。芽留がもじもじと背を向けながらメールを打っていた。確かにGPSがあるんだったら、交番にもいかなくてもいいかな。
「待って。皆、あそこを見て」
可符香が何かに気付いたように、踊り場の端へ行き、下の駅前広場を指した。
私たちも踊り場を囲む欄干の前まで進んだ。踊り場から見下ろすと、すぐ下は小さな公園になっていて、背の高い木が葉を茂らせていた。
可符香が指をさしていたのはそこではなく、スロープの右手の足元だった。そこで、背の高い女の子が私たちを見上げて手を振っていた。
まさかと思ったけど、手を振っているのは小節あびるだった。その隣に、木村カエレが腕組をして立っていた。
私たちはスロープを駆け下りて、あびるとカエレの前まで進んだ。
「どうして。どうして二人ともここにいるの?」
私はびっくりして二人に声をかけた。
「ベンガルタイガーの尻尾を追いかけていたら、いつの間に……」
あびるはいつもの感情のないクールな声で言葉を返した。
「僕もいますよ」
あびるは白い飾りのないシャツに、茶色のカーゴパンツを穿いていた。ゴーグルのついたヘルメットを被っていた。どうやらバイクでやってきたらしい。こうしてセーラー服以外の格好を見ると、意外とというか、かなり胸が大きいと気付いた。
「私はこの失礼な女を告訴してやろうと追いかけていたのよ!」
カエレはどういうわけかつんつんとして、ぷいっとそっぽ向いてしまった。
カエレは真っ白のワンピースに野球帽を被っていた。ちぐはぐしたファッションだけど、カエレくらい日本人離れしたプロポーションだとなんでも似合う気がした。
「みんなそれぞれ、理由があってここにたどり着いたというわけね。これは、何か裏がありそうね。」
千里が考えるように顎を手に当てた。
そんな私たちの前に、すっと何者かが近付いてきた。私たちは皆で何者かを振り返った。
「お待ちしておりました。望ぼっちゃまの生徒の皆様」
白い髪を後ろに撫で付け、鼻の下に立派なカイザー髭を蓄えた老人だった。老人は細く痩せていて、黒の礼装を身にまとい、私たちにかしこまって頭を下げる。
「セバスチャン!」
可符香が老人を見て声をあげた。私も同じことを思った。
「時田と申します。セバスチャンというのは、幼少の頃の何かによる刷り込みかと思われます。さて、最後の一人が到着したようですね。そろそろ出発しましょう」
時田が言いながら、私たちの後方に目を向けた。
私たちは促されるように後ろを振り返った。するとそこに、リンゴを両手一杯に抱えたマリアが立っていた。マリアはいつものよれよれのセーラー服姿に裸足という格好で、私たちに天真爛漫な微笑を見せた。
次回 P020 第3章 義姉さん僕は貴族です6 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P019 第3章 義姉さん僕は貴族です
5
新幹線が蔵井沢駅に到着した。私たちは新幹線を降りて、三角屋根の改札口を潜って北口から駅の外に出た。
駅は一段高いところにあって、駅前の風景が一望できた。蔵井沢の街は、建物の屋根が低く、視界を遮るものが少なくすっきりと開けた感じがあった。夏の盛りだというのに、巡り来る風は少し冷たく思えるくらいだった。さすが避暑地といった感じの空気だった。
すでに夕暮れの時刻に入りかけていた。斜めに射し込む光が柔らかく色づき始め、影が長く伸びていく。
「どっちに行けばいいのかしら。誰か蔵井沢に来たことのある人いる?」
千里が初めて不安な顔を浮かべて私たちを見回した。私たちは誰も答えず、ただ視線を返した。
蔵井沢駅を出たところは広い踊り場のようになっていて、左右に長いスロープが延びて地面と接地していた。スロープは駅前広場を両手で囲むように伸びていた。
「とにかく、交番に行って住所を聞くのがいいんじゃない?」
私は千里に提案した。どこでも駅前には交番があるものだ。
《俺のGPS使えるぜ》
すると全員の携帯電話が振動した。芽留がもじもじと背を向けながらメールを打っていた。確かにGPSがあるんだったら、交番にもいかなくてもいいかな。
「待って。皆、あそこを見て」
可符香が何かに気付いたように、踊り場の端へ行き、下の駅前広場を指した。
私たちも踊り場を囲む欄干の前まで進んだ。踊り場から見下ろすと、すぐ下は小さな公園になっていて、背の高い木が葉を茂らせていた。
可符香が指をさしていたのはそこではなく、スロープの右手の足元だった。そこで、背の高い女の子が私たちを見上げて手を振っていた。
まさかと思ったけど、手を振っているのは小節あびるだった。その隣に、木村カエレが腕組をして立っていた。
私たちはスロープを駆け下りて、あびるとカエレの前まで進んだ。
「どうして。どうして二人ともここにいるの?」
私はびっくりして二人に声をかけた。
「ベンガルタイガーの尻尾を追いかけていたら、いつの間に……」
あびるはいつもの感情のないクールな声で言葉を返した。
「僕もいますよ」
あびるは白い飾りのないシャツに、茶色のカーゴパンツを穿いていた。ゴーグルのついたヘルメットを被っていた。どうやらバイクでやってきたらしい。こうしてセーラー服以外の格好を見ると、意外とというか、かなり胸が大きいと気付いた。
「私はこの失礼な女を告訴してやろうと追いかけていたのよ!」
カエレはどういうわけかつんつんとして、ぷいっとそっぽ向いてしまった。
カエレは真っ白のワンピースに野球帽を被っていた。ちぐはぐしたファッションだけど、カエレくらい日本人離れしたプロポーションだとなんでも似合う気がした。
「みんなそれぞれ、理由があってここにたどり着いたというわけね。これは、何か裏がありそうね。」
千里が考えるように顎を手に当てた。
そんな私たちの前に、すっと何者かが近付いてきた。私たちは皆で何者かを振り返った。
「お待ちしておりました。望ぼっちゃまの生徒の皆様」
白い髪を後ろに撫で付け、鼻の下に立派なカイザー髭を蓄えた老人だった。老人は細く痩せていて、黒の礼装を身にまとい、私たちにかしこまって頭を下げる。
「セバスチャン!」
可符香が老人を見て声をあげた。私も同じことを思った。
「時田と申します。セバスチャンというのは、幼少の頃の何かによる刷り込みかと思われます。さて、最後の一人が到着したようですね。そろそろ出発しましょう」
時田が言いながら、私たちの後方に目を向けた。
私たちは促されるように後ろを振り返った。するとそこに、リンゴを両手一杯に抱えたマリアが立っていた。マリアはいつものよれよれのセーラー服姿に裸足という格好で、私たちに天真爛漫な微笑を見せた。
次回 P020 第3章 義姉さん僕は貴族です6 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/08 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
4
命先生から実家の住所を聞き出すと、私たちはすぐに糸色医院を後にした。そのまま近くの茗荷谷駅から電車に乗り、東京駅に向かった。東京駅に着くと、長野方面の新幹線に乗った。
新幹線はやがて東京の都会を離れていき、賑やかな風景も遠ざかって畑や山ばかりが現れた。
私はなんとなく千里に従いてきてしまったけど、都会の風景が見えなくなって、急に「来ちゃった」という気になってしまった。それから不安も感じてしまった。ちょっと糸色先生の顔を見ようかな、と思っただけなのに。ちゃんと日帰りで帰れるだろうか。家に電話もしなくちゃいけない。
私の隣に可符香が座っていた。可符香はのんびりと窓に肘を置いて、鼻唄を歌っていた。可符香の手前には、千里が座って厳しい顔で窓の外を眺めている。その千里の隣に、いつの間にか合流していた藤吉晴美が座っていた。
「藤吉さんも、先生の家に行くの?」
新幹線での移動の時間は退屈だった。私は退屈を紛らすつもりで藤吉に話しかけた。
「ううん。なんか面白そうだから見に行くだけ。ちょうど方向も一緒だし、ついでにね」
藤吉は楽しそうに微笑んでいた。
私は藤吉という女の子について、よく知らない。どうやら千里とは幼馴染らしく、いつも一緒にいて、子供時代を語り合ったりしていた。
藤吉さんはちょっと背が高く、手足がすらりと伸びて健康的な印象があった。髪は肩に届くくらいで、変に手を加えていない。いつも眼鏡を掛けていて、なんとなく知的な雰囲気があり、私にはお姉さん、という感じに思えた。千里と可符香と一緒だと不安だけど、藤吉がいてくれるのは心強かった。
藤吉はキャミソールの上にタンクトップを重ね着していて、ハーフパンツを穿いていた。崩したファッションだけど、藤吉のスタイルだとかっこよく思えた。
いきなり私のポケットの中で、携帯電話が振動した。私は何だろうと携帯電話を引っ張り出してメールボックスを開いた。
《そっち行ってもいいか》
文章の感じを見て、差出人の名前を見る前に芽留だと思った。
でも、《そっちに行って……》ってどういう意味だろう。私は身を乗り出して、通路に目を向けた。すると、私たちの席からちょっと離れたところに、芽留が携帯電話を片手にしょんぼりした感じに立っていた。
「どうしたの、芽留ちゃん。こっちにおいでよ。そっち席空いてるから」
私は芽留に呼びかけて、通路を挟んだ向かい側の席を指差した。もっとも、新幹線のなかはすいていて、どの席も開いているんだけど。
《すまねえな 今度ジャニーズの裏画像送ってやるよ》
芽留は素早くメールを打ち込むと、私が指さした席にちょこんと座った。芽留はオレンジのTシャツに、デニムスカートを穿いていた。芽留みたいな小さな女の子だと、そんな格好も子供みたいで可愛かった。
「いや、いらないから。でも芽留ちゃん、どうしたの? 家族とはぐれちゃったの?」
私は身を乗り出させて、向かい側の席の芽留に話しかけた。
でも芽留は、私から目を逸らし、もじもじとメールを打った。
《電波が急に切れて うろうろしていたら何か乗ってた》
やっぱり返事はメールだった。
「そうなんだ。偶然ってあるんだね」
私は姿勢を戻して、頬杖をついた。側にいるんだから、正面を向いて「ありがとう」て言えばいいのに。
次回 P019 義姉さん僕は貴族です5 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P018 第3章 義姉さん僕は貴族です
4
命先生から実家の住所を聞き出すと、私たちはすぐに糸色医院を後にした。そのまま近くの茗荷谷駅から電車に乗り、東京駅に向かった。東京駅に着くと、長野方面の新幹線に乗った。
新幹線はやがて東京の都会を離れていき、賑やかな風景も遠ざかって畑や山ばかりが現れた。
私はなんとなく千里に従いてきてしまったけど、都会の風景が見えなくなって、急に「来ちゃった」という気になってしまった。それから不安も感じてしまった。ちょっと糸色先生の顔を見ようかな、と思っただけなのに。ちゃんと日帰りで帰れるだろうか。家に電話もしなくちゃいけない。
私の隣に可符香が座っていた。可符香はのんびりと窓に肘を置いて、鼻唄を歌っていた。可符香の手前には、千里が座って厳しい顔で窓の外を眺めている。その千里の隣に、いつの間にか合流していた藤吉晴美が座っていた。
「藤吉さんも、先生の家に行くの?」
新幹線での移動の時間は退屈だった。私は退屈を紛らすつもりで藤吉に話しかけた。
「ううん。なんか面白そうだから見に行くだけ。ちょうど方向も一緒だし、ついでにね」
藤吉は楽しそうに微笑んでいた。
私は藤吉という女の子について、よく知らない。どうやら千里とは幼馴染らしく、いつも一緒にいて、子供時代を語り合ったりしていた。
藤吉さんはちょっと背が高く、手足がすらりと伸びて健康的な印象があった。髪は肩に届くくらいで、変に手を加えていない。いつも眼鏡を掛けていて、なんとなく知的な雰囲気があり、私にはお姉さん、という感じに思えた。千里と可符香と一緒だと不安だけど、藤吉がいてくれるのは心強かった。
藤吉はキャミソールの上にタンクトップを重ね着していて、ハーフパンツを穿いていた。崩したファッションだけど、藤吉のスタイルだとかっこよく思えた。
いきなり私のポケットの中で、携帯電話が振動した。私は何だろうと携帯電話を引っ張り出してメールボックスを開いた。
《そっち行ってもいいか》
文章の感じを見て、差出人の名前を見る前に芽留だと思った。
でも、《そっちに行って……》ってどういう意味だろう。私は身を乗り出して、通路に目を向けた。すると、私たちの席からちょっと離れたところに、芽留が携帯電話を片手にしょんぼりした感じに立っていた。
「どうしたの、芽留ちゃん。こっちにおいでよ。そっち席空いてるから」
私は芽留に呼びかけて、通路を挟んだ向かい側の席を指差した。もっとも、新幹線のなかはすいていて、どの席も開いているんだけど。
《すまねえな 今度ジャニーズの裏画像送ってやるよ》
芽留は素早くメールを打ち込むと、私が指さした席にちょこんと座った。芽留はオレンジのTシャツに、デニムスカートを穿いていた。芽留みたいな小さな女の子だと、そんな格好も子供みたいで可愛かった。
「いや、いらないから。でも芽留ちゃん、どうしたの? 家族とはぐれちゃったの?」
私は身を乗り出させて、向かい側の席の芽留に話しかけた。
でも芽留は、私から目を逸らし、もじもじとメールを打った。
《電波が急に切れて うろうろしていたら何か乗ってた》
やっぱり返事はメールだった。
「そうなんだ。偶然ってあるんだね」
私は姿勢を戻して、頬杖をついた。側にいるんだから、正面を向いて「ありがとう」て言えばいいのに。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
■2009/08/08 (Sat)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
3
大通りを外れて住宅街の細い道へ入っていくと、ありふれた街並みに病院の看板が現れた。
「こんなところに診療所なんてあったんだ」
私は看板を見上げながら呟いた。家からそう離れていない場所だったから、意外だった。
でも、看板の文字をちゃんと確認する前に、可符香が先に入口のガラス戸を潜ってしまった。私と千里も、可符香の後を追った。
可符香は靴を脱いで、スリッパに履き替えて中に上がった。入ってすぐのところが待合所になっていて、革張りのベンチと小さなブラウン管テレビが備え付けられていた。だけど、休診日みたいに待合室には人がいない。テレビのささやき声とセミの鳴き声だけが一杯に満ちていた。
私と千里もスリッパに履き替えて、待合室に入った。可符香は廊下を先に進み、診察室のドアを開ける。
「先生、また来ちゃいました!」
可符香が診察室の中の人に元気な声をかける。
可符香が私たちにも「覗いてみなさい」というふうに促した。私と千里は、遠慮がちに診察室を覗いてみた。
「先生!」
私と千里は、同時に驚いた声をあげた。
診察室にいたのは、間違いなく糸色先生だった。机でなにか書物をしていたらしく、それを中断して振り向いたところだった。糸色先生はまるで医者みたいにネクタイを締めて白衣を羽織っていた。
「また、あなたですか。今度は友達まで連れてきて……」
糸色先生は可符香を振り返って諦めたように呟いた。
「あの、糸色先生、ですよね?」
千里が診察室に入っていき、糸色先生の前まで進んだ。でも、違和感があるみたいに、その言葉は慎重だった。
私にも、なんとなく変なものを感じた。糸色先生によく似ているけど、どこか違う。いつも丸みのある眼鏡が今日は四角だったし、髪型も癖がなく落ち着いた感じだ。でもそれ以上に、どこか雰囲気が違っているように思えた。
「望の生徒ですね。私は望の兄の、命です」
糸色 命先生は不機嫌そうなものを取り払って、私たちに笑顔で微笑みかけた。
私は糸色 命の名前を聞いて、考えるように顎に手を当てた。
「えっと……。絶命……先生?」
「くっつけて言うな! こんな名前だから、医院が流行らないんだ!」
命先生は急に感情的になって声を張り上げた。
「先生、落ち着いてください!」
すぐに看護婦が飛び出してきて、命先生を取り押さえようとする。命先生はすっかり我を忘れて、床をのたうったり壁に頭を叩きつけたりしていた。
宥めようとする看護婦との取っ組み合いはしばらく続くようだった。悪意はなくとも、思いつきを口にしてはいけない。私は深く反省した。
そうして1時間が経過した。やっと命先生は正気を取り戻して落ち着いた。
「失礼しました。この程度で取り乱していては、医者は務まりません。今日は何の用事ですか。皆さん、随分健康そうに見えますが」
命先生はスツールの上で悠然と足を組んだ。どうやら、命先生の中ではさっきのできごとはリセットされたらしい。私たちもそれぞれスツールが用意されて座った。
「これのことで、ちょっと聞きたいことがあって来たんです。」
千里が“失踪します”の張り紙を命先生に差し出した。
「私たち、里帰りなんじゃないか、て思っているんです」
可符香が自分の推測を補足する。
命先生は張り紙を受け取って、一つ頷いた。
「ああ、なるほど。弟の文字ですね。弟が書きそうな内容です。時期的にもそうですし、多分、あれでしょう。ちょっと、実家に電話してみます」
命先生は千里に張り紙を返すと、立ち上がり、事務室に入っていった。
私たちはスツールに座ったまま、首を伸ばして事務室を覗き込んだ。事務室は診察室より狭く、棚に薬が一杯に置かれていた。受付も同じ場所にあって、看護婦が私たちを振り返って微笑みかけた。その奥に電話機を置いているらしく、命先生がそこで受話器を手に電話していた。黒のダイヤル式電話だった。
命先生はすぐに用事を終えて、受話器を置いて診察室に戻ってきた。
「やはりそうでした。望は見合いで実家に帰っているようですよ」
命先生は事務室のドアを後ろ手に閉めて、私たちに報告した。
「本当に里帰りかよ! ていうか、見合いってなによ。そういうのは私との関係をきっちり済ませてからにしてよ!」
千里が憤怒の叫びとともに立ち上がった。さらに、凄い気迫で命先生をじっと睨み付けて、
「先生の実家はどこ。すぐに教えなさい。」
それはまるで、脅迫でもするみたいだった。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P017 第3章 義姉さん僕は貴族です
3
大通りを外れて住宅街の細い道へ入っていくと、ありふれた街並みに病院の看板が現れた。
「こんなところに診療所なんてあったんだ」
私は看板を見上げながら呟いた。家からそう離れていない場所だったから、意外だった。
でも、看板の文字をちゃんと確認する前に、可符香が先に入口のガラス戸を潜ってしまった。私と千里も、可符香の後を追った。
可符香は靴を脱いで、スリッパに履き替えて中に上がった。入ってすぐのところが待合所になっていて、革張りのベンチと小さなブラウン管テレビが備え付けられていた。だけど、休診日みたいに待合室には人がいない。テレビのささやき声とセミの鳴き声だけが一杯に満ちていた。
私と千里もスリッパに履き替えて、待合室に入った。可符香は廊下を先に進み、診察室のドアを開ける。
「先生、また来ちゃいました!」
可符香が診察室の中の人に元気な声をかける。
可符香が私たちにも「覗いてみなさい」というふうに促した。私と千里は、遠慮がちに診察室を覗いてみた。
「先生!」
私と千里は、同時に驚いた声をあげた。
診察室にいたのは、間違いなく糸色先生だった。机でなにか書物をしていたらしく、それを中断して振り向いたところだった。糸色先生はまるで医者みたいにネクタイを締めて白衣を羽織っていた。
「また、あなたですか。今度は友達まで連れてきて……」
糸色先生は可符香を振り返って諦めたように呟いた。
「あの、糸色先生、ですよね?」
千里が診察室に入っていき、糸色先生の前まで進んだ。でも、違和感があるみたいに、その言葉は慎重だった。
私にも、なんとなく変なものを感じた。糸色先生によく似ているけど、どこか違う。いつも丸みのある眼鏡が今日は四角だったし、髪型も癖がなく落ち着いた感じだ。でもそれ以上に、どこか雰囲気が違っているように思えた。
「望の生徒ですね。私は望の兄の、命です」
糸色 命先生は不機嫌そうなものを取り払って、私たちに笑顔で微笑みかけた。
私は糸色 命の名前を聞いて、考えるように顎に手を当てた。
「えっと……。絶命……先生?」
「くっつけて言うな! こんな名前だから、医院が流行らないんだ!」
命先生は急に感情的になって声を張り上げた。
「先生、落ち着いてください!」
すぐに看護婦が飛び出してきて、命先生を取り押さえようとする。命先生はすっかり我を忘れて、床をのたうったり壁に頭を叩きつけたりしていた。
宥めようとする看護婦との取っ組み合いはしばらく続くようだった。悪意はなくとも、思いつきを口にしてはいけない。私は深く反省した。
そうして1時間が経過した。やっと命先生は正気を取り戻して落ち着いた。
「失礼しました。この程度で取り乱していては、医者は務まりません。今日は何の用事ですか。皆さん、随分健康そうに見えますが」
命先生はスツールの上で悠然と足を組んだ。どうやら、命先生の中ではさっきのできごとはリセットされたらしい。私たちもそれぞれスツールが用意されて座った。
「これのことで、ちょっと聞きたいことがあって来たんです。」
千里が“失踪します”の張り紙を命先生に差し出した。
「私たち、里帰りなんじゃないか、て思っているんです」
可符香が自分の推測を補足する。
命先生は張り紙を受け取って、一つ頷いた。
「ああ、なるほど。弟の文字ですね。弟が書きそうな内容です。時期的にもそうですし、多分、あれでしょう。ちょっと、実家に電話してみます」
命先生は千里に張り紙を返すと、立ち上がり、事務室に入っていった。
私たちはスツールに座ったまま、首を伸ばして事務室を覗き込んだ。事務室は診察室より狭く、棚に薬が一杯に置かれていた。受付も同じ場所にあって、看護婦が私たちを振り返って微笑みかけた。その奥に電話機を置いているらしく、命先生がそこで受話器を手に電話していた。黒のダイヤル式電話だった。
命先生はすぐに用事を終えて、受話器を置いて診察室に戻ってきた。
「やはりそうでした。望は見合いで実家に帰っているようですよ」
命先生は事務室のドアを後ろ手に閉めて、私たちに報告した。
「本当に里帰りかよ! ていうか、見合いってなによ。そういうのは私との関係をきっちり済ませてからにしてよ!」
千里が憤怒の叫びとともに立ち上がった。さらに、凄い気迫で命先生をじっと睨み付けて、
「先生の実家はどこ。すぐに教えなさい。」
それはまるで、脅迫でもするみたいだった。
次回 P018 第3章 義姉さん僕は貴族です4 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次